四つの儀式
今回狐太郎は、経緯はどうあれ、参加者から参加権を取り上げた。
狐太郎に非があるかはともかく、参加者は哀れだった。
彼らの心は、とても傷ついている。
もちろん狐太郎がその気になれば、彼らへ参加権をもう一度渡すこともできる。
それを期待していた者も、訴えたい者もいただろう。
だがしかし、狐太郎はそれを与えない。与える意味がない。
彼らは気づいていないだろう、これからも気付かないだろう。
もしも十二魔将になれば、相手が祀だろうが西重だろうが、逃げることは許されない。
祀の尖兵が向かってくるから助けてくれ、と乞う時点で十二魔将になれない。
斉天十二魔将とは、守ってもらう側ではなく守る側なのだ。
そんな根本的なことにも気付かない、気づいても気付かないふりをするから、彼らは落ちるところまで落ちたのだろう。
※
この街の住人に、強いものなどいない。
だがその中でも、狐太郎は際立って弱いだろう。
その彼を守るために、多くの兵やモンスターがいる。
彼らに囲まれながら、狐太郎は空論城の門の前に立っていた。
殆どの者の士気は高い。
低いのは侯爵家の四人やブゥぐらいであり、特に悪魔たちは大いに沸き立っている。
誰もが、狐太郎を守るために必死だが、彼としてはそもそも安全圏にいたかった。
安全圏は最前線にない。どれだけの戦力がいたとしても、戦場の隣になどない。
(まったく……誰か代わってくれ)
アカネもササゲもコゴエもクツロも、狐太郎も。
誰も、戦いで武勲を上げることなど望んでいない。
湖畔の森で、退屈な日常に溺れていた日々こそが、そのうち飽きるであろう時間こそが、数少ない幸福だったのに。
(さて……話し合いで解決してほしいけどな)
十日目の正午。予告通りに、十人ほどの女性が現れた。
悪魔の軍勢を相手どるには、どう見ても見劣りする集団である。
しかしそもそも彼女たちこそが、この街を追い込んだ実力者である。
大悪魔たちがそろって、抗うことさえ諦めた戦士たち。
間違いなく、Aランク。しかし狐太郎に、怯えはない。
(この間のアレ……ここにいる俺達でどうにかできる範囲だってのは、嘘じゃないだろう。それに特別な能力も、そんなには持ち合わせていないはずだ)
祀の戦力は、確かに強大だ。この街の総力を、軽々と超えるだろう。
にもかかわらず、狐太郎よりも先に接触しておいて、攻撃をせずに交渉をした。
悪魔からの呪いを、防ぐ手段があるにもかかわらず、である。
まず負けない、絶対に勝てるだけの自信はある。しかし……一体残らず逃がさずに皆殺し、ということは無理なのだろう。
無理とは言わずとも、できない公算が高かった。だから圧力による交渉を選んだのである。
労力を支払わず、誰も傷つかない選択をしたという意味で、賢いと言えるだろう。
その彼らが、まさか貴重な戦力を、無駄に費やすとも思えない。
もちろん狐太郎たちも、せっかく得た戦力を無駄にはしたくなかった。
そして……。
「どうも皆さん、初めまして。私は昏の長、スザクと申します」
目の前の相手は、とても好意的だった。
そのにっこりと笑う顔に、一切の皮肉はない。
親愛さえ込めて来ていて、一種の不気味ささえ覚える。
にっこり笑ったまま刺してくる、異常な感性の持ち主には見えない。
だからこそ、警戒してしまうのだが。
「昏というのは、祀の下部組織と思っていただければ幸いです。祀を指導者とするのなら、私たちは戦士ということですね」
とてもにこやかに自己紹介をしてくる女性は、この世界における標準体型に入っている。
その一方で、髪が羽毛だった。これはハーピー種の特徴なのだが、その割には腕が翼ではない。
彼女の四肢は、普通の人間の手足だった。
「当然、祀の皆様よりも強いです。そして……私一人でもこの街の悪魔を倒せるぐらいには、強い」
好意的な人間の女性、礼儀もあり傲慢にも見えない。
だからこそ、不気味である。
「とはいえお察しの通り、そちらのブゥ様には到底及びませんし、魔王様方と一対一で戦っても絶対に勝てません。ましてや四体を同時に相手など……全滅するしかありませんね」
わかり切っていたことを、つらつらと並べる。
そこに嘘や含み、余計な小技や騙しは感じられない。
もしも嘘をついているのなら、稀代の詐欺師だろう。
「ですが、私もただでは負けません。それに私の副官も、私と同じぐらい強い。まず勝てませんが……私たちを倒す頃には、そこの街は崩壊するでしょう。それはお互いに嫌なはず」
この街の住人が濡れ手に粟で偉大な地位を得ることは、彼女達も快く思っていない。
しかしだからと言って、命をかけるほどでもない。
「ここはひとつ、お互いにBランク同士の戦いにするのはどうでしょうか」
「……このまま帰るっていう選択肢はないのか?」
「ないですね。この街の住人に侮られることも癪ですし、貴方達がコケにされるのも見たくない。それに……私たちも、経験を重ねたいところですので」
好意的であり、好戦的だった。
紳士協定を結んだうえでの戦いを、彼女は提案してきている。
もちろん、全力の殺し合いよりはましだ。だが戦わないのが一番である。
「とはいえ、もとよりこちらが契約を強要し、踏み倒した身です。それなりに、価値のある情報をお教えしましょう。どうせ貴方達とは、最後まで殺し合うのですから」
「貴方達ってのは、誰のことだ」
「もちろん、貴方ですよ。一人目の英雄……虎威狐太郎」
彼女の言葉、一人目の英雄。
それは彼女達が『パラダイス』を知っているということ。
獅子子の得た情報により、ある程度は想定されていた。
しかしここに来て、確実になっていた。
他の面々は、ただ黙って聞くしかない。
何を言っているのかわからないが、狐太郎が話をしているのなら、黙るしかない。
「私たちの目的……祀と昏は、四種の宝をすべて集めることですので」
「魔王の冠のことか」
四種の宝、と言われれば、当然四つの冠が思い当たる。
魔王の証であり、強大な力を持ち主に与え、人間に殺されても復活する……。
アカネたち四体が持ち、狐太郎が独占している、魔王の遺産である。
「いえいえ、四種と申し上げたはず。冠は四つ合わせても一種でしかない」
「……他に三つあると」
「ええ、とはいっても……冠とはまったく違う効果ですがね」
情報の提供、目的の開示。
それを対価にするつもりなのだろう、彼女は目的を明かし始めた。
「貴方が何をどこまで知っているのかわかりませんので、時系列順に話しましょう」
うすうす感づいてはいても、核心は持てず、確認する気もなかった。
そんな『設定』を、彼女は語っていく。
「まず皆さんが持っている王冠……これは元々、この世界で生まれたものです」
冠を頂く四体の魔王。
その伝説がこの世界のモンスターに残っているのだから、ある意味当然だ。
だがやはり、少々驚くことである。
「当時……祀の先祖に当たるお方達が、モンスターの国を作るために、偉大な王を作るために冠を四つ作りました。その効果は、既にご存知のはず。そして、その限界も」
魔王になったアカネたちは、確かに強い。
Aランク上位モンスターも倒せるし、やりようによっては英雄にも勝てるだろう。
だがそれだけだ。魔王になることは体への負担が大きく、タイカン技も連発が利かない。
つまり、勝てることは勝てるが、国家を維持できるほどではなかった。
「詰め込み過ぎたのですよ。強いものが王になるべきだという価値観が災いして、不死性や変身能力、最大火力をすべてかなえようとして……王への負担が増した。それは実際に甲種モンスターと戦う貴方がたの方が、よくご存じでしょう」
究極を思い出す話だ。
多くの機能を求められ、注ぎ込み、結果どこかおかしくなる。
すべての条件を満たしたものの、それ以外に不調が生じるのだ。
「結果として、モンスターの国は破綻しました。そこで祀の先祖様や、その意思に同調する当時の魔王様は、こう思ったのです。冠だけでは、魔王だけでは国家たりえないと」
群れの長さえ強ければ何とかなるだろう、というのは無理があった。その上、そもそもそこまで強くなかった。
スザクの言うように、狐太郎もよく理解していることである。この世界において、魔王は絶対的な強者たりえない。
「そこでさらに三つ……新しく宝を作ろうとしました。ですが……完成を前に、逃げるしかなかった。と言いますのも……宝の完成には、膨大な人間の魂が必要だったのです」
ぞっとする話だが、納得でもある。
間違いなく魔王の冠にも、多大な犠牲があったのだろう。
モンスターが人間を材料にしたのだから、犠牲というよりもただ虐殺しただけなのかもしれないが。
「当時の人間が、それを許すわけがありませんでした。追い詰められた魔王様や祀の先祖様は、タイカン技によって……散り散りになりながらも逃走したのです」
当時を知るものはほぼいないだろうが、竜や悪魔たち、亜人たちが魔王へ比較的好意的だったのだから、そこまで悪ではなかったはずだ。
先代の魔王を倒した四体と一人は、それを理解していた。
「そのあと魔王がどうなったのか……皆さんの方がご存知でしょう。貴方達の故郷へと移動した魔王は、その世界の支配に乗り出しました。人間もモンスターも、丁種……Bランク上位までしかいない弱い世界です。この世界で苦労を重ねた魔王様方にとって、楽園だったのでしょうね」
勝利歴以前、太古の話だった。
それを知っているのは、ササゲだけである。
その彼女も当時は末端であり、魔王が現れた経緯など知る由もなかった。
「自分よりも強いもののいない世界で魔王様は、葬りの宝である対甲種魔導器EOSと、もう一つの宝を完成させようとしました。しかし……魔王様方はなぜか内紛をされ、冠を一体の方が独占されてしまった。その魔王様が倒されたことによって、長く空位が続き……貴方がたの世界は人間が完全に支配してしまった」
自分よりも強い生物がいない世界。
理不尽な生命力を持つAランク上位モンスターも、それさえ倒す英雄もいない世界。
だからこそ油断したのか、慢心したのか、或いはそれでもうまくいかなかったのか。
ともかく魔王は、二つの宝を完成させられなかった。
「祀が『楽園』へたどり着いた時には、魔王様は貴方達に倒され、EOSは紛失し、もう一つの宝も戦後の混乱に消えたと知った後……祀自身も先祖から受け継いでいた宝を完成させきることができず、途方に暮れていました」
普通なら、もう諦めるところだろう。
だがしかし、少なくとも完成していた冠は、ここに四つともそろっている。
「それでも祀は諦めませんでした。手元にある宝の完成を急ぎながらも、残る三つの宝を探し……ついに一つ、完成していた状態で発見したのです」
スザクは、親指で自分を示した。
「新しい命を生み出す宝……それによって、私たち昏は生み出されました」
「あんまり気分のいい話じゃないが……納得だな」
なるほど、納得できるところが多い。
彼女の持つ雰囲気は、究極のそれに似ていた。
望んで生み出された命だからこその、先天的な人懐っこさである。
「もちろん楽ではありませんでしたが、ともかく四つの内二つは手に入りました。祀が完成させようとしていた宝も、いよいよ最終段階です。あとは貴方が持つ四つの冠と、七人目の英雄が持つ対甲種魔導器EOSさえそろえば……モンスターの国が再建できる」
四種の宝を完成させるという目標は、なるほど目前であろう。
二つが手元にあって、一つはどこにあるのかはっきりしているのだから。
冠の移動方法が魔王の死だけである以上、絶対に殺し合うことになるだろう。
「魔王の冠を持つ身として言わせてもらうが……これと同じぐらい凄いのがあと三つそろったとして、モンスターの国が再建できるとは思えないんだが……」
しかし、狐太郎は懐疑的である。やはり魔王の冠を持ち、この世界の強者を知っているからこそ、この世界で国をつくることの難しさを理解していた。
だからこそ、前提を疑う。EOSについては知っているが、他の宝の詳細を知らない。そのうえで、あと二つの凄いアイテムごときで、どうにかできるとも思えない。
「少なくとも、祀はそう思っていますよ。私共昏は、そこまで信じ切っていませんが……まずそろえなければ、検証のしようもないはず」
「まあ……そうだな」
「それに、お察しの通り、我等は西重へ協力しています。もとは祀の……祭の宝を完成させるために戦争へ協力しただけですが、今は違う。貴方達を倒すという意味では利害も一致していますから、西重へ全力で支援します。それなら当然、対価も期待できるでしょう」
別に、世界征服をもくろんでいるわけではない。
人間から覇権を奪うことが目的だったとしても、いきなり宣戦布告をする必要もない。
西重を勝たせて、その対価として『自治権』を請求するのは手だろう。
「私たち昏も参戦し、その対価として土地の幾分かをもらい、国家として認めてもらう。そろえた四つの宝を用いて、国家の運営を始める……というのなら現実的ですよ」
「違いないな」
ここで問題なのは、彼女達本人が宝を持っていないということだ。
仮に彼女たちを殺しても、製造する宝を祀が持っているのだから、補充されて終わりである。
なるほど、無理に倒しても意味がない。
「さて……ここまで教えたのですから、四つの宝についてお教えしましょう。とはいっても、もう見当もついているのでは?」
「……いや、まったく」
「では、答えを」
スザク、朱雀の背中から、燃え盛る炎が吹き上がった。
それはまるで鳥の翼のようであり、ある一種の生物を思わせる。
「貴方達の持つ冠、七人目の英雄が持つ葬、祀が完成させようとしている祭。そして昏である我らを生み出すものは……」
それは、四つの儀式をなぞらえたもの。
すなわち冠婚葬祭、あるいは冠昏喪祭。
「新しい家を生み出す儀式、婚に他なりません」
甲種モンスター、鳥類系最強種、フェニックス。
それをもとに生み出された新生物は、その証を誇らしげに広げていた。




