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四つの儀式

 今回狐太郎は、経緯はどうあれ、参加者から参加権を取り上げた。

 狐太郎に非があるかはともかく、参加者は哀れだった。

 彼らの心は、とても傷ついている。


 もちろん狐太郎がその気になれば、彼らへ参加権をもう一度渡すこともできる。

 それを期待していた者も、訴えたい者もいただろう。


 だがしかし、狐太郎はそれを与えない。与える意味がない。

 彼らは気づいていないだろう、これからも気付かないだろう。


 もしも十二魔将になれば、相手が祀だろうが西重だろうが、逃げることは許されない。

 祀の尖兵が向かってくるから助けてくれ、と乞う時点で十二魔将になれない。

 斉天十二魔将とは、守ってもらう側ではなく守る側なのだ。


 そんな根本的なことにも気付かない、気づいても気付かないふりをするから、彼らは落ちるところまで落ちたのだろう。



 この街の住人に、強いものなどいない。

 だがその中でも、狐太郎は際立って弱いだろう。


 その彼を守るために、多くの兵やモンスターがいる。

 彼らに囲まれながら、狐太郎は空論城の門の前に立っていた。


 殆どの者の士気は高い。

 低いのは侯爵家の四人やブゥぐらいであり、特に悪魔たちは大いに沸き立っている。


 誰もが、狐太郎を守るために必死だが、彼としてはそもそも安全圏にいたかった。

 安全圏は最前線にない。どれだけの戦力がいたとしても、戦場の隣になどない。


(まったく……誰か代わってくれ)


 アカネもササゲもコゴエもクツロも、狐太郎も。

 誰も、戦いで武勲を上げることなど望んでいない。

 湖畔の森で、退屈な日常に溺れていた日々こそが、そのうち飽きるであろう時間こそが、数少ない幸福だったのに。


(さて……話し合いで解決してほしいけどな)


 十日目の正午。予告通りに、十人ほどの女性が現れた。

 悪魔の軍勢を相手どるには、どう見ても見劣りする集団である。


 しかしそもそも彼女たちこそが、この街を追い込んだ実力者である。

 大悪魔たちがそろって、抗うことさえ諦めた戦士たち。

 間違いなく、Aランク。しかし狐太郎に、怯えはない。


(この間のアレ……ここにいる俺達でどうにかできる範囲だってのは、嘘じゃないだろう。それに特別な能力も、そんなには持ち合わせていないはずだ)


 祀の戦力は、確かに強大だ。この街の総力を、軽々と超えるだろう。

 にもかかわらず、狐太郎よりも先に接触しておいて、攻撃をせずに交渉をした。

 悪魔からの呪いを、防ぐ手段があるにもかかわらず、である。

 まず負けない、絶対に勝てるだけの自信はある。しかし……一体残らず逃がさずに皆殺し、ということは無理なのだろう。

 無理とは言わずとも、できない公算が高かった。だから圧力による交渉を選んだのである。

 労力を支払わず、誰も傷つかない選択をしたという意味で、賢いと言えるだろう。


 その彼らが、まさか貴重な戦力を、無駄に費やすとも思えない。

 もちろん狐太郎たちも、せっかく得た戦力を無駄にはしたくなかった。


 そして……。


「どうも皆さん、初めまして。私は(くらい)の長、スザクと申します」


 目の前の相手は、とても好意的だった。

 そのにっこりと笑う顔に、一切の皮肉はない。

 親愛さえ込めて来ていて、一種の不気味ささえ覚える。

 にっこり笑ったまま刺してくる、異常な感性の持ち主には見えない。

 だからこそ、警戒してしまうのだが。


「昏というのは、祀の下部組織と思っていただければ幸いです。祀を指導者とするのなら、私たちは戦士ということですね」


 とてもにこやかに自己紹介をしてくる女性は、この世界における標準体型に入っている。

 その一方で、髪が羽毛だった。これはハーピー種の特徴なのだが、その割には腕が翼ではない。

 彼女の四肢は、普通の人間の手足だった。


「当然、祀の皆様よりも強いです。そして……私一人でもこの街の悪魔を倒せるぐらいには、強い」


 好意的な人間の女性、礼儀もあり傲慢にも見えない。

 だからこそ、不気味である。


「とはいえお察しの通り、そちらのブゥ様には到底及びませんし、魔王様方と一対一で戦っても絶対に勝てません。ましてや四体を同時に相手など……全滅するしかありませんね」


 わかり切っていたことを、つらつらと並べる。

 そこに嘘や含み、余計な小技や騙しは感じられない。

 もしも嘘をついているのなら、稀代の詐欺師だろう。


「ですが、私もただでは負けません。それに私の副官も、私と同じぐらい強い。まず勝てませんが……私たちを倒す頃には、そこの街は崩壊するでしょう。それはお互いに嫌なはず」


 この街の住人が濡れ手に粟で偉大な地位を得ることは、彼女達も快く思っていない。

 しかしだからと言って、命をかけるほどでもない。


「ここはひとつ、お互いにBランク同士の戦いにするのはどうでしょうか」

「……このまま帰るっていう選択肢はないのか?」

「ないですね。この街の住人に侮られることも癪ですし、貴方達がコケにされるのも見たくない。それに……私たちも、経験を重ねたいところですので」


 好意的であり、好戦的だった。

 紳士協定を結んだうえでの戦いを、彼女は提案してきている。

 もちろん、全力の殺し合いよりはましだ。だが戦わないのが一番である。


「とはいえ、もとよりこちらが契約を強要し、踏み倒した身です。それなりに、価値のある情報をお教えしましょう。どうせ貴方達とは、最後まで殺し合うのですから」

「貴方達ってのは、誰のことだ」

「もちろん、貴方ですよ。一人目の英雄……虎威狐太郎」


 彼女の言葉、一人目の英雄。

 それは彼女達が『パラダイス』を知っているということ。

 獅子子の得た情報により、ある程度は想定されていた。

 しかしここに来て、確実になっていた。


 他の面々は、ただ黙って聞くしかない。

 何を言っているのかわからないが、狐太郎が話をしているのなら、黙るしかない。


「私たちの目的……祀と昏は、四種の宝をすべて集めることですので」

「魔王の冠のことか」


 四種の宝、と言われれば、当然四つの冠が思い当たる。

 魔王の証であり、強大な力を持ち主に与え、人間に殺されても復活する……。

 アカネたち四体が持ち、狐太郎が独占している、魔王の遺産である。


「いえいえ、四種と申し上げたはず。冠は四つ合わせても一種でしかない」

「……他に三つあると」

「ええ、とはいっても……冠とはまったく違う効果ですがね」


 情報の提供、目的の開示。

 それを対価にするつもりなのだろう、彼女は目的を明かし始めた。


「貴方が何をどこまで知っているのかわかりませんので、時系列順に話しましょう」


 うすうす感づいてはいても、核心は持てず、確認する気もなかった。

 そんな『設定』を、彼女は語っていく。


「まず皆さんが持っている王冠……これは元々、この世界で生まれたものです」


 冠を頂く四体の魔王。

 その伝説がこの世界のモンスターに残っているのだから、ある意味当然だ。

 だがやはり、少々驚くことである。


「当時……祀の先祖に当たるお方達が、モンスターの国を作るために、偉大な王を作るために冠を四つ作りました。その効果は、既にご存知のはず。そして、その限界も」


 魔王になったアカネたちは、確かに強い。

 Aランク上位モンスターも倒せるし、やりようによっては英雄にも勝てるだろう。

 だがそれだけだ。魔王になることは体への負担が大きく、タイカン技も連発が利かない。

 つまり、勝てることは勝てるが、国家を維持できるほどではなかった。


「詰め込み過ぎたのですよ。強いものが王になるべきだという価値観が災いして、不死性や変身能力、最大火力をすべてかなえようとして……王への負担が増した。それは実際に甲種モンスターと戦う貴方がたの方が、よくご存じでしょう」


 究極を思い出す話だ。

 多くの機能を求められ、注ぎ込み、結果どこかおかしくなる。

 すべての条件を満たしたものの、それ以外に不調が生じるのだ。


「結果として、モンスターの国は破綻しました。そこで祀の先祖様や、その意思に同調する当時の魔王様は、こう思ったのです。冠だけでは、魔王だけでは国家たりえないと」


 群れの長さえ強ければ何とかなるだろう、というのは無理があった。その上、そもそもそこまで強くなかった。

 スザクの言うように、狐太郎もよく理解していることである。この世界において、魔王は絶対的な強者たりえない。


「そこでさらに三つ……新しく宝を作ろうとしました。ですが……完成を前に、逃げるしかなかった。と言いますのも……宝の完成には、膨大な人間の魂が必要だったのです」


 ぞっとする話だが、納得でもある。

 間違いなく魔王の冠にも、多大な犠牲があったのだろう。

 モンスターが人間を材料にしたのだから、犠牲というよりもただ虐殺しただけなのかもしれないが。


「当時の人間が、それを許すわけがありませんでした。追い詰められた魔王様や祀の先祖様は、タイカン技によって……散り散りになりながらも逃走したのです」


 当時を知るものはほぼいないだろうが、竜や悪魔たち、亜人たちが魔王へ比較的好意的だったのだから、そこまで悪ではなかったはずだ。

 先代の魔王を倒した四体と一人は、それを理解していた。


「そのあと魔王がどうなったのか……皆さんの方がご存知でしょう。貴方達の故郷へと移動した魔王は、その世界の支配に乗り出しました。人間もモンスターも、丁種……Bランク上位までしかいない弱い世界です。この世界で苦労を重ねた魔王様方にとって、楽園(パラダイス)だったのでしょうね」


 勝利歴以前、太古の話だった。

 それを知っているのは、ササゲだけである。

 その彼女も当時は末端であり、魔王が現れた経緯など知る由もなかった。


「自分よりも強いもののいない世界で魔王様は、葬りの宝である対甲種魔導器EOSと、もう一つの宝を完成させようとしました。しかし……魔王様方はなぜか内紛をされ、冠を一体の方が独占されてしまった。その魔王様が倒されたことによって、長く空位が続き……貴方がたの世界は人間が完全に支配してしまった」


 自分よりも強い生物がいない世界。

 理不尽な生命力を持つAランク上位モンスターも、それさえ倒す英雄もいない世界。

 だからこそ油断したのか、慢心したのか、或いはそれでもうまくいかなかったのか。

 ともかく魔王は、二つの宝を完成させられなかった。


「祀が『楽園』へたどり着いた時には、魔王様は貴方達に倒され、EOSは紛失し、もう一つの宝も戦後の混乱に消えたと知った後……祀自身も先祖から受け継いでいた宝を完成させきることができず、途方に暮れていました」


 普通なら、もう諦めるところだろう。

 だがしかし、少なくとも完成していた冠は、ここに四つともそろっている。


「それでも祀は諦めませんでした。手元にある宝の完成を急ぎながらも、残る三つの宝を探し……ついに一つ、完成していた状態で発見したのです」


 スザクは、親指で自分を示した。


「新しい命を生み出す宝……それによって、私たち昏は生み出されました」

「あんまり気分のいい話じゃないが……納得だな」


 なるほど、納得できるところが多い。

 彼女の持つ雰囲気は、究極のそれに似ていた。

 望んで生み出された命だからこその、先天的な人懐っこさである。


「もちろん楽ではありませんでしたが、ともかく四つの内二つは手に入りました。祀が完成させようとしていた宝も、いよいよ最終段階です。あとは貴方が持つ四つの冠と、七人目の英雄が持つ対甲種魔導器EOSさえそろえば……モンスターの国が再建できる」


 四種の宝を完成させるという目標は、なるほど目前であろう。

 二つが手元にあって、一つはどこにあるのかはっきりしているのだから。

 冠の移動方法が魔王の死だけである以上、絶対に殺し合うことになるだろう。


「魔王の冠を持つ身として言わせてもらうが……これと同じぐらい凄いのがあと三つそろったとして、モンスターの国が再建できるとは思えないんだが……」


 しかし、狐太郎は懐疑的である。やはり魔王の冠を持ち、この世界の強者を知っているからこそ、この世界で国をつくることの難しさを理解していた。

 だからこそ、前提を疑う。EOSについては知っているが、他の宝の詳細を知らない。そのうえで、あと二つの凄いアイテムごときで、どうにかできるとも思えない。


「少なくとも、祀はそう思っていますよ。私共昏は、そこまで信じ切っていませんが……まずそろえなければ、検証のしようもないはず」

「まあ……そうだな」

「それに、お察しの通り、我等は西重へ協力しています。もとは祀の……()の宝を完成させるために戦争へ協力しただけですが、今は違う。貴方達を倒すという意味では利害も一致していますから、西重へ全力で支援します。それなら当然、対価も期待できるでしょう」


 別に、世界征服をもくろんでいるわけではない。

 人間から覇権を奪うことが目的だったとしても、いきなり宣戦布告をする必要もない。

 西重を勝たせて、その対価として『自治権』を請求するのは手だろう。


「私たち昏も参戦し、その対価として土地の幾分かをもらい、国家として認めてもらう。そろえた四つの宝を用いて、国家の運営を始める……というのなら現実的ですよ」

「違いないな」


 ここで問題なのは、彼女達本人が宝を持っていないということだ。

 仮に彼女たちを殺しても、製造する宝を祀が持っているのだから、補充されて終わりである。

 なるほど、無理に倒しても意味がない。


「さて……ここまで教えたのですから、四つの宝についてお教えしましょう。とはいっても、もう見当もついているのでは?」

「……いや、まったく」

「では、答えを」


 スザク、朱雀の背中から、燃え盛る炎が吹き上がった。

 それはまるで鳥の翼のようであり、ある一種の生物を思わせる。


「貴方達の持つ()、七人目の英雄が持つ()、祀が完成させようとしている()。そして昏である我らを生み出すものは……」


 それは、四つの儀式をなぞらえたもの。

 すなわち冠婚葬祭、あるいは冠昏喪祭。



「新しい家を生み出す儀式、()に他なりません」



 甲種モンスター、鳥類系最強種、フェニックス。

 それをもとに生み出された新生物は、その証を誇らしげに広げていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「どうして、祀は昏に付いて行かなかったんですか?」(現場猫感)
[良い点] 冠婚葬祭いいですね >彼女の持つ雰囲気は、究極のそれに似ていた。 >望んで生み出された命だからこその、先天的な人懐っこさである。 創作だと人造生命は無感情から始まるのが定番って感じですけど…
[一言] イカ「不死鳥って腹持ちいいんですよね」 しかし究極シリーズは欠陥シリーズで狐さんは対処法を知ってたよな。まあ祀りと英雄○太郎シリーズは別物だとわかって良かった。 そういや出自からしたら祀りっ…
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