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地獄の箸、天国の箸

 滑稽とは、必死なものを笑うことである。

 当人が全力を賭して望むからこそ、生まれる笑いである。

 間違った努力をしていることに気付かず、それでも顔を赤くしているからこそ生まれる笑いである。


 傍から見れば面白いが、当人たちはたまったものではないだろう。

 彼ら自身は、笑われるために必死になっているわけではないのだから。


 もしかしたら自分でも十二魔将になれるかもしれない。

 そう思っていた、実際にその可能性があった、空論城の人々。

 彼らは現在、ここ数日に味わった熱狂の反動を味わっていた。


 だれもが疲れ切り、弱り切っていた。

 特にトップの八人は、酒に逃げることもできずに茫然としていた。


 逃がした魚は大きかった、大きすぎた。


 なにもかも、祀や狐太郎の言う通りだった。

 とにかくさっさと、誰でもいいから勝たせるべきだった。

 周りにたくさん悪魔がいて、とても協力的だったのだから、『勝者を決めた後でもう一回相談しよう』ということにすればよかった。


 なにせ今回の賞品は、十二魔将の指名権である。

 別の組織の人間を指名してもよかったのだから、勝利の権利が評議会の大悪魔へ移動しないようにするべきだった。


 そのあと争えばよかった。

 なぜそうできなかったのか。

 悔やんでも悔やみきれない。


 その場合、狐太郎がものすごく困っていただろうが、それはそれで仕方ないことである。

 ともかく彼らはもう二度と、この幸運を得ることがないのだ。

 そして今後の人生もまた、その幸運を得られなかったことを悔やみ続けるものである。


 まさに、呪いという他ない。

 それも、悪魔の呪いよりも甚だしい、自由意思や夢の中さえ蝕む呪いである。



 平和的解決、合理的解決。

 それは今回の場合、決して不可能ではなかった。

 狐太郎は十日間の猶予を参加者たちに与えたが、それをただ抗争に費やす必要はなく、話し合いの猶予に使うこともできた。


 十二魔将の席そのものは分かち合えずとも、それによって得られる利益は分かち合える。

 少々貧乏くさいが、『十二魔将になることで得られる利益の分割』ということならば、それなりに現実的だろう。

 それならば、他の七つの組織もある程度納得して、一つの組織とその構成員を勝者にすることもできただろう。


 悪魔によって約束を強制できるのだから、十分に可能なことだった。

 誰も傷つかず、誰も争わず、円満に解決できた。


 だがそれを、彼ら自身が拒んだ。

 平和的解決とは、つまり『全員が幸せになること』であろう。

 それが、嫌なのだ。自分だけが幸せになりたい、自分以外を不幸にしたい。

 そのためなら、自分や仲間が傷つくことさえいとわない。


 それこそが、勝利だ。

 彼らはそんな勝利を求めていた。


 なるほど、落ちぶれることも当然である。

 なるほど、幸せを掴めないのも当然である。


 世の中には、『おてんとうさまが見ている』という考え方がある。

 たとえ報われなくてもいいから、周囲の仲間と協力することが大事だと、清く正しく生きることが大事だという考え方がある。

 それを愚かだという、バカな考えだと蔑む考え方もある。


 確かに、その考え方だけでは、うまくいかないこともあるだろう。

 しかし互助の精神がない人間の集団は、慎ましい生活さえできなくなる。

 互いの足を積極的に引っ張り合う集団が、自分以外の幸福を許さない者たちの集まりが、幸福になるなどありえない。




 いよいよ状況が動く段階に入った。

 狐太郎一行は、ササゲやセキト、アパレを除いて一か所に集まっていた。


 もちろん全員が状況を把握しており、祀側からの契約破棄と、その経緯を理解していた。


(意味が分かんない……狐太郎様、これ全部読んでたのかな……)

(わからん……本人はどうなるのかわからない、と散々言ってたからな……)


(でも全部想像通りだったんでしょ……)

(悪魔も祀もこの街の奴らも、街の外の奴らだって、初手で全部誘導しきりやがった……)


 侯爵家四人衆は、物事の流れを全部聞いて、今更のように震えあがっていた。

 祀の契約解除、悪魔に好かれること、賞品として出した十二魔将の席の回収。

 それらをすべて、完璧に一手で終わらせていた。今回の賭けを言い出した後は、ただくつろいでいただけである。


 四人の社会人からすれば、狐太郎は神算鬼謀の大軍師、千里眼の預言者に見えるだろう。

 少なくとも、そう思えていた。実際は、そうでもないのだが。


「狐太郎さんは凄いですね、僕には全然予想もできませんでしたよ」

「俺もびっくりしてる。まさかこうなるとは……」

「いえいえ、全部あてたじゃないですか」

「他の可能性もあったよ。うまくいかなくても『こうなると思った』って言ってたさ」


 狐太郎はいくつかの未来を予測していた。

 何通りかの可能性があり、そのうちの一つがはまっただけだった。

 狐太郎にとって一番いい結果だったことは、言うまでもないことだが。


「それに、これだけうまくいったのは、趣旨が逆転していたからだ。祀が事前にここに来て、空論城の悪魔がうまいこと誘導してくれていたからだ。それを知るまでは、どうしたものかと悩んでいたよ」


 狐太郎の仕事は、戦力を集める外交官である。

 行きました駄目でした、では仕事をしたと言えない。


 だからこそ必死で考えていたのだ。

 当然ながら、うまくいかないことばかりだったのだが。


「この街を守ろうとする祀を困らせるだけなら、そこまで難しくないよ」

「それじゃあ、終わった後に祀が攻めてくることについては? アレがなかったら、十二魔将の席は……」

「だから、その時は諦めたって」


 悪魔たちは嘘をついていない。

 この空論城にいるどうしようもない輩の中から、誰もが羨む十二魔将が選ばれてほしかった。

 実際のところ、最後に祀があの宣言をしなければ、そうなっていた可能性はあった。


「ただ、祀が諦めるときっていうのは、つまりこの街の人から邪険に扱われて、余計なことをするなって追い出された時だろう? そりゃあ暴れるだろう」

「……そうですね」


 約束事には常に『約束をしない』という選択肢がある。

 空論城の支部や外の本部は、結局祀と契約をしなかった。

 それ自体は構わない。信頼できない相手とは、約束をしないのが一番だ。


 だが悪魔たちは、信頼できないと、約束を破ると知って、なお祀と契約をした。

 なぜなら、相手が強いから。約束をしなかった場合、どうなるのかわかっていたからだ。


 弱者が約束をしなかった場合、強者は殴り掛かってくるだろう。

 それを想定しないのは、明らかに甘えだ。

 不公平だろうが不平等だろうが、約束を結ばないといけないときはあるのである。


「……結局、うまくやり込めようってのが、まず失礼なのさ」


 何も差し出さずに、何かを得ようとする。

 それが既に、誠意に欠けている。

 誠意に欠けている者には、相手も誠意を見せない。


「皆も、俺が損を嫌がって、保身を考えて、得だけを欲しがったら、嫌いになるだろ」


 彼の言葉に、アカネもクツロもコゴエも頷く。

 そう結局は、得だけを欲するものに、残るものなどないのだ。


「失礼をいたします」


 部屋がノックされ、中へ一人の悪魔が入ってきた。

 先日狐太郎たちを案内した、『口だけ』である。

 頭の前後に口だけがある、奇怪な悪魔が、ドアから入ってきて、狐太郎の前に跪いた。


「狐太郎様。空論城の悪魔が、広間に集まっております。どうかいらっしゃってください」


 先日の彼を見た者たちは、以前との違いに慄く。

 同じ役目を背負っているが、しかし所作が違い過ぎる。


「陛下もお待ちです」

「……そうか、分かった」


 掌返しに対して、狐太郎はなにも言わなかった。

 ただ静かに、その変化を受け入れる。


 ここで勝ち誇り、高圧的に相手をののしるほど、彼は目的を失っていない。

 だがそれをされても、『口だけ』は甘んじて受け入れるだろう。

 彼らは既に、狐太郎へ全面的に敬服していた。


 執事のような振る舞いをする彼の後に、全員がついていく。

 空論城の真上に浮かぶ館の、その中を進んでいく。


 そこには、Bランク下位の、下っ端悪魔たちが並んでいた。

 異形ぞろいの彼らが、姿に反して整然と並び、笑いなく礼を示している。


 愉悦や快楽のとりこである悪魔たちは、まるで無欲な兵士のように、一切の私心なく頭を下げている。

 もしも踏まれても、それを振り払うことはあるまい。


(すげえ……)


 侯爵家の四人も、ブゥたち兄妹も、この光景には息を呑んでいた。

 まさに、神を迎える儀礼であった。

 あれだけ人をバカにしていた悪魔たちが、居住まいを正しているのだ。

 

 その礼儀を受ける側に、自分たちがいる。

 それへ一種の困惑さえ覚えた。


 ある意味、当然だ。

 十二魔将首席にして次期大王、征夷大将軍にしてAランクハンター。

 竜の王と精霊の王、亜人の王、そして悪魔の王を統べるもの。


 天帝、冠の支配者、四冠。


 その名を背負う者が、相応しい待遇を受けているだけ。


「お待ちしておりました、狐太郎様」


 大広間の入り口、大きな両開きの扉。

 その前に待っていたのは、大悪魔セキトとその眷属であった。


 ルゥ家に仕える彼らは、あくまでもこの広間に入らず、しかしその扉を守る任に就いていた。

 彼の眷属は、ゆっくりと、扉を開けていく。


 そこには、Bランク中位の悪魔たちが待っていた。

 彼らは拍手をもって彼を迎え、花道を彩る。


 床には赤いじゅうたんが敷かれ、その上に魔王ササゲが立っていた。

 既に戴冠している彼女は、その闇に包まれた手で狐太郎の手を取る。


「こちらへ」

「ああ」


 ここで、狐太郎以外が足を止める。

 魔王ササゲは『口だけ』と同じように、最大級の敬意をもって、最大級の歓喜をもって、彼の手を取って一緒に進むことを喜んでいた。


 狐太郎の顔は、固い。

 面白みのかけらもない、緊張と諦念に満ちた表情だった。


「……ふぅ」


 ササゲに先導された先には、やはり整列している大悪魔がいた。

 九体の大悪魔は、長老だけを例外として、全員が手形を持っていた。

 今回の賭けの『チップ』でしかないただの紙切れを、まるでメダルのようにもって並んでいる。


「鎮まれ」


 評議会の長老が、静かにそう言った。

 直後、大広間は無音に包まれる。


「狐太郎様。この度は我等との約束をまっとうしてくださり、感謝の念に堪えません」


 武力を背景にした、不平等な契約。

 それを押し付けられた悪魔たちは、ここに解放されていた。


 祀に対して、悪魔らしからぬ対応を強いられた大悪魔たちは、悪魔らしく勝者を称賛する。


「『できるだけ面白おかしくしていただきたい、若手が腹を抱えて嗤うような』そんな無理な注文まで、貴方は応えてくださった」


 悪魔にとって、知恵比べで負けることは恥ではない。

 己の尊厳を差し出すに足る『神』との遭遇が、不名誉であるわけもない。


「我らの統べる城に住まい、多くの悪魔を知る者から、貴方は『どんな悪魔よりも悪辣だ』とまで評された。ああ……完敗でございます」


 彼の悪に、悪の振る舞いに、悪魔たちは立っていることさえできなかった。



「我らのすべてを捧げましょう……どうか、我等の主におなりください」


「……」



 狐太郎は、周囲を見渡した。


 改めて、この広間には、多くの悪魔がいる。悪魔が多すぎる。


 これだけの悪魔から、自分は崇められている。

 それは足元の人々を犠牲にしたもの、燃やし尽くしたからこそ。


 一体どれだけ他人を犠牲にして、どれだけ笑い者にして、どれだけバカにして。

 それで得た賞賛だろうか。



「……俺は、とんでもない悪人だな」



 弱音を吐く。

 結局、賭けに勝った。

 何もかも、己の掌中に収まった。

 気分がいいわけがない、いっそ失いたかった。


 いいや、失った。

 自分の心は、空虚だった。


「ササゲ」

「はい」


 うっとりしているササゲへ、狐太郎は問う。

 今まで幾度となく狐太郎のために戦ってきてくれた、心身を捧げてくれた、臣下の礼をとってくれた、親愛なる悪魔の王へ問う。


「俺は、君へ報いれただろうか」

「もちろんでございます」

「そうか」


 では仕方ない。

 悪魔の王をこき使っておいて、善人面など許されない。



「お前達のすべてを、俺に捧げろ。これは命令だ」



 この上ない、高圧的な命令。

 悪魔たちは、喝さいをもって応じていた。




「喜んで!」



 一方そのころ、祀たちは会議を開いていた。

 お世辞にも楽しそうではないが、喚き散らさない程度には敗北を受け入れていた。

 彼らは賢いので、敗北を引きずり過ぎなかった。


 そもそも、彼らは何も失っていない。

 リスクを負わずコストを支払わず、デメリットも対策していた。

 その慢心が敗因ではあるが、しかし失っていないことは事実である。


 結局、妨害工作に失敗しただけ。

 相手の戦力は拡大、肥大化したが、損失もない上に情報も把握した。

 であれば、気に病むほどでもない。悔しい程度のことだ。


「私たちを切ってもよろしかったのですか、西重にも秘匿していたはずですが」

「別に構わん。元より西重を動かすにはお前達を切るしかないし……これも反省というものだ」


 祀たちの護衛を務めていた女性たちは、祀を気遣っていた。

 不必要だと知ったうえで、勝てぬと知って、なお手を出さずにいられない。

 それほどまでに苛立っている主たちを、気遣っていたのである。


「反省……ですか」

「そうだ。我らは結局……手抜きをした。スマートに解決した気になって、いい加減なことをした。アレならば、何もしないほうが良かったほどだ」


 どう言い訳をしても、妨害に失敗したことも事実。

 まだやれたことがあったにもかかわらず、勝ち誇りながら高みの見物をしようとして、逆に高みの見物をされてしまった。

 知恵比べでの敗北は、彼らに反省を促していた。謙虚さを得て、己の怠慢を認めていた。


「負けは負けだ。それも我らが勝手に介入して、負けたのだ。横やりを入れてなお負けたのだ、恥は知っている。これ以上恥をさらす気はない」

「では、なぜ」

「……我慢できぬことがあるからだ」


 狐太郎は、誠意をもっていた。

 誠意とは、損を受け入れる心である。


 街のチンピラに十二魔将の席をくれてやる、という損を受け入れていたのである。

 だからこそ、彼は悪魔に心酔されていたのだ。


 だが、敵としてはたまったものではない。

 あの街のチンピラと、ことあるごとに対峙する羽目になるなど、彼らの自尊心が許せない。


 せめてあのクズどもには、夢を失ってもらわなければならない。そうでなければ、腹の虫が収まらない。


「スザクよ……(くらい)の長よ。配下を率いて、奴と戦え。おそらく今回ならば、死闘には至らぬはずだ」


 そしてもう一つ。

 今回の襲撃は、狐太郎への支援でもある。

 そうでなければ、わざわざ予告をしない。


 それを察知している狐太郎も、ある程度は相手をしてくれるだろう。

 死者が出るような、大規模な戦いにはならないはずだ。


「強くなって帰ってこい。お前達もまた、本番に備えて強くならなければならないのだからな」

「……ご配慮に感謝を。必ずや、成長してまいります」


 そして、祀とその護衛、(くらい)にも信頼関係はあった。


 知恵比べはここまで。


 本番に備えての前哨戦が、いよいよ始まる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒーローで、参謀タイプや軍師タイプというのは居る。 …ぶっちゃけ、アルスラーン戦記のナルサスあたりだと、悪魔をも凌ぐ智謀と、ちょっとした悪意というのはあり得る(ヤン・ウェンリーはこの種の謀…
[一言] ちょっと残念。 祀「契約やめます」→契約達成(町の守護)失敗→ペナルティ が前話ですが契約って双方合意じゃなきゃ変更(破棄)できませんよね 「契約破棄?ジュリするわけないじゃない。  今回…
[良い点] >狐太郎は、誠意をもっていた。 >誠意とは、損を受け入れる心である。 これは最初からずっと一貫してますね。 誠意しか持ち合わせてなかったとも言えますが。 [一言] 今回のタイトル、地獄の箸…
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