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ボディブローによるノックアウト

 それは、一瞬の出来事だった。

 Cランクハンター程度の武力を持つ者たちの、軍ともいえる集団。

 クリエイト使いがいないとしても、それなりのものではあったはずの戦力。


 それが、燃え盛る赤い火一つで灰になっていた。

 それは断末魔をあげる暇も与えない、一瞬での火葬だった。

 おそらく彼らは、自分が死んだことにも気づかなかっただろう。


 外部からの介入を、固唾を呑んで見守っていた、空論城の面々。

 彼らはその炎に驚いたが、しかし怨敵の死ににやりと笑っていた。


 できれば合法的に始末したかった、できれば己の手で処刑台へ送りたかったが、目の前で死んだことは悪くない。

 少なくとも、この抗争に介入され、選出する十二魔将を勝手に決められるよりはよかった。


 自分たちを虐げていた輩、その死がとても爽快だった。


 乾いた笑いが、口から漏れていた。

 卑しい笑みが、顔に張り付いていた。


 少なくとも彼らは、この時点で目標を半分ほど達成していたのだ。

 自分達が幸せになるかはともかく、自分たちを虐げていた輩の死を見届けたのだから。


 しかし、笑っている場合ではないと、彼らは気づくべきだった。


「……これ以上は」

「ああ」


 祀たちは、護衛達の働きを見ても、なんの感慨も湧かなかった。

 ざまをみろ、とは思わない。ただひたすら、敗北感に打ちのめされていた。


 そして、それ以上引きずらなかった。

 賢いということは、見切りが早いということである。

 まだ勝ちの目があるのなら、それもありだ。だが完全になくなった状況で、泥臭く頑張る趣味などない。


「……」


 祀たちは、空論城を見た。

 設計ミス、企画倒れ、とりあえず建ってればいいだろ、という精神で作られた街を見た。

 蟻の巣にも劣る……いいや、比べることも失礼なほどの、粗雑な街を見た。


 そして、そこに巣食う、どうしようもない人々を見た。


「我らの負けだ」


 彼らは、あっさりと、潔く、負けを認めていた。


「事情を完全に把握しているものは少ないだろうが……我らは悪魔や英雄と知恵比べをしていた。この街の安全を守れるかどうか、というゲームだ。そして我らは安全を守る側であり、英雄は戦争を起こす側だった」


 文章にすると、本当に無茶苦茶である。

 しかしそんな状況を作ったのは、彼らである。

 祀がずさんな契約を結んだから、こんなトンチキな状況が出来上がったのだ。


「英雄は内乱を、抗争を引き起こした。それに対して我らは、抗争を止めようとした。だが失敗した。それがすべてだ」


 彼らは己の失態を、敗北を全面的に認めた。


「我等には、最初から勝ち目などなかった……ならば、まだ言い訳もできた。だがこの空論城へ接触したのは、我らが先だ。その上あの男は、英雄は、我等に勝ち目を残していた。その上で負けたのだ、完敗と言う他ない」


 祀の視点でさえ、勝ちの目はあった。

 最初の段階で、もっと厳正なルールを定めていれば。

 この街の有力者へ会う際に、もっと気を使っていれば。

 この街の外の有力者へ、もっと考えた対応をしていれば。

 そうすれば、勝ちの目はあった。

 

 それは残された勝算だった。

 もちろん他のプレイヤーの自由意思によるものは大きかったが、それを抜きにしても勝ち目はあった。


「……英雄の介入はなかった。初期条件以外に、手は加えられていなかった。その必要もなかった。結局……身を切らなかった我らの負けだ」


 危険性(リスク)はなく、代償(コスト)はなく、問題点(デメリット)もなかった。極めて賢いと言えるだろう。

 だが負ければ、それまでの話だ。失敗すれば、そこから先のことなどない。


「斉天十二魔将……我等には理解しがたいが、それだけ価値があるものをぶつけてきた。その一手が……有効すぎたのだろうな」


 他のものなら、他のプレイヤーも執着が薄かっただろう。

 金銭でも地位でも土地でも役職でも、とにかくもう少し違うものなら、まだ妥協出来たはずだ。


 だが、十二魔将。

 それを差し出した狐太郎の、リスクを背負う覚悟、コストを支払う覚悟、デメリットを受け入れる覚悟。

 それらが、熱狂を起こし過ぎたのだ。


「この知恵比べ、我等の負けだ。悪魔よ……人間に従うな、という契約はこれで終わりだ」


 祀の一人が、城壁を攻撃した。

 それによって、さほど手入れのされていない壁が、あっさりと崩壊した。

 一角に穴が開いただけだが、それでも意味は大きい。


「城壁とは、安全のためにある。それを特に必要性もなく破壊した我らは、安全の保障を怠ったということだ」


 直後、祀の構成員、全員の懐から破裂音がした。

 だが、本人たちは苦しそうではなかった。

 複数の大悪魔との契約を、一方的に破棄したくせに、何のダメージも負っていない。


「身代わりの藁人形。まあ呪いのダメージを引き受けさせるアイテムだが……呪いが終わったことは事実だ。悪魔よ、英雄よ、お前たちの勝ちだ」


 これでこの街の悪魔は、完全に開放された。狐太郎への従属も可能になった。

 もちろん、従属が可能になったところで、実際に従属するかは彼らの自由意思に依るだろう。

 だがしかし、ここまで盛り上げた彼を、悪魔が見放すとは思わない。


「ああ、安心しろ。この街の者よ、お前達と英雄の間に結ばれた契約は生きている。この街の誰かが十二魔将末席に選ばれる、という契約は続行中だ」


 それはそれ、これはこれである。

 どんな因果関係があったとしても、妙な条文がない限り、一つの契約の破棄が他へ波及することはない。

 そして少なくとも、この街の住人と、狐太郎の間に結ばれた契約に『ただし祀と悪魔の契約が破棄された場合は、同時に破棄される』などと言うズルはない。


「こうして外の勢力が滅ぼされたからと言って……まあ全員でもないだろうし、お前達の復讐の相手は残っているだろう。それに、お前達は相互に恨みもある筈だからな」


 抗争はもう止まらない。

 そんな約束は、存在しない。

 大義名分も、メリットもないのだ。


「お前達は、抗争をすればいい。私たちにはもう、お前たちの安全を守る義務などない」


 だがしかし、やられっぱなし、というのは面白くなかった。



「だから殺す、全員殺す」



 彼らはもう約束に縛られていない。

 約束を破棄した無法者、その癇癪を止める術などない。


 空論城の住人は、今更のように硬直した。

 震えた、怯えた、腰を抜かしていた。


「悪魔に負けたこと、英雄に負けたことは認める。お前達に負けたことも、まあ認めてやろう。だが……それはそれとして、むかついたので殺させてもらう」


 余りにも粗暴な発言だったが、力のある者がそれを宣言すれば、確実に起こる運命である。

 その割には、比較的穏やかだった。


 彼らは怒っているが、狂ってはいない。

 憤っているが、やはり負けは認めていた。


「私たちはもう、お前たちの安全を保障しない。もちろん悪魔も英雄も、お前たちの安全を保障する気などない。なにせ抗争を扇動したほどだからな」

 

 初期条件に、一切変化はない。

 彼らは悪魔との契約を放棄し、狐太郎と悪魔が手を組むことを受け入れた。

 強大な力、英雄を越える力が生まれることを許容した。


「……宣誓の十日後、その日没が抗争の開始だったな。ならば我らは、十日後の正午に、この戦力を送り込む。お前達を皆殺しにする」


 よって、この街の人間を守るものは、もう誰もいなくなったのだ。


「まだ時間はある。それまでに、悪魔や英雄へ縋り付き、助けを乞え。勘違いするな、悪魔や英雄でどうにかできる規模の戦力しか送り込まん、絶望するには早いぞ」


 これは、意趣返し。

 この街の人間が、濡れ手で粟を得ること、それだけを防止し……。


 自分たちに勝った、悪魔や英雄へのけじめだった。



「何の価値もないお前達には、まだ自分の命よりも価値があるものがある。それを差し出せば、助けてもらえるかもしれないな」




 さて。

 殺害予告、虐殺予告である。


 元より命をかけて抗争に望むつもりだった八つの組織だが、あの宣告には心胆がつぶれていた。

 一切の闘気が萎え、子供のように泣いていた。

 

 勝ち目があるから、成功するかもしれないから、命をかけられるのである。

 絶対に勝てない相手と戦うほど、彼らは命知らずではない。


 しかし、しかしである。

 英雄や大悪魔、それを動かすほどの財産を、彼らはたった一つしか持っていなかった。


 命は惜しい。だが夢も惜しい。

 この夢のチケットは、逆転する唯一の可能性だった。


「さて……とんでもないことになってしまいましたね」


 現在空論城の道は、人で埋まっていた。

 建物の中にいたすべての人々が、狭い道に出てきたのである。

 そんな彼らの中心には、八つの組織の長と、大悪魔たち。そして狐太郎と魔王ササゲがいた。

 誰もが、迷いながら、怯えながら、願いながら、話し合いを聞いていた。


「まあこうなる可能性は、十分にあり得ましたが……実際になると、困ったものです」


 当然だが、この街の住人のほとんどは、祀など知らない。

 祀が穏当に接触した一つの組織の長だけが、その存在や目的を知っていただけだ。

 祀が悪魔と契約し、この街の安全を守るために奔走していたことなど、殆どの者は知らなかった。


 だがしかし、そんなことは関係ない。

 なぜなら、祀はこの空論城に、何の価値も見出していないのだから。

 どうでもいいのだから、むかついたというだけで殺すのだ。

 なにもおかしなことはない。


「……ですが、彼らも言っていたように、私には貴方達を守る義務がない。少なくとも、積極的に守る気はないのです」


 白々しかった。

 狐太郎の声はとても小さく、神経を集中しなければ聞き取れないものだ。

 だがその声に、この街の住人の命運がかかっていた。


「残念ですが、皆さんのことは諦めます。勝者なしということで、評議会の方が推薦した人を十二魔将に据え、話を終わらせていただきます」


 本当に残念そうに言っているのだから、始末が悪い。

 というか、本気で残念に思っているのだから、まさに悪魔使いである。

 狐太郎のこういうところは、ブゥに似ていた。


「とはいえ……十二魔将首席である私を、動かせるほどの対価を差し出すのであれば……皆さんを守るために全力を尽くさせていただきます。そんなものは、一つしかないでしょうが」


 詰みである。

 彼らの夢のチケット、狐太郎の手形。

 それはまさに、この国の誰もが羨むもの。

 是が非でも手に入れたい、唯一無二の宝。


 それを彼らが放棄するということは、実質的に大悪魔へ十二魔将の席を献上するということ。なるほど、貢物としては十分である。

 同時に狐太郎としても、大悪魔が推薦するであろう、十二魔将に恥ずかしくない戦力を得られる。悪い話ではない。


 そして、約束から逸脱していない。

 なんの変化も生じていないのだ。


「……ああ、そうそう。一応念のため言っておきますが、もしも皆さんが今一致団結して、十二魔将の席を決めたとしましょう。その場合でも、私たちは何もしません。なぜなら、この街を守る義務は、十二魔将にないからです」


 狐太郎は、分かり切ったことを言う。

 ここが悪魔の自治区である以上、国防もまた悪魔や現地の住人にゆだねられている。

 少なくとも、十二魔将は守る義務がない。


「では皆さん、どうぞ話し合ってください。私たちは、上で待たせてもらいます」

「……お待ちください」


 八つの組織の内、祀と接触した支部長が、狐太郎へ質問を投げた。


「わ、私たちは、最初から負けていたのですか」


 この街の住人の中から、斉天十二魔将が決まる。

 その可能性が示されたことで、誰もが舞い上がっていた。

 望むことさえ諦めていた夢に、手が届きかけていた。


「私たちのようなものが十二魔将になるなど、最初からありえなかったのですか」


 彼の嗚咽は、全員の嗚咽だった。


「貴方は最初から、こうなると思っていたのですか!」


 彼の怒りは、全員の怒りだった。


「最初から、最初から、最初から……! 貴方は、私たちを笑っていたのですか!」


 極上の餌は、目の前に置かれただけ。

 どれだけ焦がれても、手に入ることはなかった。

 もしもそうなら、どんな悪魔よりも残酷だった。


「もしもそうなら、貴方はどんな悪魔よりも悪辣だ!」


 彼の涙は、全員の涙だった。


 魔王の主たる狐太郎、天帝とも呼ばれる男は、こう答える。


「ふむ、それを貴方が言いますか?」


 逆に、不思議そうだった。


「私は、貴方を含めた八人へ、最初(・・)にこう言ったはずです」


 狐太郎は、ルールの説明をした。

 その時にはっきりと、勝利条件を二つ並べていた。


 隠されていたわけではない。明文化、明言化していた。


「手形を配ったその時……今この場で、くじでも引いて、勝者を決めてもいい。そう言ったはずですが?」


 空いた口が、ふさがらなかった。

 祀に対しても勝算が残されていたように、この街の住人にも最初から勝算は与えられていた。

 いや、それどころではない。最初から、その気になれば、あっさりと決まっていたはずなのだ。


「私の目的は抗争をしてもらうことだが、そうしなくてもいいと、それはそれで受け入れると、はっきり言ったはずです」

「……それは」

「なぜそうしなかったのですか?」


 ゴールテープは、彼らの直ぐ横に置いてあった。

 全員が手をとって、横並びになって、せーの、と一歩踏み出すだけで、彼らの勝ちは決まったのだ。

 少なくともこの街の誰かから、十二魔将が出ていたのだ。


 その場合、抗争は起きない。

 何もせずに目的が達成されるのだから、祀が怒ることはなかった。悪魔は大いに笑うが口出しはしないし、狐太郎の一人負けで終わっていた。


 バグ技でもハメ技でもない。

 正しい道筋を最初から教えられていた。


「そうすれば、私は貴方達を受け入れるしかなかったのに」


 返す言葉がなかった。

 なぜなら、最初にそう言われていたから。


「祀も言ったはずですよ。なぜ合理的な道を選ばないのか、と」


 結局、祀の言っていたことは全部正しかったのだ。

 争いをやめて互いに手を取って、外へ復讐することだけ考えていれば、それで円満解決だったのだ。

 

 祀こそが、正しい道を示したのだ。

 悪魔の誘惑によって愚かな道を選ぶ人間を、正しい道へ導こうとしたのだ。


 それを振り切ったのは、他でもない彼である。

 その正体を見切り、あえて指摘した彼である。


「貴方は私にこう言いましたね? 最初から勝ち目はなかったのかと。ではこう言い返しましょう、最初から何時でも勝てたはずです」


 祀の言うとおりにしていれば、こんなことにはならなかったのだ。


「戦わなくてもいい道があって、私も最初からそう言っていて……なぜわざわざ、全員そろって戦うことを選んでおいて……後になって文句を言うのですか」


『我らの目的は、この下らん抗争を止めることだ。お前達は気づいているかわからないが、この抗争はお前達を争わせること自体が目的だ。お前たちは今も、あの偽りの英雄に踊らされているのだぞ』

『知っておりますよ。ですが賞品は本物だ、道化でもモブでも木の役でも演じますよ』


『……賞品が本物だと信じているのなら、もう一つの勝利条件も信じているな?』

『ええ、もちろんです。この準備期間中に、暴力以外で手形を集めればいい。そうそううまくはいかないでしょうがね』

『だがそちらの方が犠牲は少ないだろう。賞品を放棄しろと言っているわけではない。一旦一つの組織に手形を集めて、そこを勝者にし、そこから代表による試合に変えればいい。お前とて、若手に袋叩きにされたいわけではあるまい』


『悪魔にくじでもなんでも作らせればいいだろう。公正で公平になる筈だ』

『それで誰が納得するんです。そもそも公正だの公平だの、誰も求めてないでしょう』

『……人間は愚かだな』


 人間は、愚かだな。

 愚か、愚か、愚か。


 この街の住人は、全員が戦う気だった。

 なんなら、同じ組織の人間とも戦う気だった。

 誰一人、譲り合うことはなかった。


「……戦争の準備をしている私が、餌を放り込んで争わせようとした私が、言っていいことではありませんが、貴方達は祀の言うとおりにするべきでしたね」


 悪魔が笑う、大いに笑う。

 平和のために奮戦していた祀。

 彼らを笑っていた悪魔が、人間を笑っていた。


 祀は正しく賢かった。

 この地の人間が、たとえようもなく愚かだった。


「……争わなければ、良かったのですか」


 それを聞いて、狐太郎は嘆息した。


「ええ、その通りです。誰も傷つかずに、幸せになれていましたよ」


 悪魔と言う悪魔が、声を失っていた。

 すべての悪魔は、笑い過ぎて息ができなくなっていた。



「どうです、平和は尊いでしょう?」



 それが、とどめの一撃だった。


 人間たちは、腰を抜かしていた。

 悪魔たちは、地面に倒れていた。


 立っていたのは、狐太郎だけだった。


 虚しい勝利であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん鮮やか ここまで読み切った上で賭けをして勝たれたら悪魔ならもう従うしかないですよね
[一言] 悪魔達腹筋崩壊しまくりかよ、腹筋在るかしらんが
[良い点] 「どうです、平和は尊いでしょう?」 これ程までに、強すぎるトドメの一言は無いだろうなぁw流石は天帝、四冠の支配者と呼ばれ、魔王を従える狐さんですわ。 [気になる点] 狐さんはこの街の事は…
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