ノーリスク、ノーコスト、ノーリターン
優れたワープ技術を独占している祀は、行き来が自由である。
護衛を連れて現地へ赴いた彼らを、一体の悪魔が迎えていた。
「どうも~~、祀様~~、お待ちしておりました~~」
若い悪魔の内一体、『多笑い』。
大量の顔が群れとなって浮かんでいる悪魔であり、大勢に見えるが実質一体である。
しゃべっているのは一体だけで、他の顔は祀を取り囲んで笑っていた。
「……ここに、偽りの魔王が来ているそうだな。何をした?」
「はい、もちろん、何一つ隠すことなく、分かりやすく開示させていただきます!」
大量の髪でつながっている顔に包囲されて、祀たちも不快そうに顔をゆがめている。
その悪魔は、確かにわかりやすく情報を伝えていた。
「とまあそのように……このままだと十日後に内戦ぼっ発ですね。はははは!」
大量の顔に加えて、本体の顔も笑っていた。
それはもう大笑いである。
しかも耳を澄ませると、含み笑いまで聞こえてきた。
物陰に隠れている悪魔たちも、同じように笑っているのだ。
先手を打った気になって得意になっていた、祀をバカにしているのである。
「……どういうつもりだ! なぜわざわざ、外患を誘致した!」
祀の一人が、もっともなことを言う。
これでは、積極的に約束を破ろうとしているも同然だ。
「なんで誘致したらいけないんですか?」
にやにや笑いながら、悪魔は問う。
「そんなことしちゃいけない、なんて約束してないでしょう」
ある意味、盲点だった。
いや、普通の生物ならば、盲点以前の話だ。
だが悪魔は普通の生き物ではない。
「この街の安全を保障するのは、貴方達の役目では?」
祀は、思わず顔をゆがめた。
人ならざるものは、人のように怒っていた。
「如何しますか」
「……待て」
従えていた護衛の女性が、手を出すかと確認する。
しかしまだ早いと、祀は止めていた。
「……私たちの出した条件は、奴らに従わないことのはずだ。ならば、こんなふざけた騒ぎを起こすことは、許されないはずだ」
「従ってませんよ? 一緒にお祭りを開いているだけです。結果的に不安全になりますが、我等もほら、見ての通り楽しんでいますよ」
おそらく、この空論城の誰もが、この状況を大いに喜んでいる。
狐太郎に強制強要されて、嫌々従っているものなど一人もいまい。
「まさかとは思いますが……契約を結んだ後で、話が違う、なんてことはおっしゃいませんよね?」
「……悪魔め」
「ええ、悪魔です!」
あはははは。
きゃははは。
ふはははは。
悪魔たちが、大いに笑っていた。
おそらくこの祀たちを見て、空論城の悪魔たち全員が腹を抱えているのだろう。
腹がない悪魔たちもいるだろうし、心の底から、と言ってもいい。
「私こそ、逆に聞きたい。空論城の安全を保障するという約束をしていたのに、なぜ戦力を残さなかったのですか?」
「……」
「何をどうやって、この空論城を守るつもりだったのですか?」
「……質問に答える義務はない」
「ええその通り、まだこの街は安全です。よって貴方達と我らの約束は生きています」
痛いところを突かれていた。
いいや、侮りすぎていた。
(下等な悪魔如きが生意気な……約束を破った罰への対処法があると、分かったうえで約束したのだな!)
お互い、相手の心中は既にわかっている。
祀たちは武力を背景にして、約束を強要した。そのうえ、自分たちは最初から約束を守る気がなかった。
借金を踏み倒すつもりで、借金を申し出たようなものである。
(負けるはずがなかった。我等には罰を回避する手段があり、さらに先手を打ったことで、一人目の英雄とやらを土俵に入らせないはずだったのに……!)
負けるはずがなかった、ノーリスクだった、圧倒的に有利だった。
自分達の約束が守られようが、破られようが、この街がどうなろうと知ったことではなかった。
客観的に事実だったからこそ、彼らは粗雑な手を打ってしまった。
悪魔たちは馬鹿ではなかった。
狐太郎も馬鹿ではなかった。
もうこうなれば、本当に守るしかない。
(忌々しい……なぜ我らが、この街を守らなければならないのだ! 悪魔如きとの約束を、遵守する羽目になったのだ……!)
祀たちは、大声で『お前達などどうでもいいわ!』と叫びたかった。
それをすれば、その時点で約束は破棄される。
約束を一方的に破棄しても罰を受けることはないが、悪魔たちは意趣返しとばかりに狐太郎たちへ全面協力するだろう。
それでは、結局同じことだ。
コホジウは以前に、『交渉しようとしているということは、戦いを避けたいということだ。圧倒的な戦力差があるのなら、問答無用でつぶしているはずだ』と言っていた。
これは今回も適用される。先回りしてまで空論城の悪魔たちへ契約を強要したのは、ブゥや狐太郎たちへ悪魔が全面協力することを避けたかったからだ。
避けたかった、ということは、やられると困るということである。
(……やむを得ん、ここは忍耐の時だ!)
彼らは自分のことを、優れた種族だと認識している。
そして実際、多くの点で通常のモンスターよりも優れている。
彼らは自らの過失を認め、面倒ごとに立ち向かおうとしていた。
「……我らがこの街で、安全を保障するために行動することは、当然許されるのだろう」
「ええ、もちろん。正当ならば、武力も行使していいですよ」
案内役を任された『多笑い』は、新しいプレイヤー、参加者の登場を喜んで迎えていた。
むしろ彼らが来ないと、盛り上がらない。そうとさえ思っていたのである。
(悪魔め……)
もちろん、祀はまったく喜んでいない。
自分の街を平気でぶっ壊そうとする、下賤な輩へ憤っていた。
※
およそ十日の準備期間で、一体何ができるのか。
手っ取り早いのは、戦力の拡大と引き抜きである。
各支部長たちは、まず空論城内部の浮浪者たちを片っ端から捕まえた。
そしてできるだけ栄養の高い食事を与え、即席の戦力としたのである。
「い、いいんですかい? こんなに食わせてもらって……」
「いいぞ、安くていいなら酒も付けてやる」
「ああ……酒なんて何年ぶりだ……」
「その代わり、十日後……一晩頑張ってもらうぞ」
「へ、へい……」
もちろん、Fランクハンター程度の戦力である。
怖い相手を見れば逃げ出すだろうし、同程度の相手を倒すにも苦労するだろう。
だが、数は力だ。戦力外だとみなして放置すれば、他の組織に独占される。
そして、エナジーの使用も禁止されている都合上、敵の体力を削ぐ肉の壁になる予定でもある。
なにより、この街の一般的なチンピラの戦闘能力は良くてDランク、悪ければEランク程度である。
そんなに強くないので、数で押せる範囲でもあった。
まあ数に屈さない程度の実力というのが、わざわざこの街に送られてくるわけもない。
利用価値があるのだから、普通に別の場所で働いているだろう(裏社会で)。
とはいえ、その条件はどの組織も同じ、イーブンである。
となれば彼らの次の行動も、概ね決まっていた。
「お前さん……そちらの支部長さんの、最後の護衛らしいね」
「どこから聞いたんで?」
「まあいいじゃねえか……」
支部長が手形を持っており、その支部長本人はそこまで強くない。
であれば、その護衛を買収する、というのが一番簡単だ。
サッカーでたとえれば、ゴールキーパーを買収するようなものである。
一点取られればそのまま負けという試合では、ある意味最悪の手だろう。
「どうだい、そっちの組織に義理があるわけでもなし……日没と同時に裏切って、支部長から手形をとっちまうってのは」
「ほほう」
「悪くねえだろ。普段なら周りの元仲間からタコ殴りだが、今回はルールがある。周りが気付く前にボコっちまえば、そのまま悠々と大手柄ってわけだ」
「……それな、アンタが七人目だよ」
「あん?!」
「つまり、アンタが最後ってことさ」
審判が悪魔であり、絶対に買収できない相手である。
その関係上、最後の護衛に買収が集まるのは当然だった。
「……いくらほしいんだ?」
「十二魔将の席」
「ふざけんな! 他に六つも手形があるんだぞ?! お前ひとりにくれてやれるか!」
「じゃあこの話は無しだ。なにせ俺は最後の護衛……うちの旦那が勝てば、そのまま俺が十二魔将になれるかもしれないんだからな」
そして最後の護衛たちは、意外にも一人も裏切らなかった。
いいや、意外でもなかっただろう。少なくとも当人たちは、最初から一人も裏切る気がなかった。
もしも十二魔将の席を約束されたうえで、悪魔の前で誓ってもらっていれば、話は違っただろうが。
「お前如きが、十二魔将になれるだと? 本気で思ってるのか?」
「今回の抗争は、最初からそういう話だろ。悪いが約束してくれないんなら、帰ってくれや」
とはいえ、これで『やりました支部長、七人全員口説けました!』『よくやった、これで勝ちは確定だ!』となったら、それはそれで面白くない。
口説き落とせたのなら凄いことではあり、ルール上も問題ないので勝者と認めるのだが、些か興ざめだろう。
そしてそれは、祀にも言えることだった。
※
さて、街のあちこちでそんな引き抜き合戦が行われている中を、祀やその護衛は歩いていた。
ただでさえ雑多で、悪臭漂う街が、更なる熱狂に包まれている。
「下等な人間どもめ……やはりこんな奴らが世界の覇権を握っているなど、おかしなことなのだ……」
仮にこの場に狐太郎がいれば、やはり『人類は愚かだ』というだろう。
躍らせている狐太郎が言うのもどうかと思うが、余りにも踊らされ過ぎである。
「しかし……どうする。まさかこの街の住人、全員を説得するのか」
「無理だな、到底話が通じると思えん」
「そうだな……」
祀の者たちは、まず人間というものを毛嫌いしている。
そのうえで、多くの者を片っ端から説得、と言うのは特に嫌がっていた。
「そもそも、手形を持っている八人をどうにかすればいいのだろう。最悪、殺してもかまうまい」
「確かに……安全を乱そうとしているわけだからな」
祀たちは賢かったので、ルール上問題ない行動をとろうとしていた。
この空論城の安全を保障するのが役割である以上、その安全を乱そうとしている八人を殺す分には、悪魔との約束を守っていることになる。
暴力が禁止されているのは、あくまでも十二魔将を決める争いの参加者のみ。
祀が暴力を振るうことは、余り問題ではない。
「参加した人間全員を殺すならまだしも、首謀者八人を殺す分には悪魔も咎められないだろう」
「違いない、約束を守っているのだからな」
少々強硬手段が過ぎるのだが、多分正義の味方がいても同じような結論に達するだろう。
苦渋の決断か、どうでもいいと思っているか。その程度の違いしかない。
「ではさっさと片づけるとしよう。我々は悪魔に嫌われても構わないのだからな」
「おい、いるんだろう『~~~~』!」
祀たちは、『多笑い』を正しい名前で呼んだ。
人間ではない彼らは、悪魔の本当の名前を発音できるのである。
「へえへえ、もちろんで」
本当の名前を呼ばれても、悪魔にとって特に問題はない。
むしろ人間から名前を与えられる状況の方が、よほど意味が大きい。
若い悪魔たちにしてみれば恥辱だが、ある程度成熟した悪魔にとってはむしろ名誉である。
ともあれ、真の名前を呼ばれても、命令に従う道理はない。
この『多笑い』が祀に応じたのは、彼らもプレイヤーだからである。
「八つの組織のトップに会いたい。どこでもいいから案内しろ」
「ええ、もちろん」
「……さっきの話は聞いていただろう。もちろん否とは言うまい」
「ええそれはもう」
全ての顔で悪辣に笑う悪魔だが、不気味に思っては喜ばせるばかりだ。
それを知っているので、祀たちはなんとかこらえる。
「ただし……一応申し上げておきますが、あくまでも安全を脅かす場合か、自衛に限ってください。それ以外でこの街の人間へ暴力を振るおうものなら、約束は破られたということになります」
「我等とて好き好んで、こんなどうでもいい所で暮らしているどうでもいい人間を殺す気はない。むしろ逆に聞くが、我等へ『抗争に参加しない』と言った組織には、それを守らせるのだろうな」
「それも、もちろん。約束は大事ですからねえ……。棄権の規定もありますし、なんの問題もありません」
含みのある言い方だった。
だがまさか、どんな含みがあるのか、など聞けるわけもない。
一行は何も言わず、『多笑い』に続いた。
絨毯のように広がっている髪の毛と、それに繋がっているたくさんの頭。
それが先導するのだから奇妙極まりない。しかしそれがこの街の平常であり、余り驚くところではなかった。
※
目立たないが有能な者が、それを分からない者によって追放されたことで、元の組織は衰退し、新しい組織が成長するという物語が多く存在する。
というか、実話にも多そうである。優秀で有能な者が、必ずしも大声で自己主張するわけではないからだ。
そしてこの物語には、一つの真理がある。
必要な者が抜けるから困るのであり、不必要な者が抜けても誰も困らないということだ。
この空論城に流れ着いたものたちは、その集まりである。
どれだけ内心で自分の評価を上げておいても、彼らが抜けた後の組織がまったく困っていないのだから、彼らは必要な人間ではなかったということだ。
悲しすぎる現実と向き合うことのできない彼らに舞い降りた、人生最大のチャンス。
それを普段からの敵と奪い合うだけで、逆転ホームランである。
これが普通ならば、最低でもリゥイたち並みに強い男たちと、タイマンで戦うことになる。
自分達と大差のない相手と戦えばいいのだから、こんなありがたい話はあるまい。
「祀……という組織の方ですか」
「いかにも」
そんな美味しい話に茶々を入れてくる輩である。
当然だが、快く迎える要素が一つもない。
調度品ばかりが多少豪華で、しかし狭く掃除の行き届いていない、異臭の入ってくる部屋で、八つの組織の内一つを束ねる男は、祀たちを迎えていた。
そんな部屋に案内された祀側も、当然顔をしかめている。やはりこの街に、まともな家はないらしい。
「如何なる御用向きですかな? 現在我等は、抗争の準備のために忙しいのですが」
「そう、そのことだ」
祀の代表は前置きを抜きにして、本題へ入ることにした。
そもそも相手側も忙しいと言っているので、余計な挨拶は無用である。
「我らの目的は、この下らん抗争を止めることだ」
聞きようによっては、とても立派なことである。
しかし抗争の当事者に向ける目は、蔑み一色だった。隠す気のない、完全な蔑みである。
そしてそれは、この街に生きる者にとって、見慣れているものであった。
まさか完全に別の生物からも、同じ目で見られるとは……想定通りだった。
悪魔からも同じような目で見られているので、それは今更である。
「お前達は気づいているかわからないが、この抗争はお前達を争わせること自体が目的だ。お前たちは今も、あの偽りの英雄に踊らされているのだぞ」
そして彼の言うことも、それなりには正しい。
「知っておりますよ。ですが賞品は本物だ、道化でもモブでも木の役でも演じますよ」
だがその正しさは、彼も認めているところだ。
「これだけ近くに悪魔がいて、にやにやしながら見てるんです。流石に私共でもわかりますとも」
こう言われると、祀たちも辛い。
実際自分たちも、同じような扱いである。
「……賞品が本物だと信じているのなら、もう一つの勝利条件も信じているな?」
「ええ、もちろんです。この準備期間中に、暴力以外で手形を集めればいい。そうそううまくはいかないでしょうがね」
「だがそちらの方が犠牲は少ないだろう」
祀の提案は、それなりに合理的だった。
「賞品を放棄しろと言っているわけではない。一旦一つの組織に手形を集めて、そこを勝者にし、そこから代表による試合に変えればいい。お前とて、若手に袋叩きにされたいわけではあるまい」
「まあそりゃそうですけども」
実際のところ、一番危ないのは各支部長である。
棒倒しの棒になるのだから、絶対に怖いに違いない。
しかもできるだけ手形を守らねばならないのだから、気が気でないはずだ。
そして限られた選手による試合形式ならば、安全が脅かされたとは思うまい。
祀としては、それで十分目的が達成される。
「しかしですね、それは無茶というものですよ。代表を決めるということは、我らの命運をその一人に任せるということでしょう」
「それはそうだろう」
「うちにそんな信頼できる奴はいませんよ」
「……そうか」
しかしそれは、代表にたる人材が各組織に最低一人いて、ようやく成立する作戦だった。
当たり前だが、この空論城にはそんな逸材、一人もいない。
人間を蔑み、この街の住人をことさらに蔑む祀だからこそ、これには反論できない。
「ならば悪魔にくじでもなんでも作らせればいいだろう。公正で公平になる筈だ」
「それで誰が納得するんです。そもそも公正だの公平だの、誰も求めてないでしょう」
「……人間は愚かだな」
他人事の視点からすれば、できるだけ被害を抑えて物事を決めるべきだと考えるだろう。
だがこの街の住人からすれば、一人に運命をゆだねることや、運任せである方が理不尽である。
「……では、お前達に代わりの物を都合する。それで賞品を諦めることはできないか」
これも建設的だった。
賞品目当ての大会なのだから、賞品を参加者全員に配ればいい。
まったく同じものを用意できなくとも、ある程度妥協する材料になるだろう。
「十二魔将末席に並ぶものなんて、用意のしようがないでしょう」
「だが金ならいくらでも用意できる、一生遊んで暮らせる分を都合できるぞ。もちろんこの街から脱出できる手はずも整えてやる」
現金とは、ほぼ万能である。
そしてこの街を脱出できるのなら、彼個人に限れば、十二魔将になる以上の幸福が待っているだろう。
少なくとも、それを期待できる取引である。
「……断る」
「なぜだ、組織への義理か?」
「違う、組織への復讐ですよ」
先ほど挙げたように、今この街にいる住人たちは、基本的に無用な人間だ。
だが無用な人間だったとしても、恨みを抱かないわけではない。
「私は確かに無能な人間であり、無法者の集まりの一人でしかない。出世争いに負けたうえに、特に役立つ特技があるわけでもない。だがこんなところへ流されてきて、より無能な輩の面倒を見るように言われてきた。それでうっぷんがたまらないわけがない」
この街の誰もが、十二魔将の席を求めている。その理由は、ある意味全員同じだ。
狐太郎が言った様に、合法的な復讐へつながっているのである。
「貴方がたがどれだけ現金を用意してくれても、合法的に復讐できる機会が巡ってくるわけではない。むしろ、その巨額の金を目当てに追われる身になるでしょう。それはたまらない」
ありえない、とは言い切れないことだった。
むしろ正しいことである。祀としては、否定しにくいことだった。
そこで、原点に戻る。
「それなら、誰が勝っても同じだろう。お前達は全員同じ穴の狢だ。全員が外の者を恨んでいる。ここは全員が手を組んで、外の全員へ復讐すればいい。その方が確実だろう」
「私共だって、仲がいいわけじゃない。むしろ近い分、恨み骨髄でもあるんですよ」
「愚かな……」
やはり人間は愚かだ。
このままでは確実に、多くの犠牲を払う。
しかも勝てる可能性は八分の一であり、負ければそのまま身の破滅。
ほんのわずか恨みを忘れ、ほんのわずか我慢をすれば、無血で確実に復讐が果たせるというのに。
そうして、改めて人間を見下す祀だが、そんなことは今更である。
そもそも、この状況も想定済みだ。
「ならば……強硬手段に出ることも辞さんぞ」
「……」
祀の構成員たちが、傍に控えさせていた女性たち。
彼女たちから、膨大なオーラが吹き上がる。
これにはさすがに、裏社会を生きてきた者も圧倒される。
「我らはこの下らん抗争を止めねばならん。そしてそれをやるためなら、お前を含めた八人全員を殺すことも辞さん」
「……脅しではないようですな」
「当然だ」
人の命に、なんの価値も見出していない、別の生き物の視線。
悪魔を良く知る彼であっても、肝が冷える状況だった。
「では……」
そしてここで、彼の、彼のような人間の特技が光った。
「前向きに皆で相談します」
先延ばしである。
「……相談するのはいいが、どれだけ相談する気だ」
「さて? 誰もが前向きなのですから、説得するにも時間がかかるでしょう。断言はできませんが、二週間はかかるかと」
「ふざけているのか! それでは結局抗争が始まるだろう!」
「それはそうですが、話し合いもせずに勝手に決めたところで、構成員は勝手に暴れるだけですよ? それでは同じことでは?」
言っていることはもっともだった。
この街の安全を保障するという条件なのだから、抗争を止めるだけではなく、その後の禍根も断たなければならないのである。
(八人を説得するだけでは意味がない、殺しても無駄か。当てが外れて暴れだすだけ……!)
(この無能に、反対意見をまとめる器量などないか……!)
彼らはようやく、前提の誤りに気付いた。
八人殺すだけでは、まったく収まらないのである。
「まあそういうことです。私は皆の意見をまとめますので、お引き取りを」
「……そうか、では失礼する」
無駄な時間だった。
他のところに行っても同じだろう。
憤慨さえしながら、彼らは徒労だけ味わって去ろうとする。
「ああそうそう。一つだけ聞きたいことがあります」
「なんだ」
そんな彼らの背へ、支部長は質問を投げた。
「貴方がたは、悪魔の罰を破る手段を持っているのですか?」
とてもではないが、悪魔の前では答えられないことだった。
と同時に、なぜ気付かれたのか、わからないことだった。
祀たちは振り向かずに会話を続ける。
表情を見せないように、気を使いながら。
「答える義務はない。だが、なぜそう思った?」
「悪魔の前で『金はいくらでも用意できる』と言ったからですよ」
『だが金ならいくらでも用意できる、一生遊んで暮らせる分を都合できるぞ。もちろんこの街から脱出できる手はずも整えてやる』
『……断る』
それは、先ほどの会話だった。
「悪魔がいる状況で、上限を設けない商談はできない。悪魔を下に見る貴方がたが、それを知らないわけがない」
百億だの百兆だの百京だの、請求するだけならいくらでもできる。
そしていくらでもと言った方は、それを用意する義務がある。
悪魔の前での商談とは、そういうものだ。
「つまり貴方達は、悪魔の罰をどうにかできる手段があるのでしょう」
「そうだったら、どうなんだ」
祀は、勘違いをしていた。
この悪魔がはびこる街において、悪魔から罰を受けないことは、強みになると勘違いしていた。
「誰も、貴方達と契約なんかしませんよ」
しかし、逆である。
悪魔でさえも罰せないということは、一切信用できないということだ。
罰を受けないということは、平気で罪を犯せるということ。
そんな輩とは、どんな悪党も、絶対に約束をしないだろう。
する意味がないからだ。
「平和的な解決は、諦めたほうがいい。身を切る気がない貴方達には、話し合いに参加する権利がない」
平和的な解決とは、武力による解決同様に、リスクやコストを支払う必要がある。
それがなければ、どんな言葉も意味を持たない。
悪魔に支配されている無能者からの、手痛い反撃。
それに対して、祀たちは無言で足早に去ることしかできなかった。
あははは。
うふふふ。
きゃはは。
その背を、悪魔たちが笑っている。
なんともわかりやすく、滑稽な姿だった。




