32
この前線基地に来たハンターの内、脱落するのは二通りである。
一つは森に入ってモンスターの数と質に押された者、もう一つはモンスターの襲撃を退ける討伐隊の強さを目の当たりにした者。
一種の洗礼ともいえる『事実確認』。
少々腕に覚えがあるだけのハンターでは、ただ生きていくことさえできない。
強大なモンスターを倒すために集められた、さらに強大なハンターたち。
その実力を見て、自信を喪失する者は多い。
※
前線基地に入り役場の応接室に案内された四人は、とても静かに黙っていた。
ケイとランリが、明らかに道中の前向きさを失っていたからである。
さっきまでは意気揚々としていた二人が沈み込んでいるところを見て、先ほどの戦いを見ていなかったブゥはおびえていた。
一体何があったら、ここまで落ち込むことができるのかと。
(まあ、無理もないねえ)
実戦経験の少ない二人に対して、ピンインはそこまで悲観的ではなかった。
そもそも彼女は、自分が一人前だという自負はあっても、超一流やら伝説の勇者やらを目指していたわけではない。
そもそも護送隊という狭い枠の中でも、敵わないと思うほどの実力者は時折いたのだ。もちろん、今回ほどけた外れの実力差があったわけではないのだが。
ともあれ、彼女は身の丈を知っている。
一般的なCランクハンター、あるいはBランク相当の実力があるハンター。
その中における自分の立ち位置、というものをよくわかっている。
しかし、ケイとランリは違った。
ケイは竜騎士しか知らず、ランリは精霊使いしか知らない。
各々の専門分野にはとても詳しいが、全体として自分がどの程度の位置にいるのかわかっていない。
狐太郎が城の復興作業で『一般人の筋力』を見て世界の違いを感じたように、ケイとランリもまた『この前線基地でのBランクハンター』を見て実力の違いを思い知ったのだ。
(そうだった、私は護衛隊として招かれたのだった。討伐隊としてではない……)
(僕は広範囲の探知を得意としている……索敵さえできれば、それで十分ってことだ……悔しい!)
二人とも期待の若手であり、周囲から常に称賛されていた。
才能があり、努力をし、実績もこれから重ねていくところだった。
だが、各分野においてすらエースでも最強でもない。
Bランクハンターの中でもトップレベルを誇るこの街の討伐隊に、太刀打ちできるわけもなかったのだ。
(私の強さなど、最初から当てにされていなかったのだ……!)
はっきり言えば、そもそも求めている水準は低めだ。
狐太郎も大公も、最初からこの場の四人に『討伐隊が務まる水準』など求めていない。
そんな『高望み』をしていないのだ。
(これが現実、今の僕の立ち位置……超えてみせる……姉さんにも無理な場所に、食い下がってみせる)
とはいえ、この二人は最初から努力家である。
周囲から無理だの無駄だのと言われても、折れることなく自分の力を信じて高めていったものである。
自分の伸びしろが尽きたとも思っていない、奮起してさえいた。
(たかがBランクのハンターに気おされてどうするの、私はこれから竜王に会うのよ!)
(そうだ、これからAランクの精霊と会うんだ、へこんでいる場合じゃない!)
屈辱から復活しようとしている二人を、ブゥは冷ややかな目で見ていた。
(別にやめてもいいって言われてるんだから、やめたいって言えばいいのに……)
なんのことはない、無理だと思ったのなら諦めればいいのだ。
ブゥは戦いを見ていないが、二人とも実力が足りないと痛感していることだけはわかっている。
それが客観視できるのであれば、さっさと諦めればいい。周囲もそれを望んでいるのだから、諦めないほうが迷惑だ。
あながち間違ってもいないが、そもそも価値観が異なっているので正解ではない。
「ご主人様」
「うわ?!」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
物思いにふけっているブゥの背後に、突如として大悪魔セキトが現れていた。
如何にブゥが悪魔使いだと知っているとはいえ、いきなりBランクの悪魔が現れれば他の三人も驚いてしまう。
「ご主人様だけではなく、他の方まで驚きすぎですよ……正直、狙ってましたけどね」
物凄く嬉しそうにしている悪魔に対して、ピンインもケイもランリも警戒をする。
悪魔に関わって破滅した人間は数知れず、話をすることさえ危険とされる。
そういう意味では、ルゥ家は成功したほうだった。もちろん当人たちは、得をしていると思っていないのだけれども。
「だからお前、道中ずっと黙ってたのか……」
「まあそういうことです。それに公女様へ無礼を働けば、それこそシャレにならない。せっかく大きくしたルゥ家が、ぶっ潰されてしまいかねませんからね」
その一方で、セキト側は気を使っているようだった。
確かにセキトをずっと出しておけば、不敬ともとられかねない。
「だったら呼ぶまで引っ込んでろよ……」
「そうはいきませんよ、相手はAランクの悪魔ですからね。私よりもはるか格上を相手に、隠れているのはかえって不敬ですから」
「まあそうかもしれないけども……」
「それに……」
悪魔は、邪悪に笑った。
「ただでさえ身の程を思い知ってしまった若手が、さらなる強者を前に間を置かず絶望する……直接見たいじゃないですか」
別に悪さをしているわけではないが、それでも性格の悪さはにじみ出ている。
明らかな挑発であり、思わず反応しそうになってしまう。
それでもケイもランリも、怒りをこらえきれずににらんでしまっていた。
(悪魔ってのは、趣味が悪いねえ……とはいえ、そうなるだろうけども)
ピンインは悪魔に同意する。
如何に最上位勢とはいえ、Bランクでさえ圧倒された。
これでAランクを見れば、心折れても不思議ではない。
(大公様も、わかっていないねえ。おなじ魔物使いなら気心が通じる? 逆、逆。私みたいに上を目指していない人間ならともかく、熱意溢れる若手に『同種』の『最上級』を見せるなんて、残酷な話だよ)
そう、残酷な話だった。
「さあ、狐太郎様。こちらがわが大公家の推薦する、護衛に相応しい人材ですわ」
「あ、ど、どうも……」
来賓室の扉が開いて、リァンと狐太郎が入ってくる。
資料通りの、とんでもなく貧弱そうな男が一人。
その彼の情けなさに、各々はそれぞれの反応をしようとする。
しかし、それが脳から消し飛んだ。
「うわあ、あの人全身から竜の匂いがするよ! きっとあの人が竜騎士さんだね!」
「あらあら、丁度悪魔をだしているわね。この世界の同種だから心配していたけど……ええ、同じで安心したわ」
「かなり低級だが、風の精霊を従えている……なるほど、精霊使いと言うのは伊達ではないな」
「じゃあそこの女の人が亜人使いかしら? 私にはよくわからないわねえ」
ケイはアカネを見て。
ブゥはササゲを見て。
ランリはコゴエを見て。
そしてピンインはクツロを見て。
四者四様、電撃が走ったように動けなくなる。
「皆さん紹介するわ、この人が狐太郎さんで……あ、あら、どうしたのかしら?」
(なんか、ラードーンが近づいた時のアカネみたいになってる……)
この前線基地で戦うハンターたちや、大公や公女たち。
その誰もが、四体に秘められた力を測ることはできなかった。
それも当然、誰もが比較対象を知らな過ぎた。
目利きという言葉があり、目が肥えるという言葉がある。
馬の気持ちや猫の気持ちがわかるようになるとか、相手の強さがわかるとか、そういう状態はある。
それらは決して、超能力でもなんでもない。ただ単に、比較対象が増えていくからである。
いわゆる『全部同じに見える』状態とは、比較対象が少なすぎて比較できない状態をさす。
竜であれ馬であれ、たくさんの相手と長期間触れ合うことによって、特定の個体を見分けたり状態を察したりできるようになっていく。
そして当然ながら、その力量もわかるのだ。
四人はそれぞれ、特定の種族と長く付き合い、かつ多くの個体を知っている。
だからこそ比較対象が大量にあり、それ故に四体が他に比べて著しく強いことを見抜いていた。
比較ができるからこそ『比較にならないほど強い』ということが、四人にはわかってしまったのだ。
「これはこれは……」
そして、それは悪魔であるセキトも同じこと。
彼は同種の悪魔であるササゲの力を、ほぼ完全に察していた。
「私、ルゥ家に仕える悪魔、セキトと申します。御名をお伺いしてもよろしいでしょうか、陛下」
「ようやく話の通じるモンスターにあえて嬉しいわ、セキト。私はササゲ、狐太郎様に仕える身よ」
多くの悪魔を従える大悪魔セキトは、ササゲに対して迷うことなく膝を突き礼をとっていた。
悪魔であるセキトがここまで礼を尽くすのは、ブゥ以外では格上の同種だけだろう。
それを察しているのか、ササゲは嬉しそうに笑いながら礼で応える。
「では……どうも初めまして、狐太郎様。我が主に代わりまして、挨拶を」
「あ、ああ、うん……大丈夫? 君の『我が主』が、偉いことになってるけど」
「四人とも専門家故に、陛下がたの御威光に震えているのですよ」
(へいか、がた? まさかコイツ、ササゲたちが魔王であることを察して……)
金縛りにあったかのように、四人とも動けずにいる。
蛇に睨まれた蛙のように、望遠鏡で太陽を見てしまったかのように、専門家たちは怖気が止まらなかった。
「もう十分楽しめましたし、これ以上冗長になっても仕方ありません。公女様、よろしければ治していただけませんか?」
(こいつ……ササゲと同じタイプだ。一回リアクションを観ないと、気が済まないタイプだ……)
どうやら満足したらしいセキトは、話を進めるために解決策を提示する。
一種の恐怖状態、混乱状態になっている四人は回復の必要があるようだった。
「……そ、そうですね! ではヒールクリエイト、リカバリーエリア!」
状況が飲み込めたリァンは、あわてて回復技を発動させる。
彼女を中心に光が溢れ、動けなくなっている四人を包み込んでいった。
それを受けると、四人は一瞬で復帰する。
狐太郎の場合は当人が尋常ではないほど貧弱だったため回復に相当の時間を要したが、四人は推薦されるほどの実力者であったがゆえに回復も速やかなのだ。
「まあ悪意をもって攻撃されたわけではないですから、こんなもんでしょう。ささ、皆さま。話を進めようではないですか」
「ええ……ごめんなさい、皆さん。まさかここまで驚かせてしまうだなんて……」
比較ができなかったのは、リァンも同じである。
魔王になった四体ならともかく、素のままの四体を見てここまで反応するとは思っていなかったのだ。
今後専門家を招集するときは、それなりの備えが必要になるだろう。
「……あのさあ、ササゲ。この手の話で現地の人が『ぎゃあ、コイツバケモンだ』って驚いて慌てふためくお約束があるんだけどね、実際にやられると少し嫌な気分になるよね」
「なんで私に言うのよ」
「え、だってご主人様を……」
「……黙ってちょうだい、お願いだから」
なお、アカネたちも結構傷ついていた模様。
※
さて、改めて面接である。
(ある意味普通の面接だな……)
狐太郎が驚いてしまうほど、普通の面接の風景だった。
ここが役場であるという点を加味してしまうと、日本に帰ってきたかのような錯覚を受ける。
狐太郎とリァンは長机の上に書類を置いて、椅子に座っている四人と対面していた。
四体はおとなしく、狐太郎の後ろで待機している。
「ねえねえ、私たちがやったみたいに『現場に行って死んで来い』とかないのかな?」
「それは後でやるんでしょう」
なお、アカネは黙っていない模様。
「では狐太郎さん。まずは私から紹介させていただきますね?」
「あ、はい」
「全員を一緒に紹介はできませんので右の方から紹介しますが、順番以上の意味はないのでよろしくお願いします」
「はい……」
「ではまず一番右の方から。彼女はケイ・マースー、竜に乗って戦う竜騎士です。硬質属性のクリエイト使いで、竜に乗ったまま矢を射る攻撃を得意としています。マースー家の現当主であるお父様のメンジ・マースー様が推薦なさってくださいました。メンジ様は我が国の将軍であり、私の父とも親交が深く、とても信頼のできるお人です。そのお方からの推薦されたケイは、女性の身で……」
履歴書のようなものを読み上げるリァン。
紹介してきたのが彼女なのである意味当たり前だったが、その点を含めても割と普通の面接だった。
加えて狐太郎の前に座っている四人もまた、とても緊張した顔になっている。
一種滑稽なほど普通の面接なのだが、そのため四人がファンタジーな恰好をしていることに違和感を覚える。
(四人とも四体をガン見して、俺のことを見てない……)
「ねえねえ、クツロ。なんか私たち、物凄く見られてない?」
「黙ってなさい……確かにすごく気になるけど……」
面接を受けている四人は狐太郎のことを見ず、背後で立っている四体に注視していた。
それはもう、瞬きせずに、全員そろってガン見である。
生まれや育ちなどが全く違うはずの四人は、同じ表情をしていた。
まるで人形が並んでいるようである。
「彼女の騎乗している竜はラプテルと言って、ライドドラゴンとも呼ばれる『アクセルドラゴン』というCランクのモンスターです。竜騎士と呼ばれる方はほとんどがこの種に乗っていますが、決して乗りやすくありません。アカネさんを従えている狐太郎さんには実感がわかないでしょうが、本来のドラゴンは気性が荒く攻撃的で、近づく人間に襲い掛かってしまいます。騎乗どころか飼育するにも根気と真面目さが求められています。そして竜に背を許されるのは……」
(説明が頭に入ってこない……)
とてもまじめに話をしてくれているのだが、誰も聞いていない。
リァンはとても健気に仕事をしているのに、他の全員が仕事どころではなくなっていた。
(……いかん、このままでは酷いことになる!)
狐太郎は社会人である。
こういう長い話がどれだけ重要で、後々意味を持ってくるのかよく知っているのだ。
聞いていませんでした、では済まされない。
(今後リァンさんは、今説明したことを俺が全部知っている前提で話してくる……それはまずい!)
リァンは狐太郎がこの国の字を読めないと思っている。
他にもいろいろと、狐太郎が無知であることを前提に話を進めてくれた。
しかし今説明したことに関しては、知っていると思ってくる。
いや、実際教えるために説明しているのだから、聞いていないほうが悪いのだ。
「リァンさん」
「はい、なんでしょうか?」
「正直に言わせていただきますが……お話を聞いているだけではよくわからないのです。よろしければ、この人たちの連れているモンスターを実際に見せていただけませんか?」
「……ああ、気が付きませんでした。確かにそちらの方が、混乱がなくていいですね」
とりあえず狐太郎は、場を切り替えることにした。
狐太郎の背後に立つ四体を、狐太郎の対面に座っている四人がガン見している限り、この空気は変わらない。
というか、目の前の四人に集中すればするほど、話がどんどん分からなくなっていく。
その上、狐太郎は四人のことをちゃんと見なければならない。
このジレンマを解決するには、とりあえずこの立ち位置そのものを変えないといけないのだ。
「では皆さん、竜やキョウショウ族をお待たせしているところへ行きましょうか」
どうやら四人も狐太郎と同じような状況だったらしい。
四体の存在感が大きすぎて注視せざるをえず、しかし四体がどんどん不機嫌になっていくので緊張が増していったのだ。しかも、前以外を見るのは大変失礼である。
リァンの提案を喜んで受け入れた四人は、安堵しながら席を立った。
こうして、リァン以外の誰も何も聞いていない面接は、とりあえず終わったのである。




