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椅子取りゲーム

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 ある程度見て回った後で、狐太郎たちは飛行属性の付与された絨毯に乗った。

 要するに『空飛ぶ魔法のじゅうたん』なのだが、それに乗る面々の表情は沈痛だった。


(ピンインさんの気持ちが分かるな……もちろん陛下の気持ちも)


 これもまた、一種の外交圧力であろう。

 国交のない国と関係を樹立させるというのは、かくも辛いものなのだ。


 だからこそ、普段から付き合いのあったピンインが、Bランクハンターとして招集されたのである。

 彼女はただキョウショウ族を雇用していただけではなく、なにか大きな収入があれば、それを亜人の集落と分かち合っていた。

 そういう普段からの付き合いが信頼関係を作るのであり、人脈になるのであろう。


 そして、そういうことをすっ飛ばしていきなり参戦を要求しようとすると、こういうことになるのである。

 困った時だけすり寄ってくる輩、というのは何とも厚かましいものだ。自覚しているだけに、狐太郎の心中は辛い。


 なんとも雑多な街を見下ろす、空に浮かぶ整然たる館。

 そこへ案内された一行は、やはり悪魔たちに案内され、奥へと入っていく。

 まさに悪魔の総本山、根城である。


 そこに関しては、まさに支配者然としたものがあった。

 この屋敷の中は、普通の屋敷同様に手入れが行き届いており、いい意味で悪魔の住む屋敷らしさがあった。


「こちらへどうぞ、評議会の皆様がお待ちです」

(ここを支配する大悪魔たちか……いきなり会えるだけでもありがたいもんだな……)


 ここに来るまで散々地味な嫌がらせをさせられたが、流石に会えない、ということはなかった。

 こちらにも大悪魔が二体いて、魔王が四体いるというのが大きいのだろう。

 門前払いされないのは当然のこと、いきなり最高議会と話ができるのだ。

 だからこそ、狐太郎に名誉の過積載をさせた、ということでもあるのだろうが。


「失礼します」


 むせかえるような、高濃度の闇。

 暗黒のオーラが充満する部屋へ、一行は入った。


 そこにいるのは、大悪魔、大悪魔、大悪魔。

 アパレやセキトに見劣りしない、Bランク上位、一軍に匹敵する悪魔ばかりだった。


「……ようこそおいでくださいました、冠頂く魔王様。そして、その主たる英雄よ」


 誰もが、異形だった。

 大きな舌を持つアパレがまともに見えるほど、どの大悪魔も人から遠く離れている。

 あるものは髪の毛のような触手で全身が覆われ、あるものは多くの腕をもち、あるものは人の頭、人の首があるべき場所に、ダチョウのような大きい鳥の首と頭があった。

 それらが整然と並び、闇のオーラを出しながら、しかもこちらへ礼儀を示している。


 まさに大悪魔。若手とは格が違う、威厳の溢れる存在だった。

 その彼らのいる部屋へ通された狐太郎たちは、思わず怯みかけた。


 怯むのはいい。

 悪魔にとって、怯えられることは誉れだ。

 だが怯んだままでは、仕事にならない。

 狐太郎は、『伝説』で語られているような、余りにも古典的な悪魔たちへ緊張しつつ、挨拶をした。


「この度は急にお伺いして、申し訳ありません。私は四冠の狐太郎と申します。かくも多くの兵を引き連れてきたことは、其方にとってさぞご迷惑でしょうが、私は見ての通りの小男です。交戦の意思はありませんので、どうかご容赦を」


 並み居る悪魔たちを前に、狐太郎はなんとか挨拶をした。

 相手に礼儀を通す、というのは大事である。少なくとも、相手はそろって迎えてくれている。ここで失礼なことをするのは、目的に反し過ぎた。


「いえいえ……当然のことでしょう。何も気になさらず、構いません」


 一種の砲艦外交である、ブゥや魔王を連れての交渉。

 それに対して、大悪魔たちは好意的だった。


 以前にササゲも言っていたが、なんの護衛もつれずに挨拶に来ることの方を、むしろ悪魔は嫌がる。

 白紙の契約書へサインをして、『何を書いてもいいですよ!』と自信満々に言ってくるのと同じぐらい怒る。


 むしろ、これだけ警戒している、と表に出す方が好意的に思われることだ。


「……いかがでしたか、我が街は」


 長老であろう最高責任者らしき悪魔は、まるでだまし絵のような顔をしていた。

 上下をひっくり返しても、人の顔に見えるというトリックアート。

 それそのままの顔をしている彼は、鼻が上下に一つずつ、口も上下に一つずつあった。

 ただでさえ奇怪なその顔が、しゃべるときは両方の口が動くので、とてもおぞましい。


 にもかかわらず、第一声はまともだった。

 それこそ、ただの領主のようだった。


 それに対して、ササゲはやや怪訝な顔をする。

 彼女のよく知る悪魔から、離れている所作だった。


「面白いでしょう、人間の街は」

「……面白いとは思いますが、住みづらいとも思いますね」

「そう思いますか?」

「ええ、暮らしたいとは思えません」


 狐太郎の素直な所感を、彼は不快に思わなかった。

 なるほど、素直な心境であろう。


「ふふふ……そうでしょうねえ。ですが私は、この街を気に入っています」


 この館は、空論城の真上に座している。

 この街に生きる誰もが、大悪魔を仰ぎながら暮らしている。


 それ自体に優越感を感じている、というわけではなさそうだ。

 一種の支配欲ではなく、自己顕示欲でもない。

 どこか、老成した人間のような雰囲気を持っている。


「……人間は強い」


 良い意味で、昆虫を褒めるような言い方だった。

 昆虫学者がしたたかな昆虫の生態を知ってそれを称賛するように、大悪魔もまたしたたかな人間の生態を見て楽しんでいるようだった。

 もちろん人間を対等な存在と認識していない証拠だが、事実として対等ではないし、相当違う生き物であることは確実である。


「この街に集まる人間たちは、いずれもろくでなし。まともな生物ならば、とっくに淘汰されている個体でしょう。ですがそれらでさえ、これだけ集まって、なお社会を形成している」


 逃げ足が遅い草食獣は、肉食獣に狩られるのが定め。

 狩りがヘタな肉食獣は、飢え死にするのが定め。

 その理屈で言えば、この街の『ヒト』は、なんとも奇怪である。


「寄り添い合い助け合うことはなく、奪い合い殺し合う。それでも彼らは生きている、驚嘆ですよ」


 あれだけ弱いくせに、同じ生き物の中でも劣っているのに、生きているなんて凄いねえ、と褒めていた。

 それを賞賛ととらえるのは難しいが、少なくとも気に入ってはいるようだ。


「私は彼ら個人個人などどうでもいいが……この街が維持されていることが気に入っています。だからこそ、守りたいとも願っている……」

「……心中、お察しします」


 分かるような、分からないような。

 ある種神の視点からの、街への愛を感じる。

 悪魔らしからぬようで、悪魔らしい愛だった。


「だからこそ……私は、この街を一義に考えております。それは、他の皆も同じこと」


 評議会は、沈黙によって肯定されている。

 多くの悪魔たちがそろっているうえで、彼ら全員が、ブゥたち以外の何かに怯えていた。


「……貴方がたは、一歩遅かったのです」



 この世界の何処かにて。


『貴方がたは、一歩遅かったのです』


 遠く、遠くの何処かで。

 人ならざる者たちが、その会話に耳を傾けていた。

 

 兎太郎たちの世界では、ジョークグッズに分類される、小型盗聴器。

 それを屋敷に仕掛けてきた彼らは、狐太郎たちの訪問やその会話をしっかりと聞いていた。


「くくく……下らん、下らんなあ。一人目の英雄とやらも」


 彼らはすべてを見下していた。

 実際すべての上に立つものなのだから、そこに疑いはない。


 五人目の英雄狼太郎が、あの世界最後の生き残りであるホープを倒した時点で、異なる世界を行き来できるのは祀だけだった。

 そのアドバンテージたるや、尋常ではない。それこそ三人の英雄とその仲間でさえ、太刀打ちできないほどだ。


「人徳やら交渉術で、どうにかできる状況は終わっている。まさか悪魔を力づくで従えるなど、悪魔使いにはできまい」


 既に契約は完了している。

 合意は結ばれ、悪魔は彼らに従うことができない。

 既に言質は取られている。悪魔は悪魔であるがゆえに、一人目の英雄に従えないのだ。


「長老どもは、街を失うことを恐れて、我等に従った。そして若い悪魔たちは、我等とアレを比べて、我等を取るだろう」


 これは一般論だが。

 敵対し合っている両勢力の内、片方から参戦を要求されて、片方からは戦争へ参加しないように要求してくれば。

 どちらがまともか、と言えば後者であろう。


 圧迫外交を行ったことは事実だが、『俺のために戦え』と『君たちは戦わないでね』ならば、どう考えても後者の方がまともだ。

 言動でごまかされがちだが、狐太郎と違って祀は、こちらへ加担しろとは言っていないのである。


 若い悪魔からすれば、やはり狐太郎たちのほうが情けなく見えるに違いない。


『……一歩遅かった? 我等以外の何者かが……西重が、貴方達へ交渉を?』

『いえ、違います。祀を名乗る勢力が、我等へ接触し……人間へ従うことを拒絶するように言われました』

『では、既に契約を』

『ええ……この街の安全を保障してくださることと引き換えに……です』


 そして実際、なんとも情けなかった。祀たちは大いに蔑みの笑みを浮かべていた。

 頼みの綱は、ここで断ち切られていたのだ。


 これならば、既に用意している『アレ』を加えることで、西重を戦争で勝たせることができる。

 いいや、一回だけでいい。戦争で勝つ必要などない、とにかく偽りの魔王を倒し、その後ろ盾となる央土を潰せればそれでいい。

 むしろ共倒れこそ、望ましい。


「ふふ……元は奴らの世界の技術ではあるが、だからこそ逆に、この世界に盗聴器の類があるなど考えまい」


 悪魔の街の、意思決定の場。

 そこに自分たちの生まれた世界の盗聴器が仕掛けられていて、今も自分達の会話を盗み聞きしている。

 そうとも知らずに、彼らは無駄な時間を使っていたのだ。



「ましてや、盗聴器のことなど知らぬ悪魔どもでは、想像の余地もあるまいよ」

「違いない。悪魔と言えども、そんなものだ……大悪魔も若い悪魔も、魔王の使徒である我等からすれば平民にすぎんよ」


 

『あるいは、今も奴らが、何かの術で我らの話を聞いているやもしれません』


 

 全員、思わず嘲りが止まった。


「馬鹿な、なぜ……」


 この盗聴器に、大した意味などなかった。

 しいて言えば、これからくるはずの狐太郎たちから、計画の類でも聞きだせれば御の字だった。

 元々の目的は、ただ小ばかにしたかっただけ。だが今彼らは、皮肉にも盗聴に集中していた。


『祀の使者は、我等へ条件の決定をゆだねました。それは先ほど言った、精密とは程遠いもの。にもかかわらず、奴らは監視者の一人も残さなかった。あの条件ならば、こうして四冠殿へ情報を開示することができるにもかかわらず、です』


 極めて論理的に、悪魔たちは盗聴器の存在を想像していた。


『であれば、我等の気付かぬ監視者を置いたか、或いは何かの手段を用いているのでしょう』

『……ありえますね』


 祀の中で使者を担当したものは、悔しそうな顔をしていた。

 未開の非文明人と馬鹿にしていた者に、盗聴を見透かされていた。

 途方もない恥辱である。


『加えて言えば……この街の安全を保障する、という条件もおかしなもの。もしも本気で守る気があるのなら、それこそ戦力を残すべきでしょう』

『そうですね……ありえないことですが、我らが暴れる可能性もあったわけですから。しかし、貴方達と約束をしたのであれば、それを反故にするのはなにがしかのペナルティを受けるのでは』

『……それですよ』


 盗聴器越しに、無念や怒りが伝わってくる。


『おそらく奴らは、何かの手段で我らの呪いを防ぐことができるのでしょう』

『では祀は、最初から条件を反故にする気で、悪魔との約束を交わしたのですか?!』

『そうとしか思えませぬな』


 これも、図星だった。

 祀は悪魔が狐太郎へ協力することを防ぎたかっただけで、それ以外はどうでもいいと思っていた。

 狐太郎が怒って悪魔を蹴散らしても、それでも手を出す気はなかった。

 それはそれで、この街の悪魔から協力を取り付けることができなくなるからだ。


 そして悪魔の約束などどうでもよかった。

 なぜなら、それを防ぐ手段があるのだから。


「……だ、だが……だが! どのみち同じことだ!」


 態度のずさんさから、すべてを見抜かれていた。

 羞恥で激怒しそうになるが、なんとかこらえる。

 既に目的は達成されている。今更何をされても、まったく問題ではない。


「我らが悪魔の約束を破ることはできても、悪魔は約束を破れないのだからな!」


『そこで、契約の条件がございます。四冠の狐太郎様』


 彼らは、ようやく理解した。

 悪魔とは、約束の権化。

 その罰を防ぐ術があったところで、出し抜くなど不可能だったと。


『どうか、彼らの約束を壊していただきたい。それさえ叶えば、我等空論城の悪魔は、貴方様へ協力を惜しまないでしょう』

『……なるほど、分かりました。条件などありますか? 例えば、街への被害を抑えるとか……』

『よく抗争をしておりますので、被害は気にいたしませぬ。ですが可能ならば、できるだけ面白おかしくしていただきたい。若手が腹を抱えて嗤うような……期待してもよろしいですかな?』

『ええ……いくつか準備もしてきましたから』


 今更ではあるが、祀の者たちは悪魔を見下している一方で、態々妨害工作を仕掛けた。

 それは悪魔が狐太郎に従い、ブゥの力になることが、途方もなく危険だと知っていたからである。


 つまり、悪魔が全面協力の言質を差し出したことは、彼らにとって大問題だった。

 これでは、ペナルティどうこうではなく、なんとしても約束を守らなければならなかった。



『祀との約束、見事打ち破ってみせましょう』



 そして、今更戦慄する。

 約束を破ることに比べて、約束を守ることのなんと難しいことか。

 安全を破ることに比べて、安全を保障することのなんと難しいことか。


『貴方がたは、今私に従えないということですね。では、お願いします。この街の権力者たちを集めてください』

『ええ、構いませんとも。それぐらいならば、対価はいりません』

『では……あ、ああ』


 悪魔の王を従える男が、愚鈍であるわけがなく。

 悪魔たちもまた、暗愚から遠かった。


『ササゲ、キンセイ技を使え。もしも本当に盗聴器が仕掛けられているのなら、キンセイ兵器で見つけられる。そこから逆にハッキングできるはずだ』


 仕掛けた盗聴器など、所詮ジョークグッズである。ならば軍用兵器によって、その電波を探ることは容易だった。

 それを理解しているからこそ、祀は速やかな対応をしなければならない。


「は、破壊しろ! すぐに受信機を破壊しろ!」


 がしゃんと、物理的に盗聴器の受信機が破壊された。

 これで相手の動向を知ることはできなくなったが、逆にこの場所を知られる可能性もなくなった。

 だが相手はキンセイ兵器を持っている。それは大いに恐ろしいことだった。


「この基地も、念のため破棄する。そして……」


 迷いはあるが、それでも決断しなければならなかった。



「なんとしても、空論城を守るのだ……!」



 意に反して、約束を守ることになる。

 これぞ正に、悪魔の所業であろう。





 さて、空論城である。

 ここが陸の孤島であることは事実だが、当然食料を生産しなければ人間は飢え死にする。

 コゴエが察したように、一応は外との交流があるのだ。


 では当然、何かの利益を生み出していることになる。

 それは、何か。


 一つは、監獄としての機能である。

 例えば裏社会の人間が何かをやらかしたとして、憲兵にたたき出し逮捕させられるだろうか。

 下っ端ならばともかく、上の者ならそれは難しい。色々と良くないことを知っており、それを漏らす可能性があるからだ。


 では殺すか、となるとそれも難しい。

 重い罪だが何も殺さなくてもいいだろう、という状況はある。

 加えて言えば、何かあれば殺す、というのは組織の硬直化を招く。

 裏社会もまた社会であり、ホウレンソウを怠ればろくなことにならないのだ。


 もっと言えば、殺すだのなんだのをすれば、必ず替え玉やらなんやらが起きる。

 死んでしまうと、それを本物かどうか判断が難しくなる。


 そこで、この空論城である。

 悪魔と契約をさせれば、永遠に出られないようにすることもできるし、十年で出られるようにもできる。

 まさに牢獄であり、現世の地獄と言えるだろう。


 他にも密会場所や密談場所など、様々な『商談』のされる場でもある。

 表の権力が届かない、忌み嫌われた土地。

 悪魔の支配する、裏社会の深奥である。


 当然ながら、闇組織の支部がある。

 なんとも情けないことだが、その支部長たちも、やはり懲罰人事や出世争いで負けて流されてきた者が多い。

 もはや行き場のない、最下層を見下すしかない下層の者たちである。


「どうも皆さん、初めまして。私は虎威狐太郎と申します」


 その彼らは今、集会場に無理やり集められていた。

 護衛を連れてきてもいいということで、各々が二人ずつ連れてきている。

 当然ながら血気盛んな男たちであり、周囲にいるのは実質敵である。


 評議会からの招集でなければ、集まることはないはずだった。

 あるいは集まったとしても、殺し合いになる可能性が濃かった。


 だが、狐太郎が護衛をぞろぞろと連れて現れたとき、それは一気に吹き飛んだ。

 今はササゲとアパレ、セキトとその眷属。そしてルゥ家の三兄弟だけである。他の面々は、流石に狭いので館で待ってもらっている。

 大悪魔たちと会うこともある彼らは、しかしそれよりも格上の悪魔、魔王ササゲや、他の実力者たちを見て緊張したのである。


 そして同時に、狐太郎、という名前を聞いて慄いてもいた。


「もしや、貴方は……四冠の」

「おや、ご存知の方も多いようですね。確かに私は、四冠の狐太郎と呼ばれております」


 もちろん狐太郎が一人で歩いていれば、ただの亜人の子供としか思われないだろう。

 だが周囲に多くの実力者やモンスターがいれば、それこそ印象が違う。


(これだけの大悪魔を従えているとは……)

(あやかりたいもんだ、どうやったらこれだけ従えられる?)

(どんな話術が……いや、詐術が……)

(伊達に四冠なんて呼ばれてねえな、生きている世界が違う)


 若い悪魔、『口だけ』が人間に従う悪魔を見下しているように。

 逆に悪魔に支配されている人間たちは、悪魔を支配している人間へ畏敬の念が絶えない。

 悪魔の奴隷が、悪魔の主人にあこがれるのだ、それは当然であろう。


「今回評議会の悪魔へ話を通して、皆さんを集めていただきました。御足労頂き、感謝しております」


 相変わらず、狐太郎の物腰は低い。

 本人が弱いこともあって、まるで威圧感がない。

 しかし遥か格上のご身分が、下手に出ているのだ。

 威圧感を出す必要もなく、支部長たちも護衛も委縮していた。


「さて……こうして皆さんを集めたことには、理由があります。もちろん……央土という国のためのことです。そのあたりを深く説明することはできないことは、とても心苦しいのですが、どうかご理解を」


 国家への帰属意識が低い、裏社会の住人達。

 その彼らをして、四冠が動くほどのことに、深入りしたくはない。

 とてもではないが、手に余る。彼に従っている魔王や大悪魔に、どれだけ呪われるのか考えたくもなかった。


「単刀直入に申し上げまして、皆さんには抗争をしていただきたいのです」


 なんとも無茶苦茶な提案だった。

 ただでさえ普段から抗争をしている面々を集めて、抗争をしろとお願いをしてきたのだ。

 それこそ、住民全員が不安全(・・・)になるような、『内戦』を求めているのだろう。


(なんでわざわざ抗争をしろと……)

(悪魔との契約か何かか? 戦争を勃発させろ、みたいな)

(確かに悪魔たちは、俺達の抗争を見て面白がっている節があるが……)

(やれってんならやるが、面白くはねえな)


 普段から抗争をしているだけに、内戦そのものへの忌避感は薄かった。

 はっきり言えば、この部屋の全員を殺してやりたいと思っているのである。

 だがそれはそれとして、他人から命じられるままに殺し合う、というのも面白くなかった。


 それに加えて、彼らは基本的に支部の人間である。

 大規模な損害が出るであろう、大規模な抗争と言うのは望ましくなかった。

 やろうとしても、許可が下りないはずである。


「とはいえ……なんの目的もなく抗争をする、というのは難しいでしょう。賞品を用意いたしましたので、勝者の方にはそれを差し上げます」


 狐太郎、ブゥ、ダイ、ズミイン。

 四人はそれぞれが持つ、身分証明書を提示した。

 すなわち、斉天の旗である。


 一目見るだけで本物と分かる、豪華な刺繍の施された旗。

 思わず怯みそうになる、権威の証である。


「斉天十二魔将は、現在私を筆頭に十一人おります。そして一人だけ空いている状態です」


 それを聞いて、支部長たちではなく、護衛達の目が輝いた。

 彼が何を言おうとしているのか、理解したのだ。


「斉天十二魔将、その末席を決める権利……それを抗争の勝者へ差し上げます」


 放り込まれた『餌』は、余りにも豪華すぎた。

 裏社会の住人でさえ、子供のころに憧れた権威。

 大将軍にさえ劣らぬ、近衛兵の頂点。それになれる可能性が、自分にもある。

 体へ電撃が走るのも、当然と言えた。


 垂涎の商品だった。

 悪魔たちの前で差し出した商品なのだから、まず本物だろう。

 本当に十二魔将を、この街から選出するのだろう。


「……そ、それは本当ですか?」


 だが、うまい話には裏がある。

 末席とはいえ、賞品にするには豪華すぎる。

 垂涎極まりないからこそ、支部長の一人が質問をした。


「ええ、もちろんです。とはいえ……勘違いをさせるのも心苦しいことです。今回十二魔将になるということが、どういうことなのか説明いたしましょう」


 話がうますぎると、この場の彼らが信じても、他の者が信じるとは限らない。

 なので狐太郎は、説明を怠らなかった。


「私が首席を務めていることから明らかなように、今の十二魔将は臨時の寄せ集めです。実力こそ確かですが、周囲から見れば酷いものでしょう。おそらく今回の戦争が終われば、南で戦っている大志のナタさまが呼び戻され、そのまま再編成される形になります」


 十二魔将にはなれる。だがおそらく、数年程度で解散になる。

 なので末席を適当なところから集めても、問題がないということだ。

 まあ分からなくもないことである。


(逆に考えれば、一回戦争するだけでお役御免。そのまま元十二魔将なんて肩書が手に入るってわけか……)


 全員が理性的に納得する。

 ただ餌に惹かれるのではなく、その餌の価値を値踏みし始めたのだ。


「それに、十二魔将になったところで、横暴に振舞うことは許されません。何の罪もない人を指さして、アイツを死刑にしろ、と言っても通りません」


 十二魔将は近衛兵であり、それなりの権威がある。

 だからといって、どんな希望も通るというわけではない。


「もしも悪人であっても、捕まえるように言うことなんてできませんよ」


 だがしかし、次の一言は決定的だった。


「証拠でもない限りはね」


 支部長たちは、互いの顔を見た。

 良くも悪くも、商売敵である。相手がどんな悪事をしているのか、その証拠がどこにあるのか、ある程度は知っている。

 もちろん同じ裏稼業の、中でも最悪に分類される彼らが知っていても、一切有効活用することはできない。


 だがもしも十二魔将という肩書があれば、一気に話は変わってくる。


(商売敵を全員捕まえさせることもできるってか!)

(いいや、それどころか、俺達を左遷させたやつらも、本部の奴らも捕まえさせられる!)


 それは憧れがどうとかではない、途方もない実利だった。

 そして同時に、他の者へ握らせてはいけない賞品でもあった。


 是が非でも、自分が得なければならない。

 そう確信するには、十分すぎる代物だ。


「どうやら、やる気になっていただけたようですね。では……ルールの説明を」


 支部長もその護衛も、全員が固唾を飲んでルールを聞いていた。

 普通ならルール違反を辞さない者たちだが、悪魔の街で、悪魔使いが決めたルールを反故にすることはできない。

 だからこそ、何一つ聞き逃すまいと、必死になっていた。



 さて、ルール説明を終えた後のことである。

 一行は再び絨毯に乗り、悪魔たちの屋敷へ戻っていくことになっていた。

 その絨毯の上で、悪魔たちは大いに興奮していた。


「いやあ……素晴らしい手腕ですな」

「これは相手次第なら、とても面白くなりそうね……」

「祀に期待ってところね……これだけ舞台を整えたのだから、あっさり諦めないでほしいわ」

 

 魔王も大悪魔も、大いに期待している。これからの抗争へ、胸を膨らませていた。

 空飛ぶ絨毯から見下ろす街中からも、悪魔たちの笑いが聞こえてくるようだった。


 しかし、悪魔使いの兄妹たちは、いまいち状況がつかめなかった。

 狐太郎の意図が、まだ読めなかったのである。

 悪魔がこれだけ期待しているのだから、その時点で成功だろう。

 だがどうして成功なのか、それが分からないのだ。


「あの、狐太郎さん。どうしてこんな面倒なことをしたんですか?」


 代表して、ブゥが尋ねた。

 確かに内戦状態になれば、不安全な状態となり、それを保証する祀との約束は破綻する。

 だがなぜこんなやり方にしたのか、それが分からないのだ。


「約束を反故にするだけならとても簡単だ、俺達が今すぐ適当な壁を壊せばいい。それで安全を保障していた、祀って連中との約束は破綻する。だがその場合、悪魔たちは俺達へ協力しないだろう」

 

 狐太郎たちが不利だったのは、悪魔から協力を得なければならないことだ。

 祀たちにしてみれば、この街と狐太郎たちの関係が劣悪になれば、それだけでも構わないのだ。

 祀との約束が解消されたとしても、評議会が狐太郎たちを嫌えば、結局契約などできないのである。


「外敵を誘致した場合も同じだ。それに祀の連中が現れて、約束通りに外敵を力づくで排除すれば、当然約束は守られてしまう」

「そりゃそうですね」

「だが内乱ならどうだ?」


 狐太郎たちが直接安全を乱せば、当然悪魔からの心象は悪くなる。

 外敵を誘致しても、その規模次第では祀が対処して終わりだ。

 だが内部抗争によって不安全になれば、どうだろうか。


「街の中で暴れる人間を、力づくで皆殺しにする、ってわけにはいかないだろう」

「そりゃそうですね、安全が守られてませんね」

「つまり、祀が約束を守るには……内乱を防ぐこと、つまり……」


 この、底辺の集まった街。

 流れ着いた者だけが暮らす、救いようのない無秩序な街。

 それ自体に、祀は挑戦するのだ。



「この街の連中へ、平和の尊さを教えないといけないんだよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 二次創作時代から作者さんのこういう「言われてみればそうするのが一番だよな」って策が大好きです
[一言] 祀!頑張れ!偉業を成し遂げるんだ! どう考えても無理ゲーだけどお前らがやろうとしてることよりは可能性があるぞ!
[一言] >「この街の連中へ、平和の尊さを教えないといけないんだよ」 えげつねぇwwwwww 今回の狐さんは、まさに「狐」で「魔王の主」だwww
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