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空論城

 悪魔には関わらない。それが鉄則である。

 ハンターがモンスターと戦うことに特化しているように、悪魔は人間を呪うことに特化している。

 それは、そうした能力を持っていることと同時に、そうした気質を持っているということでもある。


 悪魔は人間を呪い、怖がられたいと思っている。

 だからこそ人を襲い、操り、縛る。

 若い悪魔ほどその傾向が強く、大いに暴れて甚大な被害をもたらす。


 当然、関わるべきではない。

 だが普通のモンスターと違って魔境に縛られない悪魔は、それこそ神出鬼没なのだ。


 なまじ人を食わず、なまじ生存者が多いからこそ、悪魔の噂は後を絶たない。

 そうした悪魔を殺すことを生業としている悪魔使い達もまた、お世辞にも気に入られてはいない。


 悪魔使いを人間へぶつける、というのは戦場においてさえ奨励されていない。

 一種の禁止兵器であり、使えば非難は免れない。


 とはいえ滅亡寸前の国が、そうした体裁をとる余裕がないことも事実であった。

 大王の命令を受けた狐太郎とブゥは、忌み地である空論城へ向かおうとしていた。


「空論城、要するに悪魔の自治区よねえ……あんまり面白くなさそうだわ」


 意外にも、というかある意味今まで通りに、悪魔の王であるササゲは乗り気ではなかった。


 現在ウズモの背にのって飛行している一行だが、あんまり楽しそうではない。

 その中でも露骨につまらなそうなササゲは、そんなことを言っていた。

 今も狐太郎を後ろから抱きしめているが、その甘えているというか不満げでもある。


「まあそうでしょうねえ。悪魔を抜きにしても、嫌な人しか集まらない土地ですし」


 その脇に控えているブゥは、空論城について話し始める。


「シュバルツバルトの前線基地では、前科を問わずに人を集めていましたよね? 大抵の罪人でも、あそこで働いている間は見逃されていたんです。空論城も似たようなもので、あちこちで悪さをした者や借金を重ねすぎた者が最後に流れ着く土地なんです」

「最悪だな……」

「ええ。あそこなら借金取りも暗殺者も追ってきませんからね。それに借金取りも暗殺者も、そうした人へ依頼する者も知っているんですよ。あの城郭に入ったらろくな目に遭わないと」

(そうして考えると、シュバルツバルトで拾われた俺達も、周囲から見れば同じようなものか……麒麟君なんて、思いっきりソレだしな)


 超危険地帯だからこそ逃げ込めば追われない、なぜならそこには地獄があるから。

 なるほど、シュバルツバルトも同じようなものである。

 違うことがあるとすれば、シュバルツバルトでは生中な実力者は死に、空論城ではそうした輩が生き地獄を味わっていることだろう。

 むしろ逆に、その空論城へ人を放り込む刑罰さえありそうだった。


「行ったことないの?」

「ありませんよ。セキトと同等の悪魔がたくさんいる城ですよ? 行けばどうなるかなんて、わかり切っています。それにあそこの悪魔たちは、あの城壁から出ませんからね。もしかしたら少しは出ているかもしれませんが、あそこから出てきた悪魔が悪事をしたということを聞いたことがない」


 なるほど、実質的に無害なので触れられていないらしい。

 その点においては、シュバルツバルトよりも安全だろう。

 あそこより危険な地があるとは思えないので、ある意味納得だが。


「ズミインさんやダイさんはどうですか?」

「申し訳ありませんが、我等も赴いたことがありません」

「むしろ近づくな、とさえ言われておりました。我らが赴けば、どうなるのかもわからないので」


 悪魔の巣窟ではあるが、入らなければ無害。

 だからこそ逆に、悪魔退治の専門家も近づかないらしい。


(まあそこに俺達は行くんだが……)


 こうなると、悪魔よりも人間が恐ろしい。

 一体どんな悪人たちが、悪魔の支配する町で暮らしているのか。


 悪魔の支配する街どころか、悪魔と悪人しかいない街である。

 なまじシュバルツバルトの役場で働いていた面々を知るだけに、今から憂鬱だった。


「はぁ……君たちはついてこなくてもよかったんだよ? ネゴロ十勇士やダッキ様だって、今回は同行しなかったし」


 そんな狐太郎だが、こんな嫌な思いを他の者へ押し付ける気はなかった。

 ブゥや魔王たち以外を同行させるつもりはなく、もちろん侯爵家の四人衆もおいてくるつもりだった。

 だが彼らはついてきた。多くの恩師たちに、旗を振られながら。


「君たちに役割はないと思うけども……」

「……私たちは狐太郎様の護衛ですので」

「そうか……大変だね」


 狐太郎の気遣いに対して、代表してロバーが答えた。

 普段は生真面目な彼も、流石に行き先が最悪すぎて、とても嫌そうである。

 それでも頑張れるのだから、彼は立派な大人だった。


「あの子たちを送り出す先生たち、戦時中みたいだったね」

「何言ってるのよ、戦時中でしょ」


 アカネの的外れなたとえへ、クツロが突っ込みを入れる。

 今は戦力を集めている段階だが、この国は四方から侵略を受けている状態だ。

 この上なく戦時中であり、それもかなりの劣勢であった。


(あの光景は心に来たなあ……)


 兵士を戦地へ送り出すことを、過度に美化するのも如何かと思う狐太郎。日本人らしい感性である。

 もちろん戦わない場合は全員殺されるので、送り出すことは正しい。しかしそれでも、これを平常だと思わないことが正しいのだと考えるようにしていた。


『皆さん、そろそろつきますよ』


 うねるウズモが、頭の上に乗せている狐太郎たちへ話しかけた。

 人間よりもはるかに賢いクラウドラインは、ちょっと地図を見せるだけであっさりと目的地へ向かってくれる。

 飛行しているので普段から俯瞰していること、目的地へまっすぐ行けることが大きいのだろう。

 初めての土地でも、彼は予定通りについてくれていた。


「わかった……さあて、交渉タイムだ。気が重くなるよ……まったく」


 当たり前だが、竜の頭の上に乗っている狐太郎に、目的地が見える訳がない。

 それでも気を引き締めて、居住まいを正す。


「ブゥ君、ダイさん、ズミインさん。俺の身の安全、お任せします。アカネたちだけだと、ちょいと不安なんで」

「僕はまあ、知っての通りですけど、姉さんと兄さんがいるから大丈夫ですよ」


 ははは、と笑うブゥ。

 戦闘能力が高いわりに、注意力や警戒力に乏しい彼は、それを自覚した上でそう言っていた。


「ブゥ。四冠へ失礼ですよ」


 そんな弟を、ズミインが殴ろうとする。素手ではなく武器で。

 今の発言は、少々目に余る。目に余るので殴ろうとした、鈍器で。


「待て、ズミイン」


 そんな彼女を、ダイが止めていた。

 ジョーのように諭すものではなく、重さのある注意だった。


「お前こそ、伯爵へ失礼だろう。今やブゥはルゥ家の当主であり、大いに武勲を上げて十二魔将の三席だ。今が仕事中であることを思えば、軽口は流すべきだ。それとも竜の頭上で争って、仕事が終わる前に怪我をさせる気か」

「……そうですね、兄さん」

「後でやりなさい」

「分かりました」


「後でやるんだ……」

(後でやられるんだ……)


 別にブゥを守る気はないらしい。

 ダイの言葉は、あくまでも狐太郎を守っていた。


(なんか、普通に武人って感じの人ね……)

(ああ、悪魔使いに見えない。俺が想像するのは、それこそこれから行く空論城に居そうな極悪人だったんだけど……)


 そんなダイに対して、マーメとキコリは小声で印象を話し合った。

 学校の先生を思わせる厳粛さであるが、だからこそ逆に心強くもあった。


「侯爵家の皆さま」


 そのダイが、四人へ話しかけた。

 その顔は、とても真顔で、何も遊びが感じられない。


「は、はい、なんでしょうか」

「私どもは十二魔将になる予定ですが、そんなことは気にせず、ともに仕事をこなしましょう。狐太郎様をお守りし、役目を果たそうではありませんか」


 一切嫌味はなく、一切皮肉もない。

 ただ当然のことを、初めて一緒に仕事をする四人へ言っていただけだ。

 それこそ、朝礼程度のことである。にこりとも笑っていないところが、実に仕事らしい。


「……そうですね、お互い全力を尽くしましょう」


 ロバーはかろうじてそう答えた。

 やはりダイに、自分達四人を守る気がないらしい。


(モンスターに食われる覚悟はあったが、悪人に捕まったり悪魔に呪われることは覚悟していなかったな……)

(何もないことを祈るしかないね……)


 ロバーとバブルは、やはり現状を小声で確認し合った。

 この状況では、四人はただ流されるだけ。

 実力の乏しい者たちは、個性を発揮するどころではなかった。



 さて、空論城前である。

 一行は雑多を極めた外観を見て辟易するよりも先に、まず鼻をつまんでいた。


「臭い……めっちゃ臭い……ねえササゲ、悪魔の自治区、凄く臭いよ」

「殺すわよ?」


 鼻が利くアカネは、悪魔の王へ悪魔の自治区が臭いことの不満を表明していた。

 悪魔の王であるササゲとて、空論城なるところへくるのは初めてである。

 にもかかわらず、自分へ責任があるように言われるのは、流石に心外であった。

 なお、彼女も鼻をつまんでいる。


「なんかもう、何が臭いのかわからないぐらい臭いわ……」

「色々なにおいが混じっているな。場所がらもある、危うい薬が混じっているかもしれないな」


 クツロも鼻をつまんでいるが、口から入ってくる空気も臭いがあるようだった。

 コゴエは余り不快に感じていないようだが、危機感は憶えているようである。


「ご主人様、お気を付けください」

「ああ、この服を脱がないようにしておくよ」


 狐太郎は貧弱なので、様々な危険物に対して致死量が少ない。

 ダークマターの時もそうだったが、この世界の住人では気付かない程度のことでも、じわじわ苦しんで死ぬことになりかねない。

 幸い今回も冒険服を着ているので、有害物質は遮断されている。たとえ他の誰が苦しんでも、狐太郎の健康に影響は及ばない。

 ただ臭いだけだ。


(ズルい……)


 なお、そんな彼を四人は羨んでいた。

 外にいるだけでこれなのだから、中に入ればそれだけで中毒を起こしそうである。


「入りたくないなあ……あの空に浮かんでいるのが、悪魔のお屋敷なんでしょう? もう今からそこに行こうよ、空とか飛んで」

「誰が貴女やクツロを運ぶのよ。それに、こういうところの主と会うのなら、正面から行かないと気を悪くするわよ」


 アカネがもっともなことを言う。

 空に浮かんでいるお屋敷が見えるのだし、直行出来そうだった。

 だがそれは、受付を通さずに直接会いに行くようなものだ。

 この雑多な街を支配している悪魔に会うのだから、やはり雑多な街を見てからにするべきだろう。


(ここを通ったら、俺達の気が悪くなると思うな……)


 なお、狐太郎はこれから物凄く嫌なことになるのだと、既に確信しているのだった。

 普通に不愉快なことが、山のように起こるのだろう。

 ここに来るまでは、想定していなかったことだ。しかし当然であろう、悪人の巣窟が清潔なわけがなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 逃げてきた危険人物たちの集まりだからな 有害物質がそのへんを漂っててもおかしくない
[一言] 自分の意識と考えを押し付ける祀 嫌だけど、わざわざ配慮して流儀に合わせる四冠 …この時点で好感度に天と地ほどの差がつく気が 後は頓智で祀の約束を破らずに協力する手段を導きだせば良いと ……
[一言] まあ臭いわな、だってスラム街だもの 実は悪魔も迷惑してんじゃないの?議長は茶の香りは分かってたよねー
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