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324/545

契り

 コホジウは頭を悩ませていた。

 相手の情報が伝わってきても、その確実性がつかめない。

 果たして本当に、Aランクモンスターを従える手段などあるのだろうか。


「……いや、そういう問題ではないな」


 たとえば、である。

 今集めた情報を、カンヨーを占拠しているチタセーたちに送れるだろうか。

 到底信じられない情報の出所が『現地の諜報員が見た』だけでは、余りにも不確実すぎる。

 せめて、現地へ赴いた交渉役も確認した、ぐらいのことは必要だろう。


 しかしそれはそれとして、本当だった場合はどうなのか。

 他に仕事があるのならともかく、それを想定する時間があるのなら、対抗策を練るのが正しい王の在り方だ。


「……」


 そして、今更気付く。

 敵は三対三で、互角の人数で、ウンリュウとクモン、キンソウを打ち破ったのだと。


「……奇跡のような話だな」


 戦術の基本は、どれだけ相手より強いコマを用意するか、或いはどれだけ多くのコマを用意するか、である。

 そして戦力差が圧倒的であればあるほど、勝った方の被害は少なく済む。もしも同数ならば、多大な犠牲が想定されるだろう。


 とはいえ、少数同士ならその限りでもない。

 三十万の軍勢が二つ、真っ向からぶつかり合えば、双方に膨大な死者が出る。

 よほどのことがない限り、勝った側に死者やケガ人がいない、ということはないだろう。

 だが三対三ならば、勝った方に被害がなくても不思議ではない。

 少なくとも、絶対にありえない、とはどんな戦術家も言わないだろう。


 現実的に起こりえる範囲で、奇跡のような大勝利、と評されるはずだ。

 十分の一の確率、或いは二十分の一ぐらいの確率だろうか。

 狙っていい可能性ではないが、ありえないとは言い切れない程度のことである。


「とはいえ……狙っていいことではない」


 コホジウにも常識はある。

 敵が三対三で被害なく勝てたのだから、自分たちにも同じことができる、とは思っていない。

 七対三で、一人も欠けずに勝て、というのがどれだけ難しいのか知っている。


 如何に倍以上の数がいるとはいえ、相手も英雄。

 被害なく勝てるほどの戦力差、ではないだろう。


 対してあちらは、一人か二人を道連れにすれば、それで勝利である。

 なにせあちらには、まだ戦力が残っているのだ。


 南の領地を諦めれば、怒り狂った南の大将軍とAランクハンターが襲い掛かってくる。

 そうなれば、いよいよ全滅しても不思議ではない。


「その上、相手にはAランクのモンスターもいる……到底、抑えきれるものではない」


 Aランクモンスターを御す術がある、という前提でコホジウは想定を練っていた。

 もちろん疑わしいが、相手の戦力を軽く見ることはできない。


「……あるいは、その方法で勝ったのかもしれないな」


 彼はこの時、正解に至っていた。


 まず三人の英雄で、こちらの大将軍たちを抑え込む。

 その間にAランクモンスターが、十万からなる軍勢を切り崩す。

 大将軍たちの動揺を誘って、その隙を三人の英雄たちが叩いた。


「ウンリュウに通じる手ではないが、クモンやキンソウならば通じるだろう……」


 単純な強さだけではなく、精神的な隙の少なさも英雄の条件であろう。

 逆に言えば、精神的な隙の多さが、未熟な二人にはあり得たことだ。


「……キンソウ!」

 

 自分で名前を口にして、自分で思い出してしまった。

 個人としての情が、彼を逸らせた。


 この感情は、悪だ。彼は当然、それを知っている。

 そもそもこれはこちらが仕掛けた侵略戦争であり、こちら側が卑劣な先制攻撃を仕掛けたのだ。

 キンソウがどれだけ殺したのか、それを思えば死体が辱められても文句は言えない。


「……ああ、キンソウ!」


 だが兄弟同然のキンソウが、既に死んでいる。

 抹消のホワイトなるスロット使いが、彼を殺したのだ。

 それを知って、心になんの情動も芽生えないだろうか。


 もしも彼が、冷徹なる現実主義者ならば、もうとっくに諦めている。

 適当なところで手を打って、全軍を王都から撤退させている。


 立派なハンターが仲間や恋人、家族や親友よりも仕事を優先するように。

 立派な王もまた、仲間や恋人、家族や親友よりも理屈を優先させるべきだ。


 キンソウが死んだから、戦争を続行してかたき討ちをしろ、とどれだけ言いたかったとしても言えない。

 それを口にした瞬間、彼は己が最も軽蔑する暴君になり下がる。


『陛下、行ってまいります。必ずや、貴方に勝利を。そしてこの国の民に、安心して冬を迎えられる暮らしを』


 キンソウは国を想っていた、民を想っていた。

 この状況でキンソウ一人の死を理由に、戦争を続けるなど狂気の沙汰である。

 他でもないキンソウこそが、それを止めるはずだった。


 だが、思わずにはいられない。

 それは彼が、情愛深い王だからに他ならない。


「……わかっている、お前を理由に戦うことはない! あくまでも王として判断してみせる!」


 彼は気づいていた。

 そもそも戦争を続ける理由を探している時点で、既にキンソウを裏切っていると。

 彼は戦争を続けたくて、その為の理由を探しているのだ。

 いっそ見つからなければいいのだが、そういうわけでもなかった。


「……お前の死を無駄にはしない!」


 コホジウは気づいている。

 キンソウの死を、無駄にするべきだと。

 損切りし、切り替えて、次の国家戦略を練るべきだと。

 彼の、彼自身の理想とする大王ならば、そうしているはずだと。


「……キンソウ、私は……大王として決断する!」


 なんとか、彼は死者への悼みを切った。

 自分でも冷静ではないと分かっているが、それでも国家戦略を練り直す。


「相手は冬までに結論を出すと言っていた。そしてそれを抜きにしても、三方の国家も限界があるだろう。どのみち我等も、占拠を長引かせるわけにはいかない」


 戦争とはカネがかかるものである。

 ましてや相手の領地へ攻め込めず、膠着状態に持ち込まれればなおさらに。

 現在四か国からなる共同戦線を張っているが、いつどの国が戦争を中断しても不思議ではない。

 そしてそれは、咎められるものではない。むしろ現時点で、文句を言われるべき立場だった。


「三か国の王も、私たちと心中することはあるまい。むしろ我が国と央土が、相討つ可能性をこそ喜ぶだろう」


 彼はまともだった。

 敵の戦力を過小評価せず、可能な限り強大なものだと考えようとした。

 そして実際、西重の視点ではそう見えるのだ。


「それが正しい……であれば私も……!」


 キンソウが殺されたことを諦めよう。

 負けちまったもんはしょうがないので割り切ろう。

 

 いっそ、そうできればどれだけマシか。

 兵士をコマだと思う人でなしなら、どれだけマシか。

 戦争をゲームだと思っている、ゲーマー気取りならどれだけマシか。


 今の彼は、それ以下だ。


「……」


 目を閉じる。

 体をかきむしる。


 なぜキンソウが殺されたにも関わらず、諦めなければならないのか。

 まだ戦う力があるのに、戦う前から諦めなければならないのか。

 自分だけではなく、王都を占拠している者たちもそう思っているはずなのに。


「わ、私は……!」


 いっそ自分が強ければよかった。

 いっそ自分が戦士ならよかった。

 ただ突っ込んで討ち死にしても、それでもよかった。

 だが大王に、そんな権利はない。


「私は、大王として……!」


 敵の大王、ジューガーはこちらへ和平を申し出た。

 こちらの軍が、彼の兄や甥を殺しているにも拘わらず、形の上とは言え戦いを止めようとしている。

 その器量に、敗北感を覚える。今自分は、それができる自信がない。


 ただ『戦争をやめよう』と提案するだけならいい。

 だが『戦争を続けるべきだ』という者たちへ、『もう戦争を止めろ!』と言える自信がない。

 自分と同じように、ウンリュウ軍の犠牲を無駄にするのか、とか、他の国からの侵攻を抑えられるのか、とか。

 そんなことを言われて尚、戦争を止めるべきだと言えるだろうか。


「私は……若い!」


 今更、彼の理性が、彼の若さを咎めた。

 自分がどうしても戦争を続けたがっていると、自分で認めていた。


「……必要だ。納得させる方法が、必ず勝つ方法が」


 だが、それでもあがいてしまう。

 破滅の選択肢を破滅でなくすことを願って、彼は禁忌へ手を染めようとしていた。


(マツリ)ならば、あるいは……」


 安易な選択だった。

 彼は必勝法を求めてしまった。

 極めて具体的で堅実な勝利ではなく、犠牲を伴わない安楽な勝利を探ってしまった。


 しかし、彼は賭けすぎた。そして、負けに慣れていない。

 勝たなければならない戦いに勝ってきた彼は、負けることに慣れていない。

 この状況で、彼の若さで、退けるものがどれだけいることか。



「あらゆる手を検討する義務が、私にはある……!」



 だがそれでも、責任者に罪はある。





 空論城。

 そこは大悪魔、が支配する城郭である。

 そこは大悪魔の領地であり、そこだけが悪魔の法によって管理されている。

 城壁で囲まれているがゆえに、彼らは彼ら自身の掟によって、そこを出ることが許されていない。


 だからこそ、その城の中は雑多だ。

 あるものは地下を掘り、ある者は建物を積み重ねた。

 地下に穴を掘りすぎたせいで、地面に大穴があく。

 あるいは建物を増築し過ぎたせいで崩れる。


 そんなことがしょっちゅうな、建築基準法の重要性を教えてくれる街である。

 そんな街の上に、一つの屋敷が浮かんでいる。

 この街のどの建物よりもシンプルで、だからこそ洗練されている屋敷。

 積み上げればいいというものではないと教えてくれる、『美』の有る屋敷だった。


 そこで暮らしている者たちは、当然ながらこの街の最高管理者。

 まさに天守閣ともいうべき屋敷に住まう、大悪魔たちである。


 彼らには、人間の発音できる名前がない。

 なぜなら人間に忠義を誓っていないからだ。

 アパレやセキト、ササゲのように人間の支配下になく、だからこそ名前がない。


 もしもまかり間違って、彼らに名前を与えれば、それは侮辱となる。

 彼らにとって名前を受け取るというのは、勝者への敬意であり、最大級の降伏の証。

 ユーモア、センス、インテリジェンス、ラック、或いは……リアクション。

 各々の美意識によって敗北を認めた相手以外が、自分達へ名前を与えることを許さない。

 破った場合、それが明らかになった場合、彼らは己の尊厳をかけて戦うのだろう。


 よって彼らは、『評議会のメンバー』だとか『ナンバー1』だとか、そんな風に呼ばれている。


 彼らの暮らす屋敷には、屋敷の管理を行う者たちを除けば、ほぼ人が来ることはない。

 あるいは、誰も来ていない、ということになっている。

 大悪魔たちは配下の悪魔から報告を聞いて、満足げに悪魔の笑みを浮かべている、ともいう。


 その彼らの住まう屋敷に、『人』が訪れていた。

 彼らはヒトではなく、それに酷似した雰囲気を持つ何者かであった。


「やあ初めまして諸君。特に議長君……それとも~~~と呼ぼうか」


 その何者かは、彼らの『名前』を呼んだ。

 それは人間が発音できない、彼ら自身の、本当の意味での名前だった。

 それこそが、彼らが人間ではない証拠であろう。


「どちらでも結構ですよ、御客人。各々で呼ぼうとも、総称で呼ぼうとも、名前で呼ぼうとも」


 大悪魔たちは、礼をもって彼を迎えていた。

 酒ではなく発酵させた茶葉をもって、彼をもてなしていた。


「人間の作る茶、というのは我等には味気ない。しかし……香りがいい。手間をかければその分良くなることも含めて、我等は好みます。貴方はお嫌いですか?」

「別に……いや、嫌いではないな。飲むことも含めて、嫌いではない。もっとも……そうだな、人間に由来しないものであれば、なおよかったな」

「では今度は、ハーブだけのものを用意しましょう。野草だけですが、香りは楽しい。味は……我等とは嗜好が違うかもしれませんね」

「……では今後も、これにしてもらおう」


 悪魔たちは、基本的に食中毒というものと縁がない。

 一応食べるのだが、毒をそのまま食べても死なないのだ。

 だがどうにも『彼』はその限りではないらしく、普通に飲める茶を求めていた。


「それでお客人……いいや、貴人よ。こうして我らの屋敷まで、どのような用向きで?」


 代表者である大悪魔、大悪魔の中の長老ともいうべき悪魔が、茶の香りを楽しみながら切り出した。


「王冠が見つかった」


 端的な発言だった。

 だがそれを聞いて、大悪魔たちは慄いた。


 それを見て、彼は笑った。

 少なくとも、嬉しそうになっていた。


「我らにとり、王冠と言えば……力を持つ冠ですな」

「その通りだ。王の証、モンスターの国をつくるための、最初の器だ」


 竜や悪魔、亜人たちは知っている。

 かつてモンスターの国があり、栄え、そして滅びたと。

 その国を治めた四体の王は、それぞれが強大な力を秘めた王冠を持っていたと。


「だが業腹なことに、その冠を持つ者たちは、全員が一人の人間へ服従を誓っている」

「……冠頂く四体の王が、皆そろって人に」

「左様……許せることではない」


 彼は憤っていた。

 暴れだすことはないが、不満を覚えていた。


「なんとしても取り戻さなければならぬが、生半ならぬことに……その人間も、偽りの王も、既に英雄によって守られている」

「よもや、我等にそれをどうにかしろと?」

「いいや、それも分が悪い。なにせその王の中には、諸君らの同胞もいる。呪い合いでは、うまくいくとは思えん」


 にやりと笑う彼は、ただ一つのことを要求した。


「もうすぐここへ奴らが来る、諸君らを従えるためにな。諸君らには……それを断ってほしい」

「……断るだけでよいのですか」

「もちろんだ。従わないだけでいい、それだけでいい」


 大悪魔たちは、緊張していた。

 その貴人は、とんでもないことを言った。


「ここを襲われたくなければ、そうしろ。今この場で、確約してもらう」

「……やむを得ませんな」

「そうだ。さあ、言え」

「我等空論城の悪魔は……何があったとしても、魔王や人間、その仲間に従うことはありません」

「よし、では私たち(マツリ)もお前たちの安全は保障してやろう」


 貴人は当然、悪魔を信じていなかった。

 内心で、どんな顔をしているのかわからない。

 しかし、約束は約束だ。

 これでもう奴らは、強大な悪魔の助力を得ることはできない。


「……ではまた。この城の外の国が滅びた頃に、お伺いさせてもらう」


 満足げに笑い、貴人は去ろうとした。

 その彼へ、一体の『なにか』が付き従っている。


 真に悪魔たちが恐れる、強大すぎる力を秘めたもの。

 それが、物騒なことを言った。


「よろしかったのですか、ご主人様。予定では、何体か焼くはずだったのでは」


 全員を相手にしても負ける気がしない。

 そう思うにたるだけの実力を持った怪物は、予定の変更を確認していた。


「構わん。それにもう、私も手出しはできない。お前もな」

「さようですか」


 抑揚のない言葉だった。

 その何かは、単に予定を確認しただけで、暴れることへの執着を見せなかった。

 だからこそ逆に、恐ろしいともいえる。

 特になんの理由もなく、言われるがままに暴れる強者。

 それは弱者にとって、畏怖の対象だ。


「では帰るとするか……ほどなくすべての器がそろい、国が復活する。その時はこの城郭など必要なくなる……好きに振舞える日が来るぞ」


 恐怖を振りまいて、貴人は屋敷を出ていった。

 空中に浮かぶその屋敷から、如何に出ていったのか。

 それはおそらく、あの恐ろしいものによる何かであろう。


「よろしかったのですか、あのような約束をして」


 屋敷の中に潜んでいた『人間の女性』が、大悪魔たちへ問う。

 対等な契約に見えるが、彼らの恫喝に屈したようなものだ。


「構わない……いや、止むを得んのだ」


 大悪魔の長は、やや悔しそうな顔で、屋敷の外を見た。

 屋敷の外の、雑多な街を見た。


「……悪魔らしからぬことだが、我等はこの街を愛してしまった。この街へ執着し、この街の維持を一義としてしまった」


 寿命というものを持たぬ悪魔だが、その振る舞いには老いが見えた。

 手にしているものを失いたくない、新しいものを求めない、老いが見えた。


「これでは、国家を求め続ける(マツリ)を笑えんな……」


 今この日、先手が打たれた。

 悪魔が支配するこの空論城に、くさびが打ち込まれたのだった。


 もはや悪魔たちは、自らの力によって、これを破ることができなくなったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] これで、ブゥくんと狐さんの魂の尊厳は守られた!(そんなことはない)
[一言] 更新お疲れ様です。 祀とは何者なのか…気になりますね。残った第四の英雄絡みの存在なのか…
[気になる点] 仲間にならないと悪魔が言うのは狐さんとプゥ君は喜びそうだけど、周りが許すかどうか⋯⋯ [一言] 敵の本当の目的は知らないけど、武力をチラつかせて恐怖で支配してモンスターの国を作ろうとか…
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