契約前
Cランクハンター、ピンイン。
護送隊に属し、カセイを中心とした道の護衛を請け負っていた女傑である。
キョウショウ族なる亜人たちを引き連れて、強化属性のクリエイト使いとして、それなりに信頼をされていた。
今更ではあるが、Cランクハンターとは一人前の証である。
蝉拾いをしているようなFランク。底辺から搾取している悪評ばかりのEランク。それよりはましだがお世辞にも勤勉ではなく、ちっとも強くないDランク。
そうしたハンターとも呼べないような輩とは違う、一人前のハンター。
貴族お抱えとして一流の名を刻むBランクハンターや、大将軍や十二魔将にも劣らぬAランクハンターとは住む世界が違うが、それでも『どうだ凄いだろう』と胸を張れるランクであろう。
そのランクに達しているのだから、弱いわけがない。
その上亜人たちを従えている関係で、その方面に顔が広いことでも有名だった。
顔役と言うと強すぎる表現だが、交渉の窓口にはなってくれる人だろう。
そんな彼女は、現在Bランクに昇格し、大王直属となっていた。
「はぁ……こんなことになるなんて、思ってなかったよ……」
現在チョーアンの城の中で待たされている彼女は、椅子に座って疲れた顔になっていた。
大王直属のBランクハンターと言えば、あの『討伐隊』へ仲間入りするということだ。
(敵に回すと恐ろしくて、味方だと頼もしいけど、お仲間にはなりたくないお人だってのに……)
彼女もカセイの防衛線に、キョウショウ族を率いて参戦していた。
城壁の上で必死に戦い、西重軍を押し返していたのである。
その勇猛な戦いぶりは、同じく城壁で戦っていた正規兵たちが驚くほどだった。
だがそれは、彼女がハンターであり、討伐隊のことを知っていたからであった。
援軍を絶望視していた正規兵と、援軍がすぐにくると信じていた彼女の違いでしかない。
(十万の軍へ突っ込んで、しかも逆に蹴散らす……私にそれをやれと……)
彼女がCランクハンターだったのは、その地位で満足していたからだ。
真面目に目指せばBランクハンターにはなれただろうが、その場合多くの制約と責任が付きまとう。
ましてや大王直属のBランクハンターと言えば、『西重の軍へ突っ込め』とか『エイトロール殺してこい』とか『Bランク上位やAランク下位を相手に時間稼ぎしろ』とか、そんな無茶な任務ばかりである。
ちなみに今の課題は『西重に占領されている王都を救え』である。
ハンターまったく関係ない。どっちかと言えば、軍の管轄だった。
ちなみにそれを大王へ言った場合、じゃあお前が将軍になれよ、という恐ろしい殺し文句が返ってくる。
(つまりこの国に、私よりも有能な人材がいない……!)
恐ろしいことであった。
央土と言えば大国である。その大国をして、人材の枯渇が著しいのだ。
他所の国の人間が次期大王になっているので大概だが、本当にヤバい。
「あ、あの……貴女がピンイン様ですか?」
「少々、お時間よろしいでしょうか」
そんな彼女へ、話しかけてくる男女がいた。
精霊使いのコチョウ・ガオと、竜騎士のショウエン・マースーである。
何の因果か、二人とも将軍と言う地位に就いている要人であった。
ピンインとはこれが初対面なのだが、まったく無関係ではない。
他でもないピンインは、二人の弟妹と『同期』だったのだ。
「……将軍閣下が、お二人も」
「……お恥ずかしい」
「将軍閣下と呼ばないでください……」
二人とも、消え入りそうだった。
浮き沈みの激しい人生を体現している二人なのだが、基本的に当人には非がないのである。
「ランリとケイのことかい? あの二人はまあ……残念だったねえ」
頭の出来が残念な二人だった、と思っているピンインである。
ブゥからいろいろ聞いたのだが、あの後護衛を募集したがうまくいかなかったらしい。
風の精霊使いランリ・ガオと、竜騎士ケイ・マースーほどの逸材には、結局出会えなかったようである。
年単位で頑張ったが、うまくはいかなかったようだ。
(その代わりにBランク上位の大悪魔やその配下であるBランク下位の悪魔が多数、Aランク中位のドラゴンとその配下であるAランク下位が五体も配下に加わったりしたらしいけどね……どうなってるんだか)
あの二人が現状を聞けば、どう思うだろうか。
そう思うと、中々感じ入るものが深い。
四冠の狐太郎とは、大王と大将軍と十二魔将首席とAランクハンターを兼任しているという意味である。
それと同時に、冠頂く四体の魔王をすべて従えている、という意味でもある。
史上最強の魔物使いの偏った天運に、魔物使いとして思うところが深かった。
「まあ私が言うのもどうかと思うけども……あの森でお二人とも戦ってたそうだね」
「ええ……妹の代わりに、というよりも家の為ですが」
「私も、弟の為というより、その罪滅ぼしの為です……」
身内が馬鹿だと親戚が苦労をする。
その究極形を見ていると、真面目にやるのが馬鹿らしい、と言ってはばからない低ランクハンターの気持ちが理解できた。
「妹のことをもっと躾けておけば、こんなことには……!」
「弟にもっと深くかかわっておけば……!」
何も悪くないのに、涙を流して過去を悔いる二人。
その涙は、何年もたっているのに枯れることがない。
(というかこの二人……妹や弟が馬鹿な真似をしたって信じて疑わないんだね……)
微妙に同情する気が失せていた。
これで『弟はそんなにひどいことを言ったんですか?』とか『妹がそんなことをするとは信じられません』と言い出していたら、少しは同情の余地があったのだが。
「これからは貴女とも仲間になるのですし、こうしてご挨拶を、と」
「ええ……なにかあれば、お力になります」
「まあそんなに気を使わなくてもいいよ。私はどうせ、これから亜人のところへ行くんだから……」
言うまでもなく、ピンインの仕事は亜人との仲介役である。
今回は特に大仕事なので、大規模な計画を必要としているのだ。
具体的には、まず前払いの報酬である。
亜人たちに通貨というものはないので、分かりやすく現物支給として、大量の食肉用の家畜を送り届けなければならない。
しかし、これが大変なのだ。
何回かに分けて送ることも検討されたのだが、やはり亜人には『明日持ってくるよ』よりも『今持ってきたよ』の方が効く。
しかも生きている家畜を運ぶので、手間がとんでもない。
なにせ家畜は金貨と違って、保存が利かないし飯も食べるし、暴れるし逃げるのだ。
金貨の山を荷車に乗せて運ぶより、ずっと面倒なのである。
だから彼女の最初の仕事は、食肉用の家畜をどうやって亜人の集落まで運ぶか、の計画を立てることであった。
もちろん彼女はこれもやったことがあり、その計画を立てることも慣れている。ただ今回は規模も大きいので、いろいろと面倒が重なっていたのだ。
「なるほど……狐太郎殿が現地へ行く前の、連絡役というわけですか」
「やっぱり大変ですよね……私の時も大変でした……」
「まあね。今回は戦争だし、しかも相手は大将軍様が率いる軍だ。そこへ精鋭を連れて行きたいっていうんだから、相当なことになるだろうよ」
これは精霊使い達を引き抜くときにも起こったことだが。
連れて行ったら死ぬだけの雑魚を戦場に引きずり出すことは、確かに心苦しいことである。
だが優秀で強力な戦士を引き抜くというのは、相当に負担を強いる。
亜人たちにも生活があり、軍事というものがある。
強力な戦士を死地へ呼び出すというのは、やはり危ないことなのだ。
とはいえ、見込みがないわけでもない。
人間相手の傭兵として出稼ぎに行くような『二軍』ではなく『勇者』をよこせ、というのは普通なら断られる。
だが今回は、亜人の王の招集である。むしろ、呼ばなくても来そうだった。
「ただこうなると、前に格闘試合をしたのも意味があったとは思うよ。あの時でさえ、そりゃあ盛り上がったからね……」
「ですがそれは、格闘の試合……ただの遊びだからでは?」
「逆、逆。遊びでだけ参加して、命がけの殺し合いに参加しない、なんてダサいだろ?」
クツロが格闘試合を催すと聞いた時、それはもう各部族が戦争寸前だった。
にも関わらず命がけで戦うとなったらしり込みする、というのは確かに面子丸つぶれだろう。
「クツロ様の強さは、あの時参加した奴らなら知ってるさ。亜人好みの戦いぶりもね。そりゃあ人気出るよ」
クツロの人気が定着しているうえで、大量の報酬を前払いで大量に渡し、なおかつ長年の顔なじみが窓口を担当する。
これならば、多くの勇者を集められるだろう。それこそ、あのレデイス賊とは違う、本物の精鋭だ。
「黄金世代がかすむようなデット使いでも、すんなり腰を上げるさ」
「……そうでしょうね。ですがそれはそれとして、大変だと思いますが」
「……まあね」
とはいえ、コチョウもそれを体験している。
本物の精鋭がわんさかやってくるからこそ、器量を超えた状態に陥り、制御不能になるのだ。
それを抑えるのがコチョウでありピンインの役割だが、どう考えても役に負けている。
「まあやらないと殺されるし、私が逃げたら四冠様も逃げ出すだろうし……悪魔も怖い。私もやれるだけやってみるさ」
彼女も大王が選んだ女傑である。
やるしかないと割り切れば、その心はもはや退路を断っている。
「正直……わくわくしてないわけでもないしね」
そう言って、強がりの笑みを浮かべていた。
後にピンインはこう語る。
あの時逃げてりゃよかった、と……。
※
さて、セキトとアパレである。
ルゥ家と契約を結んでいる二体の大悪魔は、人知れぬ場所で話をしていた。
特に意味もなく、酔うわけでもないのにワインを飲みながら、雰囲気を楽しみつつ話をしていた。
「空論城の悪魔……動くかしらね」
「動いてくれないと困る。そこはブゥ様や狐太郎様に期待するしかないだろうな」
二人とも、国家の存亡に興味があるわけではない。
しかし国家の危機に対して、全力で抗おうとしている姿勢、四苦八苦する姿は好ましく思っている。
特に人数集め、悪魔集めは見ていて飽きない。
当人たち全員が大真面目なのにどこか滑稽なのは、人間の美点であり悪点だろう。
そのどちらをも、悪魔は愛する。飽きない程度に。
「……ねえ、セキト。ブゥ様の兄は、どんな感じ?」
「つまらない奴、だな。大王は彼らを呼ぶことで多少状況を改善するつもりのようだが、倒すのと傘下に入れるのは別種の難しさがある」
悪魔を倒す、と言うのはとても難しい。
なにせうかつに話をするだけでも、その行動を縛られかねないからだ。
だがそれとは別に、悪魔を従えることも難しい。
歳を経た悪魔は人間と関係を持ちたがるが、自分に自信があればこそ、無茶な交渉をしたがるのだ。
それは、大悪魔であるセキトやアパレにも言えることだが。
「あの男では、悪魔を倒すことはできても、仲間に入れることはできない」
「それじゃあ、賑やかしにしか使えないわね」
「とはいえ……あの場所へ同行できる人材、と考えれば他にはいないだろうな」
空論城。
悪魔の支配する、悪魔の国ともいうべき土地。
悪魔の温床となっている、悪徳の街であった。
「はてさて、どんな条件を出してくるのかしらね? 今から楽しみだわ」
「おやおや、どんな回答を出すのか、が楽しみなのでは?」
「両方に決まっているじゃない。大悪魔と狐太郎様の器量の比べ合い……今から胸が躍るわ」
悪魔たちにとって、契約とは最高のエンターテイメントである。
アパレが狐太郎へ自分を騙すことを求め、狐太郎が百二十点の回答を示したように、互いの心と知恵をぶつけ合うものだ。
力で負けることよりも、そうした契約で負ける方が悪魔の心を折るのである。
「……そんなによかったのか? あの狐太郎様に負けたことが」
「ええ……思い出すたびにうっとりするわ」
「正直、そこそこの付き合いだが、だからこそ皆目見当がつかない」
「でしょうねえ! だからいいのよ!」
「……羨ましいことだ」
以前の知恵比べでは、狐太郎の要望によって、それを見ることは許されなかった。
だが今回は、できることなら、自分も見たいところだった。
セキトは酒を呷りながら、過熱する戦いへ期待を膨らませていた。




