歯車
五人目の英雄、魔王の娘、太古の神、羊皮狼太郎。
六人目の英雄、星になった戦士、冒険の神、怱々兎太郎。
共に世界の崩壊をかけた戦いへ身を投じ、昨日と同じ明日を勝ち取った者たちである。
その二人がいるからこそ、ナイルはこの世界で航行出来ていた。
今もBランク中位であるアンガーオクトパスを相手に、苦労もなく勝利したところである。
「だから! お前は何をバカなことを言っているんだ!」
「いいじゃないですか、これぐらい!」
狼太郎と兎太郎は、勝った後で言い争いをしていた。
「このタコでたこ焼き作ろうってだけじゃないですか!」
「だから作るなって言ってるんだよ!」
毒かもしれないけどキノコを食べる男である。
それはもう巨大な蛸を倒したので、それを料理したくなっていたのだ。
別にタコ焼きが食べたいわけではない、自分で倒した巨大なタコを料理したいだけなのだ。
「おい、ナイル! このタコ食えるのか?!」
『有毒性が確認されました』
「だとよ!」
「ミズダコにだって毒ぐらいあるでしょうが!」
「いらねえ知恵を披露しやがってこの……!」
五人目の英雄と六人目の英雄は、一触即発の空気であった。
なお、六人目の英雄である兎太郎が全面的に悪い模様。
「殺したのに食わないなんて、命への冒涜でしょう!」
「今まで散々冒涜してきただろうが! 何を今さら!」
もっともらしい理屈をこねているが、兎太郎の心理は一つ。
「毒で倒れてもいいじゃないですか! どうせ治せるんだし! 食べるのは俺と蛇太郎だけだし!」
(俺も?!)
いつの間にか食わされることになっていたことへ、蛇太郎は震撼する。
「ふざけるな! 蛇太郎に毒を食わせるとはどういう了見だ!」
「俺達、友達ですから!」
「意味が分からん! 毒を食わせる友達がいるか!」
「ふぐだと思えばおかしくもないでしょう!」
「ふぐだって専門的な知識と技術のない奴には任せねえよ!」
一向に衰えない兎太郎だが、狼太郎は正論を怒鳴りつけ続ける。
むしろ初歩的な問題であり過ぎて、普通なら心が折れそうになるほどだ。
「あの~~……私たちが言うのもどうかと思いますけど、断っていいんですよ」
「むしろ断っちゃいなさいよ、殴ってもいいわよ」
「ごめんなさいね、私たちのご主人様って無茶苦茶だから……」
「もう殴っていいです……」
そんな彼の仲間たちは、とても申し訳なさそうだった。
そりゃあそうだ、積極的に毒を食おうと誘ってくるのだから。
自分一人で食えばいい。いや、それはそれで迷惑だが。
「ははは……私にとって、六人目の英雄である兎太郎さんは、心のヒーローなので……なかなかそんな強くは出れないんです」
しかし、蛇太郎は中々強気になれなかった。
兎太郎の言動には面食らうが、あんな性格であることも納得できる。
ああいう男だから、世界を救うことができたのだろう。
「もちろん、皆さんのことも尊敬していますよ。私だけではなく、私の世代ではほとんどの者が同じように考えています」
「……そ、そうですか。改めてヒーロー扱いされると困っちゃいますね」
「本当。なんか月でわちゃわちゃしてただけで、ヒーロー扱いされてなかったしね」
「私たちは女の子だから、ヒロインなんだけどね」
「いいじゃない、それぐらいの誤用はよくあるし」
ムイメたちも、伝説の英雄扱いされればまんざらでもない。
やっぱり命をかけて戦ったのだから、それぐらい言って欲しかったのだ。
(……改めて、この人たちは孤独なまま世界を救ったんだな。その辺りは、本当にすごい……六人目の英雄、その仲間たちか)
そんな四体を見て、やはり蛇太郎は感慨にふける。
自分達が知っているように、六人目の英雄は、誰にも自分のことを伝えないまま星になったのだ。
「だから! 俺はタコ焼きが食べたいんじゃなくて、苦労して倒した、このタコを食べたいんですよ! タコ焼きにして!」
「ふざけんなこのボケカスが!」
星は遠くにあったほうがいいのかもしれない。
蛇太郎は、何となくそう思ってしまう。
「そもそも噛めねえだろ! これめっちゃ硬いだろ!」
「ゆでりゃあいいでしょうが!」
「ゆでたぐらいでどうにかなるか!」
「だったらミンチにでもなんでもしますよ!」
「どうやってするんだよ!」
なお、狼太郎と兎太郎、二人の対決は終わることを知らない。
二人とも意志が強いので、正しいと信じることを貫こうとしている。
なお、兎太郎が全面的に間違っている模様。
「うちのご主人様……バカすぎですね……」
「狼太郎さんには申し訳ないわ……」
「蛇太郎さんもまともだし、きっと一番ひどい英雄ね」
「アレよりひどい英雄がいるとは思えないわ」
この場の全員が、つまり世界のすべてが彼へ間違っていると言っているのだが、それでも兎太郎は自分を曲げない。
つまりただのバカである。
「ああ~~……そうでもないわよ。狗太郎君はもっとひどかったわ」
「そうね、狗太郎君は最悪だったわ」
「兎太郎君は、相対的にマシね」
(そうなの?!)
なお、チグリス、ユーフラテス、インダスは四人目の英雄がクズだったと言っている。
下には下がいるらしい、蛇太郎は驚かざるを得なかった。
「ええ?! あの四人目の英雄って、そんなにひどいんですか?!」
「純血の守護者を倒した英雄ですよね?」
「それが私たちのご主人様以下だなんて……」
「私たちのご主人様にも劣る英雄、仲間の苦労がしのばれるわね」
下には下がいる、それに震撼するのは四体も同じだった。
「ええ、仲間の子たちも大変で……いつも殴ってたわ」
「スタンガンも使ってたもの」
「軽く焙ったりもしていたわ」
(体罰を辞さないんだな……)
ぞっとする話だった。
兎太郎の仲間たちは、こいつ殴ってやろうか、と思うことがある。
だが狗太郎の仲間たちは、普段から攻撃しているらしい。
「四人目の英雄の名前が出ないのは、あえて名前を隠しているからだと、聞いていましたが……」
「アレは狗太郎の仲間がぶん殴って止めてるからよ」
「あのバカ、英雄として祭り上げたら、とんでもないことするわよ?」
「そうそう、絶対売名しまくって、人類の名誉を傷つけるわね」
そして、それを聞かされる人類の心境や如何に。
(知らないほうが良かった)
英雄の末席に身を置き、その実情に触れる栄誉を得た蛇太郎。
真実は残酷だった。ため息が止むことがない。
「まあとはいえ……私たちも、あの兎太郎君のことを好ましく思っているわけじゃないのよ」
「ねえ蛇太郎君、年上のお姉さんって興味ない?」
そんな彼へ、チグリスとユーフラテスは寄りかかっていた。
エルフとダークエルフ。どちらも人間離れした美貌を持っているが、ぶっちゃけ恋愛対象として見れる見た目ではない。
「勘違いしないでね、私たちじゃなくて……」
「あっちの、私たちのご主人様の方のこと」
「……は?」
兎太郎と口論している狼太郎のことを、二体は気にしているようだった。
「私たちのご主人様はね、知っての通り惚れっぽくて、しかも尽くすタイプなのよ」
「今はああして兎太郎を怒鳴っているけど、一旦惚れたら何をするか……」
(ああ……たしかに)
なんだかんだ言って、兎太郎も英雄である。
これから先、まかり間違って狼太郎が惚れこむ、ということはあり得る。
「蛇太郎君、まともそうだし……どう?」
「ご主人様を口説くのは簡単よ~~?」
「私たちを助けると思って、ね?」
それを防ぐために、多少マシな相手とくっつけてしまおうというアイディアだった。
理由はわからないでもないが、かなり当事者たちの心境を蔑ろにしている。
「ふざけるな! 誰が結婚なんてするか!」
(結婚とは言ってない……)
一行の話を聞いて、狼太郎が顔を真っ赤にしながら怒鳴った。
「俺は誰かと恋に落ちないと、めちゃくちゃ不安定なままだ。だがな、それでも俺は、黄河を愛しているんだ。あいつを裏切ることなんて、俺にはできない」
「いや、黄河様はかなりアレでしたよ」
「私たちにも手を出してましたし……」
「思い出の中で美化しているのかしら」
「とにかく! 俺は! アイツ以外に肌を許さないの!」
ぷんすか怒っている狼太郎は、自分の仲間に怒っていた。
「まあありえないとは言い切れないから、その辺りはなんとも言えないんだが……」
(意思が弱い……)
「そうやってぽんぽん子供作るのを繰り返してたらだな……」
(子供作るなんて言ってないのに……)
わなわなと、ある可能性を恐れている狼太郎。
「そのうち全人類が、俺の子孫ということになりかねない!」
一体どれだけ長生きする気で、一体どれだけ子供を産む気なのだろう。
しかし彼女がそれを懸念するのも、そこまでおかしくはない。
物凄く長いスパンで見れば、全人類が彼女の子孫になる可能性はあるのだ。
「それは色々な意味でヤバい……実質世界征服だ」
(そうかなあ……)
支配してないのに、世界征服をすることになる。
なにか、いろいろとおかしい。
(それにしても……英雄とその仲間にも、いろいろな関係性があるんだな)
お世辞にも円満とは言えないが、それでも命をかけた戦いに身を投じてきた面々である。
そこには信頼があり、逃げ出したり反逆するようなことはないのだろう。
(……うらやましいもんだな)
彼らには仲間がいるのだ。それはこの状況でも、きっと心強いに違いない。
なお、兎太郎の仲間たちは、つい昨晩『死んどきゃよかった』と思ってしまった模様。
『皆さま、ご連絡があります。近くに陸地を発見しました。一時停車し、整備することを提案します』
そうこうしていると、ナイルからの連絡があった。
連戦続きで傷を負っているナイルは、一旦修理する地を求めていた。
それをようやく見つけた、という話である。
「おお、陸地! それはいいな! どんなところだ!」
タコの破片を抱きしめたままの兎太郎は、新しい展開に喜びを隠さない。
未知との遭遇にワクワクしているのは、やはり彼だけである。
『僅かずつ移動しており、大規模な生体反応があります。おそらく、島そのものがモンスターであると予測されます』
「生きている島?! そりゃあすげえ! 亀? それともドラゴン?! 他の何か?!」
『サンゴ型モンスターだと推測されます』
「……なんだ、サンゴか」
生きたまま島になっていて、しかも移動するサンゴ。
驚きと言えば驚きだが、あんまりファンタジーではない。
少なくとも、見てびっくりと言うのは期待しにくいだろう。
「おい、ナイル。疑うわけじゃないが、そんなところで休めるのか?」
『そのサンゴそのもの以外にも生体反応が見受けられますが、さほど脅威ではないと思われます』
「……まあそういうことなら、しばらく休ませてもらおうか」
サンゴ礁といえば、小型生物の宝庫であり、その小型生物を餌にする大型生物の楽園でもある。
この世界の基準では、どれもが強力なのだろう。だが修理は必要であるし、サンゴ礁の中なら超巨大モンスターも近づきにくいだろう。
「よし、それじゃあ許可する」
『了解、進路を取ります。一時間後に到着予定です』
※
刺胞動物型最強種、Aランク上位モンスター、ストーンバルーン。
海に生息するAランク上位モンスターの中では、極端に危険性の低いモンスターである。
フェニックスもそうであるが、モンスターのランクは危険性ではなく強さ、死ににくさに依る。
人間に対して無害でも、強ければそれだけでAランク上位に列される。
さて、ストーンバルーンである。
超巨大な、移動するサンゴ、と言えば分かるだろう。
バルーンと呼ばれているが海に浮かんでいるわけではなく、その巨体で海底を歩いているのだ。
その歩みは極めて緩やかであり、お世辞にも高速とは言い難い。
そんなストーンバルーンは、通常のサンゴがそうであるように、大小さまざまな多くの隙間を持っている。
通常のサンゴ礁と同じように、生きた魚礁となって生活の場を作っているのだ。
このモンスターは、サンゴであるという特性上、奇怪な形をとる。
現在ナイルが向かっているストーンバルーンは、大小さまざまな穴の開いた『城壁』が海面に出ており、その奥へ行くとまた『島』がある。
まさに天然の要塞と化している地形をしており、その島の中は外海よりも圧倒的に安全であった。
それは小型のモンスターが寄ってくるという意味であり、その小型モンスターを餌にできるということでもあった。
また島には土がたまっており、南国色の有るシダ植物なども生えている。
まさに、隔離された楽園であった。
「報告します! 西側から、正体不明の……蛇のような形をした船らしきものが、こちらへ向かってきています!」
その楽園の中には、現在人が暮らしていた。
城壁の上にはやはり見張りがおり、接近するナイルを捉えていたのである。
「西から……まさか、助けが来たのだろうか……いいや、それは虫がいいな」
その中で暮らす人々は、先祖代々この島で暮らしていた、というわけではなかった。
彼らの着ている疲れ切った服を見れば、ここへ流れ着き、定住するしかなかった者たちであると分かるだろう。
「だが、好機だ。できれば乗せて欲しいのだが……」
彼らは、船乗りめいた男だけではない。
男と同じほどの女性と、その子供たちもいた。
「……ですが、もしも刺客だったなら」
「態々こんなところまで殺しに来る刺客などいませんよ」
そして、男の中のリーダーらしき人物と、女性の中でもっとも高貴な身分であろう女性は、夫婦として寄り添い合っていた。
「私は思うのです。もしかしたら、この島で一生を終えることが、私たちにとっての幸せではないかと……」
「……私も、そう思わないではありません。ですが、それでは国が救われません」
既に何年もこの島で生活し、何人も子供がいる二人。
今も女性のお腹の中には、新しい命があった。
「私の国と貴女の国が、今戦争しているかもしれない。それを止められるのは、私たちだけなのです」
「そうですね……私も子供を産み、母の気持ちが分かるようになりました。きっと、心配しているでしょう」
彼の名前は、ゴー・ホース。央土の武人であった男である。
彼女の名前は、ホウシュン。南万の姫であった女である。
次回から新章です。




