表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
320/545

歯車

 五人目の英雄、魔王の娘、太古の神、羊皮狼太郎。

 六人目の英雄、星になった戦士、冒険の神、怱々兎太郎。

 共に世界の崩壊をかけた戦いへ身を投じ、昨日と同じ明日を勝ち取った者たちである。


 その二人がいるからこそ、ナイルはこの世界で航行出来ていた。

 今もBランク中位であるアンガーオクトパスを相手に、苦労もなく勝利したところである。


「だから! お前は何をバカなことを言っているんだ!」

「いいじゃないですか、これぐらい!」


 狼太郎と兎太郎は、勝った後で言い争いをしていた。


「このタコでたこ焼き作ろうってだけじゃないですか!」

「だから作るなって言ってるんだよ!」


 毒かもしれないけどキノコを食べる男である。

 それはもう巨大な蛸を倒したので、それを料理したくなっていたのだ。

 別にタコ焼きが食べたいわけではない、自分で倒した巨大なタコを料理したいだけなのだ。


「おい、ナイル! このタコ食えるのか?!」

『有毒性が確認されました』

「だとよ!」

「ミズダコにだって毒ぐらいあるでしょうが!」

「いらねえ知恵を披露しやがってこの……!」


 五人目の英雄と六人目の英雄は、一触即発の空気であった。

 なお、六人目の英雄である兎太郎が全面的に悪い模様。


「殺したのに食わないなんて、命への冒涜でしょう!」

「今まで散々冒涜してきただろうが! 何を今さら!」


 もっともらしい理屈をこねているが、兎太郎の心理は一つ。


「毒で倒れてもいいじゃないですか! どうせ治せるんだし! 食べるのは俺と蛇太郎だけだし!」

(俺も?!)


 いつの間にか食わされることになっていたことへ、蛇太郎は震撼する。


「ふざけるな! 蛇太郎に毒を食わせるとはどういう了見だ!」

「俺達、友達ですから!」

「意味が分からん! 毒を食わせる友達がいるか!」

「ふぐだと思えばおかしくもないでしょう!」

「ふぐだって専門的な知識と技術のない奴には任せねえよ!」


 一向に衰えない兎太郎だが、狼太郎は正論を怒鳴りつけ続ける。

 むしろ初歩的な問題であり過ぎて、普通なら心が折れそうになるほどだ。


「あの~~……私たちが言うのもどうかと思いますけど、断っていいんですよ」

「むしろ断っちゃいなさいよ、殴ってもいいわよ」

「ごめんなさいね、私たちのご主人様って無茶苦茶だから……」

「もう殴っていいです……」


 そんな彼の仲間たちは、とても申し訳なさそうだった。

 そりゃあそうだ、積極的に毒を食おうと誘ってくるのだから。

 自分一人で食えばいい。いや、それはそれで迷惑だが。


「ははは……私にとって、六人目の英雄である兎太郎さんは、心のヒーローなので……なかなかそんな強くは出れないんです」


 しかし、蛇太郎は中々強気になれなかった。

 兎太郎の言動には面食らうが、あんな性格であることも納得できる。

 ああいう男だから、世界を救うことができたのだろう。


「もちろん、皆さんのことも尊敬していますよ。私だけではなく、私の世代ではほとんどの者が同じように考えています」


「……そ、そうですか。改めてヒーロー扱いされると困っちゃいますね」

「本当。なんか月でわちゃわちゃしてただけで、ヒーロー扱いされてなかったしね」

「私たちは女の子だから、ヒロインなんだけどね」

「いいじゃない、それぐらいの誤用はよくあるし」


 ムイメたちも、伝説の英雄扱いされればまんざらでもない。

 やっぱり命をかけて戦ったのだから、それぐらい言って欲しかったのだ。


(……改めて、この人たちは孤独なまま世界を救ったんだな。その辺りは、本当にすごい……六人目の英雄、その仲間たちか)


 そんな四体を見て、やはり蛇太郎は感慨にふける。

 自分達が知っているように、六人目の英雄は、誰にも自分のことを伝えないまま星になったのだ。


「だから! 俺はタコ焼きが食べたいんじゃなくて、苦労して倒した、このタコを食べたいんですよ! タコ焼きにして!」

「ふざけんなこのボケカスが!」


 星は遠くにあったほうがいいのかもしれない。

 蛇太郎は、何となくそう思ってしまう。


「そもそも噛めねえだろ! これめっちゃ硬いだろ!」

「ゆでりゃあいいでしょうが!」

「ゆでたぐらいでどうにかなるか!」

「だったらミンチにでもなんでもしますよ!」

「どうやってするんだよ!」


 なお、狼太郎と兎太郎、二人の対決は終わることを知らない。

 二人とも意志が強いので、正しいと信じることを貫こうとしている。

 なお、兎太郎が全面的に間違っている模様。


「うちのご主人様……バカすぎですね……」

「狼太郎さんには申し訳ないわ……」

「蛇太郎さんもまともだし、きっと一番ひどい英雄ね」

「アレよりひどい英雄がいるとは思えないわ」


 この場の全員が、つまり世界のすべてが彼へ間違っていると言っているのだが、それでも兎太郎は自分を曲げない。

 つまりただのバカである。


「ああ~~……そうでもないわよ。狗太郎君はもっとひどかったわ」

「そうね、狗太郎君は最悪だったわ」

「兎太郎君は、相対的にマシね」


(そうなの?!)


 なお、チグリス、ユーフラテス、インダスは四人目の英雄がクズだったと言っている。

 下には下がいるらしい、蛇太郎は驚かざるを得なかった。


「ええ?! あの四人目の英雄って、そんなにひどいんですか?!」

「純血の守護者を倒した英雄ですよね?」

「それが私たちのご主人様以下だなんて……」

「私たちのご主人様にも劣る英雄、仲間の苦労がしのばれるわね」


 下には下がいる、それに震撼するのは四体も同じだった。


「ええ、仲間の子たちも大変で……いつも殴ってたわ」

「スタンガンも使ってたもの」

「軽く焙ったりもしていたわ」


(体罰を辞さないんだな……)


 ぞっとする話だった。

 兎太郎の仲間たちは、こいつ殴ってやろうか、と思うことがある。

 だが狗太郎の仲間たちは、普段から攻撃しているらしい。


「四人目の英雄の名前が出ないのは、あえて名前を隠しているからだと、聞いていましたが……」


「アレは狗太郎の仲間がぶん殴って止めてるからよ」

「あのバカ、英雄として祭り上げたら、とんでもないことするわよ?」

「そうそう、絶対売名しまくって、人類の名誉を傷つけるわね」


 そして、それを聞かされる人類の心境や如何に。


(知らないほうが良かった)


 英雄の末席に身を置き、その実情に触れる栄誉を得た蛇太郎。

 真実は残酷だった。ため息が止むことがない。


「まあとはいえ……私たちも、あの兎太郎君のことを好ましく思っているわけじゃないのよ」

「ねえ蛇太郎君、年上のお姉さんって興味ない?」


 そんな彼へ、チグリスとユーフラテスは寄りかかっていた。

 エルフとダークエルフ。どちらも人間離れした美貌を持っているが、ぶっちゃけ恋愛対象として見れる見た目ではない。


「勘違いしないでね、私たちじゃなくて……」

「あっちの、私たちのご主人様の方のこと」


「……は?」


 兎太郎と口論している狼太郎のことを、二体は気にしているようだった。


「私たちのご主人様はね、知っての通り惚れっぽくて、しかも尽くすタイプなのよ」

「今はああして兎太郎を怒鳴っているけど、一旦惚れたら何をするか……」


(ああ……たしかに)


 なんだかんだ言って、兎太郎も英雄である。

 これから先、まかり間違って狼太郎が惚れこむ、ということはあり得る。


「蛇太郎君、まともそうだし……どう?」

「ご主人様を口説くのは簡単よ~~?」


「私たちを助けると思って、ね?」


 それを防ぐために、多少マシな相手とくっつけてしまおうというアイディアだった。

 理由はわからないでもないが、かなり当事者たちの心境を蔑ろにしている。


「ふざけるな! 誰が結婚なんてするか!」

(結婚とは言ってない……)


 一行の話を聞いて、狼太郎が顔を真っ赤にしながら怒鳴った。


「俺は誰かと恋に落ちないと、めちゃくちゃ不安定なままだ。だがな、それでも俺は、黄河を愛しているんだ。あいつを裏切ることなんて、俺にはできない」


「いや、黄河様はかなりアレでしたよ」

「私たちにも手を出してましたし……」

「思い出の中で美化しているのかしら」


「とにかく! 俺は! アイツ以外に肌を許さないの!」


 ぷんすか怒っている狼太郎は、自分の仲間に怒っていた。


「まあありえないとは言い切れないから、その辺りはなんとも言えないんだが……」

(意思が弱い……)

「そうやってぽんぽん子供作るのを繰り返してたらだな……」

(子供作るなんて言ってないのに……)


 わなわなと、ある可能性を恐れている狼太郎。


「そのうち全人類が、俺の子孫ということになりかねない!」


 一体どれだけ長生きする気で、一体どれだけ子供を産む気なのだろう。

 しかし彼女がそれを懸念するのも、そこまでおかしくはない。

 物凄く長いスパンで見れば、全人類が彼女の子孫になる可能性はあるのだ。


「それは色々な意味でヤバい……実質世界征服だ」

(そうかなあ……)


 支配してないのに、世界征服をすることになる。

 なにか、いろいろとおかしい。


(それにしても……英雄とその仲間にも、いろいろな関係性があるんだな)


 お世辞にも円満とは言えないが、それでも命をかけた戦いに身を投じてきた面々である。

 そこには信頼があり、逃げ出したり反逆するようなことはないのだろう。


(……うらやましいもんだな)


 彼らには仲間がいるのだ。それはこの状況でも、きっと心強いに違いない。


 なお、兎太郎の仲間たちは、つい昨晩『死んどきゃよかった』と思ってしまった模様。


『皆さま、ご連絡があります。近くに陸地を発見しました。一時停車し、整備することを提案します』


 そうこうしていると、ナイルからの連絡があった。

 連戦続きで傷を負っているナイルは、一旦修理する地を求めていた。

 それをようやく見つけた、という話である。


「おお、陸地! それはいいな! どんなところだ!」


 タコの破片を抱きしめたままの兎太郎は、新しい展開に喜びを隠さない。

 未知との遭遇にワクワクしているのは、やはり彼だけである。


『僅かずつ移動しており、大規模な生体反応があります。おそらく、島そのものがモンスターであると予測されます』

「生きている島?! そりゃあすげえ! 亀? それともドラゴン?! 他の何か?!」

『サンゴ型モンスターだと推測されます』

「……なんだ、サンゴか」


 生きたまま島になっていて、しかも移動するサンゴ。

 驚きと言えば驚きだが、あんまりファンタジーではない。

 少なくとも、見てびっくりと言うのは期待しにくいだろう。


「おい、ナイル。疑うわけじゃないが、そんなところで休めるのか?」

『そのサンゴそのもの以外にも生体反応が見受けられますが、さほど脅威ではないと思われます』

「……まあそういうことなら、しばらく休ませてもらおうか」


 サンゴ礁といえば、小型生物の宝庫であり、その小型生物を餌にする大型生物の楽園でもある。

 この世界の基準では、どれもが強力なのだろう。だが修理は必要であるし、サンゴ礁の中なら超巨大モンスターも近づきにくいだろう。


「よし、それじゃあ許可する」

『了解、進路を取ります。一時間後に到着予定です』




 刺胞動物型最強種、Aランク上位モンスター、ストーンバルーン。

 海に生息するAランク上位モンスターの中では、極端に危険性の低いモンスターである。


 フェニックスもそうであるが、モンスターのランクは危険性ではなく強さ、死ににくさに依る。

 人間に対して無害でも、強ければそれだけでAランク上位に列される。


 さて、ストーンバルーンである。

 超巨大な、移動するサンゴ、と言えば分かるだろう。

 バルーンと呼ばれているが海に浮かんでいるわけではなく、その巨体で海底を歩いているのだ。

 その歩みは極めて緩やかであり、お世辞にも高速とは言い難い。


 そんなストーンバルーンは、通常のサンゴがそうであるように、大小さまざまな多くの隙間を持っている。

 通常のサンゴ礁と同じように、生きた魚礁となって生活の場を作っているのだ。


 このモンスターは、サンゴであるという特性上、奇怪な形をとる。

 現在ナイルが向かっているストーンバルーンは、大小さまざまな穴の開いた『城壁』が海面に出ており、その奥へ行くとまた『島』がある。

 まさに天然の要塞と化している地形をしており、その島の中は外海よりも圧倒的に安全であった。


 それは小型のモンスターが寄ってくるという意味であり、その小型モンスターを餌にできるということでもあった。

 また島には土がたまっており、南国色の有るシダ植物なども生えている。

 まさに、隔離された楽園であった。


「報告します! 西側から、正体不明の……蛇のような形をした船らしきものが、こちらへ向かってきています!」


 その楽園の中には、現在人が暮らしていた。

 城壁の上にはやはり見張りがおり、接近するナイルを捉えていたのである。


「西から……まさか、助けが来たのだろうか……いいや、それは虫がいいな」


 その中で暮らす人々は、先祖代々この島で暮らしていた、というわけではなかった。

 彼らの着ている疲れ切った服を見れば、ここへ流れ着き、定住するしかなかった者たちであると分かるだろう。


「だが、好機だ。できれば乗せて欲しいのだが……」


 彼らは、船乗りめいた男だけではない。

 男と同じほどの女性と、その子供たちもいた。


「……ですが、もしも刺客だったなら」

「態々こんなところまで殺しに来る刺客などいませんよ」


 そして、男の中のリーダーらしき人物と、女性の中でもっとも高貴な身分であろう女性は、夫婦として寄り添い合っていた。


「私は思うのです。もしかしたら、この島で一生を終えることが、私たちにとっての幸せではないかと……」

「……私も、そう思わないではありません。ですが、それでは国が救われません」


 既に何年もこの島で生活し、何人も子供がいる二人。

 今も女性のお腹の中には、新しい命があった。




「私の国と貴女の国が、今戦争しているかもしれない。それを止められるのは、私たちだけなのです」

「そうですね……私も子供を産み、母の気持ちが分かるようになりました。きっと、心配しているでしょう」




 彼の名前は、ゴー・ホース。央土の武人であった男である。

 彼女の名前は、ホウシュン。南万の姫であった女である。

次回から新章です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 5,6,7人目の英雄の合流ってどんな流れで起こったのか この段階ではまで出て来ないのか~(棒
[一言] 世界が兎太郎を否定する~を変則系で持ってきてて草
[一言] 更新お疲れ様です。 没落の原因がいて草。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ