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 大都市カセイとその近郊は、まばらに森があるだけの草原地帯である。

 農業に適している肥沃な土地と言うわけではないし、鉱山の類や湖の類があるわけでもない。

 背の低いなだらかな丘による起伏がわずかにあるだけで、特に面倒な地形ではない。


 カセイと前線基地を繋ぐ道はただの踏み固められた草が生えていない土の道であり、素朴で牧歌的で、どこにでもある田舎道だった。

 そう、この世界においてはこの道は普通の道であり、何ひとつとしておかしなことはない。


 最初こそ緊張していた一行ではあるが、退屈な風景が何時までも続いていくことで、段々と弛緩していった。

 元より道中は『お客様』である。外にいるのは精強な白眉隊であり、根本的に一行は戦う必要も警戒する必要もないのだ。


 のんびりと馬車に揺られながら気楽に到着を待っている魔物使いの四人は、拍子抜けさえしていた。

 たまに現れる生還者たちは、前線基地への道は地獄への道だと口をそろえる。

 地獄への道という割には、何も起こっていない。

 ただどこにでもある道と、何にもない風景が続いているだけだった。


 もちろん、楽観しているとは分かっている。

 自分たちが油断していると、心のどこかでわかっている。

 しかしこうも平穏な旅が続けば、油断するのも当たり前だろう。


 何もない道が続く中で緊張感を保つのは、人間には不可能なことである。

 一度緊張感が緩むと、しめなおすのはとても難しい。


「もう門が見えてきました、到着です」


 護送を担当している白眉隊の隊員が、馬車の中の一行へ到着を告げた。

 結局、モンスターの一体とも遭遇することなく、前線基地へ到着したのである。


「いよいよ狐太郎さんやそのモンスターとお会いできますね」


 リァンがにこにこと笑っていることもあって、四人とも気が緩んだままだった。

 そして、それは一瞬にして破られる。


 馬車を先導している白眉隊の面々が、門番を務めている同僚たちの顔を見られるという距離になって。

 そこでありえないほどけたたましい鐘が鳴り響いていた。


「だりゃあ!」


 一番真っ先に行動したのはピンインだった。

 打ち鳴らされ続ける鐘の音に反応して、即座に馬車の『壁』を蹴破って外に出る。


「お前ら! 並びなあ!」

「あいよう、姐さん!」


 護送隊としての経験が、彼女の体を動かしていた。

 ピンインの怒号に従って、彼女の配下である亜人たちも即座に戦闘態勢に入る。

 木の板による盾、棍棒という原始的な装備をしている亜人たちは、しかし全員が馬車を守るべく横並びになっていた。


「ラプテル!」


 次いで飛び出たのは、竜騎士ケイだった。

 この有事に後れを取ったことを恥じながら、並走していたはずの自分の竜を呼ぶ。

 彼女の声に応じて、即座に竜がはせ参じた。


 ラプテルと言う名前の竜は、竜の中では小型に分類され、一般的な馬と同じぐらいの大きさをしている。

 二足歩行をしているが頭の位置は低く、鞍を載せてある背中は地面と平行だった。

 鐙などの馬具を取り付けられていることもあって、人間が乗るために生まれてきたかのような錯覚さえしてしまうほど『乗りやすい』体型をしている。


 その上にまたがったケイは、担いでいた大型の弓を構えて周囲を見渡していた。


「お二人とも、待ってください!」


 ケイが周囲を見渡すあたりで、蹴破られた馬車の壁からリァンも出てきた。

 警鐘に対して恐怖することもなく、馬車の外に出たのである。


「……え?」

「……はっ!」


 馬車に残っていた、何が起こっているのかわからなかったランリとブゥ。

 二人はしばらく互いの顔を見合っていたが、それでもランリは慌てて外に出る。

 このまま呆けているのは、それこそただの無能だった。


「あ、あの、ちょっと?!」


 誰も何も指示をしてくれない。

 困ってしまったブゥは、蹴破られた馬車の壁を見ながら、ただうろたえていた。


「リァン様! 馬車の中にお戻りください、モンスターの襲撃です!」

「門を閉める前に、早く!」


 ピンインよりも外側で、護送を担当していた白眉隊が防御陣形を取っている。

 そして、門番を務めている白眉隊が大声を出しながら手招きをしていた。


「門を閉じなければなりません! 急いで!」


 モンスターが接近しているにも関わらず、門番たちは門を閉めずに必死で一行を待っていた。

 そしてその焦燥が意味を持たないほどに、大量のモンスターが殺到してくる。


 まるで、土石流のようだった。

 非常に素早いCランクのモンスターが、開いたままの門になだれ込んでいく。

 その速度、その物量、いずれも通常ならありえないことだった。


 門番がそのモンスターに食われ、さらに基地内へ侵入を許す。

 それがすぐ先の未来だった。


「うっとうしい!」


 門番を務めていたのは、たったの二人だった。

 隊長でもなんでもない、ただの槍兵二人。

 如何に完全装備しているとはいえ、物量を前に無力かと思われた。


 だが、その二人が槍を振るう。

 基地の中になだれ込もうとした大量のCランクモンスターは、埃でも散らすかのように粉々になって地面にばらまかれていく。


「早く、入ってください!」

「どうか、基地の中へ!」


 そして何事もなかったかのように、門番たちは基地の中へ一行を誘導しようとしていた。

 加えて、護衛の白眉隊もまるで心配していなかった。


「これが……白眉隊」


 馬上、竜上からその光景を見ていたケイは、あまりの精強さに絶句していた。

 必死に追いやったのではない、普通に切り払ったのである。

 この前線基地で活躍する討伐隊の中でも、最高水準を誇る白眉隊にとって、Cランクの群れなど雑魚同然だった。


「すげえ……」

「マジかよ……」


 同様に、ピンイン配下の亜人たちも驚きを隠せなかった。

 時間をかければ自分達でもできないことはないが、一瞬で全滅させるなど『人間技』に思えない。

 それが勇者でもなく英雄でもなく、一般隊員だというのがおかしかった。


「何を言っているのですか!」


 しかし、そんなことで今更驚くリァンではない。

 この基地を守る討伐隊が、一人残らず精強であることなど知っている。

 だがしかし、門を閉めない門番には問題があった。


「警鐘が鳴っているのです、外に誰がいようと門を閉ざすのが前線基地の軍規でしょう! 大公の決めた掟を、大公の娘の前で破るつもりですか!」


 既に前線基地は戦場となっていた。

 いや、最初から戦場だったが、戦争が始まったというべきだろう。

 ハンターの怒号、モンスターの絶叫が、森の側から聞こえてくる。

 それらに負けない大声が、可憐な乙女の口から出ていた。


「今すぐ門を閉ざしなさい! これは命令です!」


 門の中に自分がいるのならいざ知らず、門の外にいる貴人の命令とは思えなかった。

 よほど遠いのならともかく、走ればすぐにでもたどり着ける距離だった。

 それでもリァンは、規律を優先したのである。


「……承知しました! 申し訳ありません!」

「門を閉めるぞ、急げ!」


 彼女の命令によって、門は固く閉ざされた。

 おそらくただ閉じただけではなく、門の反対側には閂がかけられたのだろう。

 内部への侵入は容易ではなくなったが、外にいる一行は孤立してしまっていた。


「ははは! 豪胆な公女様だ! お前ら、死なせるんじゃないよ!」

「おっす!」


 ピンインはキョウショウ族に激を入れる。

 元々護送を生業としている一行である、危険な場所で踏ん張るのは慣れっこだった。

 大外を白眉隊が守っているとはいえ、人数故に堅牢とは程遠い。最後の守りとなるべく、全員が盾で壁を作り上げる。


「リァン、貴方は馬車に下がっていて! ここは私たちがやるわ!」


 ケイもまた、文句を言わない。

 リァンの言葉は正義と公平からくるものであり、自分たちへの信頼が込められている。

 ラプテルの背に乗ったまま、矢を番えずに弓を引き絞る。


 そう、既に眼前へモンスターが迫っていた。

 Bランクでは下位に位置する、マンイートヒヒの群れ。

 それが十頭や二十頭ならかわいいものだが、五十をはるかに超えている。

 よだれをばらまきながら、馬よりも速い四足歩行で、荒々しく襲い掛かってきた。


「むぅ!」


 白眉隊、ピンイン、ケイ、そしてランリ。

 全員がそれを何とかしようと、身構える。

 しかし……。

 

「ウェーブクリエイト! エアシェイカー!」


 人を食らう猿の群れを、大気を揺さぶる波が飲み込んでいく。

 効果外から有効範囲内を見れば、向こう側の光景が歪むほど、蜃気楼にも似た空気の揺らぎが起こっていた。

 尋常ならざる生命力を持つはずの猿たちは、耳や目、鼻から血を出して動きを緩めてしまう。

 なにが起こったのかわからない、全力で走っていたその横側からの衝撃波に、すべての猿が飲まれていた。


「ストップクリエイト! ホットタイムミニッツ!」


 その衝撃波が止まった直後、巨大な矛を手にした青年が猿たちの間を駆け抜けていく。

 人間が使えるとは思えない大きさの矛が、まるで小太刀のように高速で回転していた。

 打ち漏らしのないように、すべての猿へ切り傷が刻まれる。

 そしてそれは、猿たちの動きを意識ごと停止させる効果を持っていた。


「コネクトエフェクト! スノーボール!」


 そして、三人目が現れた。

 手にしている巨大な鉄槌を、動けない猿へたたきつける。

 彼自身よりも大きいマンイートヒヒが、その鉄槌に接続される。

 それを括りつけたまま、次の猿へたたきつける。

 まるで雪玉が巨大化していくように、鉄槌の周りに巨大な猿の死体が塊となっていく。


「コネクトクリエイト! グレイトフレイル!」


 マンイートヒヒの半数を取り込んだところで、その鉄槌が死体の塊から抜ける。

 しかし鉄槌から伸びた輝く鎖が、その死体の塊とつながったままだった。


「ううおりゃああああ!」


 まるで嵐だった。

 死体の塊はもはや兵器となって、残っていた半数の猿を叩き潰してく。


 たったの三人、たったの一瞬で、五十ものBランクモンスターは全滅していた。


「リァン様! ご無事ですか!」

「基地の外に貴方を見たときは驚きました……終わるまでは、我らが守ります!」

「いくぞ、お前ら! 公女様を守るぞ!」


 その三人を見て、白眉隊の隊員さえ怯む。


「一灯隊隊長、リゥイ。副隊長、グァン。三番手、ヂャン……!」


 自分よりも若い三人の活躍を見て、ピンインは今更のように怯んだ。

 如何に下位とは言えBランクモンスターが一瞬にしてつぶれていく様を見るのは、経験豊富な彼女をして初めてのことである。


「これが……実力だけでBランクに認定されたハンターの力なのか……」


 ランリは、自分達と同世代の三人を見て恐れた。

 比較する気も起きないほどに、この三人は自分よりも強い。いいや、姉でさえ遠く及ばないのかもしれない。


「……!」


 その彼が、何かを感じ取った。

 彼の周囲で風が荒立ち、周囲の小石が浮かび上がっていく。

 小さな竜巻に覆われているような彼は、そのこととは無関係に青ざめていた。


「僕の精霊たちが……慌てている?!」


 現在リァンたちは、森の反対側にいる。

 今も森の側では、多くのモンスターが前線基地に襲いかかっていた。

 だがしかし、ランリの精霊が慌てているのは、別の要因である。

 この周辺一帯を満たす、膨大なエナジーを感じ取ったのだ。


「トリプルスロット! バインド! スロー! スティッキー!」


 蛍雪隊隊長、スロット使いたるシャインの技が発動する。


「トリックトラップ! スワンプスパイダーネット!」


 基地を隔てた反対側で、何かが起こった。

 突如としてモンスターの怒号が絶叫に変わり、戦闘が虐殺に切り替わったと分かる。


「サンダーエフェクト」


 爆発音にも似た打撃音が響き渡る。

 まるで隕石が連続して地表に激突しているような、ありえないほど連続しての重い音。

 そしてそれに、空気がはじける音が混じり始める。


「ゼウス!」


 青い空の下、雷霆が迸った。

 音だと分からないほどの衝撃が、周辺一帯を揺する。

 それが終わると同時に、何もかもが静かになった。


「終わったな」

「ええ、ガイセイが終わらせたようです」

「ふん……! むかつく奴だ」


 一灯隊の面々は、戦いが終わったことを確信して吐き捨てていた。

 驚くべきことに、勝鬨や喝さいがない。

 おそらくは勝利で終わったにもかかわらず、なんの感動もなかった。


「開門!」


 特に確認をへることもなく、先ほど閉じられた門が開かれる。

 そして周囲にいた白眉隊も、特に歓喜することなく警戒を解いていた。


「無事でよかったです、公女様! では私たちは、隊員の確認をしてきますので!」

「あ、あの、ちょっと待ってください」


 立ち去ろうとするリゥイを、ランリは呼び止めていた。


「どなたか存じませんが……なんですか?」

「さっきの大規模な攻撃……あれが狐太郎っていう人のモンスターですか?」


 地震、大嵐。

 それらが起こったと錯覚するほどの、圧倒的な力。

 遠くにいてもわかったほど、決定的に何かが起こった音だった。

 思わず聞いてしまうのは、それが『自分たちとはランクが違う』と確信してしまったから。


「いいや、今回は狐太郎たちは戦っていない」


 帰ってきた言葉は、さらなる絶望だった。

 直接見たわけではなく、遠くから届いた音を聞いただけだったが、それでも格が違うと思い知った。

 それでさえ、Aランクではないのだ。


「今回は下位のAランクモンスターが一体紛れていたので、ガイセイが『俺が仕留めてツケをちゃらにする』と言い出して……あの四体は戦わないことになったんです」


 説明を聞いたランリだけではなく、ピンインやケイも、心の中にあった自負が折れかけていた。

 この基地で暮らす者にとって、さっきのモンスターは日常業務の一環でしかない。

 生きるか死ぬかだとか、ひりつくような刺激だとかではなく、退屈な日常でしかないのだ。


 三人は、種類こそ違えども実力者だった。

 培われた実力を認められ、周囲から一目置かれていた。

 しかし、それがここでは通用しない。ただの隊員ですら自分達以上の力をもち、隊長たちはAランクでもないのに比較にならないほどの力を持っている。

 であれば、自分たちが守らなければならないAランクハンターとは、いったいどれだけの化物なのだろうか。


「まったく、アイツは……おっと、失礼しました」

「ええ、お仕事頑張ってくださいね」

「はい!」


 大公の娘であるリァンが、ハンターに対して最上級の敬意を示している。

 それに感謝が含まれていることに疑いはないが、公女が敬意を示さなければならないほどに、彼らは強いのだと理解してしまう。


 ここが地獄であり、討伐隊は地獄で戦う戦士なのだと、ようやく思い知っていた。



「……お、終わったかな?」

「みたいですねえ」


 なお、ブゥはまだ馬車にいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 ハンターは1人につき1つのエフェクトという能力を振るうことができる。スロット使いは複数の能力を使えるという感じですかね。
[気になる点] 改めて、ここで働く連中が例外であると示されると「なんで人間は生き延びてるんだろう」みたいなアホなことを考えてしまう。
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