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ED~素敵な仲間がいるのなら~

 その日、その瞬間、月が光った。

 月を吹き飛ばして母星を滅ぼすという言葉が、嘘に思えないほどの、肉眼でも分かる輝きだった。

 それは月が爆破され無かったということであり、同時に尊い命が犠牲になったということだった。


 つまり、月面旅行に赴いた乗員乗客が、今度こそ全滅したということである。

 世界の存亡、環境の激変に比べれば些細だ。だが月が好きで、宇宙船が好きで、ただそれだけの一般人たちが、誰からも助けられることなく命を落としたのだ。

 その意味は、決して軽くない。


 人々は、モンスターは、天に祈らざるを得なかった。

 誰もが手を合わせ、月を仰いだ。


 以前と、ほんの少しだけ形の変わった月。

 もはや月面基地も、その地下の秘密施設も、何も残っていない月。

 人類の偉業である居住区は、永遠に失われてしまったのだ。


 それからしばらくの間、母星はあわただしくなっていた。

 爆発によって月の破片が母星に達し、スペースデブリや流れ星となった。

 それによって人工衛星などが破損し、多くの不具合が生じ……。

 そしてやはり、隕石として地表に達したものも少なくなかった。


 人造種や人類の都市へ避難したことは、悲しいことに、無駄ではなかった。

 隕石による被害は大きく、いくつかの自治区へ深刻な被害が及んでいた。


 とはいえ、隕石として落下すれば、それはそれで話が終わっている。

 もちろん流星として燃え尽きても、被害はないだろう。


 だが宇宙に残った膨大なスペースデブリは、当然ながらそのまま維持されてしまった。

 大昔の時代であれば、人類の宇宙進出を防ぐ蓋になっていただろう。そしてはるかに発展、進歩した現在でも、この除去は困難を極める。

 これを完全に除去するには、膨大な時間を要するだろう。

 悲しいことに、この時代の人類は宇宙へ進出していなかったので、実生活への影響はさほどでもなかった。


 そう、人々やモンスターたちは、不可逆的な被害を受けなかった。

 自治区が受けた被害も、数年あれば元に戻る程度である。


 彼らは昨日までと同じ生活を、ほんの数年で取り戻すことができるのだ。

 だが彼らは忘れていない。昨日までと同じ生活を送るために、犠牲になった人がいるということを。


 ひとまずの混乱が去ったあと、都市の責任者たちは全員が職を辞した。

 そのうえで手続きを踏まずにカセイ兵器の起動をしたことと、生存者へ事態の解決をゆだねたこと、死にに行かせたことの責任を取るべく刑に服している。


 宇宙局のスタッフも同様だった。

 如何に相手が月面基地の製造者たちとはいえ、管理している月面基地で大規模な工事が長年行われていたにも関わらず、一切気付かなかったのだ。

 これは怠慢どころの騒ぎではない。すべての資料を提出した上で、国際宇宙局という組織そのものを解散することとなった。


 もちろんそこまでしても、失われたものは戻ってこない。

 犠牲者たちとその遺族の心の傷は、決して癒えることはなかった。


 そう、人々の中には、政府や宇宙局のスタッフの決断を称える者もいた。

 しかし遺族からすれば、到底許せることではない。


 もしかしたら、自分の家族は助かっていたのかもしれない。

 あの船に乗って、この母星へ帰ってきていたのかもしれない。

 そう思えば、誰がどんな刑に服したところで許せるものではなかっただろう。

 

 結局、何もわからなかったのだ。

 あの月で誰が生き残り、どんな試練を越えて内部構造を調べ、如何なる覚悟を決めてカセイ兵器へ乗り込んだのか。

 そして月の亡霊を、如何にして倒したのか。


 本当に、分からないまま終わってしまったのだ。




 一つ、大きな変化があった。

 国際宇宙局が解体された後、有志によって新国際宇宙局が新しく発足された。


 その仕事は、膨大なスペースデブリの除去である。当然面白くもない、ひたすら地味で、実益を優先した、夢のない役割だった。

 だがそれだけではなく、ある大望もまた掲げられている。その大望に向けて、多くの出資も集まりつつあった。


 あの戦いを終えて、唯一残った物。

 宇宙空間を漂う、久遠の到達者の破片。

 それを母星へと回収する、という大望であった。


 月深層へ宇宙飛行士を届けるために、大破した久遠の到達者。

 その後の大爆発によって、いくつかに分かれながらも、月から弾かれていた。


 それをすべて回収する、というのはとても難しいだろう。

 そしてそれを集めたところで、何かいいことがあるわけではない。

 すべて回収したところで、博物館に展示されるのがせいぜいだ。

 それを調べても、誰が亡霊と戦ったかなど分かる筈もない。


 永遠に近い時間待機し続けていた、未完成の宇宙戦艦。

 もはや見る影もない、残骸になり果てている。修理など、当然不可能だ。


 しかし、その残骸に魂があるのなら、博物館へ展示されることを心待ちにしているだろう。

 他の多くの宇宙船と同様に、役割をまっとうした船として、人類の歴史として展示される。


 宇宙飛行士を乗せて、目的地へ送り届けた。

 その誇らしい事実を、先輩たちへ報告する。


 回収を待つ残骸たちは、それを楽しみにしながら人を待っている。

 以前のように、諦めだけの心境ではない。むしろやり遂げた達成感だけが、その残骸に残っている。


 宇宙の果てを目指すために作られた『久遠の到達者』は、満足のいく果てへたどり着いたのだった。



 青い空、白い雲、そして美しい海。

 その直中で、彼らは意識を取り戻していた。


「点呼、いち」

「に」

「さん」

「し」

「ご」

「よし、全員生きてるな」


 海水を浴びてべたべたとしている一行は、波打ち際で起き上がった。

 なんともわかりやすいことに、まるで漂流者のようである。


 全員が無事のようではあるが、状況の変化に頭がついてこなかった。


 つい先ほどまで、確かに月で戦っていたはずだった。

 閉塞に次ぐ閉塞、密室に次ぐ密室のはずだった。

 にもかかわらず、気づけば海である。

 しかも、何やら島の波打ち際である。


「一応確認するが……月の爆発で、母星まで吹き飛ばされた、なんてことはないよな?」


 兎太郎の言葉を、全員が首を横に振りながら、手も横に振っていた。

 流石に、そんな漫画みたいなことはない。

 もしもそんなことになっていたら、体なんて燃え尽きていたはずだ。

 そうでなくとも、宇宙空間で窒息死である。


「じゃあ……なんでこうなったんだ?」


 全員、首をひねるばかりである。

 少なくとも、記憶をさかのぼる限り、全員が海辺にいる状況の説明はできない。


「……ドッキリにしては、俺のこれがなあ」


 兎太郎は、羽織っているマントを見た。

 宇宙戦艦の艦長にだけ着ることが許された、対丙種装備である。

 誰がどう考えても、一般人が持っていい規模の武器ではない。

 それこそ、悪いジョークのようなものだ。


「これもあるし」


「……なんでそれも持ってるんですか」

「それ、捨てちゃってよ」

「あんまり見たくないわ」

「私たちの名誉のためにも、捨てて欲しいのだけど」


 チートツール、ピースメイカーも持っている。各種族のカートリッジも、しっかり携帯していた。

 もちろん、海水に漬かったぐらいで壊れるようなものではない。彼女たちにとっては、壊れたほうがいいのかもしれないが。


「とりあえず……海から上がるか」


 気力がしぼんだ状態で、兎太郎は提案した。

 やや暑いほどの気温だが、ずっと海水に漬かると体力を消費する。

 とりあえず全員砂浜から起きて、少し離れた岩に座る。


「……どこだここ」


 一応、全員で端末を確認する。電波が届かない、という状況だった。

 もちろん月の爆破によって電波障害などが起きているのかもしれないが、それは一時的であるはずだ。


「つまりこれは……次元の裂け目に俺達が落ちて、どこか別の世界に……」

「ご主人様が、適当なことを言ってるわね……そうなのかもしれないけど」


 イツケが突っ込みを入れるが、実際そうだとしか思えない。

 少なくともあの圧倒的なエネルギーを受けて、生きている理由がほかに思いつかない。


「そうだな、無理やり理屈をつけるなら……これだろうな」


 兎太郎は、自分の着ているマント。

 宇宙戦艦の艦長のための、特製マントを見ていた。


「これは宇宙空間での戦闘を想定していたはずだ。それなら……艦長を船へ移動させたり、逆に船から脱出させる機能があっても不思議じゃない。だが船の方が未完成なんで、移動先の指定ができなかったんだろう。指定ができないまま俺達を、あの船がワープさせたとしたら……」


 五人目の英雄が戦った相手には、A地点とB地点、どちらかに基点があればワープが可能だった。

 だが兎太郎の世界では、両方に基点がないとワープは失敗する。時間軸や世界さえ跨いで、どこに移動するのかわからないのだ。


「あの船が俺達を助けてくれた。そう思うと、ロマンがあるじゃないか」


 満足げな兎太郎だが、他の面々はそうでもない。


「助かってないと思いますけど……ここ、どこなんですか?」

「まったくよ……もしかしたら遠い未来かもしれないし、過去かもしれないし、違う世界かもしれないんでしょ?」

「それを助かったとは言わないんじゃないかしら……」

「このままだと、全員餓死なんだけど……」


 いろいろなことが置き去りにされていて、誰もが茫然としている。

 流石の兎太郎も、感極まりすぎて動けなくなっていた。


 そうしている内に、食事もないのに太陽が沈み、辺りは暗くなってきた。

 辺りはすっかり闇に包まれ、互いの顔も見えなくなってきた。


「私たち、もう死んでるんじゃないですか? ここが天国ってことで」

「その割には、お腹が空いてるけどね」

「それは言わないでちょうだい、私も我慢してるのよ」

「私とご主人様は大抵食べられるけど……毒が怖いわね」


 アンチムーブバリアを前にした時は、死を受け入れられた。

 だが餓死は嫌だった、割と普通のことであろう。


「なあみんな、空を見ろよ」


 兎太郎は、仰ぎ見た。

 そこには、闇に輝く星空があった。

 そして当然のように、月も輝いている。


「さっきまで俺達、あそこにいたんだぜ」


 もちろん、ここが違う世界なのかもしれない。

 だとしても、結局同じぐらい遠いのだろう。


「そんでもって、世界を救ったんだぜ」


 そこに偶々居合わせただけの男と、そのモンスターたち。

 全員がそろって、なんとか生きている。



「こりゃあ……映画化決定だな」

 


 普段から、口癖のように言うことだった。

 今日だって……今日という表現が適切かはともかく、割と言っていた気もする。

 だがしかし、久しぶりに聞いた気もした。


 能天気な、人間の言葉。

 しかし確かに、これは浪漫の溢れる、映画のような出来事だった。


 彼らは母星の願いを知らない、カセイ兵器の心情など知らない。

 もちろん、自分たちのことを母星が知っているとも思っていない。


 祈っても願っても、届かなかったのだ。

 だが……彼らの幸運に、なんの影響もなかったとは思えない。

 いいや、影響があったのだと信じたい。



 彼らの見上げる星空にも、流れ星が一つ走っていた。



 モンスターパラダイス6-星に願いが届くまで-

 完




『ご覧ください、アレがカセイ兵器、最後の勝利者です!』


『祈りましょう、星に願いが届くまで』


 幼い時に、五人目の英雄が立ち上がった。

 子供の時に、六人目の英雄が旅立った。


 そして今でも、あの時のことを覚えている。


「叩かれてるけど、いい映画だったな」


 彼が見ていたのは、六人目の英雄を題材にしたノンフィクションの映画である。

 ただ六人目の英雄は、乗員乗客名簿の誰なのかわかっていないので、結局裏方ばかりだった。


 月面基地の歴史であったり、宇宙局の歴史であったり、六人目の英雄が乗った宇宙船の製造過程であったり。

 政治家が責任を取ると叫んだり、宇宙局のスタッフが月面のドックを遠距離から操作したり……。

 エンディングには、新しい宇宙局のスタッフが久遠の到達者を回収しようとしているところだった。


 それでも、いい物語だったとは思う。実際に起きたことなのだし、エンターテイメントにするのも不謹慎だろう。

 数百年後ならまだしも、五年かそこらしか経っていないのなら、それが限界だ。


「モンスターの仲間と一緒に、世界を揺るがす大事件を解決……近代の英雄か」


 恥ずかしいとは思うけども、それに憧れていた。

 仲間と一緒に大冒険をして、伝説の武器をゲットして、巨悪を打倒したかった。

 そんな子供の妄想を、今でも胸に描いていた。


「……まあ、何もないのが一番だ」


 ああ、でも。

 こんな自分にも、友達がいたら、と思う。

 歴代のどの英雄にも、きっと素敵な友達がいたのだろう。

 冒険はしなくていいから、友達は欲しい。


 勝手な願いだけども、そんなことを考えていた。


 叶わないからこそ、甘美な夢だった。

 憧れているだけで、満足できそうなほどの夢だった。




『お願いだ、僕と一緒にみんなの夢を守ってくれ!』




 ああ。夢見ることさえ、罪だったのか。



モンスターパラダイス7-ハッピーエンドは終わらせない-

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― 新着の感想 ―
[一言] サブストーリーもクソ面白れぇ!、もちろん本編もね しかし合流が楽しみだな
[一言]  この「怱々たる兎は月で跳ねる」の章読み返してたんですが、もう何回も読んでると言うのに感動で泣いちゃいました。  何この章。熱くて格好いい奴らしかいないんですが!  特に宇宙局のやつと久遠の…
[良い点] 久遠の到達者の残骸……これは遺骨回収ですね。 墓に入るか博物館に展示されるかの差はありますけども。 久遠の到達者が満足した(と信じることができる)のはすごい良い。 歴史ものみたいな描写好き…
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