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浪漫の怨霊

 さて、四層までたどり着いた一行は、やはりその部屋の珍妙さに驚いていた。

 地下に見事なドーム、半球の大部屋があったのだ。

 やはり精緻ではあるのが、どういう基準で部屋を作っているのかわからなかった。


「ヘンテコな建物だなあ……頭が変になりそうだぜ」

(それは最初からじゃ……)


 根源的な恐怖だとか、生物的な恐怖ではない。

 もっと単純に、不可解さへの恐怖である。


 なんだかよくわからないもの、というのは怖いのだ。

 考えようと思っても、とっかかりさえ得られない。


「ヒントと言えば、これだよなあ」

「他にないですからね」


 ぱたぱたと飛んで、周囲を旋回するムイメ。

 彼女が見渡しても、あるのは地面の『文様』だけだった。


 今まで地下二階、地下三階と、床に変な絵がかいてあった。

 それだけが、この無機質な秘密基地の特徴だと言えるだろう。


「さっきのオートマップで、隠し部屋があるとかわからないの?」

「そこまで上等なもんじゃねえからなあ……ジョークグッズだし」


 キクフに促されて、兎太郎は一応オートマップを展開した。

 キーホルダーサイズのメタリックな『飾り』から、淡い立体映像が投射される。


 当たり前だが、そんなに解像度が良くなかった。

 これでは、大雑把な道や、部屋の形ぐらいしかわからない。


「ねえイツケ、これを見て何かわかる?」

「そう言われても……」


 この場の四体も、兎太郎も、特別な特技を持っているわけではない。

 むしろそうしたものから縁遠い、特殊技能を持たぬ一般人である。

 少なくとも、専門知識の類は持っていなかった。


「あ!」


 だがしかし、異なる視点を持つ者はいた。

 上から見ていたムイメは、あることに気付いたのである。


「ご主人様! そのマジックアイテム、床に置いて!」

「は? なんで?」

「下に置いてから、上から見下ろしてください!」


 言われるがままに、兎太郎は床へオートマップを下ろした。

 そして全員で、それを上から見たのである。


「あ゛!」


 全員が、パズルの正解に気付いていた。

 今まで一行が歩いてきた道に書いてあった文様は、真上から見下ろすと魔法陣になっていたのである。


 つまり第二層の弧を描く通路では、一番外側が。

 第三層の、バームクーヘンのような貯水タンクには、中間部分が。

 そしてここ第四層には、中央のほぼすべてがあった。

 おそらく、この真下には、ど真ん中部分があるのだろう。


「単純な仕掛けだったな……」


「単純は単純だけど、これっておかしいわ! つまりこの基地自体が……!」


 公開されている、表層と地下一階。

 そこを除いた秘密基地のすべてが、魔法陣を描くために作られたのだ。


 部屋の真ん中や通路の真ん中に文様が書いてあったのではない。

 文様を描くため、魔法陣を描くために通路や部屋があるのだ。

 

「立体魔法陣……!」

「キワモノ技術じゃねえか」

「ええ、高度な技術が必要な割に、効率がそこまでよくならなくて消えた技術よ……!」


 イツケと兎太郎は、その存在を知っていた。

 一枚の紙に魔法陣を描くのではなく、あえて複数の場所へ分散させ、精緻に一致させることで効果を上げる技法。

 しかし寸分の狂いも許されず、通常の魔法陣よりも格段に難しい上で、効果の向上は微々たるものだった。


「じゃあこの基地には意味があったの?!」

「イツケ、この魔法陣が何をするためだかわかる?!」

「……わからないわ、流石にそんなことまでは」


 流石に、そう都合よく何もかも判明しない。

 所詮知っているだけでは、詳しいことはわからない。


「でも、わかることがあるわ……魔法陣は、工学で言えば回路よ。これだけなら意味がない……どこかに動力源があるはずよ」

「多分この下だろ……魔法陣のど真ん中と一緒のはずだ」


 この基地には、何か目的がある。

 それを一行は認識した。


 先ほどまでの不可解さと、別種の恐怖が湧いてくる。


「面白くなってきたな!」


 そして、兎太郎は嬉しそうだった。

 恐怖していないわけではないだろうが、それさえも刺激である。


「いやあ……何が何だかと思っていたが、なるほどなるほど、酔狂ではあるが意味はあったか!」


 酔狂で無意味な男が、なんとも充実した笑みを浮かべていた。

 やはり鈍感と言うのは、未知を、道を切り開く上で大事なのかもしれない。


「さてと、それじゃあ奥へ行くか! 何があるのか楽しみだな!」


 能天気なことを言う彼だが、しかし実際行く道は一つである。

 謎は解けたが、目的は達成できていない。

 幽霊の発生源、本体を叩くためには進軍あるのみであった。


 そんな時である。

 全員が持っていた、通信端末が一斉に鳴動した。


「ん?」


 当然ながら、この時代も月まで一般の電波は届かない。

 技術的にできないのではなく、単にその必要がないからだ。

 にもかかわらず、月の地下深くまで届いてきたということは。



『どうも初めまして、現在の人類諸君』



 この月から、電波が発せられているということだった。



 同時刻、母星にて。


 宇宙局の職員たちと、都市の責任者たちは会議を開いていた。

 議題は言うまでもなく、月面で宇宙船が撃墜されたことについてである。


「今回の事件は、我等の管理能力に問題があったから、としか申し上げられません」


 都市の会議室で、十人ほどの男女が話をしている。

 彼らの表情は、一様に沈痛である。


 現代日本において、滅多に人が死なないからこそ命が重く扱われているように。

 この世界でも、重大事故や戦争が起きないからこそ、事件は重く受け止められていた。


「事件、と言ったが。今回のことは、事故ではないのかね?」


 都市側の責任者が、重要なことを確認した。

 誤作動であるのなら、それは事故である。

 事件という言い方をするのなら、そこに人為があるはずだった。

 もしもそうなら、事件は宇宙船が撃墜されただけでは終わっていない。

 まだこれから、何かが起きる可能性があるのだ。


「はい、それは間違いありません。月面にある隕石の撃墜砲は……少なくとも一年前に点検した際には、完全に停止していました」

「再起動する可能性は?」

「家電でたとえますと……スイッチを切って、コンセントを抜いて、さらにブレーカーを落としたようなものです。ついでに言えば、内部のバッテリーも抜いてあります」

「なるほど、わかりやすいな」


 素人でもわかるたとえだった。

 それで動くのならば、誰かの意思があったとしか思えない。


「では、何者かがあの砲台へ、内部バッテリーを入れ直し、ブレーカーを入れ、コンセントを刺し、スイッチを入れた。そういうことだね?」

「はい」

「……それは、我等素人にも可能かな?」

「いいえ、まず無理です。今のたとえは、あくまでもわかりやすく申しただけです。実際には、相当専門的な知識が必要です」

「先ほどのたとえでも、内部バッテリーは私には無理だな。人によっては、ブレーカーを落とすことも難しいだろう」


 宇宙局の職員から話を聞いて、都市の職員たちは顔をしかめた。

 つまり専門的な知識を持つ何者かが、意図して砲台を動かして、宇宙船を撃墜させたことになる。


「遠隔操作は?」

「無理です。現地で作業をしなければなりません」

「そして、現地で確かめる方法もないか……」


 詰みであった。

 焦ってもどうにもならない状況だからこそ、誰もが失意に沈んでいる。


「一応確認するが……宇宙局は、稼働可能な宇宙船を保有しているか?」

「一台もありません。それどころか、把握している範囲で民間の方が所有している、ということもありません」


 当然ながら、宇宙船とはとても危ないものである。

 悪用しようと思えばいくらでも悪用できる上に、その規模が普通ではない。

 星のどこにでも隕石を落とし放題になるのだから、被害は甚大なものになるだろう。


「クラウドファンディングで作れたぐらいだ、我らが支援すれば砲台の攻撃に耐える設計の宇宙船も作れるだろう」

「もちろん可能です。ロボットなどの自治区へ協力を要請すれば、一月ほどで形になるでしょう」

「一月か……長いな」


 その一か月間、月の施設が使い放題である。

 もちろん現在の技術からすれば、骨とう品もいいところなのだが、それでも十分な域だ。

 大量破壊兵器というものは、あの基地が存在した時代には概ね出そろっていたのだから。

 そもそも隕石を撃墜する砲台を使用できるのだから、その時点で大問題だろう。


「生存者は?」


 別の都市責任者が、一月探れない先のことを聞いた。

 聞いている本人も、返答が帰ってくるとは思っていなかった。


「絶望的です。この乗客名簿の全員が……帰らぬ人に」


 悪人ではなかった。

 誰もが月でちょっとした冒険をしたくて、出資をして船に乗っただけだ。

 その彼らが、なぜ撃墜されなければならなかったのか。

 怒りよりも先に、悲しみがあった。


「真相究明も大事だが、まずは遺族へ……」


 月からの電波が届いたのは、まさにその時である。

 

 会議室にいる全員、否、この星の全員へ電波が届いていた。



『どうも初めまして、現在の人類諸君』



 全員の端末から、音声が流れ始めた。

 それは男と女、子供と老人、高い声や低い声。

 それらがまじりあって、割合が常に変動しているものだった。


 もしも専門家が聞けば、一瞬で正体を看破できるものだろう。

 つまりは怨念の集合体、幽霊の本体であった。


『私が何者なのか、興味などないものがほとんどだろう。だがこれは、誰にとっても無関係なことではない。危機感を持って、清聴願いたい』


 だがしかし、幽霊にしては、理路整然とした話し方だった。

 本能のまま、欲求のままに動く通常の幽霊とは、明らかに差があった。


『私は今、月にいる。そして、ある魔法陣を完成させ、その発動段階に突入したところだ』


 その一方で、どこか話題がとびとびになっている。

 わからなくもないが、やや不親切だろう。

 会議室の誰もが、理解することに集中していた。


『端的に言おう。私が何をしようとしているのか、私がどんな術式を完成させたのか』


 だがそれは、余りにも無意味だった。

 死者の考えなど、生きている者には伝わらない。

 まして、怨念の塊が、その恨みを向けてきているなど、理解の他である。


『月を爆破する』


 意味が分からなかった。


『とはいえ、月を粉々に粉砕できるわけではない。そちらの星からでも目視できるほど大きく壊すつもりではあるが、流石に跡形もなくとはいかない』


 意味が、分からなかった。

 目的、真意がわからなかった。


『隕石は降り注ぐだろうが、それも本題ではない。些細なことだ』


 だが、虚言とは思えなかった。


『だが、月が軽くなる。それは繊細なバランスによって成り立っている衛星と惑星の関係を、一気に崩すだろう』


 そしてその行動の結果は、間違いなく劇的だった。


『……お前達の! 大好きなものが! これで失われる!』


 そして、怨霊の声も、劇的に変わっていた。


『私たちは! ずっと待っていた! ずっと、ずっと、ずっと! ずっと待っていた! だが、お前たちは……お前達は!』


 まさに、怨霊そのものだった。

 現在の人類すべてへの怨念だった。


『なぜ! その星を出ない!』


 怒りと憎しみ、失望が詰まっていた。


『なぜ! ここへ来ない!』


 余りにも哀れなその声の主の、その真意は。



『なぜ! 宇宙開発をしない!』



 やはり、理解の他だった。


『我らが! 我等の先人が! どれだけ苦心してこの月面基地を作ったと思っている! この星系を越えて、はるかな宇宙へ旅立つため、その一歩目だ!』


 情熱が、切望が、悲哀が伝わってくる。

 それは皮肉にも、まったく共感できないものだった。


『なぜだ、なぜだ、なぜだ! 持続可能な循環型社会?! そんなものに甘んじてどうする! その社会を維持するための、高度な技術は誰が生み出したと思っている!』


 だが、その正体はわかった。



『私たちだろうが!』



 月に巣食った怨念。

 それすなわち、宇宙開発を断念せざるを得なかった、多くの技術者、科学者、航海者たちの怨念だった。


『お前達はいつもそうだ! なぜわかろうとしない、なぜ知ろうとしない、なぜ使うことしか考えない! 私たちは散々お前たちの望みを叶えてやったと言うのに……私たちの願いを叶えない!』


 宇宙局の面々は、その音声を聞いて顔をゆがめた。

 わかる、わかってしまう理屈だ。


 おそらく宇宙局に務める多くの人々が、少なからず抱いていた鬱屈だ。

 ましてや当時の先人の、無念さたるや如何に。


『当時の情勢は理解している! 足を止めなければならなかったとは知っている! だがなぜだ! もうとっくに、お前たちは立ち上がれるだろうが! なぜそこから出ようとしない!』


 時代の波によって呑まれた、夢を失った人たちだった。


『待った、待った、待ったとも! だがお前たちは! 去ったままだ! 豊かな暮らしを満喫して、私たちの夢を置き去りにしたままだ! そんなものが、繁栄であるものか!』


 持続可能な循環型社会。

 高度な技術による、豊かな暮らしの実現。

 貧富の差が少ない、公平で公正な制度。

 それは素晴らしいことだが、見方を変えれば停滞に他ならない。


 百年前も百年後も、変わりなく続くだろう。

 わずかな差が生じるだけの、なんの進歩もない世界が。


『そんなところにいて、何が楽しい! そんなところにずっといて、何が面白い!』


 一方通行だった。送信してくるだけ、自己主張しているだけだった。

 ただ叫んでいるだけの、見苦しい慟哭だった。


『未知を、遠くを、真実を、別の場所を! それを追求してこそ人間だろうが!』


 浪漫が、暴走している。


『お前達は、つまらない! 死に値するほどにつまらない! お前たちの先祖も、お前達も、お前たちの子孫も! 等しく、死に値するほどつまらない!』


 結論があるだけの、無茶苦茶な叫びだった。



『宇宙を目指せ! 無明を開け! お前たちのゆりかごが、居心地が良すぎて出られないのなら……居心地を悪くしてやる!』



 母星の寿命が迫り、宇宙を目指す物語がある。

 これは、その逆だ。

 宇宙を目指させるために、母星の寿命を削ろうとしていたのだ。



『その結果お前達が死んだとしても……私たちは一向にかまわない! お前達を甘やかすために、高度な技術を生み出したわけではない!』



 これは、非科学的な言い方だが。



『宇宙に行けないのなら、死ね!』



 祟りによって、楽園が滅ぼうとしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] シャアやアムロと良い話し合が出来そうな怨念やなあ(目反らし
[良い点] >『宇宙に行けないのなら、死ね!』 ラスボスの台詞として素晴らしい [一言] 「夢ってのは呪いと同じなんだ。呪いを解くには、夢を叶えなきゃいけない。……でも、途中で挫折した人間はずっと呪わ…
[気になる点] ゲーム内では月面でどうやってモンスター仲間にするんだろう 初期メン固定縛り?合成キメラ化でいろんなモンスター要素出すこと出来るからOKなのかな
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