ステージ4 地下三階
かくて一行は、地下二階の敵を悉く粉砕した。
それ自体は結構なのだが、当然道はまだ続いていた。
妖精から戻った彼女たちを引き連れて、兎太郎はなお奥へ進もうとする。
掃除ロボットのスクラップを乗り越えて、奥へ行こうとすると、奇妙なことが起きていた。
「……あの、おかしくないですか?」
ほんの少しだけ視点が高いムイメが、床を見下ろしながら聞いた。
「壊れた部品や油が、どんどん奥へいってません?」
彼女の指摘を受けて、足元を見る。
ムイメの言う通り、壊れた部品のうち、ころがりそうなものは奥へと転がっていく。
油や水、洗剤なども同様で、どんどん奥へと向かっていく。
「磁力……じゃないわよね? 重力異常かしら」
「いえ、違うわよ。ただ単に、奥側へ微妙な傾斜があるってだけでしょう」
ハチクはテクノロジーによるものかと思ったが、イツケは構造の問題だと言った。
気付かないほどわずかな傾斜があるのなら、特になんの問題もなく成立するはずのことである。
実際のところ、言われてみれば確かに道がちょっと傾いているような気もする。
あくまでも、言われないと気づかない程度なのだが。
「どれどれ……マジックアイテム、オートマッピング」
兎太郎は、マジックアイテムを一つ起動させた。
それは自分の歩いた道と、その周辺を記録する、という文字通りのオートマッピングである。
道に迷った時に見返すと現在地が概ねわかる上に、道に迷いそうな人へ渡しておくと後で愉快な思いができる、という意味もあった。
なお、最初は動線を記録するという目的で製造されており、かなり真面目な道具でもある。
「おおう……確かにそうだな」
空中に投射された記録によれば、この地下二階は確かに緩やかな勾配があった。
とても浅い下り坂になっており、ただ弧を描いているだけではないようである。
「……だからなんだ?」
兎太郎は首をひねった。
もちろん四体も、何が何だかわからなかった。
常に一定の角度を保つ下り坂の道、しかも弧を描いている。
おそらく相当大変な工事だったのだろうが、その目的がつかめない。
どこにいる誰が、何のためにこんな無駄な構造にしたのだろうか。
これにはさすがの兎太郎も、ただ首をひねるばかりである。
どんな必要性があったら、こんなものを作るのだろうか。
「ご主人様、それって道の先はわからないの?」
「無理だ、行くしかねえ」
ハチクの質問に、兎太郎は雑に応える。
この、何が何だかわからない秘密基地は、いろいろな物が非合理で説明がつかない。
結局、一行は奥へと進んだ。
この弧を描く通路だけで地下二階は終わってしまい、その先にはやはり下りのスロープがあったのである。
マップを確認すると、弧を描いていた通路はややずれのある円になっており、スタートである地下一階からの入り口と、ゴールである地下三階への出口はちょうど重なるようになっていた。
やはり困惑するばかりなのだが、道は続いている。
一行はやはり、そのまま降りるしかなかった。
※
さて、地下三階である。
先ほどの長く視野の悪い道と違って、今回は簡潔だった。
とても丸く、天井の高い部屋の中心に、一本の太い柱が通っている。
そして、柱周辺の床には、奇妙な幾何学的模様があった。
その部屋は、天井に穴が開いていて、そこからスロープが壁沿いに続き、床まで導くようになっている。
人が上るための梯子などはなく、重機などが動きやすいようになっていた。
「こりゃあまたけったいな部屋だなあ」
兎太郎が『けったい』というのは、ややおかしいとも思う。
人類社会からすれば、兎太郎はかなりの変人だ。
だがその兎太郎をして、このよくわからない部屋の連続は、困惑を重ねるばかりである。
変人が見ても変なのだから、一般人からしても相当変である。
「見て、まだ先があるよ」
キクフが指さした先には、円筒形の部屋の出口と、その先の下りのスロープが見えた。
何が何だかよくわからないが、まだまだ下があるようだった。
迷うような構造になっていないのは幸いだが、やはり意味が分からなかった。
「どういう建物なのかしら、ここ……部屋らしい部屋が全然ないし……」
ハチクがやはり首をひねる。
本当に、ただ『箱』があるというだけだ。
何か有効活用できるとは思えない。
「そうね、まるで駐車場だけど……あ」
イツケは、何かに気付いた。
そして、足を止めた。
「どうしたの、イツケ」
「は、ハチク……私ね、今気づいたんだけど……この部屋って、大昔あった、大雨を溜めこむための施設に似てるなって……」
イツケに言われて、全員が周囲を見た。
確かに貯水タンクの内側だ、と言われればなるほどとも思える。
何もない空間は、実際何もなくて……水を溜めこむためと言われれば納得できる。
「ま、まあね……月に雨なんてないんだけどね……」
「怖いこと言わないでちょうだいよ。大体、あそこに穴が開いてるじゃない」
苦笑いをするイツケに、キクフが指摘をする。
この部屋の床面に、通路として穴が開いているのだ。これで水を溜めこむなど不可能であろう。
そう思っていたら、シャッターが下りた。
入り口と出口、両方のシャッターが閉まったのである。
「……まずい」
兎太郎が、本気で困っていた。
とてもシンプルに、上と下、進路と退路が同時にふさがってしまった。
とても分かりやすく、閉じ込められてしまった。
「これは……あれだ、部屋の外にいた仲間に、このシャッターを開けてもらう流れなんだが……」
兎太郎は、点呼を取った。
「点呼、いち」
「に」
「さん」
「し」
「ご」
「よし、全員いるな」
どうやら、部屋の外には誰もいないようである。
これでは、部屋の外から開けてもらうという作戦は不可能なようだ。
「こういう時、ゲームや映画なら……何かの謎解きをして、部屋のドアを開けるか、あるいは……畳みかけが来るな」
兎太郎は王道を語った。
確かに、そんな感じのことがありそうである。
「そ、そ、そんなこと言ってたら!」
「天井から水がああああああ?!」
ムイメとキクフが、同時に叫んだ。
天井の一部が開き、膨大な水が注がれてきたのだ。
如何に大きな部屋とはいえ、閉鎖されていることに変わりはない。
このままだと、全員溺死である。
「みんな! こうなったら、仕方ないよな!」
兎太郎は、人魚のカートリッジを装填した。
こうなったら、とにかく溺死を避けるしかない。
「わ、私どうなるんでしょうか?! ペンギンになるんでしょうか……ペンギンはいやああああ!」
「わ、私もなんか、こう……プードルみたいになっちゃうのかな……」
「確かにプードルは泳ぐ猟犬だけど、この場合は違うんじゃ……」
「ああ……鰓呼吸って……」
人魚と言えば、鱗があって鰓で呼吸する、文字通りの魚系である。
天使になったり大鬼になったり妖精になったりしてきたが、まさか呼吸の仕方まで変わるとは思ってもいなかった。
「キメラ技、+マーメイド!」
「キメラ技、ハーピー+マーメイド!」
「キメラ技、ワードッグ+マーメイド!」
「キメラ技、ミノタウロス+マーメイド!」
「キメラ技、オーク+マーメイド!」
あんまり慣れたくない感覚だが、四体は自分の体が変形するというこそばゆさを味わった。
またしても未知の感覚であり、同時に以前からこうであったかのように、自然と体が動く。
明確に違うのは、やはり足。加えて、呼吸であった。
水の中で息ができる、というか水の中で鰓がパクパク動くのである。
正直、なんかおかしかった。
「ああ、やっぱり羽根の感じが違います……コレ、ペンギンさんの翼ですよ……」
「わ、私もなんか体毛が違うような気が……」
「なんだか、私だけ下半身が特に大きいと思うんだけど……なんでかしら?」
「それよりも! ご、ご主人様は?!」
イツケが気付いた。
既にこの部屋の半分以上が、水に満たされている。
このままでは、変身できない兎太郎は溺死必至である。
「ご、ご主人様?! ど、どうしましょうか?! 私たちが、急いで、脱出の方法を……!」
「そんなこと探している場合じゃないでしょ! それより、出口をぶっ壊して水を抜かないと!」
「そんな簡単に壊せないわ! あの落ちてくる水を逆行するのはどう?」
「マーメイドでシャッターが壊せないなら、変身を解除して入り口を壊せば……!」
四者四様に慌てる四体。
殺したいほど憎いわけではない、目の前で窒息されるのは嫌だった。
「慌てるな!」
既に水につかり、浮いている四体を兎太郎は留める。
「こういう時こそ、冷静になるんだ。慌てても、余計に酸素を消費するだけだ!」
毅然とした態度で、彼は道理を説く。
「こういうときは慌てずに……着替える」
彼は、荷物の中からダイビングスーツらしきものや、ヘルメットを取り出した。
「ダイビングスーツなんてなんで持ってきてるんですか?!」
「それがあるなら、私たちもいらないじゃない!」
「月面で必要になると思ったの?!」
「荷物にあった?!」
「落ち着け、これは宇宙服だ」
この状況なのでダイビングスーツに見えたが、よく見ればこの基地へ来るときに着た宇宙服だった。
当然だが気密があり、中で呼吸もできる。耐水圧には疑問もあるが、とりあえず窒息の心配はないだろう。
「ほら、必要になるかもしれないだろう? 必要になっただろう?」
どや顔の兎太郎。
実際、宇宙の基地で歩くのならば、いざという時のために宇宙服を持っておくべきだろう。
一番いいのは、常に着ておくことなのだが。
「テレパシーのマジックアイテムがあるから、会話にも支障はないはずだ。とりあえずこれで……」
いよいよ水が部屋を満たし、空気はすっかりなくなっていた。
『みんな大丈夫だな』
はあ、と四体はため息をついた。
最初からそう言えばよかったのに、これではとりこし苦労である。
『で、お前らは話できるか?』
『えっと……そうですね、水中でも話せるなんて不思議ですけど……』
『水中だから、声の感じも変ね』
『あと、視界がなんかおかしな感じだわ……』
『流石に魚眼にはなっていないけど、水中でもよく見えるようになっているわね……』
とりあえず、兎太郎も死なずに済んでいた。
これでいきなり溺死、という最悪の展開は避けられたのである。
とはいえ、このまま大人しくしていれば、宇宙服の限界や、キメラ技の持続が切れる結果になるのだが。
だが彼女たちは、逆に身構えた。
周囲を観察し、襲撃を警戒している。
普通に考えれば、もうこの時点で負けている。
詰んでいる、というべきだろう。
一体何者がこんな基地を作り、兎太郎たちを攻撃しているのかはわからない。
しかしはっきりしているのは、敵がちっとも合理的ではない、ということだ。
そもそも攻撃してくること自体が、最初から不合理なのである。
幽霊が現れなければ捜索などしなかったし、ムーンモールが壁を破らなければ秘密基地の存在にも気づかなかった。
であれば、不合理であっても、ここから何かがある筈だった。
そして実際に、天井から床へ、何かが落ちてきた。
『またヘンテコメカのご登場だな……』
それは、変な形状だった。
大型であるのは当然なのだが、まるで膨らんだ軍配のようである。
レモンを横に潰したような形、と言えば通るだろうか。
一体どんな風に動くのか、と思っていると、円柱の胴体が伸びてきた。
床面へ、配管が接続されていた。
いいや、そのメカから配管が製造され、押し出すことで逆に自分が前進しているのである。
『……本当にヘンテコだな』
パイプを伸ばすことで、体が上へ行く。
その形状は、パイプそのものを含めて蛇に見えた。
ルナティックシリーズナンバー3、ムーンコブラ。
パイプを生み出しながら前進する、狂気の工作機械。
蛇の化物にも似た怪物が、その牙をむいていた。
『ご主人様、一応作戦とかあります?!』
『ご主人様もヘンテコなんだし、なんか考えでもあるでしょ?!』
ムイメとキクフが、もはや信頼の域に達した質問を飛ばす。
水中でもヘルメット越しに伝わってくる声に、兎太郎はむすっとした。
『あの形状なら……パイプをへし折れば、そのまま落ちるはずだ』
『……そうね』
『じゃ、じゃあパイプをへし折る係と、無防備になったところを叩く係に別れましょう!』
身もふたもない作戦だったが、しかし提案としては適切だった。
よく見れば、相手は足元を配管で固定しているのである。
それは足を動かせないまま戦うということであり、普通に不利に思えた。
やはり、設計ミスである。
『ただ、あんまり過信するなよ。どこからどう攻撃を仕掛けてくるのかわからない上に、あの配管の中に何が通っているのかもわかってないんだからな』
『分かりました……それじゃあ私とキクフさんで、頭の注意を引きましょう!』
『そうだね……私たちの方が身軽みたいだし』
『それじゃあ私とイツケで足元のパイプを叩くわ!』
『私たちが叩き折ったところで、攻撃を仕掛けてね!』
作戦を授かった四体は、尾びれを動かして飛び出した。
そして泳ぎ出したその瞬間から、自分の異常さを味わう。
(は、はやい!)
水の中では、空気中よりも抵抗を受ける。
それ故に推力を多く得られるのだが、その分前進したときに受ける圧も強い。
体が勝手に動いているのだが、その圧力が首に、顔にかかっていた。
魚のように、頭の形が抵抗を受けにくくなっているわけではないので、とても痛い。
しかし、それを感じるほどに、速く泳げていた。
(今までもそうだったけど……極限まで強くなってる!)
(これなら……!)
ムーンコブラの動きは、とても俊敏だった。その一方で、どうしても小回りが利いていない。
その性質上方向転換しながら移動する、ということができない。そのため、どうしても方向転換の度に動きが止まる。
それはこれからどこへ移動するのか、予告しながら移動しているに等しい。
もちろん動きは速く、正確に二体を捕捉している。もしも兎太郎のように、水中で漂っているだけなら、一瞬で落とされるだろう。
しかし、二体にそれは通じない。
ムーンコブラのかき乱す水の流れの中で、配管の隙間を縫うように泳ぎ翻弄している。
『さっきと同じですね、このまま行けそうです!』
ムーンモール、ムーンスパイダー。二体の異常な重機に対して、四体は一方的に勝ってきた。
それは大型な一方で、小回りが利かないという弱点を抱えていたためだ。
今回も同じである。速度と小回りで翻弄し、ダメージを重ねて畳みかける。それは戦術の基本であった。
ムイメはその手堅さを、まさに実感していた。普通に戦えばいいのである、普通に。
『……そういうこと言うの、やめてよ!』
だがそれを聞いたキクフは、悲鳴を上げていた。
そう今の今までは、それでどうにかなった。
だがしかし、ここで危うい事実を思い出す。
『ほら来たじゃない!』
『ご、ごめんなさい~~!』
現れたのは小型機だった。
空母から発進した飛行機が海上の制空権を確保するように、この水場へ、小型の水中機が多数現れたのである。
おそらく配管内部の劣化を検査するためであろう、大量の無人潜水艇であった。
それらは異常な速度を発揮しつつ、小回りの利く強みを活かして包囲してきた。
『きゃ、きゃああ! 後ろから追いかけられてますよ?!』
『いらないこと言うからでしょうが!』
悪いことに、というか当然なことに、ムーンコブラも追撃を仕掛けてきた。
大量の小型機と、張り巡らされつつある配管によって、いよいよ逃げ道がなくなっている。
もしも小型機を倒すことに執心していれば、ムーンコブラに叩かれるだろう。
小型機と大型機の連携。
それもまた、手堅い基本戦術であった。
むしろ先ほどまでのように、味方が潰れてから参戦する、あるいは味方を潰しながら参戦することに比べれば、よほどまともである。
『まずい! ハチク、イツケ! 配管への攻撃は中止だ、あのデカいのを叩け! マジックアイテム、敏捷強化!』
『分かりました! 二人とも、待ってて!』
『小型と大型の連携……基本ね!』
そして岡目八目で遠くから見ていた兎太郎は、テレパシーで遠距離の二体へ伝えつつ、機動力を上げていた。
急な作戦の変更に対して、二人は文句を言わない。とにかく二人が大事だった。
『シュゾク技……泳法、カジキ!』
二体の重量級マーメイドが、ムーンコブラの腹へ衝突する。
ただでさえ配管を伸ばしに伸ばしていたムーンコブラは、それによって大いに揺れていた。
『ありがとうございます!』
『助かった~~!』
動きが緩み、軋む。その合間を縫って、ムイメとキクフは包囲から脱していた。
先ほどまでとは違い、相手も連携してくる。それに対して、対応が迫られていた。
『二人が無事でよかったわ!』
『ええ……相手も少しは学習してきたみたい……』
おそらく、あの小型艇は邪魔をしてくるだけだ。特別なにか、嫌らしいことができるとは思えない。
だがその邪魔、妨害が、どれだけ恐ろしいのかは先ほど自分達で実行した。
加えて大物がいるのならば、一瞬の躊躇で命とりである。
『戦い方を変えるぞ、四体とも! ムイメとキクフで小型を! ハチクとイツケで大型をやれ!』
後方で勝手なことを言う兎太郎だが、その指示は普通だった。
少なくとも俺を守れとか、もうだめだ、だとかそんなことは言っていなかった。
言っていた場合、それこそ噛みついていただろう。
『小型はそんなに多くない! 一体ずつ倒せば簡単に終わる!』
そして、その指摘もまともだった。包囲されている時は気づかなかったが、小型艇もそこまで数がない。
当たり前だ。掃除ロボットや建設重機と違って、点検用のロボットがそんなに多いわけがない。
機動力と包囲で面食らったが、落ち着いて数えれば十体程度ではないか。
『……まったく、こういう時は頼りになりますね』
『そもそもこういうことになったのは、あいつのせいなんだけどね!』
気を取り直して、ムイメとキクフは小型艇に向かっていく。
この小物相手に、足元をすくわれるのは嫌だった。
もちろん、足などないのだが。
『シュゾク技……泳法ピラニア!』
二体は左右へ別れて、一番端の小型艇に噛みついた。
もちろん、比喩誇張はない。モンスターである二体にとって、噛みつきは殴る蹴るよりも基本的な攻撃だ。
そして泳法ピラニアは、先制技である。相手がどれだけ早かろうとも、先に攻撃できる技。
それは包囲をしている、分散している敵には有効である。なにせ包囲網を狭める、味方が攻撃される前にフォローする、ということが不可能だからだ。
『一体ずつ倒していけば、直ぐに……!』
『そうね、直ぐに片づけて、あっちを助けましょう』
大型を相手にしている二体は、明らかに苦戦している。
それを助けるためにも、二体は各個撃破を急いでいた。
『……硬いわね』
『水中用だもの……当たり前ね』
宇宙服に、耐水圧は期待できない。
もしも深くもぐれば、それこそ旧型の潜水艦同様に圧壊する。
そこまで行かなくても息ができなくなったりもするし、とにかくろくなことにならない。
逆に、相手は耐水圧を持っている。
そうでなければ、最初に落ちてきたその時に、床に落ちたあたりで圧壊している。
とんでもなく間抜けなことになっていただろう。
流石にそこまで間抜けでもなかったが。
そして水圧に耐えられるということは、単純に頑丈ということである。
今までの敵は装甲の隙間などがあったのだが、今回の敵にはそれがない。
そもそも関節と呼べる部分がない。もちろん内部にはあるのだろうが、流石に相手の『尻』を狙うことはできなかった。
『弱点をさが……』
『探している場合か! マジックアイテム、攻撃力強化!』
『……そうね、急ぎましょう!』
勝手な指示だが、正鵠を射ている。
叩いて叩いて叩きまくる、というのも正攻法だ。
『シュゾク技……泳法マグロ!』
二体は割り切って、単純な体当たりに行動を絞った。
先ほどの一撃で安定性が下がっているらしく、やはり動きが鈍くなっている。
二体の攻撃は、両方とも当たっていた。
やはり一撃で破壊、とはいかない。だがそれでも十分だった。
このヘンテコな兵器の、ヘンテコゆえの無茶な移動法が、いよいよ限界に近付いている。
むしろ、今までよく持ったというべきだろう。
根元の部位、一番負荷のかかっている部分が崩壊しかけている。
『ミノタウロス+マーメイド……キメラ技!』
叩いて叩いて叩きまくる。
相手が弱っているのならなおさらだ。
『衝角魚雷!』
二本の角が、深々と刺さる。
なまじ、中途半端に固定されているからこそ、衝撃が完全には逃げない。
しかも逃げた衝撃は、根本の部位へ集中する。それによって、根本はついにへし折れていた。
『……パイプを完全に切り離した?!』
そして、それによってムーンコブラは自分の後方から生えているパイプを完全に切り離した。
完全に支えを失ったムーンコブラは、そのまま床面へと墜ちていく。
『もう一度仕切り直す気ね……させないわ!』
それを見過ごすイツケではない。
オークとマーメイドの特徴を合わせた技を使用する。
『オーク+マーメイド、キメラ技! 海豚キック!』
尾びれを使って、水中でムーンコブラを蹴り上げる。
攻撃力上昇による威力と、相手を吹き飛ばす効果によって、ムーンコブラは天井へ激突していた。
流石にそのまま、天井に張り付き配管を生やすことはできないらしい。
やはり落ちていくが、そこへ小型を片付けた二体が迫る。
『ハーピー+マーメイド! キメラ技、ペンギンジェット!』
尾びれだけではなく、両翼でも推進力を生み出せる。それが今のムイメの強み。
それを最大限に生かし、最大速度で衝突する。
彼女にも攻撃力上昇が加わっていたため、そのダメージは更に装甲をゆがめていた。
『ワードッグ+マーメイド! キメラ技……オクトパスバイト!』
その歪みへ、キクフが噛みついた。
両手の鋭い爪と、その腕を支える腕力。
きっちりと自分の体を相手に固定して、その上で喰らいつく。
もがいて引きはがそうとするが、相手に合わせて泳ぎ、さらに牙を食い込ませていく。
ついには離れるが、そのころには内部へ浸水させていた。
完全にコントロールを失ったムーンコブラは、乱雑にパイプを伸ばしていく。
それは壁面にぶつかり、ずれて、ムーンコブラは跳ね回り、自分の出す配管によってとんでもない方向へ跳ね続け……ついに下側のシャッターへ衝突していた。
城壁よりも頑丈な城門がないように、外壁よりもシャッターが脆かった。
ムーンコブラの最後のあがきは、結果として道を切り開くことになったのである。
部屋の中の水は、急速に抜け始めた。
「きゃあああ! お、溺れちゃいます~~!」
「わ、私に掴まって!」
「一人じゃ無理よ! 羽が水を吸って、重くなってるもの!」
「なんとかキメラ技が持ったわね……」
ギリギリのタイミングで、四体のキメラ技は解除されていた。
おそらく長引けば、危ないところだっただろう。
「おいみんな! 早くスロープのところに来い! 水に入ったままだと、吸い込まれてえらいことになるぞ!」
そして、既に安全な場所にいる彼女たちのご主人様は、自分の仲間へ避難を促していた。
(やっぱりむかつく……)
適切だが、やっぱりむかつくのだった。




