お菓子をくれなきゃいたずらするぞ
なんの変哲もない、綺麗で大きな道だった。
まるで無限ループのように、同じ道がずっと続いている。
当然ながら、見ていて面白い、歩いていて面白い道ではなかった。
むしろ、なんの変哲もないことが恐怖を助長するようだった。
「しかし……なんだ、この道。せっかくの秘密基地なのに、何にもないぞ」
退屈そうに、怪訝そうに兎太郎は周囲を見回している。
その一方で、歩く速さはそのままなのだから、大した肝の据わり様である。
あるいはこれも、鈍感系と言えるのかもしれないが。
「みんなはどう思う?」
何か秘密がある筈だ、と推理する兎太郎。彼は自分の仲間へ意見を求めた。
「さっぱりです~~」
「私もわかんないな~~」
「ごめんなさいね~~」
「頭が回らなくて~~」
白々しいほど、四体は思考放棄していた。
むしろ、思考放棄するために同行しているのだから、当然と言えば当然だが。
しかし彼女たちを咎めることはできまい。
この状況では、個性がどうとか、そんな誤差が発揮される場面ではない。
異常な事態に適応できるのは、異常な人間だけである。
「そうか……まあ進めばわかるな! いくぞ!」
「お~~」
この前向きさは、一体どこから湧き上がるのだろうか。
とはいえ、それも頼もしい。
やはり、この基地には何かがある。
おそらくは、宇宙局の人間でさえ知らないであろう何かだ。
彼女たちの倫理観で言えば、ありえない程外道なキメラ技でさえ、警報付きで表層に置かれていた。
であれば、奥深くへ隠されているものは、どれだけおぞましいのか。
想像したくない。
しかしそれは感情的な判断だとも理解している。
確実なことは、相手がまともではないこと。
黙っていれば、確実に死あるのみだ。
「みんな、とまって!」
何かを感じ取ったキクフが、耳をたてて毛を逆立たせながら叫んだ。
それに対して、全員が逆らうことなく立ち止まり、身構えた。
身構える、と言っても、四体のモンスターは素だと何もできない。
実際に構えているのは、カートリッジを確かめている兎太郎一人だろう。
今彼は、現れるモンスターに対して、どんな対応をするのか考えているのだ。
(次は何に変身させられるんだろう……)
必要であり適切だから我慢できるが、怖くないわけではない。
とはいえ、流石に諦めがついてきた、ともいえる。
四体のモンスターが身構えているのだとすれば、それは歯医者へおとなしく行く子供の心境であろう。
嫌だが仕方ないのだ。
「……なんだあれ」
大きな弧を描いている通路の向こうから、大量の機械群が殺到してきた。
それ自体は、先ほどと変わらない。変わっているのは、その構成だろう。
ドラム缶のように、巨大な円柱。
あるいは円盤型、ないしは壁に取りついている蜘蛛のような機械。
どれもが機敏に動いてこちらへ向かってきているが、先ほどに比べて明らかに小さい。
その上、特に遠距離攻撃の手段を持っていないようだった。
「……あれは、お掃除ロボットよ!」
「違法だろ?! って、この基地ができたのはその法律ができる前か!」
イツケだけは、それが何なのか知っていた。
全自動で動き、埃を吸い上げ、拭き掃除をする機械。
それはこの世界において……ロボットやオートマトンに人権が与えられている世界において、製造が禁止されている。
もちろんロボットやオートマトンよりも先に『お掃除ロボット』は出来上がっていたのだが、その法律が出来上がってからは製造が禁止されていた。
リモート操縦ならばその限りではないが、全自動で動くロボットは駄目なのだ。
「……普通さ、さっきよりも強い敵が出るもんじゃないか?」
お掃除ロボットが殺到してきている、その数は尋常ではない。
だが、遅い。しかも小さい。どう見ても弱そうである。
おそらく、本当に弱いのだろう。
誰がどう考えても、建設重機とお掃除ロボットなら、建設重機の方が強い。
パワー、スピード、ウェイト。どれをとっても、勝ち目があるわけもない。
もちろん月面という特殊環境で清掃を行うのであれば、それなりの機能もあるだろう。
だがそれでも、普通に重機の方が強いはずだった。
それを理解しているからこそ、兎太郎は呆れていた。
もちろん、四体も拍子抜けである。もしも先に、最初にアレに襲われていれば、それなりには慌てただろう。
だが先ほどの重機に比べれば、文字通り家電だ。
「ですよね……」
見る限り、重そうでもないし速くもない。
仮に無防備に突っ立っていても、タンスの角に小指をぶつけた程度のダメージしかないはずだった。
もちろん痛いだろうが、その程度である。うっとうしいだろうが、死ぬとは思えない。
「……待って、奥から何かが!」
今度は、ハチクが何かを感じ取った。
先ほどの重機たちに勝るとも劣らぬ、重量感のある音だった。
「……あほだ!」
思わず、兎太郎は口を歪ませた。
大量のスチームを複数の足から放出し、さらに足についたモップを回転させている。
おそらく、お掃除ロボットなのだろう、それを目指したのだろう。
だがその姿は、お掃除どころではない。
未登録大型建設重機『ルナティックシリーズ』ナンバー2、ムーンスパイダー。
自分の足元の掃除ロボットを踏みにじって破壊し、余計に汚くしながら蜘蛛を思わせる多脚ロボットが進軍してきた。
その威容を見て、兎太郎はまず笑った。気持ちはわかるが、絶対に掃除が下手である。
「笑ってないで! 変身ですよ!」
「そ、そうだったな!」
ムイメに促されて、兎太郎は正気に戻った。
形状から見れば、先ほどのムーンモールと比べて小さいだろう。
だが足の一本一本が、小型ショベルカーのアーム程度には太い。
それが何本も生えていて、しかも機敏に動いている。
足下で威力を味わっているお掃除ロボットから見ても、踏まれればただでは済まない。
単純に、馬力が違う。
「よし、変身だ!」
「いいけど、さっきみたいに大きく変身させないでよね!」
割り切った兎太郎は、やはり変身をさせる。まるで自分が変身するかのような意気込みだが、実際に変身するのは四体である。
しかしせめてもの抵抗として、大きく体格を変化させないでくれ、とキクフは懇願していた。
もちろん、さっきの重機へ天使をぶつけていた場合、ああも容易に勝てなかっただろうことは理解している。
彼女もわかっているのだ、好みで選べる状況ではないと。
むしろ、好みで選ばれる方が怖いともいえるが。
「分かった! 携帯改造装置、後天的融合投射機!」
わかった、と威勢よく返事をして、カートリッジを込める。
「情報装填、融合変身!」
その銃口を、変身するべき彼女たちへ向けていた。
「後天キメラ、+フェアリー!」
「キメラ技! ハーピー+フェアリー!」
「キメラ技! ワードッグ+フェアリー!」
「キメラ技! ミノタウロス+フェアリー!」
「キメラ技! オーク+フェアリー!」
四体のモンスターが、光に包まれた。
そしてその光が収まった時、四体の姿は消えていた。
兎太郎と比べても、格段に小さい『妖精さん』が宙に浮いているだけだった。
「いいか、あの足そのものも危ないが、蒸気に気を付けろ! それからさっきと違って死角はないのかもしれない、張り付こうとせずに適度な距離を取れ!」
やはり適切な指示をする兎太郎は、慌てて下がっていく。
そして残ったのは、四体のモンスターであった。
「……大きくは、なってないわね」
背中の羽で、ぱたぱた飛んでいるイツケ。
彼女は巨大化した周囲の光景を見て、とりあえずそう言った。
「小さくしろって意味じゃないわよ!」
なお、キクフは怒っていた。
体形を大きく変えるな、という言葉は、体を小さくしていいよという意味ではない。
「か、体が軽すぎて落ち着かないわ……」
「大丈夫です、力を抜いてください。変に力まなければ、自然と浮いていられますから」
取り乱しているハチクを、ムイメが落ち着かせていた。
飛行という行為から程遠いハチクは、自分が浮いていることに猛烈な違和感を感じていた。
「いいですか、皆さん。腹は立ちますけど、ご主人様の指示は的確です。私が先頭を飛んで先導しますから、皆さんは後をついてきてください!」
やはり両手の翼で飛んでいるムイメは、背中の羽根で飛ぶことに悪戦苦闘している面々を安心させようとしていた。
体の大きさこそ変わっているが、普段から飛んでいるという意味では慣れっこである。
「あとは……体に染みついた技に任せましょう」
「そうね……」
体に染みついた技、とはよく言ったものだ。外科的な意味で、かなり塗装されている。
(妖精のシュゾク技ってどんなんだっけ……)
可愛い妖精さんになった彼女たちは、まったく陽気ではないテンションで高速移動を始めた。
軽い、というのは必ずしも悪いことではない。
初速が早くなるのは当然として、旋回や急停止など、とても無理が利くようになる。
大型の鷲ではハチドリのように急停止や急加速、不規則な軌道での飛行はできない。
なぜなら、大きくて重いからだ。
であれば、妖精に変化した四体も、不規則な移動ができるということである。
加えて的が小さく、たったの四体しかいない。
高度な演算能力を持っていない限り、足が何本あっても当てられるものではない。
しかしこのままでは、攻め手がなかった。果たして妖精は、どうやって攻撃をするのだろうか。
「シュゾク技……転ばせるいたずら!」
四体ともとりあえず攻撃するぞ、と思ったところ、指先から光が放たれた。
それはただでさえ巨大だった、今は更にサイズ比の違うムーンスパイダーを『素っ転ばせていた』。
安定しているはずの多脚式ロボットが、スリップして床に倒れたのである。
これには、四体も驚きだった。しかし、驚いている時が危なかった。
転んだということは、多脚の足裏についている蒸気噴出孔がむき出しになっているということ。
ムーンスパイダーは、その蒸気噴出孔から大量の蒸気を出していた。
「きゃあああああ!」
なまじ体が小さくなっているからこそ、蒸気のダメージが恐ろしかった。四体は思わず身構えるが、それで防げるとは思えなかった。
「マジックアイテム、耐熱防御!」
しかし、蒸気へ警戒していたのは兎太郎も同じである。
あらかじめ用意していたマジックアイテムで、遠くから四体を守っていた。
「あ、熱い……けどこれぐらいなら……」
熱いと言えば、熱い。
しかしサウナに入った程度であり、耐えられないほどではなかった。
これが溶鉱炉の中へ突入するとか、煮えた鉛を頭からかぶったとかなら、ジョークグッズで耐えられるものではないだろう。
だが所詮蒸気である。噴出孔の間近ならともかく、ある程度離れていれば熱は下がる。
それこそ、ジョークグッズでも防げる程度だった。
「できるだけ援護する! そのまま押し切れ! 倒れているのは本当なんだからな!」
馬力のある足は、こちらが動いている以上当たらない。
広範囲を攻撃できる蒸気は、マジックアイテムで防げる。
それを理解した彼女たちは、先ほどと同じように攻勢へ転じた。
「シュゾク技……離れないいたずら!」
地面に倒れたムーンスパイダーの胴体に、ムイメの放った光がぶつかった。
それは接触した部位を動かなくさせる、妖精の得意技である。
ムーンスパイダーはそれによって、倒れたまま動けなくなっていた。
たくさんある脚でもがいているが、それこそ張り付いて動かない。
「シュゾク技……迷ういたずら!」
キクフの放った光が、もがいているムーンスパイダーへ更なる追い打ちをかける。
迷いの森へ入った旅人のように、意味もなくモップを動かし続ける。
「シュゾク技……ラクガキいたずら!」
その隙をついて、ハチクが床から動けなくなっている胴体へ光を放った。
それは子供っぽい落書きが多数書かれており、明らかに小ばかにしたものである。
それが何を意味するのか、ハチクにはわからない。
他の誰にもわからない。だがしかし、塗りつけられた本能が叫んでいる。
これで勝ったも同然だ、と。
そして、離れないいたずらや迷ういたずらの効果が終わり、ムーンスパイダーは起き上がる。
この機体に怒りがあるのかはともかく、再度攻撃を仕掛けようとした。
数多ある脚が、敵に狙いを定めて、集中攻撃を仕掛けようとする。
そう、胴体に書かれている「落書き」を敵だと誤認して、集中攻撃を開始したのだ。
多脚のすべてが、自傷攻撃を行っている。
それが妖精の技の効果であることは、明らかだった。
「シュゾク技……笑えないいたずら!」
そして、最後にイツケが追い打ちをかける。
相手に施したいたずらを、さらに重複させ持続させる荒業である。
そこから先は、ただ見ているだけで良かった。
恐ろしい月の蜘蛛は、自分で自分を攻撃し続けたのである。
攻撃できなくなるまで、動けなくなるまで、自分を攻撃し続けたのだ。
ムーンスパイダー、撃破。
※
妖精
比較的精霊に近いとされる、肉体部分の少ない種族である。
花などの精霊のようなもの、ということになっており、強大な力を持っているわけではない。
そのシュゾク技は、妨害に特化している。
とにかく相手の行動を妨害し続け、まともに防御も攻撃も移動もさせないという、可愛らしい姿をしていやらしい戦い方に優れている。
職業適性としては、魔法使いや斥候職に向いている。




