ステージ3 地下二階
なんだかよくわからないまま敵と遭遇し、なんだかよくわからないまま勝利した一行。
彼ら彼女らは、スクラップと化した敵の中で、今更困惑をしていた。
「ご主人様! ちょっとひどくないですか!」
「ちょっとじゃないわよ! 相当、ありえない程酷いわよ!」
ごく自然に、暴走する建設重機と戦ったムイメとキクフ。
彼女たち二人は、元の姿に戻ったことを確認しつつ、激怒していた。
「飛べなくなったハーピーの気持ちが分かります?!」
「いきなりムキムキのマッチョにされた乙女の気持ちが分かる?!」
「分からないが、それはそれとして仕方ないだろう。あのままだったら死んでたぞ」
間違っていないのが悲しい。
少なくとも素のままでは、絶対に勝てない相手だった。
だがだからと言って、体を別の物に変えられて喜ぶほど、二人は自己嫌悪に陥っていない。
「死ぬよりはいいだろ?」
「大鬼になるよりはマシです!」
「そうよそうよ! 死んだほうがマシよ!」
ムイメはその口を兎太郎の体にぶつけた。
おそらく、クチバシで突っついているのだろう。
キクフは、軽く体へ噛みついている。
それは文字通り、噛みついている。
「あだだだ!」
「私たちは、もっと痛かったんですよ!」
「このまま噛みちぎってやろうかしら!」
二人とも怒っていた。
改造した本人へ怒りをぶつけるのは、むしろ当たり前である。
とはいえ、それは本来の体からかけ離れていたからこそ。
さほど変化のなかったハチクやイツケは、あんまり怒っていなかった。
むしろ天使に変化させられた時よりは、ある程度落ち着いていた。
「……止めないほうがいいわよね?」
「そうね、助けなくていいわ」
しかし怒る気持ちもわかるので、放っておいた。
ある程度落ち着いているというだけで、彼女たちも怒っていないわけではない。
「それにしても……これ、なんなのかしら」
イツケは、ムーンモールを見ていた。
はっきり言って、違和感の塊である。
いろんな意味で。
「確かに、おかしな形をしているわよね……子供の工作みたい」
「ええ。ご主人様が作りそうなデザインをしているわ。ロマンが暴走している感じ……」
ロマンが暴走している、というのは言い得て妙だった。
やりたいことは伝わってくるし、ある程度は実行可能なのだろう。
しかし、どう見ても合理的ではない。
「リリエンタール以前のグライダーを見ている気分よ……」
「ああ、手でぱたぱた動かす……」
「そうよ。とにかく、こんな面白さを優先した形の建設重機が……月にあるわけがない」
それこそ、彼女たちを乗せてきた宇宙船のように、観光客向けならばまだわかる。
だが合理の極みであるべき宇宙開発において、その橋頭保となるべき月面基地で、こんなものがあるわけもない。
少なくともこの月面基地は、その使命を果たし終える前に閉鎖されたのだ。
「月に幽霊がいるのは、わからなくもないの。私たちへ使われたアレを見る限り、おぞましい実験の犠牲者がいるんでしょうし……その死体がここにあることも、処理されていることも不思議じゃない」
極論、幽霊など死体があれば湧く。
人類の足跡である月面基地に、未処理の死体があっても不思議ではない。
ありえなくはない、というべきだろう。
もしくは、この月面基地建造において、尊い犠牲となった人の物かもしれない。
とにかく、怨念自体はあり得る。
だが、こんな趣味むき出しの機械が、月にあることはありえない。
そしてそれを、笑い話として知らないことがおかしい。
「でもあるわよね?」
「そうなの……こんなの、母星にもないわ。ということは、この月面で、誰かが作ったということに……」
「誰?」
「わからないわ。いっそ宇宙人かも、って言いたい気分よ」
宇宙人。
なんともロマンあふれる話である。
それを言い出せば何でもありになってしまうが、それで片づけたくもなる。
「ただ……まともじゃないわ。私たちにけしかけてきたことも含めて」
幽霊とこの重機に、なんの関連性もないのかもしれない。
しかし別個であっても同じであっても、大問題だった。
「どうすればいいの?」
「決まっているわ、結局根元を断つしかない。キクフの鼻を信じて、探しましょう。とはいえ……」
あたりを見てみる。
月面基地地下一階は、破壊によって見る影もなくなっていた。
幸い、天井と床、そして一番外側の壁は大丈夫である。
もしものことがあれば、それこそ空気が抜けていたはずだ。
その場合、ほぼ間違いなく、全滅していたはずである。
もちろん、一番壊れては困る場所こそが一番頑丈なはずなのだが。
「これじゃあ、探すのも大変ね」
部屋という部屋、重機という重機が壊れて混じっている。
最後に出てきたムーンモールによって、攪拌されてしまっている。
これでは、どこに何があるのかわからない。
「そうでもないだろう」
噛みつかれ、突っつかれながら、兎太郎が否定をした。
「ご主人様、聞いていたの?」
「つまり私たちの話は聞いていなかったんですね?!」
「ぶっ殺してやろうか!」
「落ち着け! 今は争ってる場合じゃない!」
「争ってるんじゃなくて! 怒ってるんです!」
「そうよそうよ! ご主人様は私達の話を聞きなさいよね!」
先ほどまでとは、別の意味で騒がしくなってきた月面基地。
まさに非合理の極みになってきた。
「まあまあ、ご主人様の話も聞いてあげましょうよ」
ハチクがとりなして、なんとか兎太郎は解放された。
かなり痛々しい姿になっているが、ムイメもキクフも納得していない。
なぜなら、兎太郎が自分たちの話を聞いていなかったからである。
「まあ考えてもみろ、こんなでっかい建設重機が部屋に入るか?」
気を取り直した兎太郎の疑問提起に、四体は頷かざるを得なかった。
この階の部屋に、収まりそうもない巨体である。
仮に入ったとしても、ぎっちぎち。隠すことなど不可能である。
「つまり、この重機はどっかからこの階へ来たんだ。あとは足跡を逆にたどればいい」
足跡、キャタピラ痕をたどれば、必ずこの重機が来た場所が分かる。
なるほど、簡単な話であった。
ぱあん、とムイメが兎太郎を翼で叩いた。
むかつくぐらいわかりやすく、しかも否定の余地がない話である。
なぜこの男は、そのまともな思考を活かそうとしないのだろうか。
「何で叩いたんだよ」
「なんでわからないんですか!」
「このままだと話が進まないでしょ、もうやめましょう」
とりあえず、新しい道筋は見つかった。
文字通りの轍を逆走して、自分たちを狙う者を探る。
探検は、再び始まったのだ。
※
さて、道中である。
兎太郎はどこかワクワクした顔で、自分の脇に下げたカートリッジを確認していた。
言うまでもなく、キメラ技の情報カートリッジである。
たくさんのモンスターの、肉体情報と技術の情報が詰まった、恐るべき人類の叡智である。
彼はそれの種類を確かめて、にやにやと笑っていた。
ぱあん、とイツケがひっぱたいた。
「なんで叩いたんだ」
「私が叩かなかったら、ほかの三体が叩いていたわよ……」
理屈はわかる。
彼は極めて合理的に、想定される状況とそれに対するカートリッジの選別をしているのだろう。
幽霊が来たら天使、重機が来たら大鬼、という具合に適切なカートリッジを探っているのだ。
問題なのは、楽しそうにしていることだ。
この男、ノリノリである。
「いやあだってさあ……ロマンだろ!」
「モラルは?」
「緊急避難だし!」
(尊厳のために戦おうかしら……)
世界から戦争がなくなっても、争いがなくならない理由をイツケは理解していた。
こうやって無思慮な輩が他の誰かを傷つけるから、争いは起きるのである。
つまり怒らせる奴がいるのが悪い。
「イツケは、ラミアとマーメイド、どっちがいい?」
「どういう状況を想定しているから、それが比較に上がるの?!」
「ラミアも泳ぎが得意らしいし……」
「ここ月なんだけど?!」
下半身が蛇のラミアと、下半身が魚のマーメイド。
どっちも嫌である。
もちろん今までの天使や大鬼ならいいわけではないが、原形を失いそうなのは嫌だった。
もちろん、他の三体からも視線が厳しい。
「差別的に聞こえるかもしれないけど、私鰓呼吸なんてしたくないわ!」
「鰓呼吸は嫌か……」
「鰓以外ならいいわけじゃないわよ?!」
古来より人間は、鳥に憧れていたという。
しかしその人間も、鳥と人間のキメラになりたいわけではない。
今兎太郎は、禁じられた兵器を手にしたことで、危険な状態になっていた。
「どこの世界に、仲間を積極的に変身させたがる人がいるのよ!」
「そうかな?」
「そうよ! 少なくとも貴方はそんなことしないで!」
サバイバルの秘訣はストレスを感じないことだというが、兎太郎本人がストレスの源になっている。
ある意味、月の脅威よりも仲間を脅かしていた。
「ワクワクするこの気持ちを止めろと……殺生だなあ」
「殺生させたいの?」
「……わ、悪いとは思ってないけど、ごめんなさい」
「殺生するわよ」
いっそ押しつぶしてやろうか、と思わないでもない。
別に兎太郎が悪いわけではないのだが……いや、悪い。
少なくとも、かなり精神攻撃を仕掛けている。
「ん……」
そう思っていると、轍があるものに行き着いた。
外郭の壁である。
正しく言うと、外郭の一部が壊れていて、その向こう側に通路が見えている。
下りのスロープ、という奴だった。
「あれだな、ボスが突き破ってきた壁が、そのまま次のステージへの入り口になるパターンだな」
「分かるけど、それってどうなの?!」
どう見ても、異常事態だった。
偽装工作された壁の先に、通路があるのである。
しかもその向こう側から、あのわけのわからん重機が跳び出してきたのだ。
どう考えても、異常の異常、異常の極みだった。
「おかしいですよ、パンフレットには地下二層目なんてないはずです!」
「じゃあここから先って、軍事機密?! 刑事罰どころじゃなくて?!」
「そういう問題でもないと思うけど……」
「管理していた宇宙局の人でも、知らないかもしれないわね……」
月面基地の、その奥には……。
「秘密基地だな!」
男の子の大好きな、秘密基地への入り口があった。
「こいつあ面白くなってきたぜ……! 映画化決定だな!」
「シャレにならないことを言わないでくださいよ~~!」
「もう帰ろうよ、ね?!」
「帰れないから困っているけど、戻りましょうよ!」
「ご主人様……少なくとも面白くなってきてはいないわ!」
幸い、秘密基地のほうにも酸素は行き届いているらしい。
そうでなければ、この場の面々も窒息しているはずなので、おそらく呼吸は確保されている。
しかし、明るい材料にはならなそうだった。
「俺は一人でも行くぞ! みんなついて来い!」
「どっちですか?!」
「本当に一人で行った?!」
「ど、どうしましょうか……」
「そうね……うかつに助けに行くと、二次遭難が……」
全員、一旦冷静になった。
あわただしい男がいなくなったので、正気に戻ったのである。
もはや彼女たちは、怒ってもいないし、混乱してもいない。
「……この月面基地に、わたしたちだけ」
「母星に帰る手段は、ひとつもない……」
「正体不明の幽霊が……重機が襲い掛かってくる」
「当分の間、ここで暮らさないと……」
四体は現実と向き合った。
現実と向き合った結果、現実と向き合ったら絶望して死ぬという結論に至った。
「まってください~~!」
「私たちも行くわ、しょうがないもんね!」
「そうよ~~秘密基地の探検楽しいわ~~!」
「も~~、みんなしかたないわね~~!」
心に夢がないと駄目なのだと、全員が理解した。
※
さて、ここから先は未知の領域である。
月面基地の、地図にない道。明らかにヤバ気な、秘密の地下探検である。
「うぉおおおおお……盛り上がってきたな!」
「そうですね! アゲアゲですよ!」
「きゃあああ! たのしいいいい!」
「こんなところに来れるなんて、月に来たかいがあったわ~~!」
「皆はしゃぎ過ぎよ~~!」
兎太郎以外全員、青ざめて冷や汗が溢れていた。
体に異常をきたしてなお、彼女たちは空元気を出すことにしたのである。
もしもここで引き下がったら、それこそ眠れぬ夜が訪れるだろう。
(この状況で、眠れぬ夜なんて最悪……!)
多分兎太郎なら寝れるだろうが、それは兎太郎が特別馬鹿だからである。
仮に眠れなかったとしても平気だろうが、それは兎太郎が特別馬鹿だからである。
やはりメンタルの強さこそが、極限状態では試されるのだろう。
「さあて……なんか変な通路だな」
地下第二層。
そこはなだらかなカーブの通路が一本あるだけだった。
もしかしたら隠し通路でもあるのかもしれないが、あいにくこの場の面々にそれを確かめるすべはない。
通路そのものは、先ほどのムーンモールが通ってきただけのことはあり、とても広く天井も高い。
ムイメが飛び回るには窮屈そうだが、ハチクが暴れるには十分だった。
「……なあ、これがなにかわかるか?」
飾り気のない、金属の天井と床と壁。
照明があるので暗くはないが、装飾らしいものはほぼない。
しかし、ひとつだけ飾りがあった。通路の真ん中に、模様があった。
まるで順路を示すように、模様のある線が通路の先まで走っている。
「なにかって言われましても……」
「普通に、この先に何かありますってことじゃないの?」
「でもここ、一本道よ?」
幾何学的な、規則正しい模様の線。
つまりレース生地のリボンめいたものが、弧を描く形で通路の真ん中を通っている。やはり兎太郎たちには意味が分からなかった。
「ちょっと試していいかしら」
イツケは自分の靴で、ぐりぐりとその線を汚した。
しばらくそれを見ていると、汚れがだんだん弾かれていき、線は元通り綺麗になっていた。
「これ、復元能力、というか自己保存能力があるわね。つまり……」
「つまり?」
「この線自体に意味があるってことよ」
「で?」
「それだけ、全然わからないわ」
なんだかよくわからない線がずっと伸びている、弧を描いた通路。
果たしてそれの意味するところは何か、イツケにも全然わからなかった。
「ただ、目的があるのは確かだけど……」
「まあ奥に行けばわかるだろう! どんどん行こうぜ!」
怖いもの知らずだが、この状況だと頼もしい。
四体はぐいぐい進むご主人様の後を、心細そうに続いていった。




