通信途絶
高度な循環型社会。
大戦争の後の人口縮小。
そして、発達した数多の技術。
それによって人々は、長く豊かな平和を享受してきた。
それは彼らが先祖から与えられ、そして子孫へ残していくものである。
それ自体はいいのだが、循環型社会と対極をなす存在がある。
そう、宇宙開発だ。
民間人がクラウドファンディングで月まで行ける宇宙船を作れるにも関わらず、月面基地が放棄されている理由。
それは宇宙開発、というものを国家単位で放棄しているからである。
循環型社会とは、外部に新しい資源を求めない社会体制である。
それは拡大社会の極地である宇宙開発とはとことん相性が悪かった。
戦争が終わった当初に資源がなく、宇宙開発の一切を放棄せざるを得なかった。
一度放棄して、しかもさほど困っていないのなら、再度復活させることは難しい。
全盛期は月面基地を作ることに邁進していた国際宇宙局『ナスビ』は、いまや気象観測用の衛星の制御などをする程度にまで縮小されていた。
人類の夢は、夢のままついえた。ナスビは、その残骸なのかもしれない。
しかし、その宇宙局に務めている人たちにとって、今回のクラウドファンディングは久しぶりの夢だった。
ワープ装置があるのにわざわざ宇宙船を作って、一日かけて月まで行く。無駄の極みのような話だが、だからこそ夢があった。
彼らはそのバカな話に全面協力し、久方ぶりに国際宇宙局らしい仕事へまい進できた。
兎太郎たちは気付かなかったが、あの場所にいた見送りの中には、ナスビの職員もいたのである。
同じくらい、いやもっと宇宙が好きな、酔狂な輩。
ただの観光と呼ぶには過分で、挑戦や冒険と呼ぶには不足で。
バカな遊びだった。暇を持て余した神々の戯れだった。
だがナスビの面々は、それを応援した。
あの宇宙船がゆっくり浮かんで、空の果てを目指したとき。
互いに抱きしめ合って、涙を流していたのだ。
そして、航路は順調だった。
天文学的な確率によって、隕石が衝突するということはなかった。
彼らの宇宙船は、窮屈な想いをさせながら、もう二度と乗りたくないと思っているであろう客を月基地まで届けるだろう。
そう、思っていたのだ。
「……何が起きた!」
一切のシグナルが、宇宙船から途絶した。
つい先ほどまでは、観光客たち一人一人のバイタルまで把握できていた。
それが、途絶したのだ。
「宇宙船との連絡、一切取れません!」
「月面基地はどうだ?!」
「それが……一切、連絡が取れません」
「ログを確認しろ! なにか、なにかある筈だ!」
不測の事態、などこの時代にはほぼない。
イカダかカヌー、或いは脱出ポッドにも例えられた宇宙船だが、それでもこの時代の最先端技術を使っていることに変わりはない。
それとの通信が途絶するなど、あってはならないことだった。
「衛星軌道上の、天体望遠鏡のログを確認します……これは、そんな?!」
衛星軌道上に存在する、天体望遠鏡としての機能を持った人工衛星。
それに記録されていた月面の映像は、隕石を撃墜するための旧型砲台が起動し、宇宙船を撃墜していくところだった。
「……ば、バカな」
ありえないにもほどがあった。
脱出ポットをハチの巣のように接続させていた宇宙船が、最初の一撃でバラバラになる。
分離したその船一つ一つを、容赦なく、徹底して撃墜していく。
「そんなバカな話があるか! あの砲台は、とっくの昔に封印されていたんだぞ?!」
兎太郎たちは誤作動したのだろう、と気にも留めていなかった。
だが実際にその砲台を点検したこともあるからこそ、彼らは現状を疑っていた。
たとえば家を出る前に、ガスの元栓を確認するように。あるいは、水の栓をたしかめるように。もっと言えば、ドライヤーなどの電化製品のプラグを抜くように。
長期間家を空けるとき、普通はブレーカーを落とすだろう。あの砲台は、まさにその状態だったのだ。
誤作動も何もない。燃料がない車が坂を下ることがあっても、勝手に坂を上って目的地で静止する事はありえない。
万が一、何かの間違いでビームが発射されるとしても、それは適当な方向に、弱いビームのカスが出る程度だ。
それが超高速で移動している宇宙船を一撃で撃墜し、さらにバラバラになった宇宙船たちの軌道を計算して、徹底して撃ち落すなどありえない。
「月面基地のアンテナも物理的に破壊されています! 通信不能!」
「ワープ装置も、起動できません。おそらく、破壊されていると思われます!」
一同、困惑の極みだった。
明らかに、何者かの意思を感じる。
月面に誰も寄り付かせまいとしている、強大な意思を感じる。
今月は、孤島に戻った。
誰もたどり着けない、危険な孤島に戻ってしまった。
「……今月で、何が起きているんだ」
※
「シュゾク技、鬼拳一逝!」
「シュゾク技、鬼の金棒!」
迫りくる、膨大な重機たち。
この月面基地で製造され、この月面基地を拡大するために使用され、この月面基地が封印されると同時に役目を終えた、眠っていた機械たち。
リモート操縦可能なそれらが、あらゆる安全装置を無視して、人間を、モンスターたちを襲う。
理由など、誰にも分らない。
だが殺意に満ちた何者かが、これを差し向けている。
それに対して、四体のモンスターは立ち向かう。
「シュゾク技、鬼気一発!」
「シュゾク技、鬼の笑い!」
一時的に与えられた身体、一時的に与えられた技、一時的に扱える武器。
それらはしばらくの間、彼女たちの心を無視して動かしていた。
だが叩いても叩いても湧いてくる敵に、段々と素面に戻ってくる。
「あ、あの……体が、その……っていうか、翼が……飛べないっていうか……」
たとえるのなら、ダチョウだろうか。
重量級の筋肉と強固な骨格を獲得したムイメは、発達した両足で建設機械たちを『蹴散らして』いた。
その攻撃力は、以前の彼女がどれだけ鍛えても得られないものだった。
だがそれと引き換えに、彼女は飛行能力を失っていた。
精々鶏ぐらいだろうか、空中で一瞬姿勢を変える程度の、意味があるのかもわからない滞空能力である。
それ以外のあらゆる飛行能力を、彼女は喪失していた。
「言いたいことはわかるけども! そういうのは後にして!」
自分の行動を見て見ぬふりをしているキクフは半泣きで戦っていた。
建設重機がぶつかってくるが、それを逆に受け止める。
岩盤を破壊するための工作機械を、逆に粉砕していく。
彼女にとっても、既知の現象である。
それこそ、ハチクと同じミノタウロスや大鬼ならば、その中でも体を鍛えている者たちならば、同じようにできるはずだ。
だが、ワードッグには無理である。
今自分は、ワードッグではないのだ。
俊敏性を失うことと引き換えに発揮している怪力で、鉄よりも固い爪を振るう。
だがそれは破壊衝動の開放でもなんでもなく、単に必要だからやっているだけだ。
「あのバカを後で天井にたたきつけるとして! 今はこれを何とかしないと!」
まさにチートで俺ツエーしているわけなのだが、チートが正しい意味で違法すぎた。
自分の身体じゃないみたい、というか自分の身体じゃなくなっているのだ。
体が勝手に動いている、知らない動きが簡単にできる。
それが、物凄く気持ち悪い。
与えられた能力と、習慣として扱う自分の能力に、著しいギャップが生じていた。
気持ち悪くて、たまらないのだ。
だがそうせざるを得ないのは、本当にそうしないと危ないからである。
もしも元の体に戻れば、それこそイメージ通りに殺されるだろう。
「ええ、その通りよ……まずは、これを何とかしましょう」
二体が困惑しながら、必死に戦っている一方で。
ミノタウロスのハチクは、文字通りの意味で強化された肉体を十全に使っていた。
「えい、やあ、たああ!」
元々重量級のモンスターであり、牛鬼とも呼ばれるミノタウロス。
その種族であるハチクは、ほぼ違和感なく戦えていた。
重量級の体が超重量級となり、怪力が大幅に跳ね上がっても、それは本来のスペックと大差がない。
故に戸惑いは少なく、むしろこれが本来の姿ではないか、という錯覚さえ得ている。
重機以上の馬力を発揮するハチクは、暴走重機以上に暴走していた。
「二人とも、一旦下がっていいわ。私も、この体に慣れてきたから!」
体脂肪率が格段に下がり、その代わり筋量が増したイツケ。
彼女もまた、体格の戸惑いが少なかった。身長が大幅に伸びたことはどうかと思っているが、圧倒的な重さを使いこなしつつあった。
「それに、そろそろ数も減ってきたわ。これなら……」
いくら何でも、そんなにたくさん重機があるわけがない。
ここが重機のマーケットならまだしも、所詮は月面基地。
それほど多くの重機が、あるわけもないのだ。
「……なにこれ」
そう、思っていた。
思っていたのだが、その前提が崩壊した。
破壊された大型の重機たち。その残骸を踏みつぶしながら、更に巨大な建設重機が現れた。
第一層に有った多くの部屋さえも破壊しながら、辛うじて床と天井だけは砕かずに、それが姿を見せた。
未登録大型建設重機『ルナティックシリーズ』ナンバー1、ムーンモール。
大量のドリルが搭載された両腕と、ドリルが砕いた瓦礫を吸い込み破壊する口を持った、月のモグラ。
キャタピラによって駆動するそれは、名前が動物に似ているというだけで、モグラを目指したわけではあるまい。
にもかかわらず、結果として動物に酷似する特徴を得ていた。
「こんな重機、あるわけがないわ」
異形のモンスターたちをして、あっけにとられる異形の機械。
これもモンスターマシンというべきか、機械の怪物を前に四体は茫然とする。
その間にも、障害物を破壊するために、ムーンモールは前進してくる。
四体よりも大きいそれの接近は、余りにも轟音が過ぎた。
「あるわけないからなんだ! いるだろうが!」
轟音に負けない大声を出すのは、マジックアイテムを構える一人の兎である。
「援護するから、そのままぶっ壊せ!」
「そ、そうは言うけど……」
多くのドリルが着いたアームを前後させているムーンモールは、それこそチートをしたぐらいで壊れるように思えない。
大鬼の体を得た四体ではあるが、及び腰になっていた。
「じゃあどうしろっていうんですか!」
「正面から当たるな! 四体で分散して、機体に取り付け! そいつはどう見ても重機だ! 後ろから攻撃されるなんて考えてない!」
じゃあどうしろというのか、という質問へ適切な回答が返ってきた。
考えてみれば当たり前のことであった。四体は気を取り直して構える。
「じゃあそうします!」
ムーンモールが、基地内部を破壊しながら進んでいることが大きかった。
巨大な体になったムイメは、まさにダチョウのように走り出した。
「体は重いけど、走るのが早い……これなら!」
三体が正面にいるからか、あるいは回頭速度が遅いのか、猛烈な速度で走り出したムーンモールの背後へ回ろうとする。
すると案の定、ケーブルなどが露出している、装甲がない個所を見つめていた。
「ハーピー+オーガ……キメラ技!」
彼女の両足は、鬼のそれではなく鳥のままである。
如何に太く強いとしても、骨格が鳥のままである。
鳥の足は、猿の手と同じ。枝を『掴む』ためにある。
猛禽類がその足で獲物を捕らえるように、彼女の両足もまた万力のような圧縮力を誇っていた。
「猛禽投げ!」
巨大な両足で、ケーブルを掴む。
股関節を広げながら、頑丈なはずのケーブルを引きちぎる。
そしてそのまま、他の装甲さえも引きはがし始めた。
大鬼にも不可能、ハーピーでも不可能。
両者の性質を持っているからこそできる、足での掴み技、足での投げ技であった。
自己の異常、攻撃されていることを感知したムーンモールが、抵抗しようと後方へ向き直ろうとする。
しかし機体に取りついているムイメは、当然ながら後ろを向いてもそこにはいない。
岩盤を掘削する二本のアームも、可動範囲にいなければ無力であった。
「なら私も……!」
ぐるぐると回転するムーンモールは、やはりそれだけで危険である。
だがそれに対して、もはや恐怖はない。要するに相手は、背中に手が届いていないのだ。
こんな間抜けに、負けるわけにはいかない。
「ワードッグ+オーガ……キメラ技!」
巨大な鬼の体が、さらに膨れ上がる。
月面基地内部の空気を、その体に吸い込んでいく。
「鬼の遠吠え!」
指向性をもった咆哮が、キャタピラを襲う。
意図的に、攻撃的に行われた砂塵を纏う衝撃波。
それは建設中の砂塵に耐えるように設計されたはずのキャタピラに挟み込み、その無限軌道を乱し、崩壊させていく。
母星と同じ重力下で行動し、旋回し続けて負荷がかかっていたのだろう。
巨大な重量を動かしていたキャタピラは、あっさりと崩れて動かなくなった。
それはこのマシンが、完全に機動力を失ったことを意味している。
「今だ、ハチク、イツケ! マジックアイテム……筋力増強!」
なおも抵抗を続けるムーンモールだが、可動域が限られているうえで、足が止まっている状態では、抵抗などできるわけがない。
わざと当たってやろうという好意がなければ、なんの意味もない。もちろんハチクもイツケも、そんなことをする気などない。
「ミノタウロス+オーガ、キメラ技!」
「オーク+オーガ、キメラ技!」
なおも抵抗を続ける両腕、その付け根に二体が張り付く。
ただでさえ強化されている筋力を、さらにマジックアイテムで増強されたうえで、力まかせにぶっ壊そうとする。
「牛鬼牽きの刑!」
「怪力、十万豚!」
巨大なドリル、それを支える腕。
それは関節も溶接も、何もかもが荷重に耐える強固なもの。
堅牢であるはずのそこを、二体は力まかせにひん曲げていく。
それは、機械の悲鳴だった。
ただでさえ曲がり始めていた腕を、無理やり動かそうとして、自ら破損を拡大させてしまう。
潤滑油のパイプを破られたこともあって、エンジンや関節が長続きするはずもなく……。
「……止まった、勝ったのか?!」
大爆発などはなかったが、月の中の遺物、異音の元はすべて停止したのだった。
ムーンモール、撃破。




