表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/545

30

 一般公募の中から選ばれた、Cランクハンター亜人使いのピンイン。

 ルゥ家の当主として自らやってきた、悪魔使いブゥ・ルゥ。

 魔女学園の精霊学部学部長から推薦された、風の精霊使いランリ・ガオ。

 メンジ・マースー将軍が推薦してきた、竜騎士ケイ・マースー。


 この四人が第一次護衛候補のメンバーであり、各地から集まって大公の前にいた。

 大都市カセイにある大公の居城は、戦いのためではなく威厳を示すため、政務を行うために存在している。

 首都さえもしのぎかねないカセイの賑わいを目の当たりにし、贅の尽くされた城の内装を観てから、そのすべてを所有している大公に会ったのだ。

 出自も戦い方も違う四人は、その主であるジューガーを前に恐縮していた。


 その姿を見て、ジューガーは理解をしつつもため息をついた。

 このままでは、誰も得をしないことになりかねない。


「まずは四人とも、よく私の依頼を受けてくれた。まともな教養のある者なら、シュバルツバルトという魔境で仕事をすることは嫌がるだろう。それでも来てくれたことに、私は感謝している」


 この場の四人に『ある程度の実力』が備わっていることを、ジューガーは知っている。

 もちろん目の当たりにしたわけではないし、一々確かめるほど暇ではないが、それでも信頼できる筋から募った四人だ。

 シュバルツバルトで討伐隊が務まるかどうかはわからないが、少なくとも一回入ってそのまま死ぬような雑兵ではない。


 しかしだからと言って、護衛が務まるかと言えば別の話だ。

 実力だけではなく、別の要素も絡んでくる。こればっかりは、実際に試してみないと分からないのだ。


「先にはっきり言っておくが、私が求めているのは狐太郎君を長期間守ってくれる『専属的な護衛』だ。よって自分には務まらないと思った時は、断ってくれて構わない。たとえ狐太郎君が引き留めたとしても、双方の合意がなければ護衛の仕事にならないからね。何かの罰則を設けることはないし、君たち四人の中から誰も出なかったとしても問題はない」


 内心では焦っているが、その一方で慎重になるべきだと思っていた。

 その考えを明らかにすると、ブゥが一番食いついてくる。


「あ、あの……よろしいんですか? 護衛が必要だからこそ、私たちを招集したのでは……」

「もちろんだ。できることなら全員に護衛をして欲しいとさえ思っている。もしも強要できるのなら、そうしているとも」

(強要したいんだ……)

「短期間の護衛ならそれでいいが、長期間ともなれば話は変わってくる。それはピンイン君の方が詳しいのではないかね?」


 話を振られたピンインは、実際にこれっぽっちも驚いていなかった。

 最初からそう言う話になるだろう、と思っていたらしい。


「護衛とは少し違いますけどねぇ、特定の商人と専属契約をした護送専門のハンターをいくつか知ってますよ。でもまあ、それはハンターだけの都合で専属契約をしているわけじゃあない。商人との相性が一番大事なんですよ」


 やや雑な敬語だったが、大公はそれを咎めなかった。

 ピンインの説明は、まさに彼が求めていたものだったのである。


「商人の中には、危険を承知で夜通し走ってでも急ぐ輩もいる。もちろんハンターは嫌がるが、商人は追加料金を払ってでも無理を通そうとする。これが一回ぐらいなら私も受けますが、ずっとそれじゃあたまらない」


 ここで重要なのは、ピンインがそう思っているだけと言うことである。

 商人の中に急ぐ輩がいるように、ハンターの中にも急ぐことを良しとするものもいるのだ。


「雇用関係も人間関係。金さえもらえりゃ夜通しでも頑張れるって奴じゃないと、そういう商人とは専属契約ができないのさ」


 安全を重視してとろとろ進む商人を嫌がるハンターもいる、大量の荷物を一度に運ぶ商人を嫌がるハンターもいる、小さい荷物を何度も運ぶ商人を嫌がるハンターもいる。

 約束を守る、給料を払うことは最低限として、そこから先は考え方の一致が重要だった。


「ピンイン君の言う通りだ。知っての通り、シュバルツバルトはとても危険で、少しの油断が命取りになる。それも、君たちの命ではなく護衛対象の命がだ。長期間守ってほしいからこそ、君たち自身の目で彼を知ってから判断をして欲しい」


 一回ぐらいなら我慢して護衛をできるかもしれないが、何年も護衛をさせるとなると、嫌々強制では無理が来る。

 護衛で重要な、集中力が欠如してしまうのだ。


「だからこそ……私に嫌われたくないからと嫌々受けて、渋々護衛につく……と言うことは避けたいのだよ。そんないい加減な気持ちなら、いっそ断ってほしいのだ。君たち自身や君たちの関係者に不利益を及ぼすわけではない、と先に言っておこう」


 重要人物の護衛だからこそ、相性を大事に考えたい。

 そして相性とは、会ってみないと分からないのだ。


「まあ似たような注意事項としてだ……ありえないとは思うが、もしも狐太郎君が君たちに性的な、まあうん、繊細なことに触れてきた場合は拒否していい。私は君たちに護衛以外の役割を期待していない、そういうことには専門家がいるので、別で派遣させてもらう」


 一応言っておくが、ありえないとは思う。

 狐太郎と一度会えば、そんなことはありえないと思うだろう。

 もちろん『あの人がまさか』ということはあるので、言っておくことは大事なのだが。


「私も忙しいので、君たちと一緒に前線基地へ向かうことはできない。しかし私の娘であるリァンも同行させるし、常に狐太郎君へ付くように指示しておく。なにがしかの強要をされれば、娘に言いたまえ。仲裁するように言っておく」


 特権を与えられた人間は、何をやっても周囲が我慢してくれると勘違いをする。

 それによって身を崩すケースは、とても多い。

 普通のAランクハンターならある程度は許容できるが、狐太郎は弱いので物凄い速さで自滅しそうである。

 狐太郎も困るだろうが、ジューガーだって困るのである。


「なにか、質問はあるかね?」


 はっきりと言っておかなければならないことは、きちんと伝えた。

 重要なことだからこそ、当たり前のことだからこそ、共有しなければならないことはある。

 なによりも、一応であって『質問はあるか』と聞いておいた方が、相手に与える印象はよくなる。

 問答無用の命令が通るのは、絶対的で直接的な上下関係があるときだけなのだ。


「恐れながら、大公閣下。お伺いしたいことがございます」

「なにかね、ランリ君」

「資料によると狐太郎殿は、四体のAランクモンスターを従えており、そのうちの悪魔がAランク上位の力を発揮したところは御覧になったとあります」

「そのとおりだ、他の三体に関してはAランク相当の力を発揮するところを確認したわけではない」


 ランリの質問は、それなりに痛いところだった。

 大公はササゲが魔王としての力を発揮したところを確認したものの、他の三体が魔王としての力を発揮したところは確認していない。


「ベヒモスなどと討伐する際には四体ともAランク上位の力を発揮したらしいが、それは私が直接見たわけではなく伝聞だ。私が見たのは悪魔のササゲがAランク上位相当の力を発揮するところだけだな」


 大公としては問題だと思っていない。

 狐太郎のモンスターは、大公の前でAランクモンスターを複数倒したのだ。

 であれば、そこから先の確認はそこまで重要ではない。

 少なくとも、現場に負担を強いるほどではなかった。

 だが、ランリをはじめとする面々が気にするのも、ある意味では当たり前である。


「資料にも書いたように、狐太郎君のモンスターにとって全力を出すことは負担だ。私の目の前でAランクモンスターを複数倒した以上、他の三体へ無理を強いることはためらわれたのだよ」


 大公にとって確認はとても大事だが、確認をするための四体全員に死力を尽くさせては本末転倒であろう。

 いつAランクモンスターが大挙して襲ってくるかもわからないのだ、試験で無理をさせる意味はない。


「では、討伐に問題がない範囲であれば、その四体にAランク上位の力を発揮させるよう要請しても構いませんね?」

「もちろんだ。狐太郎君に君たちの実力を確かめる権利があるように、君たちにも狐太郎君のモンスターを見定める権利がある」


 しかし、Aランクのモンスターが跋扈する森で働くことになるのだ。

 大公の資料を疑わないとしても、実際に自分の目で確認したいと思うのは当然である。


 

「とはいえ、本性を露わにさせるまでだ。ベヒモスを焼き尽くした技のように、使えば倒れて動けなくなるような『最後の手段』。それの要請だけは、絶対に許可できない」

「承知しました」

「加えてだが、本性を露わにさせるのは一体までだ。こんな言い方はどうかと思うが、狐太郎君にとっても君たちは『護衛になるかどうかわからない相手』であり、そこまで丁寧に相手をするかわからないのだからね」


 その言われ方に、ランリはやや不機嫌になる。

 だが狐太郎と違って、ランリたちはいくらでもいる戦力の、ほんの一部なのだ。

 よって、黙るしかない。


「畏れながら大公閣下、私からもよろしいでしょうか」

「ケイ君か……何かね?」

「不敬に思われるかもしれませんが、狐太郎というお人は、本当に弱いのですか?」


 次いで質問をしていたケイは、護衛の依頼を前提から覆すような質問をしていた。


「ご存知の通り、我がマースー家は竜騎士の家系です。それ故に、竜というモンスターの恐ろしさを良く知っています。だからこそ……本当に無力なものに、Aランクの火竜が従うとは思えないのです」


 まさに不敬な質問である。

 ジューガー自らが確認したと資料に書いてあるのに、それ自体を疑っていると告白しているのだから。


「もっともな疑問だな」


 これに対しても、ジューガーは怒らなかった。

 測定結果をそのまま書いてあるが、直接目にしたリァンをして信じられない数値だったのである。

 それを見て、大げさに低く書いてあるとか、なにかの隠蔽がされていると思っても不思議ではない。


「狐太郎君の弱さを測り、四体の戦いも目の当たりにした。問題がないと判断してAランク認定をしたが、君たちが疑うのも無理はない」


 はっきり言えば、非現実的なのである。

 Aランクのモンスターが人間に従っていることも、その人間が尋常ならざるほど弱いことも。

 Aランクモンスターの強さが本物ならば、逆にその主である狐太郎の弱さは偽りなのではないかと疑ってしまう。

 如何に権威のある人間が確認しているとはいえ、それをうのみにするのは些か考えが足りないだろう。

 そういう意味では、ケイは頼もしいのである。


「だが私も最善は尽くした。疑う気持ちはわかるが、資料以上のことは言えない。あとのことは、君たち自身で確かめてもらうほかないのだよ」



 大公のお膝元から、危険な前線基地へ。

 一行はお供のモンスターを従えて、一路狐太郎の下へと向かっていた。

 とはいえ、モンスターは基本的に徒歩であり、四人はリァンと同じ馬車に揺られていた。


「姐さんはいいよなあ、馬車に乗せてもらって」

「仕方ねえだろ、俺らじゃ人間用の馬車には入りきらねえし」

「でも俺ら用の馬車だってあるだろ?」

「家畜を運ぶ用の馬車じゃねえか、それ」

「やめとけ、愚痴っても変わらねえよ」


 なお、徒歩のキョウショウ族は恨み言をつぶやきながら行軍している。

 もちろん馬車に乗り込んでやろうなどとは血迷わない。

 なにせ馬車の周囲には、白眉隊の面々が配置されているのだから。

 公女が前線基地へ向かうのである、当然の采配と言えるだろう。


 言うまでもないが、白眉隊の士気は高い。

 今まではただ日銭を稼ぐため、家族に仕送りをするために戦っていた。

 しかし他の隊よりも体よくつかわれており、不満がたまっていたのだ。

 だがそれも解消された。自分たちの頑張りが無駄ではなかったと知って、がぜんやる気が出てきたのである。


 元より高い実力を誇る白眉隊である。

 士気がみなぎっていれば、亜人でもその強さがわかってしまう。


「あの馬車の中で、何話してるんだろうなあ」


 そんな一団に守られている魔物使い四人と貴人一人。

 果たしてどれだけ大層なお話をしているのだろうか、亜人では理解できないかもしれないが、なんとなくそう思ってしまう。


 さて、そのうえで馬車の中である。

 公女リァンと一緒に乗っている四人が、お気楽に楽しく過ごしているのかと言えば、そうでもなかったわけで。


「ピンイン様はカセイで護送隊をなさっていると伺っております! Cランクハンターと言っても実力はBランク相当、今回のお役目にぴったりのお方ですね!」

「え、ええ、まあ……」

「女性なのに亜人の戦士を従えるとは、勇敢で豪胆なお方ですね!」

「そ、そりゃあどうも……」

「シュバルツバルトは危険な場所で、誰も選びたがらない土地です。ましてカセイでお暮しなら、その噂が本当だとご存じのはず……本当にありがとうございますね!」


 馬車に乗り込んだピンインは、今更ながら物凄く後悔していた。

 公女リァンが、太陽のような笑顔で質問攻めの褒め殺しを仕掛けてきたのである。

 大公の方は『受けなくてもいいよ』と言っていたのだが、公女の方は『もう護衛になった』ぐらいの意気込みで押してきている。

 ちょっと見物に来た、とはとても言えないピンインは、逃げることもできずに追い詰められていた。 



 人付き合いは相性が大事と彼女自身が言っていたが、まさにそれを体感してしまっている。

 どんな理由であれ、前線基地で働いている者にとって、リァンは素晴らしい公女なのだろう。

 なにせ実際に危険を冒して働いていて、それを感謝されているのだ。悪い気はしない。

 しかし働く気のないピンインにとっては、無邪気さが突き刺さってくる。

 そしてピンインには、公女に向かって『面白半分の見物です』などと言わない程度には、常識と言うものを持っていた。


「そ、そういえば精霊使いの兄ちゃん、ガオって言ったか? ガオっていう精霊使いと言えば、コチョウ・ガオってのがいるけどさ、それの親戚かい?」


 返事に窮したので、話題をそらす。

 幸い一対一ではないので、興味をそらすのは簡単だった。


「ランリさんは、火の精霊使いとして有名なコチョウさんの弟ですよね」

「ええ、そうです。コチョウ・ガオは僕の姉ですね」


 やや自慢げに言い切る彼は、ガンガンに乗ってきた。

 会話の相手が切り替わったことにより、ピンインも一安心である。


「知っての通り、姉は火の精霊使い。狐太郎さんの従えている氷の精霊とは、極端に相性が悪いのです。そこで、風の精霊使いである僕が推薦されたのですよ」

「そうですか……私はコチョウさんにもお会いしたかったのですが、そういうことなら仕方ありませんね。でも、精霊学部の学長様が推薦なさってくださったんですもの、きっとランリさんご自身も優秀なんでしょうね」

「もちろんです!」


 鼻高く、自信満々に、公女からの期待に応じていた。

 実力が伴っているのかはわからないが、自信がみなぎっていることは確かである。


「風の精霊は攻撃力こそ高くありませんが、精度が高い索敵を広範囲で行えます。視界の悪い森の中でも、必ずやお役に立ってみせますよ」

「それは心強いですね! きっと狐太郎さんも喜んでくださいます!」


 そしてそれは、見事にリァンとかみ合っていた。

 彼女はこの仕事を受けて欲しいと思っているのだから、自信にみなぎった返事こそ求めているものである。

 むしろ、そもそもの理屈から言えば、四人全員がこう思っているべきなのだ。

 自信がみなぎっているわけでもないのに、どうして大公からの依頼を受けたのかと言う話になる。


「今回の件は、僕にとっても渡りに舟でした。今までは姉さんの後塵を拝してきましたが、シュバルツバルトで働けるようになれば姉さんを越えられる。そうすれば、魔女学園の精霊学部も変わっていくでしょう」

「……それは、どういう意味でしょうか」

「僕は姉さんのことを、精霊使いとして尊敬しています。才能も努力も、姉さんの右に出るものは僕ぐらいでしょう。ですが……思想だけは相いれない」


 憎悪、というほどではない。

 軽蔑からくる嫌悪感をにじませながら、ランリは自分の理念を語り始めた。


「皆さんは、魔女学園の精霊学部についてご存知ですか? まあ精霊使いを養成している学部、ぐらいしかご存知ではないでしょう」


 まだ何も語っていないに等しいが、彼にとって精霊学部は良い環境ではないことだけはわかっていた。


「魔女学園の本義からすれば、より才能のあるもの、より実力のあるもの、より向上心のある者が歓迎されるべきなのです」


 明らかな憤りが、彼からあふれている。少なからず、馬車の中の空気が重みをもったような錯覚さえあった。


「現在の精霊学部は、お世辞にも公正で公平な学部とは言えません。『精霊とお友達になりたい』だとほざくような、高貴なお方がもてはやされている。学部長も寄付金を目当てに、そんな方々を優先してしまっている。あまりにも、不健全です」


 なるほど、と納得できた。

 確かに魔女学園とは、国家に貢献できる人間を育成する場所である。

 にもかかわらず、お遊びで入学しているお金持ちがいる、というのは志高い人間には我慢できないだろう。


「僕はそんな現状を憂いています。もちろん他にも多くの同志がいて、精霊使いの地位向上のために学部を変革しようとしているのですが……よりにもよって姉のコチョウは、金持ちの道楽に付き合っているんです」


 もっとも実力があり、もっとも才能があり、もっとも努力していて、もっとも名声がある。

 ランリの理想ともいえる精霊使いは、しかしランリの嫌う相手へ好意的だった。

 

「姉は友人を間違えました。精霊使いの為には、この国のためには、もっと精霊使いを厳選するべきなのです。そうでなければ、精霊使い全体が軽んじられてしまう」


 怒りに燃える彼にも、現実は見えている。

 人材育成にはカネが必要で、今の精霊学部は寄付金に多くを頼っている。

 もしも強引に向上心の低いものを追い出せば、学部そのものが立ち行かなくなるだろう。

 精霊学部の評価が上がれば寄付金に頼らない運営が可能になるが、それも現状では不可能だろう。

 まさに鼬ごっこである。


「ですが、私がここで実力を証明すれば、大公様から多額の援助が頂けるでしょう。そうすれば僕の発言力も増し、無視できなくなっていくはずです」


 確固たる信念があり、そのために正しい手順を踏もうとしている。

 やや潔癖すぎるきらいはあるが、方針も行動も間違っているようではなかった。


「国家に貢献することで自分の意見を通し、学部を向上させる……素晴らしいですね!」

「ありがとうございます!」


 足の引っ張り合いという悲しいことが起きるわけでもなし、リァンはとても好意的だった。

 そしてリァンだけではなく、ケイもまた好意的だった。


「どうやら貴方の学部にいる方々は、貴人の誇りを忘れているようですね」


 話を聞いているだけでも苛立たしくなったのだろう、彼女は露骨に顔をしかめていた。


「本来であれば、気概のある誰もが等しく教育を受け、国家に貢献し利益をもたらすべきなのです。ですが実際には、限られた者しか学ぶことはできません。私が竜騎士になることができたのも、極論すればマースー家に生まれたからこそ。他の家で生まれていれば、男子だったとしても竜騎士を志すことができたかどうか」


 国家に貢献できる人間になるには、高水準の教育を受けなければならない。

 しかし高水準の教育を受けるには、生まれがよくなければならない。

 どれだけやる気があっても、貧しい家庭で生まれれば意味がない。たとえ才能があったとしても、目指すこと自体出来ない。

 であれば、生まれのいいものは皆努力しなければならない。そうでなければ、目指すことさえできない者がかわいそうだ。


「教育の機会をふいにして、自分の学んでいる学部の価値を落とすとは……嘆かわしいことです」

「そうね、ケイは必死で頑張って、立派に竜騎士として認められたんだものね」


 夢をかなえた友人に対して、リァンは思わず涙ぐんでいた。


「私は駄目だったわ……本当にすごいことなのよ、貴女がやったことは……」

「リァン……貴女が諦めざるをえなかったからこそ、貴女の分も頑張ろうと思ったのよ。無念だったわよね、昔の貴女は私よりも強かったぐらいなのに……」

「そう言ってくれるだけでも嬉しいわ。軟弱扱いされてしまうかと思っていたのに、まだ友達だと思ってくれているのね」

「才能がなかった、適性がなかったのは貴方のせいじゃないわ。精いっぱい頑張った人を、私は貶めたりしない」


 万人が努力できるわけではないように、万人が成功できるわけではない。

 成功できなかったことを蔑むなど、あってはならないことである。

 努力はそれ自体が尊いと、ケイは信じていた。


「竜は気高く、賢く、敏感な生き物よ。どれだけ強くとも才に奢っている者、努力を怠っている者に背を許すことはないわ。私は父からそう言われてきたし、私自身もそうだと思っている。だからね、竜王とも言うべきAランクの火竜を従えている狐太郎さんが、本当に弱いなんて信じられないのよ」


 だからこそ、ケイは大公の資料を疑っているのだ。

 狐太郎には高い実力が備わっており、それを何かの理由で、何かの手段で隠しているだけなのだと。

 そしてそれを見極めたい、彼女はそう思っているのだ。


「竜はそういう生き物なんですか……悪魔と契約している僕としては、羨ましい話です」


 嫌そうな顔をしているブゥは、悪魔使いとしての本音を漏らしていた。

 双方が気高い竜騎士とは対照的な、真逆の意味で『対等』な関係に辟易している。


「ご存知かとは思いますが、ルゥ家は多くの悪魔を従えています。ですがその対価として、ルゥ家は当主を決める権利を悪魔に譲り渡してしまっている……おかげでやる気のない僕が、当主としてここにいる次第で……」


 大公の娘を前にして、中々過激なことを言ってしまうブゥ。

 大公からの要請に対して、やる気がないと告白していた。


「あら、でも来てくださったじゃないですか」

「僕が来ないと、家が潰されちゃうって父上が言っていたんです……」


 実際に大公にあって、その懸念は杞憂だったのではないか。

 そう思ってしまうと、無駄に苦労をしに来たと思い込んでしまうのだ。


「ええ、当たり前でしょう?」


 しかし、それが杞憂ではないと、大公の娘がなんの迷いもなく言い切っていた。


「あ、当たり前ですよね! そうですよね!」

「そうですよ、貴方は当たり前のことができる、素晴らしい方です」


 リァンはニコニコ笑っているが、ブゥにはその笑顔が恐ろしかった。

 

「世の中には『当たり前』のことができない、わからない人が本当に多いのです。その点貴方は、当たり前のことを分かったうえで、自分のためではなく家のために頑張ろうとしている。とても素晴らしいことですよ」


 来てよかった、来なければ偉いことになっていた、と気付くルゥはなんとか取り繕う。

 そんな彼に対して、リァンは相変わらず笑っている。


 やる気のない人間が来たこと、褒められていることに不満げなランリ。

 リァンと同様に、命がけの任務から逃げなかったことを評価しているケイ。

 慌てているルゥが面白くて仕方ないピンイン。


 馬車に揺られる一行へ、リァンは素直な胸の内を語る。


「この馬車はとてもゆっくり進んでいますが、それでも翌日には前線基地に到着します。もしも早馬に乗っていれば、夕日が沈む前には到着してしまうでしょう」


 カセイを出た馬車が、翌日に前線基地に着く。

 それは両者の距離が、非常に近いことを意味していた。


「もしもAランクモンスターが前線基地を突破すれば、その日のうちにカセイが襲われるという意味でもあります」


 前線基地の存在が、どれだけ重要なのか。

 この場の誰よりも、彼女自身がよく知っている。


 先日狐太郎が撃退した、ギガントグリーンにハードベアー。

 あの三体がもしもカセイに達していれば、どうなっていたことか。

 全身が引き裂かれるような恐怖、それが心のどこかに残り続けている。


「昔はもっと距離があったそうですが、カセイが発展し拡大することによって、結果的に近づいてしまったのです。それはつまり……カセイを多くの人が必要としているということ」


 真摯に、彼女はその場の四人を見る。


「狐太郎様をはじめとする前線基地の討伐隊は、この国の誰よりも危険な場所で仕事をなさっています。それは誰かがやらなければならない仕事であり、本来であれば我が大公家が直々にやらなければなりません」


 恥じ入るように、懇願していた。


「強制はできませんが、狐太郎さんを守る役目を、この場の誰か一人でも受けてくださることを願っています」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点]  Bランクのハンターを用意すると言っていたような気がするんですが、どうしてCランクのハンターを連れてきてるんでしょう? 実力がB相当でも身元が確かではないような気が。
[良い点] >泣いて馬謖を斬る  誰が馬謖になるのだろうか? 物見遊山な常人のピンイン? やる気のない人並なブゥ? 上位互換の本命が残っているランリ? 自分の…延いては他人の命を蔑ろにするケイ? …
[一言] 更新お疲れ様です。 風の精霊の力と、色々こなせそうな悪魔の力が喜ばれそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ