ステージ2 地下一階
祝、総合評価 10,000 pt突破!
キメラ技。
モンスターを後天的に改造する技術。
各種族だけが持つ得意な力、シュゾク技やその適性を他のモンスターが使えるようにする技術。
その目指すところはともかく、一応の完成に至っていた。
しかし、既に人類へすべてのモンスターが恭順を誓っていた状況で、わざわざ他のモンスターの能力を付与する意味はあるのか。
モンスターから不興を買ってまで、可変式のモンスターにする意味は。
限られたモンスターで、複数の状況へ対応しなければならない。
そんな事態など、そうそうない。
そう、それは永遠に近い時間、眠っていた技術だった。
今まさに、六人目の英雄へと引き継がれたのであった。
※
キメラ技は、一種のバフである。
戦闘が終わると、四体のモンスターは元の姿に戻っていた。
自分で体を触って、おかしなところがないのか確認していた。
なにせ体が全部変わったのである、そりゃあ怖いだろう。
「さて……これで状況は大幅に改善したな! こりゃあ映画化決定だな!」
なお、兎太郎。
彼は一気にテンションが上がっていた。
なにせ彼の認識において、過去の遺跡に入って、封印されていた武器を手に入れたのだ。
その上恐ろしい怪物を倒したのである、これは伝説の始まりと言ってよかった。
「住! 酸素! 戦力! もうとんとん拍子と言っても過言ではないな!」
彼の仲間たちは尊厳を脅かされていたのだが、彼はノリノリだった。
さっきまで幽霊におびえていた、とは思えないほどである。
「さあみんな! 今度は水と食料だ! 月面基地を探検するぞ!」
目をキラキラさせて次の行動を促す兎太郎。
なまじ発言に正当性があったので、誰も文句が言えなかった。
「喉乾きましたね……」
「おなかすいたわね……」
「そうね、お茶しましょ……」
「帰りたいわ……」
本当に冒険めいてきて、彼女たちの心労は甚だしかった。
本音を言えば、まず兎太郎をしばきたかったが、多分なんの意味もないだろう。
先ほど宇宙船でどれだけ罵ってもけろりとしていたのである、なんの意味もないと知っていた。
それに、本当に疲れていたのである。一息入れたかったことも、ウソではない。
それから彼らはパンフレットに従って、食堂につく。
幸いというべきか、既に食料の準備はされていて、少し温めるだけで『普通』の食事にありつけた。
一同、とりあえず自分の種族にあったメニューを選び、食べながら休憩をしていた。
やはり食堂はとても広大で、五人程度で使っていると寂しさを覚える。
改めて、この月面基地に自分たちしかいないのだ。
「とりあえず、最悪の事態は避けられたな! こりゃあ映画化決定だ!」
相変わらず映画化うるさい男だが、この状況ではその賑やかさがありがたい。
確かに『伝説の武器をゲットしたが食べ物が無くて餓死』というのは映画になるまい。
サバイバルをする余地でもあれば話は別だが、月面にたんぱく質もでんぷんもあるまい。
畑で食料を得るとしても、まあ期待できないだろう。
「確かにご飯があってよかったですね」
ハーピーのムイメは、消化が簡単で量が少なくて、高栄養の食事をちまちま食べている。
手が無いこともあって、それこそ鳥のように頭を直接皿に突っ込んでいる。
「本当よ~~それこそご主人様を食べるところだったわ」
割と冗談にならないことを言うワードッグのキクフは、両手で直接大きな塊を食べていた。
手があまり器用ではないワードッグは、こうして手でつかんで食べることを好んでいる。
「おなかがいっぱいになったら、少し落ち着いてきたわね。宇宙食だと、どうしても変な感じがするもの」
ミノタウロスのハチクは、どっさりと量のある植物性の食事をたくさん食べ続けていた。
一度に口に入れる量は多いのだが、その一方で長くかんでから呑んでいる。
「本当だわ。こうやって机の上において、みんなで食べるのが一番よ」
オークのイツケは、わりと普通の食事を、上品に箸で食べている。
それこそ、普通の人間の食事と大差がないだろう。
「んで、食べながら聞いて欲しいんだが……」
兎太郎は、楽しそうに話題を切り出した。
「ムイメが知ってるかわからないから最初から説明するんだが……幽霊対策についてだ」
馬鹿にされているムイメだが、実際幽霊対策など知らないので、黙って啄んでいる。
「みんなで倒したアレは、幽霊の本体じゃねえ。どこかにある本体を叩かなければ、俺たちはまたアレに襲われるぞ」
この世界において、幽霊とは存在が証明されている。
どんな条件で幽霊が生じるのか、既に再現可能なほどはっきりわかっているのだ。
そして通常の『幽霊』とは、一種の分身である。
本体が発した魔法のようなものであり、自動追尾性能を持っているだけで、倒してもそれは魔法を相殺した程度の意味しかない。
雪女で例えれば、人の形の雪像を遠くから操っているようなものだ。
その雪像を砕いても、本体に影響を及ぼすことはないのである。
「幽霊の本体は、遺体とか、墓地とか……怨念が集まりやすい場所にできる。場合によっちゃあ、屋敷そのものが本体になることもあるらしいな」
幽霊の本体を叩かなければ、時間を置くごとに分身が放たれてくる。
それを根絶しなければ、長期的に安全が確保できない。
「なんで月面基地に幽霊がいるのか、怨念が集まっているのかはわからねえ。だが助けがくるまでこの基地で暮らす以上、その本体を掃除しねえと夜トイレにもいけねえぞ」
子供を嚇すような文句だが、実際幽霊がいつ現れるのかわからない状況では、トイレの個室に入るのも怖いだろう。普通に死ぬ。
なお、食事中である。
「やっぱり、これってサプライズじゃないんですね……」
「幽霊をサプライズで用意するってどういう状況だよ」
幽霊を発生させる条件は、簡単といえば簡単である。
吹雪の山の中で雪女が生まれるように、活火山の溶岩でサラマンダーが生まれるように。
膨大な人間の怨念を一か所へ向かわせたとき、幽霊の本体は生まれる。
サプライズで幽霊を用意するには、それだけたくさんの怨念を準備する必要があるということだった。
「で、幽霊を掃除した後はどうするの?」
「幸い、食事自体はたくさんあるからな。あの宇宙船に乗っていた人たちの、二日分の食料がある上に、いざってときのための保存食もあるはずだ。それを使えば餓死はねえだろう」
幸か不幸か、この基地の中には十分な食料や水がある。
あの事故によって生き残ったのは一人と四体だけだが、だからこそ逆に食料は余っているのだ。
この時代、この世界では食料の保存技術も発展しており、それゆえに腐ることを心配する必要もないのだ。
「とにかく、母星からの救助を待つ。長丁場になるんだ、気を強く持たねえとな! 月面基地でサバイバル……映画化決定だな!」
(ご主人様なら平気なんだろうな……)
おなかが膨れて冷静になると、兎太郎の能天気さが頼もしく思えてきた。
よく考えれば、兎太郎は間違っていない。
救助を待つしかない状況では、この心の強さが大事なのだ。
「そうですよね、ポジティブに行きましょう! 本当に映画化すると思いますし!」
「ポジティブねえ……私ご主人様に会ってからその言葉が嫌いになったんだけど、今はそうするしかないか」
「みんなで戻りましょうね、帰るまでが旅行だもの」
「ええ、なんとかなるわよ!」
兎太郎の性格を心が強いというべきかは議論の余地がある。
だが確かにこの馬鹿なら何か月でも大丈夫なんだろうなあ、という安心感があった。
そのあたり、ある意味人徳なのかもしれない。
※
「で、幽霊の核を探すのが私ってわけね……」
「仕方ないだろう、幽霊の後を追うマジックアイテムなんてねえんだから」
ワードッグのキクフが、四足歩行をしながら床に鼻を押し付けている。
普段は二足歩行をしているワードッグだが、やろうと思えば普通の人間よりも上手に四足歩行ができる。
それこそ、骨格の構造が違うのだ。
「私、特殊な訓練とか受けてないんだけど……あんまり期待しないでよね」
人間が幽霊を目視するように、幽霊の持つエナジーを鼻で探るのはキクフにしかできないことだった。
とはいえ、斥候職などの訓練を受けていない彼女には、そこまで自信がなかった。
ワードッグならどうにかできるだろうと思われても、じゃああらゆる人間は人間の特殊技能を全て兼ね備えているのか、という話だろう。
それでもキクフがしたがっているのは、それこそ他に当てがないからである。
(っていうか、行きつく先は墓とか実験場とか……遺体があるところなのよね……)
あんまり考えないようにしているが、今自分は墓から出てきた怨念の匂いをたどっているのである。
ワードッグだとしても、人間の遺体やら怨念やらが平気というわけではない。
あんまり気乗りしない作業ではあるが、しかしトイレに行けないという事態は避けたいのだ。
(他にやりたいことがあるわけでもないしね……)
追跡そのものは、当然のように順調だった。
なにせここは月面基地、密閉空間である。定期的に管理者が巡回する程度なので、『雑音』が少ない。
これが繁華街のど真ん中で人の出入りが激しければ、流石に追跡などできなかっただろう。
「こっちだわ」
「地下一階か」
階段ではなく、スロープ。
下へのなだらかな坂道の先に、幽霊の本体があるらしい。
正直に言えば、坂を下るというのは気分が良くない。
その先に幽霊が待っているのなら、なおさらだ。
あくまでも気分の問題ではあるが、それでも前に進みにくかった。
「よし、行くぞ!」
(強い……)
率先して先へ進むのは、やはり兎太郎だった。
それこそ、意気揚々としたものである。
勇敢な馬鹿も、この状況では頼もしすぎる。
「それにしても……月面基地にも地下ってあるんですね」
「そりゃああるでしょ。地下の方が相対的に安全だし」
「地下に怨念の元がある……どういう状況なのかしら」
「余り考えたくないけど、あの銃、キメラ技を見る限り……モンスターの実験施設でもあったのかもね」
灯があるとはいえ、広くとも密閉された、無音の空間。それはやはり恐ろしい。
彼女たちは無駄話をしながら、己を奮い立たせて主に続いた。
そして地下一階に降りても……特に変化はなかった。
それこそ同じ施設なのだから、内装に違いなどなかった。
「地下一階か……臭いはどうだ?」
「ちょっとまってね……ん?」
幽霊の臭いを嗅ごうとした、その時である。
キクフだけではなく、他の面々も何かに気付いた。
無音の密閉空間だったからこそ、その『音』に早く気付いたのである。
「……おい、みんな。準備しろ」
明らかな、機械音だった。
モーター特有の回転音や、タイヤやキャタピラなどの駆動音が、反響しながら近づいてきている。
それに対して、兎太郎は後ろへ下がりながら銃のカートリッジを抜いた。
天使ではなく、別のカートリッジを探す彼に対して、他の四体は不安そうになる。
「今度は私たちを、何にする気ですか?」
「スライムとかは止めてよね……その時は、アンタを殺すわ」
「どう考えても、幽霊じゃないわよね? 一体どうして……」
「考えている余裕はなさそうよ……!」
明らかに、先ほどとは『敵』が違う。
脅威の接近に対して、四体は想像力を働かせてしまった。
そして、その予想を裏切ることなく、大量の『重機』が突撃してくる。
遠隔操作が可能な、ショベルカーや掘削機、フォークリフトや月面用のトラックが走ってくる。
どう考えても、幽霊ではない。
その一方で、警報に反応して警備ロボットが動き出した、というわけでもない。
どう見ても、異常事態であった。
「携帯改造装置、後天的融合投射機!」
だが状況は単純である。重機が暴走して、襲い掛かってきているだけだ。
暴れてくる重機ならば、ぶっ壊すだけである。
「情報装填、融合変身!」
兎太郎が変身用の銃を構える。
彼が選んだ『弾丸』は、極めて単純なものだった。
大鬼、オーガである。
「後天キメラ、+オーガ!」
重機をぶち壊す戦力。
それは重機さえも遥かに超える、圧倒的な力を持った戦士であった。
「キメラ技! ハーピー+オーガ!」
「キメラ技! ワードッグ+オーガ!
「キメラ技! ミノタウロス+オーガ!」
「キメラ技! オーク+オーガ!」
ミノタウロスであるハチクには、さほどの変化がなかった。
その体の脂肪が減り、筋肉へ変わったぐらいである。
だが他の面々は顕著だった。
筋肉量が増えるだけではなく、体格も大きくなっていく。
小柄だったはずの三体は、一気にハチクに近づいていった。
その強壮なる姿は、もはや戦士そのもの。
強化を授かった彼女たちは、決死の表情で迎え撃とうとしていた。




