ステージ1 表層
月の重力は、地球の六分の一だという。
しかし月には空気抵抗がない。高いところから落ちた場合のダメージが、完全に六分の一におさまるとは言い切れない。
もっといえば、たとえ六分の一だったとしても、高いところから落ちれば大ダメージだ。
「……ハチク、助かった、ありがとう」
「ええ、どういたしまして」
貧弱な一般人である兎太郎が落下に耐えられたのは、持っていたマジックアイテムによる軽減と、月面へ衝突する前にミノタウロスのハチクが兎太郎を抱えて固定したからだろう。
おかげで彼の荷物が散乱し、中の面々にぶつかりまくったことを除けば、被害は軽微だった。
「よし、点呼。いち」
「に」
「さん」
「し」
「ご」
「全員無事だったか……」
なお、無駄に硬くて無駄に鋭くて無駄に尖っているマジックアイテムが顔などに当たりまくって、彼女たちはとても不機嫌で苛立たしい顔をしていた。
ある意味想定通りの結果であり、彼自身もダメージを負っている。なので、誰もが文句を言い難くしていた。
「……あの砲台は、隕石を撃墜するためにある。いくら何でも、月面へ砲撃できるようにはできてないだろう」
「じゃあ安全なんですね……とりあえずは」
「そうね~~……とりあえずは」
幸か不幸か、脱出ポッドは上下ひっくり返ることなく着地していた。
よって、全員、頭に血を上らせることなく話ができていた。
ある意味、ショック症状と言うべきか。
全員想定外のことに驚き過ぎて、逆に冷静になっていた。
「一応言っておくが、この部屋は確かに脱出ポッドだ。だがそれはある意味ロマンみたいなもんで……最低限必要な機能しかない。具体的に言うと……素人が触ったら問題になりそうなものは積んでない」
なるほど、当然である。
客室に非常脱出ボタンでも置いておいて、それを子供が誤操作した場合、それこそ計画は空中分解するだろう。
それを避けるためにも、とにかく余計な操作ができるようにはなっていない。
それはつまり、全員の命を保護するという機能以外は、まったくないということだった。
そしてその機能も、どれだけ持つのか怪しいものである。
なにせ宇宙船は爆発し、さらに他の脱出ポッドの破片も当たっている。
既に気密が破られていても、さっぱり不思議ではない。
「とはいえ、流石にドアを開けることぐらいはできるだろう。表は真空……月面だ。多分近くに月面基地がある……そこに行くしかないだろう」
幸運にも、と言っていいのかわからないが、幸い状況は最悪ではない。
古代の月面ならば、それこそ絶望しかないだろう。しかし先人の遺産、月面基地がある。そこへ入ることができれば、少なくとも生存は保証されるだろう。
しかも、そこからワープで帰ることさえ可能だった。まさに万事解決である。
「この部屋の中には、一応船外活動用の宇宙服もある。もちろん安物だが……この状況なら大金より価値がある」
あくまでも雰囲気づくりの為に用意されていた、安物の宇宙服。
気圧調整室も何もないこの宇宙船に積んでどうするんだという話だが、とりあえず出られるのは確かだった。
「全員これに着替えて、基地を目指そう。それが一番確実だ」
兎太郎の提案は、それなりに現実的だった。
というか、このまま密室でじっとしている、ということに耐えられなかった。
道中、『今日一日だけ我慢すればいいんだ』という心境でもギリギリだったのに、これから救助を待つなど耐えられるものではない。
ましてや、いつ壊れても不思議ではないなら、なおのことに。
「だが……ぶっちゃけ、基地からどれぐらい離れているのかもわからない。現地についても、外から開けられるかどうか……その上、一度ドアを開けたら、このポッドに戻るってのも無理だ」
今更だが、この脱出ポッドに窓などない。
仮にあったところで、周囲を確かめ切れるわけもない。
だがそれはそれとして、窓の外に都合よく基地が見えるということはなかった。
「それでも、いいか」
四体とも、頷いた。
兎太郎が大真面目になるほど、この状況はわかりやすく切迫している。
彼ら彼女らは、順番に服を脱いで宇宙服へ着替えていく。
最新式の宇宙服は、酸素ボンベの類を持たず、バッテリー式で二酸化炭素を適量な酸素へと変換できる。
バッテリー自体も高性能で、長時間の活動が可能だった。
いわゆるダイビングスーツのような見た目をしており、頭だけは流石にヘルメットである。
「……皆、このヘルメットを着けたら、いよいよこのポッドから出る。そうなったらあとは、この薄くて頼りない宇宙服のバッテリーがすべてだ。もちろん……大きな声を出すことなんてできない」
全員、顔がいよいよこわばっている。
嫌な予感が止まらず、汗が噴き出ていた。
もちろん兎太郎も同様で、まさに決死の覚悟を固めていた。
「ヘルメットを着ける前に……言いたいことがあったら、大きな声で叫ぼう!」
一種の決意表明だった。
全員が生きて話をできる、最後の機会になりかねない。
思い残しがないように、後で大声で騒がずに済むように。
兎太郎は、本音をさらけ出すように指示をした。
「死ね!」
ムイメが叫んだ。
「死ね死ね死ね、死んじゃえ! どうしてこんなところに私たちを連れてきたんですか! これっぽちも来たくなかったのに、こんなことになるなんて嫌ですよ~~!」
堰を切ったように、彼女は糾弾する。
「ご主人様が悪いんですよ! 全部! 何もかも!」
「その通りよ! このバカボケアホクズ! お前なんかの仲間になったの、ずっと後悔し通しだわ!」
そして、キクフも同調していた。
「なんでお前の面倒を、私たちが見ないといけなかったの!? もっと普通の人が良かったわよ! お前のせいで、私の人生めちゃくちゃだわ!」
彼女もまた、泣いていた。
「……か、庇おうかと思ったけど駄目……こんなの耐えられない!」
次いで、ハチクも続く。
大声で怒鳴ることのない彼女が、その大きな声を、小さな宇宙船の中でぶちまけていた。
「二人の言う通りだわ! ご主人様が全部悪いの! ご主人様なんか、生まれてこなければよかったんだわ!」
皆が泣いている。
訓練もなにもなく、宇宙に放り出されて、月に落ちたことを嘆いている。
この状況で発端を咎めることに、なんの躊躇もなかった。
「……ご主人様、最低……よ」
イツケも、短くののしる。
もう他に、何も言葉が出せなかった。
本当は、もう少しいいことを言いたかった。
でも誰も、そんな余裕がない。
そんな四人は、しばらく泣いていた。
もしも宇宙服を着てこれをしていれば、それこそ酸素を使い切っていただろう。
それほどに、彼女たちは呼吸が荒々しかった。
そしてそれが収まった時、四体はそろってご主人様を見た。
「良し! じゃあ行くぞ!」
(メンタル強っ……!)
自分の存在さえ否定されたのに、兎太郎は全然平気だった。
「安心しろ、みんなが心にもないことを言ったなんてことはわかってる。こんな極限状態なら、それぐらい言いたくなるさ!」
(反省しろ、傷つけ、言葉通りに受け止めろ……)
本音をぶつけ合える関係になったが、おそらく糠に釘であろう。
力の限りののしったのに、まるで効いていない。これでは本音がぶつかったのか怪しかった。
「じゃあ、ヘルメットを着けるか!」
本人は真面目だし、実際真面目になるべき状況なのだが、ふてぶてしいという感想しかない。
(これって、鈍感系っていうんですかね)
(違うわよ、きっと……)
(言葉としては正しいけど、敵意に鈍いのは鈍感とは言えないわ……)
(もう諦めましょ……泣いてもいいことないもの)
悔しいが、彼が素面なので逆に気分が萎えていた。
実際彼の指示に従うべきであり、彼の精神性の方が合理的である。
四体は前向きに考えることにして、諦めながらヘルメットを着けた。
後はもう、片道切符である。
『よし、通信はばっちりだな……じゃドアを開けるぞ』
ごう、と空気が一瞬で抜けた。
重厚な縦長のドアがゆっくり開くと、そこはやはり夜と砂の世界であった。
『よっと……』
最初に降りたのは、やはり兎太郎だった。
まったく大気のない空間で、彼は宇宙船の近くに足跡を刻んだ。
本来なら感動するべきなのだろうが、流石の彼もそれどころではなかった。
いまここで大騒ぎをして、あとで酸素が足りなくなったら元も子もなかった。
『……クレーターの底か』
ヘルメット越しに周囲を見ると、そこはやはり殺風景の極みだった。
ある意味では、宇宙全体を基準にすると、ありふれていて面白みのない光景なのだろう。
だが初めて母星を出た彼からすれば、やはり異常な世界だった。
光と闇、宇宙と星。
命の痕跡もない、無の世界。
そこへ来たことに、寂しさと興奮を禁じえなかった。
四体も同様である。
なまじ、着ている服が高性能で静音性が高いからこそ、通信以外で一切の音を感じない。
薄い服一枚で保たれているからこそ、自分の命を猛烈に感じていた。
『本当に、こんなところに基地なんてあるのかしら』
前提の前提を、ハチクは疑っていた。
だがしかし、それは四体全員の心境だった。
管理された都市や、ある程度自由な自治区。
その双方しか知らぬ彼女たちは、こうした『極地』を知らない。
荒れ狂う嵐の海も、太陽が焦がす熱砂も、すべてが凍り付く氷河も知らない。
生存圏を広げる、という発想が乏しい彼女たちは、こんなところにわざわざ基地を、都市を建てる意味が分からなかった。
同時に、その困難さを思い描いて、存在していると知ったうえで諦めかけていた。
『あるに決まっているだろう、早く行こう』
人間である兎太郎は、なにを今更、という具合だった。
京都の存在を信じないのに、京都駅へ来たようなものである。
確かに、荒唐無稽なのは彼女たちの方であった。
『あ、じゃ、じゃあ私上から見てきますね』
ハーピーであるムイメは、宇宙服に包まれたままの翼を広げた。
久方ぶりに羽を伸ばし、空へと飛び立とうとする。
普段よりも軽い身体を浮かせようと、両足で強く地面を蹴りながら、羽ばたこうとした。
『あ、アレ?!』
ジャンプ自体は成功していた。
しかし普段ならできるはずの飛行が、一切できなかった。
どれだけ翼を動かしても、風を感じることができないのである。
『落ち着いて、ムイメ。ここには空気がないから、翼を動かしても飛べないのよ?』
『あ、ありがとうございます、ハチク……。そうですね、私ったらドジです』
パニックを起こして、頭から落ちかけたムイメ。
そんな彼女を、ハチクが優しく抱えていた。
ゆっくりと月面へ降ろし、一行はやはり普通に歩きはじめる。
クレーターの底から、ゆっくりと這いあがる。
やはり周囲は完全に無音であり、高性能な宇宙服は外部の温度を伝えない。
だからこそ逆に、居心地が悪い。
死後の世界とはこんなものではないか、とさえ思いながら、一行はなんとかふちに達した。
『……憎らしかったが、今はありがたいな』
ランドマーク、というのは伊達ではなかった。
見間違えようがないほど高い『塔』が、クレーターのふちに立つ面々には見える。
彼らの乗ってきた宇宙船を撃墜した、大いなる人類の叡智がそそり立っていたのである。
当然ながら、かなり遠い。
だが見失いようのない目印があるのだから、迷う余地はなかった。
『できるだけ声を出さず、静かに行くぞ』
兎太郎たちは、こうして月面基地へ向かって歩き始めた。
ただ歩くだけ、長距離でもない。過酷な暑さや寒さはなく、まっすぐ進むだけ。
モンスターに襲われる可能性など、一切ない。そんな状況でも、彼ら彼女らにとっては、とんでもない『冒険』であった。
※
とはいえ、歩けば着くのが道理である。
幸か不幸か、普通にたどり着いた面々は、そのまま普通に月面基地の内部へ入れた。
ある意味当たり前だが、月面基地へ『外』から侵入者などあるわけがない。
むしろ今回のような非常事態に備えて、外からならば簡単に開く構造になっている。
兎太郎たちは拍子抜けするほどあっさり内部に入ることができ、さらに与圧を受けて、宇宙服を脱ぐこともできていた。
荷物になる、酸素の無駄遣いになると知ったうえで、あえて持ってきた『母星からの手荷物』。
それで服を着替えた彼ら彼女らは……。
「すぅうううう………はぁあ~~~~~~~~~!」
月面基地、その廊下で深呼吸をした。
両手を広げたり閉じたり、時にはジャンプさえしながら体を動かした。
「いやあ……最高だな!」
「ほんとうですよもう~~! すっごく窮屈で、死んじゃうところでした!」
「ほんとう! 人間ってすごいわねえ!」
ハチクとイツケは騒がないが、それでも同意している。
あると分かってはいたが、やはり月面基地という『構造物』の中は安心感が段違いだった。
資材などを動かすことも想定している月面基地は、とても広く大きい。
その中すべてに、地球の生物が十分に呼吸できるだけの酸素がいきわたっている。
それが最新式ではなく、むしろ千年以上も昔の『廃墟』だというのだから、人間は本当にすごい。
天使や悪魔のような長命なる者たちが、恭しく崇めるだけのことはある。
「あとは、地球と連絡を取ればいい。ワープ装置の動かし方なんてわからないが、連絡さえつけば助けに来てくれるだろう。ははは! こりゃあ映画化決定だな!」
「まったく、調子いいんだから……」
「いいじゃないですか、みんな助かったんですから」
「もう家に帰りたいわ」
「ええ、本当に。当分旅行はこりごりよ」
一行は、あえて大きな声でしゃべりながら歩いていた。
なにせ無音の月面基地である。黙っていると、本当になんの音もない。
これでは外と変わらない、歌でも歌いたいぐらいだった。
「さて……ここに通信施設がある筈だな」
「動かせるの、ご主人様」
「なに、言っても古い機械だ。ちょっとしたマジックアイテムでも簡単に操作できる」
「へ~~、役に立つのね」
「当たり前だ、この基地がどんだけ古いと思ってるんだ。千年も違ったら、ソフト面の差なんてえぐいんだぞ」
長く戦争をしていないこの世界では、軍備というものは大幅に減少している。
先日の『五人目の英雄』の一件以降軍備再拡大の話も出ているが、それでもまだしばらくはカセイ兵器などの建造はされないだろう。
そういう意味では衰退しているが、流石にソフト面、特にセキュリティの分野では発達が著しい。
ましてや同じ文明である、簡単に操作できるのは自明の理だった。
「便利なんですねえ、マジックアイテム」
「そうだぞ、ムイメ。無駄に便利なんだ。もしも悪用したら、普通に捕まるけどな」
「まあ、集めるだけで使わない人ですしね、ご主人様って。でもそんなに便利なら、いっそ母星とこのまま通信できればいいのに」
「ははは! 無茶言うなよ、そんなもんあるわけねえだろ!」
特に問題もなく、一行は通信施設の有る『本部』へたどり着いていた。
そこはとっくに役目を終えた、触る者のなかった端末やコンピューターが設置されており……。
「……おい」
全部、完膚なきまでに破壊されていた。
「おい、おい、おい?! これどうなってるんだ?!」
ここに来て、兎太郎は頭を抱えた。
兎太郎がパニックを起こしたので、ムイメもキクフも大いに慄いている。
「なんで壊れてるんだよ?! これカセイ兵器と同じで、ある程度の自己再生能力がある筈だぞ?!」
「な、直しなさいよ、マジックアイテムで! ご自慢のがあるんでしょうが!」
「そうですよ、こう、ぱぱっと、ちょちょいのちょいで!」
「できるか!」
どう見ても設備が『破壊』されている。
定期的に管理者が点検をしているはずの設備が、完璧に攻撃を受けていた。
それも通信によるハッキングではなく、物理的な攻撃によって。
点検の後から兎太郎がくるまでの間に、誰かがここへきて破壊したのだろう。
もちろん、ありえないことだった。
ワープを使うのならば、確実にログが残る。
宇宙船を使うのであれば、さらに分かりやすいだろう。
であれば、それこそ宇宙人が月へ来たとしか思えない。
「で、でも……でも! これだけ壊されているんだから、母星のほうからワープしてくれるんじゃ……」
「無理よ……これを見て」
無事だった端末を見つけたイツケが、青ざめながらハチクへそれを見せた。
「ワープ装置のある部屋が、破壊されている……」
一同、完全に黙っていた。
この基地に、誰かがいる。
しかも、明らかに攻撃的な意思をもって。
そして、この月から、脱出できなくなっていた。
「……映画だけど、俺が嫌いなジャンルだ……」
へこたれる兎太郎だが、流石に誰も笑えない。
むしろそんな彼へ、誰もが縋り付くほどだ。
「ご、ご主人様、ファイトですよ! ご主人様らしくないっていうか……」
「そうそう! 元気出して! ご主人様がへこんだら、私たちも怖いじゃん!」
「そうよ! いつも笑顔で、前向きなご主人様を、私たちは大好きなのよ!」
「そうよ! ご主人様大好き!」
さっき自分たちが存在を全否定した兎太郎へ、全員が縋っていた。
彼が能天気になってくれないと、自分たちがどんどん怖くなる。
ムードメイカーでもあるのだから、空元気で鼓舞してくれないと困るのだ。
「お前らだって状況が分かってるんだろ?! これ事故とかじゃないぞ、絶対に事件だ! 誰かが俺達を殺そうとしているんだぞ?!」
「さ、サプライズよ、サプライズ! ご主人様、私たちのことからかってるんでしょ?」
「俺にそんなことできるわけねえだろ!」
月面基地という巨大な密室で、恐ろしい殺人鬼がこちらを狙っている。
そう解釈した兎太郎は、極めて普通におびえていた。
一人目の英雄もそうだったが、自分の命が狙われている、と言うのは巨悪よりも恐ろしいのである。
冒険への恐怖と、殺人鬼への恐怖は別種なのだ。
「そ、そうだけども……」
「も、もう駄目だ……このまま俺達は殺されるんだ……!」
そんな時である。
ワードッグのキクフは、背中に寒いものを感じた。
そしてきょろきょろと見回した後、兎太郎に抱き着いた。
もちろん、好意ではない。
「きゃあああああああ!」
「な、なんだ一体!」
「い、いま、あっちに人影が……!」
「ま、マジか……」
一同、しがみつき合う。
恥も外聞もない、ただ恐ろしい。
「ね、ねえ……もしかしたら管理人の人が物凄くドジで、通信施設とワープ装置を壊して、そのうえ隕石を撃墜するためのビームも間違って動かしちゃったんじゃないのかしら?」
「……ハチク、いくら何でも苦しいわ」
冗長な笑えないジョークを言うハチクへ、一応イツケが突っ込みを入れる。
だが実際、そうであってほしかった。ただの笑い話であってほしかった。
そして、現れた『人影』は。
いっそ、滑稽なほどに『ありきたり』だった。
「……!」
ずずず、ずずず、と。
壁を通り抜けて、それが姿を現す。
白い煙のようで、しかし生き物のようにうごめくそれは……。
「ぎゃああああああ!」
幽霊であった。




