ドキドキワクワク大冒険
カセイ兵器、エルダーマシン、ナイル。
軟体動物型最強種、Aランク上位モンスター、ノットブレイカーとの戦闘によって損傷を受けたが、修理が終わり復帰していた。
万能走破列車である彼女は、線路を構築しながら走行することが可能であり、現在は海の上をあてもなく走行している。
もちろんやろうと思えば空を走ることもできるのだが、先日ノットブレイカーに撃墜されたため控えていた。
この世界の野生動物は、カセイ兵器よりも強いらしい。
それを早期に認識した狼太郎は、ある意味希望を捨てていた。
(この世界に、人間も文明もねえんだろうな)
他でもない彼女こそが、モンスターによって滅ぼされた文明の生き残りと戦った英雄である。
彼女の生まれ育った世界では、人類は勝利者として君臨している。
だがそれがあらゆる世界の真理だとは思っていない。
たとえ酸素があっても、気圧があっても、水があっても、温度があっても。
これだけ凶暴で強大なモンスターが大量にいては、人類など生存できまい。
ましてや文明を構築するなど、夢のまた夢。
元より、当てもなくさまよっていた彼女である。
仲間と共にこの世界をさまようだけの余生でも、それなりに満足していた。
だがあの二人と、四体のモンスターについては、それなりに思うところがあった。
定められた儚い命を生きる彼らは、せめて故郷に返してやりたかった。
できないと、諦めたうえで。
『ご主人様、常に操縦席へいる必要はないかと』
「そういうな、ナイル。ここが落ち着くんだよ」
この世界において、安全な場所などどこにもない。
しいて言えば、このナイルの中こそが一番安全なのだろう。
それでも、保証されてはいないのだが。
(甲種魔動器EOSか……クソ懐かしいもんを見たな。まさか完成しているとは)
なにせ、現在ナイルに乗っている蛇太郎が、既にこのナイルを破壊できる兵器を持っている。
魔王が生み出した、この世界のモンスターにも通じる最強の兵器。
魔王の娘であり四天王最後の生き残りである彼女は、その存在や『完成に必要なもの』を知っている。
(……パパ)
そしてそれとは無関係に、自分以外に魔王の遺産が残っていたことへ、少なくない懐郷の念を抱いてしまっていた。
「ナイル。今あの二人はどうしている?」
『私の屋根の上で寝転がって、釣りをしております』
「なんで?!」
※
「いやあ~……修理大変だったよな~~、蛇太郎」
「そ、そうですね」
「俺すげえ頑張ったもん。バイトの時よりがんばったもん。なあ蛇太郎」
「そ、そうですか」
「これはもう、映画化決定だな!」
「……まあ、壊れた船を無人島で直して、脱出したわけですから」
「そうだろ! 感動巨編だろ!」
蛇太郎は、ちょっと後悔していた。
現在彼は、兎太郎と共にナイルの屋根に上って、釣り糸を垂らしている。
もちろん針と餌も用意しているが、どう見ても釣りができる状況ではない。
なぜなら糸が短すぎて、餌のついた針が水面を跳ねているのだ。
なお、仮に糸が長かった場合、列車の車輪に挟まる模様。
「……なぜ釣りを列車の上で?」
「ん? 粋だろ?」
「そうですか……」
特に理由はないらしい。
なぜ特に理由もなく、こんな危険なことをするのか。
蛇太郎は、理解に苦しんでいた。
「め、迷惑とかは、考えられないので?」
「それでさあ」
(この人、話を聞かないな……)
「ぶっちゃけ今男って、俺とお前だけじゃん」
現在海の上は、とてもさわやかな晴れだった。
海面も穏やかなもので、列車の走る音以外は静かだった。
なるほど、静かな話をするのは絶好のロケーションである。
「俺さあ、仲間は全員女だけど、友達はみんな男だったんだよ」
「そ、そうなんですか」
そうだろうなあ、と納得せざるを得なかった。
この性格、というかこの行動で、女性の友達がいるとは思えなかった。
むしろ、女性の仲間が付き合ってくれていることに驚きである。
「でさあ……男同士のバカみたいな話をしたいわけよ」
「はぁ……お察しします」
「そう固くならなくていいって。なんでも言えって」
(じゃあ屋根から降りて欲しい……)
世の中には無礼講の宴があるのだが、本当に無礼講ならば参加の拒否も選択肢に入れて欲しいものである。
無礼講に参加しないなんて無礼だ、というのは社会の歪みである。
やはり社会というもので、本当の無礼は許されていないのかもしれない。
「そうは言いますが……お互い、特にないでしょう?」
「お前つまんねえなあ」
率先して真の無礼を体現する、六人目の英雄兎太郎。
人類は彼の尊い犠牲によって救われたのだが、英雄に理想像を押し付けるのは間違っているのかもしれない。
でも最低限の品や気遣いは押し付けてもいいと思う。
(どうしよう、そろそろぶん殴ってもいいかなあ……)
一代前の英雄に対して、そろそろ指摘をするべきではないかと思う七人目。
なまじ尊敬しているからこそ、正道を説きたかった。
「では申し上げますが……もう少しお仲間を大事にするべきでは」
「ん? あ、ああ……あいつらか」
六人目の英雄、兎太郎。
彼の仲間四体は、全員が『動物型』である。
精霊や悪魔のような、人間とかなり異なる価値観の持ち主、ではない。
人間と同じような価値観を持っているからこそ、配慮しなければならないことはある。
「故郷にご家族やご友人がいらっしゃったのでは」
「う」
「楽しみにされていた漫画やアニメ、ドラマや映画があったのでは」
「ぐ」
「貴方に非があるとは思いませんが、だとしても配慮して差し上げるべきです」
「おおお……んんん」
どうやら兎太郎にも良心はあるようで、指摘を受けると悶えていた。
やはり英雄、人の心が分かるらしい。
「そういう話は止めようぜ……あのさあ、この極限状態で気が滅入ることを言うのをやめてくれよ、俺にも配慮してくれよ」
「極限状態だという自覚があったんですか……」
危機感と対極にあるような振る舞いばかりしているので、てっきり現状を認識していないのかと思っていた。
危機感を紛らわせるために、あえておちゃらけていたのだろうか。
「当たり前だぞ、このまま映画にしたら大ヒット間違いなしだぞ? そりゃあ極限状態だよ」
(価値観の基準が映画……!)
大ヒットするかはともかく、確かに映画っぽい状況ではある。
そうでなくとも、ドラマなどにはなれそうだ。
だがドラマ性があるかどうかで、危機かどうかを判断するのはどうかと思われる。
「大体、極限状態がどうとか言われても困るんだけど。極限状態ってなにすりゃいいんだ?」
「……それは、そうですね」
木の枝をあえて使って食べ物を焼くとか、食糧難でもないのにキノコを食べるとか。
それは極限状態でなくてもやらないほうがいいことであろう。
だがじゃあ何をすればいいのかと言われたら、誰も指針が示せない。
情けないことに、英雄が三人もいて、しかし何もできないのだ。
「世界がピンチならともかく、自分がピンチって……なあ?」
「不甲斐ないことです」
英雄と言っても定義は様々だが、基本的に近代の英雄たちは『悪事に遭遇した善良な市民』である。
もちろん五人目の英雄、羊皮狼太郎のような例外はいる。だが彼女とて、自主的に何かを始めたわけではない。
いいや彼女こそが、人間の歴史に翻弄され続けた、哀れなモンスターなのだろう。
「そりゃまあ、こんだけぶっ壊れた世界だ……人間なんていねえだろうし……いても穴倉暮らしだろ」
「ええ……あまり期待はできませんね」
「まさか文明を起こして……なんて……映画にはなるだろうが、やりたくねえしな」
「おっしゃる通りです」
やはり、同じ世界の、同じような時代の住人である。
どれだけ素行が違っても、土台の部分が同じだった。
結局、この状況に対して何もできないのだ。
巨悪が立ちふさがっているのなら、それを倒そうとは思える。
だが帰れないであろう故郷に対して、どうにかして帰ろうとは思えなかった。
どちらも困難への挑戦ではあるのだろうが、やる前から諦めてしまっていた。
雑に言えば、性に合わないのだろう。
「……ナイルの技術を使ってこの世界に文明を起こし、私たち自身にも手を加えて……時間をかけて帰還する。まったくもって、不本意です」
「だな」
なまじ不可能ではない、と証明されている。
少なくとも狼太郎たちは、半分人為的にここへ飛ばされたのだ。
おそらく再現可能なのだろう、物凄く時間をかければ。
だがそれを行うには、誰もが熱意に欠けていた。
「科学者系がいりゃあなあ……」
「二人目の英雄の仲間なら……そういう人がいたらしいですね。畑違いかもしれませんが」
二人は、狼太郎と同じような不甲斐なさを感じていた。
結局、道は示せない。人間として、モンスターの主として、不甲斐ない限りである。
「ま、やめようぜこういう話は。面白いこと話そうぜ、面白いこと」
「そうですね……」
「俺の映画のこと話せよ、俺の映画!」
「……え?」
「映画化したんだろ、俺のこと!」
話題が切り替わると、本当に気分も一瞬で切り替わっていた。
兎太郎、切り替えの早い男である。
「やっぱり全人類が、全モンスターが泣いたんだろ?! 物凄く感動して、俺の雄姿に惚れたんだろ?!」
「……もちろんですよ」
「だよな~~! 俺の映画だもんな~~!」
蛇太郎は、もちろんその映画を見ていた。
そしてその内容も、酷評されたことも知っている。
なにせ兎太郎は、名前の残っていない英雄である。
彼が何をやったのか、細部を把握している人間はまったくいない。
なので、彼の映画は裏方にレンズが向けられていた。
英雄が格好良く世界を救う映画ではなく、裏の人々が奮闘し、人々を避難させ、英雄を支えるという物語だった。
史実に忠実ではあったのだが、ヒーローが活躍する情景を見に来た観客からは、不平で不満が噴出していた。
ノンフィクションだからこそ、配慮した結果である。
なお、エンタメとしては失格であった模様。
「俺の役って誰がやったんだ?!」
「……ご、ご存じないかと」
「そっか……新人だな」
「そんなところです」
なお、六人目の英雄は、登場さえしなかった。
もちろん六人目の英雄役は、その役柄さえ存在していない。
「んじゃあハチク達は? あいつらはどんなモンスターが演じてるんだ?」
「そ、そこはその……故人への配慮ということで……」
「ああ……じゃああの『乗客名簿』にない種族から選ばれたとか?」
「ええ、そんなところです」
なお、六人目の英雄が登場していないのだから、もちろんその仲間も登場していない。
それを素直に教えると、彼はさぞ怒るだろう。その熱意が故郷への帰還に向く可能性はあるが、相当空回りしそうで怖い。
「そっか~~……くく……じゃあ案外、似ても似つかない大男とかが選ばれたかもな」
「……ご、ご想像にお任せします」
「俺だけに教えてくれよ~~!」
未来のことを近い過去の住人に教える。
それはとても刺激が強いことだと、改めて蛇太郎は思っていた。
そして、そんな二人の英雄のなれ合いを……。
「私の配役……ど、どんな人だったんだろう……」
「気になるね……後で私にだけ教えてもらおうかな……」
「……(私も気になる)」
「ねえ、やめましょうよ。早く降りてもらいましょう?」
兎太郎の仲間である、四体のモンスターは注視していた。
最初こそ引きずりおろそうと思っていた四体なのだが、思いのほか真面目に話をしていたり、自分達の映画のことに話題が向いたので、盗み聞きをすることにしてしまった。
彼女たちも多感な乙女である。
自分達をどんなモンスターが演じたのか、興味津々であった。
「おい、お前達! 何をしている!」
屋根の上を覗き見ていた四体を、怒った狼太郎が怒鳴りつけていた。
ぷんすかと怒っている彼女は、仲間も連れずに文句を言いに来たのだ。
「なんで自分のご主人様を引きずりおろさない! 人間が間違ったことをしているのなら、殴ってでも正すのがモンスターの役割だろうが!」
人間でありモンスターでもあり、主でもあり僕でもあり、人間の敵でもあり人間の味方でもあった。
多くの二面性を持つ彼女は、自分の後輩の不甲斐なさをののしっていた。
「そもそも危ねえだろ!」
おっしゃる通りである。
四体は恐縮し、無言で頭を下げた。
「まったく……おい、兎太郎! 蛇太郎をバカなことに突き合わせ……」
「で、蛇太郎って狼太郎さんのこと、どう思ってるんだ?」
「?!」
梯子を使って屋根の上に上った彼女は、ちょうど自分のことに話題が移ったタイミングで聞いてしまった。
「そういう話は危ないですよ。あの人の事情は知っているでしょう」
「それはそうだけどよ~~別にいいじゃん、男二人なんだし~~」
にやにや笑う兎太郎だが、蛇太郎は流石に顔をしかめている。
そして狼太郎は、完全に顔を真っ赤にしていた。
「……」
「知ってるだろ、あの人の正体。すげえ美人らしいぜ」
「そうらしいですね」
「見てみたいだろう?」
「まあ、ちょっとは……」
「だよな!」
病的にチョロい狼太郎は、自分の噂話を聞いただけで恥じらっていた。
「お、お、俺が……美人……?!」
久しぶりに言われたことなので、物凄く動揺している狼太郎。
おそらく、千年以上ぶりである。
「ま、まあ自信はあるけども……見せるわけにはいかないもんなあ……見せてくれって言われたら困るなあ……」
「……ねえまずくないですか?」
「うん……ちょっとどころじゃなくてまずいよ……」
「話には聞いていたけど……これ催眠術にでもかかってるんじゃないの?」
「魔王の呪いみたいなものかしら……どうしましょう、止める?」
もしかして一番危ないのは狼太郎ではないだろうか。
兎太郎に仕えている四体のモンスターは、屋根の上に上っている二人よりも、その話を聞いている狼太郎に対して危機感を覚えていた。
そして。
一番肝心なことを忘れていた。
ここが、危険な世界であるということを。
『警報、警報。レーダーに感あり、危険生物が接近しています!』
ナイルの機械的な音声が、アラートを発していた。
それを聞いて、屋根の上の二人も、他の面々も一気に緊張する。
『非常に高速で、当機に接近中。左側に並走する形です』
高速で海上を走行しているナイル。
それと同等以上の速度で、海中から影が近づいている。
それは余りにも巨大であり、列車の上からでもすぐにわかってしまう。
チグリス、ユーフラテス、インダスも、慌てて列車の中から外を見た。
するとそこには、脅威が存在していた。
「……なんてでっけえんだ」
金管楽器ににも似た高音と、ほら貝にも似た低音。
それを同時に吹き鳴らしながら、巨大極まる『魚』が、潜水艦のように頭を突き出した。
Bランク上位モンスター、オオボラッパ。
イルカやクジラのように音を発するボラ。その音で獲物へ攻撃をし、なおかつソナーのように魚群を探る力を持った、音を操る魚である。
海上に頭を出したそのボラは、やはりその音で周囲へ攻撃を発する。
「ぐっぁあああ!」
「くうう!」
無防備に喰らってしまった蛇太郎と兎太郎。
二人は屋根の上で、耳から血を出しながら倒れていた。
「ご主人様! 蛇太郎さん!」
自分も耳を抑えながら、ワードッグのキクフが屋根の上に跳び出し、二人を抱えて車内へ運んだ。
二人ともBランク上位の攻撃によって、行動不能に陥っている。
「狼太郎様、大丈夫ですか?」
「ぐ……ちくしょう、仕方ねえ!」
今慌てて車内に戻った一行は、被害を確認していた。
やはり貧弱な二人は、完全に動けなくなっている。
モンスター四体は大丈夫そうだが、流石にダメージは食らっていた。
狼太郎も頭を抑えているが、そのまま倒れたりはしない。
彼女は本来の姿へ変身し、体を大幅に強化する。
「ちくしょう、魚なんぞ相手にこの姿になるとは……!」
「……わあ、美人」
「んなこと言ってる場合か! そいつらを治せ!」
四体のモンスターは、前置きなく変身した狼太郎に見とれている。
本人がうぬぼれるだけあって、魅力的な姿の女性だった。
だがこの非常事態に魅了しているわけにはいかない。狼太郎は大声を出して活を入れる。
「窓の外を見ろ! あんなバケモンが……」
車内から、窓の外を見た。
全員が、外を見た。
ナイルさえも、混乱していた。
「なんだありゃあ……」
そこには、一体の巨大な魚がいるだけのはずだった。
ナイルのレーダーも、それしかとらえていなかった。
だが、違った。
突如として爆発的に巨大化した『モンスター』が、ナイルと並走しているオオボラッパを後ろから丸呑みにしたのである。
魚類型モンスター最強種、Aランク上位モンスター。
テラーマウス。
植物型の頂点が不可視の藻であり、昆虫型の頂点がアブラムシであるが。
魚類の最強種は、極めてストレートだった。
「サメだ……」
テラーマウスは、鮫型のモンスターである。
万人が想像する最強の魚、鮫。文句なしの最強の魚型モンスターであろう。
そして、恐ろしいことに。
その巨大な鮫は、尻尾からオオボラッパを呑み込んだ直後、その魚影を消したのである。
食らいつく瞬間は巨大化し、呑み込むと同時に小さくなったのだ。
『警報! レーダーから見失いました! 状況から推測するに、相手は巨大化と縮小化の能力を持っていると推測されます!』
深海魚とされる魚は、極めて特異な生態を持っていることで知られている。
太陽光の届かない深い海の底では、まず獲物の絶対数が少なく、しかも探すことが難しい。
よって目が退化していたり、逆に異常に発達していたりなどがあるのだが……。
中には、自分よりも大きい獲物を丸呑みにする、という『能力』を持った魚もいる。
胃袋が伸縮し、まるで風船のように体ごと膨らんで、自分を膨らませながら呑み込むのだ。
まさに適応という他ない。
しかし、その性質を持ったAランク上位モンスターは、当然それどころの騒ぎではない。
普段は観賞用の熱帯魚のように小さい一方で、獲物を見つけると、その獲物よりも大きくなって一気に呑み込むのだ。
相手が大群であれば、ヒゲクジラがオキアミを食べるが如く、一気に呑み込むという。
巨大な口、恐怖の口。
海の最強種、テラーマウス。それは地球にかつて存在した、メガマウスとは桁が違う。
「ナイル! 急上昇しろ! 最大速度だ!」
『了解!』
がくんと、一気にナイルの車体が傾く。
転がっていきそうな車内で、兎太郎の仲間は必死に自分の主と蛇太郎を守る。
『激しく揺れますので、お近くのつり革や手すりにおつかまりください!』
二人を支えつつ治療を施しながら、四体や狼太郎は外を見た。
まさに窓の外では、巨大な口の、その内側が見えた。
サメの歯は、人間の歯とは根本的に構造が異なっている。
人間の場合は乳歯と永久歯が生え変わる場合、乳歯の下から永久歯がせり上がってくる。
だが鮫の歯は、口の内側から外側へ、幾重にも連なって生えていく。
まるで爪が伸びるように、髪が伸びるように、歯が列ごと切り替わっていくのだ。
その歯が、窓の外に見えた。
明らかに、こちらへ向かっている。
高速で、近づいてきている。
「ナイル! 全砲門発射!」
『了解!』
長いナイルの車体を、丸ごと呑み込もうとしたテラーマウス。
その巨大化した口内へ、ナイルの砲弾が発射された。
それ自体は、テラーマウスに被害を及ぼさない。同等の相手さえ呑み込むテラーマウスの口や消化器官は、カセイ兵器の攻撃さえ受け止める。
だが、爆発自体は起きていた。ナイル自身の装甲も、テラーマウスの口も、どちらも破壊されなかったならば、それは結果としてナイルの車体が爆発によって押し出されることを意味している。
「うわあああああ!」
「きゃあああああ!」
垂直な線路から脱線し、折れ曲がるナイル。
吹き飛ぶ車内は、大いに乱されていた。
だがそれでも、ナイルは何とか体勢を整える。
最新技術によって改良を重ねたカセイ兵器にとって、車体を調整するなど朝飯前であった。
『……敵影、離れました。このまま空中を走行します』
さしものテラーマウスも、飛行能力は持っていない。
ある程度の高度に達した時点で諦めたのか、その巨体をひそめていた。
また海面を走れば、それはそれで危ないのだろう。ナイルは上空を走ることにしていた。
「……いててて」
「ぐう……」
もみ合いながらも治療を受けていた兎太郎と蛇太郎が、意識を取り戻す。
めちゃくちゃになった車内で、なんとか起き上がっていた。
「まったく……お前ら、車外に出るからだぞ!」
「……」
「……」
注意した狼太郎だが、二人はそろって心あらずであった。
無理もないだろう、狼太郎は真の姿になっていたのだから。
「……やべっ!」
魅了する力が解放され、普段よりもさらにチョロくなっている狼太郎。
彼女は慌てて元の姿に戻ろうとするが、もう遅かった。
「綺麗だ……」
「美しい……」
兎太郎も、蛇太郎も、ついうかつなことを言ってしまう。
賞賛を聞いてしまった彼女は、先ほどまでよりもさらに顔を真っ赤にして……。
「お、俺に惚れるなよ~~!」
まんざらでもなさそうに照れていた。
「で、で……子供は何人ぐらい産んで欲しかったりするんだ? 俺が産むとかじゃなくて、その、一般論として……」
『敵影接近!』
海の上空を走行していたナイルが、警報を発令した。
『最大防御展開!』
ナイルが搭載しているすべての防御機能を発揮させた、その直後である。
「おおお、おわあああああ?!」
またも車内が揺れた。
外、空を見ると、そこには大量の鳥が見えた。
鳥類型、Aランク下位モンスター、海化猫である。
本来は海面の獲物を捕る海鳥だが、同じように飛ぶ鳥も捕食する。
Aランク下位モンスターが突っ込んでくるため、車内は大いに揺れていた。
「バードストライクか……!」
「んなこと言ってる場合じゃないですよ!」
「早く倒さないと!」
「それより逃げましょう!」
「きゃあ~~!」
「す、すみません、狼太郎さん! お体にさわってしまいました!」
「蛇太郎、お前責任取るのか?!」
「今それどころではないのでは?!」
三人の英雄にとっても、仲間たちにとっても、ここは未知の惑星であった。
 




