情けは人の為ならず
祝、300話突破!
そこいらの民草に普段使っている農具を持たせ、縄で縛られている抵抗できぬもの、それもケガ人を指さし。
「さあどうぞ」
と言ったなら、暴行を行うだろうか。
これが、打たねばお前も厳罰だ、と言われればあるいはあるかもしれない。
しかしそれでも、打つより打たれる方がマシだ、と思う者もいるだろう。
だがもしも、大喜びで積極的に暴力を振るわれるのであれば。
それは民草に問題があるというよりも、縄で縛られている者に問題があるのだろう。
この場合は、罪があるというべきなのかもしれない。
「てめえこのよくも私の(放送禁止用語)してくれたな!」
「やろうこの(成人指定)がなんだって~~ぇ?!」
「憶えてたからな忘れてねえぞお前が忘れてもその(差別用語)だぞ!」
「なにが(意味不明)だ馬鹿野郎が!」
「のぼせやがって(エラー)なんて抜かしたな!」
うら若き乙女たちが、こうも言葉を荒げるのは、相応に酷いことをされたからだろう。
彼女たちは尊厳を脅かされたのだ、多少荒っぽいことをしても天が許して大王が許して麒麟が許して村の人々が許すだろう。
「許してくれ~~!」
「誰が許すかこの(××××)が!」
だが山賊は許されない。
道に外れるとは、倫理を脅かすとは、かくも恐ろしいものである。
ここまでされるほどひどいことをしたのかはともかく、ここまでされるようなことをしたのは事実である。
少なくとも彼女たちは、それぐらい怒っていたのだ。
「ひぃい……」
なお、カリ。
もしかしたら自分も酷い目に遭っていたかもしれないということで、とても怯えている。
「……女ってこええ……」
先ほどまで羨んでいた、十二魔将の配下を名乗った山賊たち。
彼らが好色の限りを尽くした結果を目の当たりにして、恐怖に顔をゆがめていた。
「お二人とも、よく見ていることです。鬼気迫る勢い、乾坤一擲、全身全霊。それらはかくも恐ろしいんですよ」
女性の底力を知る麒麟は、二人に教えを授けていた。
尊厳を脅かされた女性の怒り、これほどであった。
「そしてよく見ることです。周りの人を」
麒麟は、かつての自分を、自分たちを思い出す。
英雄に追い詰められ、しかし誰にも助けを乞えなかったあの日のことを。
「誰も止めてくれない、誰も助けてくれない。それが人の道に反するということです」
「ぼ、僕もあんなことになるんですか?」
「君は大丈夫ですよ。得をしていませんからね」
麒麟は、いつかガイセイに言われたことを思い出した。
悪事は長続きしない、善良に生きるよりよほど難しいと。
彼らがかくも行き過ぎた暴力を受けているのは、悪事を重ねすぎたからだ。
もしも彼らがある程度節度を持っていれば、捕まったとしても、被害者からここまで暴力を受けることはなかったであろう。
精々『いやいや、盗まれたものも返ってきましたので』という具合に、やんわりと法の裁きに任せてくれただろう。
もちろん公的な法の裁きが、これよりも柔らかいわけもないのだが。
「悪人の末路なんて、あんなものです」
麒麟は、哀れな彼らに共鳴していた。
彼らを助ける気などこれっぽっちもないが、しかし彼らが他人ごととは思えない。
「二人とも、悪いことをしてはいけませんよ。どれだけ辛く苦しくとも……法を破らぬように生きることです。法を破って生きる方が、よほど辛く苦しいものですから」
二人の少年は、まさに痛い目を見ている彼らを、目に焼き付けていた。
なるほど、法を破るとああなるのだ。法は大事にしよう、女の人も大事にしよう。
なぜなら、怖いから。これが抑止力である。
「さて、僕の仕事は斉天十二魔将を騙る不届き者を退治することですが、それは終わりました。ですがあの死体のことで、彼に聞くことができました。彼を連れて帰りたいところですが、あの死体の処理もありますし……」
さて、そろそろ日暮れである。
麒麟にしてもBランク上位との戦いは、精魂を使い果たすものであった。
ここから死体を安全かつ衛生的に始末し、さらに両手両足を折った山賊の頭を抱えて帰る、というのは無理がある。
特に、夜道は確実に迷う。
「よろしければ、一晩泊めていただきたいのですが」
それを聞いた時、村の誰もが一旦止まった。
今まで散々『十二魔将』を泊めてきたのだが、本物は初めてである。
「どうぞ、我が家へ!」
「いやいや、我が家へ!」
「少し歩きますが、どうぞ我が村まで!」
「ウチには新しいベッドがあります!」
「いえいえ、うちには娘が三人もおりまして!」
「こっちには隠してある美味いもんや美味い酒が!」
「何をいうか、こっちが先だ!」
まさに、先を争って、一晩の宿を争う村人たち。
まさか麒麟が一晩で今まで以上に食い荒らすわけもないし、本物を泊めたとなれば末代までの語り草であろう。
なにより……。
「十二魔将様! ウチへどうぞ!」
「十二魔将様~~! 私、十二魔将様の武勇伝が聞きとうございます~~!」
「麒麟様! どうか、私に都の話を!」
「麒麟様! 私、前から十二魔将様を尊敬しておりまして!」
「抱いてください!」
「私(十八禁)ですよ!」
玉の輿に目がくらんだ女性陣が、返り血まみれのまま言い寄ってくる。
全員が血化粧で言い寄ってくるので、もはやゾンビ映画である。
しかしそれに彼女たちは気づかなかった。なぜなら、それどころではないから。
「……では、ウンサク君の家に泊めてもらいましょうか」
「ええ?! ウチはきたな……」
「おめえは黙ってろ!」
「ええ、汚いですけどどうぞ~~!」
困ったときはお互い様、の精神はどこへやら。
ウンサクの両親は、へつらいの笑みを浮かべながら麒麟を家へ招いた。
「へえ、十二魔将様?!」
「なにか問題でも?」
「いえいえ、まさか。し、しかし……その、そいつの家に行かれるのはどうしてで?」
「実は先ほど、そこの少年に助けられまして。恥ずかしい話ですが、道に迷っていたところを案内してくださったのです。それに……」
麒麟は、さっきのことを思い出した。
「私の不手際で彼を危ない目に遭わせてしまいました。そのお詫びというわけではないのですが、私が泊まることでお役に立てるのであれば、と」
「そうですか! いや~~うちの子がそんなことを!」
「よくやったね~~!」
まさか麒麟が決めたことに口出しできるわけもなく、ましてや横暴さのかけらもない理由であれば、皆引き下がるしかない。
なんとも矛盾したことではあるが……偽物は偽物ゆえに横柄で欲の皮が張っており、歓待の気が失せる。しかし本物は本物なので謙虚で誠実で、歓待したくとも応じてくれないのだ。
「それから、よろしければこの亜人の少年も一緒に泊めていただけませんか。彼は山賊に飼われていた、哀れな奴隷です。せめて一晩でも、暖かいところで美味しいものでも」
「ええ! そういうことであれば!」
「一晩と言わず、何日でも!」
そして、本物の十二魔将を迎えた家族たちは、その気風にほれ込んでいた。
ひたすら強く、悪に容赦がない一方で、被害を受けたものへの理解もある。
育ちが良く、気品があり、情が深い。亜人ではあるが、さぞ名の有る者なのだろう。
実際の十二魔将、今の他の面々がどうだか知らないが、とにかく麒麟は受け入れられていた。
「きぃ~~!」
と、声にならぬ声も聞こえてきた。
逃がした魚が大きすぎて、彼ら彼女らの許容量を超えていたのである。
その鬱憤をぶつけるべく、生贄へ暴行が再開されるのだが……まあやむなしであろう。
※
翌朝には感謝を込めてちょっとした宴を開くので、それには参加してほしい。マジで、お願いします。
それを麒麟は了承し、その代わりに帰り路の案内をお願いした。かくてこの村から、本格的に脅威は去ったのである。
なお、別の争いの種がまだ残っている模様。
斉天の旗が家の前に飾られて、ここに麒麟が泊っていると宣伝しつつ、一家では細やかな祝いが催された。
山賊やウンサクから隠していた食材や酒で、村の基準では豪華な食事が行われた。
そのごちそうを食べる麒麟は、少し顔を青くしながら『ありがとうございます』と言っていた。(美味しいとは言っていない)。
カリもそれに与り、温かい食事を満腹になるまで食べて、少し戻しかけた。胃がびっくりし過ぎたと思われる。
ウンサクもがっつり食べていたが、おかわりの三杯目からは野犬だった。彼がとってきた、三体のアレである。もちろん、今食べているご馳走よりも、さらに美味しくない逸品であった。
両親もお酒を飲んで大騒ぎをしていたが、そのうちに酔いが回って寝てしまった。
麒麟も残る少年二人も、さあ寝ようかということにして……。
「麒麟様。どうやったら十二魔将になれるんですか?」
灯の消えた家の中で、少年たちから質問を受けていた。
「なりたいんですか?」
「はい!」
今まで何度も、十二魔将になりたいとウンサクは言っていた。
しかし麒麟が十二魔将だと知って、その力も実際に見て、同じことを言うとは驚きであった。
「俺……英雄になりたいんです!」
暗い夜の森の、その奥にある小さな村の、小さな家。
その中で横になっている少年二人は、麒麟と話をするという機会を活かしていた。
「ぼ、僕も……僕もなりたいです!」
カリもまた、麒麟に憧れていた。
圧倒的な力を持ち、しかしそれを誇示せず、人を傷つけず、尊敬される。
そんな英雄に、自分もなりたかったのだ。
「貴方みたいな、凄い人に!」
「おう! 俺もです!」
そんな二人の言葉を聞く麒麟は、少し冷ややかだった。
もしもホワイトが同じことを言われていれば、さぞ大喜びしたに違いない。
それを押し隠しつつも、闇の中でにやにやしていたはずだ。
だが、麒麟は違う。
彼にとって憧れられるのは、今更のことだ。
むしろガイセイの腰巾着をやっている方が、よほど安心できる。
しかし、それを彼らに言ってどうするのか。
麒麟はあえて、英雄を演じた。
「そうですか……では、強くなることです」
強さ。
それが何よりも大事である。
麒麟自身、キンカクたちに聞いたことがある。
自分が十二魔将になって、キンカクたち古株や、ラセツニやナタのような元十二魔将は怒らないのか。
それを、三人は笑わずに否定した。
強いのならば、何の問題もないと。
「弱いくせに十二魔将になりたがる、それこそが許されないことです。強いのならば、それは罪に当たらない。十二魔将の先輩から、僕はそう聞きました」
「強く……麒麟様みたいに?」
「他の十二魔将様も、麒麟様みたいに強いんですよね?」
「いいえ、僕よりずっと強い人がたくさんいます」
ちょっと誇張だった。
たくさん、というのは言い過ぎである。
麒麟よりも強いのは、厳密には二人だけであった。
その、厳密、というのもいろいろとあるのだが。
しかし、そこで細かいことを言っても混乱させるだけであろう。
なにより、ずっと強い、という一点に一切の偽りはない。
「僕はガイセイ隊長……今は二席にある、西原のガイセイ様に挑み、敗れ、軍門に下った身です。まあケンカして負けて舎弟になった、という感じですね」
「ガイセイ様……すげえんだ!」
「信じられません……でも、二席ってことは、首席様はもっとすごいんですよね?」
「そうそう! 首席! 首席様は?!」
やはりというべきだろう。
十二魔将の中で語るなら、どうしても首席が気になって当たり前だ。
ましてや二席をこれだけ褒めれば、首席はどれだけ凄いのかという話である。
「……凄いですよ、首席様は」
期待に応えるべく、欺瞞情報を流すことにした麒麟。
昼に山賊が『真実』を並べて『嘘』を教えたように、麒麟も彼らを騙して希望を持たせることにした。
「斉天十二魔将首席で、次期大王様で、征夷大将軍で、Aランクハンターです」
「すげえ!」
「なんかすごいですね!」
欺瞞もいいところだった。
嘘は言っていないが、希望を持たせ過ぎている。
子供の夢を守るには、大人が嘘をつくしかないのだ。
「とにかく……強くなることです」
言ってて白々しかった。
一番すごい人なのだが、病気の子供並みに貧弱である。
この間も気圧や大気中の成分が変動したことに反応し過ぎて、謎の症状扱いされていたし。
だがしかし、強くなくてもAランクモンスターを大量に仲間にすればいいよ、とは言えない。
麒麟が生まれた世界でも難しい上に、この世界ではさらに難しいことだった。
多分、強くなる方がよっぽど簡単である。
「法を守って強くなれば……」
「なれますか?!」
「僕も頑張ります!」
どうだろうか。
麒麟は思わなくもない。
ウンサクはともかく、カリに目があるかどうか。
あえて言う、これに欺瞞は許されない。
正道を歩むのならば、別の道も見つかるだろう。
「カリさんは、もしかしたら厳しいかもしれません」
「うう……やっぱり」
「ですが、強くなり正しくあるのなら、必ず感謝や尊敬はついてきます。心無い者もいるでしょうが……それは、弱いままでも同じだと、ご存じのはず」
「……それなら、やっぱり、強くなりたいです」
強くなっても無駄かもしれないが、弱いままよりはましだ。
彼は弱く哀れで惨めだからこそ、そこから先を強く願っていた。
「俺も! 俺も! すげえ強くなって、麒麟様みたいな十二魔将になります!」
「……頑張ってください」
麒麟は、どうしても故郷を思い出す。
捕まってしまった、多くの同志たち。
彼らを残してきた、どうしようもない己を省みる。
(僕は……あの時もそうするべきだった)
正道を、合法を、人に迷惑をかけない生き方を探すべきだった。
それは自分だけではなく、仲間たちにもそうするべきだった。
自分は指導者ではなく、扇動者だった。
ただ暴力で従えて、間違った道へ向かわせただけだった。
あるいは、先ほどの山賊よりもよほど。
殴り殺されても、文句の言えない半生だった。
暗い森の中の、狭い家。その中の闇に、麒麟は過去を描く。
しかし少年たちは、明るい未来を描いていた。
(俺も、麒麟様みたいになりたい)
(僕も、麒麟様みたいになりたい)
圧倒的な強さを持ち、人のために戦い、感謝される。
そんな立派な英雄の目標として、麒麟を描いていた。
そしてそれを描いたままに、夢の中で続きを見るのだ。
それは今、ただの夢でしかない。
だが先のことは、誰にもわからない。
確かに言えることは、麒麟は十二魔将の威厳を守ったということだった。




