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ダメージレース

 さて、各地への伝令に向かっていたキンカクたち三人は、一旦チョーアンに戻っていた。

 クラウドラインほどではないが、足が速い方のドラゴンを借りることができたため、往復もスマートであった。

 とはいえ、その往復が彼らにとって、気晴らしになることなどないのだが。


「そうか……南は比較的優勢、北は守勢に回っている状態、東は膠着……なるほど、西以外は想定通りか」


 その三人から報告を受けるのは、執務室にいる現大王ジューガーだった。

 獅子子の報告や西の動きから、他三か国の動きは想定できていた。

 だがそれでも、四方向から同時に攻め込まれている、というのは気が滅入る話だ。

 それはキンカクたちも同様であり、状況が苦しいものであると、確認してきたことで表情は重い。


「西の大王は、愚かではあるが無謀ではなかったな。やはり動くに動けんか」


 コホジウなる若き大王は、その優れた外交的手腕を発揮していた。

 元から同じく央土へ攻め込んでいたとはいえ、互いにも攻め合っていた国々が和合している。

 その手腕だけ見ても、彼の有能さは計り知れない。

 これは、戦況を把握すればするほど思い知らされることである。


「キンカク、ナタはどうしていた」

「……戦線への参加を希望しておりました」

「そうだろうな……奴が一番つらいだろう」

「いえ……ダッキ殿下や陛下に比べれば……」


 キンカクたちは、最初自決、殉死を望んでいた。

 自分たち以外の十二魔将が戦死し、大王が崩御したのであれば、自分たちが生きていることに耐えられなかった。

 それでも奮い立っているのは、現大王に奮起を促されたから。そしてダッキが立ち上がり、なんとか成長しようともがいているから。

 そして、西重との戦線に参加できるから、であろう。


 怨敵を討ち滅ぼし、王都を奪還する戦いに身を投じる。

 武人として、これ以上ない戦いであろう。そこから先のことなど、一切考える必要がないほどに。

 だが、それにさえ参加できないナタは、果たしてどれほど苦しんでいるだろうか。三人は、後輩の苦悩を憂いている。


「……お前達は、新しい十二魔将をどう思っている?」


 大王は、あえて私情を聞いていた。

 もちろん大王が彼らを問いただしたところで、本音が返ってくるとは限らない。

 それに話をしたところで、解決できない問題が露見するだけかもしれない。

 それでも聞くのは、聞かずにはいられないからであろう。


「……本音を言わせていただければ」


 口を開いたのは、キンカクだった。

 他でもないナタへ、訃報を伝えに行った男だった。


「このような状況でなければ、到底受け入れることができない人選です。我等にとって斉天十二魔将とは、首席であるギュウマ様あってのもの」


 ギュウマと三人は、それこそ義兄弟のような関係であった。

 ギュウマが引退する時、共に職を辞して、アッカのように引退生活を楽しむつもりだった。

 彼ら三人は、それだけ慕っていたのである。


「新しい首席である狐太郎様、ご本人に非はないとしても……ゴクウやコウガイ、ナタの三人ではないことが許せません。ギュウマ様に鍛えられたあの三人以外に、ギュウマ様の後継者は考えられない」

「ナタも、そう思っているか」

「無論です。ナタは首席を目指してはおりませんでしたが、十二魔将という組織を愛しておりました。ゴクウかコウガイ、どちらが継ぐとしても問題はない。そう信じるからこそ引退したのであり……あの二人以外など、許せますまい」


 キンカクは、本音を語っていた。

 それに対して、ギンカクもドッカクも、異論はないようだった。

 しかし現状がそれと著しく異なるにも関わらず、彼らは怒りをあらわにはしていなかった。

 それは怒りを隠しているのではなく、単に怒っていないだけだった。


「……そうであろう」

「ですがそれは、平時であれば、のことです。狐太郎様をはじめとするお方々には、感謝しかありません」


 もしも平時であれば、政治的な理由で狐太郎が首席に選ばれたのであれば、それこそ三人は怒り狂っただろう。

 それにはナタも同調し、国家が割れた可能性さえあった。


 だが、今は違う。

 斉天十二魔将が事実上壊滅し、その役割を果たせなくなったからこそ、狐太郎たちに役目を押し付けることになったのだ。

 はっきり言えば、十二魔将が負けたから、その立て直しを彼らにやらせることになってしまったのである。


「順調に航海している船の船長になることと、嵐の中で転覆寸前の船の船長になることでは、まるで話が違うでしょう。同じだと考える方がどうかしている」


 仮に、死者と話ができたのであれば。

 ギュウマやゴクウ、コウガイと話ができたのであれば、彼らは伏して力不足を詫び、狐太郎たちに後を託すだろう。


 どう考えても、敵と戦って壊滅した組織に、名誉も価値もない。

 そんな組織の名前を引き継がせたことに、罪悪感さえ覚えるほどだ。


「あの時……陛下と共に頭を下げたことは、けっして偽りではありませぬ」

「そうか」


 狐太郎が逃げようとしたことも、咎められるものではない。

 リァンも言っていたが、まともな考えの持ち主なら逃げるのが当たり前だ。

 むしろ、一度渋ったあとに請け負って、きちんと仕事をしてくれている。

 それが異常なのであろう。


「では……他はどう思っている?」


 狐太郎が弱いのは今更だが、他の面々はどうか。

 任命権はジューガーにあるが、不満はないのか。


 先日の状態では、それを判断する力などなかっただろう。

 思うところがあっても、言葉や形にする余裕もなかっただろう。

 だからこそ一応は、聞いておく必要があった。


「……」


 三人は少し不思議そうに、顔を見合わせた。

 そのうえで同時に気付いたのか、代表してドッカクが話し始めた。


「大王陛下……失礼ですが、先代であらせられる兄君や、先々代である御父上から、十二魔将の条件に付いては聞いておられますか」

「いや……申し訳ないが、私は聞いていない」


 元よりジューガーは、大王になる気などなかった。

 この状況でごねるほど意固地ではないが、十二魔将を選ぶ立場になると思ったこともないので、その条件を知ろうともしていなかった。


「さようですか……では恐れながら……十二魔将の条件をお教えしましょう」

「うむ」


 どうにも、十二魔将には選考基準があるらしい。

 今更それを聞いても、態々選びなおす余裕はないし、そもそも人材に遊びがない。

 それでも現大王として、ジューガーはドッカクの言葉を待った。


「強さです」

「……個人としての?」

「そうです」

「……他には一切ないと?」

「ええ、人間に限りますがね」


 強い人間なら、誰でも十二魔将になれる。

 なんとも剛毅な話だが、大真面目にギンカクは言い切っていた。

 ある意味既知の条件ではあったが、他に一切基準がない、というのは驚きであった。


「先々代であらせられる御父上も、先代であらせられる兄君も……先代首席であったギュウマ様も、それこそが十二魔将の誇りであるとおっしゃっておりました」

「カセイの討伐隊と同じだな……なるほど、それならば不満はないか」

「ええ。大王陛下がお選びになった十二魔将に、我等も不満などないのです。基準が同じですので」


 西重のウンリュウ軍を打ち破った討伐隊、その主要な面々が十二魔将を引き継ぐ。

 それは実力の証明としては十分であった。

 共に轡を並べて戦線へ身を投じた三人は、それを強く理解している。


「首席であらせられる狐太郎様には、少し思うところがありますが……あれだけのモンスターを従え、他の魔将たちからの信頼も厚い。であれば口を挟む余地はありませぬ」


 例外と言えば、やはり首席の狐太郎だろう。

 だが彼は押し付けられた生贄だ。にもかかわらず、健気に頑張っている。

 生き恥を晒している古株が、偉そうに文句を言うのは筋違いだ。


「アッカ様の弟子ガイセイ、悪魔使いのルゥ伯爵、スロット使いのホワイト。彼ら三人は、ゴクウ達にも劣らぬ強者です。二席、三席、四席の座に相応しいでしょう」


 西重の英雄を討ち取った、無名の英雄三人。

 彼らはゴクウやコウガイ、ナタにも見劣りしない新星。

 この三人であれば、その席に不当とは言えないだろう。


「五席に就いたシャイン殿も、当代きってのスロット使い。六席の原石麒麟も、我等の格上。それだけの戦力を既に従えておられた、現大王陛下には頭が下がります」

「うむ……そうか」


 結局、大王の人事で問題があったのは、やはりコチョウ一人なのだろう。

 将軍と言うか、狐太郎の補佐、程度にしておいたほうが良かったのかもしれない。

 彼らの心中はそれであり、何の不満もなかった。


「強いて申せば、残った席に座る予定の、ルゥ伯爵の姉君と兄君。その腕前を実際に見たいという程度でございます」

「うむ……そうか」


 自分の部下がべた褒めされているのに、ジューガーの顔は曇っていた。

 曇っていたというか、歯に何かが挟まっているかのような、なんとも言えない顔をしていた。


「ギンカクよ、お前は先日の戦いで麒麟と共に戦ったな」

「ええ……ガイセイに代わって抜山隊を率いる彼が先頭を行き、その殿を務めました」

「恥ずかしい話なのだがな……私は、彼のことを良く知らんのだ」

「は?」

「もちろん、強いとは聞いていた。人柄もガイセイから聞いているし、ショウエンたちと同じ時期に森へ入って、頭角を現したとも聞いている。だからこそ六席を任せたが……彼がどんな風に戦うのか、実際に見たことはないのだ」


 これには、ギンカクも驚きである。

 しかし新しいAランクハンターならともかく、抜山隊に加入した麒麟を一々精査するわけがない。

 豪傑ぞろいの討伐隊の中でも、さらに抜きんでた強者である、というだけで十二魔将の六席を任せるに値するだろう。

 非常事態であるし、一々確かめる暇もあるまい。

 だからこそ、実際に一緒に戦ったギンカクへ、恥を忍んで聞いているのだろう。


「一度も、戦うところを見たことがないので?」

「いや……究極と呼ばれるモンスターを相手に、戦うところは見た。スロット使いとは違うが、ササゲ君と同様に多くの属性を操る事は知っている」

「ええ、私も実際に見て驚きました」


 黄金世代と呼ばれる、多くの精鋭。それが配置されていた軍勢に対して、討伐隊は戦力を分散させつつも、各隊に抜きんでた強者を複数配置することで対応した。

 なんとも無茶苦茶な話だが、後になって武将や十二魔将に選ばれる面々が多くいたのだから、それを思えば最初から豪華な軍勢だったのだろう。


「西重の黄金世代は、まだ若い者たちばかりでした。それでも三人も集まれば、私でも手こずる新鋭です。それを彼は、たった一人で蹴散らしていきました」


 狐太郎と同郷であり、同じ人種であり、小柄で細い若者。

 それが麒麟の姿であり、正直に言って見くびっていた。

 こんな小僧を、なぜジョー達は信じているのか、疑問に思っていたほどだ。


 だが実際に先陣を切って暴れだしたとき、それは吹き飛んだ。

 ジョーやショウエンにも見劣りしない精鋭を、ある時は切り散らし、ある時は焼き払い、ある時は殴り殺した。

 二人三人と襲い掛かってくることもあったが、それでも周囲の雑兵もろとも消し飛ばした。

 彼はほぼ一人で、兵力で劣る抜山隊の快進撃を支えていたのである。


「私は隊の後方にいたので、その姿を見ることはできませんでした。そのように人影に隠れるほど小柄な身で、私が不要に思えるほど無双の働きをしたのです」

「……そうか」

「もちろん、若さはありました。本人は努めていましたが、どうしても雑になるところがありました。ですが、それは本人に余裕がありすぎたからです」


 今回将軍に抜擢された三人。

 彼らと実際に戦場で戦ったキンカクやドッカクたちは、彼らが効率的に、合理的に動く姿を見ていた。

 油断もなく慢心もなく、広い視野を保っていた。まさに武将のそれだった。


 麒麟は違う。

 縦列に伸びた隊の、その側面を狙われたこともあった。

 抜山隊の隊員でもどうにかできる相手だったので問題なかったが、奇襲に気付かなかったことは事実であろう。


 強大なモンスターと単独で戦うことが多かった彼にとって、あの戦場は緩かったのだ。

 真面目に戦おうと思っても、余裕がありすぎて気が抜けてしまうのだ。


「十二魔将になる基準は、本来厳しいものです。ですが彼は、それを軽々と超えている。アッカ様の弟子であるガイセイの影に隠れてはいますが……」


 まだまだ若く、経験が足りない。

 緩く、甘く、雑になっている。

 しかし、そんなことは問題ではない。


 普段のように、苦戦を強いられる強敵と戦うのなら。

 彼は油断も慢心もなく、危うげもなく戦えるだろう。


「彼に比べれば、むしろ我等三人こそが見劣りするでしょう。それほどの実力者です」



 Bランク上位モンスター、サイクロプス。

 この世界でも有名な、強力なモンスターである。

 他の同ランクモンスターがそうであるように、軍が出動しなければ勝てない化物である。

 各地の領主が抱えるBランクハンターでも、単独では足止めさえできない怪物である。


 これを持ち込んだ西重軍をして、完全に制御できていたわけではない。

 ある程度敵味方の区別はついていたようだが、そこまで融通が利いたわけでもない。


 ましてや、ここには西重軍などまったくいない。

 ただ無思慮に、野生に返ったように、自由に暴れるだけだろう。


「ははははは!」


 山賊の頭は、大いに笑っていた。

 自分が助かったわけではなく、今この瞬間踏みつぶされるかもしれないと分かったうえで、麒麟の失敗を笑っていた。


「ははは! さあ、どうする? どうするんだよ、十二魔将様!」

「……」

「十二魔将なら、倒せるんだろ?! あんなモンスターはよう!」


 悲鳴にも似た嘲りに気付かぬほど、カリやウンサクは腰を抜かしていた。

 巨大なモンスターの足元にいる、それを知っただけで絶望したのだ。

 象がいることに気付いた鼠のように、大きい存在はそれだけで恐ろしい。


「それとも! 助けてくれって泣きつきに行くのか?! 本物の十二魔将様のくせに!」


 客観的な事実として、逃げるかどうかはともかく、先代の十二魔将の半数以上が、Bランク上位モンスターを単独で撃破できない。

 仮にキンカクたち三人がそろっていても、勝ち目の薄い相手と言わざるを得ないだろう。

 ただ一体のモンスターは、それだけの力を持っている。だからこその、Bランク上位なのだ。


「……失敗しましたね」


 麒麟は、素直に失敗を認めた。

 麒麟が余計なことをしなければ、避けられた事態である。


「ははは! どうだ、本物! お前らなんて、大したことねぇんだよ!」

「失態は認めますが、うるさいですよ」

「はは……ぐぁああ!」


 ごきり、と骨が折れた。

 細い骨ではない、太い骨が折れていた。


「貴方には聞くことができました、大人しくしていてくださいね」

「あ、あ、あぐ、あぐ!」


 両手両足の骨を、力まかせで雑に折った。

 当然猛烈な痛みが襲うだろうが、死にはしないだろう。

 この世界の住人は頑丈であるし、出血もない。もちろん、内出血はすさまじいことになっているのだが。


「……まずい、本当にまずい」


 もちろん、山賊の頭を動けなくしたところでもう遅い。

 既にサイクロプスは解き放たれているのだから、なんの意味もない。


 それが分かっているからこそ、麒麟は余裕を失っていた。

 見上げたそこには、やはり股の下。


 周囲を見渡しているらしく、わずかに動いている。

 このサイクロプスが、この森の木を跨ぐほど大きい以上、先ほどの村を『気付かずに』踏んでしまう可能性もあった。

 

 本当に、大問題である。これでは何をしに来たのかわからない。


 そんな心中が、彼の表情に現れていた。

 それを見て山賊の頭は、激痛に悶えながらも笑う。

 カリとウンサクは、縋るべき十二魔将が青ざめているところを見て、いよいよ希望を見失いかけていた。


「転職武装、勇者」


 その次の瞬間だった。麒麟が輝き、武装していたのだ。

 先ほどまでは変な恰好ではあったが、普段着であることは明らかだった。どう見ても、武器も防具も持っていなかった。

 この世界の理屈で言えば武器を一瞬で装備するのは異常なのだが、それを思い返すよりも先に気付くのは、麒麟が今まで普段着で戦っていたことである。

 

「……早く倒さないと、大変なことになる! もう大変なことになっているけども!」


 そして、サイクロプスが足を動かす。

 巨大で汚らしい足の裏が、倒れている山賊たちや、カリ、ウンサクの上に落ちてくる。


「キョウツウ技、フィジカルチャージ。ショクギョウ技、勇気の輝き!」


 あまりにも単純な、攻撃ですらない加重。足下のアリに気付かない、巨大な象の一歩。

 それに対して麒麟は、自己強化を重ねる。見るからに重く、大きい足。それを力で迎え撃つ。


「キョウツウ技、ジャンピングアッパー!」


 大きさの比で言えば、針を踏みつけたようなものだろう。

 素足で岩山を歩くサイクロプスが、針を踏んだぐらいで痛みを感じるわけもない。

 それこそ、針の方が折れ曲がるだろう。


 だが、その針が鉄ではなく、もっと硬ければ。早く力を込めていれば。

 強化に強化を重ねた、跳躍しながらの一撃。

 それを足の裏に食らったサイクロプスは、絶叫しながら仰け反った。

 転倒することこそないものの、大きく下がる。


 そしてその大きな目で、地上を見てくる。

 一つしかない巨大な目が、麒麟たちを見ていた。

 それは足下のアリに対して、怒りを燃やしている顔だった。


 同じ視界に入っている、山賊の頭と少年二人はそれどころではない。


「倒す……のはまずいか。このまま、できるだけ……立ったまま倒す!」


 そんなことは、麒麟もお構いなしだった。

 一切の余裕がなくなったからこそ、この男に容赦は一切ない。


「キョウツウ技、マジカルチャージ。ショクギョウ技、勇気の輝き!」


 彼の掌に現れたのは、白い炎。

 触るまでもなくわかる、熱量がこもった炎。

 それが、麒麟の小さな掌から放たれた。


「キョウツウ技、ホワイトファイア!」


 強化を重ねた炎が、サイクロプスの顔を焼く。

 それは人間に似ているサイクロプスにとって、重大なダメージになるかと思えた。

 山賊の頭や二人の少年は、そう思ったのである。


 だが、そんなことはなかった。

 サイクロプスは、顔を押さえていた。

 叫びは上げていた。

 しかしそれは、人間で言えば顔を強くぶつけた程度だった。


 断末魔の叫び、には程遠い。

 ある意味元気に、地団太を踏んでいる。


「ああ、まったく……これだからBランク上位モンスターは!」


 そして麒麟も、まったく驚かなかった。

 装備していた剣を、今更のように構える。


「ショクギョウ技、多重魔法剣!」


 彼の剣から、六属性の魔法が吹き上がる。

 それは、この世界においてスロット技とされる高位の技だった。

 もちろん、麒麟の世界においても、上位とされる希少な技である。


「キョウツウ技、フィジカルチャージ。キョウツウ技、マジカルチャージ。ショクギョウ技、勇気の輝き!」


 麒麟の表情に、余裕など一切ない。

 彼は持てる力を全てぶつけるべく、巨体に向かって跳躍した。


「ショクギョウ技……クリティカルスラッシュ!」


 それは、余りにも奇妙な光景だった。

 サイクロプスと人間の大きさの比は、それこそ人と蚤である。

 蚤が跳びあがって、人を斬った。

 人は袈裟に斬られて、大量の血を噴出していた。


 皮が切れたとかではない、肉が深々とえぐられていた。

 普通の人間なら、明らかに致命傷である。

 蚤が人間を斬って、致命傷を与えた。これは尋常ならざる事態であった。


 だが、蚤が蚤ではないように、人もまた人ではない。


 袈裟に斬られたことで、明らかなダメージを受けたことで、サイクロプスも本気になっていた。

 それこそ、ハエでも叩くように、巨大な掌を振り回して、叩き落としたのである。


「ショクギョウ技、シールドガード!」


 とっさに、麒麟は防御をする。

 巨大な掌に向けて、強化された盾を向ける。

 それがどの程度の軽減を発揮したのかわからないが、麒麟は地面へと衝突した。


「ひぃ!」


 サイクロプスの動きが、意識の有る三人には見えていた。

 麒麟が叩きつけられたのだと、彼らは理解していた。


 明らかに、麒麟はダメージを与えた。

 あの小さな体からは、信じられない破壊力を発揮していた。

 だがそれでも、サイクロプスは倒せなかった。

 一つ目の巨人は、ダメージを受けながらも反撃し、麒麟を叩き潰したのである。


 しかも、ただ叩き落としただけではない。

 まるで人間の子供のように、地面を勢いよく踏みつける。

 

 Bランク上位モンスターによる、重量を活かした踏みつけ。

 周辺が揺れて、木が軋んでいる。


 それは大人も子供も、等しく恐怖に落とし込む存在だった。


(俺は、なんてものを解き放ったんだ……!)


 山賊の頭は、今更後悔した。

 一軍をもってしなければ勝てないモンスター。

 そうだとは聞いていたが、実物を見たのは初めてだ。


 今痛めつけられているのは、憎らしい敵のはずだ。

 だがその暴れている様をみるだけでも、彼は完全に後悔していた。


「ひぃ……!」

「あ、あんなもん、勝てるわけがねえ……!」


 正真正銘、本物のモンスター。

 ウンサクが倒したCランクモンスターとは、一段階違うだけのBランク(・・・・)モンスター。

 その脅威は、地面だけではなく彼の心も揺らしていた。


 自分の小ささ、弱さ。

 それが骨身へ染みていった、刻まれていった。


 どうあがいてもどうにもならない、歯向かう気さえ起きない脅威。

 その存在を、彼は思い知ったのだ。


「キョウツウ技、マジカルチャージ。ショクギョウ技、勇気の輝き! キョウツウ技、ブラックトルネード!」


 それを、黒い嵐が吹き飛ばした。

 周囲の木々を大いに揺らしながら、黒い竜巻が巨体を切り裂いていた。


「ああ痛い……!」


 それが、麒麟の反撃だと気づいた。

 あの小さい身体で、彼は。

 ただ相手を痛めつけるだけではなく、それどころか攻撃に耐えていたのだ。

 その上、平然と反撃したのである。


「これだから上位は……」


 サイクロプスの巨大な目に、どれだけ視力があるのかわからない。

 しかしその目が麒麟を見ていれば、そこには絶望的なものが見えただろう。


「まあでも……これしか芸がないのなら、行けるかな」


 渾身のストンピングを食らっても、ほとんどダメージを受けていない麒麟の姿があった。


「キョウツウ技、フィジカルチャージ……!」


 絶望を理解できる知能が、サイクロプスにあるのかはわからない。

 しかし確かなことがあるとすれば、このまま戦えばなんの面白みもなく麒麟が勝つということ。


「キョウツウ技、マジカルチャージ……!」


 麒麟の最大の一撃を食らっても、サイクロプスは大ダメージを受けるだけだった。

 痛手はこうむったが、反撃はできた。


「ショクギョウ技、勇気の輝き!」


 だがサイクロプスの猛攻では、麒麟に対してダメージが少なすぎた。

 サイクロプスがどれだけ綺麗に攻撃をあてても、急所へ当てても、連続攻撃を成功させても、麒麟に大ダメージを与えられないのである。


「ショクギョウ技、クリティカルスラッシュ!」


 再びの跳躍、逆袈裟の一撃。

 先ほどと比べて、大きく威力が上がったわけではない。

 だが、先ほどと同じく、大ダメージが刻まれる。


 もちろん、まだ死なない、まだ倒れない。

 しかし、確実に死が近づいている。


 サイクロプスは、躊躇した。

 もしかしてこのまま戦っても、自分は勝てないのではないか。

 このまま真正面から殴り合っていれば、先に倒れるのは自分ではないか。


 サイクロプスは、確かに強い。

 鈍重で大味で、細かい動きは苦手だが、真正面から殴り合うことには優れている。

 だがしかし、それだけである。

 毒を浴びせて、時間経過によって有利になっていく、ということはない。


 シンプルゆえに強いが、シンプルゆえに大物食いに位置する能力を一切持たない。


「この手ごたえ……あと十発は必要ですね」


 そしてこのモンスターは頑丈であり、巨体であるがゆえに、あと十回もこの攻撃を受け続ける。


「よし、このまま押し切る!」


 三人は見た。

 巨大な怪物が、絶望を認識したその瞬間を。

 己が強大であることを呪う、その瞬間を。

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― 新着の感想 ―
[一言] Bランク上位は本当に強いんだよなあ 麒麟くんはそれよりちょっと上だけど
[一言] サイクロップス先輩思ったより頑張ってた なお頑張ったせいで痛めつけられて死ぬもよう
[良い点] 抜山隊が側面から奇襲を受けた理由を、隊員が雑魚っぽく見えたからだけでなく麒麟が指揮官として未熟だったからと言及されたこと。 こういう一つの物事に対して複数の見方が示されるのは良き。 [一言…
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