表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

298/545

月とすっぽん

 カリとウンサクは、麒麟こそが本物だと信じていた。

 大人を軽々と放り投げる姿は、まさに英雄のそれである。


 しかし、山賊たちは流石に信じていなかった。

 普通に考えて、こんな森の奥の村まで十二魔将が来るわけがない。

 それこそ、一笑に付すだろう。


(……まずい、クリエイト使いだ)


 だがしかし、彼らは既にクリエイト技に見える技を見ていた。

 そして実際のところ、クリエイト技と効果は大差がない。


 つまり、範囲攻撃ができる。

 今実演してみせたように、二十人を一度に攻撃できるのである。


 もうこの時点で、ほぼ全員の心が折れていた。

 エフェクト使いとクリエイト使いでは、松明と火炎放射器ぐらいに違う。

 炎の温度が同じだったとしても、射程と範囲が違い過ぎるのだ。

 それを知っているからこそ、山賊たちはほぼ全員逃げようとしていた。


「サンダーエフェクト、フラッシュバーン!」


 それを、一瞬の雷鳴が止めていた。山賊の頭が、電撃属性を使用したのである。

 彼は怒りに燃えた顔で、周囲をにらみつけていた。


「お前ら……なにびびってるんだ? 相手は、亜人で、子供だぞ!」

「で、でもお頭……クリエイト使いですぜ?!」

「だから何だ!」


 もちろん山賊の頭も、そんなことはわかっている。

 亜人の子供がクリエイト技を使えるわけがない、何かの間違いだ、などという気はない。

 流石に十二魔将だと信じているわけではないが、相手にするには分が悪すぎる。

 そもそも、勝ってもいいことがない。さっさと逃げるべきだった。


「てめえら、それでも男か! 亜人の子供を相手に逃げる気か!」


 だが、決定権を持った者が、常に賢いとは限らない。

 恐怖や道理をすっ飛ばして、彼は結論を出してしまっていた。

 これは、反抗なのである。下剋上なのである。

 少なくとも彼の中ではそうなのだ。


「この臆病者共が!」


 なるほど、山賊の頭であろう。

 悪い意味で、男らしかった。


「てめえら、それでも俺の部下か! このまま逃げて、どの面下げて生きていくんだ!」


 体格だけなら、ガイセイにも劣らぬ大男。

 それが電撃属性を使ってくるのだ、さぞ恐ろしかろう。


 ましてや目の前にいるのは、原石麒麟という『子供』だ。

 そんなのを相手に、逃げられるかと言えば否であろう。


 躊躇がなかったわけではないが、彼らも腹をくくった。

 あるいは、ただ自暴自棄になっただけかもしれない。


「そうですか、やりますか」


 対するは、麒麟である。

 斉天の旗をはためかせる、恐るべき戦士である。


 その彼が持つ旗は、実物を初めて見たカリとウンサクをして、本物だと分かる神秘性があった。

 刺繍というものさえ知らぬ彼らは、その布がどれだけ手間をかけて作られたのかさえ知らない。

 そしてそれを知らぬうえで、なお尊く美しいと見ほれていた。


 まさに、大王直属。

 この国で最も信の厚いものだけが、掲げることを許される旗だった。

 余人では、触れることも許されないだろう。


「では、お願いしますね」

「え?」


 麒麟はそれをくるくると巻いて筒の中にしまうと、それをウンサクに預けていた。

 そう、筒越しとはいえ、村の少年に渡していたのである。


「え? え?」

「汚したら怒られてしまうので、少し持っていてください」


 筋は通っているが、ウンサクは困惑していた。もちろん隣のカリも驚いている。

 かくてこの国でも最高に近い旗は、村の少年に託されたのである。


「ではどうぞ」


 余裕たっぷりだった。

 ゆうゆうとしたものだった。


 その態度が、山賊たちの中の愚かな部分に火をつけた。

 賢い部分の、逃げるべきだという警告を無視させた。


「ヒートエフェクト! ボイルフォーク!」

「ファイヤーエフェクト! バーニングサークル!」


 片や高熱属性、片や火炎属性。

 二人の山賊が、エフェクト技を武器に込めて切りかかる。

 当然ながら、当たれば体は焼かれ、さらに打撃のダメージもあるだろう。


「キョウツウ技、クリアアイス」


 ゆうゆうとしたものだった。

 麒麟は透明な氷塊を展開し、二人をまとめて氷漬けにする。

 彼らが過熱していた武器さえも巻き込んで、一瞬で凍結させていた。


 襲い掛かった者が、いきなり目の前で氷漬けになったのだ。

 それは、ただそれだけで恐ろしい。

 だがそれよりも恐ろしいのは、麒麟が先ほどとは違う属性の技を使用したことである。


「は、はあ?! 凍結属性……いや、氷塊属性か?! コイツ、突風属性じゃないのかよ?!」

「複数の属性のクリエイト技……スロット使いか?!」

「じゃあ、本物の斉天十二魔将?!」


 これには、山賊の頭も慄いていた。

 クリエイト使いというだけでも瞠目するのに、その二段階上の使い手など、それこそ初めて見る怪物だ。


「ふざけんな! 亜人がスロット使いだと?! そんなわけあるか!」


 だが、そんなことを彼は認められない。

 スロット使いと言えば、それこそ最高峰の使い手である。

 大将軍やAランクハンターの中でも、ごく一部しかいないはずだった。

 それを、亜人の子供が使えるなど、彼にとっては許せないことだった。


「ええ、僕はスロット使いではありませんよ」


 そして実際、麒麟はそれを認めていた。


「……?」

「……?!」


 スロット使いやクリエイト使いを知らぬ、カリやウンサクはともかく。

 ごく一般的な知識を持つ山賊たちは、逆に困惑していた。

 否定をしていたはずの頭でさえ、ただの強がりで否定をしただけなので、混乱する一方である。


「よく間違えられるんですよね」


 麒麟にしてみれば、よく言われることだ。

 獅子子や蝶花と違って、麒麟は複数の現象を発現させる。

 それゆえに、スロット使いと勘違いされることが多いのだ。


(……ここだ!)


 そんな困惑の中に紛れて、山賊の一人が麒麟の背後に回り込む。


「パワフルエフェクト……ヘビースイング!」


 怪力属性による、棍棒での不意打ち。

 それは小さな麒麟の、その頭に振り下ろされていた。

 回避も防御も間に合わない、そう思われていた。


 しかし、その図体で隠密は無理があった。

 戦闘が始まっていないのならまだしも、始まったのなら麒麟に隙はない。


「キョウツウ技、物理ガード」


 直撃の刹那、麒麟の体が淡く光った。

 その光に守られた頭は、ぶつかってきた棍棒をむしろ砕いたのである。


「こ、硬質属性?! いや、防御属性か!」

「似たようなものです」


 お返しとばかりに、麒麟が拳を振りかぶる。

 やはりその腕は、淡く光っていた。


「キョウツウ技……ロックフィスト!」


 ただの一撃で、大男が吹き飛ぶ。

 その先にあった大きな木が、激突に耐えきれず折れて倒れた。


「か、怪力属性……強化属性?」

「ど、どっちでも同じだろ……なんだよコイツ! いくつ使えるんだよ!」


 山賊たちは、いよいよ何もできなくなっていた。

 山賊の一団の中で、お頭以外にエフェクト技が使える三人が、もうすでに倒れてしまった。

 他の面々は、もちろん何の技も使えないのである。

 そんな状況で、いくつの属性を使えるのかもわからない相手に、立ち向かえるわけもない。

 

「……くそ!」


 山賊の一人が、慌てて駆けだした。

 麒麟はやはり悠々と、それをただ眺めているだけである。

 余裕綽々で見物されていることに苛立ちつつも、彼は麒麟ではなくウンサクへ襲い掛かった。


「……む」

「どうだ!」

「あ、ああ! ちくしょう、放せ!」


 ウンサクも普段ならば、こんな輩にあっさり捕まることはない。

 だが観戦し、見いっているからこそ、襲われて持ち上げられるまで、抵抗できなかった。

 首根っこを掴まれ持ち上げられ、旗の入った筒を抱えながらじたばたともがいている。


「……一応言っておきますが、僕は斉天十二魔将ですよ。正直申し訳ないと思いますが、村の子供のために命は捨てません」

「ああ、そうだろうな。だが……この筒の中身はどうだ? 大事な旗なんだろう?」

「それはそうですけど、その旗をどうするんですか? まさか、旗を人質にするとでも? 旗を返してほしかったら逃がしてくれ、とでも?」


 ウンサクがもがく一方で、麒麟は淡々としていた。

 ウンサクを抱えながら旗を汚そうとしている阿呆の、目指すところが分からなかったのだ。


「……うるせえな! 動けばどうなると思うんだ!」

「ですから、それを聞いているんですが」

「うるせえ! この旗が大事なら動くな!」

「大事と言えば大事ですが、貴方が期待しているほどではありませんよ。もしもそうなら、人に預けませんよ」


 麒麟は、まったくウンサクの心配をしていなかった。

 それは配慮の必要がないから、ではない。


「それに……」

「それに、なんだよ!」

「抱えているのなら、僕より早く攻撃できるとでも?」


 余裕の溢れる笑みだった。

 自信に満ちた顔は、どちらが人質を取っているのかもわからない。


「……ふざけんな!」


 その行為に意味がないことは、散々言われていた。

 だがそれでも、やれるもんならやってみろ、と言われて腹が立たないわけがない。

 彼我の距離は、槍の間合いよりもはるかに遠い。

 それでも加速属性ならどうにかできるかもしれないが、発動させるまでの数瞬があれば手にしているナイフを刺すことはできる。

 彼はそう踏んで、そうであって当然だと、ナイフを刺そうとした。


「キョウツウ技、ファストナックル」


 そのナイフを動かすよりも先に、麒麟の拳が顔面にめりこんでいた。

 それは、もはや瞬間移動の域である。加速属性どころの騒ぎではない、単なるスピードを越えた領域だった。


「は?」

「え?」


 散々数多の属性による現象を見てきた山賊たち、或いはカリとウンサク。

 どんな属性を使ったのか、まったく説明できない状況に誰もが陥っていた。


「大丈夫ですか?」

「は、はい!」


 ただの一撃で気絶した山賊は、ゆっくりと後ろへ倒れていく。

 それを眺めながら、麒麟は解放されたウンサクを地面に下ろした。


「あ、あの……今のは?」

「先制技です」

「は?」

「……ああ、この世界にはないんでしたね」


 相手がどれだけ高速で動くことができたとしても、先に動ける技。それが先制技、という概念である。

 もちろん複数存在し、優劣があり、同じ技を使うのならば素の速さが勝る方が先に動ける、という具合に『絶対に先制攻撃できる』というわけでもない。

 だがこの世界において、そんな概念はない。だからこそ、麒麟の攻撃は絶対に先に当たるのだ。


「さて……格好悪いですねえ、僕は」


 どう言い訳をしても、格下を適当に眺めていたら、その間に人質を取られたことは事実だ。

 格好をつけたつもりではあるが、流石に遊びが過ぎる。


 麒麟は、ウンサクを下ろした後、山賊たちを見た。

 ただ、見ただけだ。本当に、何も言わなかった。

 何かそれ以上の所作など、一切なかった。


 だが、雄弁だった。

 麒麟が気分を入れ替えたことを、彼らは理解した。


 それはつまり、力の差を誇示するのをやめた、ということである。

 何を意味するのかと言えば、処理に入ったということだ。


 別に、自己強化やら何やらを使ったわけではない。

 ただ単に、本当に、よしやるかと思っただけだった。

 それが、電波のように伝播していた。

 自分の近くにいた羊に対して、ぼけっとしていた虎が興味を向けた、それだけのことだった。


「にげ……!」


 麒麟は、もう何も技を使わなかった。

 ただ普通に襲い掛かって、普通に殴り始めた。


 自己強化もなにもせず、ただ普通に殴り掛かるだけ。

 それで十分、山賊たちをぶちのめしていく。


 山賊が百人ぐらいいれば、一斉に逃げれば一人か二人は逃げ切れただろう。

 だが十数人しかいない現状では、散り散りになって逃げることもできない。

 一撃で殴り倒される、しかも足は麒麟の方が圧倒的に早い。

 これで逃げられるわけがない。


「ち、ちくしょう……!」


 山賊の頭は、それでも勝ちを諦めなかった。

 彼の自尊心が、逃げることを許さなかった。


 もしもここで逃げることを選べば、あの子供が本物だと認めるに等しい。

 この国の頂点だと誰もが認める、斉天十二魔将の一人、原石麒麟。

 そんなことを、認められない。

 痩せたチビのガキを相手に逃げるなど、彼には耐えられなかったのだ。


 だが、何もできない。

 跳ね回るボールのように、麒麟は縦横無尽に襲い掛かっている。

 一瞬で右や左へ向かうので、襲い掛かろうにも位置を特定できない。

 

 そして、そんなペースで倒していたのなら、当然十数人など一瞬で消える。


「さて」

「!」


 目の前に、小さな亜人がいる。

 まったく疲れた様子がない、正真正銘の十二魔将がいる。

 認めたくない存在が、主張をしていた。


「改めまして……ガイセイ隊長の偽物ですね。同じ電撃属性の使い手のようですが……エフェクト使いのようですね」


 人間とは、不思議なものである。

 嘘をついて相手を騙していても、その相手から『凄いですね』と褒められていると、自分が偉くなったと錯覚する。


 十二魔将のガイセイだと名乗っていたのは、ただのおふざけだ。カリも言っていたように、バレたときは普通に襲うだけである。

 だが村の住人は見事に騙され、自分を十二魔将だと称えた。真偽を知っている部下たちも、ふざけて彼をガイセイと呼んだ。


 そうしているうちに、彼は自分が偉くなったと、強くなったと、凄いんだと錯覚した。

 それは気分が良かった、気持ちのいい夢だった。


 それを、彼は守りたかった。

 それを覚まそうとするものを、彼は許せなかった。


「他の方々もほとんどが素人で、数人エフェクト使いがいるだけ。いやはや……」


 そして、正真正銘の強者が、斬って捨てた。



「どこにでもいる山賊でしたね」



 もしも、ここにガイセイが来たのなら。あるいはキンカクやギンカク、ドッカクが来たのなら。

 全員が、最初の段階で頭を下げていただろう。それぐらいに、彼らは見るからに強いのだ。

 だが、麒麟だった。彼は見るからに弱そうなのだ、おそらく狐太郎と見分けがつかないほどに。

 その弱そうな男が、コケにしてくる。


「サンダーエフェクト……スパーククロー!」


 麒麟の頭を、放電しながら掴む。

 片手で軽々と持ち上げながら、迸る電流を頭に流していく。


「は、はははは!」


 山賊の頭は伊達ではない。

 他にもエフェクト使いがいるにも関わらず、頭と認められているのは伊達ではない。

 巨大な彼の体も、その筋肉も、電撃も、決して伊達ではない。


「ははははは!」


 ありったけのエナジーを込めて、電撃を見舞う。

 それは雷光と共に、カリやウンサクをひるませていた。


「はぁ、はぁ……!」


 そして、使い切った。

 力を使い果たした彼は、満足げにその小柄な体を放り捨てた。


「何が、十二魔将だ! 馬鹿にしやがって! お前なんかが、十二魔将なわけがねえだろうが!」


 そして、思い出す。

 ここに、斉天の旗があることを。

 あの子供が持っている、美しくも荘厳な旗があることを。


 アレが欲しい、アレがあれば自分は本物になれる。

 そう思って、近づこうとした。


「そうだ、俺の方が、十二魔将に、斉天十二魔将に相応しい……!」

「見た目だけならそうかもしれませんね」


 平然とした声が、すぐわきから聞こえてきた。


「あ?」


 そこには、普通に立っている麒麟がいた。

 少しは痛そうだったが、まるで応えていない。


「でもまあ、見た目はそこまで重要じゃないと思いますよ」


 防御をしていなかった、その手ごたえはなかった。

 さっきのように、身を守ってはいなかった。


 であれば、なぜ麒麟は立っているのか。

 決まっている、大して効いていなかったからだ。


「う、嘘だ……!」


 そのうろたえる姿を見て、麒麟はいつかの自分を思い出す。

 ガイセイと戦った時、自分の攻撃が全然通じなかった時のことだ。


「悲しいですよねえ、渾身の一撃が通じないと。でも……力の差があると、こんなもんですよ」


 麒麟にしてみれば、自虐を込めた言葉だった。

 だが多くの山賊が倒れた今、残っている三人にしてみれば自虐しているとは思えない。

 それこそ、ただ力を誇示しているようにしかみえない。


「あ、ああ……」

「キョウツウ技、ジブンカイフク」

「ひぃ……!」


 多少は、本当に多少は効いていた。

 それを麒麟は、自分で治す。

 この世界では治癒属性によって再現できる、ただの回復技だった。

 だがこの麒麟がこの状況で使うと、相手にしてみればやってられるものではない。


「正直怒っています。尊敬するガイセイ隊長の真似をしたこと……その上、僕の偽物まで用意したこと……個人として怒っています」


 新人類代表、原石麒麟。

 彼はあらゆる意味で、究極のモンスターと対照的な存在である。


 究極のモンスターは、攻略法を探らなければ倒せない相手だ。

 三つの形態が持つそれぞれの弱点を探りながら、丁寧に戦わなければならない。

 倒し方がわからなければ、この世界の住人、この世界の英雄でも攻略不能である。

 その一方で、攻略法を知っていれば、あっさりと倒される存在でもある。

 防御に穴がある上に、攻撃が単調で条件がそろわないと火力を出せないからだ。

 つまり、弱点、欠点、できないことがあるボスということだった。


 原石麒麟、彼は逆だ。

 なんの弱点もなく、ほぼすべての技を使える。

 物理攻撃に弱いとか、魔法攻撃に弱いとか、特定の属性に弱いとか、そんな弱点がない。

 物理攻撃ができないとか、魔法攻撃ができないとか、特定の属性の技が使えないとか、そんな欠点がない。

 ほぼすべての適性がマックス、ほぼすべての能力値がマックス、ほぼすべての耐性がマックス。


 なんの面白みもない、ただの理論値。

 故に、弱点を突くパーティーでは勝てない。メタ、と呼べる戦術や組み合わせがない。

 同じぐらい強いモンスターを複数そろえて叩くか、或いは更なる強者によってねじ伏せるしかない。


「覚悟は、できてるんでしょうね」


 原石麒麟。

 彼もまた、英雄以外には負けない強者であった。


「あ、ああ!」


 山賊の頭の、腰が抜けた。

 無理もないだろう。渾身の一撃が当たって、全然効いてないのだから。

 これが、一番つらいのだ。自分を強いと思っている者には。


「ひぃいい!」


 腰を抜かしたまま、彼は後ろへ下がっていく。

 しかし麒麟は、それを冷静に追い詰めていく。


「あ、あああ!」


 山賊の頭は、とっさに手にぶつかったものを掴んだ。

 それは下っ端に持たせていた荷物であり、盗品の入っている大きな袋だった。

 

 彼は、本当に、何も考えず、それを掴んで体の前に持ってきた。

 掴んだものを、盾にしたのである。


「……格好いいですねえ」


 見下しながら、麒麟は拳を振り抜いた。


 ばりん、という音がした。


 そして、何かが発動したようになっていた。


 周辺一帯が、一気に暗くなった。

 暗雲が、太陽を遮ったように。


「……まさか」


 麒麟は自分が何を砕いたのか、察した。

 自分が、森で道に迷う以上に、とんでもない失敗をしたと理解していた。


「は、ははは!」


 同時に山賊の頭も、自分が何を割らせたのか理解していた。


「はははは! はははは!」


 山賊の頭は大笑いした。

 彼は自分を圧倒した麒麟を、大いに嘲っていた。


「なあ! 斉天十二魔将! なあ! 六席! 二席であるガイセイの舎弟!」


 もう彼は、麒麟が本物だと認めていた。

 認めたうえで、バカにしていた。


「六席、六席、六席!」


 その嘲りを聞いて、ウンサクは思い出した。

 自分が、その本人へ何を言ったのかを。


「本物の斉天十二魔将様も、全員が化物じゃねえんだろ? 俺達には勝てても……山賊は退治できても……弱い者いじめはできても!」


 山賊の頭は、完全に自棄になっていた。

 このガキを侮辱できるのなら、自分を下げることもいとわなかった。


「この化物に勝てね~だろ!」


 カリは、見上げた。

 木々の合間に、『股』が見える。


 巨大な生物を、下から見上げているのだと理解した。


「ひいいいい!」


 それに気づいて、ウンサクも腰を抜かした。


「……どこでこれを?」

「知ってるみたいだな。そうさ、これは王都の西重軍から盗んだもんだ! 使い方は身体に聞いて知ってたが……本当にこうなるんだな!」


 咆哮が聞こえる。

 ここからは見えない、巨大なモンスターの顔から、恐ろしい声が聞こえる。





「封印の瓶に閉じ込められていた……Bランク上位モンスター! サイクロプスだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 素の魔王がB級上位よりも上でそれと麒麟は同格、そして弱点なしだから……うんまあ勝ち目なし!
[一言] その封印の甁、チョーアンに持ち込んで献上してればこんな田舎で十二魔将騙ってケチな山賊行為してるよりも遥かに沢山のカネや名声に立場を得られただろうに… 下手したらチョーアンの城壁の中で低くて…
[一言] (あれれ?この山賊の頭、妙だな…) 十二魔将が全滅したことも、新しく十二魔将に就任した無名のガイセイや麒麟のことも調べようと思えば調べられるけど 隠れ潜んでた山賊にしては、あまりにも色々知り…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ