瓜二つ
どう考えても自分一人ではたどりつけなかったであろう、道なき道を奥へと進んでいくウンサク。
そんな彼に続くのだが、麒麟はやはり自分の無謀さを思い知っていた。
彼が数年務めたシュバルツバルトは、それこそ『強いモンスターが多いだけ』という魔境である。
暑いとか、寒いとか、マグマが溢れてくるとか、大きな風が時々吹くとか、毒の沼地があるとか、足元が回転するとか、周囲が暗闇になるとか、エナジーが使えなくなるとか。
そんな、面白ギミックは一切ない。Aランクがしょっちゅう襲い掛かってくるとか、Bランクが馬鹿みたいに湧くとか、Cランクがアホみたいに溢れてくるとか、ただそれだけである。
もちろんそれこそが最大の脅威であり、Aランクハンターが常駐しなければならない理由なのだが。(そして、カームオーシャンやダークマターは、もはやステージギミックの域である)
しかし、基本的に雑味がない、ということでもある。
森の中に走る何本かの道は、大型のモンスターが通る轍も同然であり、それ故にとても広く固い。
戦闘中によほど意識しない限り、迷うということはないのだ。
だが、この普通の森は違う。
特に大きな道がないので、普通に迷うのだ。
むしろシュバルツバルトは、普通の森よりも親切なぐらいだ。
そこで働いてきた古株たちも、他ではうまくいかないことも多いだろう。
逆に、多くの魔境で鍛えてきたというホワイトの方が、よほど多くの事態に慣れているに違いない。
シュバルツバルトで鍛えられた自分なら、どんな森も踏破できる。
そう思っていた自分が、とんでもなく間抜けに思えた。
(人間、謙虚さが大事ですねえ)
謙虚さ、或いは下準備の重要性。
それをかみしめながら、麒麟は現地協力者についていく。
たどり着きさえすれば、後はこっちのものだ。
それこそガイセイ本人でもない限り、麒麟一人で皆殺しである。
(見つけ次第全員ボコボコに……いやいや、謙虚さはどこに……)
謙虚さを忘れた麒麟は、自分を戒める。
とにかく、一つ一つ確かめなければ。
麒麟はガイセイに憧れていて真面目でテロリストで刹那的なところがあって意識が高いのである。
矛盾しているかもしれないが、見本になっているガイセイが、まずアッカに憧れていて真面目に仕事はしていて後先は考えていなくて面倒見はいいのだから、それなりにトレースできている。
「お前さ、森の外から来たんだろ? 今、森の外はその……戦争してるらしいじゃねえか」
「ええ、まあ」
「じゃあやっぱり、十二魔将様が活躍してるんだろ?!」
戦争について、興味津々のウンサク。
その辺りは、やはり男の子であろう。
(どうしよう)
麒麟は獅子子の仲間なので、ほぼすべての情報共有を済ませている。
諜報員の調べたことが現場の人間にほぼ筒抜けと言うのは良くないことだが、逆に隠し事がないという一体感に繋がっているので、悪いことばかりではない。
ともあれ、麒麟は大抵のことは知っているし、そもそも十二魔将である。
もちろん活躍具合には詳しいのだが、それを教えていいものか。いや、悪いことなどないのだが。
(自分で自分のことを、他人のように自慢しろと?)
一度鼻っ柱を折られている麒麟に、それは難しかった。
そもそも、彼の基準において、彼はそんなに活躍していないわけで。
(何もしていない程じゃないけど、ガイセイ隊長やホワイトさん、ブゥさんほどじゃないよなあ……)
そもそも、目の前の子供もそこまで詳しく知りたいわけではないだろう。
麒麟は、濁しながら説明することにした。
「そ、そうらしいですね。やっぱり大活躍をしたのは、この村に来ていらっしゃるガイセイ様で、敵の大将を倒したそうですよ」
「そうか! やっぱりガイセイ様は凄いんだな!」
「ええ、本当に……とっても凄い方です」
今にして思えば、彼に挑んだのは本当に無謀だった。
カセイ兵器以上のポテンシャルを持った相手に、自分が勝てるわけもなかったのだ。
ガイセイがその気になっていれば、一瞬で殺すこともできていただろう。
いいや、実際その寸前まで行ったのだが。
「じゃあ麒麟様はどうなんだ?」
「……え?」
「いや、だ~か~ら~……麒麟様も来てるって言ってるだろ?」
(結局自分のことを話すのか……!)
話の流れはまともだった。
今この村に来ているガイセイを褒めたのだから、同行している麒麟のことも褒めなければならない。
「ガイセイ様はすげー強そうなんだけどよ、麒麟様は弱そうでさあ」
「……」
「あ、これは内緒にしてくれよ!」
内緒もなにも、本人である。
「そ、そうですね……斉天十二魔将、六席、原石麒麟……活躍はしたそうですけど、ガイセイ様に比べると大きく劣るそうですよ。あんまり噂も聞きませんし……」
「ふ~~ん……じゃあやっぱりガイセイ様が一番なんだな!」
「ええ……」
自分で自分を貶めて、それを他人に肯定される。
無邪気な子供の振る舞いが、ここまで心を痛めることだとは思ってもいなかった。
「そうだよなあ……やっぱり十二魔将になるなら、首席だよな~~! 首席が一番偉いんだろ? 強いんだろ?」
「そ、そうですね……」
どうやら彼は、或いはこの村に来ている山賊は、ガイセイが首席だと思っているらしい。
ガイセイは二席なので、ちょっと間違っている。
(本物の首席は君よりずっと弱いよ、なんて言えない……首席になった本人が、物凄く嫌がって逃げたがっていたなんて言えない……)
本物の狐太郎は、アカネの背に飛び乗るほど嫌がっていた。
「俺も強くなって、十二魔将になるんだ! それも、首席に! なれると思うだろ?」
「……強くなれば、お声もかかりますよ」
「だよな!」
嬉しそうに笑う少年だが、やはり麒麟からすると大柄だった。
もしかしてガイセイにも、こういう時代があったのだろうか。
まさに人種の違いを感じずにはいられない光景である。
「やっぱ男ならトップを目指さないとな! 十二魔将になっても、下とか真ん中とか、格好悪いもんな~~!」
(駄目だ……もう名乗れない)
完全に時期を逸してしまった。
ここで名乗ったら、彼を騙したことになってしまう。
それどころか、覆面調査員である。
書面上聞かなかったことにしておかないと、それなりの罰を与えないといけないところである。
「俺が首席になったらこう言ってやるのさ……俺と他の奴を、一緒にするなってな!」
(子供って残酷……)
子供だからまあ許される範囲である。
本人の前や、公の場で言わなければ、それなりにほほえましいだろう。
なお、本人が公務で来ている模様。
「そうなったら、何十人も女が言い寄ってくるんだぜ? そりゃあもうウハウハだ!」
(そうなったらどうなるか、知っている身としては……)
ウハウハどころかへとへとだった。
すっかり自信を無くしたガイセイが、飲む打つ買うの三拍子を控えているほどだった。
良くも悪くも、女性には人格がある。そして追いつめられれば、競争が生じれば、彼女たちは火花を散らしてこっちにも飛び火するのだ。
それがあの一件で、ガイセイと麒麟の得た教訓である。
「そうなったら、父ちゃんも母ちゃんも、掌を返して褒めてくれるさ!」
(ジョーさんとショウエンさん、大変らしいな……)
子供の夢を、今壊してあげるべきではないか。
麒麟は実際になり上がった人たちの苦労を知っているので、彼を正すべきか深刻に考え始めていた。
なまじ、自分が周囲を巻き込んで大失敗をしただけに、まだ馬鹿をしていないうちに止めることを検討し始めていた。
(しかし……経験上、よっぽどのことがないと間違いに気付けない。猫太郎に負けたときも、そんなには気にならなかったもんなあ)
「おし、着いたぞ」
勝手なことを大真面目に考えていると、麒麟たちは村に到着した。
やはり森の中にある、小さな村だった。
畑などは近くにないので、狩りをして生計を立てているのだろう、と推測できる。
家は一軒ずつが大きく、すぐわきに納屋のようなものがある。それは必要だからあるのであって、決して裕福だからではあるまい。
そのうえで、家は十件ほど。
お店らしいものは一切なく、どれも似たような大きさで、それこそお屋敷らしいものさえなかった。
ある意味想定通りの、寂しい村だった。
(自治区でもここまでは……)
なんの飾りもなく、田舎だった。
逆にカルチャーショックを受けそうなほど、絵本の中の村だった。
失礼を失礼で返すような、そんな心中である。
(いや……僕たちが最初に着いたようなところも、似たような村だったかも……)
改めて、世界は広いと思う。
見分の狭さが身に染みる一幕だった。
(こんなに、世界や国家に興味がない人間が、十二魔将になっていいんだろうか……王様じゃないから別に問題ないな)
どっかのお貴族様のように、庶民の生活を知らない自分を恥じる麒麟。
しかし十二魔将はただの近衛兵であるので、政治には関わらない。
そんなことを考えているよりも、さっさと山賊を退治するべきであろう。
(そうそう、山賊山賊)
余計なことを考えすぎて、趣旨を忘れていた。
さっさととっちめなければなるまい。
「それで、十二魔将様はどこに?」
「その前にコレだろ」
抱えていた山犬を、彼は揺すってみせた。
こんなグロい死体を抱えて、国家の要人に会うのは不味いだろう。
「父ちゃん、母ちゃん! ほら、犬を狩ってきたよ!」
ウンサクは自分の家で中の親を呼んでいた。
おそらく、家の中にこのまま持っていくと、家が汚れるのだろう。
一旦家の外で下ごしらえをしてから、家の中で再度調理するものだと思われる。
「ん、おお、よくやってきたな!」
「ああ、これは助かるねえ」
家の中から出てきたのは、やはり大柄な両親だった。当たり前だが、麒麟が見上げるほどのお二人である。
体つきもがっしりしており、如何にもこの世界の住人、肉体労働者という雰囲気であった。
「へへへ……これで今晩は腹いっぱい食えるよな!」
「いやいや、そうはいかないぞ」
「ええ?! まさかこれまで十二魔将様に差し出すのかよ!」
「違うさ、村の人にふるまうんだよ」
リーフドッグはかなり大きいし、それが三体もいればかなりの量だ。
おそらく、家族三人で食べる分には、十分すぎるほどだろう。
だがこの村にいるであろう人間へ振舞うとなれば、やはり不足のはずだ。
それを察して、ウンサクは不満そうである。
「まともに食えるもんは、全部差し出しちまってるからね。臭くてまずいもんでも、みんな喜んで食べるさ」
「ちぇ」
「まあそういうな。でもな、斉天十二魔将様になるってことは、みんなのために頑張るってことだぞ」
ほほえましい一幕だった。
村社会における、互助の精神だった。
温かい両親の、優しい教育だった。
(うっ、胸が……)
なお、本物の十二魔将。
偽物がこの村を実質占拠し村人から食料を奪っている。なので倒しに来たが、道に迷っていた。
「十二魔将様になれば、美味いもん食べ放題じゃねえか。今だって、村のみんなが差し出したもんを食ってるだろ」
「そんなことはねえぞ、十二魔将様は命がけで俺達のために戦ってくださるんだ。俺達が食いもんを差し出すのは当然だろ」
(えぐぅ!)
そのほほえましい一幕が、麒麟の心を焼いていた。
圧倒的な不甲斐なさである。
「ふん……もういいよ! 行こうぜ!」
「あ、はい」
自分がとってきた獲物を、街の人にふるまう。
その正当性を理解できない彼は、怒ってその場を離れていった。
麒麟も慌てて、彼の後を追う。
「飯時には帰ってきなよ!」
「……あんな子、村にいねえよなあ?」
「そういえばそうだね……十二魔将様のおつきかね?」
何も言わずウンサクに続く麒麟を、二人はいぶかしがる。
しかし特におかしなところもなかったので、そのまま見送った。
そして、山犬の料理に取り掛かろうとする。どれだけ料理してもうまくならないことは確実だが、それでもマシにしたいのは当然だろう。
※
「まったく! 父ちゃんも母ちゃんも人が良すぎるぜ! お前もそう思うだろ!」
「え、ええ……」
「やっぱり男は、貢がれてなんぼだよな!」
「そ、そうですね……」
もしかして自分は舎弟のポジションが似合っているのだろうか、麒麟は自分の人生を見つめなおしていた。
割としょっちゅう見つめなおしている上に、見つめなおすたびに新しい発見がある。
なお、反省点があるともいう。その上、今も後で猛省すると分かっていることをしていた。
ウンサクに続き、麒麟は十二魔将とその部下のいる家へ向かっていた。
もうぶっちゃけ、ここで別れてもいいのだ。どうせ村の中にある家なんて大した数ではないのだから、一軒一軒見て回れば話は終わる。
なのにそれができないのは、麒麟が押しに弱いからだった。
昔はそんなことがなく、唯我独尊だった気もする。
でも改めて振り返ると、そうでもないような……。
獅子子や蝶花に従うばかりで、自分というものを持っていなかったような。
そんな気がしてくる。
「ほら、見ろよ。アレが十二魔将様と、その仲間だぜ」
狭い村の中にある、他と変わらない小さな家。
その中では、どんちゃん騒ぎが起きていた。
「はははは! 俺は十二魔将のガイセイ様だぞ!」
「おうおう! 十二魔将! 十二魔将!」
「大王様の懐刀! 近衛兵のトップ!」
「よっ、色男!」
なんとも適当な自己主張をしつつ、大酒を飲んでいる男たち。
自分こそは十二魔将だと名乗っているものは、ウンサクよりも数段大きく、それこそこの世界でも『大男』に分類される身長だった。
その筋肉もまた同様で、正に益荒男という他ない。
他の男たちもややたるんでいるところはあるが、それでも屈強だった。
しかし、明らかにおかしなところがある。
近衛兵であるにも関わらず、品位がかけらもない。
どう見ても山賊、どう見ても夜盗。
ハンターだったとすれば、Eランク程度の、どうしようもない連中だった。
それを見た麒麟は、衝撃を受けていた。
(本物そっくりだ……!)
彼らの演技のクオリティの高さに慄いていた。
多分、彼らが抜山隊に紛れていても、全然違和感がない。
本人のことを知っている麒麟だからこそ、むしろ騙されかけたほどだ。
顔が似ているのではなく、振る舞いがそっくりなのである。
「い~よな~、十二魔将様は。あんなことをしても許されるんだぜ~~」
(……どうしよう、帰ったら反省会かな)
本物はあんなことしません、と言いたいところだが、むしろリスペクトというかオマージュというか、パクリというかトレースだった。
カーボンコピーしている、と言っても過言ではないだろう。
しいて違いを挙げれば、女性たちだろうか。
おそらく近くの村から集めたであろう女性たちは、完全に素人である。
その女性たちへ、無体なふるまいをしていた。それだけは、確実に違うことだった。
第三者目線では、大差がないとしても。
「俺も十二魔将になったら、アレができるんだもんな~~……」
(なる前からしてましたよ……)
なんなら、自分もあそこにいた。物凄いほどの既視感である。
とはいえ、この世界では、他にも似たような人が似たようなことをしているのかもしれない。
(……あれ?)
自分で自分の考えに、ぴんとくるものがあった。
確かにあの民家で起きているバカ騒ぎは抜山隊のそれだが、しかし抜けている者がある。
獅子子と蝶花、そして自分だ。
獅子子と蝶花は仕方がないとしても、同じく十二魔将である自分の偽物がいないのはおかしい。
「すみませんが、十二魔将の原石麒麟は」
「様をつけろよ! ふけーだぞ!」
ウンサクに怒られてしまう麒麟。
自分で自分に敬称を付けなかったことで、村の子供に不敬だと怒られてしまった。
「あ、はい……麒麟様はどこに?」
なぜ話が前進しているのに、こんなにも切なくなるのだろうか。
「……いねえな」
「そうですか」
「お前もしかして、麒麟様の方が好きなのか?」
「えっ……」
「ガイセイ様の方が格好いいって言ってたくせに~~」
意地の悪い顔をして、指摘してくるウンサク。
確かに本命のガイセイがいるのだから、そこで話を終わらせればよかろうに。
わざわざ格の落ちる麒麟を探すのは、それこそその麒麟が気になっているからだろう。
「……そうなんですよ。僕も亜人なので、同じ亜人の子供が出世したと聞いて……どうやって十二魔将になったのか、教えてもらおうかと」
心にもないことを言うのが、こんなにも辛いなんて。
麒麟は自分で自分へおべっかを言っていた。
「そうだよな……そうだよな! じゃあ俺も聞くよ!」
「ええ、探しましょうか」
こんな小さい家の、どこに隠れるというのか。
ちょっと近くを探せば、あっさり見つかるだろう。
二人は民家を覗くのをやめて、近くを探し始めた。




