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毒を以て毒を治める

 今回、ジョーとショウエンは、願ってもない出世を遂げていた。

 戦時昇進という臨時の形ではあるが、国家の危機を救いつつ名誉挽回できる絶好の機会である。

 勝ちさえすれば、後で将軍職を降りることになっても、それなりの貴族として復権できるだろう。

 西側が壊滅していることもあって、領地を得ることも可能なはずだ。


 全盛期の爵位を取り戻せないとしても、軍人や貴族としての復権がかなう。

 こんなありがたい話は、そうそうないだろう。


 これに、両人は複雑な心中だった。

 しかし彼らの部下たちは大いに喜び、かつての臣下たちもやはり喜んで……。

 そして、一番喜んでいたのは、二人の母であった。


 二人は大いに喜んだ、それこそ好意的に受けとめ過ぎていた。



 現在ジョーは、チョーアンの前にある臨時軍事演習場の控室で、母と会っていた。

 戦争が始まってから、何度か手紙のやり取りをしていたのだが、来るなと言ったのに強行してここに来たのである。


「……母上、なぜここに来たのですか」


 ジョーは、困った顔をしていた。

 確かに王都奪還軍の中核メンバーは、チョーアンへ家族を避難させる権利を得ている。

 しかしそれは、西側や王都付近で暮らしていた、危険地帯にいる人々に向けたものだ。

 間違っても、全然関係ないところで生活している、彼の母親には向けていない。


「なぜ? そんなことは決まっているでしょう、貴方を説得するためです」


 ジョーの母親は、正義に燃える瞳をしていた。

 この世のあらゆる悪を許さない、そんな熱意さえ感じさせる。

 彼女は己の中にある正義をもって、彼を説得しに来たのだ。


「……説得とは、何でしょうか」


 ジョーは、あえて話題を遠ざけようとした。

 既に手紙でやり取りをしているので、既にわかり切っているのだが。


「決まっています……貴方がこの国の実権を握り、ホース家を虐げてきた者たちを放逐するのです!」


 もう彼女は乱心しているのではないか。

 冷静に見えるだけで、世界への認識が狂っているのではないか。

 ジョーは思わず、失礼なことを脳裏に浮かべてしまっていた。


「母上……そんなことはできません」

「できないわけがないでしょう! 貴方は将軍なのですから!」


 ジョーは困っていた。

 彼女の中で、将軍とはいったいどんな存在なのだろうか。

 物凄く偉い人、という程度で、よくわからないけど偉くなったんだから何でもできるのでは。

 そう思っているのではないだろうか。


「母上……将軍をどのような仕事だとおもっているのですか」

「知らないと思っているのですか! 軍の司令官、指揮官、指導者です!」


 非常に雑な認識だった。

 間違っているとは言い切れないが、この場合は的外れである。


「貴方が一声をかければ大軍が動き、不逞な輩を捕えられるのでしょう!」


 凄い暴君な理屈だった。

 彼女も一般市民よりは学がある筈で、将軍は軍を好き勝手に動かせるわけではない、という認識もしているはずなのに。


「母上、申し上げにくいのですが、私は最高司令官ではありません。今回の王都奪還軍の総司令官は征夷大将軍、四冠の狐太郎様であり、私はその方の配下にすぎません」

「征夷大将軍……ではそれになればいいではないですか!」


 彼女の中で、将軍と征夷大将軍は互換性があるものなのだろうか。

 大声で抗議すれば、指揮官と総司令官が入れ替わるとでも思っているのだろうか。


「征夷大将軍ならば、独裁権もあるのでしょう! それを使えばいいのです!」


 独裁権の存在を知っているのなら、将軍にそれがないことも把握しているであろうに。

 なぜこうも、都合のいい方向にしか考えられないのか。


「任命できるのは大王様だけです」

「大王……貴方を男爵などにした男ですか!」


 ジョーは頭を抑えた。

 不敬罪で、捕まってもおかしくない発言である。


「一番下の爵位を、くれてやった、と言わんばかりに……厚かましい!」


 元はホース家も、もう少しいい爵位を持っていた。

 それ以下である限り、彼女は『貴族に戻った』とは思わないのだろう。


「……母上、その言い方は不敬です」

「その大王も、引きずりおろしてしまいなさい!」

「……母上、不敬です」

「だから何ですか!」

「犯罪です」


 ジョーは忍耐強かった。

 何とかして、母親を止めようとしていた。


「なにがいけないのですか!」

「大王陛下への叛意は、重罪です」

「なぜそんなことになるのですか!」

「大王陛下の即位には、法律上関与できる人物が限られており……」


 ジョーの事務的な説明を聞いているうちに、彼女の頭に血が上り始めていた。

 なぜ自分の息子が、こんな屈辱的な扱いに甘んじているのか、彼女には理解できなかったのだ。


「貴方は! ホース家の家長なのですよ! であれば……なによりもまず、ホース家を第一に考えるべきです!」


 ホース家を第一に考えて、国家を蔑ろにしていいのだろうか。

 良い訳がないので、彼は母親を説得する。


「母上、まず何よりも国家を第一に考えるべきでしょう。国家あってのホース家なのですから」

「国が! 国が貴方に何をしてくれたのですか! 国がホース家に何をしてくれたのですか! 義理立てするほどの価値があるのですか!」


 大義名分に惑わされず、自分のことを大事にしてほしい。

 母親の訴えは、真摯であった。

 だが的外れだった。


「母上。国家というものは、私たちに対してとても大きな恩恵を与えてくれているのです。私たちが外国の軍に脅かされずに済んでいることも、国家が……」

「そんな当たり前のことを! 一々感謝するほうがどうかしているのです!」


 話がかみ合わなかった。

 彼女の言っている『感謝するほうがどうかしている』ということを行うのが、他でもないジョーであり将軍なのだ。

 彼女はそれを全否定している。やはり彼女の中で将軍とは、何か偉い人、という認識なのだろう。


「目を覚ましなさい!」


 目を覚ますべきは、まず彼女であろう。

 今の話を聞かれていれば、それこそ斬首ものである。

 公式の場で言えば、リァンならその場で殺すだろう。


「母上、申し上げにくいのですが、私にそんな権限はありません。私の命令だったとしても、兵士たちは従わないでしょう」

「なぜですか! 将軍なのに!」

「母上が思っているほど、将軍とは絶対の存在ではありません。母上が願っていることは、何一つ叶えられないのです」

「……それなら! どうしてあなたは将軍をやっているのですか!」


 彼女の中では、ホース家のことが最優先だ。

 彼の兄が『やらかした』ことによる失墜を乗り越え、さらなる飛躍を遂げなければならない。

 ジョーもそれに同調しているはずなのだ。


「この国を守るため、家臣やその家族を守るため、母上を守るためです」


 所属している国家が、個人にそこまで優しいとは思っていない。

 だが自国が優しくないからと言って、他国が自分たちに優しいわけではない。


 央土がホース家に優しくないのなら、西重は更に優しくないのだ。

 相対的にマシなので、央土を守ることにしているのである。


「母上、西重によって多くの民が財産や家族を失いました。このまま放置すれば、他国も攻め込んできます。そうなれば母上も、臣下たちも、辱めを受けつつすべてを奪われるでしょう」


 ジョーは立派だった。

 彼は腐らずに、今日までやってきた。

 ある意味では、それが報われる時が来たのだ。

 どうして今更、腐ることができるだろうか。


「……ジョー」

「母上、わかってくれたのですね」

「では貴方は国家へわがままを通せる立場なのでは?」

「……母上、わかってください、みんな頑張っているんです」



 さて、ショウエンである。


「なぜ妹と父親を殺した親子に忠誠など誓っているのですか!」


 彼のところにも母親が来ていた。


「なぜあのジューガーが大王になっているのですか! 長年の友情を捨てて、ケイを殺しあの人を処刑した男が……大王になったのですか!」


 ショウエンは、説得を諦めていた。


「なぜ貴方は、将軍になったにもかかわらず、あの二人へ復讐をしないのですか!」


 無駄なことだと知っているので、黙って聞いているような態度をとっていた。


(まあ無理もないからな……)


 ホース家のことと違って、マースー家のことは疑いの余地が一切ない。

 だからこそ逆に、納得しかねている面が大きいのだろう。


「聞いているのですか、ショウエン! 今すぐクーデターを起こしなさい! 征夷大将軍を動かし、悪しき大王を討つのです!」

「……」


 彼女は憶えているのだろうか、他でもないその征夷大将軍こそ、ケイが力の限り罵倒した相手だと。

 それを言わないのは、言えば『じゃあ征夷大将軍も殺しなさい!』と言い出すに決まっているからだ。


「ショウエン!」

「……」


 第二将軍である彼は、自分の母親がいつになったら疲れてくれるのか、期待をしながら絶望をしていたのだった。



 ……では、本題である。

 チョーアンに拠点を移したジューガーは、己の十二魔将を一人呼び出していた。


「忙しいところすまないね、麒麟君」

「いえいえ、蝶花さんや獅子子さんと違って、僕は余り忙しくなかったので」


 斉天十二魔将六席、原石麒麟。

 首席である狐太郎と同郷であり、体格も酷似している。

 もちろん顔つきはかなり違うのだが、同じ種類の亜人であるとすぐにわかるだろう。


 とはいえ、その戦闘能力は極めて高い。

 そこらの子供以下である狐太郎と違い、この見た目でキンカクたちよりも強いのだ。


 スロット使いなどとは技の系統からして違うようだが、多彩な技を操る破格の戦士と言っていいだろう。

 ガイセイの部下であり、蝶花や獅子子と共に抜山隊に入った、見た目のわりに謎の多い男である。


(……今更だが、彼のことも私は良く知らないな)


 育ちがよさそうなふるまいをしている割に、ガイセイを慕っている。

 育ちが良すぎて、逆にアウトローへ憧れる心理でも働いているのだろうか。

 なお、ガイセイはアウトローではない。


「実は……君に仕事を任せたい」


 とはいえ、仕事ができることに変わりはない。

 ガイセイやホワイトほどの力はないが、だからこそ逆に仕事を任せられるのだ。


「知っての通り、今我が国は混乱の最中にある。心苦しいが、治安が悪化してもあまり手が出せない状況だ。しかし……それにも限度がある」

「……大きな悪事ですか?」

「いいや、さほどでもない。だが悪質だ」


 斉天十二魔将は、それこそビッグネームだ。

 だからこそ逆に、悪質に利用されることがある。


「斉天十二魔将二席西原のガイセイ、同じく六席原石麒麟。この二名を名乗る者が、近くの山村でふんぞり返っているらしい」

「……ガイセイ隊長と、僕の偽物ですか?」

「そうだ。山賊退治に来たと言い張っているが、被害は増すばかりだそうだ。おそらくグルなのだろう」

「そうですか……偽物ですか……」


 嫌な意味で、有名になったことを実感する麒麟であった。

 元はテロリストであり、むしろ真似してはいけない代表格であったのだが、まさかここに来てネームバリューを利用されることになるとは。

 そして麒麟を真似している誰かも、麒麟の来歴など想像もしていないだろう。実際には山賊よりもひどいことをしていたなど……まあ知っても気にしないかもしれないが。


(元テロリストの真似をして、山賊をしているのか……)

「これで味をしめられると面倒なのでな……十二魔将の名誉を守るためにも、直接向かって欲しいのだ」

「分かりました。ではすぐに捕まえてきます」

「ああ、殺してもいいぞ」


 元テロリストが山賊を捕まえに行って、悪いことをしたら駄目だよと言う。

 なんともわけのわからない事態であった。


(彼に任せて大丈夫だろうか?)

(僕が行っていいんでしょうか?)

タイマンでの実力



原石麒麟、素のコゴエ、素のササゲ、素のアカネ、素のクツロ

ちょっとの差

Bランク上位モンスター

越えられない差

キンカク、ギンカク、ドッカク

ちょっとの差

ジョー、ショウエン

ちょっとの差

リゥイ、グァン、ヂャン

ちょっとの差

Bランク中位モンスター

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうのが居るから一族郎党皆殺しってのがあったんだろうなぁ……
[気になる点] 毒々婦 ジョーとショウエンの部下は、これを知ればどう思うのかな? せっかく復権出来たのに、没落させたジョー兄とショウエン妹を文字通り生み出した連中によって再び没落……いや、今度こそ破滅…
[一言] んまあ、心の病で幽閉コースで… ジョーとショウエンを将軍にしたのはオマケみたいなとこもあるし、全力で足を引っ張りに来られたらそりゃ困るだろうよ ショウエン「あそこに巨大なドラゴンが浮かんで…
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