毒を以て毒を治める
今回、ジョーとショウエンは、願ってもない出世を遂げていた。
戦時昇進という臨時の形ではあるが、国家の危機を救いつつ名誉挽回できる絶好の機会である。
勝ちさえすれば、後で将軍職を降りることになっても、それなりの貴族として復権できるだろう。
西側が壊滅していることもあって、領地を得ることも可能なはずだ。
全盛期の爵位を取り戻せないとしても、軍人や貴族としての復権がかなう。
こんなありがたい話は、そうそうないだろう。
これに、両人は複雑な心中だった。
しかし彼らの部下たちは大いに喜び、かつての臣下たちもやはり喜んで……。
そして、一番喜んでいたのは、二人の母であった。
二人は大いに喜んだ、それこそ好意的に受けとめ過ぎていた。
※
現在ジョーは、チョーアンの前にある臨時軍事演習場の控室で、母と会っていた。
戦争が始まってから、何度か手紙のやり取りをしていたのだが、来るなと言ったのに強行してここに来たのである。
「……母上、なぜここに来たのですか」
ジョーは、困った顔をしていた。
確かに王都奪還軍の中核メンバーは、チョーアンへ家族を避難させる権利を得ている。
しかしそれは、西側や王都付近で暮らしていた、危険地帯にいる人々に向けたものだ。
間違っても、全然関係ないところで生活している、彼の母親には向けていない。
「なぜ? そんなことは決まっているでしょう、貴方を説得するためです」
ジョーの母親は、正義に燃える瞳をしていた。
この世のあらゆる悪を許さない、そんな熱意さえ感じさせる。
彼女は己の中にある正義をもって、彼を説得しに来たのだ。
「……説得とは、何でしょうか」
ジョーは、あえて話題を遠ざけようとした。
既に手紙でやり取りをしているので、既にわかり切っているのだが。
「決まっています……貴方がこの国の実権を握り、ホース家を虐げてきた者たちを放逐するのです!」
もう彼女は乱心しているのではないか。
冷静に見えるだけで、世界への認識が狂っているのではないか。
ジョーは思わず、失礼なことを脳裏に浮かべてしまっていた。
「母上……そんなことはできません」
「できないわけがないでしょう! 貴方は将軍なのですから!」
ジョーは困っていた。
彼女の中で、将軍とはいったいどんな存在なのだろうか。
物凄く偉い人、という程度で、よくわからないけど偉くなったんだから何でもできるのでは。
そう思っているのではないだろうか。
「母上……将軍をどのような仕事だとおもっているのですか」
「知らないと思っているのですか! 軍の司令官、指揮官、指導者です!」
非常に雑な認識だった。
間違っているとは言い切れないが、この場合は的外れである。
「貴方が一声をかければ大軍が動き、不逞な輩を捕えられるのでしょう!」
凄い暴君な理屈だった。
彼女も一般市民よりは学がある筈で、将軍は軍を好き勝手に動かせるわけではない、という認識もしているはずなのに。
「母上、申し上げにくいのですが、私は最高司令官ではありません。今回の王都奪還軍の総司令官は征夷大将軍、四冠の狐太郎様であり、私はその方の配下にすぎません」
「征夷大将軍……ではそれになればいいではないですか!」
彼女の中で、将軍と征夷大将軍は互換性があるものなのだろうか。
大声で抗議すれば、指揮官と総司令官が入れ替わるとでも思っているのだろうか。
「征夷大将軍ならば、独裁権もあるのでしょう! それを使えばいいのです!」
独裁権の存在を知っているのなら、将軍にそれがないことも把握しているであろうに。
なぜこうも、都合のいい方向にしか考えられないのか。
「任命できるのは大王様だけです」
「大王……貴方を男爵などにした男ですか!」
ジョーは頭を抑えた。
不敬罪で、捕まってもおかしくない発言である。
「一番下の爵位を、くれてやった、と言わんばかりに……厚かましい!」
元はホース家も、もう少しいい爵位を持っていた。
それ以下である限り、彼女は『貴族に戻った』とは思わないのだろう。
「……母上、その言い方は不敬です」
「その大王も、引きずりおろしてしまいなさい!」
「……母上、不敬です」
「だから何ですか!」
「犯罪です」
ジョーは忍耐強かった。
何とかして、母親を止めようとしていた。
「なにがいけないのですか!」
「大王陛下への叛意は、重罪です」
「なぜそんなことになるのですか!」
「大王陛下の即位には、法律上関与できる人物が限られており……」
ジョーの事務的な説明を聞いているうちに、彼女の頭に血が上り始めていた。
なぜ自分の息子が、こんな屈辱的な扱いに甘んじているのか、彼女には理解できなかったのだ。
「貴方は! ホース家の家長なのですよ! であれば……なによりもまず、ホース家を第一に考えるべきです!」
ホース家を第一に考えて、国家を蔑ろにしていいのだろうか。
良い訳がないので、彼は母親を説得する。
「母上、まず何よりも国家を第一に考えるべきでしょう。国家あってのホース家なのですから」
「国が! 国が貴方に何をしてくれたのですか! 国がホース家に何をしてくれたのですか! 義理立てするほどの価値があるのですか!」
大義名分に惑わされず、自分のことを大事にしてほしい。
母親の訴えは、真摯であった。
だが的外れだった。
「母上。国家というものは、私たちに対してとても大きな恩恵を与えてくれているのです。私たちが外国の軍に脅かされずに済んでいることも、国家が……」
「そんな当たり前のことを! 一々感謝するほうがどうかしているのです!」
話がかみ合わなかった。
彼女の言っている『感謝するほうがどうかしている』ということを行うのが、他でもないジョーであり将軍なのだ。
彼女はそれを全否定している。やはり彼女の中で将軍とは、何か偉い人、という認識なのだろう。
「目を覚ましなさい!」
目を覚ますべきは、まず彼女であろう。
今の話を聞かれていれば、それこそ斬首ものである。
公式の場で言えば、リァンならその場で殺すだろう。
「母上、申し上げにくいのですが、私にそんな権限はありません。私の命令だったとしても、兵士たちは従わないでしょう」
「なぜですか! 将軍なのに!」
「母上が思っているほど、将軍とは絶対の存在ではありません。母上が願っていることは、何一つ叶えられないのです」
「……それなら! どうしてあなたは将軍をやっているのですか!」
彼女の中では、ホース家のことが最優先だ。
彼の兄が『やらかした』ことによる失墜を乗り越え、さらなる飛躍を遂げなければならない。
ジョーもそれに同調しているはずなのだ。
「この国を守るため、家臣やその家族を守るため、母上を守るためです」
所属している国家が、個人にそこまで優しいとは思っていない。
だが自国が優しくないからと言って、他国が自分たちに優しいわけではない。
央土がホース家に優しくないのなら、西重は更に優しくないのだ。
相対的にマシなので、央土を守ることにしているのである。
「母上、西重によって多くの民が財産や家族を失いました。このまま放置すれば、他国も攻め込んできます。そうなれば母上も、臣下たちも、辱めを受けつつすべてを奪われるでしょう」
ジョーは立派だった。
彼は腐らずに、今日までやってきた。
ある意味では、それが報われる時が来たのだ。
どうして今更、腐ることができるだろうか。
「……ジョー」
「母上、わかってくれたのですね」
「では貴方は国家へわがままを通せる立場なのでは?」
「……母上、わかってください、みんな頑張っているんです」
※
さて、ショウエンである。
「なぜ妹と父親を殺した親子に忠誠など誓っているのですか!」
彼のところにも母親が来ていた。
「なぜあのジューガーが大王になっているのですか! 長年の友情を捨てて、ケイを殺しあの人を処刑した男が……大王になったのですか!」
ショウエンは、説得を諦めていた。
「なぜ貴方は、将軍になったにもかかわらず、あの二人へ復讐をしないのですか!」
無駄なことだと知っているので、黙って聞いているような態度をとっていた。
(まあ無理もないからな……)
ホース家のことと違って、マースー家のことは疑いの余地が一切ない。
だからこそ逆に、納得しかねている面が大きいのだろう。
「聞いているのですか、ショウエン! 今すぐクーデターを起こしなさい! 征夷大将軍を動かし、悪しき大王を討つのです!」
「……」
彼女は憶えているのだろうか、他でもないその征夷大将軍こそ、ケイが力の限り罵倒した相手だと。
それを言わないのは、言えば『じゃあ征夷大将軍も殺しなさい!』と言い出すに決まっているからだ。
「ショウエン!」
「……」
第二将軍である彼は、自分の母親がいつになったら疲れてくれるのか、期待をしながら絶望をしていたのだった。
※
……では、本題である。
チョーアンに拠点を移したジューガーは、己の十二魔将を一人呼び出していた。
「忙しいところすまないね、麒麟君」
「いえいえ、蝶花さんや獅子子さんと違って、僕は余り忙しくなかったので」
斉天十二魔将六席、原石麒麟。
首席である狐太郎と同郷であり、体格も酷似している。
もちろん顔つきはかなり違うのだが、同じ種類の亜人であるとすぐにわかるだろう。
とはいえ、その戦闘能力は極めて高い。
そこらの子供以下である狐太郎と違い、この見た目でキンカクたちよりも強いのだ。
スロット使いなどとは技の系統からして違うようだが、多彩な技を操る破格の戦士と言っていいだろう。
ガイセイの部下であり、蝶花や獅子子と共に抜山隊に入った、見た目のわりに謎の多い男である。
(……今更だが、彼のことも私は良く知らないな)
育ちがよさそうなふるまいをしている割に、ガイセイを慕っている。
育ちが良すぎて、逆にアウトローへ憧れる心理でも働いているのだろうか。
なお、ガイセイはアウトローではない。
「実は……君に仕事を任せたい」
とはいえ、仕事ができることに変わりはない。
ガイセイやホワイトほどの力はないが、だからこそ逆に仕事を任せられるのだ。
「知っての通り、今我が国は混乱の最中にある。心苦しいが、治安が悪化してもあまり手が出せない状況だ。しかし……それにも限度がある」
「……大きな悪事ですか?」
「いいや、さほどでもない。だが悪質だ」
斉天十二魔将は、それこそビッグネームだ。
だからこそ逆に、悪質に利用されることがある。
「斉天十二魔将二席西原のガイセイ、同じく六席原石麒麟。この二名を名乗る者が、近くの山村でふんぞり返っているらしい」
「……ガイセイ隊長と、僕の偽物ですか?」
「そうだ。山賊退治に来たと言い張っているが、被害は増すばかりだそうだ。おそらくグルなのだろう」
「そうですか……偽物ですか……」
嫌な意味で、有名になったことを実感する麒麟であった。
元はテロリストであり、むしろ真似してはいけない代表格であったのだが、まさかここに来てネームバリューを利用されることになるとは。
そして麒麟を真似している誰かも、麒麟の来歴など想像もしていないだろう。実際には山賊よりもひどいことをしていたなど……まあ知っても気にしないかもしれないが。
(元テロリストの真似をして、山賊をしているのか……)
「これで味をしめられると面倒なのでな……十二魔将の名誉を守るためにも、直接向かって欲しいのだ」
「分かりました。ではすぐに捕まえてきます」
「ああ、殺してもいいぞ」
元テロリストが山賊を捕まえに行って、悪いことをしたら駄目だよと言う。
なんともわけのわからない事態であった。
(彼に任せて大丈夫だろうか?)
(僕が行っていいんでしょうか?)
タイマンでの実力
原石麒麟、素のコゴエ、素のササゲ、素のアカネ、素のクツロ
ちょっとの差
Bランク上位モンスター
越えられない差
キンカク、ギンカク、ドッカク
ちょっとの差
ジョー、ショウエン
ちょっとの差
リゥイ、グァン、ヂャン
ちょっとの差
Bランク中位モンスター




