岐路亡羊
戦況の推移もへったくれもなく、現在央土は侵略を受けている側である。
当然治安は悪化しており、避難をする民が増えている。
そんな彼らの中で、ある家族たちはチョーアンにたどり着いていた。
老いた女性と、家族である。
元々その女性には夫と息子がいたのだが、息子は仕事中に命を落とした。
既に引退していた夫が出稼ぎに行き、その仕送りによって息子の妻と孫たちが養われている。
引退していた夫の仕送りなど程度が知れている……ということはなく、彼ら彼女らは比較的裕福な暮らしができていた。
生活を切り詰める必要がなく、備蓄もできており、むしろ現役時代よりも多かったぐらいである。一体どんな仕事をしているのか、怖かったほどだ。
しかしその夫からの仕送り以外に、当てにできるものはなく。少し怖いぐらいに怯えながら、しかし周囲に比べて豊かな暮らしをしていた。
だがしかし、西重からの侵攻によって、その生活も終わった。
幸いにも出稼ぎに出ていた夫はチョーアンにいたため、そこを頼ることにしたのである。
というよりも、夫から『チョーアンに来い』という連絡があったので、そこへ向かったのだが。
「凄いねえ……」
家族は人生で初めての長旅をして、チョーアンにたどり着いた。
チョーアン自体が最初から大都市だったことや、多くの避難民が向かっていたこともあって、迷うことなくたどり着いていた。
しかしたどり着いてからが本番だった。チョーアン自体が元々大都市なのだが、その周辺一帯に大量の『街』ができていた。
即席の都市計画によって、仮設住居が碁盤のように作られ、避難してきた民はそこに押し込められていた。
その規模が、尋常ではない。密度もまた、常識はずれだ。田舎から出てきた家族たちには、大都市そのものよりも恐ろしい光景だった。
まさに、避難所だ。
誰も彼もが、ここに逃げてきた、落ち延びてきたのだ。
田舎で生まれ、国家という単位への帰属意識も持たない家族だが、世界が滅ぶ前兆のようにも思えた。
もちろん、その割には整理整頓されているのだが。
世界が滅ぶ前と言うのなら、それこそテントが雑然と並ぶ光景だと、彼女たちも想像できる。
仮設住居は、確かに仮設で、どう見ても小さくて新しいのだが、それでも一応は家だった。
仮に一軒もらえれば、家族が風雨にさらされることなく生活できるだろう。
これで『この国はもう駄目だ、別のところへ行こう』と思う程、彼らは贅沢ではない。
追い込まれているが、破綻はしていない。それはごまかす余地がないほど明白で、一応安堵できる状態だった。
「それで、お義母さん……お義父さんはどこにいると?」
一番下の子供と手を繋いでいる息子嫁が、不安そうに聞いてきた。
とりあえず現地へ着けば何とかなると思っていたが、これは状況が壮大すぎる。
想定の数十倍、百倍以上に人間が多い。これでは道を行く人に聞くぐらいでは、絶対に見つけられないだろう。
「手紙だと……あのたくさん家があるところじゃなくて、門の近くで兵隊さんに、この手紙を渡せって書いてあるねえ」
手紙に同封されていた、もう一通の手紙。
正しくは、難しい文面の紙だった。
それは家族に宛てられたものではなく、何かの許可証であるらしい。
字が難しいのではなく、表現が難しいので、意味が分からなかった。
とにかく、門の近くで兵隊に渡すほかないようである。
「はい、わかりました。……じゃあ行こうか」
息子嫁は、一番下の子の手を引きながら歩き始めた。
他にも三人の子供がいるが、一番下以外は男である。
彼らはすっかり疲れており、文句や不満をいう体力もないようである。
だがそれでも足が動くのは、例えるのなら漂流していた船から降りて、港に足をつけた状態だからだろう。
大喜びするような状況ではないが、少なくとも道中襲われるという事態は避けられたのだ。
その一方で、女性と息子嫁は今でも警戒していた。
この状況で、人の良心を期待するほど、彼女たちは世間知らずではない。
これだけ人が集まっていて、しかも逃げてきたのならば、その心は荒んでいるはずだ。
むしろ、普通であること、平常であることが異常だ。そしてそれを期待することも、また同様である。
できるだけ目立たないように、できるだけ襲われる価値がないように振舞いながら、彼女たちはゴールを目指していた。
ある意味では、道中では一番危ないのだろう。そして同時に、ここで暮らすこともまた、恐ろしいことだ。
敵兵に殺されるのも嫌だし山賊に襲われるのも嫌だが、自分達と同じような一般人になら襲われてもいい、ということはない。
せめて夫に、義父に会いたかった。
そうすれば、一瞬でも安心できるのに。
そう思って、格子のように張り巡らされた道を、おっかなびっくり進んでいく。
当たり前だが、格子状の道は迷う余地がない。
ましてや目的地が城壁で囲まれたチョーアンならば、なおのことだ。
そして門の近くまで行くと……雰囲気が一変した。
大都市チョーアン、その城壁に圧倒されたのである。
こんな巨大な建造物を、人間が作れるのか。田舎から出てきた家族は、その光景にびっくりした。
自分たちの暮らす国に、こんな場所があったとは。
そう思う一方で、周囲を見ると、そこにも現実がある。
街に入れず、恨めし気に見ている人たちだ。着ている服は豪華なのだが、しかしどこかよれている。
本来なら、あのチョーアンの中に入ってもおかしくない格の持ち主なのだろうが、今はそれができないらしい。
それが一人なら落ちぶれた人がいるのだな、で済む。だが何十人、何百人といる。
恨めし気に、門の近くにいる兵士たちを見ている。そして、門へ入ってくる、門から出てくる馬車を見ていた。
「……大丈夫なんでしょうか」
当たり前だが、大きな門の前には、多くの門番がいた。
普通でも十人ぐらいはいるのかもしれないが、今は周辺を含めて数百人はいる。
もちろん完全武装しており、避難してきた民を入れないように全力を尽くしていた。
流石に殺されることはないだろうが、人が集まり始めただけでも、大声を上げて追い払いそうな気迫があった。
果たして近づいていいものか。息子嫁は、不安に思っていた。
もちろん、妻も同じだった。比喩誇張抜きに、天国への門に近づくようなものだ。
それだけでも罪である事は、周囲で恨めしげに見ている元富裕層が表している。
「でもねえ……」
電話の類があるわけでもない。夫は自分達がここに来たことさえ知らないし、気づけない。
であれば、ここからどうすればいいのかさえ分からない。もしかしたら、自分たちは死んでしまったのではないか、と勘違いしかねない。
「母ちゃん……ばあちゃん……」
一番上の男の子が、恨めし気に袖を引っ張る。
親父の拳骨よりも怖いものがあるなど、想像もしたことがない子供は、二人が躊躇している理由もわからない。
そして二番目、三番目の子供も、すっかり同じ様子だった。
実際のところ、他に手があるわけでもない。
彼女たちは、意を決して門へと向かっていった。
「おい、お前達! 何を近づいている!」
「この付近には、近づくことも許されていない! 仮設住居の割り当ては、仮設の役場に行け!」
兵士たちは、勤勉で真面目だった。
避難民と言えども甘い顔をすれば、それこそ全員がやってくることになるだろう。
そうなれば、チョーアンという都市が『国民』によって攻め落とされてしまう。
それを避けるには、許可のないものを一人も近づけない。それだけだった。
そんな兵士たちに、彼女たちは怯えていた。
思わず謝って、逃げそうになったほどである。
だがそれでも、声が出ないままに、同封されていた書類を兵士たちに向かって差し出した。
「……む」
「おい、これは……」
「ああ……」
どうやら、まったく無意味な紙ではなかったらしい。
兵士たちはその書類を見て、しばらく相談を始めた。
そして……。
「お前達、しばらく待て」
追い返されることはなく、むしろ門の近くへ案内された。
そして、むしろ周囲の避難民から守られるように、周囲に兵士たちが集まっていた。
どう見ても、貴族やその親戚に見えない田舎者たちが、兵士たちから待遇を受けている。
それを見て、富裕層たちは驚いていた。だがまさか、兵士たちをかき分けて『お前達は何なんだ』だの『さっきの紙を売れ』だの言えるわけがなかった。
まさかコネがあるわけもない、と思いながら、ただ恨めし気に見るだけである。
さて、一家である。
母親に手を引かれていた女の子も、男の子たちも、皆が周囲の兵士たちに興味津々だった。
妻と息子嫁は、子供たちが馬鹿なことをしないかと、大いに心配していたほどである。
長いのか短いのか、一家は一刻ほども待った。
とはいえ、この国、この世界では、さほどのことでもない。
子供たちはそうでもないが、女性二人はゆっくり休めると安堵していたほどである。
だが……夫が来た。それも、門の中から。
「おおい! おおい! 生きてたか! 良かった良かった!」
ベテラン、と呼ぶにも歳を重ねすぎている男だった。
白髪交じりどころかほとんど白髪で、しかし体はまだまだたくましい、稼ぎ頭の男が門の中から現れた。
「アンタ!」
「おお! よかったよかった!」
彼は自分の妻を抱擁する。
長く会っていなかった、会えないかもしれないと思っていた人を抱きしめていた。
「お義父さん……」
「ああ、うん、よくきた……道中大変だっただろう、いったい何度、迎えに行こうかとおもったほどだ……」
これには、息子嫁も安心である。安堵の余りに、涙がこぼれたほどだ。
これでようやく一息つけると、崩れそうになっていた。
だが子供たちは困惑している。
自分たちの父親が死んでから、ほとんど会っていない男だ。
これが祖父だと言われても、よくわからないのだろう。
「ああ、ごほん。申し訳ないのだが……」
「ああ、すまない。仕事の邪魔をしてしまった……さあみんな、一旦街へ入ろう。俺の仕事でお世話になっている……お前達の面倒を見てくれる人に、挨拶に行こう」
遠巻きに眺めていた富裕層たちは、こんどこそ驚いた。
一家が家長らしき男に連れられて、門をくぐっていくのだ。
現在チョーアンは、一種の厳戒態勢にある。
例えチョーアンの市民でも、許可がなくば外に出られず、出たとしたら戻ることができない。
市民でもそうなのだから、市民の親戚などなおのことだ。よほど上位の貴族でもない限り、親戚だからと言ってチョーアンへ招くことは許されていない。
にもかかわらず、男は家族をチョーアンに入れた。
そのうえ、周囲の兵士たちもそれを許している。
一体何がどうなっているのか、彼らはさっぱりわからなかった。
※
「いやあ……孫がこんなに大きくなってるとはな!」
夫は疲れている孫たちを、無理やり抱き上げて歩いていた。
チョーアンの街は、皮肉にも外に比べて整然としていないが、活気は外よりもよほどある。
子供たちは、自分たちの食い扶持を稼いでくれた祖父よりも、その街並みに気が向いているようだった。
「ねえアンタ……一体どこでどんな仕事をしているから、こんなにすんなり街へ入れたんだい?」
だが妻の方は、それどころではなかった。
無言ではあるが、息子嫁も同様である。
VIP扱いではないとしても、特別扱いはされている。
仮設住居へ案内されると思っていたのに、まさか入れるとは思っていなかった。
「うん? うん……まあなあ……」
男は困っていた。
いろいろ話してもいいのだが、どうせ信じてもらえないだろう。
「とにかく、ついてきてくれ。まずは、雇い主のところへ行かないと」
既にチョーアンを知っている彼は、孫を抱えたまま迷うことなく奥へと進んでいく。
説明が足りないことが不満である二人も、とにかくついていくしかなかった。
なのだが、しかし。
だんだん、不安が大きくなっていく。
チョーアンは、壁の中にも、街の中にも壁があった。
それはチョーアン内部でも区画があり、要人しか入れない場所があるからだ。
こまかい理由は分からないが、二人はその壁を越えた先が、一般市民では入れない場所だと分かってしまう。
なにせ、壁を越えた先には、小汚い恰好をしているものなど一人もいない。それこそ、お貴族様しかいないようだった。
「ねえアンタ、大丈夫なのかい?」
「何言ってやがるんだ、ちゃんと許可はもらっただろう」
別に、壁を無理やり超えたわけではない。
抜け穴をくぐったわけではなく、わいろを渡したわけでもない。
彼は普通に門の番人へ許可証を見せ、そのまま普通に通ってきただけだ。
面白みはないが、だからこそ異常だった。
それこそ、雲の上へずけずけと入ってきたようである。
流石に子供たちも、どんどん不安になっているようだった。
そして、そして……とても大きな屋敷の前についた。
しかも『斉天』という旗の掲げられている、この区画内部でも格の違う屋敷だった。
やはり、そこにも門番はいる。
彼らに対して、夫は許可証を見せ……なかった。
「やあ、ご苦労様」
「ご家族を迎えられて、なによりですね」
顔パスだった。
斉天という旗の掲げられている屋敷の門番に、顔を覚えられていたのである。
「ちょ、ちょ……アンタ? 一体どうなってるんだい?」
「こ、ここは、斉天十二魔将様のお住まいでは?!」
田舎者でも十二魔将は知っている。それこそ大将軍や、Aランクハンターに比肩する英雄だ。
その屋敷へ入るなど、それこそ普通では考えられないことである。
妻は慌ててしまい、息子嫁も思わず問いただしてしまうほどだ。
「いやなに……俺はここでお世話になっているんだよ」
青ざめていく二人は、困惑していた。
まさか十二魔将本人と会うことはないだろうが、そこで働いている人たちでさえ、雲の上の天女みたいなものだ。
粗相をすれば、それこそ何をされても不思議ではない。
調度品を壊したり汚すだけでも、拷問されて責め殺されるのでは。
そう思ってしまうのも、無理はない。なにせ、世界が違うのだから。
「ここだ……失礼のないようにな」
屋敷の中の、中央の一室。そこにきて、ようやく夫は『気をつけろ』と言った。
今まで散々普通にしてきたのに、その彼が気をつけろと言ったのだ。
二人は、気絶しそうになりながらも、なんとか意識を保って頷く。
流石に夫も、孫たちを下ろした。軽く撫でてやると、ノックの上で入る。
「失礼します、隊長」
「ええ、どうぞ」
そこにいたのは、三角帽子をかぶった魔女だった。
部屋の中は多くの薬草が干されており、或いは何かの標本らしき瓶詰めなどもある。
嗅いだことのない匂いに、思わず鼻をつまみそうになる二人。子供たちは、実際に鼻をつまんでいたほどだ。
「……あらごめんなさいね、ちょっと臭かったかしら」
若い女性だった。
おそらく、息子嫁よりも若いのではないか。
そんな彼女が、夫に隊長と呼ばれているのは、違和感がある。
しかし雇用主である、と言うのなら頷けなくもない。
「私がご主人を雇っている、シャインと申します。この度は、長い道をご苦労様でした。皆さんの住居は用意してありますので、どうかごゆっくり休んでください」
「あ、ありがとうございます……」
かろうじて礼を言うことができたが、妻は困り切っていた。
確かに助けてほしかったのだが、ここまでしてほしかったわけではない。
チョーアンという大都市へ避難することは望んでいたが、別に壁の中で豪勢な暮らしがしたかったわけではない。
ましてや、なんか物凄く偉いであろう人に、直接会うことなど望んでいなかった。むしろ迷惑なぐらいだった。
自分の夫は、一体何者に仕えているのか。
「あの~~……お姉さん」
それを実際に聞いてしまったのは、一番上の男の子だった。
彼は祖母や母が止めるより早く、恐ろしい質問をしてしまう。
「お姉さんが、十二魔将様なんですか?」
そんなわけないでしょう! 私たちが十二魔将様に会えるわけないでしょう!
そんな言葉が、祖母と母ののどまで出ていた。
「ああ、そうだぞ」
「あっ……!」
「おっ……!」
だが祖父の言葉が耳に入って、なんとか踏みとどまった。
口から出かけた言葉を、大いに慌てて呑み込んでいた。
「こちらにおわす方は、この度斉天十二魔将五席へと着任された、Bランクハンター蛍雪隊隊長シャイン様だ」
これが、街の外で言われたのなら、真に受けなかっただろう。
街に入った後でも、それは信じられなかった。
だが実際に『斉天』と掲げられている屋敷の中で、そう言い切られると疑問を抱くことさえ不敬であった。
「……ええ、そうね」
隊員が自慢げに言うので、シャインも認めざるを得なかった。
彼女としては、ただの雇い主、で済ませたかった。
もちろん、この屋敷に案内された時点で、限りなく黒に近い灰色だったのだろうが。
「確かに私が、新しい十二魔将の五席、蛍雪隊の隊長、シャインです。ですが、戦時中に臨時就任したようなものなので、お気になさらないでください」
当然だが、二人は気にした。
物凄く慌てて、その場でひれふした。
十二魔将と言えば、大王の側近である。
彼女たちにとって、実質大王みたいなものである。
「お、お許しください……そうとは知らず、ご尊顔を見てしまいました……」
「別に、顔を観られたからって……」
そんなに気にしないんだけどなあ、とは言えなかった。
女性二人だけではなく、子供たちもそれに倣っている。
「はあ……先に言わなかったんですか?」
「す、すみません……ここまで驚くとは」
「現実味がないのは確かですけどね……」
シャインはため息を吐いた。
狐太郎ほどではないが、自分もとんでもないことになった。
それを改めて認識して、うんざりする。
まったく、名声など得るものではない。
※
チョーアン内部の、あてがわれた家。
二階建ての、都会らしい小さな家。
そこに、一家は集まっていた。
「とまあ……そんな理由だ」
蛍雪隊の隊員は、状況を説明した。
現大王であるジューガーが、大公だった時代に雇っていたハンター。
そのうちの一人がシャインであり、そのシャインに雇われていたのだと。
十二魔将が倒され大王が崩御したためジューガーが即位し、それに合わせて彼女も『昇格』をしたのだと。
正しく言うと昇格ではないのだが、説明するだけ無駄なのでそう教えた。
「はぁ……寿命が縮みましたよ」
「おっしゃってくださいよ、お義父さん」
「すまんな、少し驚かせたくてな……」
隊員の悪ふざけを抜きにしても、尋常ならざる事態である。
説明をしている彼は、しかし隊長に感謝していた。
(我等のために、すみませんなあ)
シャインが十二魔将に就任することを請け負ったのは、蛍雪隊の隊員の為だった。
具体的には、その家族を保護してもらうためである。
一灯隊もトウエンの保護を願っており、チョーアンにある大きな屋敷を買い取って、同じように住ませていた。
そしてその待遇は、ガイセイや麒麟に言い寄っていた女性たちの、望んでいた境遇であることは明記する。
「祖父ちゃん、すげ~~!」
「はっはっは! そうだろうそうだろう!」
孫からの賞賛を受けた彼は、さらに気を良くしていた。
もしかしたら死んでしまっていたかもしれない孫からの賞賛である、とんでもなく嬉しいことだ。
「だがなあ、この街には、お前達をもっとおどろかせるものがあるんだぞ」
「どんな?」
「それはなあ……」
食いついてきた子供たちへ、説明をしようとしたその時である。
家の外、空高くから人間ならざる声が聞こえた。
『我こそは雲を縫う糸、ウズモなり! 人間どもよ、我が声を聴くのだ!』
その声に驚いて、何事かと一家は外を見る。
そこには、たまに遠くへ見かける程度のクラウドラインが、低空で旋回していた。
「ひぃいい?!」
「はっはっは! アレは味方だ、敵ではない」
夫はまさに紹介しようとしていた竜の声を聴いて、大いに笑っていた。
竜が言葉をしゃべり、自分達へ話しかけている。それが異常事態ではなく、ただの注意喚起であると夫はいっているのだ。
「今この街には、十二魔将の首席へ就任されたAランクハンター、四冠の狐太郎様がおられる。あのドラゴンも、あの方からすれば陪臣……部下の、そのまた部下なのだ」
「あ、あんな恐ろしいドラゴンが、人間に従っているんですか?!」
「その通りだ」
下から見ても巨大な、Aランクのドラゴン。
それが上空を旋回し、こちらへ威嚇めいたことをしてくる。
味方だと知っても、なお恐ろしい光景であった。
「すげえ~~!」
「祖父ちゃん、あの竜を知ってるの?」
「ああ、近くで見たこともある……何度もな」
老雄は、その竜を見上げて、いつかのことを思い出していた。
以前は同じ基地で働いていた彼は、あっというまに声をかけることも難しくなってしまった。
だがそれでも、この街にいて、同じように竜を見上げているのだろう。
いいや、或いは……。
『我こそは百足退治の雄! 恐れを知らぬ勇者であるぞ!』
(呆れてるかもな)
真実であるのだろうが、自己申告するのはみっともなく思える。
蛍雪隊の隊員は、苦笑いをしているであろう狐太郎と、むっとしているアカネを思い出しているのだった。




