困った時はお互い様
閲覧注意、過激な描写を含みます、読み飛ばしても構いません。
シュバルツバルトの討伐隊は、一般市民に知名度がなかった。
調べようと思えば調べられるのだが、わざわざ積極的に調べるのは物好きだけであろう。
知名度が低いということは、そのまま名声が低いということである。
大公直属のBランクハンター、というのはとても凄いのだが、あいにくと今まで適正な評価をされることはなかった。
だが今回のことで、彼らの主だった面々は十二魔将や将軍になった。そうではない者たちも、その部下となったのである。
そして、この国難。
央土滅亡の危機にあって、彼らは希望の星であった。
ガイセイや麒麟が大量の女性に言い寄られたように、その希望の星のご利益にあやかりたいという者は多く出たのである。
※
さて非常に今更だが、一灯隊の副隊長であるグァンについてである。
物心ついた時にはトウエンにいたヂャンや、物心ついた時には前線基地にいて、そこからさらにカセイのトウエンに行くことになったリゥイ。
彼ら二人と違って、かなり時間が経ってから孤児院へ入った。トウエンの中では、比較的新参なのである。
元は裕福な家庭で生まれ、何不自由なく育ち、裕福ゆえに教育も受けていた。
その彼が孤児院へ入ったのは、両親の死がきっかけである。
ありふれたことではあるが、彼の親族が遺産をはぎ取って、搾りかすとなった彼を孤児院へぶち込んだのである。
もちろん彼はそのことを完全に把握しており、薄情極まりない親族へ憎悪を抱いていた。
しかしリゥイが一灯隊を組織し、収益を上げ、さらに内部での裏切りなどがあって……。
頭脳労働を担当することになった彼は、物凄く忙しくなっていた。
恨みを捨てたことはないが、復讐を計画し実行するほどの時間がなく、結果今日までそのままだったのである。
そしてリゥイが将軍になったこともあって、副官である彼の重要性が更に増していったところで……。
親戚が、向こうから来たのである。
「……久しぶりだねえ、叔父さん」
現在チョーアンでは、周辺一帯から兵が集まっていた。
リゥイは将軍として、一灯隊はその補佐として、軍の編成をしようとしていた。
そこへ、彼の叔父が現れた。グァンの父の、その弟である。
上等そうな服を着ているのだが、とても汚れている。洗濯などができておらず、他の着替えもないのだろう。
困窮していることは、目に見えて明らかだった。
グァンは彼を後方の控室へ案内し、二人っきりで話をすることにした。
茶は出していないが、椅子はある。甥と叔父で、腰を据えて話をすることになったのだった。
「ああ、私のことを覚えていてくれたのかい……」
「忘れていたほうが良かったんじゃないか?」
「……な、なんのことだか」
どうやらグァンの叔父は、親戚であることを覚えてもらっているうえで、細かいことは忘れている、というご都合主義を期待していたらしい。
もちろんそんなことはなく、グァンは普通に憶えていると主張していた。
だが、それは叔父にとって甚だ不都合である。勘違いである、ということにしたくて必死だった。
「お、お前が、孤児院に入っていたなんて知らなかったんだよ! そのうえ、そこから将軍の副官になっていたなんて……知った時はとても驚いたさ……」
グァンは武将であり、ガイセイ程ではないが巨漢である。その彼の親族なのだから、叔父も十分背は高い。
しかし、体は痩せおとろえていた。グァンの記憶にある、自分から何もかもを奪った男、には見えなかった。
その弱弱しさは、演技ではなかった。
「立派になったな……兄さんも、きっと喜んでいるさ」
「……そうだといいな」
叔父の言葉を聞いて、グァンは少しだけ過去に浸った。
恥ずかしいことだが、両親のことは大分忘れてしまった。
そのくせ、憎いこの男のことは鮮明に覚えていた。
だが、優しい両親だった。あの二人が今の自分を喜んでくれたらいいと、彼はすこしだけ願っていた。
「……グァン、私は、お前を探していたんだ、本当だ」
その表情を見て、叔父は切り込んだ。
弱弱しいままに、再会を喜ぼうとした、喜んでもらおうとしていた。
「薄情な叔父だと思っていたかもしれない、私がお前から何もかもを奪ったと思っているかもしれない……だが、違うんだよ」
必死の訴えだった。
彼の言葉を、所作を見ていると、グァンの中で自分の記憶が間違っていたのではないか、という疑いさえ湧いてきた。
「……私は、お前を探していた。だが見つけられなくて……途中で諦めてしまった……そして、こうしてお前のことを知って……会いに来たんだ」
孤児院の暮らしは、辛かった。
なまじ年齢を重ねていたからこそ、なまじ裕福な暮らしをしていたからこそ、それに耐えきれなかった。
その日々が、叔父を悪者に仕立てていたのかもしれない。
ありえないとは言い切れない、記憶とはそんなものだ。
「……グァン、会えてうれしい」
「……」
弱弱しく笑う彼を、グァンは演技だと思えなかった。
「で?」
だがしかし、極めて論理的な事実がある。
万の言葉をもってしても、覆せない過去がある。
それは、グァンが孤児院に居続けたということだ。
「叔父さんの言いたいことはわかったんだが、孤児院を探さなかった理由は?」
「……それは、お前が孤児院にいるなんて、知らなかったからで……」
「で? なんで孤児院を探さなかったんだ?」
トウエンは、普通の孤児院である。
非公式の隠匿された特殊な教育機関、とかではない。
カセイの壁の外にある、いくつかの孤児院のうち一つでしかない。
迷子を捜すのなら迷子センターへまずいくように、両親を失った子供を探すのなら、普通は孤児院を当たるだろう。
「か、カセイを、しばらく離れていたんだ……」
「で? カセイの孤児院を探さなかった理由は?」
「……それは、その、カセイには孤児院がたくさんあるから……」
「百も二百もあるわけじゃないけど、なんで途中で諦めた?」
グァンは、カセイにいた。
カセイで行方不明になった子供を探すのなら、最初にカセイの孤児院を探すだろう。
それをしていない理由は、ただ一つ。最初から探していなかった、それだけである。
「それは……その……」
「じゃあ、どれぐらいの期間俺を探したんだ? どこを、どの程度?」
どれだけ嘘がうまかったとしても、過去を変えることはできない。
どれだけ演技が上手でも、現実を変えることはできない。
「そ、そんなことはどうでもいいじゃないか」
「必死で探したのが、どうでもいいんだ?」
「……何が言いたいんだ、グァン」
「それはこっちのセリフだ。もしも俺なら……兄弟の子供が行方不明になって、探しても見つけられなくて、諦めて……それで立派になったところを知ったとしたら」
グァンには、義理の兄弟がいる。
リゥイという兄、ヂャンという弟だ。
他にも多くの家族がいる。
彼らの為なら、命をかけられる。いままでそうしてきたのだ。
「恥ずかしくて、顔向けできないと思うんだけど?」
情に厚いのなら、情に厚いからこそ、できない行動がある筈だ。
叔父の行動は、発言と矛盾し過ぎている。
「……」
「会えてよかったよ、叔父さん。元気そうで嬉しいよ、じゃあね」
あえて子供っぽいことを言って、グァンは去ろうとする。
どのみち、彼には会わないといけない理由など一つもないのだ。
「ま、待ってくれ! 助けてほしいんだ!」
叔父は、絶叫していた。
みっともないと知りながら、大きな声で縋っていた。
「今回カセイが崩壊したことで、私は財産を失った。その保障はめどが立っていなくて、新しい仕事も見つからない。その上……チョーアンの街の中にも入れない!」
グァンは、この場にリァンがいなくて良かったと思っていた。
戦災の被害者であるという一点において、彼は全面的に哀れだった。
彼一人だけではなく、多くの人が失ったのだ。それはある意味、国家が謝るべきことだった。
リァンならば、きっと傷ついていただろう。
「助けてくれ、グァン! 私には家族がいるんだ!」
被害者面ではない、被害者なのだ。
グァンはそれを、ざまあみろ、と思えるほど恥知らずではなかった。
狐太郎が言っていたように、カセイの崩壊は討伐隊の力不足であるがゆえに。
「……助けようと思えば、助けられる」
「おお!」
「じゃあ質問に答えてくれ、なんで俺を探さなかった?」
だがグァンが、叔父を助ける理由にはならない。
カセイを守るために戦って、結果叔父を助けることになるならまだしも、叔父だけを選んで助ける理由などない。
はぐらかされた問いを、さらに問い詰める。
「さ、さがしたさ……」
「孤児院を探さなかった理由は?」
「こ、孤児院にいるなんて、思わなくて……あ、慌てていたんだ、動転していたんだ……」
「じゃあどこをどれぐらい探したんだ? まさか街中で、俺の名前を呼びながら練り歩いたとか言わないよな?」
叔父は窮した。
どれだけ頭を回しても、自分が孤児院を探さなかった理由を見つけられない。
探せばすぐ見つけられた甥を、見つけられなかった理由が思いつかないのだ。
「言えよ」
グァンは自分の記憶が正しいと確信を深めていた。
他の可能性が、一つもあり得ないのだ。
「俺がトウエンにいることは知っていた、自分でぶち込んだから調べるまでもなかった、だから探していなかったってな」
「……ち、ちがう、そんなことはない……ないんだ」
「じゃあ教えてくれよ、心温まる素敵な理由を。まさか、悪魔に呪われているので、本当のことが言えない、とか言わないよな?」
都合のいい設定を持ち出すが、それさえもありえない。
もしもそうなら、『お前を探していた』と言う理由にならない。
理由があって探せなかった、というはずである。
「……すまん!」
ここにきて、叔父はいよいよ窮した。
ひれ伏して、叩頭を行った。
「に、兄さんの財産が欲しかったんだ! あれがあれば、商売を広げられるはずだったんだ! 惚れた女を振り向かせられると思ったんだ!」
正真正銘、偽りない真実だった。
彼は全力で、自分の犯罪を認めていた。
「お前を孤児院に入れたのは……お前に財産を渡したくなかったからだ! 探していなかったんだ! お前の言う通りだ!」
あまりにもありふれている、財産の搾取。
規模の違いこそあれども、どの世界でもあり得る骨肉の争い。
「お前が出世したことを知って……罰を受けるかもしれないのに来たのは……本当に、もうどうしようもないからなんだ……」
図々しいのは、百も承知だった。
だが惚れた女が、妻がいる。その間に、愛する子供がいる。
その家族のために、自分を仇だと思っているはずの甥のところへ来たのだ。
「私はどうなってもいい! 妻と子供たちだけは……助けてくれ! 私に恨みがあるのは知っている、だが家族は……家族は許してくれ!」
せめて、最初からこうしておけば良かった。
ごまかそうとせずに明かしておけば良かった。
そう後悔せずにはいられない。
嘘をついた時点で、心象が最悪であることは余りにも明白だ。
だがそれでも、もう本当に当てがないのだ。
「叔父さん」
「グァン……」
「気持ちはわかったよ、今度こそ嘘はないね」
「ああ……本当だ」
グァンは、晴れやかに笑った。
「お前の家族を、全員ぶっ殺してやる」
「……は?」
「聞こえなかったか? お前の家族を、全員ぶっ殺してやる」
笑顔と発言に、著しい乖離があった。
「確かに、お前の家族は悪くないんだろうな。でもな、お前が苦しむなら殺す。お前を苦しませるために、苦しめて殺してやる」
だが、良く聞き取れる声だった。
はっきりとした、分かりやすい言葉だった。
「将軍補佐の身分も何もかも捨てて、お前たちを苦しめて殺してやる」
現実味のあることだった。
それだけ恨まれることをしたと、叔父には自覚があった。
だからこそ、できるだけごまかそうとしたのだ。
「はははは」
乾いた笑いだった。
グァンの顔は、張り付けたような、面のような笑顔だった。
叔父は、その面に返り血が見えた。
この表情のまま家族を殺すのだと、想像してしまった。
「ふざけるな!」
本能だった。
彼は甥につかみかかってしまった。
家族愛を発揮して、愛する妻と子供のために、暴行を防ごうとした。
優秀で成功していた兄、その息子の顔をぶん殴った。
「妻にも、子供にも、手は出させん!」
全力の殴打だった。
狐太郎なら首が折れるか、頭の骨が折れるか、両方折れるかという一撃だった。
「衛兵、衛兵」
それを食らっても、グァンは平然としていた。それどころか手を叩いて、人を呼んだ。
それを聞いて、叔父は慌てて下がった。昇っていた血の気が、一気に下がった。
「お呼びですか、グァン様……?! グァン様をお助けしろ!」
一灯隊ではない、普通の兵士たち。
彼らは当然、殴った者がグァンの叔父だとは思っていない。
また、仮にそうだったとしても、やるべきことは変わらない。
「ま、まって……」
現行犯であった。
一切言い訳の余地なく、グァンという要人の顔を殴ったのだ。
そして、叔父に釈明の機会はなかった。
彼は衛兵たちに、拘束された。ぶん殴って、身動きを取れないようにされた。
グァンは、努めて冷静だった。
大笑いしそうになるが、なんとかこらえていた。
「! ぐ、グァン……お前……!」
それを、叔父は感じ取っていた。
殴ったことで状況が悪化したことを理解した上で、さらに攻撃をしようともがく。
大きな声でののしろうとする。
「黙れ!」
その顔に、衛兵が拳を入れる。
黙らされた彼は、心の中で甥を、鬼畜外道をののしっていた。
(この……悪魔が! 財産を失った私に、なんという卑劣な真似を! 許せん!)
正義の怒りに、彼は燃えていた。
こんな邪悪が許されるなど、身分を盾にして虚偽を働くなど、許されないことだ。
(お前は今将軍補佐になっていて、立身出世したのだからそれでいいだろうが! なぜ叔父を助けない! 親戚を助けない!)
彼の心中は、まさに真実に満ちていた。
彼にとって、真実だけがあった。
(私が親を殺したわけじゃない! ただ財産を奪って、孤児院に入れただけで! なんでここまでされなければならないのだ!)
不条理だった、不義理だった、不道徳だった、不正義だった。
(奪った財産も全部なくなったんだから、それでいいだろうが! 私から、これ以上奪うのか!)
彼は、まだあきらめていなかった。
正義は自分にある筈なのだから、取り調べが始まれば自分の正しさが証明されると信じていた。
グァンは将軍補佐という地位を失い、路頭に迷うはずだ。そうなるべきだと、彼は怒りながら信じていた。
※
「お前はグァン様の叔父で、グァン様の両親がお亡くなりになった時に財産を奪って、子供だったグァン様を孤児院へ入れたそうだな。今回のことで無一文になったので、出世したグァン様へ便宜を図ってもらおうとしたところ断られて、怒って殴ったそうだな」
「……はい」
「信じられんな、人の心があるとは思えん」
「いえ、その……お前も、お前の家族も殺してやるって言われたんです……」
「そりゃあ言うだろう、お前だってそんなことされたら、そう言いたくなるだろう?」
「……いいえ、そんなことは」
「挑発されただけで殴り掛かっておいてか?」
「……いえ、でも、その……家族を殺すって言われたんですよ?」
「口で脅すのと、実際に財産を奪って孤児院に入れるの、どっちが酷いんだ?」
「……で、でも、殺すって……本当に殺されると思って……」
「いや~~……殺されても文句言えんだろう? お前だって自分が死んだ後で同じことされたら、墓から蘇って殺したくなるだろう」
「それは……」
「じゃあお前は、子供が孤児院に入れられても平気なのか?」
「……でも、殺すっていうほどじゃあ」
「じゃあ私がお前の財産を奪うと言ったら、お前は私になんて言うんだ?」
「……お、怒るぞ、とか?」
「笑えんな、この恥知らずが」
※
「あ、あの、主人が何をしたんですか?」
「両親が死んだときに財産を奪って孤児院へぶち込んだ甥へ無心に行ったら、お前の家族を殺してやると言われたので殴った。だから捕まえた」
「……え? そうなの?」
「お、お前達を守りたかったんだ……」
「そうじゃなくて、小さい子から財産を奪ったの?!」
「……お、お前と結婚したくて……」
「私たちは、お兄さんの遺産で生活してたの?!」
「……」
「この恥知らず!」
※
「その場で離婚されて、獄中で自殺しました」
「そうか」
「元奥様は、貴方へ謝罪をしたいと。どれだけかかっても、財産も必ず返すと……」
「恥ずかしい叔父の慰謝料と、相殺とでも言ってくれ」




