28
大公とリァンは、試験を終えて帰った。
改めて狐太郎はAランクハンターとなり、そのモンスターもAランクモンスターという扱いになるらしい。
なお、狐太郎は相変わらず寝ていた。
(まあ一晩寝たら全回復ってゲームじゃねえしな……)
この世界で初めてのダメージがショック死である。
文章にするとあんまりすぎるが、目の前に魔王が現れたのなら心臓が止まってもそこまで不思議ではない。
(演出で死ぬ一般人かよ……)
ともあれ、寝ていれば回復するのはありがたい話である。未だに辛い狐太郎はベッドで寝ていた。
(なんだかんだ言って、四体も常識はあるからな。医者が寝てろって言ってたんだから、俺を狩りに連れて行こうとはしないだろう)
さて、四体である。
「ご主人様! なんかフルーツもらっちゃったから、みんなで食べようね!」
「あ、あの、ご主人様? お、お酒、たくさんお酒をもらえたの……の、飲んでいいかしら? 飲んでもいいわよね? が、まんしろなんて、言わないわよね?」
「病人がいる家で酒を飲むな」
「まったくよ、私だって結構だるいもの」
四体は狐太郎の看病と言うことで、同じ部屋にいた。
病床の人間にとって、一緒にいてくれる人というのはとてもありがたいものである。
(コゴエ以外帰ってほしい……)
なお、四体は多い模様。
アカネは大公が持ってきた土産のフルーツの皮をむいており、クツロは同じく大公の持ってきた酒を飲みたそうにしていて、魔王になっていたササゲはだるそうにしている。
嬉しいとは思うのだが、有難迷惑という言葉が脳裏によぎっていた。
「クツロ、酒は夜まで我慢なさい。どうせガイセイが酒をたかりに来るんだから、それまでは呑んだら駄目よ」
「ぐ、ぐぅ……す、少しならいいだろう?」
「駄目に決まってるでしょう」
「ねえコゴエ、フルーツを冷やしてよ! こう、じゃりじゃりのシャーベットにして欲しいんだ!」
「ご主人様の体調を考えろ、冷やしてはやるが凍らせてはやらん」
「あ、そっか! そうだね!」
(こいつら仲いいなあ……)
四体の中で人間関係が成立しているので、狐太郎が一々話を振らなくても問題が発生しない。
少々うるさいが、ただそれだけである。
(この体調でケンカの仲裁とかやってられないしな……)
「それにしてもさ、なんかリンゴとかナシみたいなフルーツ、この前線基地には全然ないよね? どうしてかな?」
瑞々しいというと誇張だが、鮮度の高いフルーツを一行は分け合った。
お世辞にも美味ではないが、この世界に来てから食べたまともな『フルーツ』である。
クルミのようなものなら食べたことはあるが、それはフルーツにカテゴライズされるか怪しいだろう。
「あら、決まってるじゃない。そんなこともわからないの、アカネ」
「クツロはわかるの?」
「肉と酒の方が需要が高いからよ!」
「……ふ~~ん」
期待していた答えとは違ったので、ただ呆れるアカネ。
肉と酒が絡むと、クツロは本当にただの大鬼である。
「あながち間違いではないぞ、アカネ。おそらくこの果物は高級品、嗜好品だ。同じ値段なら、肉や酒を欲しがるものが多いのだろう」
「そうね、単に需要がないのよ」
コゴエとササゲはクツロに賛同していた。
確かにこの前線基地のハンターが、高いカネを払ってフルーツを買うところは想像できない。
(白眉隊とか一灯隊は稼ぎを仕送りしてそうだし、蛍雪隊も研究費に使ってそうだから高いものは買わないだろうし、抜山隊が買うとも思えないしなあ……)
運送に必要そうな冷蔵技術は、便利なエフェクトで何とかするとしても、それは『可能』であって『便利』ではない。
おそらく相当の人件費が発生するのだろう。
(なんでも人力で解決できるのも考え物だな。現場の人間としては道具があったほうが便利だけども、雇う側としては人力で済むなら設備投資はいらないわけで……いや、そうでもないか? 自動化による雇用の喪失とか、そういうのになるのか……?)
物凄くどうでもいいことを考えて現実逃避する狐太郎。
とにかく暇なので、適当なことでも考えないと時間がつぶれない。
(ササゲがいうところの『人間が支配する世界』の方が楽しい、っていうのもよくわかるな……)
ふと傍らを観れば、自分の看病をしに来ている一方で、楽しく談笑している四体のモンスターがいた。
(元の世界じゃあ、こういうふうに看病してくる人はいなかったな……一人暮らしだったし)
得た物は多いのか少ないのか、失ったものは大きいのか小さいのか。
彼女たちを得て、何もかもを失って、この世界で何かを手にしていけるのだろうか。
Aランクのハンター。
おそらくこの世界で最強とされる地位に達したが、しかしそれはこの世界の限界でもある。
この世界には、果たして失ったものに見合う何かがあるのか。それとも、帰る手段があるのか。
(こいつらは、俺達が一緒であることが楽園だといった。でもまあ……楽園ってのは、面白おかしく、苦労もなく誰にも気遣わずに生きていけるところじゃねえな……むしろ、命をかけて守るべき、簡単に失われる場所なんだろうな……)
気持ちが後ろ向きになってしまい、ある事実を思い出す。
(まあ、死ぬところだったんだけどな! むしろ死んだんだけどな!)
気分を切り替えようとした狐太郎は、四体へ話をすることにした。
「みんな、欲しいものはあるか? 俺達がAランクになったから、この前線基地にもたくさんの人が来てくれるらしいし、大抵のことはなんとかなると思うぞ」
「ジャンクフードは?」
「……あんまり期待するな」
「ちぇ~~」
現実逃避しようとしたのに、現実に戻ってきてしまった。
アカネの姿勢が一貫しているだけに、想定できた話である。
「っていうかご主人様、前のあの話はどうなったの?」
「……どの話だ?」
「この前線基地を出るって話」
(ああ、そういう話もあったな)
戦力を補充してからとか、お金を貯めてからとか、ある程度の目標も設定していた。
しかしこのままだと、数年はこの前線基地で仕事をすることになるだろう。
「アカネだけじゃなくて皆にも聞いてほしいんだけど……いろいろ考えたんだけど、この基地にしばらくは残ったほうがいいと思う」
「なんで?」
「俺達がどの程度強いのかわかったからだ」
Aランクのモンスターと戦ったことで、大公たちは狐太郎の持つ戦力を把握できた。
しかしそれは狐太郎も同じで、この世界における最高の戦力を相対的に把握できたのである。
「俺達はAランクのハンターに相当する実力がある。逆に言えば、Aランクのハンターをはるかに超える力があるわけじゃないってことだ」
おそらくではあるが、魔王になった四体が総がかりなら、Aランクのハンターとも戦えるのだろう。
だがしかし、勝てるとは言い切れないし、負けるとも言い切れないのだ。
「俺達がこの基地を離れた場合、大公様がAランクハンターを差し向けてくるかもしれない。この世界の人たちにとって、俺達はぎりぎり対処できる範囲なんだよ」
この前線基地は、国家にとって重要な拠点ではある。
しかしあくまでも前線基地であって、概念から言えば『外側』であり『僻地』でしかない。
狐太郎たちがここに居る限りは、ほぼ無害だ。なにせ危険人物が危険地帯で仕事をしているだけなのだから、体よく使ってやれと思うだけだろう。
だが国中を好き勝手に移動された日には、とんでもなく怖いに違いない。
「そうかなぁ? 私たちが悪いことをしなければ、Aランクの人が殺しに来るなんて思えないんだけど」
(お前らが好き勝手に移動していること自体が既に悪いことなんだよ!)
モンスターパラダイスの世界においては、四体はそこまで異常な強さを持っているわけではない。
たしかに最高水準の実力を持ったモンスターではあるが、探せば同じぐらい強いモンスターなど簡単に見つかるだろう。
もちろんタイカン技を使えばその限りではないが、それでも十体や二十体もそろえれば倒されるだろう。
そもそもアカネたち自身が魔王を倒したのだから、そのあたりの自己認識は正しい。
しかしそれは、この世界の常識ではないのだ。
「あのね、アカネ。私たちの世界では私たちぐらいのモンスターはたくさんいるけど、この世界ではそんなことないのよ」
クツロがアカネに説明をする。
どうやら彼女も、狐太郎と同じような結論に達していたらしい。
「この世界で最強とされるAランクのハンターは、Aランクのモンスターを一人で複数倒せるそうよ。そんなの、私たちの世界の誰でも無理でしょう?」
「うん、絶対無理」
「ガイセイはAランクが一体ならぎりぎり倒せるようね。私も何とかなったけど、これも私たちの世界だとほとんど無理よね?」
「うん、無理だね」
「私たちは基本的に複数でAランクモンスターを一体倒すでしょう? これなら私たちの世界にたくさんいるわよね?」
「うん……だからなに?」
「この層が、この世界にはほとんどいないのよ」
仮に、Aランクを倒せるものを以下のように分類するとする。
上位、Aランクのモンスターを一人で複数倒せる。
中位、Aランクのモンスターを一人で一体倒せる。
下位、Aランクのモンスターを四、五人で一体を倒せる。
上位に属するものは、この世界のAランクハンターだけである。
だが下位から上位の人数を全部合わせても、十人もいないようだ。
モンスターパラダイスの世界に上位はおらず、中位もほぼいない。
しかし、下位ならバカみたいにたくさんいるのである。
アカネの価値観においてAランクのモンスターは『ちゃんとした実力のあるモンスターが四体いれば倒せる』程度だった。
しかしこの世界では『この国最強のハンター以外じゃ倒せない』というほどなのである。
「この世界には、私たちより強いモンスターがたくさんいるわ。でもそれは全部人間の敵で、人間側で私たちに勝てるのはほとんどいないのよ! そんな危ないモンスターがうろついていたら、怖くて仕方ないでしょう!」
「……ああ、そっか」
「そもそも貴女が一番危ないじゃない! 火竜の魔王なんだから、一息で街を吹っ飛ばせるでしょう! 自覚しなさい、自覚!」
「私はそんなことしないって。ね、ご主人様!」
「あ、ああ、もちろんわかってるぞ。でもこの世界の人は怖がってるからな、仕方ないんだ」
「そうかな~~」
アカネは微妙に納得できていないようである。
しばらくうなった後、別の話を持ち出した。
「あのカイって人はさ、Aランクのハンターだけど暴れても許してもらえたらしいじゃん。じゃあ私たちも、暴れなければ許してもらえるんじゃ?」
「……で、確かめる気? もしかしたら許してもらえるかもしれないから、ちょっと仕事を辞めてぶらつく気?」
「……ごめんなさい」
怖い顔をしたクツロの説教によって、ようやくアカネは謝っていた。
確かにそんなことをする意味がない。
(確かに他のAランクハンターが俺達と戦うことを嫌がる、というのはありえなくもない。俺だって嫌だしな。でもまさか、確かめるわけにもいかない。まだ全然、そんな状況じゃない)
世の中には『だろう運転』と『かもしれない運転』という言葉がある。
どうせ大丈夫だろう、という心境で車を運転していると、いずれ大事故を引き起こしてしまう。
もしかしたら人が飛び出てくるかもしれない、という心境を保っていれば事故の可能性を下げることができるのだ。
人生は安全運転である。急いだり変に恰好を付けようとするよりも、適切な速度と法律を守ったほうが結果的に早く目的地に到着できるのだ。
少なくとも、失敗した場合のリスクを考えれば釣り合うものではない。
「ごめんなさいね、ご主人様。私たちがもっと強ければ、他人のことを気にせず好き勝手にできたのに」
(それはそれで嫌だけどな)
謝ってくるササゲだが、その顔は微妙に嫌らしい。
謝り方に悪意があり、狐太郎を困らせようとしている。
「みんなはよくやってくれてるよ。ふがいないのは俺だけさ……」
「そんなことないわよ、ご主人様が命がけで声援を送ってくれたから私も頑張れたのよ」
ササゲはにっこり笑って、寝ている狐太郎の手を取った。
「全身全霊を振り絞って声を届けてくれたじゃない、アレは嬉しかったわ~~」
(本当に死ぬとは思ってなかったけどな……)
なんだかんだ言って、ササゲは美人である。
寝ている時に手を取られると、どうしてもどぎまぎしてしまう。
「ま、まあ……応援することぐらいしかできなかったけどな……」
「そんなこと言わないで、また応援してね」
物凄く優越感に浸っているササゲの顔をみて、狐太郎はあることに気付いた。
(他の三体に応援してない!)
ちらりと三体を見ると、クツロとアカネがやや怒っていた。
狐太郎にではなく、ササゲに対してである。
「……さ、ササゲ。いったん下がってくれ、うん」
「あら、わかったわ」
「ああ、ごほん……コゴエ、俺を起こしてくれないか?」
「承知しました」
頭は回るが、体は動かない。
狐太郎はひんやりと冷たいコゴエに起こしてもらって、クツロやアカネを見た。
二体とも、何かを期待した顔をしている。
「……皆が頑張ってくれなかったら、Aランクにはなれなかった。あの時は応援できず、悪かった……。今度はちゃんと、みんなを応援するよ」
みんなを応援するよ、という言葉を放つ狐太郎。
客観視すると、とんでもなく手抜きである。
しかし実際に応援した後だと、手抜きどころの話ではない。
一体を応援しただけでショック死したのだ、四体を応援したら帰ってこれないのではないだろうか。
それでも応援しないと、四体に嫌われてしまいかねない。
「ご主人様……お気持ちだけでも嬉しいです!」
「あ、クツロは応援要らないんだ。私はして欲しいで~す!」
「アカネ! お気持ちも嬉しいけど、言ってもらえるともっと嬉しいのよ!」
「だったらそう言えばいいのに~~。素直じゃないよ、クツロは」
「私は謙虚なのよ!」
現に、今度応援すると言っただけで二体は大喜びだった。
やはり命を賭してでも声を出さねばならないのだろう。
「コゴエも、ありがとう。うん……応援するよ」
「ご主人様、何よりもお体が大事です。まずはご自愛ください」
「……コゴエ」
「日頃より我等へ気を使ってくださっていることは承知です、一時の言葉よりもそちらの方が嬉しいのです」
雪女の気遣いが温かい、狐太郎は思わず涙しかけた。
やはり労われると、嬉しくなってしまうのだった。




