未知の怪物
翌朝。
凄く晴れやかな気分と陰鬱な気分の入り混じるウズモに乗って、一向は一旦大王のところへ向かうことにした。
もうすでに、カンヨーやカセイに次ぐ第三の都市、『チョーアン』へ着いているはずだった。
エイトロールを相手に一定の戦果を挙げたことも含めて、とりあえず報告をすることにしたのである。
というよりも、エイトロールという化物を退治したのに『じゃ次行こうか』と言うのは余りにも酷だろう。
Aランク上位モンスターを倒したのだから、それなりのイベントを挟んであげないとかわいそうである。
アカネやコゴエ、クツロが魔王になって戦ったことも含めて、休息をとるために戻ろうとしていた。
幸いと言うべきか、竜は頭がいい。
地図を見せて目的地を教えれば、その通りに動いてくれるのだ。
まあ陸路を行くのではなく空路を行くのだから、俯瞰するまでもなく下を見るだけで地図を見るようなものなのだろうが。
とはいえ、移動中の時間も有効活用するべきであろう。
狐太郎は四体の魔王とダッキ、そしてコチョウ将軍を加えた状態で、会議を行う。
「ということで……皆さんの士気は大変なことに……」
「完全に想定内ですね……嫌な意味で、経験済みです」
さて、狐太郎はハンターであり、近衛兵でもあり、大将軍であり、大王でもある。
兼任し過ぎていてよくわからなくなっているが、今回大百足と戦うことになって、実際に勝った彼らにはなにかこう、なにかしなければならないような気がする。
ふわふわしているのは、この場の誰もが具体的な解決法を知らないからであろう。
「お金じゃダメでしょうか」
割とざっくりとしたことを言ってくるのは、ダッキであった。
この国難に、特殊技能を持った集団を、戦力として強制動員するのだ。
それなりのカネを払っても、そこまでおかしくはない。
「ダッキ様のおっしゃる通りではあるんですが……多分皆さんが期待なさっているのは、そういうことではないかと……」
ダッキの意見を正当だと認めつつ、コチョウ将軍は否定をしていた。
(最強の精霊と協力して、ロマン砲を準備して、大将軍と戦って、国を救って、報酬が『現金』ってどうかと思うしな……)
ごく普通の価値観として、現金とはほぼ万能な報酬である。
百万円分のお米とか小麦粉をもらうよりも、百万円もらえる方が喜ぶのが普通だ。
だがしかしそれは、突き詰めるとお金に困っている人間の発想である。
もっと言うと、お金で買えるものが欲しい人間の発想である。
彼らはお金には困っていない。学校に通えているか、学校に就職できている者たちだ。
もちろん先日のことで精霊使いの価値が下がっていたので少しは困っているかもしれないが、それもコチョウが将軍になったことで解決しているはずである。
「それじゃあ何ならいいのかしら?」
「そうですね……あくまでも、希望ではあると思うのですが」
ちらちらと、申し訳なさそうに、コチョウが『理想』を口にした。
「コゴエ様が……その、精霊使い全体と、継続的に協力的な関係になること、ではないでしょうか」
「図々しくない?」
「はい……おっしゃる通りです……」
ダッキが言うと説得力に欠けるが、気持ちはわかる。
希望に満ちすぎて、コゴエの人格が排除され過ぎている。
ちょっと自分勝手すぎる話だった。
「叔父様も……現大王様もおっしゃっていたけど、狐太郎様が四冠なのは、四体の魔王への配慮なのよ? モンスターは役職に就けないから、その分狐太郎様に回しているってだけで……本来は四体とも大将軍をお願いしたいぐらいなんだから」
(まあ旗印にして戦力集めるって、本当はそういう話だしな)
狐太郎が四冠なのは、権力を集中させることで『誰が一番偉いのか』をはっきりさせ、指揮系統を分かりやすくするという意味である。
同時に今回招集する、亜人や悪魔、竜たちへ『皆さんの王様のご主人様を、私たちはめちゃくちゃ厚遇してますよ』というポーズであり……。
そして『狐太郎に全部乗せているだけで、本当は彼女たちが大将軍で斉天十二魔将でAランクハンターなんですよ』と言っているに等しい。
「一応聞くけども、コゴエはどう思っている?」
「ありえぬことです」
「そうか、なら断るよ」
びしりと断ったコゴエ。
短い言葉だけに、なんのとっかかりもない。
そして狐太郎も同様だった。
まさに、一応聞いただけだった。
「とんとん拍子で集まってたから、正直油断していたわね……。コゴエが精霊の魔王だから、みんないろいろ期待しているわよ」
「王様って大変だね……」
「そりゃそうでしょう、普通のことよ。集めた後が大変なんじゃない」
クツロとアカネが集めた後の苦労を嘆くが、ササゲがそれを逆に否定した。
今回のことを会社でたとえれば、社員を集めただけである。
仕事や報酬、待遇のことでもめるのはこれからなのだ。
「精霊使いの人はわがままね!」
(お前には言われたくねえだろうよ)
ダッキは正しいことを言っていた。
だがそれを周囲がどう思うかは、彼女のこれまでの日々によって決まるのだった。
「申し訳ありません……」
「いや、いいんだ……コチョウさんが悪いわけじゃないし……気持ちもわからないではない」
はっきり言って、狐太郎が普通の意味で『最強の精霊使い』なら良かったのだ。
それこそチート主人公めいて、大将軍に匹敵するほどの強さがあれば『あんな強い人になら精霊の魔王も従って当然だな』と諦めてくれたかもしれないのに。
現状では、幼稚園児の送迎にクラシックカーを使っているようなものである。
これでは反発を覚える者も出てくるだろう。
「それにまあ……いきなり集めた人たちが、いきなり俺達へ献身的になってくれるわけがないんだ。それは逆に失礼だろ。まだ時間はあるんだし、ちょっとずつ打ち解ければ……妥協点も見出せるはずだ」
そして狐太郎は知っている。
どれだけ頑張ってきたのかなど、苦楽を共にした者にしか伝わらないのだと。
そして彼ら自身の苦労だって、狐太郎には想像することしかできないのだ。
彼らにとっての狐太郎が、最強の精霊をあっせんしてくれる金持ちではないように。
狐太郎にとっての彼らだって、都合よく文句を言わずに戦ってくれる戦力でもないのだ。
「ですが、最終的な報酬は早めに設定しなければならないのでは?」
「そうだな……」
クツロからの的確な指摘に、狐太郎は改めて首をひねった。
確かに『報酬は応相談で』というのは、少々不義理で不適切である。
最低限これぐらいは保証しますよ、というラインを引いておく必要があるだろう。
「申し訳ありません……私が至らないばかりに……」
「コチョウが気にすることではあるまい。非常時の人事だとは、元よりわかり切っていたことだ」
謝罪するコチョウを、コゴエが慰めた。
もとより人を率いたことのないコチョウが、将軍を務めるなど最初から無茶だったのだ。
それでも任されたのは、他に人がいなかったからである。
シュバルツバルト討伐隊、唯一の精霊使い。ただそれだけで、コチョウは将軍を任されてしまったのだ。
「ですが……狐太郎様が四冠になったのに、私が投げ出すわけには……!」
「奮起してくれることはありがたいが……そこまで背負うな。私に考えがない、というわけでもない」
コゴエには考えがあるようだった。
さて、どうやって解決するのか。
まさか『私の体の一部をあげるよ』というわけにもいくまい。
「私は雪女の魔王だ。そのタイカン技には、まだ使ったことのないものがある」
「……そうか、タイカン技はシュゾク技の上位。なら周囲の環境を変える技もあるのか」
火竜のタイカン技であるレックスプラズマは、火竜のブレス攻撃の強化版である。
悪魔のタイカン技である終末の悪魔も、悪魔が普段から使える即死攻撃の最終形態である。
であれば、雪女のタイカン技には、彼女が普段から使っている『周囲の気象を変化させる技』の上位も含まれているはずだ。
「それによって、氷の精霊が通常よりも過ごしやすい場所を作る。どのみち必要なことであるし、それを報酬にすれば十分だろう」
「周囲の環境を継続的に変化させる技ですか……流石は精霊の王……」
「流石コゴエだね! これなら大丈夫だ!」
「ええ、コゴエは頼りになるわね」
「コゴエにそんなことができたなんて、想像もしなかったわ」
やっぱり誰も把握していない、討伐隊の総力。
底知れなさに感動しているコチョウだが、やはり軍隊としては大いに問題があった。
※
さて、一方そのころ。
各地の前線へ、キンカクたちは到着し、情報を伝えていた。
※
南方前線、本部。
南万としのぎを削る彼らの元へたどり着いたのは、グレイトファングにまたがるキンカクであった。
斉天の旗を掲げるドラゴンの登場に、南の兵士たちは困惑するが、そのドラゴンを迎えたものが『英雄』であったため、一気に沈静化した。
「キンカク様!」
「おう、ナタか」
元十二魔将にしてAランクハンター、大志のナタ。
当然ながらキンカクとも知り合いの彼は、大慌てで彼の元へ来た。
その表情は、若い日に世話になった先人に出会えた幸運でも、Aランクのドラゴンに乗って現れたことへの困惑でもなかった。
「き、キンカク様……」
「……落ち着け。お前が浮足立てば、それだけで周囲は動揺するのだぞ」
既に何かを聞いているらしいナタは、大声で問いただしたい気持ちを抑えているようだった。
そして、それを冷静に諫めるキンカクの振る舞いに、ナタはそれが現実であると察してしまっていた。
「ぐ、ぐぅ……」
「さあ、大将軍のところへ案内してくれ。大王様からの伝令があるのだ」
十二魔将の一人が伝令に来た。
それを聞けばどんな兵士も動揺せざるを得ない。
それは仕方がないことであったが、だからこそ周囲にはできるだけ『大したことないさ』と思わせなければならないのだ。
動揺するナタはそれでもキンカクを案内した。
南方前線本部の中枢、守りの要である大将軍の元へ。
「お久しぶりでございます、大将軍」
「うむ、良く来てくださった。竜が旗を掲げて現れたと聞いた時は驚きましたが……噂に聞く、新しいAランクハンターの手腕ですかな?」
「ええ、その通りです。あのお方からの助力により、こうして参ずることができました」
「ふふふ……見てのとおり散らかっている部屋ですが、どうかお許しを」
現在戦争中である以上、大将軍は指揮も忙しいはずだった。
現に彼がいた部屋は、執務室ではなく会議用の大部屋で、多くの機密書類が散乱していた。
どこにどの兵がいるのか、どれだけの消耗が生じているのか。敵将は誰で、その規模は。
おそらくこの紙一枚を持ち出すか、あるいは紛失するだけでも大罪に値するだろう。
それほどの貴重な情報が、溢れていた。まさに中枢、軍を生物に例えるのなら、脳と言える場所だった。
「南方大将軍……カンシン閣下。お忙しい中、お会いしていただき感謝しております」
「斉天十二魔将の重鎮を、無下にする度胸などありませんよ」
南方を守る大将軍、カンシン。
やはり大男であり、筋肉の塊であり、吹き上がるエナジーを帯びた怪物であった。
その一方で礼儀正しい振る舞いをしており、丁重な対応をしていた。
近衛兵と軍人。
戦うことを生業としながら、しかしわずかに役目の違う二人は、互いに譲り合っていた。
そしてハンターの頂点であるナタは、その会話をもどかしそうに見ている。
「……お察しの通り、現在我等南方戦線は、南万と戦っております。伝令を送っているのですが……それがもう着いた、というわけではないようですね?」
「……ええ」
「では……西から避難民が来ている、ということと関係があるのですかな?」
「……その通りです」
どちらかと言えば、役人のような振る舞いだった。
カンシンは穏やかに、遠回りに話を進めていた。
「……西重が西方戦線を突破し、そのまま王都へ侵攻。大王陛下は崩御され、十二魔将も……王都を離れていた私ども三人を除いて、全滅いたしました。現在王都は……西重に占領されております」
二人とも、察していたことではあった。
敢えて迂遠にしていたのは、それに備えるためだった。
だがしかし、それでも鉄槌で脳を直に殴られたような、痛恨すぎる情報だった。
「……そうですか、心中お察しいたします」
「いえ……本来ならば、私など、生きていることも許されぬ身。この場で首を断たれても、文句などありません」
「いえ……貴方にも別の任務があったのでしょう。ならば、生きていることも天命。どうか気を病まず……」
カンシンは、まずねぎらった。
生き残った近衛兵が、王の死を伝える。
まさに死にも勝る恥辱であろう。
いっそ死んだほうがマシな、辛すぎる役割であった。
だが、だからこそ、この情報に疑う余地がないのだと分かる。
欺瞞情報でも誇張表現でもなんでもなく、本当に王都が取られたのだと理解してしまう。
「ナタ……すまない」
「いいえ、貴方が謝ることなど、何も……」
悔しそうに涙を流すナタは、あらゆる怪物を仕留める拳の、その無力さを味わっていた。
自分が南で戦うことにより、中央を守っているのだと信じていた。
だがその間に背を抜かれていたのだ、なんという間抜け、なんという無様。
「大将軍! 申し訳ありませんが、私に中央へ向かう許可を! ここを離れる許可を頂きたい!」
「それは駄目です。貴方が抜ければ、前線は崩壊します。何より……」
カンシンは、深くため息をついた。
「王都奪還であれば、私も軍を率いて向かわねばなりません。一旦南万と講和し、領地を譲ることで戦争を治めましょう。おそらく敵もそれが狙いでしょうが……背に腹は代えられません」
十二魔将が守る王都が陥落し、占領されている。
であれば央土は、総力を結集して向かわねばならない。
「南万と交渉をするのは……正直、自信がありませんが……民の避難も合わせて、一月はもらいたいところです」
「しかし! 今頃中央は、西重の軍によって……!」
カンシンは生粋の南将であるが、ナタは中央から来たものである。
だからこそ、どうしても優先順位が異なってしまう。
ナタは今もなお蹂躙されているであろう、中央を想う度に胸が張り裂けそうだった。
何よりも、恩師や友人が、全員殺されている事実に耐えられない。
「……安心しろ、お前が思っているほどには、状況は悪くない」
それを、やんわりと止めたのはキンカクだった。
目上であるはずのナタを、弟を諭すように止めていた。
「現在王都を占拠している西重は、そのまま籠城している。中央周辺を食い破ってはいない」
「……なんと?」
「私は貴殿たちへ助勢を求めに来たのではない、中央へ来るなと釘を刺しに来たのです」
「なぜ?!」
王都が陥落した以上に、信じられないことだった。
普通なら全軍を上げて奪還するところを、押しとどめるなど想定外にもほどがある。
「西重が襲ったのはカンヨーだけではありません。私やダッキ様が滞在していた、カセイにも攻め込んだのです。それも……西原の覇者と名高い、ウンリュウの率いる十万の軍が」
「彼……ですか。何度か戦ったことがありますが……武勇に優れた名将でしたよ」
南方を守っているからと言って、西と無縁であるわけではない。
西の前線から救援を乞われて、向かうこともしばしばだった。
「カセイ……では、ホワイト君やアッカ様のお弟子が迎え撃ったのですか?!」
そしてナタにとって、カセイとは他人事ではない。
ホワイトという未来のAランクハンターと、その相棒である正体不明の少女。
そして自分の任地を一緒に守ってくれたアッカ、その弟子がいる場所だった。
「そうだ。アッカ様のお弟子であるガイセイがウンリュウを、ホワイトはキンソウを……そしてルゥ伯爵がクモンを、それぞれ討ち取った。十万の軍もまた、討伐隊によって殲滅した」
「はぁ?!」
ここにきて、カンシンは一番度肝を抜かれていた。
なまじウンリュウを知っているからこそ、黄金世代を知っているからこそ、十万の軍の恐ろしさを知っているからこそ、想像を絶する戦果に慄いていた。
「あのウンリュウを?! アッカ様のお弟子とは、それほどなのですか?!」
「……ええ、死体も残らぬほどに粉砕したそうです。信じられませんか?」
「いいえ、信じましょう……そうですか、あのウンリュウが……」
国家の規模こそ違えども、西重の大将軍は敬意を持つべき強敵だった。
その彼が討ち取られたことに、一抹の寂しささえ覚えていた。
「西重は、全軍をあげて攻め込んできました。南万が攻め込んできていることも、その一環です。ですがカセイを攻めた軍の消滅と、十二魔将を討つための被害。その両方が甚大だったため、王都を占領したものの身動きが取れなくなっているのです」
「なるほど……では思ったよりは、戦況は良いのですね」
今南万へ講和を持ち掛ければ、大いに足元を見られるだろう。
また過去に起きてしまったある事件により、南万は極めて央土へ印象が悪い。
よって、慌てて講和をしなくていい、というのはありがたかった。
「では王都の民は?! ラセツニ様は?! コウガイの娘はどうなったのですか!」
「安心しろ。アッカ様が交渉してくださり、民は王宮かカセイへ逃げることができた。ラセツニ様も、コウガイの娘も無事だ。手紙も預かっている」
そう言って、ラセツニが獅子子へ渡した手紙を、ナタへ渡した。
彼は大いに慌ててそれを読み、安堵しつつも悔し涙を流した。
「……ナタ、俺にも手紙はあった。内容は、似たようなものだろうが……現大王であるジューガー様の命令に従って、ここを守ってほしい」
「で、ですが……!」
ナタにとっては、非常に酷だった。
仲間が、恩師が、大王が、王子が。
全員死んで、それでも戻れない。
そんなことを、許容できるわけがない。
「わ、私は……私には……!」
「ナタ!」
キンカクは、叱咤する。
「お前の気持ちはわかる……生きていることにも耐えられない気持ちはわかる! だが、今のお前の仕事は、南を守ることだ!」
ナタにとっては、いっそ中央へ強制動員された方が幸せだろう。
少なくとも、かたき討ちに参加できるのだから。
だがそれが許されないのは、まさに死にも勝る拷問であった。
「……現大王陛下からの心遣いには、感謝いたします。兄君を失ったうえで、国家全体を想う慈悲深きご決断……心に痛み入ります。南の民は、皆が陛下のお心にむせび泣くでしょう。全軍へ号令を挙げ、敵を討ちたいのが本心でありましょうに……」
しかし、カンシンは感謝した。
南を放棄しなくていい、そのことに安堵していた。
西から逃げてきた民と同じ想いを、彼らにさせなくて済んだのだから。
恥ずかしい話だが、安心していたのだ。
「……申し訳ありません、カンシン閣下」
無思慮を理解して、ナタは下がった。
中央も大事だが、南も大事なのだ。
それを忘れていた己を、恥じていた。
「かくなる上は、南万を蹴散らし、そのまま返す刀で……」
「それは無理です、落ち着かれよ。そうすれば、敵の思うつぼ。貴方には自重をしていただきたい」
「……閣下」
「南万もまた強敵……焦れば、貴方も倒れかねません。中央のことは、現大王陛下にお任せしましょう」
抜けないでくれと乞うカンシンを、ナタは無下にできなかった。
板挟みになりながらも、なんとかこらえていた。
「……キンカク様、お辛い任務でしょう。ですがこの一報は、この部屋にあるあらゆる報告より価値がある物。南を代表して、感謝いたします」
「いえ……」
「西を抜かれたこと、南から離れられぬこと……軍の不手際でございます。先代様には、顔向けできませぬ」
カンシンは、南を守りたいと思っていた。しかしその一方で、肝心なことも間違えていない。
「ですが、……いざという時は、南の全軍が要請に応じる構えがあると、現大王陛下にお伝えください。もしも大王陛下が御崩御されれば、そのまま我が国はおしまいです」
大王が器量を示したように、大将軍もまた器量を示していた。
南を捨ててでも、守らなければならないものがある。彼はそれを知っていた。
「ご安心召されよ……現大王陛下には、すでに我らを含めて新しい十二魔将や将軍が付いております。半壊した西重に、遅れなど取りませぬ」
「……やはり、ウンリュウを討ち取ったガイセイとやらが、十二魔将首席、征夷大将軍なのですか?」
「いいえ、ガイセイは二席でございます」
それは大いに驚くようなことではなかった。
少し意外、ということだった。
「現職のAランクハンター……アッカ様の後任が、そのままギュウマ様の後任も務めることになっております」
「……それほどの男ですか、討伐隊の隊長は」
「ええ……勝手な話ですが、彼ならば或いは、と思えます」
自分ではどうにもならないことを、上の人間へお願いすることがある。
それが行きついて、自分でやるしかない、という者がいる。
それが、英雄だ。大将軍もAランクハンターも、突き詰めれば他人を恃めない者である。
彼は他人を恃むしかない者ではあるが、それを知って誰もが託していた。
「彼がすべてを背負うことに、誰も異論をはさみませんでした。それが真実です」
ナタが十二魔将を抜けた理由の一つは、ナタとコウガイ、ゴクウの三人の実力が伯仲していたことである。
特にゴクウとコウガイは、己こそが主席になると譲らなかった。ナタに対しても、敵対心を燃やしていた。
だからこそ、大王はナタを放したのである。
その当事者であるナタ、そしてより苛烈な争いを越えたカンシン。
彼ら二人は、異論なく統括者になった狐太郎へ、畏怖さえ抱いていた。
ウンリュウが率いる軍を破るほどの集団が、トップであると認めている傑物。
果たして、どれだけの器なのか。
「彼こそが我らの希望。王都を奪還しうる可能性を持つものは、四冠の狐太郎様を置いて他におりません」
当人の心中はともかく、周囲の期待に狐太郎は応えつつあった。
即席の部隊であれ、不意の接敵であれ、彼の配下は完璧に対応した。
四冠の旗のもとに、王都奪還軍は急速に力を集めていた。
その到達点、限界値は、まだ誰も知らなかった。
 




