I don't know
虎威狐太郎。
果たして彼は何者なのか。
そしてそれに従う四体の魔王とは?
(知るわけないでしょ)
顔をこわばらせているコチョウは、返答を期待している面々へあきれてさえいた。
無関係な人々ならともかく、彼ら彼女らは、全員が精霊使いである。
コチョウの弟であるランリの無礼のせいで、社会的な地位を脅かされた人々であり、経済的な損失も被った人たちである。
(というか、私が聞けるわけないじゃない)
そのランリの姉として、コチョウは償うために討伐隊に参加したのだ。
その弟と同じ轍を踏むわけにはいかない。コチョウは普通の隊員以上に、彼を探ろうとしなかったのだ。
大王と獅子子が語り合っていたように、討伐隊の全戦力を把握している者など一人もいない。
特に狐太郎に対しては、ガイセイでさえも探りを警戒していた。
(知っているのは、私と同期の麒麟たちだけ……彼らは同じ人種で、同胞みたいだしね。それでも全部を知っているわけじゃないでしょうし……)
普通に『知らねえよ』と言えればどれだけいいか。
もしくは『機密なので私も知りません』と正直かつ丁寧に説明すればどれだけいいか。
しかし、相手はこれから彼女の部下になるのである。
ここで『うるせえ』ということは、仕事に支障をきたしてしまう。
(これが狐太郎様の苦しみ……!)
生真面目な彼女は、だからこそ悩んでいた。
もちろんそういうところも買われて将軍職を任されているのだが、それは負担がとても大きかった。
「私も詳しくは存じません。ですが……モンスターたちが話していることであれば、お話しできます」
そこで彼女は、隠す意味のない情報を開示することにした。
この場の面々は、基本的に研究者であり学生である。
本気で気になったら、大真面目に調べるだろう。
それでランリの過ちを繰り返すことになれば、それこそ最悪だろう。
「まず……魔王というのは、Aランク上位モンスターのような『種族』でもなく……Aランクハンターや大将軍のような突然変異でも天才的な才能を持っているわけでもないのです」
Aランクモンスターはなぜ強いのか。単純に、そういう種族だからである。
異常なほど強い生物ではあるのだが、鮫や象が強いのと同じであり、特におかしなことではない。
どちらかと言えば、平均水準をはるかに超えた個体が生まれる、人間という種族の方がおかしい。
普通ならば鍛えてもBランク下位が限界で、抜きん出て強くともBランク中位が頭打ち。
にもかかわらず、Aランク上位さえも葬る個体が稀に生まれるのは、他の生物からすれば異常であろう。
だが、そのどちらでもない。
狐太郎たちもこの世界に来た時驚いていたが、彼らの強さもこの世界の常識に当てはまらない。
とはいえ、似たものが存在することも事実だった。
「魔王……あれは……デット技に近い」
精霊使いはギフト技に分類される術の使い手なのだが、デット技はそれに近い術である。
だがギフト技に比べてデメリットが大きく、使い手の少ない技である。
よって、学生の中には知らない者も多かった。
「あの、先生。デット技って何ですか?」
「モンスターの死体を使って武器を作り、それを長年使うことで……武器の材料になったモンスターの力を一時的に再現する技だ。デメリットが多いが習得自体は比較的簡単で、しかも発揮できるモンスターのランクがAランク下位と非常に高い」
「そんな技が……」
「邪法とされていて、亜人ぐらいしか使わないが……言われてみれば確かに、話に聞くデット技に共通するところも多い」
一時的な強化であること、巨大化や変身をすること、消耗が激しいこと。
なるほど、共通することは多い。
とはいえ、デット技よりも上位であることは、明白でもあるのだが。
「亜人や竜、悪魔は『冠頂く四体の魔王』というものを信仰しているらしく……つまり逆に言って、膨大な力がある冠の所持者が魔王であり、今は彼女たち四体なのです」
おそらくクラウドラインへ『魔王って何?』と聞くだけで調べられることなので、コチョウはあえて明かしていた。
「魔王の姿は本来の姿ではなく、強化された姿。普段の姿が本来の姿、と考えるのが自然です」
サカモという名前を授かった鵺は、分離したり変身したりと、多彩な変化を得意としている。
しかし本来の姿はキマイラであり、本気であったり全力で戦う姿ではあっても、強化されているわけではない。
だが魔王になった彼女たちは、あくまでも仮の姿なのだ。
「とはいえ、それでもBランク上位モンスター程度の力はあるようです」
「つまり、精霊の王が普通にしゃべっていること自体は、冠とは無関係なのか……」
「冠も気になるが、あれだけ上位の精霊が存在していることの方が気になるな……」
ただでさえ強いモンスターが、特別な冠によってさらに強化されている。
それが周囲の認識であり、事実でもあった。
とはいえ、それだけ強いモンスターがどこにいるのか、四つの冠はどうやって手に入れたのか。なにより狐太郎とどうして契約しているのか。
それは判然していない。
構造と原理は察しが付くが、それはあくまでも結果である。
経緯と初期条件がさっぱりわからない。
「つまり……見たままのことしかわかっていないのか……」
精霊使いたちは、一様に落ち込んでいた。
軍人でも政治家でもない、彼らは研究者として探求を求めていた。
彼らは原理として、知りたいと願っている。それはバブルと同じ人種だった。
「……はあ」
露骨に、がっかりしていた。ほぼ全員が、彼女を見下していた。
弟のことは弟自身の過失だが、今回のことは彼女自身の失敗だと考えているらしい。
もしくは、ランリのことなどどうでもいいと思っているのか。
(やりにくいわね……)
やはり根本的に、コチョウを将軍に据えることに問題があったのだろう。
実力も家柄も学歴も、何一つとして抜きんでたものがない。
そのうえで若い小娘なのだから、舐められても仕方がなかった。
「では……今更だが、戦後について聞きたい」
四十代ほどの研究所の責任者らしき男が、挙手の上で質問をしてきた。
厳格そうに、真剣な表情で質問をしてくる。
しかし、本当に今更である。
大将軍と戦うことが確定しているうえで、エイトロールと戦った後で『では雇用条件は』と聞いてきたのだから。
かなり手遅れ感が否めない。
「参考として、将軍である貴女はどのような報酬を約束されているのですか」
「私の弟のせいで無くなってしまった、魔女学園精霊学部の復活です」
言うまでもないが、コチョウは将軍であり、この場の精霊使いの筆頭扱いである。
その彼女以上の報酬を求めることは、実質的に無理だった。
「むぅ……」
その彼女の報酬は、正当すぎて文句が付けられなかった。
というか、精霊使い達から見ても最優先で解決するべきことであり、他に何か要求するなど考えられないことだった。
だが彼女でもそれが報酬ということは、この場の面々はそれ以下の報酬しかないということである。
「なにか?」
「いや……精霊使いの名誉のためにも、是非そうしていただきたい。だが……たとえば、コゴエ様のお力を時折貸していただくとか、そのようなことはできないだろうか」
「まず無理だと思います」
即答だった。
そして、彼が断られたことで、他の面々も意気消沈である。
コゴエの存在は精霊使いにとって、金に換えられない価値がある。
なにせ人語を解することができ、さらに他の精霊さえ従えるのだ。
研究という面でも、こんなありがたいことはないだろう。
彼女を時々借りたい、という願い以外に、なんの願いも思いつかない程だった。
「今の狐太郎様は四冠ですし、戦後彼が大王様へ要求されるものは『休暇と旅行』です。特に政治へ関わる気もないようですし、あの四体を手放すことはないでしょう」
「……では」
「ええ、おそらく今回と似たようなことがない限り、皆さんがコゴエ様に接触することは難しいかと」
(不味いわね……)
落ち込んでいる面々を見て、コチョウは焦った。
変に士気を上げ過ぎて、妙なことをされても困る。
だが士気が下がりすぎて、やる気を出してくれなくてもそれはそれで困るのだ。
「で、ですが! コゴエ様は普段から精霊使いについて興味がありまして、皆さんとも話をしたがると思います。私も前線基地にいたときは、良くお茶をしながらお話を……」
「……お茶?」
精霊の王とお茶をしている。
それを聞いて、精霊使い達は我が耳を疑っていた。
「お、お茶を飲むのか?! 精霊が?!」
「ええ、シャイン隊長がいれたお茶を……無表情ですが、嬉しそうに飲んでいました」
「もちろん冷たいお茶なんだろう?!」
「冬は温かいものを飲みますが……」
「氷の精霊なのに?!」
氷の精霊とは、突き詰めれば生きている氷である。
その生きている氷が、真冬であっても熱湯を体内に入れるなど、それこそ自殺ではないだろうか。
普通の氷の精霊にそんなことをしたら、嫌われるか死んでしまうだろう。
「どうにもコゴエ様は、精霊だからと言って他の人と違うものを出されるのを嫌がるのです。特に味を感じるわけではないのですが、手を抜かずに丁寧にお茶を入れてもらえた、という事実が嬉しい様子でして……」
「……想像以上にコミュニケーション能力が高いな」
「しかも、知性も感受性も、想像力も高い……好奇心旺盛、という意味では精霊らしいですが」
熱い紅茶を飲む雪女。
その存在を知って、誰もが慄いていた。
やはりコゴエは、想像を絶するほど上位の精霊だった。
「温かい飲み物を楽しむということは、温かい食べ物も食べるの?」
「ええ、狐太郎様と同じものを」
「排泄はどうなってるの?!」
学者らしい質問を、五十代ほどの女性教授が聞いてくる。
確かに生物学的に、というか構造的に気になるところだ。
学者ならずとも、気になってしまうところだろう。多分狐太郎も気にしていると思われる。
「さ、さあ?」
だが聞くに聞けないことだった。
コチョウも気になっていたが、無礼ができないので聞けなかった。
「なんで聞かないのよ!」
(聞けないわよ……)
相手が精霊だったとしても、聞けないことはある。
コチョウは人として礼儀正しかったが、その分学者として間違った行動をしたのかもしれない。
「き、気になる……一体どうなっているんだ……」
「し、知りたい……是非教えてほしい、観測させてほしい……!」
だがしかし、今の彼らは国民として間違っていた。
探求心が暴走し、世にも失礼なことを聞きかねなかった。
(どうやったら彼らの士気を適度に保てるのかしら……誰か教えて)
士気というのは、厄介である。
要するに興奮しているということなのだから、過度に士気が高いと暴走の危険がある。しかし下がりすぎれば、壊走を招くのだ。
ではどうすればいいのか。
誰も知らないのであった。
 




