この機に乗ぜよ
狐太郎はこう言った。
亜人やら悪魔やらを動員する前に、まずこの国の人間が何とかするべきだと。
それを、大王も認めていた。
この国を守るのは、この国の人間であるべきだ。
だがしかし、大抵の人間は戦うのを嫌がるだろう。
なぜなら、死ぬのも怪我をするのも嫌だから。
精霊使いの名門、ワンニン精霊学院。
ドルフィン学園とは比較にならないほどの長い歴史を持つこの学園に、新しく即位した大王からの協力要請が来たことで、教師も生徒も混乱の渦に巻き込まれていた。
いろいろと言っていたが、軍事作戦への協力、王都奪還への協力である。
しかも、征夷大将軍の印もある、非常事態下の『要請』である。
断ることはできるが、断った者に『戦後』が訪れることはない。
そしてワンニン学院にも王都陥落の報は届いてしまっているため、誰も冗談だとは受け取らなかった。
征夷大将軍の命令であっても、初夜権のような無茶な法律を通そうとすれば、各地で反乱がおきるだろう。
そもそも、征夷大将軍が必要な非常事態ではないのなら、任命したこと自体が咎められる。
しかし王都陥落、先代大王の戦死。それは誰がどう考えても異常事態であり、王都奪還のために軍隊以外からも人間を引っ張ってくるのは、悪でもなんでもない。
であれば、学院は従うしかない。
戦争に負ければそのまま滅ぼされるし、戦争に勝っても戦後に始末されるだろう。
まさに歴史が終わる時だった。
学院の主だった者たち、責任者たちは、臨時の緊急会議を開いていた。
完全なる防音設備がある、一種のシェルター。滅多に使用されることのない、特級会議室。
彼らはそこで、学院の未来を決める会議を行っている。生徒も若い教師たちも、その結果を待つほかなかった。
※
特級会議室の中には、十人ほどの責任者たちが集まっていた。
一番若いものでも五十代、中には七十代に達している者もいる。
この世界の平均寿命から考えれば、全員がお年寄りに分類されるだろう。
そんな彼らが現在の地位を得たのは、精霊使いとしての実力だとか、軍隊に参加して実績を上げたとか、素晴らしい論文を書きあげたとか、多くの優秀な生徒を育てたとかではない。
年功序列であったり、学院への出資であったり、世襲であったり、先人からの推薦であったりとさまざまである。
これを聞いて忌避感を覚える者もいるだろうが、決して彼らは無能ではない。
本当に駄目でクズでどうしようもない連中なら、そもそも会議自体を開かない。
彼らはこの状況が危機的である、と知ったからこそ悩んでいるのだ。
「……諸君。誰もが困惑しているだろうから、儂が話そう」
最高齢であり最高責任者である理事長が、口火を切った。
彼の言葉は、鶴の一声。通常ならば、聞くときの表情にさえ気を使うのだが、今はそんな余裕を誰も持っていない。
「まず……逆らう、という選択はない。もしも逆らえば、戦後に重い罰が下る。特に……この場の面々には、重い罰が下るだろう」
一番責任を負うのは責任者。
特に今回は、大王と征夷大将軍からの命令である。
これに従うかどうかを、一般の生徒や一般の教員に決められるわけがない。
どんな口八丁をもってしても、責任を末端に押し付けることができない。
つまりこの場に集まった責任者の全員にだけ、罪が及ぶのである。
逃げようとしても逃げられまい。
まず逃亡を誰も補助してくれないし、そもそも他国が攻め込んできている状態で、どこに逃げるのか。
「しかし……まさか学生を全員動員するわけにはいくまい。そもそも従うかどうか」
この場の面々は、ランリと違ってまともである。
まともだからこそ、この非常事態で命令に従わないことが、どれだけ恐ろしいのか知っている。
しかし大抵の生徒はそうでもない。教員の一部も、怪しいところがある。
ある者はそもそも未熟であったり、またある者は天狗になっていたり、またある者は戦争を怖がったり、またある者は名家の子女なので死なせるわけにはいかなかったりする。
「そして大王陛下も、戦場へ未熟者、半端者を連れていくことを良しとはすまい。であれば……選考の余地はある」
だが良くも悪くも、それを気にしているのはこの場の面々だけである。
普通に考えて全員よこせとは言うまいし、この場の面々でそれを決めるだけの裁量は与えられるだろう。
であればこの学院の教員生徒の中で精鋭を選りすぐり、戦地へ送るというのが適切であろう。
「選考を誰がするかであるが……今回の動員の、責任者が選ぶべきだと思う」
全員が頷いた。
元より学院の生徒や教員を送るのだから、責任者も必要である。
その責任者は、この場の誰かの中から選ぶべきだろう。
そうでないと、それこそ無責任である。
「では……我こそは、というものがいれば……立候補して欲しい!」
鶴の一声が響いた。
老いてなおよく通る声が、彼の口から出た。
そして、静寂が訪れる。
「……では、適切だと思うものを推薦してほしい!」
またも鶴の一声が響いた。
そして、静寂もまた復活する。
「……それでは、投票と行こうか」
弱弱しくなった、妥協した、がっかりした老人の声を、会議室の誰もが拍手で肯定する。
さて、無記名による投票が行われた。
全員、筆跡が分からぬように字を書くことを得意としているので、投票用紙に誰が何を書いたのか知る術はない。
「ええ……開票の結果……なぜ儂が九人なのだ!」
鶴はごまかした、逆切れだった。
「儂以外の全員が、儂を推薦しているではないか!」
十引く九は一。10-9=1。
ご老人が自分で自分の名前を書いていないのだから、自動的に全員がご老人を推薦していたことになる。
九人全員が、苦い顔をしていた。
誰か一人でも老人以外を書いていれば、自分だけは違います、という顔ができたのに。
九人全員が申し合わせたかのようにご老人を推薦しているので、申し合わせていれば起きなかった失敗に達してしまった。
「ですが、学院長。これは多数決で決まったことです、受け入れるしかないのでは?」
「ふざけるな! なぜ儂が行かねばならん! 今度ひ孫が生まれるのだぞ、誰が行くか!」
言うまでもないが、十人の内一人が行けばいいのである。
なぜその一人に自分が成らなければならないのか、十人全員が嫌がっていた。
「しかしですね、学院長……投票すると決めた学院長が規範を示していただかなければ、生徒へ示しがつきません」
そして、ほぼ全員が的を絞っていた。
学院長を狙う限り、全員が味方なのだ。
こんな心強いことはない。
多数決とは、民意とは、残酷なものである。
「その通りです。学院長自ら戦場へ向かわれるのなら、大王陛下の心象も良くなるのでは?」
「それに、他の決め方などありますか? 僅差ならまだしも、一致しているのですし……」
(こいつら……儂に押し付ける気だな……!)
とはいえ、学院長もバカではない。
自分の決めたことを反故にしても、誰からも賛同を得られない。
もちろん自決して他人へ押し付ける、という自爆殺法も選ばない。
「仕方ない……では、儂が行くとしよう。もちろん……儂が誰を連れていくのか決めさせてもらう」
うかつ、間抜け。
九人全員が、自分の阿呆さを呪った。
さきほど学院長は、『動員の責任者が選考をする』と言ったのだ。
そしてこの学校には、連れていかれると困る生徒が何人もいる。
具体的には、高額出資者の子供や弟妹などだ。彼らを死地へ送ろうものなら、それだけでも見限られてしまう。
もちろん学院長もただでは済まないが、死地に行く彼がそれをするのなら文句は言い難い。
そして、行かなかった者にはそれが集中することになる。
「が、学院長……」
「なんじゃ、儂の言っていることがおかしいか? 立候補や推薦をする前に、選考をするのは責任者と決めたであろう」
これも一種の自爆戦術であった。
この学院全体を巻き込んでの、命を賭した抗議であった。
「……仕方がありませんね、では学院長にお願いをしましょう」
しかし、その抗議を、一際若い女性が受け入れた。
もちろん五十代なのだが、この場では一番若い。
その彼女の主張を聞いて、学院長を含めて全員が驚いた。
「よ、よいのか?!」
学院長としては、譲歩を引き出したかったのだ。
戦場へ行くことが嫌だったので、脅しをしたかっただけである。
本気で高額出資者の親戚を引き連れて、戦場へ向かいたいわけではなかった。
「よいもなにも……学院長、貴方のおっしゃる通りです。選考を責任者が行うのは当然ですし、それが学院長以外でも同じになるのでは?」
追い詰められた学院長の頓智は、はっきり言って誰でも使えてしまえるものだ。
学院長以外の者から選ぶとしても、その当人が同じことをし始めれば何の意味もない。
(確かに……私でも同じことを言うな……)
(では学院長に負担してもらう他ないか……)
(仕方ない……戦場へ行くよりはましだ)
「儂以外でも同じなら! 儂である必要はないであろう!」
「もうすでに受ける、とおっしゃったではないですか」
「それはそうだが……」
「ではお願いします」
起死回生の策も、結局受け入れられてしまった。
戦場に行かずにすむのなら、出資者に嫌われても仕方ないと諦めた。
(こ、こいつら……そんなに戦場へ行きたくないのか!)
ある意味、全員一致していた。
全員、戦場へ行きたくないのである。
しかし、咎められるだろうか。
もしも戦場へ行けるだけの心を持つものならば、最初から軍に在籍しているはずだ。
その時点で、戦いへの忌避感があったのである。それは、学院長も同じだった。
「いいだろう! ならば儂も覚悟を決める! 何が何でも生き残って……お前達全員、家を潰してやる!」
は? と、全員が目を見開いた。
これにはさすがに、五十代の女性教員も驚きである。
「ほ、本気ですか?!」
「当たり前だ! 必ず武勲を上げて、陛下から報酬を頂き……それを使ってお前達に地獄を見せてやる!」
これが人間の愚かさならば、胸をはれるのか胸をはれないのか、微妙なラインである。
戦場へ向かって出世して、自分を迫害した奴らへ合法的に復讐する。
凄い生命力を感じさせる、殺意に満ちた魂だった。
「お待ちください! 流石にそれは勘弁を!」
「ええ、私たちが悪うございました!」
「そうです、他の者を選びましょう! 私以外で!」
「お前達! 今更遅いわ!」
恐ろしいことに、現実味を帯びた計画だった。
なにせこの学院長、元から偉いのである。その彼が実力で選考した精霊使いを率いれば、さらなる栄誉を得られるだろう。
わざわざ精霊使いを招集していることも含めて、武勲を上げる可能性は高い。またこの場の面々が嫌がっているように、そもそも来ること自体が偉いのだ。
戦後、この場の面々が人生をめちゃくちゃにされる可能性は高い。
「では誰が行くのだ! 今決めろ!」
全員が、彼から視線を切った。
「……!」
やはり嫌なのだ、怖いのだ。
誰かがやればいい仕事を、自分がやりたくはないのだ。
「……儂が悪かった、全員頭を冷やそう」
誰もが嫌がっているところを見て、再び学院長に恐怖がよみがえった。
彼は既に出世を遂げており、もう危ないことなどしたくないのだ。
それは誰もが同じことである。
このまま決めれば、やはり遺恨しか残らない。
それは結果として、全員の破滅を意味していた。
踏み込めないことが愚かさなら、踏みとどまることは賢さなのだろう。
全員が椅子に戻り、腰を下ろして深呼吸をする。
そしてこうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎているのである。
※
今更だが精霊使いの専門校があるのなら、ランリやコチョウはなぜ入学しなかったのか。
理由は簡単である。この学校は歴史ある名門校であり、紹介状の類がなければ入学自体出来ないのだ。
紹介状を用意できないような、どこの馬の骨とも知れぬ輩は、入学をさせない。
敷居の高い、気位の高い、傲慢ともとれる姿勢である。
しかしランリが『お前の精霊を使わせろ』と公式の場で言ったことを考えると、あながち間違っていないような気もする。
ともあれ、ここが精霊使いを養成する学校であることに一切の変わりはない。
そして精霊に欺瞞は通じない。特にこの世界の精霊は、自分へ好意を抱かない相手に力は貸さず、小まめに接しなければ消えてしまう性質を持っている。
ごく一部の救いようがない例外を除けば、精霊を好きな生徒や教員しかいないのだ。
その彼らにとって、今回の要請は複雑である。
もちろん実力がない生徒、精霊は好きだが腕前はさほどでもない、という面々はただ国の未来を案じるばかり。
腕に自信のある面々は、大きく武勲を上げてみせると意気込んでいた。
そして、腕に自信があっても、戦争に参加したくない、という者たちもやはりいた。
どのみち決定権は会議室の中の人たちにだけある。
不安や期待を抱いていても、努めて普段通りに過ごすしかなかった。
「!!」
「なんだ、この気配は!」
嵐が来るまでは、誰もが危うい日常の中にいた。
だがしかし、嵐の接近に、精霊も精霊使い達も慄いていた。
膨大過ぎる精霊の力を感じて、誰もが学院の外を見た。
そこには、巨大な竜と、膨大な数の精霊がいた。
『聞くがいい、人間どもよ』
高圧的な、ドラゴンの人語。
天空を気ままに舞うクラウドラインが、濁流のような精霊を周囲に従えて降りてきた。
その光景は、まさに神話そのもの。
膨大過ぎる精霊は、それこそこの学園が保有する数の、その数百倍にも及びかねない。
ただ竜が上空を舞い、その途中で拾い集めただけなのだが、それでも冗談のような数だった。
『我こそは雲を縫う糸、ウズモ。この国を統べる、四冠の狐太郎様の陪臣である』
その精霊を従えているように見えるドラゴンは、己がこの国に属する者だと言っていた。
その頭の上には、確かに人間が見える。
『聞き及びのように、狐太郎様は精霊使いを御所望だ。精霊の王さえ従える狐太郎様が直々にいらっしゃったことを、光栄に思うがいい』
教師も生徒も、全員が精霊使いだった。竜が精霊の王とたたえるほどの存在を、見逃すわけにはいかない。
彼らは慌てて、校舎の外へ出ていく。まさに、拝謁を求めてのことだ。
そして、校舎のすぐそばに、クラウドラインが頭を下ろした。
Aランクの中でも際立って巨大なクラウドラインは、近くで見てもなお巨大である。
その頭の上から、十人程度の人間と、人外の王たちが下りてきた。
「うっぷ……上昇と下降を繰り返して……めちゃくちゃ気持ち悪い……」
肝心の狐太郎は、普通に疲れていた。
精霊の嵐については、冬の度に見ているので今更驚くことではない。
だがウズモの体が上下に移動するので、どうしても疲れていた。
加速は緩やかだが、ずっと絶叫マシンに乗っているようなものである。そりゃあ疲れて当然だった。
「大丈夫ですか、狐太郎様」
「すっげ~~地面が揺れる……」
もちろん、すぐ死ぬとかではない。
初めてなので辛いだけで、何度か乗っていれば慣れるだろう。
ダッキが介抱しているが、その程度でなんとかなりそうだった。
「それにしても……コゴエが一緒に空を飛ぶたびにこうなるのかしら……」
「しょっちゅうなってたらうっとうしいわね……」
なお、クツロとササゲは、現状を憂いていた。
最初こそ綺麗だったが、数が多すぎて正直うっとうしいことになっている。
道中一時間ぐらいこれだったので、正直飽きていた。
「ありがとうね、ウズモ。ちょっと魔境に行って休んでていいよ」
『承知しました、アカネ様。ではまたお呼びください』
そして、精霊を残して去っていくクラウドライン。
かくてワンニン精霊学院に、狐太郎たちが降り立ったのである。
「……あ、そうそう」
介抱しつつ、ダッキは本来の目的を思い出していた。
精霊たちに見とれている精霊使いへ、自分の名を名乗る。
「妾は、央土国次期女王、ダッキである! 現大王より通達があったように、この学院へ動員を要請しに来た! 学院の長よ、前へ出るがいい!」
しかし、誰も動かなかった。
おそらく、精霊たちが戯れ続けていることによって、誰も気づいていないと思われる。
「……あの、コゴエ様。お話の邪魔だから、精霊を下げてもらえる?」
「そうですね、気が利きませんでした。お許しを」
ダッキの要請に応じて、コゴエが解散を命じる。
周囲で渦巻いていた風や雲、雨や雷の精霊が上空へと昇っていく。
そのうちに散って、自然の循環へと戻るのだろう。精霊とは、そういうものである。
「おお……」
その消えゆく姿、天へと向かっていく姿にも、精霊使い達は見とれていた。
まるで花火の見物客が、その余韻に浸るようである。
『妾は! 央土国次期女王! ダッキである!』
流石に怒ったダッキが、音声属性を発揮して全員へ怒鳴っていた。
この場合、無礼なのは精霊使いである。
ここにきてようやく、全員がダッキたちを思い出して、慌てて礼の姿勢を取った。
「お許しください、ダッキ殿下」
「……まあいい、妾は寛大である」
教員が代表して、恭しく謝罪する。
ダッキはなんとかこらえて、寛大で寛容な切り替えをした。
もちろん、かなり怒っている。
「ごほん……コチョウ将軍」
「はっ!」
自分も見とれていたコチョウは、ダッキの脇に立った。
憧れの名門校、ワンニン精霊学院の生徒や教員たち。
彼らを前にして、偉そうな態度を取らなければならないことを、少し後悔する。
しかし、それでもやるのだ。彼女は意気をもって示していた。
「私は現大王、ジューガー陛下より将軍職を預かった、コチョウ・ガオである。精霊使いを集め、率いることを任じられており……こうして、学徒兵を招集しに参った」
なお、最高責任者であるはずの狐太郎は、今バブルから治療を受けている。
「もちろん教員からも志望者がいれば募るつもりだ……それで、学院の長はいずこに?」
「現在、この件について会議中です。その会議室は特別な造りになっており、外からは声をかけられないのです。どうかお許しを!」
普通に聞けば『怖くて引きこもっている』としかとらえられない発言だが、よく考えなくても『今日来るよ』とは言っていないので、それは仕方がなかった。
何分空中を移動していたので、最短で来れてしまったのである。
そして、今回の内容は学徒兵の招集。
会議が長引くのは当たり前で、干渉することは難しかった。
「たしか……王都にも似たような会議室があったような……そういうお部屋で相談することって、大体何日も缶詰めになるんだよね……」
ダッキは状況を把握し、理解を示していた。
Aランクの力ならぶっ壊せるだろうが、そこまでしてたたき出したいわけでもない。
それに、いくら強権が発揮できる立場とは言え、通す必要もない無理を重ねるのはよくなかった。
「急に私たちが訪問したことが悪いんですし……出直しませんか?」
「そうだね……今日は半日移動したし……明日まで待って、出てこなかったらそのまま移動しよっか」
当然ながら、精霊学部がある学校はここだけではないし、養成所もここだけではない。
他の多くの地を回って、できるだけ腕利きを集める必要があった。
最初にここへ来ただけなのだから、さっさと次へ行くことにした。
「狐太郎様、それでいいですか? 今日はお話しできないみたいです」
「そうか~~、じゃあそれで~~」
乗馬が運動になるように、竜に乗るのも運動だった。
すっかり疲れた狐太郎は、これから話をすること自体が嫌だった。
さっさと寝たいぐらいである。
「では邪魔をしたな! もしも学院の長が出てくれば、我等は今晩近くで宿を取り、明朝出発すると伝えよ!」
ダッキの決定は、合理的で簡潔で、特に他意のないものだった。
会議の必要性は認めており、自分たちの来訪が急すぎたことが悪いとも思っていた。
今回のことで、特に罰を下す気はない、とも思っていた。
だがしかし、それを聞いている教員や生徒たちは焦っていた。
彼らの認識において、ここにまた戻ってくる保証などなかったのだ。
「お待ちください、殿下!」
教員の一人が、分もわきまえず叫んでいた。
彼はダッキを見ているようで、その奥にいる狐太郎……を案じているコゴエを見ていた。
精霊の王、コゴエ。
彼女の威光を見た後で、逃すなど考えられなかった。
「コチョウ将軍が配下を求めていらっしゃるのなら、ぜひ私を! 精霊を操る腕ならば、自信があります!」
「それは……ありがたいが、お主は教員であろう。上の者の指示を仰がずに、従軍してよいのか?」
「今は非常時のはずです!」
他でもない狐太郎が、征夷大将軍である。
彼がここにいる以上、多少の無茶は通る。
本人の希望ならば、無茶を通しても許されるだろう。
「それは……まあ?」
ダッキは判断に迷っていた。
いいのだろうか、責任者を通さなくて。
「どう思う、コチョウ将軍」
「わ、私ですか?」
「お前の部下であろう」
「それはそうですけども……」
もちろんコチョウも困っていた。
元より人など従えたことがない彼女である、どうしていいのかわからない。
「俺もです! 生徒ではありますが、教員に負けない自信があります!」
「私もです! 女ですが、精霊と意思を通わせることができます!」
「どうか私も!」
「僕も!」
躊躇している内に、実力に自信のある精霊使い達が参戦を表明してきた。
実に国士、実に素晴らしいと言わざるを得ない。動機はなんかアレで、扇動しているようだが、自国を守るのだから悪いことではない。
多分。
(いいのかなあ……)
その光景を見ている狐太郎は、自分の正当性を疑ってしまっていた。
しかしその一方で、ここで許可をしなかったら何しに来たのか、という話である。
結局生徒や教員の中で、実力と熱意のある者たち全員が、翌日クラウドラインに乗って飛ぶことになったのだった。
※
数日後会議を終えた学院長たちは、何があったのかを知って愕然とすることになる。
戦場に行かなくて良かったね、とは言えなかった。
むしろ、全員青ざめて、卒倒したほどであった。
彼らの未来は、明るくない。
「どうしよう……責任者が同行しないなんて、大問題だ……」




