奉行所
祝、2,000,000文字突破!
さて、今更であるが、竜と言っても色々である。
そして知性の有るドラゴンでも、若ければはっちゃける。
それを防止するために、お目付け役を配置する。
そう、人間である。
ドラゴンよりもずっと寿命が短く、ずっと弱く、ずっと小さい。
そんな人間を、若いドラゴンは連れ歩かなければならない。
連れ歩かなかったら、『ぶっ殺すぞ』と言って、若いドラゴンよりも遥かに強い大人のドラゴンが殺しに来る。
つまり人間の言うことを聞くのは、物理的ではなく法的なものである。法を保証するのは暴力なのだが、まあそういうことだ。
大人のドラゴンが何より恐れているのは、エイトロールもさることながら、それさえ狩る人間の英雄である。
仮に人間の英雄が『ドラゴンは危険だ』と判断した場合、ドラゴンズランドのドラゴンが全滅するだろう。
しかも、エイトロールと違って、定期的に殺しに来かねない。
後先考えずに突っ込んでくる野生動物も危険だが、後先を考えて殺しにくる人間も相応に厄介なのである。
なまじ完全に違う生物であるだけに、一旦溝ができると永遠の溝になりかねないのだ。
なのでそれを避けるために、人間を同行させるのである。
彼らがドラゴンたちに『駄目ですよ~~』と言ったり、故郷へ帰った後で『こんなことしてました』と告げ口するのだ。
連れ歩きたくなくなる気持ちも、わかるというものであろう。
とはいえ、どうやって人間たちがドラゴンと同行しているのか。
まさか自力で移動しているわけもないだろう、であればドラゴンが運んでいるに違いない。
しかしそれはそれで難しい。アカネに狐太郎が跨がれないように、余りにも力の差があるとくっつくことさえできないのだ。
ではどうやっているのか。
それを彼らは知ることになる。
※
日本人は魚を生で食べる。
もちろん頭から丸呑みにするわけではないが、それでも生で食べることは一つの事実だ。
だが、調理しないわけでもない。焼いたり焙ったり、揚げたり煮たり。
いろいろな食べ方をする、それが人間であろう。
ドラゴンも同様で、生で食べるばかりではなく、料理というものを食べたくなるのだ。
「す、すごい……!」
カセイの近くにある魔境では、現在ドラゴンたちのための料理が作られていた。
多くの竜の民が、とんでもなく巨大な鉄の鍋、火事のような焚火を使って、一心に調理へいそしんでいた。
「……こりゃ絶景だな」
調理、というよりは工事か建築に近かった。
まず調理する食材が、シュバルツバルトから流れてきたBランク中位、上位の巨大モンスターである。
既に息絶えている彼らをバラバラにする姿は、まさにクジラの解体に近い。
人間の指示に合わせて、ドラゴンたちが爪や牙を使って、体を割いていく。
それは建設重機へ指示する作業員のようですらあった。
「はい、ゆっくりゆっくり……止まってください!」
こぼれてくるハラワタは、量の多さもあって現実離れしている。
むわりとした臭いが溢れてくるが、相手がモンスターということもあってあまり動揺はない。
大きな臓器は、ドラゴンがかきだしてそのまま食べるか、あるいは別の調理場へと運ばれる。
小さい臓器は、人間たちが手作業でかきだしていた。やはり工事に近い。
「はい、これをあちらの鍋へ入れますよ……ああ、ちょっと待ってください! 砂利がついていますから、払いますね。宙に浮かせたまま持ってください!」
肝臓などの『美味しい臓器』は、象を何体かまとめて茹でられそうな、大きな鍋で煮られている。
まるでお菓子工場のように、大量の調味料が樽単位でぶち込まれていて、手料理ではあるが手料理感がない。
「薪の追加、お願いします!」
「ああ、駄目です! 火が強いので、抑えてください!」
「焙るだけでは駄目です! もっと中まで火を通さないと!」
「タレを使い過ぎないでください! 他の殿方がご迷惑をされますよ!」
「厚く切りすぎです! 半分……いいえ、三枚に切ってください!」
しかし主役は、やはり肉だった。
ドラゴンたちは人間の指示を聞きながら肉を切り分けると、やはり人間の指示を受けながら焚火で焼いて、さらに人間の指示を受けながらタレをつけて食べていた。
肉が大きすぎる、食べるドラゴンたちが大きすぎるため、焼いてから『味の濃いタレ』をつけて食べる焼肉形式が主流であるらしい。
とはいえそのタレも大量に用意せねばならないので、人間たちはものすごく頑張っていた。
タレ、とは言っているが、要は味付けである。
どっさりと塩を盛っている『皿』もあれば、味噌樽を皿代わりに使っているパターンもあるし、しょうゆを人間が塗って、それをドラゴンが最後に軽く焙って食べる、というパターンもあった。
「ああ、駄目です! まだ煮えていません! 頭を突っ込まないでください!」
「こちらの肉は、あちらの殿様の……ああ、ケンカをなさらないで!」
(竜の民、大変だな……)
やはり食べ盛りのドラゴンたちは、人間の静止も聞かずに食べたいように食べていた。
しかしそれを許すとドラゴン同士のケンカに発展するので、全員必死で呼びかけている。
だが見ようによっては、鍋奉行か焼肉奉行であった。
「凄い……これは絵にしないと!」
(絵本みたいな光景だな……)
狐太郎と四体の魔王、そして侯爵家四人衆。
彼らは一同して、その光景を眺めていた。
これを竜の民は日常的にやっているのだから、竜の世話というのは思った以上に重労働である。
「ドラゴンが人間を支配している社会、確かにそうとしか言いようがないわね」
「うむ。これは支配者と被支配者で共存できているな」
ササゲとコゴエは、その光景を評価していた。これもまた、この世界の社会であろう。
人と竜が力を合わせて、竜の食事を作っている。
これはある意味伝統の技であり、双方に信頼関係がないと成立しなかった。
人間を庇護したほうが生活が豊かになると、ドラゴンが考えるのも納得の光景である。
この関係を否定する者もいるだろう。
ドラゴンが人間を見捨てることもあるだろう、と。
しかしそれは、突き詰めれば『軍隊は市民を見捨てる』と言っているようなものだ。
ありえないとは言えないが、言い出せばキリがない。
「昼時に来てしまったわね……見ごたえはある光景だけど、一旦下がりましょうか」
「そうだね~~……見てて面白いけど、ご飯だもんね~~」
ただ飯を食っているだけなのに、エンターテイメント扱いしてしまった。
しかしアカネは竜王なのだから、今この場にいたら『飯食ってたら竜王様が来た』という状態になってしまうので、彼らが失礼をしているということになってしまう。
それは可愛そうなので、一行は出直すことにした。
「狐太郎様! 私残ってもいいですか! この光景、絵にしたいんです!」
しかし、バブルは引き下がらなかった。
「だってドラゴンが人間にご飯作ってもらってるんですよ?!」
(いや、作らせているの間違いでは?)
「こんなの、絵に描かないわけにはいかないですよ! スケッチだけでもさせてください! 後世に残したいんです!」
ひれ伏して懇願してくるバブル。
(葛飾北斎かな)
彼女の気持ちはわかるが、食事中に無断で写真を撮るようなものだ。
到底許可できることではない。
「駄目だ。相手は野生動物じゃない、これから協力してもらう相手なんだぞ。もしかしたら、食事中の光景を絵に描かれることを嫌がるかもしれないじゃないか」
「それはそうですけど……」
抗議しそうな彼女だが、流石にロバーとキコリが殴った。
「いいえ! おっしゃる通りです! ほら、バブル! 気持ちはわかるけど下がるぞ!」
「バカお前! 断られたら諦めろ! 俺達全員殺されるぞ!」
「ロバー! キコリ! 離して~~!」
「貴女死にたいの?! 私たちを巻き込まないでよ!」
キコリが上半身を掴んで、ロバーが下半身を掴んで、マーメがバブルの頭を殴っていた。
見事なフォーメーションで移動していく四人組。そのコミカルな姿もまた、どこかアニメーションじみたものであった。
※
かくて、食事を終えた頃合いに、一行は竜たちの元へ訪れた。
食事を終えた六体の竜は、そろって迎えてくれている。やはりAランクモンスターであり、みっともないことをしなければ、とんでもなく威厳があった。
『ようこそお出でくださいました、竜王様。その主様や、他の魔王様も、わざわざご足労いただき、面目もありません』
「いいよ、みんなが来ると大騒ぎになるからね」
なぜ一行がこちらに来たのかと言えば、竜たちがカセイに来ると面倒だからである。
また戦闘中は同行していない、竜の民と話をするためでもある。
『尾をばたつかせずに話をされたいそうですが……?』
おそらく腰を据えて話をしよう、という意味であろう。
普段は浮き上がっているクラウドラインの若者は、とぐろをまいて森の中で座っている。
それさえもレアな姿であり、バブルは目に焼き付けようとしている。
「実はね……皆がどうやって人間と一緒に旅をしているのか聞きたいんだ」
『……ああ、そう言えば話しておりませんでしたな。考えてみれば、他の地では我等貴竜がいないのですから、人の運び方など知らぬどころか考えもしますまい』
人の運び方、という言葉である。
やはりドラゴンたちは人を運搬しているのであって、人がものすごい脚力を発揮しているわけではないのだ。
「どうやってるの?」
『我らが体にしがみつかせているのです』
物凄い握力を発揮しているのだった。
(ああ、無理なんだな)
狐太郎は自分には不可能なのだと理解した。
侯爵家の四人にはできるかもしれないが、自分達には不可能である。
「そっか……ご主人様! やればできるみたいだね!」
「できねえという結論に達したばかりなんだが?」
不可能であることに気付かない、可能性を信じる竜王アカネ。
人間の可能性よりも、人間の限界を知ってほしいところである。
『ああ、いえ、申し訳ありませぬ……誤解を招く言い方でございましたな。実はひと手間ございまして……』
ウズモにしてみれば、車に乗るときはシートベルトを着用してドアをロックして……という手間を態々かたるようなものだった。
なのでどうしても齟齬が生じたのである。
『我らが里には、民を導く天女がいるのでございます。あやつらの加護によって、我等は人を乗せて運ぶときだけ、人を守って移動できるのです』
「天女……天使か!」
既知の理屈だった。
なるほど、天使の加護ならば納得である。
天使は規律を守っている相手に力を与えることができ、その中には『使用できる属性の増加』も含まれる。
どのような規律を守っているのかはわからないが、天使によって『人間を運べる能力を得ている』ということだろう。
「それじゃあ、天女に強化してもらえれば! 誰でも人間を乗せて運べるんだね!」
『ははは! いやいや、そうでもないのですよ!』
笑いながら、ウズモは苦労を話し始めた。
『人間は貧弱ですので、少々乱暴をするだけでも耐えられないのですよ。保護をしたうえで、気を使わなければなりません』
なるほど、既知の理屈である。
Aランクのドラゴンが、その有り余るエナジーによって人間を保護したとしても、当のドラゴンが荒れた動きをすれば人間は死ぬ。
お弁当箱をぎっちり括りつけて固定しても、アカネが全力疾走すればぐちゃぐちゃになる道理だ。
『そもそも天女の加護を得るには、まず人間を揺らさないように動けるようにならなければならないのです。その腕前を認められ、加護を得てからではないと、我等竜は外に出られないというわけですな』
(教習所で練習しないと、公道に出られないみたいな理屈だな……というか仮免の理屈だ)
天使の加護さえあれば、人間を乗せても大丈夫という理屈ではない。
やはりアカネには無理、という結論に回帰した。
「じゃあ落とさないように練習すればいいんだね!」
「貴女それで上達したの、料理作りだけじゃないの」
希望を取り戻したアカネに、クツロが現実を思い出させる。
そもそもその練習自体、一向に前進していなかったはずだ。
(なんで人間を落とさないようにする練習で、お料理が上手になるんだ?)
そして侯爵家の四人は、その言葉の意味が分からなかった。
当事者もわからないので、無理もない話である。
「そうか……俺が乗れるかどうかはこれから確かめるとして……聞きたいんだが、俺達や央土の人間を乗せて、あっちこっちに移動してくれるか?」
『……雑竜では駄目なのですか?』
「距離が遠いんだ。それにワイバーンとかに乗れるのは、物凄く鍛えている人だけなんだよ」
『ははあ……まあそうでしょうなあ……言われてみればその通りで。我等でも練習せねばできないことが、雑竜にできるわけもなし』
大きく体をうねらせながら、ウズモは長い胴体を伸ばしたり縮めたりしていた。
おそらく、首を左右に曲げている程度のことであろう。
「戦えとかじゃないから、安心してくれ。危なくなれば逃げていいから、移動手段になってくれ」
『竜王様の主からのご命令であれば、否と言うはずもありませんな』
(エイトロールと戦え、と言ったら嫌がるくせにな)
けっこう情けないところもあるが、彼らはアカネでもできていないことをやっているのだ、やはりアカネよりは賢い。
「それじゃあ……悪いんだが……ウズモには俺達を乗せて、央土の各地を回ってもらう。それから、他の三体も貸してほしい」
乗っている人間が普通よりも強いのなら、竜たちは多少荒い速さで動ける。
それを確かめられた今、大王から任されていた用件をお願いできた。
「キンカクさんたちを、各前線へ運んでほしいんだ」
先代の大王に仕えていた、残存していた三人の十二魔将。
彼らにしかできない、訃報を伝える役割。それの一助を、ドラゴンたちに任せたかった。




