真っ赤な嘘
「残り、七人、ですか……」
思わず絶句する人数だ。
少なくともガイセイやホワイト、ブゥの三人で勝ちきれる人数ではない。
当初の十五人からすると半分以下だが、それでも圧倒的な数だった。
むしろ、四人で十二人と戦って、七人まで減らしたことが凄い。
流石は十二魔将とアッカ、とんでもない強さであり、覚悟の決まりぶりである。
「その通りだ……西重の全軍でな。ああちなみに、一般兵も十五万ぐらいには数を削ったぞ。なに、お前さんが難しく考えることはねえさ、お前さんは聞いたことをそのまんま報告すればいい」
「……そうですね」
肩に力を入れていないアッカの、緩い言葉が冷静さを取り戻させた。
戦術を考えるのは彼女の仕事ではない。王都の情報は手に入り、アッカと接触でき、さらにカセイの様子も伝えられた。
後は戻れば、彼女の仕事は大体終わる。もちろん次の仕事が入るのだろうが。
「では、何か伝言があれば……お伝えしますが」
「そうだな……じゃあ」
「では、大公閣下へお伝えしなさい」
アッカが話を考え始めると、ラセツニがかぶせてきた。
黙っていろ、とさえ言っていない。まさに眼中になかった。
「王都に残った民の監督は、このラセツニが行うと。食料と水の有る限り、かならず暴動など起こさせません。どうぞ余裕を持って奪還の計画をお建てになってください、と」
「しょ、承知しました」
「それから……キンカクたちには、大公閣下を敬い、お力となり、お守りするようにと……」
「しょ……」
「それから……」
「手紙で書け!」
流石に怒鳴ったアッカ。
覚えられるとか覚えられないとかではない、余りにも不適切である。
「ハクチュウのくせに生意気な……ですが、確かにそうですね。キンカクたちならば私の筆も知っているはず、私の生存も伝えられましょう。ではしばらく待ちなさい、書いておきます」
「わ、わかりました……」
黙っている孫を抱いたまま、彼女は部屋を出ていく。
その後ろ姿は、悲壮なほど背筋が伸びていた。
気丈に見えて、傲慢に見えて。実際にそうだったとしても、彼女は夫と息子を同時に殺された女性だった。
「……まあなんだ、ああいう奴なんだよ、若いころからな」
「そうなんですか……」
「アイツはギュウマが好きすぎて十二魔将になったぐらいでな……若いころは、そりゃあもう……アレだった、キャーキャー言ってたんだ」
呆れているような口調だったが、顔は心底から申し訳なさそうだった。
矛盾しているようで、一切矛盾がない。彼は呆れながら申し訳なく思っていたのだ。
「ギュウマとの息子、コウガイが十二魔将になった時は、そりゃあ喜んでた。まるで天下を取ったみたいでな……だが同じように可愛く思っていたゴクウが二席についたときは、いろいろと複雑そうで……」
老いを、疲れを感じさせるため息を、大男はついた。
「三人とも死んだ、俺はなんもできなかった。そりゃあ死ねって言いたくもなるさ」
戦力が減ったとかではない。
古い友人が死に、その家族からの罵倒を浴びる。
彼は弱っていたが、逃げていなかった。
その表情は、年齢相応の諦めと優しさがあった。
「そんなこと言わないで! アッカ様が無事で、私たち嬉しかったんですよ!」
「そうですよ! こんなにぼろぼろになって……ああ、おいたわしい……!」
「どうかそんなことを言わないでください! 私たちも、子供もいるんです!」
「ああ、うん……だがなあ……」
アッカも獅子子も気付いているが、アッカの妻である彼女たちがアッカに縋り付いて幸せそうなことが、家族を失ったばかりのラセツニの神経を逆なでしているのだろう。
とはいえ、アッカも戦ったのだろうし、彼女たちだって最愛の夫を失うところだったのだ。それで惚気るなというほうが無理であろう。
ただ少しは気を使ってあげたほうがいいのではないか、と思わないでもない。
「……私は、その……少し席を外します。手紙が書けたころに戻りますので」
「お、おう……」
※
王宮の外に出た獅子子は、しばらく物思いにふけっていた。
大公の言っていた『家族が死ななくて良かったと思うより、隣にいる誰かが家族を失ったことを一緒に悲しんであげよう(意訳)』の大切さを思い知っていた。
しかし、時間は有効活用するべきだ。根が真面目で勤勉な彼女は、とりあえず意識を切り替える。
「……敵本陣を調査しましょうか」
アッカのことを疑っているわけではない。
しかし『アッカがこう言ってました』というのは、無能のやり方である。
街をくまなく調べるのではなく、敵本陣に侵入するだけなら、彼女にとって手間ではない。
それに、気になることがないでもなかった。
「……怪我の程度も気になるのよね」
この世界の住人は頑丈だが、一応人間である。
手足がちぎれても、にょきにょき生えてくるのは、とても珍しいらしい。
具体的には『回復に上限がない特異体質』の持ち主である。
ブゥがどれだけ強化されても体が壊れないように、世の中にはどれだけ回復用のエナジーを注ぎ込まれても壊死せず、むしろ急速に回復する体質の持ち主がいるらしい。
その体質があれば、手足がちぎれても生えてくるそうだ。それだけ膨大なエナジーで回復してもらえれば、ではあるのだが。
ともかく、治療を受ける側に特別な体質がなければ、手足の復元は不可能だ。
だがそれは、この世界の理屈である。別の世界の住人が西重に関与している以上、復帰している可能性もあった。
しかも、復帰する可能性があるのは大将軍。ウンリュウと同等の相手だった。
七人が八人になる以上の脅威である、放っておくことはできない。
彼女は王都の中で、特に強い気配へ向かって飛び出していた。
幸いと言っていいのか、アッカ以外の強い気配は一つの場所に集まっていた。
宮殿とは比べ物にならないが、かなり大きい豪邸があり、その周辺だけは浮かれた兵士がいない。
見るからに、高級士官が使っている建物、という具合だった。おそらく普通に探し回っていても、そのうち見つけることができただろう。
陥落させた都市の中で、侵略した側が隠れる気がないのは当たり前なので、何もおかしくない。
「さて……」
壁と一体化した彼女は、ゆっくりと慎重に進む。
先ほどと違って、ここは確実に敵の中枢。見つかれば、死は免れない。むしろ逆に捕まって、情報を聞き出される可能性もあった。
(相手にしてもここはいきなり乗っ取ったところだから、セキュリティなんてないでしょうけども……)
彼女の『ショクギョウ』は忍者であり、忍術の類を使うことができる。
それを抜きにしてもテロリストであり、反社会的な行為は一通り経験があった。
しかしそれでも、手も足も出ない敵集団の中へ身を投じる、というのは緊張してしまう。
(十二魔将を壊滅させ、歴代最強のAランクハンターであるアッカ様さえも退けた敵……)
言うまでもなく、全員がAランク上位モンスター以上。
もし万が一発見された場合、エイトロールとラードーンの団子よりもさらに恐ろしい者たちが、知性を持って、仲間を作って襲い掛かってくる。
逃走を得意とする忍者のショクギョウ技をもってしても、逃げ切れるとは思えなかった。
(だからこそ……確かめる必要がある)
アッカの言葉を確かめる。
異世界の関与を確認する。
自分の鼓動がうるさく感じるほど集中して、彼女は壁から目を出した。
「?!」
思わず、声を出しかけた。
彼女は『それ』を見て、叫びそうになっていた。
多くの場数を踏んだ彼女をして、不意を突かれていた。
一旦壁の中に隠れ、驚きが落ち着くのを待つ。
そして、意を決して再び壁から目を出した。
「……」
彼女が目を出した部屋は、貴人用の個室だった。
とても大きな部屋に、とても大きなベッドがある。
そしてそこには一人の大男が寝ており、もう一人の大男が看病をしているようだった。
それだけなら普通だろう。
だがしかし、彼女の常識で言えば、看病を受けている側はとっくに死んでいると分かるほど『体』が消失している。
この世界の回復技をもってしても、彼の体が頑丈であることを差し引いても、命が繋がっているのが不思議なぐらいだった。
「チタセー殿……」
「……ギョクリンよ、余り無理をするな」
まして、意識を保ち、話をしているなど想定の他だ。
彼女は二人の話を聞くよりも、なぜ生きているのかという方向に意識が向いていた。
「いえ……いいのです。私は、いいのです。どうせもう長くない……生きているのが不思議なぐらいで」
「そういうな、お主がベッドの上で死ぬかよ」
「……チタセー殿、ウンリュウ殿はどうしました」
だがしかし、ウンリュウという名前を聞いて正気に返った。
他でもない彼女が弔った、カセイへ攻め込んだ大将軍である。
彼の名前が出たことで、彼女は話に引き込まれた。
「うむ、あやつなら今更のように使者を送ってきたぞ。なんでもクモンの小僧が粗忽にも、こちらへ使者を送った気になっていたらしい。キンソウに言われて慌てて来たが……使者もかわいそうに、自分に非があるわけでもなく真っ青でのう……」
看病している大男。白いひげの有る、アッカよりも年齢を重ねているであろう、チタセーと呼ばれている男は朗らかに語っていた。
欺瞞情報だった。彼女は知っている、ウンリュウもクモンもキンソウも、とっくに死んでいると。
「……相変わらず、嘘がお下手ですな」
「うん?」
「ウンリュウ殿と連絡が取れないのでしょう……それどころか、誰からも報告がないはず」
「……」
「おそらく、カセイで全滅したのでしょう。そう考えるのが自然です」
今にも息絶えそうな男は、しかし冷静に話をしていた。
おそらく想像を絶する苦痛が体を襲っているはずなのに、或いは完全にマヒしているはずなのに、思考が極めてクリアだった。
それは悲しいことだった。
「……我らは、央土の広さを侮っていた。黄金世代が育つ姿を見て、これならばと思っていましたが、驕りだったようです。大将軍として……命を失った将兵やその家族へ、どう償えばいいのかわかりません」
「もうしゃべるな、辛いだけであろう」
「いいえ、辛くなければならないのですよ……すんなり息を引き取るなど、許されることではない」
侵略に来た彼らはギュウマやゴクウを殺し、ラセツニを悲しませた。
同じ苦しみを、彼らもまた味わっている。
「やはり……まだ早かった。黄金世代の更なる成長を待つべきだった……急ぎ過ぎた」
「何を不敬なことを。貴殿が決めたわけではなく、大王陛下のお決めになったことであろう」
「しかし……反対せず、賛成したことも事実です。私もウンリュウ殿も……賛成してしまった」
「それを言えば儂も同じこと。勝てると思っていたとも、お主たちと一緒に央土を滅ぼし肥沃な土地を奪い取るつもりだったとも」
「チタセー殿……」
「何も気に病むな、お主を咎めるものなどどこにもおらん。むしろ、早く快気せねば、それこそどやされるであろう」
「ご冗談も、お下手だ……」
いよいよ、終わりが近づく。
ウンリュウ同様に、ギョクリンも異国の地で命を終えようとしていた。
「チタセー殿……貴方が残ってくださって、助かりました。黄金世代を導けるのは、貴方だけです……大将軍として、先人として、どうか彼らを……お導きください」
「はっはっは! 儂だけが大将軍になれば、手柄を総取りしてしまうぞ。それが嫌なら……」
嘘が下手、冗談が下手。
そう言われた大将軍、老雄は、灯火が消えたことを察知して黙った。
獅子子もまた、英雄の死を見届けていた。
「ウンリュウも、お前も……儂より若いくせにどんどん出世してきたあげく……儂を、こんな戦場に置いていきよって……からに……恨むぞ」
チタセーは、嗚咽をした後に立った。
眠った彼の、片方しかない目を閉じさせると、ゆっくり部屋を出ていく。
本来なら、ここで獅子子は、死んだギョクリンの脈を診るべきだったのかもしれない。
しっかりと、死んだことを確認するべきだったのかもしれない。
しかしそれよりも、チタセーを追うべきだと判断し、自分をごまかし、チタセーの向かった場所へ目を出した。
「はっはっは! あ奴め、最後までお主たちを羨んでおったぞ! 西重が飛躍するこの大戦争で、途中で倒れるなど格好がつかないとな!」
部屋を出た老雄は、外で待っていた者たちへ快活に笑って強がっている。
しかし彼のごまかしは、彼自身にも何の意味もなかった。
彼を補佐する立場である、生き残った六人の将軍たちは、神妙な顔をしていた。
クスリとも笑わず、怒りもしていなかった。ただ痛ましい目で、チタセーを見ている。
「はっはっは……さて、酷い有様だ。勝ったとはいえ、余裕とは程遠いな」
斉天十二魔将のトップと戦ったであろう彼ら七人は、等しくぼろぼろだった。
全員の体に包帯が巻かれており、痛ましいことに包帯が血で滲んでいる。
既に治療も済んでいるはずなので、それでも治り切っていないということだろう。
外での乱痴気騒ぎに比べて、ここは余りにも痛々しかった。
彼らを見ていれば、どれだけギュウマたちが必死で戦ったのか、わかるというものだ。
「カセイへ攻め込んだ、ウンリュウからの連絡が一切ない。一応斥候は送ったが、期待してはいない。これからはウンリュウ軍が壊滅したものと考えて動く、異論はないな」
大将軍として、采配を始めたチタセー。
しかしそれに対して、反発する声はあった。
「待ってください、ウンリュウ大将軍が負けたと?! クモンやキンソウまで一緒なのに!」
「では、あの三人がそろって連絡を怠っていると? 奴らの部下が、一人も気を利かせていないと? この状況で敵が情報封鎖をしていると? 甘い考えは捨てよ」
「何でですか……あの街には、Aランクハンターとかいうのが一人いるだけのはずで、強い軍なんてないはずじゃ……!」
「呪っても何も変わらん。現実を見よ、央土が思った以上に強かっただけのことであろう」
王都を攻め落とし、大王を倒し、王子たちさえも殺したとは思えない程に、彼らは沈んでいた。
「ここに残っている者が、正真正銘……西重の総力だ」
沈んでいるうえで、断固たる覚悟を彼は示していた。
「こんなはずではなかった、などと、想定の甘さを呪う意味などない。間違いなく、我等の作戦は破綻した。ウンリュウが潰すはずであった、大王の実弟にして央土第二の有力者、ジューガーは間違いなく生きている」
「ウンリュウ大将軍が命を捨てて達成したとは思われないのですか?!」
「思わん、その想定に何の意味がある」
辛い現実と向き合う大将軍は、だからこそリーダーシップを持っていた。
誰もが彼の決定に従う心持で、話を聞いていた。
「だが、悪いことばかりではない。我らが十二魔将を倒し、大王を討ち、王都を占領し……いつでも央土の内部を食い破れることも事実。ギョクリンたちの犠牲の末に得た勝利も、決して無駄ではない。王宮に残った民たちも、半分は人質のようなものだ。ジューガーも容易には動けまい」
聞いている獅子子にとっても好都合なことに、今すぐ王都周辺を荒らすという作戦は中止されていた。
彼らは民の残っている王都カンヨーに立てこもり、籠城戦をするつもりのようだった。
「そして……悔しいことだが、我等の力不足によって、予定していた作戦は破綻した。王都での消耗は、想定以上ではあったが覚悟の上だった。しかしウンリュウ軍が壊滅したことは、完全に想定外。一軍を預かっている身ではあるが、もはや儂の裁量で軍を動かせる状況ではなくなってしまった」
「では」
「うむ。本国へ伝令を送り……指示を待つ」
六人の若き将軍たちが、思わず息を呑んだ。
つまり実質的な敗戦の報告であり、敗軍の将であることを受け入れた発言だった。
今回の大戦争は、被害が大きすぎる。勝てば話は違うが、指示を待つという時点で、処刑される可能性さえあった。
「死なれるおつもりですか!」
「もう何人死んでいると思っている! こんな老いぼれの首一つを心配している場合か!」
二人の大将軍は、名誉の戦死を遂げた。
だが最後に残った大将軍は、それが許されない。
若き将軍たちを守るために、責任を取る義務があった。
もちろんそれも、本国へ帰ることができればの話、本国が滅ばなければの話だが。
「ふぅ……結局のところ、想定が甘すぎた。東や南、北さえ抑えてもらえば、我等だけでも西と中央を食い破れると思ったが……全軍を投入した結果は、奇襲をしてもなお半壊だ。我等将官は、兵士たちから刺されても文句を言えんな」
王都には十二魔将がいる、カセイにはAランクハンターがいる。
その事実を知ったうえで、戦力を分配したつもりだった。
どちらも思った以上に強かった。情報が足りなかった、知っていれば攻め方を変えただろう。
「それはそうですけど……でも、おかしいじゃないですか! あんなのおかしいですよ!」
若き将軍の一人が、包帯まみれの手で、涙をぬぐいながら叫んだ。
「十二魔将は確かに強かったですけど……でも……なんとか倒せたじゃないですか……なのに、なのに!」
彼ら十二人の将軍たちは、五人もこの地で命を落とした。
それは央土の首都を、陥落させるのに必要な犠牲だった。
わけではない。
「アッカ一人に五人も殺されたんですよ!」
「え?」
今度は、声が抑えられなかった。
自分の口から声が出たことに気付いた獅子子は、慌てて体をすべて壁に隠した。
幸い、将軍たちは熱くなっていて、誰も気づいていなかった。
(待って……え? 十二魔将が倒したんじゃないの?!)
思い返せば、アッカは一言も『ギュウマたちが五人殺した』とは言っていない。
しかしだとしても、『俺一人で五人殺した』とも、言っていないはずだった。
(全員あの人が殺したの?! 一人で?!)
壁の中で、口を両手で抑えながら、彼女は混乱していた。
先ほどあった、申し訳なさそうな男が、そんなことをしたとは考えられなかった。
だが、ただの真実であった。
この状況で、彼らが嘘を言うとは思えない。
「奴を倒すことに三人回して、俺達九人で十二魔将のトップ三人を倒すはずだったのに……あいつは一人で三人とも殺して、その後俺達とも戦って……お互い消耗しているはずなのに、九対一でアイツに押されて……! セキハツや……ギョクリン様まで……!」
アッカは三人の大将軍補佐と戦い、ギュウマたち三人は大将軍二人とその補佐七人と戦った。
アッカは三人を殺したが、ギュウマたちは消耗こそさせたものの一人も殺せなかった。
そしてそのままアッカは九対一で戦い、勝ちかけたのだ。
「とっくに引退したはずなのに……!」
歴代最強のAランクハンター、圧巻のアッカ。
彼がなぜそう呼ばれていたのかと言えば、単にそう思われるほど圧倒的に強かったからに他ならない。
引退して尚、隠居して尚、一線を引いて尚、彼は圧倒的に強いままだった。
(じゃあなんでアッカ様は……自分で五人倒したって言わなかったの……あいつらは一人も殺せなかったって……)
困惑した彼女だが、しかし途中で納得した。
そんなことを、ラセツニに言えるわけがない。
※
『ギュウマ! おい、ギュウマ! 戦場で寝てるんじゃねえよ! 起きろ!』
『アッカか……』
『大王の旦那は、快進撃を続けてるぞ! お前の部下たちも奮戦している! なのに主席のお前がそんなのでどうする! とっとと立て!』
『お前は……人を不愉快にさせるな……嘘が下手だ』
『ギュウマ……あのな、ふざけてる場合か?』
『ふざけているのは、お前だ……まったく、戦場でもっともらしい嘘を、味方に吐くな』
『意外だな、お前が俺を味方だと思っていたのか』
『……お前はいけ好かない奴だったからな』
『そうかよ、そのいけ好かない奴に、さぼりを見られて嫌な気分か?』
『……不甲斐ないが、その通りだ』
『ギュウマ』
『アッカ……すまん、後は任せた』
『ギュウマ……くそ、役立たずが。現役の十二魔将が、王様も王都も守れず、死んじまいやがった。いつも偉そうにしているのによ……まったく……俺一人で、残り全員殺す羽目になったじゃねえか!』
愛してくれる、愛している女たちに囲まれ、小さな子供たちを抱きしめているアッカは、先日の戦いを思い返していた。
全員殺してやると息まいたが、結局途中で息切れしてしまった。
相手の方から取引を持ち掛けてくれたものの、あのまま戦っていれば死んでいただろう。
「……格好悪いぜ、俺は」
口では何を言っても、まだまだやれるつもりだった。
だが三人の若造相手に手こずり、大王を救えず、戦友への救援も間に合わず、その仇もとれなかった。
そのあげく、民の安全を言い訳にして、命惜しさ、家族可愛さに戦いを止めた。
賢い選択だった、とは思う。誰も責めないだろう。
だがアッカは、結局自分の家族しか守れなかった。
「アッカ様、どうしたんですか? お体の具合が悪いのですか?」
「私たちにできることなら、なんでもおっしゃってくださいね!」
「ああ……うん、大丈夫だから気にすんな」
アッカは、恥を知っていた。
彼は情けない男であることを自覚して、情けない男としてふるまっていた。
「悪いなあガイセイ、お前の尊敬する男は……つまんない余生を送っているよ」
 




