女の城
祝、総合評価9000pt突破!
新人類の根幹にあったのは、社会からの抑圧をはねのけることだった。
基本的に、パラダイス世界の都市部は、狐太郎のような人間を基準にしたバリアフリー設計である。
それ故に、先祖返りにとっては非常に窮屈な環境であり、当然不興を買っていた。
彼らはそれこそ3Dゲームのヒーローのように、あらゆる建物を跳びはねながら自由気ままに遊びたかったのだ。
別に誰へ迷惑をかけたわけでなし、これぐらいいいではないか。それが彼らの根幹にあった。
なお、三人目の英雄、小判猫太郎。
『毎日毎日! うちの屋根の上でドスンドスンしているのは誰だ! 屋根の上に足跡がたくさんあるじゃねえか! ホムンクルスか先祖返りだな! ふざけやがって!』
怒った彼が従えていた天使をけしかけたことで、彼の物語は始まっている。
普通に迷惑であった。
新人類側とすれば『ちょっとうるさくて汚れるぐらいいいだろうが』だったのだが、猫太郎を含めた一般人からすれば『なんで俺達が我慢するんだ!』というものである。
そんなどうでもいいことが発端で、彼らは最終的にこの世界へ逃げてきた。
そんな新人類を倒した猫太郎が、モンスターから『正義の神』扱いされているのも、正義とは小さいものこそ偽りがないのだと思わせるものがある。
それはどうでもいいことだが、現在彼女は道なき道を走っていた。
カセイを離れ、避難民の中を突っ切り、さらに王都へと走っていく。
元より機動力に秀でている彼女は、キョウツウ技やショクギョウ技によって大いに加速していた。
「……車が欲しいわ」
なお、走ることにうんざりしていた模様。
「電車か、ワープ装置か……とにかく欲しいわ」
当たり前だが、長距離を走るのは辛い。
いくら身体能力が相応でも、自分の足で道なき道を走るのは疲れる。
「文明が恋しいわ……!」
それでも、高度な文明を知らなければ、仕方がないと諦められるだろう。
だが彼女は高度な文明の中で育っていたので、今更恋しくなっていた。
「あと通信機も欲しいわ……!」
仮に任務を達成しても、そのまま元来た道をさらに逆走し、大王の下へ報告しに行かなければならない。
自分の足で。
電話や無線機でもあればいいのだが、そんなものはない。
何より彼女は隠密行動中なので、彼女が一人で出向いて、彼女が一人で戻ってくるしかないのだ。
まさに、優秀故のブラック労働である。
「国家の命運……」
もちろん、彼女もバカではない。
途中休憩を挟む、という基本的なことが頭をよぎっている。
休み休み走れば、ここまで辛くないだろう。
だがしかし、彼女は真面目だった。この仕事が、どれだけ大事なのか知っている。
避難民がいたので王都が陥落したことは確実だが、実際にどうなっているのか確かめなければならない。
根が真面目な彼女は、当然のように大急ぎだった。
夜通し走っていた彼女が足を止めたのは、朝日が昇る中で見た絶景である。
「……間違いないわね、ここだわ」
カセイ周辺で起きた、Aランクハンターと同等の実力者六人による正面衝突。
それの、さらに数倍の規模の『月面』が存在していた。
底が見えない程深い穴や、亀裂までも見て取れる。
この世界の人類が、どれだけとんでもないのか、誰にでもわかるほどだった。
歴史の教科書に載っているカセイ兵器でも、ここまでとんでもないことにはならないだろう。
「流石に、ここに王都がありました……ってわけはないわよね」
王都がすっぽり入りそうな破壊痕だが、その場合避難民が生きているのはおかしい。
実際大量の足跡は、その破壊痕の浅いところなどに刻まれており、戦闘があった後で避難が起きたことを伝えていた。
「それなら、やっぱりこの先ね」
何のことはない、避難民の足跡を逆走すれば、必ず王都にたどり着く。
何万もの足跡を見失うわけもない。
彼女は再び走り出す。そして、王都が見えたところで、ようやく一旦小休止を挟み、仮眠をかるくとってから……。
「さて……ショクギョウ技、忍法蓑の灰!」
忍者装束に着替えると、回復した体で王都へと向かって再度走り出した。
※
カセイは城壁の外から見えるほど、高い城のある街だった。
それに対して王都カンヨーは、とても平べったい。
基本的に四面四角の城壁に囲まれた都市の中には整然とした家が並び、さらにその中央の道を奥へ進めば宮殿がある。
おそらく二階建て程度の、背の低い宮殿、城だ。
「ショクギョウ技、忍法壁面走り!」
その城壁の上に、兵士たちはほとんどいない。
しいて言えば怪しい人物がいないかを探す『見回り』がいる程度で、外を見る『見張り』はほぼゼロだった。しかも、その見張りも見回りも、どちらもやる気が感じられない。
もちろん彼女は見えないように姿を隠しながら走っていたのだが、それを抜きにしてもあっさり侵入できたことは確実である。
(西重の兵士ね……装備が明らかに違うわ……勝って気を抜いているのかしら? いえ、でも……兵士たちのやる気はともかく、人数は……)
この王都を陥落させているのだから、間違いなく大将軍の率いる軍であろう。
相手の首都を落としたにもかかわらず、まるで田舎の街の警備同然である。
これでは、あっさりと侵入できてしまうではないか。
実際できているし。
(……街の中が騒がしいわね)
姿を隠したまま、彼女は街の家々の上を走る。
街そのものはさほど荒れていないが、しかし兵士たちが大いに騒いでいた。
酒やら肉やらが、大盤振る舞いである。まさに祝勝の宴であろう。
もちろん彼らは、ウンリュウ軍の壊滅など知るまい。
十二魔将を全滅させ、大王も殺したのだから、浮かれるのは当然だろう。
だが、それにしても羽目を外し過ぎているようにも見える。
(……文化の違いかしら?)
ともあれ、王都は建造物としては健在だった。
民らしい姿は見えず、西重の軍しかいないが、それでもカセイと違って復興は容易そうである。
もちろん、このまま奪い返せれば、ではあるが。
(普通に考えれば……王宮の中も乗っ取られているわよね? でも要人を監禁するのも、そこのはず。確認しましょう)
音もなく影もなく、彼女は高速で屋根の上を走っていく。
もちろん周囲を警戒してはいるのだが、今のところこちらがばれているようには見えなかった。
そして、王宮に着く。
あたりまえだが、王宮自体も壁に囲まれていた。
街の外に張り巡らされている壁ほど高くはないが、それでも豪華さはより一層である。
その壁の中でも声は聞こえてくるのだが、やや高い気がした。
するりと壁を駆けのぼった彼女は、信じられないものを見た。
「ねえお母ちゃん、父ちゃんは帰ってくる?」
「そうだよ、だから待ってな」
「大王様の宮殿に入っているけど、怒られないかな?」
「きっと大丈夫さ、許してくれるよ」
宮殿の中が、まるで避難所だった。
壁の内側には、びっしりと人が詰まっていた。
どう見ても王宮に入れそうにない、みすぼらしい恰好をした者たちも多くいる。
もちろん王宮に相応しい恰好をした者たちもいるのだが、やはり西重ではなく王都の者たちであろう。
つまり王都は陥落しているのだが、王宮の中は王都の避難民がぎっしりなのである。
もちろん街の中に王宮を攻め落とそうとしている兵はいないので、これで状態が安定している、ということだった。
(普通に考えて、略奪するなら王宮に入るわよねえ?)
ジューガーも避難民を城に逃がしたが、それは街が陥落していなかったからできたことだ。
街が陥落した後も、城に民を残すなどできまい。
「……強い気配は……あっちね」
彼女は王宮の中で強い気配を探り、其方へと跳躍した。ある意味当たり前だが、王宮の中の更に中枢へと、彼女は入っていったのである。
「ショクギョウ技……忍法、壁耳障子目!」
豪華な屋根へ溶け込むように潜り込む獅子子。
まさに忍者と言わざるをえまい、建造物へと入りこんだ彼女は、そのまま奥へと直行していく。
宮殿内部にも多くの避難者がいる中で、しかし特別な者を探り当て、ついにたどり着いた。
「……ハクチュウ! まったく貴方という人は」
「だから! 俺はもうハクチュウじゃねえんだよ! 聞けよ!」
そこは、奇妙な空間だった。
部屋そのものは普通なのだが、雰囲気がおかしい。
ガイセイと同じぐらいの大男が、複数の女性と子供たちに囲まれている。
しかしその中の一人の女性が、しわのある女性が、孫らしき子供を抱えて怒鳴っていたのだ。
「何が歴代最強ですか! どうせギュウマ様の足を引っ張ったんでしょう!」
「しょうがねえだろう、俺だって隠居してるんだから」
「貴方が死ねば良かったんです! 陛下も殿下も……ああ……コウガイもゴクウも……」
「まったく……孫抱えて泣いてるんじゃねえよ、いつまで生娘のつもりだ……」
物凄く怒っている女性を、その大男はなんとかなだめようとしていた。
かなりひどいことを言われているようだが、負い目があるのか、強気に出られない様子である。
「そんなこと、言わないでくださいよ! アッカ様だって、きっと一生懸命頑張ったんですから!」
「そうです、私はいかないでって言ったのに……アッカ様は『なに、ちょっと見てくるだけだ』って言って……戻ってきたら、凄いボロボロだったんですからね!」
「ああ、かわいそうなアッカ様……十二魔将でも敵わない相手と戦って、大けがをされて……」
「私たちや子供を守るために……大好き~~!」
「格好いい~~! 体を張ってくれるなんて、最高だよね~~!」
なお、彼の周りにいる、獅子子よりも若く見える女性たちは、子供を抱えながら抗議しつつ、惚気ていた。
それがさらに孫を抱えている女性を逆なでしているのだが、おそらく意図的だ。
「私たち! アッカ様のことが、もっと大好きになりました~~!」
「……ああ、うん、でも止めてくれ。コイツの前でやられると、恥ずかしい……」
「ハクチュウ! ふざけているのですか!」
「いや、だから、俺はふざけてないし、ハクチュウでもないし……」
体に包帯を巻かれている彼だが、それでもおそらくこの場で一番強いのだろう。
だがしかし、どの女性にもまるで太刀打ちできていなかった。
(……見てはいけないものを見ている気がするわね……)
しかし、いつまでも天井と一体化しているわけにもいかない。
彼女は意を決して、天井との一体化をとき、奇怪な空間へ飛び降りた。
「失礼いたします、アッカ様とお見受けしました。私は大公ジューガー様の使者、獅子子と申します」
さらりと、何も見ていなかった風を装う。
多分みんなが、それを望んでいるはずだった。
突如天井から現れた亜人、外国人を見て、孫を抱えていた女性は当然のように警戒する。
大男の周囲にいた女性は、やはりその大男に縋り付くが、ここに来て大男は余裕たっぷりに笑った。
「おう……俺がアッカだ。ちっこい姉ちゃん、良く来てくれたな」
床にどっかりと座り、にやりと笑う姿は、やはりガイセイを思わせる。
なるほど彼の真似をしていたのだと、獅子子は一種の納得をしていた。
「大公ジューガー……大王様の実弟ですね……では、大公様はこの状況を知ったと?」
「はい……ゲンジョー殿下が、命を賭して知らせてくださいました」
命を賭して。
その言葉を聞くと、流石にアッカも眉を顰める。
ましてや孫を抱えた女性は、目をつむってこらえていた。
「大公閣下の治めるカセイにも、西重の軍が攻め込み、大きな被害が出ました。ですが……」
獅子子は話した。
ウンリュウの率いる軍が攻め込んできたこと、討伐隊が交戦し勝利したこと、大公とリァン、ダッキとキンカクたちが無事であることを。
もちろん、新しい十二魔将については、聞く前に出たので獅子子は知らない。
「そうか……ガイセイの奴、ウンリュウを仕留めるとはやるじゃねえか。ホワイトの奴も大金星……流石は大公の旦那、いい部下が集まるぜ」
彼にとって、明るいニュースであったことは間違いない。
にっこりと少年のように笑い、大いに喜んでいた。
「そうですか……キンカクたちは、ダッキ様をお守りできたのですね」
孫を抱えている女性も、安堵して涙をぬぐっている。
やはりダッキが健在であることは、彼女にとっても大きなことだったらしい。
「アッカ様、失礼ですが、其方の女性は……」
「ああ、こいつはラセツニ。ギュウマの嫁で、コウガイのお母ちゃんだ。見ての通りキツイ奴でな、元十二魔将でもある」
「そうですか……この度は旦那様とご子息をなくし、お悔やみ申し上げます」
当然だが、ギュウマにも妻はいて、コウガイにも母はいた。
それが彼女だというのなら、失ったものは計り知れない。
「……いえ、いいのです。それよりも、憎きは西重……大公閣下ならば、即座に王都奪還へ動いてくださるでしょう」
「それについては、私も聞いておりませんので……」
「いえ、貴女がここに来て、カセイや大公閣下の無事を伝えてくれただけでもありがたいです。咎めることはありません」
ラセツニにしてみれば、獅子子を大公に直接会えない身分と勘違いしてもおかしくない。
むしろ、ただの密偵が国家戦略を知っている方が問題だった。
そんな相手に、なんで作戦を知らないの、と怒鳴りつけるほど愚かではない。
「それで、アッカ様……ここで何があったのですか」
「どうもこうもねえよ、見ての通りだ」
彼はおどけるように両手を広げて、お手上げのポーズをとる。
「大王様も十二魔将も全員討ち死に。俺もちょっとは頑張ったが、なんとか王宮へ入らないように交渉するのがやっとだった。そのうえこの様だ、歳は取りたくねえもんだ」
なるほど、わかりやすい説明だった。
ある程度譲歩を引き出すのがやっとで、とても太刀打ちできなかったらしい。
「……カセイには、英雄が三人来ました。ここには何人いるのですか」
Aランクハンターが一人いるだけ、そう思っていたカセイにさえ三人も投入された。
であれば、十二魔将がいると知られているここへは、どれだけ戦力が注ぎ込まれたのか。
「大将軍が二人、補佐が十人。しめて十二人だ」
「……!」
聞いたことを後悔する数だった。
想定よりも、はるかに多い。
なるほど、大国へ攻め込むだけの根拠はあったのだ。
「ま、安心しろ。流石に十二魔将も、無抵抗でやられてねえよ。ギュウマは当然のこと、ゴクウとコウガイも頑張った。四人は殺したし、大将軍も片方は瀕死にした。戦えるのは……」
アッカは、彼らの戦果を報告する。
「あと、七人だ」
狐太郎たちが倒さなければならない敵。
やはり前回の倍以上。その現実を、彼女はしかと受け止めていた。
一人目の英雄『冠の支配者』『天帝』
二人目の英雄『悪業の告発人』『真実の神』
三人目の英雄『大衆の弁士』『正義の神』
四人目の英雄『立ち向かう悪童』『慈悲の神』
五人目の英雄『魔王の娘』『太古の神』
六人目の英雄『星になった戦士』『冒険の神』
七人目の英雄『魂の解放者』『冥王』
 




