本音
かくて、四冠の狐太郎を筆頭とする新体制は発足した。
怖くて自分より強い敵と戦うのを嫌がってるドラゴンとか、褌に引っかかっているカードをめくった悪魔とか、内実はそんなものである。
精霊に至ってはコゴエが興奮したので連鎖しただけで特に無関係に騒いだだけなのだが、みんな勘違いしてくれた。
これならいける、誰にも負けないと。
気のせいである。
とはいえ、まず民間人や一般の兵士に希望を持ってもらわないといけない。
その点に関して、狐太郎を頂点に据えたことは正しかった。
ともあれ、余裕はできていた。
まだ勝てるとは言い難いが、誰もが心にゆとりができていた。
心にゆとりが出来れば、作業効率も上がる。
それは悲しい現実とも向き合える、確かな力だった。
「やはり、西側以外は無事か……」
「王都とカセイを占領し、そこから周囲を食い破るつもりだったのでしょう。しかしカセイを占領しているはずのウンリュウと連絡が取れていないか……」
「あるいは、王都で十二魔将の奮戦によるもので、消耗が激しいのかもしれません」
「そうだな……われらも万全とは程遠い」
重臣たちは余裕をもって議論をしていた。
方々へ斥候や使者を送り、状況の説明と確認をしていた。
既に立てている国家の大戦略に沿う形で、カセイと王都の民をどこへ向かわせるのか決めていた。
二つの大都市である、各地の受け入れにも限界があるのだ。
もちろん現地では、受け入れ用の住居を建設する必要もある。
狐太郎を征夷大将軍に任命しているので、彼がサインをしたことにすれば、たいていの無茶は通る。
各地へ強制的な命令を下していた。
もちろん抵抗するか、あるいは真偽を疑う者もいるだろう。
そんな時にはドラゴンを送り込めばいい、いやあドラゴン様様だった。
「王都の様子は、獅子子君が探ってきてくれる。彼女の優秀さは私もよく知るところだ。正確な情報が集まるだろう……生きていれば、アッカにも接触してくれるだろう」
この場の重臣たちは、良くも悪くもアッカを知っている。
歴代最強のAランクハンター、カセイを十五年守った怪物。
圧巻のアッカ。
王都にいるはずであり、同時に生きていても不思議ではない男である。
十二魔将は全員死んでいるが、それは彼らが近衛兵だからだ。
だがアッカは現役ではないので、戦っていない可能性さえあった。
「……逃げたかもしれませんね」
「あいつも今は人の親だからな。子供と嫁を抱えて逃げたとしても、責められるものではない」
「いやいや、アレでアッカさまは義理堅いですからね。徹底抗戦した可能性もあるでしょう」
「案外、全員皆殺しにしているかもしれませんね……」
「全盛期ならともかく、引退した今は無理だろう……」
「徹底抗戦はないな……もしもあの男がその気になれば、それこそ王都は崩壊している。それなら敵も、こちらに向かってきているはずだ」
ともあれ、語るには情報の持ち帰りが必須である。
彼女が戻ることを待つしかなかった。
「ともかく、このままカセイに陣取るなど不可能だ。気力や士気でごまかすなど不可能だろう。食料を掘り起こし終わり次第、移動できるようにしておかなければ」
「それなのですが、王都からの避難民に交じっていた亜人たちが、大いに奮起しております。おそらくクツロ様の雄姿によるものでしょう」
「それはありがたいな……む」
本部のある天幕に、数人の男が入ってきた。
誰もが身なりが良いのだが、よく見れば服に汚れが見える。
お世辞にも大王の前に出られる格好ではないが、それは大王自身も同じことだ。
「父上、今戻りました」
「おお、ショカツか。お前が無事で何よりだ」
「別の都市で使者から話を聴いたときは、我が耳を疑いました。ですがこの惨状を見れば、そんな疑念は吹き飛びました……央土は、もはや泥船なのですね」
「その通りだ。この都市同様にな……」
大王ジューガーの実子にして跡取り、ショカツ。
現在王位継承権も大いにあがっている、重責を担う立場でもあった。
「まずは、ご無事で何よりです。御父上が生きている限り、我が国はまだ終わっていません」
「……そうか」
まずは、という切り出しに含むものを感じたのだろう。
大王は深くため息をついた。
「いったん休憩としよう。皆はしばらく出てくれ」
重臣たちは、全てを察して出る。
火急の事態ではあるが、だからこそ身内の問題は解決しなければならない。
「……ショカツ、私のやり方に不満があるか」
「はい、正直に申し上げて……私物化と言われても仕方がないかと」
ショカツは、大王の若い時代と生き写しである。
その体格も軍人を思わせるものであり、表情にも決然としたものがあった。
「そうだな……望んだ形ではないが、カセイの移転……崩壊が起きた。私の以前からの主張を思えば……意図的に思われても仕方がない」
大王は心中複雑だった。
彼はカセイの存在を憂い、根本的な解決を願っていた。
それが今回かなった、とは言えなくもない。
「お前がそう思うのも無理はない……もっと言えば」
「ええ、父上の決断に不満を持つ者も少なくありません」
再三いうが、カセイの税金は重い。
膨大な税金に耐えていたのは、つまり税金を払ってでも住みたかったからだろう。
そんな人々にとって、カセイの放棄は耐えがたい。
たくさんの税金を払っていたのに、カセイは崩壊。
そのまま別の場所で暮らすように言われれば、不満が出ないわけがない。
ショカツは、その代弁者として現れたのだ。
「……正直に言うが、私も心苦しい」
納税しているから守られる権利がある。
そういうと馬鹿に聞こえるが、実際にそういう約束をしているのだ。
一方的に破っているのは、大王の側である。
「彼らは昨日までの暮らしを求めている。だが私は、違う明日しか提供できない」
「やはり一時的ではなく、完全に放棄、ということですね」
「仕方がないことだ。仮令王都を奪還し、西重を滅ぼしたとしても……ここを復興し維持する力などない」
シュバルツバルト討伐隊を十二魔将に据えるということは、そのまま王都の守りに据えるということだ。
当然、カセイに戻ってくることはない。
「それとも……一度王都が陥落している現状で、奪還後に王都防衛に割く戦力を減らすべきだとでも?」
「……そうはいいません。ですが、父上は頭から、結論ありきで話を進めているのではないですか」
ほかの方法を検討するべきではないか。
今の今から、カセイの放棄を決めすぎているのではないか。
「……そうだな」
言いたいことはわかる、何も間違っていない。
おそらくショカツ自身も、己の考えだけではなく、多くの人から懇願を受けてここにいる。
納税という義務を果たしている者たちが、当然の権利を主張しているだけだ。
これを裏切ることは、それこそ泥棒同然であろう。
「……しかし、仕方がないことだ。彼らの不満を聴いている場合ではない」
「父上! 私は父上から政治を学びました! その教えに、そのようなものはありません!」
息子は間違っていない。
むしろ大王は、息子にそういってほしかったのかもしれない。
「ここを維持すべきでは」
「駄目だ」
しかし、それとこれとは話が違う。
大王は、断固たる態度をとっていた。
「お前は、この国の現状を把握しているな? 王都が陥落し、大王が崩御し、敵軍が未だ残っている。まさに非常事態というほかない」
「それは承知です!」
「ならば黙れ。今の央土に、民意へ耳を傾ける余裕などない」
出る結論が同じでも、議論を重ねて出した場合と、独裁者が強権で決めたことではまるで違う。
周囲からの反発が、著しく違うのだ。ましてや、カセイの放棄。それが軽いわけもない。
だがそんなことはわかっている。
そんなことにかかわる余裕など、央土にない。
「カセイの放棄も、決定方法はともかく、必要性自体は認識しているな」
「……わかっています。ですが、工夫次第でどうにか出来るはず! Aランクハンター一人が残れば維持できるのですよ?!」
だがしかし、ここにはAランクハンター相当の戦力が四人分ある。
それを一人でも残せば、カセイは維持できる。それは不可能ではないだろう。
「駄目だ。投入できる戦力は、全て王都奪還に向ける」
ある意味で大王と狐太郎は、同じ決断を下していた。
ぶつけられるものは、全部ぶつける。極端な戦術だが、相手も同じことをしているので仕方がない。
「ならば! 東南北の大将軍……Aランクハンターだけでも招集するべきではありませんか! そうすれば戦力に余裕も出るでしょう!」
「その分三か国が侵略してくるだろうな」
「前線ならば取り返せます! カセイの重要性を考えれば……今の強権をそう使うべきではないですか!」
「……お前は肝心なことを忘れているぞ」
なるほど、言う通りである。
カセイを諦めないという選択肢も、確かに存在している。
「強権を振りかざせば、誰もが従うのか?」
「それがこの国の法です!」
「ではお前がまず従え、私に逆らうな」
ぐうの音も出なかった。
確かにまず、彼がその規範を示すべきだった。
「お前の言っていることは正しい、確かに民意だ。だが……大王になった私は、国家全体の民意に沿う必要がある。自分のひざ元を守りたいから、末端は切り捨てていい……など許されん」
そして大王は、自ら規範を示すべきだった。
「私がまず身を切るべきだ。仮に各地のAランクハンターを招集することになるのなら、なおのこと私はカセイを放棄しなければならない。違うか?」
「……それでは、カセイが報われません」
「それは、央土全体より優先されることか? いいか、何よりも優先されるのは国家全体であり、それを脅かす西重の軍の排除だ。その成功率を下げることが、どれだけリスクを負うことだと思っている」
投入できる戦力をケチるなど、それこそありえないことだ。
それは狐太郎から指摘されたことでもある。
「だいたい……私が敵ならば、Aランクハンターが近場で孤立しているのなら、そこを叩く。その場合、ここは今度こそ吹き飛ぶぞ」
「……」
「お前は、今更敵の善意を信じるのか」
「ならば、ここを本拠地とすれば……!」
「くどい。私は議論する気がないし、その正当性もお前は認めているはずだ。私の決めたことに根本的な欠陥があるのならまだしも、そうではないのなら話す価値などない」
議論そのものの否定は、つまり独裁者の理屈である。
そして征夷大将軍とは、その独裁者を必要としている状況であった。
「お前の言っていることは正しい、私の言っていることも正しい。そして私は大王だ、優先されるのは当然だ」
「……父上は、それでいいのですか」
「私の私情を優先すると?」
「……」
「何度も言うが、お前の気持ちは正しい、何も間違っていない。異常なのはこの状況であり、敵のとった戦術そのものだ。そうでないのなら、とっくに殺している」
大王は、あくまでも正当性を認めていた。
民主主義云々を抜きにしても、納税者をないがしろにしていいわけはない。
だがこの異常事態では、民意を尊重などできない。
「だが……決定を覆す気はない。お前にも辛いだろうが……」
「では! それをカセイの民に言えるのですか!」
「お前こそ、王都の民に言えるのか?」
「……申し訳ありません」
己の失言を、ショカツは認めた。
確かに王都の民へ、王都よりもカセイを優先するなど言えるものではない。
「……」
だが大王も、それはわかっている。
彼の気持ちも、彼の支持者の気持ちも分かるのだ。
「もしも、どうしてもカセイを再建したいのなら……どれだけ時間がかかろうとも、お前の人生を賭してやればいい。王都を奪還してからな」
「それは不可能です。一度でも崩壊すれば、Aランクハンターを雇えません」
「それに挑戦しろと、私は言っているのだ」
「ちち……」
「失礼します!」
しゅばっと、二人しかいない天幕に一人の女性が現れた。
「抜山隊隊員、千尋獅子子、今戻りました!」
「……そ、そうか、よく戻ってくれた。では報告を頼む」
父親として話をしようとしたら、最優先人物が戻ってきた。
あいにくだが、もう話す暇がない。
「……もしや、失礼を?」
「いいや、君より優先することなどない。ショカツ、下がれ。何度も言うが、私に逆らう権利など誰にもない。たとえ正当性があったとしてもだ」
※
事実だけ並べれば、本当にその通りだった。
今は非常事態であり、とにかく意思決定を急ぐ必要がある。
そしてジューガーの決断は、不満を抱く者こそいるものの、逆らう余地のないものだった。
以前からの政治的方針、という付け目はある。
しかしそれによって、ジューガーが私腹を肥やすわけではない。
よって、彼を止める権利などない。
どちらかと言えば、既に攻め込まれているであろう各地から、戦力を強制的に集めようとしているショカツの方が無茶だった。
仮に今この瞬間、国民の意見を即座に知る術があれば、カセイの放棄に対して賛成意見が集中するだろう。
(王都の民の前で、か……)
特に王都の民にとっては、カセイの復興よりも王都の奪還を優先して欲しいだろう。
(私はカセイを維持したいという結論ありきで話をしている、か……)
ショカツは、いっそ開き直りたかった。
カセイを守って何が悪いのかと、カセイの維持を結論にして何が悪いのかと。
(他がどうなろうと知ったことか、と……言えればどれだけ楽か……)
それを言っていれば、流石に殺されただろうと、彼は達観していた。
そちらの方が、よほど我が身可愛さであろう。それこそ、他のすべての諸侯が王権を認めまい。
「ショカツ様……いかがでしたか」
「大王陛下は、その……お心に変わりはありませんか?」
「やはり……難しかったでしょうか」
天幕を出た彼の前には、多くの豪商や有力者たちがいた。
このカセイに長く根を下ろしていた、名家などである。
当然高額納税者であり、社会的にも貢献していた。
それこそ、今までの大公でも無視できない、無視してはいけない相手だった。
だが今は、大王になった今は、まるで相手にしていなかった。
彼らが築き上げてきた多くの財産や地位、名声、権力は、やはり侵略によって消えたのだ。
「申し訳ありません」
彼らに対して、ショカツは定型文の謝罪しかできない。
そして周囲の彼らも、やはりと納得するしかなかった。
全員、学はある。教養もあり、常識もある。
この状況で、カセイを復興するなど不可能だと知っているのだ。
しかし、それに耐えられない。
論理的には納得できても、自分たちの過去が失われることに耐えられない。
何も残らない、という現実を受け止められない。
自分たちが死んだ後も、永遠に続くと信じられたすべてが、なんとか維持できる線を越えたことが認められない。
無理をすれば、無茶をすれば、どうにかできなくもない。
ジューガーが暴君暗君としてふるまえば、ここを維持できる、元通りにできる。
それが間違っているとしても、下手をすれば国家が破綻すると知っていても、それでも何とかして欲しいのだ。
なぜなら彼らにとって、他のことなどどうでもいいのだから。
国家が分裂しようが、侵略によって地方の人々が故郷を失おうが、各地からの信頼が失われようが、そんなことはどうでもいいのだ。
なぜなら、カセイの名士でしかないのだから。
「……まだ、手はあると思います」
だがそれでも、ショカツは彼らを見捨てきれなかった。
確かに国家の為、百年の計どころか明日の為には害悪だったとしても、それでも民であることに変わりはない。
論理よりも感情、全体よりも一部を、他人よりも自分を優先するのは、人間の愚かさだった。
だがそれでも、目の前の彼らを、見捨てられないのだ。
「四冠へ……話をしようと思います」
もはやどちらが後見人なのか、どちらが後ろ盾なのか分からないが、現在大王の権威を支えているのは狐太郎だった。
あるいは双方が支え合うことで、互いに足りないものを補っているのかもしれない。
ともあれ、このカセイの治安を維持しているのは、実質的に彼だろう。
「……彼ですか」
「私たちも、その、何度かお会いしたことがあるのです。お恥ずかしい話ですが、玉手箱の件で」
「向こうは覚えていらっしゃらないでしょうが、亜人たちを集めた格闘技の試合でも遠くから見ていました」
「その……申し上げにくいのですが、親子のように仲が良く……」
今までジューガーは、それこそかなり狐太郎へ気を使っていた。
それは周知のことであり、少なからず反発もあったほどである。特に自分の城へ招いた時は、どうかと思われていた。
とはいえ、あの戴冠式を見れば、そんな気持ちも吹き飛んだのだが。
彼こそは、モンスターの神である。どうしてそうなったのか、経緯は不明だがもはや調べることも恐ろしい。
こうなっては、彼が頼りだ。
彼を怒らせれば、カセイどころか国家が崩壊する。
流石にこの場の面々も、カセイが滅びるのなら国家ごと滅びてしまえ、とまでは思っていない。
大体、あれだけ悪魔を従えているのだ、どんな呪いを受けてしまうのかと想像するだけで怖い。
「おそらく、大公閣下……今は大王陛下ですが、あの方に逆らうことはないでしょう」
むしろ、少しそそのかしたぐらいで大王を裏切るほうが怖い。
あれだけ仲がいいのに、些細なことで反故にするなど、それこそ信用できなくなる。
誰もが、彼の誠実さを信じるしかないのだ。むしろ、疑うことを恐れている。
まさか信頼関係を、破壊検査するわけにもいくまい。
「あの方に接触するのはおやめください。特に、大王陛下と意見を対立させるようなことになっては、それこそ大問題です」
「……そうやって、問題を先送りにすることは好ましくない。それにだ、彼自身の意見も聞くべきだろう」
一つの事実として、大王と狐太郎の意見が常に合致していたわけではない。
彼だってカセイの崩壊を憂い、再建を願っていない、とも限らなかった。
頭から決めつけるのは、彼にとっても愉快ではないだろう。
「そもそも、先日の功労者であることは事実。私が挨拶に行かないのは、それこそ失礼だろう」
まだ何もしていない、というわけではない。
狐太郎はこれまでカセイを守ってきたし、先日も総指揮を執ったということになっている。
これからのことを抜きにしても、これまでの功績を想えば、挨拶をしない方が問題だ。
「……それに、彼は戦争の専門家だ。私たちがああだこうだ、専門外のことで悩むより、聞いて説明をしてもらった方がいいだろう」
仲がいいことと、政治的な思想が一致することは別である。
狐太郎の本音を引き出せば、或いは何かを変えられるのかもしれない。
彼は少しだけ期待して、少しだけ恐怖を抱きながら、彼の過ごしている天幕を目指した。
※
現在狐太郎の天幕には、四体の魔王と彼の護衛が集まっていた。
侯爵家四人組、ネゴロ十勇士、フーマ一族、ブゥと悪魔たち。
彼らはとりあえず、結構困っていた。
「城崩しちまった……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、中のものはもう運び出し終わってたらしいからな……元々崩れかかってたし、中に人もいないし……もう崩すしかなかったらしいし」
元々壊す予定だったものが壊れただけで、死傷者もいなかったこともあって、とりあえず問題は起きていない。
しかし元々壊す予定だったとはいえ、とどめをさしたことは心苦しかった。アカネが謝るのも当然であろう。
「それよりも……私は自分が怖いわ……権力って鬼を惑わすわね……凄い調子に乗っちゃったし……」
「アレのせいで、亜人はやる気になってたぞ……すげえ扇動してたぞ、お前……」
なおクツロは、自分の振る舞いが、初対面の亜人たちを扇動したことに後悔していた。
ある意味では、奮起を促したのかもしれない。しかし彼女が『さあ西重の人間を皆殺しよ』と言おうものなら、それこそ彼らはやる気を出してしまうだろう。
それはとても恐ろしい。国家にとっては有益だが、彼女の倫理観に著しく反する。
今は瓦礫の撤去作業に精を出しているだけなので問題はないが、流石に戦争には駆り出したがらないだろう。
問題があるとすれば、当人たちが既にやる気になっていることかもしれない。
「フーマやネゴロはどう思っている? なんか俺、四冠王とかいう頭の悪い存在になっちまったけども」
「我らはもとより、ジューガーさまに拾っていただいた身です。大公から大王になったところで、それは変わりません」
「なるほどな」
狐太郎が試しに聞いてみるが、ネゴロとフーマは現状を聞いても変化しているとは思っていないらしい。
なるほど、国家のナンバー2がナンバー1になっても、彼らの視点では大差などないだろう。実際そうとも言えるし。
「ブゥ君はどうだい?」
「なんで僕が十二魔将の三席なんでしょうね……十二とかが良かったんですけど」
狐太郎は石を投げられるのではないかと怯えているが、ブゥもまた同様である。
悪魔使いの分際で十二魔将になって、しかも三席という高い身分。何を言われても不思議ではない。
彼の姉であるズミインも言っていたが、悪魔使いは出世し過ぎると妬まれるのだ。
「しかも兄さんと姉さんまで……」
「兄弟が同僚なのは辛いね……」
頭の上がらない兄と姉が、自分の同僚になって、しかも部下扱いである。
彼の性格もあって、さぞやりにくいに違いない。
「君のお姉さんは……取引先には欲しいけど、同僚にはいてほしくないタイプだよね」
「そうなんですよ……」
ブゥ自身、ズミインのしごきが無意味だったとは思っていない。
先日のクモン左将軍と戦った時に、姉との訓練が活きた。
しかし姉と一緒に頑張っていて良かった、とは思えなかった。
トラウマの再燃であろう、思わず体がこわばったほどである。
「……あの、大王になったら人事権ありますよね?」
「俺になんの期待もするな」
「まだ何も頼んでないのに……」
「俺は神輿の上でふらふらしているに過ぎないんだ……神輿の上にしがみついているだけなんだ……」
親友を救うこともできない己、親友を助けたいとも思わない己。
しかしそれこそが、真実の自分であった。
「で、君たちは……」
さて、侯爵家四人組である。
狐太郎の護衛に志願した、四人の学生である。
「意味が分からない……どうしてこんなことになったんだ……俺はただ、ドラゴンズランドに行きたいだけなのに」
「私も……あれ? なんでこの国、滅びかけてるの……?」
「やべえよ……やべえよ……どんどん雪だるま式に、俺達の重要性が上がっていくよ……耐えられねえよ……!」
「Aランクハンター兼斉天十二魔将首席兼征夷大将軍兼央土国次期大王って……その護衛って……!」
彼らは、自分の責任の重さにめまいがしていた。
明らかに精神的な不調が生じ、ストレスによって老け込んでさえいる。
おそらくこのままでは、彼らが死ぬだろう。
「……俺も嫌だけど、あの子たちも嫌なんだねえ」
「そうですね……でも僕たちよりはマシだと思いますから、我慢してもらいましょう」
「そうだな」
大都市カセイを守るという重要な任務に就くため、必死で努力してきた四人。
しかし就任当日にカセイが崩壊し、そのままの流れで護衛対象が異例の大出世を遂げた。
今や狐太郎は、Aランクハンター兼斉天十二魔将首席兼征夷大将軍兼央土国次期大王。以前の四倍偉くなってしまった。
彼ら彼女らの責任も、一気に四倍である。
いいや、国家全体の命運を背負っているに等しいのだから、四倍どころではない。国家全部背負っている。
「普通なら、狐太郎さんが一気に偉く成れば、その分護衛も相応の地位の人に代わるんですけど」
「代わるんですけど?」
「あの子たち、全員侯爵家ですから……むしろ相応なんですよね、家格としては」
「侯爵家に生まれなければよかったのにね」
でもこの国の貴族なので、降りることは許されない。
彼らこそ貴族の見本、模範的な貴族、The貴族、貴族の鑑。
辛いだろうが、それが貴族だ。逃げることは許されない。
「しかし、ご主人様。そう悲観することばかりでもないのでは」
コゴエが冷静な問いを投げる。
そう、四冠の狐太郎というよくわからん存在になった狐太郎だが、一つの懸念は完全に解消された。
「そうだな……なんだかんだ言って、シュバルツバルトの討伐隊は完全に解散したからな」
惜しむ気持ちがまったくわかなかった。
狐太郎は、それこそ喜んでいた。
「これでもう……あの地獄みたいな森とは完全におさらばなんだな……! もう一切負い目なく、あの森に帰らなくて済むんだな……!」
元々狐太郎は、カセイに対しても特に思うところがなかった。カセイが崩壊しても王都が崩壊しても、特に気にしてはいない。
しいて言えば、ジューガーの親戚や友人が死んだことに、心を痛めている程度だ。
もちろん、討伐隊にも同僚としての思い入れがある。
彼らを残して前線基地を去ることは、正直心苦しくもあった。
「あんまり大きな声じゃ言えないが、あんな森もう二度とごめんだからな。どんだけカネ積まれても、もう行きたくねえし。みんなもそうだろ」
「うん……まあ正直、面白いことなかったしね」
「私もです。あの森のモンスターとは、戦っても楽しくないので」
「私もね。会話が成り立たない怪物とは、あんまり関わりたくないわ」
「私としても、同じところにとどまり続けるのは、精神的に辛いものがあります」
四体の魔王も、狐太郎と同意見だった。
特に倒してもいいことがないモンスターと、ひたすら戦い続ける日々が終わるのである。
それは大変に結構だ。
「まあ元々、この国の都市計画が失敗してたってだけですからね。僕としても、さっさと潰してほしかったですし」
「ガイセイやホワイトは、何か言ってた?」
「ホワイト君はAランクハンターになれたから、特に不満はないそうですよ。ガイセイはちょっと気にしてましたけど、アッカって人のことが気になるみたいで」
Aランクハンターに相当する人物たちは、全員特にしがらみがないらしい。
逆に言うと特にしがらみのない連中によって、カセイは守られていたということである。
それはそれでどうかと思われる。
「シャインさんやコチョウさんは軍人さんになりたくなかったみたいだけど、戦後は好きにしていいって言われてるから頑張るつもりだって!」
「ガイセイもAランクハンターになれて満足みたいだし、文句はないでしょ」
「ジョーやショウエンも、将軍になれるのなら文句なんてないでしょうしねえ」
「リゥイ、グァン、ヂャン……あの三人は、収入が十分で孤児院が移設するなら、カセイなどどうでもいいだろうしな」
四体の魔王たちも、討伐隊の面々と話を終えている。
討伐隊の全員が、新しい日々に向かって進み始めたのだ。
正直、いつ終わるともない戦いが終わるのだ、スカッとしたのだろう。
「はははは!」
狐太郎は、声を上げて笑っていた。抑圧から解放された、無邪気な笑いだった。
カセイが崩壊したことを喜ぶのはあんまり良くないのだが、自分の天幕で笑うぐらいはいいだろう。
仮に聞かれたとしても、それは聞く奴が悪いのだろうし。
「……失礼します」
そんな時である、一人の男性がテントに入ってきた。
壮健な体格をしているのだが、表情は青ざめていた。
「ど、どちらさまで」
「私はその……ショカツと言いまして、ジューガーの息子、リァンの兄でございます」
「……それは失礼を! フーマ、椅子を!」
慌てて接客モードに入った狐太郎たち。
大王の実子とあらば、無下にするのは大変失礼である。
ブゥも悪魔も魔王も、侯爵家の四人も、慌てて身だしなみを整えていた。
そんな彼らは、ショカツの顔色が悪いことをあんまり気にしなかった。
なにせカセイが崩壊しているのである、顔色がいい方がおかしい。
「……狐太郎様」
「はい」
「……今まで、前線基地に詰め、カセイを守ってくださり、ありがとうございました」
こんなことが言いたかったわけではないが、彼はそれをあえて口にした。
「大変お辛かったでしょう……」
「ええ……本当に辛かったです」
そして、狐太郎も嫌な顔をしていた。
あの森に対して、一切ポジティブな感情がない顔だった。
「正直に申し上げて……もう嫌ですね」
「……ご負担をおかけしました」
真実は、いつだって残酷なほど陳腐だ。
祝! 評価5000pt突破!
 




