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戴冠

 王都カンヨーに並ぶ大都市、カセイ。

 そこは現在、陥落した王都よりも凄惨だった。


 整備された道は消失し、地形がえぐられ、何よりも街そのものが崩壊している。

 城壁は土台ごと崩れ、辛うじて建っている城は明らかに歪んでいた。


 人がいることを示す煙が昇り、食事の匂いがしてくることは救いだった。

 今更竜を疑うことはないが、実際に食事が準備されている事実は軽くない。

 助かるのだ、助かったのだ。その事実が、彼らを安心させていた。


 だがそれ以上に、彼らの心を救った物がある。


「まだ戦争が終わったばかりで、そこいらじゅう死体だらけだな……」


 ところどころに、埋もれかけた敵の死体が散乱している。

 雷と炎の熱波によって水分を消失したのか、腐乱はしていなかった。

 だが既に朽ち始めている。どれだけ屈強な命も、死んでしまえば土へ還るだけだった。


「……西重の兵だ」


 装備を見れば、明らかだった。

 埋まっている兵士たちの死体は、どれもが西重軍のものだった。


「……」


 ウンリュウが率いる十万の軍が、Aランクハンターの率いる討伐隊と交戦し全滅した。

 竜の言葉を反芻し、王都の民たちは湧き上がる攻撃性を抑えられなかった。


「くそ!」


 彼らは、死体を蹴った。

 故郷のために戦っていた敵兵の死体を、辱めたのだ。


「お前らのせいで、お前らのせいで!」


 彼らには生活があった。

 楽しいことばかりではなく、苦しいこともあったが、生活があった。

 それがすべて失われた。もう二度と戻ってこないものが、余りにも多すぎる。


「お前たちのせいで! 私の夫は!」


 王や十二魔将が、彼らを守ろうとした。

 しかし守り切れず、こうなってしまった。


 侵略されるとはこういうことである。

 敵に背を向けて逃げるとはこういうことである。

 逃避は悪いことではないが、本人たちは『自分が賢い』などと思っていない。

 戦わずにすんだ、殺さずに済んだ、自分たちが幸福だとも思っていない。


 戦争が憎い、それはそうだ。

 だがそれよりも憎いのは、敵だ。


 大王も言っていたが、自分の家族を殺した者たちが生きていることが許せない。

 戦果を挙げて、美酒に酔っていることが許せない。

 自分たちの暮らしていた街で、未来へ想いを馳せることが許せない。


 大切な人が死んで、殺した奴が生きている。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 否。

 盗賊の集団に襲われたのだから、盗賊の集団全部が憎い。


 十万からなる軍勢の過半数は、ホワイトが生き埋めにしている。

 よって散乱している兵士の死体のほとんどは、ブゥの手によるものだ。

 体中に、装備に、穴が開いているものだ。


 それに対して、痛ましさなどない。

 ざまを見ろと、溜飲が下がっていた。


 王都を襲った軍とは別だと分かっていても、とにかく憎かった。

 その憎い怨敵が、既に殺されている。

 その事実が、どうしようもなく心を軽くしていた。


 偽装工作も印象操作もない。

 彼らは心底から勝利の残滓をかみしめ、踏みしめていた。


 この時点ですでに、彼らの中に敬いの心が生まれていた。

 悪を倒した、大公という正義、Aランクハンターの正義に。



 逃げてきた一団は、やはり崩壊したカセイに落胆していた。

 無理もないだろう、できれば崩壊などしてほしくなかったのだから。

 散々歩き疲れた彼らには、平らなベッドと椅子と、天井と壁が必要だった。

 破れかけた布を縫い合わせて作ったであろう天幕など、その元の材料がどれだけの高級品だったとしても、不足が過ぎた。


 だがそれでも、温かいパンは期待以上だった。

 それに添えた、安全な水も期待以上だった。

 老若男女を問わず、誰もが配給として渡されたパンと水を、誰もが順番を守って受け取っていく。

 一人で逃げてきた者は当然のこと、家族と共に逃げてきた者たちもまた、飢えと渇きが満たされていく至福を味わっていた。


 曰く、ここは放棄し、近隣の都市へ移動するらしい。

 もちろん今いきなりではなく、数日は物資の掘り出しをして、避難民の休憩を挟み、避難先の受け入れ態勢を整えてからということだった。


 そして体勢を立て直し、王都奪還に向かうという。

 そんな説明を、街の兵士たちが話してくれた。


 しかし、不安がないわけでもない。

 十二魔将ですら勝てなかった敵に、果たして勝てるのだろうか。

 空を見上げれば、そこには空を泳ぐ竜がいる。

 だがそれを見てもなお、安心することはできなかった。


 なまじ安心したからこそ、なまじ満腹になったからこそ、誰もが冷静になった。

 こんな敵に、自分たちが勝てるのか、と。


 怒りが消えたわけではないが、命は惜しい。

 まさかここから、自分たちが立ち上がって、戦うのか。

 どこかの誰かにゆだねてしまって、結果だけ享受できないだろうか。


 そう思う彼らは、しかし促されるままに、積み上げられた瓦礫による舞台の前に並んだ。

 これからこの街を治める大公が大王に即位し、新しく十二魔将を定め、再起を誓うという。


 万民は、大勢であるがゆえに、統一などされない。

 中には王都を奪還したいと思っている者がいる、あるいは西重の兵を殺してやりたいと思っている者がいる。もしくは、この戦争で出世したいと思っている者もいる。

 だが、白けている者もいる。田舎の親戚を頼ろうと思っている者もいるし、自分には関係ないと思っている者もいる。


 意思を統一するなど不可能だ。そんなことは、最初から分かり切っている。

 だがそれでも、一人でも多くすることはできる。


「静粛に! これより即位式を始める!」

「王都で崩御された兄君の意思を継ぎ、ジューガー様が大王に即位なさる!」

「先日の戦果も合わせて、将軍および斉天十二魔将の就任式も行う!」

「国家の未来を決める重要な式だ! 立ち会えることを幸運に思え!」


 並んでいる避難民や、カセイの民は、最初から声など出していなかった。

 普段は騒ぐであろう子供たちも、すっかり疲れてうとうととしているほどである。


 だがそれでも、兵士たちは腹の底から声を出していた。

 これから、新しい王が立つ。その意味を、彼らは知っている。


「央土の民よ、暫し清聴を願う。私はジューガー、皆の崇めた大王の弟である」


 今語りだした一人の王で、この国の未来が決まるのだと。


 瓦礫の上に立つ彼は、まさに泥船の船長であろう。

 国難の時代に、大王などという責任を押し付けられた男だ。

 不運、不幸と言えば、この上ないのだろう。


 音声属性のエンチャントによる拡声で、人々へ彼は話しかけた。

 その声には、熱狂よりもまず芯が通っていた。


「……まずは、詫びねばならない。国内深くに、敵の侵入を許してしまった。おそらく既に、央土の西は敵に占領され、多くの者が殺されるか、奴隷として搾取されているだろう。この状況に至らせてしまったことは、王族の失態という他ない」


 彼の一声は、やはり謝罪であった。


「この罪は、償うことなどできない。私の謝罪に意味はない、私を八つ裂きにしても意味はない。君たちが望むのは、結果だ。とにかく何が何でも、王都を奪い返さなければならない」


 大戦略だの戦況の優劣だのは、この際無意味だろう。

 重要なことは、王都が陥落している、西が壊滅しているという、覆せない現実だ。

 相手は追い詰められている、という言葉は余りにも空虚だ。


「相手は強大だ。兄上の元に集った斉天十二魔将は精強であり、それを討ち破った西重の力は計り知れない。現に、本軍ではない別動隊を相手にして、カセイは隠しようもなく崩壊した」


 誰もが、この惨状を見ている。

 誰がどう見ても、カセイは崩れ切っている。


「だが! 私は生きている! 君たちもまた生きている! これは西重にとって、想定を超えたことだ! ウンリュウという英雄が死んだことも事実だ! 私たちは決して、負けっぱなしではない!」


 彼の声に応じて、舞台の上に若き雄達が並んでいく。

 そしてそれより一歩早く、王都の民が見たことのある男たちと、二人の女性が出てきた。


「ここにいる彼らこそが、私たちの希望だ! 恨めしい敵を絶やす、最後の将たちだ!」


 誰もが、彼らを見る。

 果たしてギュウマ率いる、先代の十二魔将を越える強者たちなのだろうか。

 平穏に生きてきた彼らには、それが分からない。


「皆も知っているだろうが、ここに七席キンカク、八席ギンカク、九席ドッカクが残っている! 第一王女ダッキの護衛を務め、先日の防衛戦でも多くの武勲を上げた古強者だ! 彼らには席をそのままに、私の将として働いてもらう」


 まったく知らぬ者たちだけで、寄せ集めたわけではない。

 キンカクたちが戦場で暴れていた時代を知る者たちは、知っている顔が健在であることに安堵していた。


「次いで……兵を率いる将軍として、戦時昇進する者たちを伝える! 第一将軍、ジョー・ホース! 第二将軍、ショウエン・マースー! 第三将軍、リゥイ! 第四将軍、コチョウ・ガオ!」


 うら若い乙女が、慣れぬ軍服を着て、緊張している。

 それが少しばかり不安を誘うが、他の三人は精悍な若者だった。

 ホース家やマースー家について知っている者もおり、良くも悪くも納得をしていく。


「では……新しく十二魔将に就任するものたちを発表する! 第六席、原石麒麟! 第五席、シャイン! この二人は先日の戦争で、キンカクたち以上の働きをしたがゆえに、この席へ置いた! これはキンカクたちも納得のことである!」


 如何にも魔女という風体のシャインと、明らかに外国人で、子供よりも背が低く見える麒麟。

 この二人を見て、戸惑う顔をする者たちが多かった。


「第四席! ホワイト・リョウトウ!」


 今までとは別格、それを伝えるために、一人だけをまず呼んだ。


「先日の戦争において、右将軍キンソウを討ち取った傑物である! 私の下でBランクハンターを務めていたが、この度Aランクハンターへと昇進させ、併せて第四席を任せることとした!」


 ウンリュウの補佐、キンソウ。

 十万の軍のナンバー3が、弱いわけもない。

 それを討ち取った若き雄は、まさに英雄として存在感を示していた。


「敗走した敵兵を追撃し、殺し絶やした功績を合わせて……抹消のホワイトを名乗るがよい!」

「ありがたき幸せ」


 第四席がAランクハンター相当だというのなら、そこから上は全員がそうということである。

 ギュウマが率いる十二魔将では、ゴクウとコウガイを含めて三人だけだった。

 それを思い出して、希望を見出し始める。


「第三席! ブゥ・ルゥ伯爵!」


 悪魔使いで有名な、ルゥ家の当主。

 まさに悪名高い一族の主は、顔をこわばらせていた。


「先日の戦争においては、最初の一撃によって三万の敵を葬り、さらに左将軍クモンを討ち取った! その功績をたたえて、第三席を任せる!」

「光栄です!」


 慌てた様子で、彼は拝命していた。

 だが周囲は、Aランクハンター相当の悪魔使いに戦慄する。

 キンカクたちと比べても強く見えない彼は、果たしてどれだけの悪魔を従えているのか。

 それが自分たちに向かうのではないかと、戦慄する者も多い。


「第二席! ガイセイ!」


 舞台の上の誰よりも強く見える、偉丈夫が呼ばれた。

 まさに強者、ギュウマと並んでも見劣りしないであろう大男が、大王となったジューガーの前に立つ。


「先代Aランクハンター、アッカの弟子であり、先日の戦争においては大将軍であるウンリュウを討ち取った最強の英雄である! お前が第二席になることへ、異論などあるまい!」


 最強にして二席。

 それに不満などない彼は、儀礼の場で礼儀を守っていた。


「西原の覇王とも呼ばれたウンリュウを討ち取ったのだ……Aランクハンターへの昇格も合わせて、西原のガイセイと名乗るがよい!」

「……光栄です」


 ガイセイにとって、ウンリュウは殺し合った相手だ。

 だが嫌いではなかった、むしろ尊敬していた。

 彼の二つ名を引き継げるのであれば、本当に誇らしいことだった。

 彼は喜んで、討ち取った男の名を継いでいた。

 

 話を聞いていて、違和感を覚えた。

 特に王都からの避難民たちは、肝心の首席を探していた。

 まさか不在、空席などありえまい。


「では……」


 ここで、十二魔将や将軍たちが、舞台の端へよっていく。

 ダッキやリァンも、やはり隅へ下がっていく。


「我が友……シュバルツバルト討伐隊隊長、Aランクハンター、虎威狐太郎」


 今まで舞台の上にいなかった『子供』が、一人現れる。


 カセイの民は既に知っていたが、だとしても改めて驚く。

 ましてや王都からの避難民は、我が目を疑っていた。


 この世界の常識では、強く見えるものは強いのだ。

 少なくとも同じ人間ならば、大きく太い方が強い。

 その原則から、彼は外れすぎている。


「兄の遺した唯一の子、ダッキの婚約者であり、アッカの去った後にカセイを守ってくれた英雄よ」

「はっ」

「先日の戦争においては、ダッキの護衛を務め、総指揮を担った……今までの功績と合わせて、斉天十二魔将首席と合わせて、征夷大将軍の座を任せたい。無論、やがて女王となる、ダッキの夫としてだ!」


 誰もが、声にできない程驚いていた。

 当たり前だ、この国の存亡を、その先の未来を、すべてあのひ弱な男に託すと言っているのだから。


「ハンターの頂点、Aランクハンター……近衛兵の頂点、斉天十二魔将……正規軍の頂点、征夷大将軍……そして、大王。この国に有る、四つの頂点。すべてを兼任するお前には、四冠の二つ名だけがふさわしい!」


 これが喜劇なら、滑っている。

 子犬か子猫に、国家を預けるようなものだ。

 誰もが真剣過ぎて、笑うに笑えない。


「四冠の狐太郎よ!民へ……就任のあいさつを」


 彼は、呆けていた。

 どうでもよさそうに、それこそ素寒貧になった男のように、もう失う物がない顔をしていた。

 その顔のまま、彼は民へ向き直っていた。


 演技ではない。

 彼は素のまま、そのままに、もうどうでも良くなっていた。

 嫌々ではないのが、マシな程度だ。


 国家を子犬に任せると言われた国民も困るだろうが、国家を任された子犬も自暴自棄になっていた。


「……」


 なんでこんなことになったのだろうか。

 国民も狐太郎も、同じ顔をしていた。

 なんでこんな男が、こんな男に、国家の存亡と未来がゆだねられたのか。


(コゴエ)(アカネ)(ササゲ)(クツロ)


 彼の言葉に従って、人に似たモンスターたちが瓦礫の舞台に立つ。

 強そうではあるが、英雄には遠く及ぶまい。

 そんな彼女たちへ、狐太郎は『任命』を行う。


「人授王権、魔王戴冠」


 ただ、命令を下しただけだった。

 その言葉を唱えたら、何か奇跡が起きるわけではない。


 だがその命令を、或いは、彼女たちこそが、待ち望んでいたのかもしれない。


「タイカン技! 鬼王見参!」


 北の名を預かる戴冠大鬼、鬼王(クツロ)が、舞台の後ろに下がりながら巨大化した。

 人に似て、しかし骨格が違う。巨大であり、角が生えており、肩幅も広かった。

 まさに巨大な怪物は、己の配下を呼んだ。


(サカモ)!」

「はっ!」


 奇怪なキメラ、雷獣鵺の背に、金棒を振りかぶった鬼の王がまたがる。

 鬼に金棒どころではない、悪鬼羅刹の像が出現する。


「我こそは狐太郎様の僕! 鬼王クツロなり!」


 彼女は威風を示すべく、堂々と金棒を振り回した。

 神話の鬼神が出現したことによって、カセイで働いていた亜人、或いは王都から避難していた亜人たちが、熱狂して叫ぶ。


「おおお! クツロ様! 我らが王! 亜人の王! 魔王クツロ様!」


 勇壮極まる王の即位に、戴冠に、人に交じる者たちが興奮していた。

 静寂と混乱が支配していたカセイが、一気に弾ける。


「タイカン技、魔王降臨!」


 それに次いで、悪魔の王が翼を広げた。

 南の名を授かる戴冠悪魔、魔王(ササゲ)の降臨である。

 邪悪害悪、不吉凶兆、その権化が誇らしげに空へ舞い、人間たちを見下ろしていた。


赤兎(セキト)! (アパレ)!」

「はっ!」

「承知!」


 ブゥの中に潜んでいた大悪魔たちが、それに従う形で舞い上がる。

 カセイの空を、主要人物たちのそろう舞台を、悪魔が占領していた。


「我こそは狐太郎様の僕! 魔王ササゲなり!」


「ササゲ様! 我らが王! 悪魔の王!」

「遥か神話の時代から蘇った、冠頂く王!」

「魔王様! おお、なんたる雄姿か!」


 アパレの眷属たちが、その姿に感動する。

 悪魔たちが、主の威光に震えていた。


「タイカン技、竜王生誕!」


 舞台の前に飛び出した、民と舞台の間に立ったアカネが巨大化する。

 西の名を授かる戴冠火竜、竜王(アカネ)が炎を吐き出しながら出現する。


(ウズモ)ぉおおおおおお!」

『承知!』


 上空で旋回していたクラウドラインが、ゆっくりと旋回しながらカセイ低空に降り来る。

 アカネの炎に触れぬように、しかし王を称えるように体をうねらせる。


「我こそは狐太郎様の僕! 竜王アカネなり!」


 竜騎士に従う雑竜が、街の外に控えていた貴竜が、一斉に吠えた。

 悪魔や亜人に負けまいと、全力で吠える。

 耳が痛くなるほど、静止が不可能なほど、音による攻撃であるほどに、カセイが揺れていた。


 それがとどめとなって、央土の旗がはためくカセイの城が、ついに崩れた。

 ガイセイとウンリュウの衝突にも耐えた巨大な城は、竜の叫び、合奏に屈したのである。


「タイカン技、氷王顕現」


 竜たちの咆哮に怯む民たちは、自分達へ向かって崩れてくる城から逃げることもできない。

 しかし舞台に立ったままのコゴエから吹き荒れる氷の竜巻が、それらを巻き上げて、ゆったりと地面へと下ろしていく。


 東の名を授かった戴冠雪女、氷王(コゴエ)の顕現だった。

 熱されていたカセイが、急速に冷えていく。


『ぬう?!』


 彼女が魔王となったことで、ウズモの周囲にいた雷雲の精霊たちが騒ぎ出した。

 あるいはカセイ各地の焚火が、竈が、火の有る場所が燃え上がった。

 天空の雲が騒ぎ、風が荒れ、大地が震えていく。


 森羅万象が、意志を持ってコゴエの戴冠を称えていた。

 コチョウに従う炎の精霊さえも、主の意思に反して燃え盛る。


「我こそは狐太郎様の僕、氷王コゴエなり!」


 世界が、熱狂していた。

 人間たちだけが取り残され、人間たちだけが困惑していた。

 まるでここだけが、モンスターの国になったようだった。


 魔王が現れたことによって、人間以外が興奮の最中にあった。


「ここまで! 控えよ!」

「そろそろ鎮まりなさい」

「もういいよ、静かにして」

「……黙れ」


 それが、一斉に沈黙する。

 魔王の命令に、誰もが鎮まり畏まっていた。


 魔王たち自身が、静かになっていた。

 彼女たちは、魔王のままで、狐太郎に跪いていた。


「はぁ……」


 先ほどと変わりなく、呆けている狐太郎。彼はついに崩れた城、その残骸をどうしても見てしまっていた。

 しかし、世界が、彼に跪いていた。

 もはや人間たちも、彼が子犬に見えなかった。


 いいや、もはや人間にさえ見えない。

 もちろん、亜人などではない。


「……コゴエ、アカネ、ササゲ、クツロ。今までよくやってくれた、本当に感謝している」


 舞台の上にいる、狐太郎のことを知る面々でさえ、思わず息を呑む光景だった。

 今まで魔王だけが従っていた彼に、魔王の配下のすべてがひれ伏している。

 これが四冠の狐太郎だというのなら、まさに他に言い表しようもない。


「みんながいてこその俺だ……これからかなり辛い戦いがあるだろうが、力になってくれるか?」

「もちろんです。どうぞ、今までと変わらぬ命令を」

「私の背を許すのは、ご主人様だけです!」

「貴方様こそ魔王の主、我等の冠は貴方の為に」

「今までと変わらぬ忠誠を、ここに誓います」


 その姿を見て、麒麟や究極は思い出していた。

 他でもない自分たちを倒した、二人目と三人目の英雄である。


 同じだった。

 どこにでもいる誰かとして、ここにいる誰かとして、運命を受け入れていた。

 自分がここにいるのだから、自分がやらなければならぬ。

 天命に従って、英雄は立っていた。


「そうか」


 一人目の英雄、虎威狐太郎。

 後世の人々(・・)は、名を残さなかった彼をこう呼んだ。

 冠の支配者と。


「そうか……」


 後世のモンスターたちは、彼をこう呼んだ。

 神々の王、『天帝』と。


「そうか……」


 そして、この世界の人々は、彼をこう呼ぶと、先ほど決めたのだ。

 四冠の狐太郎、と。


「……ジューガー様」


 彼は、挨拶もそこそこに、ジューガーに膝をついた。


 今更、ジューガーは気づいた。

 自分の中に流れる血の一滴も関係なく、自分が大王になる理由を知った。


 武力の裏付けこそが権威ならば、彼こそは冠の管理者だと。

 彼が傅くかどうかで、冠の在処が変わるのだと。


「私の配下が、民に力を示しました。彼らの力は、私の力……私の力は、貴方の力であります」


 民たちは、畏れた。

 彼が人間であるものか、英雄であるものか、それこそ神ではないか。

 神々の長ではないか。


「我が大王陛下、どうぞ、ご命令を」 


 彼が大王を認めたのだ、誰が逆らえるだろうか。

 

 彼自身気付いていないだろうが、彼が大王を決めたのだ。

 ジューガーを大王であると、認定したのだ。


「……」


 狐太郎の実情を知って尚、その敬意が恐ろしかった。

 まったくもって、この男は……。



「西重を滅ぼせ!」

「お任せを」



 人間たちが、人間以外が、彼らを称えた。

 賞賛する以外に有るものか、神を称賛して、神が認めた大王を称賛して、何がおかしいのか。


 ここに、狐太郎は歴史の表へと引きずり出されたのである。

次回より新章、獅子奮迅の働き。

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― 新着の感想 ―
これ、三国志みたいなノリで英雄譚として語り継がれるだろうな……
この状況で大王となった人物は、生涯、自分が支持されてこそ玉座にあるのだと忘れないだろう。 実際、国内では、望めば大王の首が獲れる者が最低四人いる(東西南北の大将軍は平均的に十二魔将よりも強い/おそら…
[良い点] 面白いよ! 著者さんの思考、話の内容、とても好きです!
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