適材適所
なし崩し的にAランクハンターになった狐太郎は、なし崩し的に斉天十二魔将になって、そのままの流れで征夷大将軍になって、さらには大王になった。
「わらしべ長者かな?」
「いつ何と何を交換したんだよ、溜まりっぱなしだよ」
狐太郎たちは、会議を終えて話し合いの場を設けていた。
やはり人間は愚かな生き物なのかもしれない、なんでこんな無能に四つも重要な職業を押し付けるのだろうか。
「このままだとご主人様は、戦後不要になって身内に殺されるタイプの大将軍になりそうね」
「そうともかぎらないぞ、ササゲ。世の中には戦争中でも活躍し過ぎて、身内に殺されるタイプの大将軍もいる」
まさか自分が征夷大将軍になる日が来るとは。
虎威狐太郎は、自分の人生がこうも数奇なものになるとは、征夷大将軍の存在を知ったときは考えたこともなかった。
「身内に殺される前に、戦闘に巻き込まれて死ぬタイプだろう、俺は。それよりも……何をすればいいのか、さっぱりわからん」
状況的に仕方ないとはいえ、多くの業務を請け負うことになってしまった。
狐太郎の顔には、深いしわが刻まれている。
「ご主人様、ご安心下さい。大王陛下もおっしゃっていましたが、求められているのは戦力の補充です。大戦略は既に構築されているのですし、人集めに尽力すればそれでいいのでしょう」
「……つまり、名誉会長だったり一日署長だったり、名前だけ貸している理事みたいなものか」
「あるいは、営業職かもしれません」
「なるほどな」
ジョーは言っていた。
結局戦術とは、相手より強いコマか、相手より多いコマをぶつけるしかないのだと。
なるほど、この世界における真理である。
相性だとか、武器の違いだとか、そういうものがほとんどない世界の理屈だ。
いいや、大多数同士の戦いなら、結局そこに終始するのかもしれないが。
とはいえ、結論は一つ。
コマを集めること、コマを従えること。
それが狐太郎の役割だ。
「……もっと言ってやって良かった気もするな」
ジューガーは、討伐隊の凱旋パレードで、カセイの勝利だと宣言していた。
それは間違いではない。ただの事実として、狐太郎たちのお給料はカセイの市民の血税である。
モンスター対策という名目で、安全の対価として税を納めていた。それが狐太郎たちの報酬になったり、前線基地の維持費に使われていたのである。
もちろん、モンスター対策部隊である討伐隊が、侵略者相手に戦うのは本義ではない。
しかしカセイ市民の血税によって維持されてきた公的な武力組織が、カセイを守るために戦ったのだから、それは仕事の一環と言えるだろう。
だが逆に言えば、これから狐太郎たちがやろうとしていることは、戦力が必要になってから、今更のように戦力を集める行為に他ならない。
普段から世話をしてやっているのだから、有事には俺のために戦え、ではない。
俺とお前は初対面だが、今俺のために戦え。が、正しい。
精霊使いはまだいい。
冷遇されていたとはいえ、彼らはこの国の人間だ。
この国の非常事態に、動員されてもおかしくはない。
その精霊使いに飼われている精霊も、ある意味では軍馬のようなものだ。
国のために戦っても、そこまでおかしくはないだろう。
だが、亜人、悪魔、竜は違う。
まったく別の社会に属する、普段は無関係の間柄だ。
少なくとも討伐隊のように、金銭的な厚遇を受けているわけではない。
そんな者たちに、戦いを強要することは心苦しい。
「ま、大王様としては仕方ないんでしょう。この国が滅びるよりは、恥をかいたほうがいい。そう思っただけじゃない」
「そうだな……」
ササゲの言葉が真理であろう。
とにかく手持ちの戦力では足りないので、あるところから持ってくるという話だ。
リァンも言っていたように、とんでもなく恥ずかしい話である。だが、国民が死ぬよりはましだ。
国民にしても、得体のしれない連中に助けてもらうよりは、普段から納めている税金で維持されている騎士とか軍隊とかに助けて欲しいだろう。
だが、死ぬよりはましだ。
得体が知れないとか、人間じゃないとか、そんなことは今は関係ない。
敵国、侵略者、自分たちを街から追い出した奴ら。
それに比べれば、なんだかよくわからない連中、など大して問題ではない。
少なくとも、敵がいる間は、そのはずだ。
「本当に、戦後殺されそうな話だが……今死ぬよりはましだな。流石に逃げる時間ぐらいはくれるだろう」
もちろん、人間は愚かだ。
愚かだからこそ、敵を倒して用済みになった狐太郎たちを、追い出すなり殺すなりするだろう。
それもわかるので、できれば戦争が終わり次第どこかへ行きたいところである。
「それよりもさ……ドラゴンに対して、仕事の割り振りが酷くない?」
さて、アカネである。
議事録にも残ったであろう、ドラゴンへの好待遇に不満があるようだ。
「普通はさ! ドラゴンは強くて格好いいんだから、物凄い強敵と命がけで戦わせるべきなんじゃないの?! 君たちにしかできないんだって!」
「普段からそれをさせている俺が言うのもどうかと思うが、強制するのはひどいだろう」
「自主的にやるかもしれないじゃん!」
「やらないと思うぞ? ドラゴンは賢いからな」
アカネとしても、問題が政治的なものならまだいいのだ。
法的に許されないので、ドラゴンは力を封じているのだ、なら恰好がつく。
自分より強い敵は怖いので嫌です、では恰好もへったくれもない。
「でもさ……結構頑張ってたじゃん!」
「それはそうだよ。凄い頑張ってたよ」
コゴエは以前言っていた。
一般的な中学生が、一年でプロの格闘家に勝てるのかと。
前回の戦いは、まさにそれだった。
もちろん一対一ではなかったが、それでも仲間と力を合わせて勝ち取ったのだ。
それは本当に、凄いことなのである。
「だからもっと上を目指そうよ!」
「……無理を言うなよ」
仲間と協力すれば、格闘家に勝てるようになった中学生。
彼に対して、魔王から更なる試練が課せられる。
中学生よ、素手で野生のインド象に勝て!
無理だ。
「ハードルは高いほどやる気が出るじゃん!」
「ステップを挟め、ステップを」
最終目標はともかく、中間目標が存在していない。
アカネの要求は、余りにも無理が過ぎた。
「大丈夫……あの子にも仲間がいるじゃん! 仲間がいれば、どんなピンチも超えられるよ!」
「ピンチを課すな」
「あの子たちの中にも、熱いドラゴンの血が流れているんだよ?!」
「じゃあ……聞くだけ聞いてみるか?」
「うん、私は信じるよ! ご主人様と一緒で……あの子たちも、嫌々でも頑張れるって!」
※
駄目だった。
※
王都を逃れた避難民たちは、着の身着のままで道なき道を歩いていた。
この世界の住人は屈強だが、誰もが鍛えているわけではない。
そして鍛えていたとしても、敵を背に逃げる道が楽しいわけもなかった。
方々に散った彼らの中で、カセイを目指していた集団は、やはり不安だった。
なにせ何の前置きもなく、いきなり敵軍が攻め込んできたのだ。
これが最前線ならわかるが、一番安全なはずの首都ならば話は違う。
王都から出たことがない者、王都の外を知らない者たちでも、状況の異常さは理解している。
民だけが知らされていなかったわけではなく、王族にとっても奇襲だったのだ。
そして、頼みの綱である十二魔将も、膨大な敵の前に壊滅した。
明日も普通の日々が続くと思っていた者たちにとっては、まさに世界が滅びたようなものだった。
「……もうすぐカセイだ」
彼らは不安だった。
もしかしたら、逃げた先も陥落しているかもしれないと。
王都が陥落しているのだから、他のあらゆる街が他国に攻め落とされているのではないかと。
そんな、想定されてしかるべきことを、彼らは考えてしまっていた。
王都はある意味、襲撃されることを想定している都だ。そこが陥落したのなら、他だって落ちてしまうだろう。
だが残っているわけにはいかない。
彼らは困難と戦わずに逃げているわけだが、当然ながら楽でもなんでもなく、とても苦しい。
強大な敵と戦わないことが、救いになるわけがない。
強大な敵の存在そのものが、既に救いから遠いのだから。
「ねえ、歩くの疲れたよ……」
「我慢しなさい」
「ねえ、カセイについたら大丈夫なの? ご飯食べられる?」
不安を口にする子供に、大人は強がりさえ言えない。
この集団が、ほぼ無一文だ。しかもこれだけたくさんいれば、街に入れてもらえない可能性さえあった。
カセイという街を守るために、避難民を排除する。ありえないとは言い切れない。
少なくとも避難民たち自身が、同じような状況で助けると言い切れなかった。
「ねえってば……」
「黙って歩きなさい!」
最悪の場合は、それこそ数に恃むしかないだろう。
つまりは、暴動だ。
もしかしたら殺されるかもしれないが、拒否されれば同じことだ。
たとえ同じ国の、無実の人々が相手でも、奪うしかない。
まさに背に腹は代えられない。自分の子供の為なら、鬼にも悪魔にもなるだろう。
だがその行動が脳裏によぎる時点で、相手の行動の正当性を認めていた。
衣食足りて礼節を知る。衣食が不足すれば、礼節など忘れる。
仕方がないのだ。彼ら彼女らは、生きるために必死なのだから。
「……な、なんだ、この音は?」
「まさか……西重が追いかけてきたのか?!」
だがそれは、人間に限らない。
前線基地から討伐隊が離れている以上、シュバルツバルトのモンスターはいつでも森を出られる。
大量の餌の匂いを嗅いで、モンスターが溢れてきたとしても、まったく不思議ではない。
シュバルツバルトの討伐隊が、ああも森の近くに居を構えているのは、カセイを守るだけではなく周辺の道を守るためでもあった。
それが失われた今、カセイに近づくこと自体が危険である。
避難している一般人たちに、最低でもCランクのモンスターを相手に太刀打ちができるわけもなし。
そもそも、立ち向かう意思も見せられない。全員で一斉に襲い掛かるなど、夢のまた夢、机上の空論であろう。
「ひぃい!」
もっといえば、この世界の住人を基準に、モンスターの強さはランク付けされている。
一般人では絶対に勝てない。それがBランクモンスターであり、下位であっても同じことだ。
そしてそのBランク下位は、シュバルツバルトにおいて下から数えて二番目の、膨大に存在する雑魚の枠である。
その群れが向かってくれば、空腹と疲労で動けない彼らは、一人も逃げることができないだろう。
「あああああああ!」
カセイが巨額の費用を投じて守ってきた、周辺の安全。
それが失われたことを、彼らは知らない。
そして……。
『者ども、やってしまえ』
ほんの先日。
Bランクが問題にならない戦力が、大量に加わったこともまた、彼らは知らない。
今、知るのだ。
『おおおあああああ!』
怒涛の勢いで迫る、Bランクモンスターの群れ。
それに対して、電光の速さでAランクのドラゴンが食い掛かる。
まさに、食物連鎖。
まさに、弱肉強食。
五体のドラゴンが、Bランクの群れに襲い掛かり、片っ端から食い散らかしていく。
その姿は、まさに怪物。絵本や絵画でしか見たことがないような、伝説のドラゴンたちが目の前で暴れていた。
「あ、ああ……」
子供でも知っている。
大型のドラゴンは、基本的にAランク。
最低でもAランク下位、つまり英雄以外では絶対に勝てない相手だ。
それが複数目の前にいるのだから、西重の軍よりもはるかに恐ろしかった。
誰もが生存を諦め、死後の世界へ救いを求める。
しかしそれをかき消したのは、地上のドラゴンたちよりもさらに一段上の怪物だった。
『聞け、央土の民よ』
暗雲を身に纏う、雷雲を手に浮かぶ怪物。
本来なら雲の中を悠々と泳ぐ、人間に無害であり、無縁のはずの神獣。
それが人語を話し、あろうことか避難民へ語り掛けていた。
『我こそは、この地にて雲を縫う糸と呼ばれる竜である……』
竜を従える竜の出現に、誰もが茫然とする。
何がどうしてこうなっているのか、常識を知る彼らはまるで見当もつかなかった。
『この度、竜王アカネ様の配下に加わり、ウズモという名を賜った。我のことは、そう呼ぶがよい』
誰もがひれ伏す。
助けを乞うとかではなく、ただ単に恐ろしかった。
自分たちの横で、自分達よりもはるかに強いモンスターがドラゴンに食われている。
そんな状況で、そのドラゴンよりも強いドラゴンが話しかけてくるのだ。
怯えないほうがおかしい。
『我は、アカネ様よりお前たちの護送を拝命した』
竜王、なるものの存在を知らぬ者は多いだろう。
むしろ、このクラウドラインこそが、竜王に思えるだろう。
だが実際には、このドラゴンさえも竜王ではない。
このドラゴンを操るほどの竜王が、自分達を守るように命じている。
安堵どころか、意味が分からなかった。
『竜王アカネ様の主は、Aランクハンターなる役職についておられ、カセイなる都市を守っておられる』
Aランクハンター。
その役職、位階を知る者たちは、ようやく理解のとっかかりを得た。
ハンターの頂点であり、最強の存在。
斉天十二魔将にさえ匹敵する、あらゆるモンスターを一方的に狩る英雄。
Aランクハンターならば、竜の王を従えていても不思議ではない。
『西重なる国が攻め込んできたこと、王都が陥落したこと、十二魔将や王が戦死したことも知っておられる』
一方的に語る竜は、一切の混乱を招かぬように、丁寧に語り掛けていた。
『カセイにも、西重の軍は攻め込んできた。ウンリュウなる英雄が率いる、十万の軍だ。しかし、既に一人残らず地に伏せた。アカネ様の主が率いる討伐隊によってな』
それは、彼らに希望があることを教えるものだった。
『その戦いによってカセイなる都市の城壁は崩れたが、央土の手にある。お前達を迎える準備もしている……故に!』
竜は吠えた。
まるで熱風だった。
『アカネ様の主が守る街で! 良からぬ真似をするのならば! その時はわかっていよう……! 一人でも暴れようものなら、一人残らず焼き殺してくれる!』
それが、威嚇であることは明らか。
だが文字通り雲の上の存在からの命令である。
これに逆らえるものはいなかった。
『ではついてくるがいい! 逃げることは許さん!』
竜の威厳は絶対であった。
Aランクハンターの配下である竜王、さらにその下であると知っていても、誰が逆らえるだろうか。
巨大にして勇壮、雷雲を帯びた神の如き存在に、歯向かうなど不可能であった。
かくて、崩れた城壁を見ても取り乱すことなく、避難民たちは行儀よくカセイへとたどり着いたのだった。




