アカネの背に飛び乗る
祝、ブックマーク1900件突破
今回カセイを救ったのは、央土という国家の愚かしさである。
カセイという街そのものが、立地上ありえないほど危険だった。
その危険性をふさぐために、カセイには戦力が集中していた。
都市計画の失敗を無理やり力尽くで穴埋めしていたため、特に隠ぺいしているわけでもないのに、ありえないほどの戦力が育成され、集中していたのである。
その結果が、小国とはいえ国軍の三分の一の壊滅。なるほど、理不尽な話であろう。
しかし、西重も負けていない。
負けていない程に愚かだった。
国軍の三分の一を壊滅させたと思ったら、残る三分の二が王都を攻め落としていた。
余りにも鮮烈すぎる情報を受けて、カセイの民や役人たちは困惑する。
しかし王都に向かった伝令が引き返して『王都から避難民が向かってきている』と報告したことや、獅子子から捕虜尋問の報告をしたこと、そして何よりも瀕死の王子が凶報を伝えに来たことが決定打になっていた。
そして。
何よりも痛ましかったのは、王族たち三人が、王子を看取らなければならなかったことであろう。
「叔父上……ダッキ……」
息も絶え絶えな彼は、もはや手の打ちようがなかった。
著しい生命力を持つこの世界の住人であっても、命に限界はある。
もはや助からない彼には、ベッドを汚すほどの血も残っていなかった。
「か、カセイも侵攻を受けたのですね……」
「ああ、そうだ。だが何とか退けた……壊滅させてやったとも……」
「お、王都は……王都は……陥落いたしました……」
血が枯れても、涙は枯れていなかった。
悔しさでむせび泣く彼は、王族の務めを最後までまっとうしようとしていた。
「十二魔将も奮戦し、父上や兄上、私も陣頭指揮を執りましたが……敵の猛攻に耐えきれず……皆名誉の戦死を……」
「そうか……」
「西重に、王都を攻め落とされました……お許しください」
「謝ることはない……勝負は時の運だ、偶々相手に運が向いただけのことだろう」
ジューガーが甥の手を取ると、死人のように冷たかった。
おそらく、もう血が巡っていないのだろう。
そんな彼を見て、ダッキはなんとか声を押し殺す。
もはや虫の息である彼の声を、遮らないようにむせび泣いていた。
「……敵の狙いは、我等王族の殲滅でしょう。中央で国家のかじ取りを担う者がいなくなれば、各地の前線は分断され……さらには他の諸国と、内から外からの挟み撃ちを行い……そのまま殲滅する気なのでしょう」
「ああ、そうだな……」
もうしゃべらなくていい、と言いたかった。
だがこうも健気な甥御を、彼は止めることができなかった。
「カセイが健在で……何よりです……カセイが落ちていれば、央土という国家は、消滅していました。叔父上……あとは任せます」
「うむ、案ずるな。必ずや王都を奪還してみせよう」
「はい……」
気力が尽きかけている。
もう命が終わりかけている。
「ダッキ……」
「はい、兄様! ダッキはここでございます!」
「……立派になったな」
奇跡だった。
既に血が流れていない手が動き、妹の頬を撫でた。
ベッドにすがる彼女は、その手を取っていた。
「よくぞ、このカセイを守った……お前は私たちではできなかったことをやり遂げたのだ……」
「……はい!」
「叔父上の言うことをよく聞いて……国家を治める王になりなさい……」
「はい!」
死に行く兄を悲しませまいと、彼女は気丈に答える。
「ダッキに、私にすべてお任せください! 兄上が誇りに思う、立派な王族として、央土を取り戻し治めてみせます!」
「……」
彼はもう、返事をする体力もなかった。
彼はただ微笑み、目を閉じて……。
最後の涙をこぼして、ついに止まった。
「げ、ゲンジョー兄様……兄様!」
彼女の悲鳴が、崩れた街に響いた。
街のいたるところで、彼女の嗚咽や泣き叫ぶ声が聞こえたという。
ゲンジョーが寝かされていたベッド、それはカセイ本陣の天幕内部に置かれていた。
その天幕から出たジューガーを待っていたのは、残った十二魔将の三人であった。
「……なんの真似だ」
彼ら三人は、完全に武装を脱いでいた。
武器も防具も取り払い、死に装束のように簡素な服を着ている。
そのうえで平伏し、大公ジューガーを待っていたのだ。
「陛下」
その言葉が、何を意味するのか、考えるまでもない。
十二魔将を代表して、キンカクが訴える。
「どうぞ、我等に慈悲を。同胞が命を投げうって任務をまっとうしたというのに、我らが生き恥を晒すなどありえざることです」
「……」
「殉死の許可を」
王子の一人が、瀕死でここへたどり着いた。
それの意味するところなど、考えるまでもない。
別の任務でここにいた、などとは言い訳にもならない。
王を守る十二魔将が、王を死なせて生きているなど、許されざることだ。
「……死にたいのか、お前たちは」
なるほど、気持ちはわかる。
こうも悲しくて苦しいのに、生きていたいと願えるわけもない。
大事な仲間が全員死んでいるのに、気づきもしなかった自分を許せるわけがない。
なぜなら、ジューガーも同じ気持ちだったからだ。
「この国難に! 死んで楽になりたいというのか、お前たちは!」
彼も死にたかった。
だが死ぬわけにはいかなくなった。
あれだけ死にかけていた男が、なんとか生きて伝えたことを、死んで無駄にするわけにはいかなかった。
「ゲンジョーがああも見事に役目をやりおおせたのに! お前たちはもう嫌だと投げ出すのか! 何を、何もかもが終わったかのように! 諦めて死ぬのか!」
まったくもって、ズルい話だ。
ここで死ねば、それこそ敵の思うつぼだというのに。
「私を陛下と呼んでおいて! 全員死んだかのようにほざくのか! 望みが絶えたと言うのか!」
彼は泣けなかった。
まだ泣けないのだ、まだ。
「沙汰は後だ! 私は戦略を練る! お前たちに関わっている場合ではない!」
彼は怒りで涙を押し殺して、そのまま己の城へと向かう。
いつ崩れてもおかしくない、この国の象徴のような城へと向かう。
「誰も入ってくるな!」
彼は、城の中へと消えた。
それを追う者がいないのは、崩れる城が怖いからではないだろう。
※
狐太郎の元にも、その凶報は届いていた。
だがその彼は、ダッキの元にも大公の元にも行けなかった。
それは気遣いではない、そもそも体が動かなかったのである。
(何かしたいけども、何もできねえ……)
昨日心臓が止まったのだから、快調からは程遠い。
むしろ心労も溜まって、歩ける気がしなかった。
彼は与えられた天幕の中で、ササゲと一緒に寝転がりながら、三体に囲まれていた。
皆一様に沈痛である。
「ダッキちゃん……お兄さんやお父さんが死んで……すごく悲しいだろうね……」
「そうね……いろいろ考えなくても、きっとその通りよ。国がどうとか以前に、家族が全員死んでるんだもの……」
肝試し程度の調子で旅行に出て、そのまま家族と永遠に分かれることになったのだ。
彼女の苦しみ、悲しみは計り知れない。
ある意味では、この世界ではあり得ることだろう。
だがあり得るからと言って、悲しみが軽くなることはないのだ。
「それにしても……前回の倍の数の敵ですか、流石に処理能力を超えていますね」
一方でコゴエは、状況を吟味していた。
王都を落とした軍が、そのままカセイに攻め込んでもおかしくはない状況である。
「本来ならウンリュウが率いる軍が、カセイを落としたと報告をしにいくころでしょう。そうなっていない以上、今ここに攻め込まれれば……いえ、仮にブゥやササゲたちの体調が戻った後でも、どうにもならないでしょう」
今回狐太郎たちが勝てたのは、突き詰めれば相手の情報不足である。
だがウンリュウたちを打ち破ったことで、敵はこちらの存在を正しく認識するだろう。
そうなれば、いよいよ勝機は薄い。
「……ご主人様、あえてお伺いします。傍らのササゲを見たうえで、お答えください」
狐太郎が死にかけているように、ササゲも死にかけている。
Aランクハンターと対等の存在が、おそらく六人ほど。
それを相手どるとなれば、ササゲも危うい。いいや、全員危うい。
死ぬかもしれないのと、確実な死は違う。
狐太郎は死地に赴くことを良しとしたが、可能な限りの安全を求めていた。
だからこそブゥがいて、ネゴロ十勇士がいて、侯爵家の四人がいるのだ。
「どうされますか」
「……」
最悪の場合、狐太郎は死ぬだろう。
それも大公直属のAランクハンター、ウンリュウを打ち破った軍の総大将として、残酷な罰を受けるだろう。
それは、石を投げられる、どころの騒ぎではない。
「……皆で寝よう」
だが狐太郎は、あえて先送りにした。
まず寝て、それから考えることにした。
「今決めたら、絶対に後悔する」
「そうですね」
コゴエは自分の落ち度を認めていた。
今の体調、今の心境で、話を進めて人生のかじ取りを決定すれば、絶対にろくなことにならない。
流石に今晩に夜襲を仕掛けてくる、ということもないだろう。
寝てから考える、という提案を全面的に肯定していた。
「まったくだわ……こんな状況で、そんな難しいこと考えさせないでよ……」
ササゲが恨み言を言う。
彼女のことを想うのなら、復調するまで難しいことを振るべきではない。
「……俺達は英雄ごっこをしているだけだ。俺達だけの時ぐらい、英雄なんか忘れようぜ。ササゲは疲れてるし、俺は昨日死にかけたし……申し訳ないが、今ぐらい休ませてもらおう」
他でもない大公が、おそらく今頃一人の男としてふるまっているのだろう。
大公の看板を下ろして、怨敵を憎悪し、悲しみをぶちまけ、泣き叫んで、酒に逃げて。
それを誰にも見せまいと配慮しつつ、次のためによどみをぶちまけているのだ。
「とてもじゃないが、俺達は誰かに気を使える状態じゃない」
この、俺達という言葉は、おそらく討伐隊やこの街の人々。
それら全員にかかっていることだろう。
人は悲しみをごまかせないことがある。
誰かを気遣えず、ただ嘆くことがある。
それは悪ではないだろう。それで手遅れになったとしても、咎められることではない。
「……疲れた」
思えば昨日までは、普通の日々だった。
昨日いきなりカセイが襲われていると聞いて、昨日はせ参じて、昨日戦ったのだ。
それでいきなり何もかもが、リセットされるわけではない。
今この瞬間、誰もが自分の悲しみとだけ向き合う。
それは、怠惰ではないだろう。
「そうね……アカネ、貴女も寝ましょう。きっと明日になれば、みんなやる気を取り戻せるわ。それまでは休憩ってことで」
「そうだね……よし! 私ご主人様の隣!」
「貴方が来たら熱いのよ! どきなさい!」
「そうだぞ、アカネ。我らは少し距離を取って寝よう」
しかし、彼も、彼女たちも、口には出さないが。
体裁を繕うことなく、この場から全力で逃げる。
それこそが最善であり、最も賢い選択肢であると。
ここに残り、ここで判断を待つ。
それ自体が既に、一つの選択だと、みんなわかっていた。
わかっていたからこそ、備えて寝るのだ。
明日、再び立ち上がるために。
※
翌朝、討伐隊の主だった面々が招集された。
狐太郎の護衛からは、ブゥだけ。あとは四体の魔王のみで、ネゴロ十勇士や侯爵家の四人は参加していない。
各隊の隊長たちは、崩れかけた城のすぐ前の広場で、まだ疲れの残る顔を見合っていた。
「はぁ……きついぜ……俺一応Bランクハンターだぜ? 話に参加しなくてもいいだろ」
「俺もだ……申し訳ないけども、疲れを取りたい……疲れを取るのもハンターの仕事……」
「僕そもそもハンターじゃないんですけど……」
特に将軍たちを討ち取った三人は、今にも倒れそうだった。
恨み言を言いながらも参加しているあたり、彼らも状況の深刻さを理解しているようである。
もしも本当に嫌なら、参加せずに寝ていたはずだ。
「私からもそう進言したのだが……聞き入れてもらえなかった。どうやらよほど大事なことらしい」
「国家の一大事です、何が出てきてもおかしくありませんね……」
「嫌な予感がするわね……」
「なんで私まで……」
ジョー、ショウエン。
シャイン、コチョウ。
この面々は、その重大発表に今から押しつぶされそうだった。
「皆たるんでいるぞ! もう心の準備はできているはずだ!」
熱く語るのはリゥイだった。
彼の目は、涙を流し続けたように赤い。
「リァン様も大公様も! きっと落ち込んでおられる! その方々が自ら招集しているのに! 疲れていることを理由に参加しないなんておかしいだろう!」
義憤に燃えるリゥイに、グァンとヂャンも頷いている。
「それに……キンカクさんやギンカクさん、ドッカクさんもお辛いだろう。仲間が死んだことも知らずに、勝ち戦に酔いしれていたこと、きっと悔いているに違いない」
「あの人たちには世話になったんだ……一灯隊だけでも力になるぜ!」
同じく東方戦線を駆け抜けたからだろう。
一灯隊の士気は極めて高かった。
そして、一理もある。元より討伐隊は、より深い疲労感と戦う彼らのために、こうして招集に応じたのだ。
一同は黙って、王族の到着を待っていた。
「大王陛下のおなりである!」
よく通る、太い声が聞こえてきた。
まぎれもなく、間違いなく、キンカクの声である。
大王、という前置きでやってきたのは、大公であるジューガーだった。
彼の決然とした表情を見れば、何かを察するのは容易だった。
やはり、凶報はどうしようもないものだったのだろう、取り返しのつかないものだったのだろう。
「皆、良く集まってくれた。略式ではあるが、央土国大王に就任した……ジューガーである」
儀礼用の服を着ている彼の後ろに、やはり儀礼用の服を着ているダッキとリァンが並んでいる。
三人の王族と、三人の十二魔将。
ここだけ見ればなんとも勇壮で気品の溢れているものだが、崩れかけた城の前というのが実情を表している。
「……書面上、という言葉は使わぬ。私の振る舞いは、そのまま書面に残す。そのうえで……恥を知らぬことを言う。大王としての、第一声だ」
覇気があった。
覇気の有る、悔しさだった。
「兄が殺された」
一人の男として、怒るべきことだった。
「甥が目の前で死んだ」
一人の叔父として、怒るべきだった。
「役割をまっとうして死んだことは、誇らしい。だがそんなことはどうでもいい、兄を殺し甥を殺し、その家を……街を……国を奪った輩が、のうのうと、我等と同じ天の下で生きている!」
大王の第一声がそれだった。
だからこそ、討伐隊には響く言葉だ。
彼は一人の男として、大王になったのだと伝わってくる。
「この手で殺せるのなら! どれだけいいか! しかし大王になったところで、この冠に何の力もない!」
魔王になった四体には、冠が備わっている。
その冠を発揮すれば、無尽の力が発揮できる。
それこそ、英雄にさえ勝ち目の有る力だ。
だが大国央土の大王になったところで、ジューガーになんの力も宿りはしない。
「ただの事実だ! 我等には何の力もない! もはや手勢も親族も、ここにいるだけであろう!」
自分の無力を、大王になった男は呪っていた。
「この思いは! 私だけではない! リァンやダッキだけではない! 今ここへ向かっているという、多くの避難民も抱えているのだ!」
悔しくて悔しくて、口から呪詛が噴き出そうだった。
「敵を殺したところで、その親族まで絶やしたところで、死人が生き返るわけでもない! どのみち私が殺すわけでもない! 誰かに命じて、その結果を聞くだけだ! だが!」
彼は国家の代表だった。
この国の誰もが思うことを、そのまま口にしていた。
「それでも! 命じずにいられない! なぜ兄が死ななければならなかったのか、甥が死なねばならないのか! 姪御がこうも悲しまなければならないのか! 奴らが生きている理不尽に、耐えることができない!」
それを、愚かとは言うまい。
「だからこそ……無理を承知で願い奉る!」
彼らは、儀礼の礼儀を捨てた。
本来ならば、上の人間が下の人間に対してやらないことを、率先してやっていた。
大王に続いて、リァンが、ダッキが、キンカクたちが頭で地面を叩いた。
服にしわを作り、それどころか汚しながら、彼は願った。
「卑怯も卑劣も承知! どうか、力を貸してほしい!」
おそらくは、この場の面々こそが最後の希望。
この国で、西重に対抗できる、最後の部隊。
「侵略者を打ち破る力を!」
こうなるだろうと、全員が思っていた。
どうせこうなると、こうなったら逃げられないと、わかり切っていた。
意外性も何もなく、こうなるのだ。
「……」
狐太郎は、自分に従う四体を見た。
四体とも、少しうんざりした顔をしている。
やはり逃げればよかったと、心のどこかで後悔している。
しかし、このままにはできない。
「大王陛下。汚いですよ、やり方も何もかも」
少しだけふざけながら、狐太郎は答えた。
「今まで散々俺達を戦わせておいて、それはないじゃないですか」
今まで、終わりの見えない戦いに身を投じてきた。
ずっと終わらず、変わらない日々が続くと思っていた。
決して幸福ではない、充実してもいない日々が。
「嫌だったらここに来ませんよ、もうちょっとこう……前向きになるやり方でお願いしたいです」
「……そうか、すまなかった」
「完全に滑ってましたよ」
ジューガーが立ち上がり、他の者たちも立ち上がる。
改めて、討伐隊は観念していた。
もうこうなれば、やり切るしかない。
どれだけ危険でも、終わりの見える戦いに身を投じるしかない。
この戦争を、終わらせるのだ。
※
改めて、一同は会議を始めた。
とりもなおさず、ここで国家の一大事に対応するしかない。
「いろいろと決めなければならないことはある。だがその前に……獅子子君」
大王が最初に指示をしたのは、ガイセイと一緒に招集されていた獅子子だった。
「君は今すぐ王都に向かってもらって、状況を調べてきて欲しい。そして可能ならば……アッカに接触してくれ」
Aランクハンター、圧巻のアッカ。
狐太郎の前任者であり、ガイセイの師。
千尋獅子子はまだ会ったことがないが、あながち無関係ともいえない人物だった。
「単独での危険な任務だが、君なら可能だろう。むしろ、君単独の方が足手まといがいない分、成功率は高いはずだ」
「……承知しました」
返事をすると同時に、彼女の姿が消えた。
その場の全員が把握できない程、何時消えたのかわからない素早さである。
「……こう言っては何だが、彼女がいてくれて良かった。彼女が無理なら誰でも無理だからな」
一時は苦渋を飲まされたが、しかしその優秀さはむしろ頼もしい。
この状況になってしまったからこそ、彼女は最も活躍できるといえた。
「では……改めて会議を。おそらくこの地に、あと数日で、避難民が押し寄せてくる。幸い食料にはまだ余裕があるので、最悪の事態は避けられる。だが見ての通りの光景だ、彼らの失意は甚だしいだろう」
周囲には、西重の軍の死骸。
崩れかけているが、この城の上には央土の旗が。
カセイが、央土が健在であることを示せる一方で、どう見ても健全とは程遠い。
「私が戴冠をしても、彼らの失意はぬぐいきれまい。絶対無敵に思えた王都が陥落した以上、私が大王になったところで信じ切れないだろう。大王を守る斉天十二魔将も、もはや三人だけ……彼らにはまだ戦ってもらうが……すぐにでも、新しい十二魔将を決めなければならん!」
もっともなことではある。
しかし狐太郎には、根本的な疑問があった。
「それはけっこうなんですが……適任の方がいらっしゃるんですか?」
大公も言っていたが、魔王の冠と違って、十二魔将などの肩書に力などない。
十二魔将の名前を与えたら、結果的に強くなるなんてことはない。
残る九人の席は、どうやって埋めるつもりなのだろうか。
「はははは! いるわけねえだろ、そんなもん!」
よほど面白かったのか、疲れているのにガイセイが笑っていた。
それこそ普段通りに、快活に笑っている。
「いたらもっと早くに呼んで、お前のまえにAランクハンターやらせてたぜ!」
「そりゃそうですけども……じゃあどうやって?」
「身内で賄うんだよ、なあ大王の旦那」
身内で賄う。身内とは、家族のことだろうか。
まさかリァンが、とは思う。
いやいや、と流石に否定した。
であれば、身内とは大公の臣下、親しい相手だろう。
そこまで思って、狐太郎は青ざめた。
「まさか、ここにいる人間を十二魔将に?」
「そうなる」
力強く、大王は頷いた。
「普通ならば、君たちのように無名な者たちが十二魔将に選ばれても、誰もが白けるばかりだろう。だが君たちは、既に武勲を上げている。前十二魔将を壊滅させた、西重の軍を既に破っている。敵に対しても、示威になることは間違いない!」
おそらく西重の軍にしても、十二魔将たちは強敵だったはずだ。
そのほとんどをようやく倒した後で、友軍を壊滅させた第二の十二魔将が姿を現す。
なるほど、悪夢に違いない。
「十二魔将に選ばれなかった者にも、将軍としての役割を受けてもらう。なにせ私には、君たち以上に優秀で有能で、忠実な手勢などいない!」
「……やっぱりやめればよかったのかしら」
シャインが顔を歪ませながら後悔していた。
おそらく彼女こそが、この状況を一番望んでいないのだろう。
わかっていても来たのだから、彼女も相当に義理堅い。
「では十二魔将だが……」
(こんなんで発表していいのだろうか……)
会議なのでシステマチックだが、もう少し仰々しいのを期待してしまう狐太郎である。
「まず、ガイセイ、ホワイト、ブゥ。君たちは当然だ。将軍を討ち取った君たちこそ、十二魔将に相応しい」
「まさかAランクハンターになる前に、十二魔将になるとはなあ……」
「俺もだ……まさかナタさんが抜けた十二魔将に、俺がなるなんて……」
「とんでもないことになっちゃった……」
選ばれた面々は、やはりあまり喜んでいない。
目指していた山ではなく、別の山の頂上である。
なって嬉しいわけもなかった。
「シャイン君、麒麟君。君たちにも期待をさせてもらう」
「軍には入りたくなかったのに……近衛兵の頂点になるなんて……」
「そうですか、僕もですか……」
シャインも麒麟も、困惑気味に引き受けていた。
他人事だと思っていたのに、いきなりお鉢が回ってきたので、やはり嬉しそうではない。
(おそらく物凄く苦労したであろう現役の三人の前で、こんなに嫌そうでいいのだろうか……)
神妙に黙って聞いているキンカクたちだが、実際にはどんな心境なのだろうか。
狐太郎としては、聞きたくないところである。
「残る席については、一旦保留とさせてもらう。次いで……ジョー、ショウエン、リゥイ。君たちには将軍職に就いてもらい、王都奪還の指揮を執ってもらう!」
ぶるり、と三人の体が震えた。
今までの面々と違って、彼らには少なからず欲があった。
そう、英雄になりたいという欲が。
将軍という役職を得て、救国を担う軍を率いる。
たとえそれがただのお飾りに近かったとしても、震えるほどに光栄なことだった。
三人と、グァン、ヂャンは、無言で拝命に従っていた。
「コチョウ、君もだ」
「私もですか?!」
「君を将軍に据えるのはそれなりに政治的な判断だが……必要なことだ、受けて欲しい」
「なんで私まで……」
ここまでは納得の人事だったのだが、いきなり意外な人事だった。
蛍雪隊の精霊使い、コチョウ。
前の戦争ではほぼ手をあかせていた、武勲を上げていない、特に強いわけでもない女性である。
なぜ将軍などになるのか、まるでわからなかった。
「そして、狐太郎君」
「はい……」
一応は討伐隊で一番偉いことになっている狐太郎は、ここまで呼ばれていなかった。
なんの役もこなせないので、呼ばれないことはある意味納得できた。
だがしかし、流石に何もせずに済むということはないようだ。
「君には……いや、そうだな……まず、君に従うモンスターたちなのだが、あくまでも君の所有物ということになる。なにがしかの役を与えることはできないので、そこは容赦して欲しい」
「そ、そうですか……」
「その分、君にはいいポジションを約束するので、それで我慢して欲しい」
(それは手柄の横取りではないだろうか……)
沈痛な面持ちで、大王は切り出した。
「まず……すでに君は私の懐刀であるAランクハンターだ。それは続投してもらう」
「そうですか……」
「その上で……斉天十二魔将の首席を兼任して欲しい」
将軍を討ち取ったガイセイ達を差し置いて、ただ死にかけただけの男が十二魔将首席。
ブゥはともかく、文句はないのだろうか。
そう思ってガイセイとホワイトを見ると、自分が十二魔将になった事実だけを持て余していた。
「俺が十二魔将か……アッカの旦那が聞いてたら、笑われちまうな……」
「確かにアッカ様からは見込みがあると言われていたけども……ナタさん……」
(どうでもよさそうだな……)
特に序列を気にしているわけではないようだった。
難しい顔をしているが、狐太郎がトップであることに不満はないらしい。
(まあ今更だしな……)
「加えて!」
「え?」
「軍を束ねる者、大将軍も兼任してもらう!」
「なんで?!」
なぜだろうか、いくら何でも兼任させ過ぎである。
「ご主人様……大将軍になるってことは、その……プラモデルになるの?」
「なんでプラモデルなんだよ!」
興味深そうなアカネの質問に、思わず狐太郎は怒鳴りつけた。
「なんで大将軍がプラモデルなんだよ! っていうか大将軍にもプラモデルにもならねえよ!」
流石に、これには抗議である。
なぜ大将軍になるのか、話の流れがつかめない。
「いや、気持ちはわかる……君の性格は知っている、喜ばないであろうことはわかっている。さらに申し訳ないのだが……君が就任する大将軍とは、普通の大将軍ではないのだ」
「なぜ就任することが決まっているんですか……」
「非常事態にのみ成立する、特殊な役職……国家の非常事態を意味する、大将軍の中でも特に重要な役割を帯びた者にのみ許される名……」
話の流れがつかめないまま、ぐいぐい話が進んでいく。
「夷狄を征伐する大将軍……征夷大将軍に」
「絶対に嫌です!」
おそらく人生で最大の反逆行為だった。
正式な会議の場での暴言である、任命拒否どころではない。
「ご主人様、幕府開くの?」
「開くわけねえだろうが!」
この場合の征夷大将軍は、坂上田村麻呂的な意味での征夷大将軍であり、本来の意味に近いものだろう。
アカネが言っているのは本来の意味から外れたものであり、少なくとも大王が望んでいるものではあるまい。
もちろん狐太郎は、どっちの意味でも嫌だった。
「ご、ご主人様が……征夷大将軍……幕府開いちゃう……」
「お、お腹痛い……不意打ちすぎる……」
なお、クツロとササゲはツボにはまっていた。
相当に失礼だが、確かに意味不明だった。
「もちろん、理由はある。君も知っての通り、我が国は大王であれ大公であれ、勝手に国家のかじ取りをすることはできない」
大王も大公も、基本的に法律に従っている。
おそらくではあるが、議会などを開かなければ、様々な決定ができないのだろう。
「しかしこの状況だ、一々すり合わせをしていれば、国が滅びるのを待つばかり。とにかくさっさと決定して話を進める必要がある。我が国において、その権限があるのは『征夷大将軍』だけだ。極論、誰でもいいから征夷大将軍になってもらう必要がある」
「……」
「その上で、一応は大将軍に相応しい実力も求められる。Aランクハンターとして長年カセイを守ってきた君ならば、その実力も十分だろう」
「そうですか……」
狐太郎は、自分の傍に控えているブゥへ弱音を漏らした。
「君がやってくんない? 征夷大将軍」
「絶対に嫌です!」
ブゥの最大の反逆行為だった。
おそらく、今後、ここまで強く抗議することはないだろう。
「安心してくれ、君に強い権利を持たせるつもりはあっても、実質的には判子を押してもらうだけだ。主なことは私が決める」
「そうですか……じゃあ十二魔将の主席は蹴ってもいいですか?」
「それも難しい。先日の戦争では、君はダッキの傍でずっと一緒だったのだろう? それも武勲に入れなければ、いろいろと問題も起きる。面倒を避けるためにも、兼任を頼みたい」
確かに狐太郎は、ただ死にかけただけだ。
そんなことはみんな知っているが、だがそれを本当に国民全員が知るのは不味い。
シャインやコチョウと一緒に、ダッキを守りました、ということにしなければならないのだ。
シャインが十二魔将になっているのだから、狐太郎も十二魔将になるべきであろう。
そして征夷大将軍が、首席以外を兼任するのも、外聞が悪い。
「そして……」
「まだあるんですか」
「そうだ……」
本当に、申し訳なさそうに、大王は切り出した。
「今まではあまり重要ではなかったが、君はまあ、そのなんだ……ダッキの婚約者だっただろう?」
「……そうですね」
「兄上が死に、その後を継ぐはずだった息子たちも、同じようにこの世を去った。であればダッキの王位継承権は、私の次になり、次代の女王ということになる」
「……」
ダッキの顔が、赤く染まって照れていた。
狐太郎の顔が、青く染まって汗だらけになっていた。
「我が国に、王配という制度はない。よって君は……私の次の大王ということに……」
彼は今までにない速さで席を立ち、そのままアカネの背中に飛びついていた。
「みんな、俺が馬鹿だった。すぐ逃げよう」
およそ彼の生涯で、自ら積極的にアカネの背に乗ったのは、これが最初で最後だったという。
「待ってくれ! 気持ちはわかるが! 嫌なのはわかるが! 待ってくれ!」
叩頭して引き留める大王。
おそらく、彼の人生で、これほど頭を地面にこすりつけた日はあるまい。
「ご、ご主人様が、私の背に……! やった~~!」
「待ちなさい、アカネ! 走っちゃダメ!」
「ご主人様も落ち着いて! 今のアカネは、絶対振り落とします!」
「だ、だめ……おかしくて体が動かないわ……腹筋がやばい……」
大はしゃぎして跳びはねようとするアカネ。
それを押さえつけるクツロとコゴエ、そしてお腹を抱えているササゲ。
英雄の振る舞いによって、絶望に包まれていた空気はぬぐわれていた。
「リァンお姉様! なんで狐太郎様はあんなに嫌がってるの?! 酷くない?!」
「ダッキ、今までの自分を省みなさい」
乙女心を踏みにじられて憤慨するダッキ。
それを諫めるリァン。いきなり覚醒したところで、今までの行動がなかったことになるわけではないのだ。
「たのむ、狐太郎君! こんなことを頼めるのは君だけなんだ!」
「嫌です! 頼まないでください!」
「君がいないと、この国が滅びるんだ!」
「滅びちまえ! そんな国!」
「形式だけでいいんだ、直ぐ離婚していいから! 仮面夫婦でいいんだ! ダッキのことは捨てていいんだ!」
「叔父様! そんなのないわよ! 狐太郎様! 私との婚約は、お遊びだったの?!」
「お前に言われたくねえよ!」
この会議は正式に議事録として正確に残り、のちの人々に大いに親しまれたという。
故事成語、アカネの背に飛び乗る
嫌すぎて正常な判断ができなくなっている。
義務から逃げ出すさま。
例文
あの家の次男坊は兵役が嫌で、アカネの背に飛び乗る勢いだった




