後の祭り
人間は愚かだ。
竜や鵺は、人を愚かという。
人間自身もまた、自らを愚かという。
しかし竜の長老は語る。
果たして友を見捨てて逃げることは、胸をはって賢いと言えるのかと。
どうせ助からないのだから、自分だけでも生き延びるべきだったと。
胸を張って、自分は賢いのだ、と言えるのかと。
長老となり、孫を得て。
それでも彼は後悔を引きずっている。
人間は愚かだ。
だがしかし、その愚かさを、竜は笑わない。
大百足と戦い勝つ彼らを、愚かと笑う資格などないのだ。
そしてその愚かさは、時として人間同士にさえ発揮される。
※
抜山隊所属、千尋獅子子。
彼女は現在、違和感の正体を追っていた。
この世界について疎い彼女ではあるが、だとしても今回の侵攻には違和感があった。
行軍速度が、異常すぎるのである。
まずこの世界において、Aランクハンターなどの英雄は、それこそ大量破壊兵器に分類される。
カセイ周辺がそうなったように、真正面から衝突すれば余波だけで何もかもが失われる。
防衛側にしてもたまったものではないが、侵略側にしてもなおたまったものではない。
せっかく勝ち取った土地が焼野原では、それこそ骨折り損のくたびれ儲けであろう。
加えて、いくら英雄が強くとも、一都市を占領するなど不可能である。
一人や三人で、都市のすべてににらみを利かせ、占領した民を支配するなど無理だ。
そもそもそれなりの立場にあるのだから、なんでそんな面倒なことを一人でやるのだ、という文句が出るに違いない。
だからこそ、戦争ではどうしても『一般兵』がいる。
しかし当然ながら、一般の兵士は足が遅い。普通の人間よりは早いが、一国を高速で走破できるほどではない。
十万からなる大量の兵士をどうやって、央土の中央部に位置するカセイまで連れてきたのか。
自動車があるわけでもないのに、武装した兵士たちを大量に輸送した手段とは。
(テレポートを疑ったけれども、それはなかった。カセイの兵士曰く、敵は普通に進軍してきた……ワープの基点が郊外にあるのなら潰す必要がある。けども……それなら普通、城の中に配置するはず。おそらく、別の手段によるものね)
彼女は蛍雪隊の隊員を借りて、敵の侵攻ルートを逆走していた。
元より彼女は忍者であり、追跡なども得意としている。
カセイの周辺一帯は吹き飛んで、痕跡を調べるなど不可能だ。
だが大軍が侵攻してきたのだから、大雑把な方向さえわかっていれば、其方へ向かって走ればすぐに痕跡を発見できる。
あとは、素人でもできることだ。その大量の足跡を、逆走すればいい。
彼女は高速で、音もなく走る。
蛍雪隊の隊員は、それについていくのがやっとだった。
「ふぅ……老骨には堪えるな……」
「しかし、本当に見事な忍び足……儂らがいるのか?」
「いやいや、彼女が必要と言ったのだ。あそこにいても役に立つわけで無し、頑張ろうではないか」
元より獅子子は、優秀で有能である。
失敗がないわけではないが、それも相手に非があった時だけ。
そしてその彼女が懸念をしているのなら、手を貸さない理由はなかった。
本当ならネゴロ十勇士の方が適任なのだが、狐太郎の護衛なのでそうそう借りることはできなかった。
「皆、一旦止まって」
一行がそうとう走った後で、ようやく一つの小さな魔境を発見した。
どうやら敵は、ここから来たようである。
「たしかここは、ええ、相当格の低い魔境のはずです」
「そこそこの広さがありますが名前がないほど格が低く、モンスターもFランク程度とか……」
「騎乗用のモンスターを休憩させるほかに、特に使い道はないはずですが」
地図を使って、場所を確認する。
「敵は、ここから徒歩に切り替えたようね……」
森の周辺を捜索すると、轍やモンスターの足跡が確認できた。
どうやら西重の軍は、ここまではモンスターの牽く馬車のようなもので移動し、ここから先は徒歩などに切り替えたようである。
この森の使い道とも、さほど矛盾がない。しかしだからこそ、疑問が浮かぶ。
「……どうやってここまで来たの?」
「そうですな……敵の侵攻ルートに、経由できるような魔境はありませんぞ」
当然ながら、一行は央土の地図を持っている。
敵が西重の軍なのだから、西から来たことも把握している。
しかし西から来たからこそ、モンスターを利用しているからこそ、本来それは警戒してしかるべきだった。
足跡からして、牽引に利用しているモンスターは、Bランク下位か中位。
それこそアクセルドラゴンたちと同格であり、そこそこ頻繁に魔境で休ませる必要がある。
ましてや輸送に使ったのなら、相当酷使したはずだ。仮に使い潰すつもりだったとしても、ここにたどり着くことさえできなかったはずである。
「……それじゃあ、森の中にいる人たちに聞きましょうか」
敵の残党がいる。それを発見しただけでも意味はあったが、彼女にはそこから先を調べる必要があった。
一行は十万の軍を輸送した、後方の兵士たちが待つであろう森へと入っていく。
普通なら危険だが、普段の任務に比べれば遠足のようなものだ。誰も臆することなく、普通に入っていく。
(……普通に煮炊きをしているわね)
(この近くに街はありますが、おそらく既に……だからこそ、発見を恐れていないのでしょう)
(アレだけの大軍を、あれだけの大将軍が率いていたのだもの、負けるなんて考えてないんでしょうね)
一旦森の中へ入れば、そこは敵の陣地だった。
とてもがっしりとした体格のモンスターが木々につながれ、ゆったりと飼料を食べて休憩している。
そのモンスターたちに比べれば数は少ないが、それでも千に届く兵士たちが談笑しながら、味方の帰還を待っていた。
(気が抜けてるやつらだ……腹立たしい)
(ここのやつらは、おそらく非戦闘員なのだろう。普段は酪農でもやっている輩を取り立てて、モンスターの世話でもさせているのだな)
(連絡がないのを気にしていないのは……まあまだ一日しか経っていないからな。城攻めならば、不自然でもないか)
一種牧歌的ですらある、侵略者たちの拠点。
そこを一行は、姿を隠しながら進んでいる。
その中で、獅子子が違和感に気付いた。
(……この馬車!)
(どうしました? 確かに大きいとは思いますが……)
(素材がおかしいのよ! これは……)
(確かに、これは何でできているのか……)
積載重量、重量制限。
台車であれトラックであれ、乗せられる荷物の重量にはそれぞれ限界がある。
それと同様に、速度制限もある。
舗装されていない道なら尚のことだが、車輪も車軸も、速く走れば走るほど負担が増す。
これらは構造的、或いは素材的な限界であり、単純だからこそ文明の差が出てしまう。
エンジンであるモンスターがどれだけ高性能でも、荷車そのものの強度が低ければ、どのみち大量輸送も高速輸送も不可能だ。
(セラミックとカーボン……強化プラスチックでできているわ!)
(……なんのことで?)
(私の故郷の技術よ!)
(では……獅子子さんたちの故郷が肩入れしていると?)
(それは……それにしては?)
軽くて頑丈、しかし加工も製造も難しい素材。
高度な文明による工業製品が、素材として使われている。
それはわかった。
しかし、その割には『お粗末』である。
彼女たちの故郷の技術ならば、それこそ万能走破列車さえ存在している。
一切の武装を積んでいないとしても、ただ列車として運用すればいい。
(遊園地のお遊びならともかく……軍隊のためにわざわざ荷車をつくる? バッテリーやモーターを使わない理由は……燃料だって、魔力を使えばいいだけだし……)
高度な文明が匂う素材ではあるが、軍隊のために荷車を作るなど無駄であろう。
まるで素材だけ盗んできて、現地で組み立てたかのようなお粗末さだった。
(あの瓶といい……高度な技術のわりに、ちぐはぐな印象があるわね。これはおそらく……西重自体が高度な文明を得たわけではない、ってことかしら。技術を供与している連中自体も、そこまでたいしたことはないようね。おそらく国家ほどの規模はない……私たちと大差がないわね)
彼女自身テロリストの指導者であった身だ。
荷車一つからも、読み取れることは多い。
しかし想像を重ねても、余り意味はなかった。
(どう考えても、末端の兵がそんなに詳しいわけはないわね……ここの責任者だったとしても、知っているかどうか……まあ捕えてから考えましょう)
元より、襲撃など想定していない陣地である。
少し調べれば、陣地の指揮官を発見するなどたやすい。
森の奥の方に、一際目立つ天幕を発見した。
(私が行ってくるわ、みんな待っていて)
言い残すや否や、彼女の姿が蛍雪隊の隊員の前から消えた。
その数瞬後に、なんの異常も見受けられない天幕の中から、人の気配がなくなる。
そのさらに後で、気絶し縄で縛られた数人の指揮官たちを連れて、獅子子が音もなく現れる。
(待たせたわね、逃げましょう)
(……待ってないわい)
蛍雪隊の隊員たちは、それを抱えて森の外を目指す。
おそらくこの為だけに呼ばれたであろう彼らは、疲れた体に最後の鞭を入れて、森の外へと指揮官を運び出した。
※
魔境から出て、さらに走って……。
絶対に追跡されないであろう場所まで来てから、一行は数人の指揮官たちの目を覚まさせた。
もちろん縄で拘束したままであり、さらに喉元には刃を向けている。
ここから何かをするにしても、獅子子の方が圧倒的に早い。
「な、なんだ……亜人? 央土の傭兵か」
「そんなところよ。さて……質問をさせてもらおうかしら」
「答えない、と言ったら?」
「……定番の茶番ね」
その状況で目を覚ましたにも拘らず、指揮官たちは落ち着いていた。
肝の据わり様に、少しばかり首をひねる。
安全地帯にいたところを拉致されたにも拘らず、まるで動じていなかった。
「安心しなさい、貴方はそんなに物を知らないでしょうし……貴方がバラしても問題のないことを聞くだけよ」
「ふん……亜人がずいぶんと舐めたことを……」
「こうも白昼堂々拉致された身で、偉そうなことを言っても様にならないわよ」
「……」
今更のように、醜態に気付いて黙る指揮官たち。
確かに彼らは、全員縄で縛られている。
その時点で、既に恰好などつけようがない。
「まずは……貴方達、西重の軍よね? あの荷車は、貴方達が作ったわけじゃないでしょう? どこから手に入れたの?」
「ふん……作ったのは我々だ。もっとも……確かに、素材は『上』から寄越されたもので、私たちでも出どころは知らん。一緒に工具も渡されたが、加工には苦労させられた。疑うか?」
「いえ、そんなところでしょうね」
相手も良く知らないだけに、ぺらぺらとしゃべる。
荷車を良く調べればすぐ見当がつくだけに、口が軽かった。
「それじゃあ……あのモンスターたちは、どうやってここまできたの? モンスターは魔境で休まないと、体調が悪くなるはず」
「……我等も良くは知らん。ただ……上から特別な『飼料』を渡された。それを食わせれば、魔境で休んだのと同じ効果があるらしい」
「飼料……餌ね」
これも、少し調べればわかるからだろう。
彼らはあっさりと口を開き、しかも真実を明かしていた。
確かに餌を調べるなど、さほど難しくもない。
指揮官を拉致できる腕前ならば、隠す意味を感じなかったのだろう。
「……ところでお前、中々見事な腕前だな。亜人ならば央土に義理も薄いだろう、西重に付く気はないか」
「あら、ヘッドハンティング? その見た目で?」
「ふっ……直にわかるさ。お前達は全員、央土の威光が永遠だと思っているようだが……央土の時代は終わる。これからは西重が覇権を握るのだ」
おそらく、彼らは戦争で負けるなど思っていない。
ただ自分たちが捕まったというだけで、そこまで状況を悲観していなかった。
「私たちを捕えて、どこに行く? 王都か? カセイか? どちらに行っても同じことだ、我等を解放することになるだろうよ」
「それならば、今解放するべきではないか? なに、我等は寛容だ、央土の人間ならともかく亜人にまで恨みをもたん」
「そちらの方が賢いぞ?」
協力的な態度をとっていれば、殺されることはない。
おそらく西重の貴族階級なのだろう、人質の価値もあるに違いない。
少なくとも彼らは、そう思っているようだ。
だからこそ、こうもあけすけなのである。
(やはり、ウンリュウの軍が壊滅したとは思っていないようだな……)
(そちらの方が口も軽いだろう、訂正する必要などあるまい)
とはいえ、ありがたいことも事実だった。
蛍雪隊も油断していた、彼らから得る情報が重要ではないと思っていた。
そう、双方が油断していた。
双方が、勝利を確信していたのだ。
(……)
ここで疑念を得たのは、獅子子だけだった。
「……貴方達西重の軍は、全体の三分の一をかけて、カセイを攻めたのよね?」
「……知っていて、私たちを拘束しているのか? そのとおりだ、我等はウンリュウ様の配下。ほどなく本軍と合流する身だ。つまりお前たちは袋のネズミであり……」
「黙りなさい」
獅子子は、真剣な目で『本題』を問う。
「じゃあ、残りの三分の二はどこにいるの?」
「ははは! そうか、其方は知らないようだな! 二人の大将軍が率いる軍は……」
やはり、隠す意味がないと踏んだのだろう。
彼らは、あっさりと答えた。
それを聞いて、蛍雪隊の隊員は、ようやく青ざめる。
「お、お前達……正気か?!」
「本国をがら空きにするなど、コマ遊びでもあるまいに!」
カセイを攻めた十万の軍。
それと同じ方法で進軍した、残る三分の二。
それがどこを攻めているのか聞いて、ようやくうろたえる。
「はははは! 正気かだと? 正気に決まっている!」
「お前達央土は恨みを買い過ぎたのだ! 大王様の手腕によって、他の国との連携は万全!」
「西重の軍は! お前達へ全力を注げるのだ!」
聞いた本人である獅子子は、前後不覚になりかけていた。
だがしかし、ここで気を失うわけにはいかなかった。
「私は、大公閣下に報告するわ! 貴方達は、そいつらを始末してから戻ってきて!」
しゅばりと、彼女は高速で走り出す。
隠密もへったくれもない、高速移動。
獅子子が本気で走れば、目で追うこともできない。
残された蛍雪隊の隊員は、神妙な顔で頷き合う。
確かにもう聞くことはない、彼らを始末して、直ぐに戻らなければ。
「ふん。お前達、私たちを殺せばどうなるか、ここまで聞いてわからないのか?」
「西原の覇者とうたわれた、名将ウンリュウ様の配下なのだぞ? 十万の軍が、カセイを包囲しているのだぞ?」
「ウンリュウ様だけではない、左将軍クモン閣下、右将軍キンソウ閣下までいらっしゃる。お前達自慢のAランクハンターとやらでも、どうにもならない」
自分達を解放したほうが利口だ。
彼らは一切疑わずに、賢い選択肢を勧める。
「ほう、ウンリュウねえ。儂らでも知っている、とんでもないお人だな」
「そうだ、今なら間に合うぞ。あの亜人も、カセイに入れず戻ってくるはずだ」
「そうなったとき、我らが死んでいれば不都合だ。違うか?」
「……さて、若いの。ここからなら良く見えるだろう?」
「アレがお主たちの攻めていたカセイだ」
新しい土でできた山の頂上に、彼らはいる。
蛍雪隊の隊員は、自分の子供ほどの若者たちに、そこからの眺めを見せてやった。
「お主たちの軍は強くてのう、見ての通り崩壊してしもうた」
「いやはや、たしかに名将じゃった」
わざとらしいほどに、彼らはおどけている。
いやらしいほどに好々爺だった。
「……た、確かに、カセイか」
周辺の地形は大いに変わっているが、崩れたとはいえ城壁のある大都市である。
国家第二の都市の跡地を、彼らが見間違えるわけもなかった。
「……まて、なぜだ。なぜ……あの城に、央土の旗がはためいている?」
カセイが崩壊している、それ自体はありえなくもない。
避けたかったことではあるが、Aランクハンターがいたのなら想定の範囲だ。
だが崩れた城に、遠くからでもわかる央土の旗が掲げられていることは納得できなかった。
「十万の軍勢は、どこに行った?!」
「ウンリュウ様は?! クモン様は?! キンソウ様は?!」
「黄金世代の武将たちは?!」
ホワイトの作った山の上で、彼らは友軍を探す。
しかし、遠目にも見えるはずの十万の軍は不在。
彼らの足元、その奥深くに、半数以上の死体が埋まっているなど、想像もできないだろう。
「み~~んな、死んじまったよ」
まるで昔話やおとぎ話のように、意趣返しを込めて教えてやった。
今度は、西重の指揮官が黙る番だった。
「お主らも同じところにいくんじゃ、嬉しいじゃろう?」
「ま、待て! 待ってくれ! お前達も聞いただろう、残る軍は……!」
「そいつらも……同じところに行かせてやるとも!」
※
一方、カセイでは。
竜たちが去った後で、白眉隊のジョーとショウエンが話をしていた。
警備はまだ続けているが、おそらくもう攻めてくることはないだろうと思われる。
「はぁ……せっかく伝説のドラゴンの雄姿を見れたというのに……」
「ははは……いやいや、彼らは本当に強かったじゃないか」
若きドラゴンたちの泣き言に幻滅するショウエンだったが、そんな彼をジョーは慰めていた。
確かに途中までは恰好よかったのに、最後の最後で台無しである。
しかしAランク中位モンスターを倒したことは事実。白眉隊では到底及ばないモンスターたちを、あの竜たちは魔王の助力なく倒したのだ。
そのこと自体は、咎めるどころか褒めるべきであろう。決してバカにされてはいけない、彼らの勝利である。
「それはそうですが……やはり最後まで見栄を張ってほしいです」
かくいう彼自身が、かなり周囲から幻滅される振る舞いをしている。
屈強で勇壮な益荒男、カセイを救った竜騎士が、竜が格好悪くて落ち込んでいる姿をさらしているのだ。
見るものが見れば、きっとがっかりするに違いない。
「まあそう無理を言わないことだよ。いいじゃないか、勝った後で泣き言をいうぐらいは。我らを仲間だと思っている証拠だよ」
「そうですな……竜の赤裸々な姿……見たくなかったですなあ……」
ジョーとしても、副官ともいえる彼の赤裸々な告白は聞きたくなかった。
今は仕事中なのだから、真面目になってほしかった。
「と、ところで、ショウエン君。君に聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「私にはどうにもわからないことがあってね……」
真面目なジョーは、とても真面目なことを問う。
「敵がカセイへ攻め込んだのは、それこそ食料を求めてのことだろう。カセイならばそれがあるし、なによりも四方への侵攻が容易だ」
「それはそうでしょうな。兵糧を現地調達するのであれば、小さな村を多く襲うよりも、大きな拠点から奪ったほうが早いに決まっています。もちろん、それができる兵力があれば、ですが」
「加えて、大公閣下の身柄を確保、あるいは殺すことも目的の一部だっただろう。大公閣下は国内でも第二の権力者、その命が失われれば我が国には被害が大きい」
「……それの何が分からないので?」
カセイは狙われるだけの大都市だ。
もちろんシュバルツバルトが近くに有るので、維持は途方もなく大変だが、それは現地人でもよく知らないことである。
おそらく西重は、それを知らぬままだったのだろう。
「しかしだ、奇襲ができるのなら王都を攻めるべきだろう?」
「確かに……大王様もいらっしゃいますし、兵糧も十分、各地への侵攻も容易ですな」
「その通りだ。そしてあれだけの戦力があれば、王都を攻め落とすことも無理ではあるまい」
央土は大国だが、その分戦力は分散している。
だからこそ小国の戦力集中投入で痛手を被ったわけだが、狙う先が国家第二の都市というのは少し腑に落ちない。
まさか、カセイを落としてその足で、というわけでもないだろう。
「カセイまでは大将軍たちが攻撃し殲滅していたのだろう。だがカセイや王都は、それが無理のはずだ。だからこそ、私たちへ伝令が間に合った。カセイを悠長に攻めていれば、その間に王都も守りを固めるだろうに……」
いきなり攻め込まれたので対処せざるを得なかったが、よく考えればここを狙った理由がわからなかった。
少なくとも合理的な理由は、ジョーには見いだせない。
「さて、西重の無謀な侵略ゆえ、なにか理由でもあったのでしょう……どうした?」
ショウエンは己の従えている竜が、空を見上げていることに気付いた。
その視線の先を見ると、比較的低空を、人が飛んでいる姿があった。
「飛行属性か?! しかし……妙にふらふらと……!」
ショウエンは、今更気付いた。
その人の着ている服が、大公やダッキ、リァンが着ているような、王族だけの服と。
「ショウエン!」
「お任せを!」
ジョーの指示に従って、彼は竜とともに舞い上がる。
大いに慌てて、力なく飛ぶ人影へと合流した。
「……あ、貴方は、貴方様は、ゲンジョー殿下!」
知っている相手だった。
できれば勘違いであってほしかった。
今にも死にそうな顔色をしている、服を血で濡らしている男。
彼こそは、ゲンジョー。ダッキの兄であり、この国の王子である。
「な、なぜ、貴方様が、このように……!?」
「うう……き、貴殿は……?」
「ショウエン・マースーでございます! 現在はカセイの守備に就いております!」
「か、カセイ……カセイは、叔父上は健在か……」
「はい! 西重から攻撃を受けましたが、退けました! 閣下もご無事です!」
「そうか……」
その吉報を聞いて、彼は力を失った。
重力に従い、落下しそうになる。
ショウエンは慌てて、軽くなった彼を抱えた。
「ど、どうされたのですか!」
「……西重の攻撃を受けて……王都は陥落した」
王都から飛んできた彼は、恐るべきことを伝えていた。
西重は三分の一を割いてカセイを攻め、残る三分の二を王都の攻略に投じていたのだ。
己たちが必死になって退けた、ウンリュウ率いる軍勢の、その倍。
二十万からなるであろう、片手で数え切れぬ数の大将軍たち。
その猛攻を受けたのなら、王都が陥落しても不思議ではない。
「……!」
バカな、とも。
愚かな、とも。
彼は言えなかった。
奇しくも獅子子が知ったと同時に、彼も衝撃の事実に至っていたのである。




