飾り有れども、偽りは無し
兵士たちは知っている。
この城壁が崩れるまでの間、どれだけの敵が外にいたのかを。
住民たちは知っている。
雲霞の如き敵兵が、蝗のように街へ接近していたことを。
壁が崩れ街が壊れた後で、敵は一人たりとも生き残っていなかった。
まるで炎の竜巻がすべてを薙ぎ払ったかのようだった。
得体のしれない何かが、たまたま偶然街の外を消し飛ばしたようだった。
だが違った。
数えることができてしまいそうな寡兵が、英雄たちが街へ入ってくる。
十万の敵に切り込んで、追い散らして、たたき出し、殺しつくした。
英雄の率いた大軍を殲滅した勝者たちが、さっそうと、勇壮に道を進む。
彼らの姿を見るために、人々は火を灯し、行進を照らしていた。
先頭を行くは、前線基地最強を誇る白眉隊。
竜騎士をはじめとして、ハンターとは思えない正規兵の装備をした彼らが涙をこらえながら前へ進んでいる。
カセイの民からの惜しみない拍手、喝さいを受けながら、彼らは英雄を体験していた。
一国の命運を背負った戦いに挑み、勝利し、生還し、凱旋する。
ハンターになった彼らは、兵士になった時から抱いていた夢を全霊で味わっていた。
それに次いで一灯隊が、周囲を確認しながら前に進んでいた。
装備だけは白眉隊よりも上等だったはずの彼らは、しかしその装備がくたくたになるほど戦い抜いていた。
その彼らが気にしているのは、家族の所在だった。
各々が道を照らしている人々の中で、家族を探す。
奥へ奥へと進みながら、人を探していた。
「リゥイ兄ちゃん!」
声が聞こえた。
リゥイが、グァンが、ヂャンが、彼らは歩みを止めずにそちらを見た。
行進はゆっくりと、確実に進んでいく。
その中で、彼らはゆっくりと近づいて、遠ざかっていく家族を見つけた。
彼らは助かっていた。
全員を確かめることはできなかった、数える暇がなかった。
だがしかし、大勢が助かっていた。
意味があった、価値があった。
彼らはささやかすぎる、確かすぎる戦果をかみしめながら、より一層胸を張って前へ進んでいく。
「ガイセイ~~!」
「麒麟君~~!」
女性たちの黄色い声が聞こえてくる。
抜山隊の順番が来たのだ。
今までは単に金払いのいい上客程度だったのだが、その理解が実像に追いついていた。
このパレードに参加している、その中でも上に入っている。
正真正銘の、悲鳴のような叫びが、少女のようなひたむきな声が聞こえてきた。
「な?」
「……ですね」
何時かのことを思い出しながら、ガイセイは麒麟に問う。
麒麟もまた思い出しながら、彼に応えた。
これでいい、これがいい、これを望んでいた。
なんとも気持ちのいい声を聴きながら、抜山隊の隊員たちに交じって周囲へ手を振っていた。
「おい、見ろよ……悪魔だ!」
「あんなに沢山の悪魔が……」
「はっ! あれだけたくさんの悪魔に敵は呪われたのかよ! ざまあみろ、西重め!」
「クツロ様~~!」
「鬼の王! 鬼神! 亜人の王!」
「俺達の王! クツロ様~~!」
行進の中央、主役の順番が来た。
目立つのは悪魔たちと、応援を受けているクツロだった。
だがやはり、巨大なモンスターもまた目立つ。
ハンターたちは見て慄いた、何せ大軍さえ敵ではない怪物が、背を許しているのだから。
「すげえ……あれが狐太郎の乗騎……Aランクモンスター、雷獣鵺!」
「本当に乗りこなしていやがる……Aランクを従える、唯一の魔物使い!」
「みろよ……完全に飼いならされていやがる……」
「信じられねえ……あれがAランクハンター……」
巨大なモンスターにまたがっている子供が、灯火を掲げている人々を見た。
誰もが鵺を見て、彼を見る。鵺の威光が、彼に七光りを浴びせていた。
これでいいのだ、これで。
彼は割り切って、さも精悍な少年の勇者が如く振舞っていた。
その巨大なモンスターの脇を、四体の魔王が固めている。
見るものが見れば、その内包している冠に圧倒されてしまうだろう。
目立つことはないが、慣れぬ空気に戸惑いつつ、ネゴロ十勇士と侯爵家四人も列に加わっている。
周囲を見る余裕はなく、ただ前の者の背を見ていた。
そうした集団が続いた中で、ひっそりと、目立たぬ二人が横に並んで歩いている。
新参であり余り目立たないが、それでも『討伐隊の一員』である空気は悪くなかった。
それに次ぐ形で蛍雪隊が並んでいる。
二人の若い女性を先頭に、老雄たちが誇らしげに笑いながら手を振っていた。
そして……どう見てもハンターではない一般人たちも列に並んでいる。
何やらよくわからないので困惑している者もいるが、それでも喝さいは浴びせていた。
※
かくて、行進はゴールへと至る。
未だ瓦礫の残る広場に、討伐隊の面々が並んでいた。
大公ジューガーの前に膝をつく一団は、今まで『書面上』でやってきたことを、公然の場で行う。
広場でも、瓦礫を重ねてその光景を見ようとする民衆であふれていた。
その彼らの前で、普段のように振舞うことなど許されない。
これは必要な茶番だった。
誰にとっても。民衆だけではなく、大公にも討伐隊にも、これがどうしても必要だった。
「お父様、救援に参りました」
「叔父上、ご無事で何よりです」
当然のように、大公へ最初に挨拶をするのは、王族の二人だった。
胸の前で左右の手を重ねた、正式な拱手による礼をする二人は、叔父であり父であるジューガーへ、失礼のない態度を示していた。
「……リァン、ダッキ。よくぞ来てくれた」
目に潤むものがあった。
それは灯火として燃やされている、木材の煙とは無関係だった。
夜の闇で見えにくい二人を、大公はしっかりと見ようとする。
だがしかし、かくも立派にやり遂げた二人を視認するほどに、彼は涙をこぼしそうになった。
「お前たちが討伐隊を率いて救援に来てくれなければ……今頃このカセイには、西重の旗が翻っていただろう。そうなればこの国は……内側から食い破られていたはずだ」
カセイは商業都市であり、各都市への交通が整っている。
もしもここを落とされていれば、そのまま各地へ侵攻する拠点にされてしまっただろう。
それを防ぐのみならず、敵を殲滅した働きは、まさに王の役目であった。
「斉天十二魔将、キンカク、ギンカク、ドッカク」
ジューガーは逸る気持ちを抑えながら、彼女たちの背後で膝をついている三人へ声をかけた。
王族を守る役割を帯びた、十二人の精鋭。そのうちの三人がここにいると、しっかりと皆に伝えていた。
「よくぞ、この国難に間に合ってくれた……これも天の配剤、お前たちの働きに兄上もお喜びだろう」
無言で、三人は頷く。
この三人にとっても、確かな価値のある賞賛だった。
「……」
ジューガーは、順番を守っていた。
だがしかし、本当に彼が称えたかったのは、大公として賞賛したかったのは、次の一人である。
無論全員を称えたい。だがしかし、今ここにいる彼に、まず賞賛を向けさせたかった。
「Aランクハンター、虎威狐太郎。前へ」
「……はっ」
しばらくの間をおいて、照らしきれない闇の中から一人の男が立った。
立った、ということが分かりにくいほどに、声も体も小さかった。
彼が前に出たことで、リァンやダッキも道を譲る。
「シュバルツバルト討伐隊、隊長……Aランクハンター、虎威狐太郎。参上いたしました」
瓦礫の中で、まるで黒子のように動く影。
それを見つけることにも、民衆たちは困っていた。
彼ら一人一人の声は小さくとも、しかし大勢いるだけに騒ぎは大きくなる。
それを解消するためではないだろうが、コチョウが火の精霊を放った。
狐太郎と大公だけが、まるで舞台の上のように明るくなる。
「……よく来てくれた、我が狩人よ」
だがしかし、小さい姿があらわになったことで、逆に困惑が広がる。
なぜ彼のような小さい亜人が、大公から認められているのかと。
困惑する彼らは、改めて暗くなった空間にいる、他の討伐隊を見る。
あるいは、彼の周囲に控えている、王族の二人や十二魔将を見る。
誰もが一切不満を漏らすことなく、静かに彼と大公の式が進むことを待っていた。
比類なき強者たちが、そろって彼を認めている。
その事実が、彼を大きく見せていた。
「伝令を受け、手勢を率い、王女様や公女様と共に馳せてまいりました……」
彼の言葉に、誰もが耳を傾ける。
誰もが聞こうとしているからこそ、彼の声はよく届いていた。
「このような窮地に気付くこともなく、救援が遅れ……なおかつカセイを守り切れませんでした」
祝勝の雰囲気はない。
彼は赤裸々に、不手際を詫びていた。
「これは討伐隊の隊長である私の責任です。どうぞ、沙汰を」
茶番だ。
この流れで、誰が彼を咎められるだろうか。
しかし彼が言わなければ、この場の誰かが、彼へ不満を抱いたかもしれない。
これだけ壊れて、助けました、では通らないだろう。少なくとも、そう思う輩は出るはずだ。
だがそれを彼自身が公の場で認めたことで、自分たちの痛みが無視されているわけではないと、心の慰めになっていた。
「狐太郎よ」
「はい」
「……」
胸がいっぱいだった。
何かを言おうとすると、他のなにかが浮かんで消えていく。
何から言えばいいのか、彼にはわからなかった。
王女も公女も、狐太郎でさえも、喉に詰まらせることはなかった。
だが年長者である彼が、言葉を詰まらせてしまった。
しかし、誰が咎められるだろう。
助けられた彼ら全員が、大公と同じ気持ちだった。
「助かった」
思い浮かんだすべての言葉が正しかった。
だからこそ、出た言葉が何であれ、まったく誤差はなかった。
「……君たちのおかげで、助かった」
「恐縮です」
西重がウンリュウを信じていたように、大公もまた狐太郎を信じていた。討伐隊そのものを、心の底から信じていた。
「……皆、聞いてほしい」
大公はここで、討伐隊ではなく民衆へ声を向けた。
「まずは、己を。そして、隣の誰かを見て欲しい。この夜の闇でもわかるほどに、誰もが傷つき、汚れている。一人ではない、私も含めて……誰もが疲れている」
彼の言葉を聞いて、カセイの民たちは自分の痛みを思い出していた。
決してもろ手を上げて喜べない、この苦境と向き合う。
「友を、家族を、愛する人を失った者もいるだろう。そうではない者もいるだろうが、決して己の幸運を喜ばず、今だけでも悲しみを分かち合って欲しい。失った者たちも、失わなかった者たちを羨まず、まずは冥福を祈ってあげてくれ」
しばらくの間、火の燃える音だけがカセイを満たした。
誰もが促されるままに、涙しながら黙とうをささげる。
「逃げ遅れた者もいるだろう。戦った者もいるだろう。彼らの死は、討伐隊に責があるわけではない。誰が悪いのか? 決まっている、卑劣な侵略者どもだ!」
力を込めて、怒りを示す。
「奴らは! 先祖の復讐を旗印に! このカセイを奪い、西重の旗を掲げ、君たちの苦労など知らぬままに、略奪の限りを尽くすつもりだったのだ!」
彼の怒りは、全員の怒りだった。
これだけ苦しい思いをしているのは、他でもない侵略者のせいである。
「私は知っている! 君たちがこの都市で、どれだけ健気に生きてきたのかを! 奪われかけた、壊された財産に、どれだけの血や汗が染みついているのかを! 爪に火を点す思いで、親や兄弟、恋人や子供のために、少しずつ蓄えていたことを!」
改めて、勝利の意義を説く。
「奴らは死んだ! 一人残らず! 全員死んだ! そうだろう!」
怒りの叫びが、勝利の叫びが、カセイを満たす。
崩れかけていたカセイが、その叫びで崩壊するのではないかと、不安に思う者が出るほどだ。
「ここにいる英雄たちが、それを成したのだ!」
極めて破壊的な、極めて攻撃的な、勝利の叫びが、活力が満ちていく。
「彼らは! シュバルツバルトの討伐隊! 私の臣下であり、友人であり、家族であり……希望だ!」
討伐隊を称える声が、広場を埋めていく。
音が可視化できるほどに、何も見えなくなるほどに、叫びがあふれ出す。
「そして!」
しっかりと、大公は断じた。
「君たちは、決して! たまたま偶然通りかかった誰かに助けてもらったのではない!」
この勝利が、誰の勝利であるのかを。
「善意の隣人に、助けを乞うたのではない!」
これは、央土の勝利であり、討伐隊の勝利であり……カセイの勝利であった。
「討伐隊は、カセイの力だ! カセイの民の兵であり! 騎士であり! 勇者だ! 君たちの力によって、君たちは助かったのだ!」
彼らに課せられた、重い税金。
苦しい負担を強いられてきた彼らは、しかし無駄に苦しんでいたわけではない。
「故に! 勝利を誇ろう! 我等は、我等の力で生き残った! 我等は西重に……否、誰にも負けることはない!」
傷ついた民が、鼓舞によって蘇る。
「勝った我らは、共に喜び、涙しようではないか!」
名君ジューガーは、狐太郎の肩に手を置いていた。
心臓が止まったばかりの彼にとっては、その手も重い。
しかし、震えていた。
彼の手は、震えていたのだ。
「大公閣下」
「ああ」
「ご無事で……嬉しいです」
「そうか」
「俺はカセイのことはよく知りませんが……」
一灯隊は、トウエンだけを守りたかったのかもしれない。
あるいは他の隊も、思うところがあったのだろう。
だが一事だけは、志が同じだった。
「貴方を助けに来たんです」
大公は、なんと言っていいのやら。
討伐隊が、全員が、自分を見ていた。
彼は己が友人たちが、己を友人と思ってくれている事実に、心臓が破裂するほどだった。
「閣下……貴方が無事で、本当に良かった」
まさに代表として、狐太郎は抱きしめられていた。
大公が抱きしめていたのは狐太郎だけではなく、討伐隊全員だった。
カセイは崩壊した。
しかし都市が崩れただけであり、人々は屈してなどいなかった。
生の喜び、勝利の喜びを味わう彼らは、この夜を塗りつぶすほどに喜んでいた。
※
闇の中で、人ではない者たちが集まっていた。
彼らは人の敵、人に仇成す者たちである。
「……冠は、央土にあったか。まったく、世界最大の大国に冠があるとはな」
「西重についたのは失敗だったか……央土に入り込めば、政治的に追い込めたものを」
「もう遅い。奴らは既に、権力とつながっている。悔いたところでどうにもならん」
彼らは、決して大勢ではなかった。
精鋭を気取るにも、数が不足していた。
「忌々しい」
「今更だ。口に出すな、そんなことを」
彼らは人を憎み、だからこそ妬む。
人の手に王冠があることも、それを奪い返せないことも、憎らしかった。
「で、どうする。西重を見限って次へ行くか?」
「いいや、見切るには早い。この戦争、まだ終わったわけではない。見方によっては、西重が勝っているともいえる」
「ふん……確かにまだ、勝ち目はあるな」
ただの事実を羅列する。
西重の三分の一、大軍は滅びた。だがそれでも、負けたわけではない。
むしろ、勝っているとさえ言えた。彼らは既に、目的を達成している。
「西重が我らを信じているとは思えんが、利用価値があるうちは手を組むだろう。まあお互い様ではあるがな」
「……しかし、最初から我らの手にあった『コレ』が、まだ未完成というのは皮肉だな」
「まったくだ。人の手にあったものばかりが完成しているのは、必然かもしれんが、皮肉でもある」
そして、この場にいる彼らは負けていない。
彼らは既に、目的の半分を達成している。
「一つは既に、人間から取り戻した。一つは未完成だが、こちらの手にある。冠の所在も突き止めた。後は……」
だが残り半分、容易だとは思っていない。
「この世界の何処かにある筈だ……最後の一つ……モンスターの国を再建するために、あれがどうしても必要だ!」
戦争の扇動が何を目的としているのか。
それは魔王の遺産を、見つけ出すためでもある。
「世界を滅ぼす力……」
「不都合な魔境を破壊する力……」
「甲種を、英雄を葬るための力……」
彼らは、力を欲していた。
人に頼らずとも、この世界に覇を唱える力を。
「甲種魔動器E.O.S!」
それは、確かに完成し、この世界にあった。
魔王が残した四つの遺産は、すべて故郷に帰ってきていた。
「E.O.Sを見つけるためにも……戦争はまだ終わらせん!」
虎の戦いは、まだ始まったばかりであった。
次回より新章
十二魔将と大将軍




