鼓膜が破れるほどの
生きているものを生きたまま保管し、小さく持ち運べる形で維持し、いざとなれば出して戦わせる。
ランプの魔神や管狐などの特技を、他のモンスターでもできれば便利ではないか。
獅子子の世界の先人は、それを思い立って実行に移そうとして……うまくいかなかった。
生きたまま保管する技術は魔王の時代にも存在した。だが小さく持ち運べる形で維持することや、いきなり戦わせる技術、となると無理難題であった。
いろいろ苦心したが、結局モンスターを持ち運ぶよりも爆弾を持ち運ぶ方が低コストで高火力という結論になり、この無理難題は放置された。
その後も多くの技術者がこれに挑んでいるが……その成果は芳しくなかった。
つまり、とっかかりも原理も、獅子子の世界の住人にはつかめていなかった、ということである。
しかし、実際に成功例を見ると、それは『既知の原理』によるものだった。
しかも、彼女たちにとって因縁と言える技術である。
「アレは瞬間移動です」
「なんだそれ」
「いえ、正確にいうと……時間移動なんです」
獅子子の世界において、ワープというのは『現在地』と『目的地』に目印がなければならないものだ。
それを抜きに移動を行えばどうなるか。それは究極のモンスターと彼女たちのように『何時どの場所へ行くのかわからない』というものである。
時間も場所も、てんででたらめになってしまう。
しかし逆に言えば。
ワープは原理的に、時間を移動できるということだ。
「つまりあのサイクロプスたちは、あの瓶を触った瞬間からタイムワープをして、あの瓶の封印が解かれた瞬間へ時間移動をしたんです」
「意味が分からねえ」
「そうでしょうね……ですが重要なことは一つ……私の故郷よりも、はるかに発展したワープの技術があるということです」
つまり敵は、『現在から未来へ向けてモンスターをワープさせる』という無茶苦茶なことをやり遂げたのだ。
同じ時間軸の座標を認識し合わせるだけではなく、一つの基点の異なる時間同士を結ぶという、無茶苦茶なことを『実用化』している。
しかも、その基点は『瓶』という形で移動できるようになっている。
「これが古代の遺物なら、逆に納得できたでしょう。ですがこれは……新品です」
「つまり何か、お前たちの故郷よりもやべー国が、連中のバックについていると」
「おそらくは。つまりあの封印の瓶……今後も悪用されるかもしれません」
「ふ~~ん」
「反応が薄いですね」
「俺にとっちゃあどうでもいいからな。それに……まあ野暮だろうよ」
まだ戦いは続くのかもしれないが、それを今言うのは、余りにも蛇足だ。
この戦いが終わったことは、ただの事実であり、覆せないことなのだ。
「そうですね……では戻りましょう。私も少しは、治す技も使えますので」
「お前何でもできるなあ」
※
かくて、ガイセイと獅子子、ネゴロ十勇士や蛍雪隊の隊員も復帰した。
焼野原となった本陣で、一行はとりあえず全員の無事を喜ぶ。
(なんで一人も死んでねえんだ……!)
なお、十二魔将と侯爵家四人組は、全員が無事であることを素直に喜べなかった。
結局本当に、十万人と戦って死者がいなかった。しいて言えば狐太郎が死にかけただけである。
もちろん主戦力と戦った三人と悪魔は疲れ切っているが、他の面々はさほどでもない。
だがしかし、本当に耳を疑ったのは、次の一言であろう。
「じゃあ前線基地に帰りましょうか」
狐太郎の言葉には、流石にほとんど全員が耳を疑っていた。
討伐隊の面々もこれには閉口してしまう。しかしその一方で、まあ仕方ないかなあ、という雰囲気にもなっていた。
「そうだな、帰るか」
「ああ疲れた……」
「基地どうなってるかな~~」
「帰るころには日が暮れてるだろうな……」
「まて、走って帰るのか?」
「一日半歩くのもなあ……」
不承不承ながらも、帰り支度を始める一団。
狐太郎が異常なのではなく、全員が異常なのだと再認識してしまう。
「え? 前線基地に帰るの?! これから?!」
「いえ、その……真面目な話ですが、前線基地をがら空きにできませんし……」
ダッキの悲鳴に近い抗議に、狐太郎はしどろもどろな説明を行う。
「ダッキ様もまだ、前線基地でモンスターと遭遇していないでしょう?」
謎の律義さだった。
彼はなぜ、心臓が止まってでも業務を履行しようとしているのか。
「そ、それは、そうですけども」
「それじゃあリァン様、大公閣下によろしくお伝え願います。前線基地で待っておりますので、其方の戦後処理が終わり次第で構いませんから、ごゆっくりどうぞ、と」
一番難色を示していたのは、間違いなく役場の職員であろう。
彼らは正直恩赦を期待していたのに、このままでは文字通り逆戻りである。
(何か言ったら殺される……)
しかし流石に、黙る程度には身の程を弁えていた。
王族が二人もいる状況で大騒ぎをすれば、それこそ殺されてしまうだろう。
「狐太郎様、お待ちください。この度の戦争は、それこそ国家の一大事でした。もしも討伐隊が死力を尽くさなければ、国家が滅亡の憂き目を見ていたかもしれません。いいえ、そうした巨視的な視点などなくとも、カセイを守った英雄たちへ、カセイの民も感謝を伝えたいでしょう」
「……別に戦いの意義を疑うわけじゃありませんし、みんなの奮闘を侮辱するわけじゃありません」
狐太郎もバカではない。
これから自分が言う言葉が、奮戦のすべてを否定するように聞こえる、とはわかっていた。
「ですが、アレを守ったとは言えないでしょう」
しかし、現地の住人からすれば、たまったものではないだろう。
遠くから見てもわかるほどに、カセイは崩壊していた。
極めて物理的、構造的、地形的に破壊されていた。アレなら敵に侵略されていたほうが、まだマシだったのかもしれない。
あくまでも、都市という意味では。
「現地の方が俺達を見て、石を投げてくるかもしれません……それは流石に心苦しい」
狐太郎は、なんとか起き上がりつつ、一緒に起き上がったササゲをきつく抱いた。
これだけ頑張っても守り切れなかった、それは仕方ないし申し訳ない。
だが石を投げられることは耐えられないし、耐えさせたくもなかった。
「……まあな」
一灯隊のヂャンは、それに賛同する。
敵を全員殺せたのはいいが、守りたいものを守れたとは言えない。
少なくとも、彼らの故郷であるトウエンが元あった、壁の外の街は完全に消滅している。
狐太郎の認識が正当であると、彼も認めていた。心中複雑である。
「それはそうですが……その責は父上が負うべきもの。貴方へ責任を負わせようとするのであれば、それは間違いです」
狐太郎の気持ちはわかる。
確かにこの結果を見て、快勝だとは誰も言いたくない。
もしも狐太郎が『これで祝勝パレードだな』と言い出せば、それこそ不満や反発も起きていただろう。
狐太郎はカセイを守る役割であり、カセイに被害が出た時点で失敗だ。
だが相手は他国の人間であり、彼らの傍を通ったわけでもない。
であれば、責任を押し付けるのは筋違いだ。
「貴方様の役割は、本来シュバルツバルトのモンスターを封じること。他国からの侵略である今回の戦いは本分ではなく、被害が出たことも咎められるものではないでしょう。それに、これでは彼らは何が何だかわからないはず」
敵が攻め込んできた、それはわかる。
戦いが終わった、それもわかる。
何もかも壊れている、それもわかった。
だが誰がどうして、どうやって解決したのか。
それが分からないままでは、うかつに喜ぶこともできまい。
「だからこそ、討伐隊が必要なのです。ダッキが討伐隊の参戦を宣言したことは、カセイにも及んでいたはず。つまり討伐隊が凱旋することで、彼らが戦って勝ってくれたのだと、安心できるのです」
「……じゃあ俺達だけでも帰ります。今回は特に、俺達が頑張ったわけでもないですし」
やはり、一灯隊を見る。
うむうむ、と頷いていた。
「ササゲは頑張ってくれましたし、他の三体もよくやってくれましたけども……やっぱりその、私達が凱旋したら……私たちが主役のように扱われるのでしょう。それは流石に……心苦しい」
狐太郎は一灯隊から嫌われている。
だが嫌われているなりに認められているのは、一灯隊に対して狐太郎が理解を示しているからだろう。
特に今回は、特に頑張ったわけでもない人間が、大量の人間から感謝されるという状況である。
栄光の凱旋、それに自分たちは相応しくないと思えた。
「じゃあ私とコチョウちゃんも帰るわ。よっぽどのことがあっても、私たちとアカネちゃんがいればどうにかなるでしょうし……私たちもあんまり役に立ったとは言えないものね」
狐太郎に対して、シャインも同調する。
彼女もまたあんまり仕事をしていない自覚があった。
彼女の場合はわかりやすい脅威であり、敵が慎重だったため、結果としてあんまり戦うことがなかっただけなのだが。
もしも敵が無理に力で押して来ていれば、それこそかなり疲れただろう。
(やっぱりこの人は凄いんだ……)
なお、コチョウは今回まったく仕事がなかった。
場合によってはシャインの補佐を担当したであろうが、その場合は訪れなかった。
(なんで十万の軍勢を相手にして、手が空く人間が出るんだ……)
コチョウが何もしていないことに今更気付いて、侯爵家四人衆は慄いていた。
よく考えたら、それがかなりおかしい。
「シャインさんもそう言っていますし……凱旋なら、ガイセイとブゥ君、ホワイト君、他の隊が行けばいいでしょう。俺達は帰りますよ」
とまあ、狐太郎は乗り気ではなかった。
救国の英雄として凱旋するのが、恥ずかしいからイヤというのは、彼らしいのかもしれない。
実際、心臓が止まって死にかけただけで、実質足手まといだった。いないほうが良かったぐらいである。
まあ自分だけ安全圏にいたら、それはそれで不興を買ったことも確実なので、仕方がないと言えば仕方がない。
「ですが……」
「狐太郎君、君はAランクハンターだ。これも仕事だと思って欲しい」
リァンの言葉を遮って、ジョーが進言する。
「……カセイは長く侵略を受けたことがない。もしかしたら、初めてのことだったのかもしれない。彼らは安全が当然だと思っていた、英雄を必要としていなかった。疑問さえ抱かなかったのだから、当然だ」
その言葉は、狐太郎にとって良く届いた。
彼にとっても安全な場所は絶対に安全で、何があっても損なわれることがないと信じてしまう。
逆に、一度でも不安全だと思ったら、そこにいることさえ嫌がるだろう。
「確かに敵の本軍は叩いただろう。だがそれは、カセイの人たちにはわからないことだ。だからこそ、わかりやすい安全の証明が必要になる。それがAランクハンター、英雄だ」
「何もしていないのに、英雄を演じろと」
「そうだ。君が本気で嫌がっていることはわかるし、この場の誰も疑っていない。だが……民は、疑っている。民は疑うことを嫌う、何も考えたくないんだよ」
狐太郎は、本質的に一般人である。
どれだけ恵まれた環境で生まれたとしても、根源的に日常へ疑問を抱かない。
戦争だとか安全保障だとか、そんなことはどこかの誰かが請け負ってくれていると、信じ切って疑わず、考えることも嫌がっている。
正常性バイアス。
つまりは、無関係だと思い込んで、心を安定させること。
言葉は存在せずとも、人の心は変わらず。
人々は、とにかく英雄を求める。
どこかの誰かに、なんとかして欲しいと思っている。
「安心して欲しい。君が何もしなかったこと、ササゲ嬢やブゥ君が頑張ったことはきちんと、偽りなく大公閣下に伝える。民の賞賛は集まるが、それはあくまでも広告だ。……君が褒められることで、この場の誰かが損をすることはない」
「そうですか……」
狐太郎が凱旋に参加するのなら、シャインも参加することになってしまう。
彼女たちだけでは、前線基地に残れないからだ。
余り好ましいことではないが、参加するのなら仕方がない。
「まあそれにだ」
「なんですか」
「君は神輿の上に乗っていただけだが、神輿の上に乗っていい人間は限られている。君は十分、やることをやっている。あわや死にかけた君に言いたくはないが……最後までまっとうしてくれ」
とんとんとん、と十二魔将たちはダッキを叩いた。
強面の彼らが、今までになく優しく、敬意を持って笑っていた。
「ええ、お見事な初陣でございました」
「ダッキ様……きっとお父様も叔父様もお喜びになられるでしょう」
「お役目を果たされました。アレでよろしいのです……アレこそが、王であり……将なのでしょう」
民を欺き、兵に負担を強い、側近に無駄な手間を取らせ、死にかけて医者を四苦八苦させる。
何をしたわけでもないのに、何かをしたふりをして。
「……わかりました」
彼はふらつきながらも立ち上がる。
英雄は、立ち上がった。
英雄として、立ち上がったのだ。
「それじゃあ行きましょうか。カセイへ」
※
今回の防衛戦で活躍したのは、討伐隊だけではない。
大公が飼っていた亜人たち、レデイス賊も大きな戦果を挙げていた。
むしろ、将軍三人を討ち取った三人以外では、一番手柄かもしれなかった。
その彼女たちは、一旦崩壊したカセイへ戻っていた。
同行していた一灯隊の情報を、特に詳しく大公へ報告する。
「安心しろ、お前の娘は元気だったぞ。雑兵に首を切られたが、首の筋肉で受け止めて反撃したぐらいだった」
「そうか……娘は元気か……」
リァンも必死に戦って、生き残った。
それを聞いて、瓦礫の中で座り込んでいる大公は、少し安堵していた。
「ふん、大公閣下も娘は可愛いか」
「無論だ、気遣いには感謝している。大体、娘の無事を喜ぶぐらいで、怒鳴り散らすような狭量な者などいらん」
「まあもっともだな」
勝ったとは言い難い光景だった。
かろうじて城はまだ建っているが、見ていると崩れそうなほど傾いている。
おそらく、このまま放置すれば、本当に崩れるだろう。
「ご自慢のカセイもこのざまだ。流石にへこんだだろう」
「そうだな……勝ちを誇れるわけではない。見ての通り、正真正銘……死ななくて良かったと、子兎のように震えている」
現在カセイでは、兵士や大人の男たちで救助作業が行われていた。
城壁が何段階かに分かれて崩壊した関係もあって、避難は比較的スムーズだった。
また、崩れた建物の中にいた人々も、自力で脱出できる程度には頑丈だった。
人は強い、しかし建物は弱い。
都市は、崩壊していた。
「ふん」
「そういうお前は、どう思った?」
「……さてな」
国家が欲しいと、彼女は思っていた。
ある意味では、カセイという都市こそが、彼女の主観における国家である。
それも、非常に豊かで、恵まれた国家だった。
だからこそ狙われ、だからこそ滅びた。
「このとおりだ。国家とはな……維持するのも大変だ」
弱音だった、愚痴だった。
仮にも戦って帰ってきた彼女たちへ、言っていいことではない。
だが彼女たちもまた、この光景に自分の夢を重ねていた。
どれだけ苦心して国家を作っても、それはあっさりと崩壊してしまう。
自分たちも強くなったが、Aランクハンターの格を持つものには勝てない。
それこそ、魔王になったとしても、それ以上に恐ろしい。
「世の中には、貧しいことが罪なのかという輩もいるが……豊かであることも罪であるようだな。全員がそうというわけでもないのに」
彼女たちが本気で国家をつくるのなら、これと戦わなければならない。戦うことを想定しなければならない。
そこに価値があればあるほど、強欲な人間はそれを求めて殺到してくるだろう。
中には、魔王より強い人間さえいる。まったく、やってられないとはこのことだ。
「……だが私は自分が間違っているとは思っていない。どうせ同じ罪なら、弱いよりも強い、貧しいよりも豊かがいい」
「そうだな……まったくその通りだ。お前の言う通り、強く豊かである方がいい」
だがそれでも、家族が飢え死にするよりはましだ。
明日の食事の心配をするよりはましだ。
だから誰もが、強さと豊かさを求める。
「さて、とにかく復興作業を進めさせよう。少なくとも……このままでは凱旋さえできない……参加するか?」
「人間に称えられると? 悪くはないが……お前に頭を下げるのはごめんだ」
「そうか……ありがとう。お前たちの寝床と食事は、最優先で整備させる」
「酒もな、大目に頼む」
彼女たちの役目は終わった。去っていくことを、咎める理由はない。
元々役を与えていたわけではないので、いきなり押し付けたわけではあるのだが、それでもやるべきことは完璧以上にこなしてくれた。
だが大公の仕事はここからだった。
如何に心中でカセイの崩壊を望んでいたとはいえ、その私情に流されるわけにはいかない。
とはいえ、これには打ちのめされる。
外から見てもわかるほどの崩壊ぶりは、中から見ればなお痛ましい。
「……」
弱い、弱い、弱い。
握った拳が、弱い。
ほどけた拳が、弱い。
富み栄えた街の長、国家第二位の権力者は弱かった。
この状況に、打ちのめされている。
既に指示をしているが、しかし自分で何かをするには打ちのめされ過ぎていた。
「……」
彼はこの街の支配者であり、管理者である。
だからこそ、この復興にどれだけの予算と労力が必要なのかわかっている。
それだけでも痛ましいが、多くの人々が財産を失ったこと、家族や友人を失ったことが痛ましい。
他国からの侵略なのだから、国家の中枢であるカセイから西は、きっと更なるダメージを負っているのだろう。
それを想うと、胸が張り裂けそうだった。
「……」
彼は涙も流せなかった。
だが、希望もあった。
彼は知っている。この絶望を隣人としている、最強の戦士たちが凱旋してくると。
※
人々は、戦いの熱狂から醒めていた。
少なくとも、籠城戦をしている間は、何かができていた。
目の前の憎い敵を倒すという、何かができていた。
そして、この光景である。
同じ人間が成したとは思えない、終末の光景である。
Aランクハンターの格を持つ者たちによる、余りにも凄絶な結果だった。
なぜ自分たちが生きているのかわからない。
城壁は崩れたが、しかし代わりに崩れたのだとすれば、役割はまっとうされたのだろう。
だが城壁の持つ、視覚的な安心感は破壊されていた。
これだけ堅牢な壁があるのだから、自分たちは安全だ。
昨日まではそう信じることができていた、だが明日からは信じられない。
たとえ壁を再建しても、同じ生活が送れるだろうか。
いいや、それよりも、同じ軍が攻めてくるかもしれない。
そう考えるだけで、抗おうと思うよりも、何をやっても無駄ではないかと諦めてしまいそうになる。
「おい、アレを見ろよ……」
城壁の撤去作業をしていた男たちは、一番先にそれに気づいた。
ゆっくりと日が暮れていく中で、一団がカセイへと向かってくる。
それは行軍ではあるが、駆け足ではない。
この街にとどめを刺しに来たのではなく、あらゆる厄災から守るためにやってきたのだと、本能的に理解する。
カセイの周囲には、敵兵たちの死体が転がっていた。その中を、勝者たちが歩いている。
そう、彼らはようやく認識したのだ。勝利を、生還を。
自分たちが、カセイが、央土が勝ったと理解したその瞬間。
涙があふれた。安堵と幸福が、涙を噴出させていた。
彼らは慌てて、泣きながら、大喜びで凱旋を伝えに言った。
※
カセイを守れなかった。
狐太郎の言葉は、カセイへ近づくたびに、一歩ずつ、討伐隊の心にのしかかっていた。
まるで敗残兵である。
敵の兵たちを踏み越えて進んでいるのに、まるで勝利から程遠かった。
このカセイには、城壁の外にも街があった。
だが今は、城壁さえも砕けて、廃墟と化している。
もちろん、こうするほかなかった。
彼らは最善を尽くした。
もとよりシュバルツバルトの討伐隊は、カセイに常駐しているわけではない。
だからこそ、ここに来るまでに迎撃する、ということもできなかった。
仕方がないのだ。
だが、そうした慰めは、この状況ではあまりにも悲しすぎる。
力の限り戦い、走り回り、大軍を追い散らし強敵を倒した。
だがそれでこれでは、報われなかった。
狐太郎の言うように、前線基地へ戻るべきだった。
少なからず、後悔が討伐隊の心にのしかかってくる。
すっかり変わり果てた地形の、道なき道を歩いて、彼らは門へたどり着く。
いっそ滑稽なことに、崩れた壁の内、門の周辺だけは無事だった。
それでも、閂が壊れているのか、分厚い木の扉がぶらぶらと揺れている。
先頭を行く白眉隊の隊員が、それを開けた。
普段は多くの商人や街の人が通る門を、渋滞することなく、寂しすぎるほどに静かに、一団は抜けていく。
そして……門をくぐるとそこには……。
「討伐隊だ! シュバルツバルトの討伐隊だ!」
「おお! すげえ! あいつらが、俺達を助けてくれたんだ!」
「ありがとう! あいつらを蹴散らしてくれて! もう駄目だと思った!」
静寂で過敏になっていた、耳が痛くなるほどの不意打ちが待っていた。
既に暗くなっている空の下で、木片を燃やしながら歓迎する人々が、割れんばかりの声で迎えていた。
多くの人たちがいる、その一点でカセイに変化はなかった。
普段は大きな街のあちこちに分散している、多くの人々の活気。
それが、この一か所に、一点に、一つの道に集まっていた。
討伐隊は気づいた。
自分たちの行く道に、瓦礫がないということを。
彼らが自分たちに気付いて、大慌てでどかしたのだと。
なんというもてなしの心だろう。
彼らは他のなによりも、自分たちを迎えるために、精力を尽くしてくれたのだ。
それにこたえようと、誰もが勇者を演じた。
英雄たちは、英雄を演じた。
胸を張って、前を見て、足を高く上げて、喝さいに応えながら行進する。
かくて、知られざる英雄であり続けた討伐隊は、この夕暮れの終わるときに、真に英雄となって凱旋を果たしたのだった。




