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運を待つは死を待つに等し

 かくて、互いの最強戦力のつぶし合いは終わった。

 現在最も余力を残しているホワイトは、自らを押し飛ばしながら跳躍を繰り返していた。


「……」


 双方の陣営が目指していた、英雄に率いられた軍同士の最終局面。

 圧倒的な実力を誇る最強戦力が、残敵を一掃する時である。


 ある意味では、英雄の華とも言える状況であり、当然ながら楽な仕事だ。

 怨敵を一掃できる、またとない機会である。


(いやしかし、そこまですることか?)


 しかしながら、ホワイトは大将軍ではない。

 Aランクハンターを目指していたが、断じて大将軍になりたかったわけではない。


(最初十万いたとして、残っているのは六万から七万……まああの戦い方で、そうそう多くの敵を殺せるわけはないんだが……)


 数万はいる、逃走兵の群れ。

 さて殺すのは簡単だが、取り返しはつかない。

 ホワイトがどれだけ強かったとしても、殺した相手を生き返らせることはできない。


 数万を葬り、その家族を悲しませる。

 さて、それは割に合うのか。


 英雄になると言えば聞こえはいいが、やることは人殺し。

 モンスターを退治するのとは違い、確実に恨まれる。


(こいつらを殺して賞賛されるとして、しかしそれ以上に恨まれるだろう。そのうちいつか……西重の誰かが、俺を殺しに来るかもしれない。つまりそういうことだな……)


 彼は空高くに跳躍し、眼下の兵を眺めていた。

 生きたくて生きたくて、仕方がない。

 死にたくなくて死にたくなくて、必死で逃げている。

 健気な命を、神の視点から眺めている。


 果たして、彼らを殺してなんとするのか。

 逃げている彼らを殺すのは、それこそ人の道に反するのではないか。


 元より自分は、討伐隊のハンター。

 カセイを守ることに異論はなかったが、しかしカセイから逃げ出す人間を殺すのは業務外ではなかろうか。


 もちろん不興は買うだろう。しかし誰が自分を罰せるだろうか。

 敵の右将軍を討っているのだ、多少の裁量は許されるだろう。


「ああ、いや……うむ」


 殺さなくていいような気がしてきた。

 殺さなくていいのに、なぜ殺すのか。

 彼は、自分で自分に、殺す理由を説明できなかった。


 確かにホワイトは、ジョーから指示を受けている。

 もしも戦えたのなら、逃げる敵を殺してほしいと言われている。

 だが『恩義のある相手に言われたから』というのは、逃げる数万を殺すには足りない気がする。


 果たして、胸を張って言えるのか。

 恩人が殺せと言ったから殺した、と。


 それは、英雄らしくない。


 もういっそ、帰ってしまおうか。

 すげえ疲れたから帰ることにした、と言ってしまおうか。


 しかし、疲れたから帰ってきた、と恩人に言えるだろうか。

 それも、少し辛いところだった。


「ふぅ」


 ホワイトは、人道主義ではない。

 多少なら恨まれても気にしない。

 積極的に危害を加えることはないが、理由と動機さえあれば残酷にもなる。


 しかし、数が数だ。

 悩む己を、軟弱とは思わない。


 数万の怨念、軽くはない。

 それこそ、なんの理由もないのなら、背負いたくない程だ。


「ん」


 後方で、炎と雷がはじけ合った。

 それは、英雄である彼をして、出し切れるとは思えない出力だった。

 おそらく、残っていた二人にとっても、そうそう出せる威力ではないだろう。


 その余波によって、近くの建物……都市が崩壊していく。

 それはある意味、当然の帰結だった。


 城壁が倒れ、家屋が潰され、城が揺れた。

 その程度なら、人は死なないだろう。大けがをすることはあっても、復帰はできる。

 だが、守れたとは言い難い。

 何万という命が、危険にさらされている。何万という人々が、財産や住居を失ったのだ。


「……なるほど」


 今更、ホワイトは戦争に気付いた。

 そう、これは戦争なのだ。


 護送隊の仕事のように、モンスターを追い散らせばいいというものではない。

 もしもここで『敵』を逃がせば、あのカセイにいるすべての命に呪われる。

 なぜ逃がしたのかと、なぜ生かして返したのかと、恨まれて呪われる。


 あるいは、彼らがここに来るまでの道のりで、殺した命のすべてに呪われる。


「そうだな、まったくもって俺は……うん、さて……」


 納得した。

 彼らを殺すことにした。


 敵に恨まれるか、味方に恨まれるか。

 これはそういう問題だ、気づいてしまえば悩む余地などない。


「お前たちは、そうだな、お兄さんでお父さんだ。きっと故郷に家族がいて、愛する人がいて、幸せにしたかったんだろう」


 さて、逃げているのは、大将軍が勝つことを期待している有象無象だ。

 有象無象であることに甘んじている、どうしようもない連中だ。

 最強無敵の大将軍の足を引っ張り続けた、足手まといどもだ。

 彼らがいなければ、彼らがもう少しましなら、こんな結果にはならなかっただろうに。


 ウンリュウは強かった、クモンも強かった、キンソウも強かった。

 だが彼らは弱かった、だから西重は負けたのだ。


 ただの事実としてそうなのだ、客観的な真実だ。

 確かにこのカセイには異常な戦力がそろっていたが、だとしても同じことだ。


「故郷に帰りたいよな、とにかく子供や奥さんの顔が見たいよな、帰ってきたよって言いたいよな。でもお前らは、同じお父さんやお兄さんを殺しに来たんだ」


 彼らは、彼らが、サイコロを投げたのだ。


「死ぬには十分すぎる理由だな」


 サイコロを投げた彼らには、その結果を受け入れる義務がある。

 負けた後で、こんなはずじゃなかったとは、誰にも言う権利がない。


「アースクリエイト……」


 空の彼は、まあこんなもんだろう、と決断を下した。

 殺すか生かすかを迷った彼は、殺すと決めた。

 ならば予定通りのことが起きるだけだった。


「ワールドリメイク!」


 まさに、土砂降りだった。

 大量の土砂が、空から大地へ降り注ぐ。


「え?」


 不運だったのは、彼らがこの世界の住人だったことだろう。

 特に圧縮されているわけでもない、重いわけでもない、大量というだけの土砂。

 それが空から落ちてきても、埋まっていくだけで、いきなり死ぬことはなかった。


「あ、あああああ!」

「な、なんだあああ!」


 彼らは、死ねなかったのだ。

 大量に落下してくる土砂の中で、必死にもがいている。


「だ……!」


 中には、クリエイト技が使える者もいるだろう。

 エフェクト技が使える者なら、比較的多いかもしれない。

 しかしとっさのことに、逃げていた最中だけに、どうにもできなかった。


「ウンリュウ様! お助けください!」

「クモン様! た、助けて!」

「キンソウ様、ここです、ここです!」


 まさに、弱兵だった。

 まさに、雑魚だった。

 まさに、有象無象だった。


 仕方がないのだが、彼らはただの役立たずで、どうしようもない連中だった。

 これが、大将軍の泣き所ならば、なるほど大将軍の力をもってしてもどうしようもなかったのだろう。


「ハンターなら……Dランク、ってところか」


 ホワイトは、もう容赦していない。

 地形を、環境を、世界をもう一度作り直すかのような天地創造。

 それはただの人間が抗える限界を超えており、ただ世界に埋もれていくのみ。


「六万……そうだな、六万ということにするか。俺の悪名、殺した人間の数だ。お前たちは、歴史の数、数値に堕した。歴史に埋もれろ、そのうち発掘されるだろうさ」


 残酷な殺し方だった、粗雑な殺し方だった。

 だがそれなりに疲れており、逃げられないようにする必要もあった。

 だからこそどうしても、こんな殺し方になってしまった。


「……まったくもって、ハンターというのはきれいごとではないな」



 狐太郎が目を覚ますと、そこは布団の上だった。

 うつぶせのまま寝ていた彼は、そのまま前を見る。

 目覚まし時計が鳴っていて、その横には携帯ゲーム機が置いてあった。


 ああそうか、昨日ゲームをクリアしていたのか。

 眠くてそのまま寝てしまって、今この状況というわけだ。


 いかんいかん、まるで学生だ。

 とりあえず起きて、水を飲もう。


 今日は平日なので、当然ながらお仕事だ。

 特に希望の職種だったわけではないが、それでもご飯を食べるためには働かなければならない。

 社会人というのは、そういうものだ。楽しくて働くのではなく、とりあえず食べるために働く。


 日本のことを褒めるテレビ番組やネット記事は多く見るが、働く人間からすれば天国とは程遠い。

 とにかく仕事への期待値が高くて困る。


『狐太郎様! 狐太郎様! 戻ってきてください! 目を覚まして!』


 まあいい、命を賭けて戦うことや、命の心配をするよりはましだ。

 面倒でも嫌でも、汚くても臭くても、とりあえず真面目に仕事をしなければ。

 バスに乗って、電車に乗って、会社で働いて、電車に乗って、バスに乗って。

 家に帰ってきて、寝るのだ。

 それが社会人というものだ。


 面白くはないし楽しくもないが、まあ最悪には程遠い。

 これを最悪と言っていたら、それこそ……。


『おい! バブル! もっと頑張れ! 死ぬぞ!』

『頑張ってるよ! 心臓をマッサージしてるよ! 肋骨も折れてるけど、それでも起きないよ!』

『この人死んだら俺たちのせいなんだぞ! もっと気合い入れろ!』


 それこそ、何だろうか?

 寝ぼけている、睡眠時間が足りない。

 でもまあ、眠くても仕事だ。

 別に労働基準法違反の労働に縛られているわけではないし、自分の不摂生なのだから受け入れよう。


 今日は早く帰ってきて、寝る。

 これに尽きるな、さあ仕事だ……。


『良し……こうなったら、人工呼吸だ!』

『よしとかこうなったらとかいらねえんだよ! 早くしろ!』

『そうよ、早く何とかしなさいよ!』

『キコリ! マーメ! お前らが早く黙れ! 邪魔をするな!』


 あれ、そう言えば今日って何曜日だったっけ?

 スマホを確認しようとして……そういえば機種ってなんだったっけ?


『……いくよ!』


 なんかよく忘れるなあ……。

 寝ぼけてるっていうか、なんていうか……。

 なんだろう?



 狐太郎は、現在意識不明だった。

 心臓も止まっていて、そのまま死にそうだった。

 現在、バブル・マーメイドが必死の救命措置を行っている。

 失敗して死なせようものなら、少なくとも彼女たち四人は打ち首獄門であろう。

 一族郎党皆殺しにされるかもしれない。


 まさに、二重三重、二十人三十人、命がかかった救命措置だった。


「頑張れ! 私! 頑張れ! 私! 頑張れ~~! 私~~!」


 バブルは自分で自分を応援しながら、半泣きで適切な処置をしていた。

 だが中々意識が戻らない、呼吸も脈拍も戻らない、たぶんヤバい。


「練習通りに! 授業の通りに! 先生を信じて! 自分を信じて!」


 最強の生物たちによる、最大火力の衝突。

 その余波自体は、究極が受け止めていた。

 バリアも正常に作用し、ある程度の圧力を受け止めていた。


 しかしそれでも、カセイを崩壊させたほどの威力の、その威圧を止めることはできなかった。

 余りのショックに、狐太郎はそのまま死んでいたのである。

 しかし誰が咎められようか、アレの付近にいれば心臓が破裂しても不思議ではない。

 現に、役場の職員たちは全員目を回して気絶している。


「絶対に! 死んでたまるか!」


 彼女は自分が死なないために救命措置をしていた。

 まさに切実、一蓮托生。狐太郎と彼女は、今運命を共にしていた。


「頑張れ、バブル! 応援してるぞ!」

「頑張って、バブル! 死にたくない!」

「やれ~! 絶対に何とかしろ~~!」


 仲間たちも必死で応援していた。

 バブルの両手に、彼らの命もかかっている。


「なんであいつら、狐太郎様じゃなくて治している奴を応援してるのよ!」

「いえ……状況的には不思議ではないのでは」

「そうですよ、私たちも応援しましょう」


 一番最初に狐太郎が死んだことに気付いたダッキが、シャインやコチョウに抗議している。

 しかし状況的に言って、バブルを応援するほかない。

 もちろん狐太郎にも声をかけるべきだろうが、どっちも応援しないといけない。


「死なないで! 生きろ!」


 バブルは、もう命令していた。

 とにかく生きてもらわないと、生きていられない。


「……ご、ごふっ」

「よし! よし! よし! よし!」


 息も絶え絶えながら、狐太郎は復活した。

 ある意味、今回の作戦で一番危なかったのかもしれない。


「よし! 私、頑張った! 私、まだ、頑張れ! えっと、次は……次は……次は!」


 興奮しすぎて混乱しているバブル。

 彼女は汗をかきながら、走馬灯のように授業を思い出す。


「ヒールクリエイト! セラピーエリア!」


 苦痛を緩和する空間を生み出し、狐太郎を包み込む。

 それはろっ骨を折られた狐太郎の体を、ゆっくりと治していく。


「……あ、ああ? あれ、仕事……仕事……仕事なんだっけ……」

「お願い、起きて! 寝て!」


 意識を保ったまま寝た姿勢を維持してください、と注文するバブル。

 もちろん意図が伝わる可能性は低かった。


「狐太郎様! 目が覚めたのですね!」

「邪魔!」


 思わず歩み寄ろうとしたダッキを、振り払うバブル。

 今の彼女は、王女がどうとかそれどころではない。


「どっか行け!」


 鬼気迫る勢い。

 今まさに、彼女は仕事に打ち込んでいた。


 奇跡も幸運も、誰かの助力も彼女は願わない。

 誰も助けてくれないので、自分だけが頼りだった。


「狐太郎様! 狐太郎! 狐!」


 彼女はいつだって、自分を信じている。

 そして今、自分を信じる力が試されていた。


「絶対に助けるから絶対に助かれ!」

「……あ、はい」

「しゃべらないで! 黙れ!」


 しばらく後、役場の職員と一緒に倒れていた蝶花が復帰して、なんとか狐太郎は復活を遂げたのであった。


 まったくもって、人を殺すは易く、人を生かすのは難しい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 後世で臨死英雄って呼ばれそう 3度戦いに勝って戦いの余波で死にかける
[一言] ホワイト・リョウトウは薛仁貴でしょうね 白衣で遼東で功績上げて成り上がり 西戎である突厥十万を生き埋めにした
[一言] 寝ているカセイを起こすからこんなことに……。 最初からウンリュウ以外はカセイを舐めて高をくくっていたし彼にしても本当に気にしていたのは王都の大将軍たち(多分ギュウマとアッカの二人)だったから…
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