25
武装したモンスターたちが並ぶ、その姿は異常にして奇抜だった。
ある意味では納得でき、ある意味では理解できず、ある意味では……羨望の対象だった。
四体のモンスターは、各々が優れた知恵と肉体を持ち、その上で最上級の武装と武術を与えられていた。
狐太郎は今まで散々『金持ちのボンボン』と呼ばれてきたが、それどころではないのだと誰もが理解する。
たかがモンスターに、たかが子供の護衛に、尋常ではない労力と費用が費やされている。
だがそれだけではない、この国でどれだけの労力と費用を費やしても、同じモンスターをそろえることはできない。
世界が違うのだと、誰もが確信する。
そもそもの前提として、人類は彼女たちを恐れていない。
もしも恐れがあれば、彼女たちにここまでの力を与えはしない。
そして彼女たちもまた、狐太郎やその故郷の人々にかけらも二心を抱いていないのだろう。
そうでなければ、狐太郎の社会は滅びているはずである。
狐太郎が主であり、四体は下僕。人間が上であり、モンスターは下。
それが社会の根底、生物の根底に定着してしまうほどに、飼いならされてしまっている。
人間に飼いならされたモンスターが、人間を食らうモンスターと対峙する。
人間を守るためだけに、より強大な存在へと立ち向かう。
人間から授かった力と技と武器を以って、より強大な存在に打ち克とうとしていた。
「……これはまた、大物ね」
大柄なクツロが、見上げてしまう巨体。
それももはや陳腐な表現になってしまうが、そのモンスターからすればクツロも狐太郎も大差がないだろう。
このシュバルツバルトを構成する常緑樹、その木々よりもさらに巨大な『樹木』が歩いてきた。
「ギガントグリーン……」
これが試験であることも忘れて、大公やジョーは見上げてしまった。
周りの木々をかき分けるようにへし折りながら進む、二本の手と二本の足をもつ、顔のない木の『人形』。
手に相当する部分、頭部に相当する部分には黒々しい枝葉が生い茂り、足首から先に相当する部分はなく、その代わりに根が張っていた。
「木が、歩いてる……!」
大木のように太い手足という表現があるが、この怪物はまさにそれだった。
巨木を雑に組み合わせたような造形のギガントグリーンには、肘や膝、股関節さえ存在している。
緩慢な動きではあるが、それでも確実に一歩一歩進んできているのだ。
その姿を見て、四体は驚きを隠せなかった。
樹木の精霊ならば知っているが、『木のゴーレム』ともいうべき怪物を見たのは、彼女たちをして初めての経験である。
大公たちが四体の武装した姿を見ただけで驚いたように、彼女たちもまたギガントグリーン、大樹の巨人が歩いている姿を見ただけで驚いていた。
そのスケールも相まって、四体はしばし茫然としてしまう。
この場で動き続けているのは、ギガントグリーンだけであった。
この怪物に目や鼻があるのかわからないが、その生態は知られている。
人間を踏みつぶし、足の裏にある根で捕食吸収する。
すなわち、人間を食う怪物であることになんら変わりない。
「……呆けている場合ではないぞ、動きは遅いが確実にご主人様たちを狙っている」
侍の武装をしているコゴエは、周囲に雪を降り積もらせ始めた。
その冷気が気付けとなり、他の三体も我を取り戻す。
「人畜に危害を及ぼすのなら、樹木だろうと斬るまでだ」
三体は頷き、目に力を入れる。
改めて見上げる、人型の樹木。
倒さなければならない、という一点だけは疑いがないのだ。
「とりあえず、足を止めないとね! 私が行くよ!」
太く強い竜の足で踏ん張り、走り出すアカネ。
音を置き去りにするような速さで突撃を仕掛けるも、その相手は余りにも巨大な樹木。
ただぶつかっていくだけなら、どう考えても打ち負けるのはアカネだ。
「片足を、上げている時なら!」
しかし、兜の中から覗くアカネの目には、勝算が映っていた。
巨大で緩慢なギガントグリーンは、二足歩行をしている。
つまり片方の足を上げている時間があるということだった。
「ショクギョウ技……ドラゴンカタパルト!」
まるで滑走路から飛行機が飛び立つように、加速したアカネは離陸し跳躍し、片足を上げて重心が不安定になっているギガントグリーンの胴体に『着弾』した。
呪文の施された特殊合金の槍が、樹皮を打ち破り深々と幹に食い込む。
「……そんな?!」
もしも動物ならば大量の出血をするであろう損傷を受けても、ギガントグリーンは転倒さえしなかった。
片足を上げている時に正面から押されれば、後ろに転がる。
そんな動物の理屈が、植物を相手に通じるはずもなかった。
地面についている片方の足は、如何なる原理か一瞬にして地面に根を張っていたのだ。
その安定性は、スパイクどころの騒ぎではない。アカネの突撃を受けてなお、揺るぎもしなかった。
「これはちょっとまずいわね……長期戦を覚悟するわよ! ショクギョウ技、月曜日の悪魔!」
アカネの突撃が何の意味もなさなかったことを見たササゲは、早々に早期決着を諦めた。
彼女の発動させた呪詛は、相手の能力値を下げ続けるというデバフである。ただしその効果が顕著になるのは、しばらく後のことだった。
「言っておくけど、弱くなるのを待って何もしなかったら、ご主人様のところにたどり着かれるわよ!」
「言われるまでもない! シュゾク技、鬼炎万丈! ショクギョウ技、拳骨魂!」
呪詛師は相手を弱体化させることに優れているが、鬼にして格闘家であるクツロは自己強化に優れている。
一手目から強い攻撃ができるわけではないが、自己強化を終えてからの攻撃はアカネを越えている。
「ショクギョウ技……!」
ダイヤモンドよりも硬く作られた打撃用の籠手、それに覆われた拳はなお硬い。
燃える闘志は恐怖を消し去り、目の前の巨木をへし折らんとする。
しかし……。
「な?!」
意外なほど、あるいは異常なほどの速さだった。
両足を地面につけたギガントグリーンは、跳躍していたクツロを、枝葉に覆われた拳で殴っていた。
「ぐぁ!」
常人ならば、あるいは武装しているハンターであったとしても、一撃で即死するであろうAランクモンスターの一撃。
それを食らっても、クツロは当然生きていた。それどころかまだ戦闘が可能であり、即座に復帰しようとする。
「く、この……いやらしい手を!」
しかし、クツロは殴り飛ばされてはいなかった。
松脂のような樹液を帯びた枝葉が、クツロに絡みついて捕らえていた。
彼女は打撃を受けただけではなく、その手に拘束されていたのである。
「不味い!」
枝葉に覆われて視界はふさがれているが、それでもわかることがある。
ぐおん、と自分の体が上昇するのを感じた。
ギガントグリーンが、クツロを捕らえた拳を振りかぶっているのである。
「私を叩きつけ……!」
最後まで言い切ることもできなかった。
歩いていただけの時とは比べ物にならない速さで、ギガントグリーンはクツロを地面に叩きつけようとする。
「ショクギョウ技」
しかし、それを許すコゴエではない。
「電光雪華……御神渡り!」
神速の斬撃が、クツロの拘束を一瞬で切り裂いていた。
大樹の幹までは凍結させられずとも、指に相当する枝葉や松脂は一瞬で凍結する。
「ありがとう、コゴエ!」
「油断するな、クツロ。相手は格上だぞ、舐めてかかればひとたまりもない」
空中で拘束を脱したクツロは、わずかに凍った顔をぬぐいながら着地する。
感謝の言葉をコゴエに送るが、コゴエはそれを温かく受ける余裕がなかった。
「そうみたい……こいつ、歩くのは遅いけど殴るのはとんでもなく早いよ!」
仕切り直したアカネが、緊張しながらも分析する。
捕食者である以上当たり前だが、その動きは極めて俊敏だった。
移動は遅いが攻撃は速い、そして後方には守るべき人間がいる。
「……発想を変えましょう。コイツをモンスターだと思って戦うから駄目なのよ、木だと思って倒すのよ」
一瞬思案したササゲは、仲間に提案する。
歩いているから殴って倒そうなど、木を相手に無謀もいいところだった。
「なるほど……行くぞアカネ!」
「わかったよ、クツロ!」
「私たちは妨害よ、コゴエ!」
「承知」
Aランクのモンスターが、生命体としては魔王以上だということは把握している。
職業の恩恵を受けて、最新最強の武装をした四体をして、苦戦を強いられる相手ではある。
だが四体には戦術の幅と、それを実行できる戦力があった。
単一の性質しか持たない樹木など、倒せない道理はない。
「ショクギョウ技、鬼斧侵攻!」
「ショクギョウ技、スピアラッシュ!」
クツロとアカネの取った作戦は単純だった。
二人がかりで、片方の足に集中攻撃を仕掛けたのである。
脚甲に守られた、クツロの太く長い脚が、さらに太く長い幹に叩き込まれていく。
アカネの持つ槍が、樹皮やその奥を刻んでいく。
鋼の斧さえ打ち負かすギガントグリーンの硬質な幹は、しかし二人の武器には負けていた。
さながら木こりが巨木を切り倒すように、確実に削り取っている。
もちろん、それは本来容易ではない。Bランクであれば一太刀で切り裂くジョーのスラッシュクリエイトをもってしても、樹皮に浅い傷をつけることしかできない。
それを可能にしているのは、異世界ではぐくまれた人類の叡智そのものである。
如何に強くとも野生植物に後れを取るなどありえない。ほんの数分も放置すれば、巨大な幹は叩き折られてしまうだろう。
「ショクギョウ技、電光雪華……御神渡り!」
「ショクギョウ技、虚勢の悪魔!」
アカネとクツロを、攻撃に専念させる。
そのためにコゴエとササゲは、妨害を行っていた。
幹までは切れないコゴエは、頭部などにある枝葉を氷漬けにしながら切り裂く。
相手に自分たちを大きく見せる技を使ったササゲは、動きを止めているアカネとクツロに攻撃が当たらないようにしている。
強固な巨体と、俊敏な攻撃。
それを併せ持つギガントグリーンだが、逆に言えばそれしか取り柄がないともいえる。
対抗できるだけの手段を相手が持ってしまえば、戦術の幅を持たない、知性も知恵もない生物は狩られるだけだった。
「おおお……」
ハンターたちや大公が見守る中、ギガントグリーンの片足が切断される。
それは単にギガントグリーンの移動を封じるのみならず、動きそのものをほぼ封じていた。
緑の巨人が如何なる原理で動いているのかはわからないが、両足が地面に根差していなければ俊敏な攻撃はできない。
片足を失うと同時に、俊敏な四体への攻撃もまた不可能になったのである。
そして、ササゲの弱体化も完了した。先ほどまでは無敵に思えた、四体をして攻撃を当て続けなければならなかった樹皮が、その強度を失っていく。
「決めさせてもらうぞ……シュゾク技、電光雪華……」
コゴエが狙うのはただ一点、最初にアカネがこじ開けた胴体への突破口。
それを正確に狙って、手にした刀を振りぬいた。
「雪輪の楔!」
直後、ギガントグリーンの胴体内部から四方八方へ刃が伸びた。
それすなわち、雪女にして侍であるコゴエの妙技。
巨大な氷の結晶を体内から膨張炸裂させ、相手を両断せしめる大技であった。
大きな音を立てて、上半身が地面に倒れる。
片足という支えを失っていない下半身だけはそのままだが、もはや戦闘は不能になっていた。
「……まだ、生きているわね。まあ物が植物だから、そう不思議でもないけど」
上空から見下ろしているササゲは、緩慢ながらももがいている上半身と、いまだに根を張り続けている下半身に気付いていた。
しかしどれだけの生命力を持っていたとしても、ラードーンほどの再生能力はない。
仮に復活をするとしても、悠久の時を要するだろう。
「凄いです……狐太郎様、貴方のモンスターは精強ですね!」
「え、ええ……」
何が起こったのか、どうやって倒したのかよく見れていなかった狐太郎は、リァンの喜びにかろうじていることができていた。
(……ただここに居るだけでも大変だな、死ぬかと思った)
目の前で行われる、危険なモンスターとの死闘。
それは狐太郎の心身に対して、多大な負担を与えていた。
いわゆる『近くにいるだけで気絶しそう』だとか『立っているのがやっと』だとか『激しい戦いを目の当たりにして気絶する女性』などである。
狐太郎は未だに無傷なのだが、戦いの圧力に悲鳴を上げそうだった。
(いかん、本当に死ぬ。死んじゃうとかじゃなくて、生命活動のピンチだ)
精神的な圧迫感、ストレスによる体調不良。
呼吸は荒く、動悸は激しく、汗が止まらず、めまいまでしてきた。
(今までにないほど最高級の護衛に守られても、体が持ちこたえられていないぞ……今後どう改善しても、この苦しみに耐えなければならないのか……)
よく考えれば当たり前であった。
Aランクのハンターになるということは、Aランクのモンスターと戦うということである。
もちろんこの前線基地にいる以上、Bランクのハンターでも同じことではあるが、他のハンターに丸投げと言うのは不可能なのだ。
そして行われるのは、怪獣たちの大迫力バトル。
如何に精鋭が守ってくれるとは言え、間近に見て無事で済むわけがない。
迫力と言う言葉には、『力』が入っている。
つまり迫力だけで死ぬということもあるのだ。
(俺は果たして、本当に健康なんだろうか……物凄く虚弱なのではないだろうか)
怖いと思うことが原因で死ぬとか、本当に小動物である。
今狐太郎は、自分の健康について真剣に検討を始めていた。
(なんか、リァンさんでさえ大丈夫だし……凄い情けないな……)
とはいえ、理性的には安心していた。
なにせギガントグリーンは倒されたのである。
もうとどめをさすだけなので、後は帰って合否を確認するだけだった。
しかし、それは狐太郎が勝手に早合点をしていただけである。
そもそも根本的に、森に入って早々ギガントグリーンと遭遇したことを疑問に思うべきだった。
これはこの世界の大原則なのだが、危険地帯に突入する人数が多ければ多いほど、モンスターに遭遇する可能性は上がる。
これは人間を食べるモンスターにしてみれば当然の話だった。
小魚が一匹二匹泳いでいるだけなら、一々追い掛け回したりすることはない。しかし小魚が大量に泳いでいれば、それはごちそうに見えるだろう。
シュバルツバルトにおいても同様であり、多くの人数で突入すればその分『大魚』を寄せやすい。
少し考えればわかる筈だったのだ。いきなりギガントグリーンに遭遇したことや、そのことに対して周りの誰もが『早すぎる』と言わなかったことを。
「ま、また来たぞ! 今度は剛毛大熊だ!」
「しかも二体だ、どちらも大きいぞ!」
(勘弁してくれ……)
そして事実を確認するまでもなく、狐太郎は新しい敵と遭遇するのであった。




