歴史の舞台裏
今回の話で、『桃栗三年柿八年』は終わり、次回から新しい章です。
侯爵家というのは、当然ながら公爵の次に偉い貴族である。
侯爵家の人間ばかりを集めたドルフィン学園の中ならともかく、普通の場所では侯爵家の人間であるというだけである程度配慮される。
しかし配慮というものは、突き詰めれば「相手の厚意」であり、義務ではない。
侯爵本人ならともかく、侯爵の家族だという程度なら、配慮されなくてもそうそう文句は言えない。
もちろん『配慮しない』と『雑に扱う』はまったく別のことであり、度を超えていれば処罰されてしまうだろう。
逆に侯爵家なのだから、下々の者に何をやっても許される、と勘違いすればそれはそれで処罰の対象になる。
上の人間も下の人間も、お互いにバカな真似は止めましょうね、と考えておけば問題ない。
いよいよ招集された四人の生徒たちは、ついに生徒という身分さえ失う。
これからは護衛として、Aランクハンター狐太郎の配下になるのだ。
当然貴族社会の中では英雄扱いされており、侯爵本人、つまり侯爵家の当主であっても子供扱いできない者となっている。
だがそれは、前線基地の中では下っ端扱いになる、ということでもあった。
ブゥぐらい強ければ話は違うのだが、実力や役割としてはネゴロ十勇士と大差がないので、基地の中ではそれなりの扱いしかされない。
周囲から英雄扱いされたことで調子に乗って、基地でも同等の扱いをされて当然、と勘違いすればその結果はお察しであろう。
もちろん、そんなことは全員があらかじめ言われていることである。
下手に他の隊と関わることなく、ブゥ伯爵に指示されるとおりに動けということだった。
生徒四人はもてはやされる生活から、下っ端扱いされる生活に身を投じるのである。
それが、新天地に行くということであった。
※
その彼らは、前線基地に向かう道中で既に緊張していた。
なにせ同行者が、大公の娘と大王の娘である。普通に考えて、粗相が許されない相手だった。
一灯隊に所属していることになっている、公女リァンはまだいい。最初に森に入るとき、彼女も同行していたのだから。
だが如何に婚約に近い関係とはいえ、斉天十二魔将を三人も従えて、ダッキが自ら前線基地に行くのは驚きであった。
(……大丈夫なんだろうか)
個性的な四人なのだが、これには意見が一致していた。
四人はあの基地の恐ろしさを知っているので、その危険地帯に王女が来ることを普通に危ぶんでいたのである。
まさか大王が、死んじゃっても仕方ないよなあ、と諦めているとは思うまい。
(だ、大丈夫だよね? 斉天十二魔将がいるんだから、死んじゃっても私たちの責任じゃないよね?)
(そうだな……俺達は狐太郎様の護衛だからな……)
(ちょっとまって……王女様は狐太郎様と同行するんじゃ?)
(……その場合、俺達は王女様も守るのか?)
当たり前だが、狐太郎を守る覚悟と、大王の娘を守る覚悟というのは、まったく別である。
やるべきことに大差がなくても、失敗した場合の問題度が大きく異なるのだ。
少なくとも、任務の重要度が倍に上がったことは事実であろう。
(聞いてない……)
いきなり王女を護衛することになった、四人の心中や如何に。
これ以上ないであろうと思われていた社会的圧力が、もはやブラックホールに匹敵する重圧になっていた。
「そう固くなることはありませんよ」
気にしなくていいよ、と言ってきたのは公女リァンである。
いよいよ前線基地につくという間際で、彼女は侯爵家の四人へにっこりと笑っていた。
「斉天十二魔将が同行するのです、貴方達に責任が及ぶことはありません」
(それはそうでしょうけども)
法律的にはそうなのだろう、突き詰めれば四人は、狐太郎だけ守ればいいのである。
仮にリァンが死んでも、責任を問われるのは十二魔将の三人であろう。
だがそれは法的な話であって、社会的な話ではない。おそらく、相当周囲から叩かれると思われる。
「それに、あのダッキは数日でいなくなります。それよりも大事なことは、狐太郎様の護衛でしょう」
リァンも先日の件には心を痛めていた。
結果から言えば、狐太郎たちの護衛はやるべきことをやっていた。
悪魔たちはCランクモンスターをきっちりと殺したし、ネゴロ十勇士も狐太郎をかばった。
Cランクモンスターというのは、肉体労働に従事している屈強な成人男性さえも単独で食い殺す。
仮に狐太郎が食いつかれれば、一撃でごっそりと肉を持っていかれただろう。もちろん治療のしようもなく、そのまま死んでいたはずである。
もちろんそんなことは、狐太郎も四体の魔王も知っていることだ。
むしろ彼らの方が『猛獣に噛まれたら死ぬ』ということを熟知している。
だからこそ、以前と違ってネゴロの不手際を咎めなかったのだ。
であればこそ、この四人が重要になる。
キコリとマーメはバリアを張り、Cランクモンスターという脅威から狐太郎を守る。
ロバーは他の面々を強化する役割を担い、バブルはネゴロ十勇士や狐太郎へ治療を施すという役割がある。
現場で応急処置ができる、というのは文字通り生死を分ける。
止血できるかどうかだけでも、生存率を著しく変化させるのだ。
「バブル。貴女は治癒属性の使い手だそうですが……狐太郎様の治療については、細心の注意を払ってくださいね」
「はい、お任せください! 戦時医療の専門家から、適切な応急処置ができると、認可を頂いております!」
「良い返事です」
重い怪我を負った者ほど、治療を焦ってはいけないとされている。
瀕死の人間に強い薬を大量に突っ込んだら死ぬ、という当たり前の理屈である。
治癒属性と言っても、自分のエナジーを他人へ注いでいることに変わりはない。
体が弱っている時ほど、緩やかに回復を促すことが大事、というのは基本中の基本だ。
「私も狐太郎様の治療を何度か行ったことがありますが、あの方は極端にお体が弱いのです。普通ならば回復が進むことに合わせて、緩やかに注ぐエナジーを増やすことが大事とされていますが、あの方の場合は増やせばその瞬間に壊死が起きます。重篤を招かないためにも、落ち着いて、繊細な行動を心掛けるのです」
他でもないリァンこそが、狐太郎へ初めて治療を行った使い手である。
元は戦闘技術を求めていた彼女も、戦場での治癒属性の重要性を知ってからは、真面目に治癒属性を磨いていた。
だからこそ、心肺停止という状態にも対応できたのである。
その時彼女は驚いた。
こんな貧弱で、それで健康な、これが上限な人間がいるのかと。
鍛える余地などみじんもない、生まれながらの弱者が存在しているのかと。
「緊急事態こそ冷静に、治療をまっとうするのです。それが貴女の義務と知りなさい」
「承知しました!」
物語の中では、相手を過剰に回復させて、壊死させるという攻撃がある。
似たようなものでは、ゾンビへ回復魔法を使ったらダメージになる、ということもある。
狐太郎も似たようなものだ。子犬と巨象に、同じ量の薬品を投与できるわけがないのである。
(リァン様……まともで厳しくて、いい人だなあ)
(バブルは治癒属性だけど、全然そんなことないもんなあ)
(こういう人に治癒して欲しいものね……正直バブルのことは……怖いわ)
治癒属性同士ということで、二人の会話はなめらかなものである。
その話を聞いている三人は、バブルが相対的にまともに見えたし、リァンのことは更に素晴らしい人だと思えていた。
いやあ、公女リァンは、まともで普通で、素晴らしい治癒属性の使い手だと。
(すげえ勝手言われてる……)
(全部俺達の責任かよ……まあそうなんだけども)
(いやだなあ……こんなことで責任取るの……)
なお、斉天十二魔将の三人は、いよいよ見えてきたシュバルツバルト、その前に有る前線基地を前にして陰鬱だった。
あの森がどれだけ凄惨なのか、キンカクたちは当然実体験を持たない。その意味では、バブルたち四人のほうが経験豊富だろう。
だがしかし、アッカのことは知っている。
全盛期のギュウマと戦い、打ちのめしたという、既に引退して久しい男を知っている。
その彼が守っていた基地、前線基地。
精強なるBランクハンターたちを知っている。
キンカクたちは、ふと同行している一灯隊を見た。
馬子にも衣装という言葉はあるが、誂えられた新品の鎧を着てほくほく顔の若者たちを見る。
見ようによっては、新兵だろう。その装備の高額さを察して、お貴族さまのおぼっちゃんだと勘違いする者もいるかもしれない。
しかし実際に轡を並べて戦ったキンカクたちは、彼らの精強さを知っている。
全員が精鋭としての戦力を持ち、なおかつクリエイト使いという狂気の集団である。
Bランクハンターならばある意味納得なのだが、前線基地の中では一番弱いと言っても差し支えない程なのだ。
武将級の実力者が三人いて、それに従うクリエイト使いの精鋭が何十人といて、それで総合力で他の隊に大きく劣っているのである。
めまいがしそうだった。
そんな連中のホーム、最前線へ行くのである。しかも、ダッキのお守りで。
「むふふ……もう前線基地に戻っているそうだけど、私の魅力でメロメロになれば、なお元気になる筈よ!」
なまじ、体が成長しているのが痛々しい。
もう少し前ならマセた子供で済むのだが、今は体だけ成長している。
おそらく今の狐太郎と並び立てば、彼女の方が大きいだろう。
(知性とか品性って大事なんだなあ……)
実力で選出されたがゆえに、下品と呼ばれることもある三人。
彼らは貴族たちから自分がどう見られているのか、改めて理解した。
なるほど、品というのは大事である。
この王女は、礼儀作法や学問、舞踊や音楽といった教養は身に着けている。
それこそ、とても大変な教育だったはずだ。それをちゃんとものにしている、という意味では素晴らしいと思う。
だが、肝心の精神が駄目だった。
本当に、具体的に、わかりやすく駄目だった。
大王のために忠義を誓った三人は、しかしその娘のために死ぬのはちょっと、という気分になっている。
内面を磨けとは言わないが、外面ぐらいはよくしていただきたい。
「うふふふ……そうすればあの玉手箱は私の物……世界中の偉い人達が、私を羨むんだわ!」
果たして彼女の結婚観はどうなっているのか。
ある意味バブルと似ているのだろうが、もっと実体性がない。
多分かなりふわふわしていて、『妻は夫をメロメロにする仕事』という認識なのかもしれない。
(はぁ……誰か何とかしてくれないかなあ)
リァンから何度も痛い目を浴びているのに、彼女の性根は一向変わらない。
東方戦線から戻った時、以前と全く変わりがなかったことに絶望したほどだ。
(大人になってくれ……)
人は時に子供を美化する。
しかし今の彼女を見ていると、子供って酷いなあ、という感想しかない。
(この森に入って怖い思いをして……それで立派な王女様に……!)
歴史に名を残す名君になってほしいわけではない。
そんな高望みはしないから、まともな王族になってほしかった。
※
今更だが、公女リァンも王女ダッキも、同じようにこの国の重要人物である。
一灯隊の帰還ということもあって、前線基地の討伐隊が一堂に集まっていた。
普段は壊れたものを集める広場にて、全員が歓迎のムードを作っていた。
(……何度見てもやべえ戦力だ)
(Aランクに達したのが一人増えたって話だが、それを抜きにしてもヤバすぎるだろ……)
(マジで十二魔将に勝てるんじゃねえの? このアホ戦力……)
十二魔将は対人戦のプロである。
だからこそ、強い人間を見抜くことに長けていた。
彼らの目線からすれば、一灯隊を含めた討伐隊の戦力はそれこそ他国でも攻め込めそうな具合であった。
一国を食い荒らす危険なモンスターの巣窟なのだから、一国ぐらい攻め滅ぼせる戦力が必要なのだろう。
理屈は正しいのだが、肝の冷える話だ。これだけいても足りると言い切れない場所に、王女を連れて入るのだから。
「ジョーさん! 今戻りました!」
「ああ、よく戻ってきてくれた。君たちの戦果は聞いている、東方戦線では活躍したそうだね」
だがその恐ろしい基地も、一灯隊にしてみればホームである。
特に幼少の昔、この基地で育っていたリゥイにとっては、まさに故郷。
その基地が健在であるのなら、喜ばないわけがない。
彼はその無事を喜びながら、ジョーの元へ向かった。
「その鎧も、ずいぶん立派なものだ。今までこの基地では、白眉隊が一番優れた装備を持っていたが、これからは一灯隊に譲ることになるだろう」
「いやあ……この鎧は、その……着るのが大変でして。有事の時には、使いにくいかと」
「装備を付ける暇ぐらいは稼げるさ。その装備があれば、もっと活躍できる。高級で格式の有る鎧かもしれないが、きちんと使えば誰も怒りはしないよ」
ジョーは慕われるだけの人格者なので、戻ってきたリゥイが立派な鎧を着ていることにも嫉妬しなかった。
良く知る相手が栄達したことを、心の底から喜んでいる。
もちろん、そんな者ばかりでもないのだが。
「おいおいヂャン、どうしたんだ? いつから騎士様になったんだ? そんな立派な鎧なんか着ちまって」
「お、おい! 触るな、ガイセイ! この鎧は、大王様から賜ったものなんだぞ! 防御属性や硬質属性、柔軟属性のエンチャントが込められている、最高性能の鎧なんだ!」
「へ~~……じゃあどれぐらい頑丈なのか試していいか?」
「ふざけるな! お前話聞いてたのか!」
「いいだろ、別に。弁償ならするぜ、いくらでも。俺はこの間、カームオーシャンを倒したからな、単独で! おかげでうはうはよ!」
「酒飲んで寝てたって話だけどな」
「……ふっ、まあな。恰好はつかなかったぜ」
Aランクハンターの域に達したガイセイに、ヂャンもいよいよ嫉妬を隠せない。
しかしガイセイがガイセイで、復帰したとはいえ酔って起きれなかったことをそれなりに恥じており、その点を突かれると彼らしくもなくどもっていた。
そんな面々を見るのは、一灯隊と初めて会うホワイトと究極だった。
東方戦線へ参加していたという、入れ違いで出ていった戦力。
リゥイを隊長とする、Bランクハンター一灯隊。
なるほど、この基地で働いているだけのことはあった。
「ねえホワイト。もしかして沿岸警備隊の人たちより、ずっと強いんじゃないの?」
「そりゃあそうだろう。この基地の怖さは、お前も知ってるはずだ。この基地で求められる強さを、アイツらは持っている。俺が失格した、その時からな」
究極の言うとおりであり、一灯隊の戦力はやはり高い。
多くの街をめぐって、多くのハンターを見てきたからこそ、一灯隊の水準が高いことが分かる。
純粋に戦闘能力だけで、大公という要人から信任を得て、さらに娘まで託されている集団である。
一般のハンターとだけではなく、一般のBランクハンターさえ凌駕しているだろう。
「で、あの人たちが近衛兵さんかい? ナタさんの古い同僚だよね」
「……そうだけども、あんまり踏み込むなよ」
「わかってるさ、僕は人の心に優しいんだ。君と違って、人でなしじゃない。人じゃないけどね」
二人は元十二魔将だというナタに会っている。
その当人から比べればやはり格段に落ちるが、相当な実力者だと分かっていた。
「それじゃあ、あの三人が守っている、あの綺麗な人が王女様かな?」
「多分そうだろうな……近づくなよ」
「わかってるさ。僕は君と違って無計画じゃない、現地に行ったら会えるかも、会ったら友達になれるかも、なんて考えてないよ」
「……お前、俺にやさしくしろよ」
「やだ」
さて、ダッキである。
美しく成長した彼女は、しゃなりしゃなりと、優雅なしぐさで狐太郎に近づいていった。
歩く姿だけ見れば、まさに絶世の美少女であろう。
最後に会った時と比べて、まったく変わっていない狐太郎。
彼女は余裕たっぷりに笑って、近づいた。
「お久しぶりです、狐太郎様。ダッキです」
「……あ、ダッキ殿下」
この世界の住人の成長を良く知らない狐太郎は、見上げるほどの美女を見て、正直慄いていた。最初当人だと思わなかったほどである。
先日までは自分よりも小さかった子供が、自分よりも大きな大人になっているところを見ると、自分が小人であることを思い知る。
「この度は、貴方の仕事を観たくて、この基地に参りました。どうかエスコートをお願いしますね」
(でっけ~~)
今この瞬間だけは、ハニートラップとして成立しそうなダッキ。
しかし狐太郎は、見上げるほどの美女に対して正直引いていた。
(やっぱ蝶花さんとか獅子子さんぐらいだよな……)
大きければ大きいほどいいとは言うが、ここまで大きいと流石に好みではない。
別に彼女を醜悪だと思っているわけではないが、一緒になりたいと思えなかった。
小型犬が大型犬に求愛されて怖がっているようなもの、と思えば大体合っている。
「そ、そうですね……今回は私の仕事をご覧になりたいということでしたね……」
緊張している狐太郎。
ただでさえ上から目線のダッキが、文字通り見下ろしてくるので、とても怖かったのだ。
それを『私の魅力でどぎまぎしているのね!』と好意的に解釈しているダッキは、とても上機嫌である。
(今タガメを食わされたら、それこそいじめだな……)
なお狐太郎は、昔タガメを食わされたことを根に持っている模様。
「……それで、あの人たちが大公閣下の派遣してくださった護衛ですか」
ふと、狐太郎はバブルたちを見た。
ドルフィン学園から来た護衛達は、どうしていいものかと苦しんでいる様子であった。
(俺も最初はそうだったな……)
誰も指示をしてくれないので、どうしていいのかわからない。
でも何もしないのもいかがなものか。そう迷う社会人一日目。
「ブゥ君、彼らに説明を」
「説明って、何のですか」
「……ああ、うん」
ちょっとかっこいいところを見せようと思ったら、自分の無能を晒してしまった。
確かにこの流れで『説明を』って言われても、ブゥも困るだろう。
「これからすぐ森に入るから、荷物を置くようにね」
※
徒歩一分の地獄、シュバルツバルト。
Aランク上位モンスターのひしめく、恐るべき魔境。
本来であれば近づくことさえあり得ない、最強種族の巣窟である。
その中に入ったのは、狐太郎率いる一団である。
「それにしても、凄く多くなったね。昔は私たち四体と、ご主人様だけで森に入ったのに」
火竜アカネ。
「あの時は、私たちが身を挺して守っていたものね……全然守れてなかったけど」
大鬼クツロ
「その話はもうやめましょう……一番ご主人様がピンチになったのがアレだなんて、考えたくないわ」
悪魔ササゲ。
「今回は王女様もご一緒なのだ、私語は慎んだ方がいいだろう」
雪女、コゴエ。
Aランク上位モンスターさえ単独で吹き飛ばす、強大な力を秘めた四体の魔王。
狐太郎に昔から仕える、勇猛にして強大な戦士たちである。
「よく考えたら、僕の仕事はそんなに楽になってないんだよね……」
「はっはっは! 狐太郎様の安全が確保されているのなら、気も楽なのでは?」
「仕事に楽を求めるのは面白くないわよ? もっと張り切りなさいな」
悪魔たちを従える、悪魔使いの当主ブゥ・ルゥ。
ルゥ家に忠義を誓う大悪魔、セキトとアパレ。
(多くの戦力が加入したが、我等の役目は変わらん)
(斥候役を任じられているのは我等のみ。Cランクの一体も見逃すな)
(あのバリアも常時展開できるわけではない、気を抜くなよ)
社会の闇に潜んでいた裏稼業の住人、ネゴロ十勇士。
(よし、がんばるぞ~~!)
(今日までの頑張りを活かすためにも、全力で臨まないとな)
(……またビッグファーザーが出てきたらどうしよう)
(ラードーンとエイトロールがまとめて襲い掛かってくることもあるって話だよな……)
ドルフィン学園から派遣されてきたクリエイト使い。
バブル・マーメイド、ロバー・ブレーメ、マーメ・ビーン、キコリ・ボトル。
(こいつらだけ見てもすげえ戦力だな、これだけそろえてアッカの代わりが務まるってことか)
(物々しいもんだ……俺達三人で倒せるのが、悪魔の中ぐらいってのが悲しいねえ)
(これだけそろえても、空気の緊張がヤバい……それだけの死地ってことか)
斉天十二魔将、七席キンカク、同じく八席ギンカク、同じく九席ドッカク。
(こんだけいるんだから、大丈夫でしょ)
央土国第一王女、ダッキ。
なるほど、ありえない、統一性のかけた集団である。
これらを実質的に率いるのが狐太郎であるが、彼の心配事は『人事』ではない。
(なんかもう、物凄い嫌な予感がする)
一種の経験則であるが、一つの問題が解決しかけたことがあっても、ちゃんと解決しきることは稀である。
先日頭を打ったこともそうだったが、どうせ何かの見落としがあって、どうせ痛い目を見るのである。
そして、それに対して、狐太郎は何もできないのだ。
(Aランク上位モンスター、全員大集合とか来るかもしれん……)
それさえ、ありえないとは言い切れない。
一つ救いがあるとすれば、今なら現実的に打破できることだろう。
(だとしたら、それよりもヤバいのって……なんだろうなあ、まったく)
――今日、この日。
この森から、怪物が解き放たれる。
ベヒモス、ラードーン、エイトロール、カームオーシャン、プルート、ダークマター。
そうそうたるAランク上位モンスターたちを差し置いて、最強とされる怪物が、カセイに向かって進撃する。
その引き金を引くのは、ただ一匹の、小さな狐だった。
「急報、急報です!」
慌てた様子の蛍雪隊隊員が、切羽詰まった様子で走ってきた。
その姿を見て斉天十二魔将やダッキは慄くが、他の面々は既に慣れ切っているのでなんの反応もしなかった。
「狐太郎様! ダッキ様! 至急基地に戻ってください!」
「そりゃあ戻りますけども……どんなモンスターが襲ってきたんですか?」
「違うんです! そうじゃないんです!」
既に老齢に差し掛かった蛍雪隊の隊員は、今までにないほど慌てた様子で叫んでいた。
「カセイが! 他国の軍勢に包囲されているんです!」
「……なんだって」
「ですから、カセイが……いえ、我が国が、侵略されているんです!」
意味が分からなかった。
なまじカセイを出たばかりのダッキやキンカクたちは、何かの冗談だと思ったほどだ。
ここは国境地帯ではなく、国土の中央に近い。
如何に交通の便がいいとはいえ、他国の軍勢がそうもあっさり侵入できるわけがない。
だがもしも、それができるのだとすれば。
敵はありえないほどの大軍で、尋常ではないほどの戦力で。
まず間違いないく、大将軍が率いているのだろう。
そこまで思い至った彼らは、蛍雪隊の隊員を理解した。
そんなことになっているのなら、大ごとである。国家の存亡がかかった、大侵略である。
いいや、すでに滅亡しているのかもしれない。国家の中枢に敵軍が入っているということは……。
「わかった」
一匹の狐が、全員を動かした。
「みんな、すぐに戻るぞ。カセイを守るんだ」
討伐隊隊長、Aランクハンター、虎威狐太郎。
この森のモンスターをもってしても一度も破ることができなかった、最強の怪物を率いる男である。
第一部『苛政より猛き虎』最終章『桃栗三年柿八年』完。
次回、第二部『護国の虎』第一章『虎を知らず、虎児を求めて虎穴へ』
 




