24
大公ともあろうものが、どこの馬の骨とも知れぬ狐太郎へ下手に出ている。如何に衆目がないとはいえ、なかなかできることではないだろう。
(まあ、アレが近所に居たら気が休まらないしなあ……)
とはいえ、その心中は察するに余りある。
護衛の話でも少しあったが、狐太郎が大公に対してイラっときて、Aランクのモンスターを一体でも素通ししてしまえば大損害だ。
これは狐太郎本人だけではなく配下の四体にも言えることで、ここで無意味に嫌われるようなことは避けたいのだろう。
一時へりくだるぐらいでこの基地に狐太郎を縛り付けられるのなら、さほど面倒でもないであろうし。
「では、君たちの実力を確認したい。とはいっても……四体のモンスターの実力は現場で確認させてもらうので、今この場で確認したいのは狐太郎君だけだ」
「私……の実力ですか?!」
「ああ、勘違いしないでくれ。別に君に戦えと言っているわけではない」
苦笑した大公は、ごとりと大きめの丸い水晶が目の前に置く。
それを見て、文脈から察した狐太郎は驚愕する。
(ま、まさかこれは、例のアレか?!)
一度も見たことはないが、その概念だけは知っている。
いわゆるステータスを閲覧する、魔法の便利な道具なのだろう。
まさか本当に見る日が来るとは。
「あの、もしかしてこれって……ステータスを見る奴ですか?!」
興奮気味のアカネがつい尋ねてしまう。
狐太郎は慄いているが、アカネはとても嬉しそうにしていた。
「ほう、知っているのかね。確かにこれは、触れたものの能力を数値化する道具だ」
「すご~~い! 私も使っていいですか?!」
「それは止めてくれ、絶対に壊れる」
「壊れちゃうんですか?!」
(え、壊れるもんなの?!)
自分で触ろうとするアカネだが、それを大公は慌てて止めていた。
「これは人間用、というか病人用なのだよ。もしも健常な強者が触れれば、それこそ計測値を超えて壊れてしまう」
「爆発するんですか?」
「いや、爆発はしないが……」
「しないんだ~~」
例えばである。
温度計という意味では、人間の体温計も製鉄業で使うような工業用の温度計も同じものである。
しかし人間用の体温計を解けた鉄に近づければどうなるかなど、考えるまでもないだろう。
もちろん物によってはどんな温度でも精密に計測できるのかもしれないが、これはそこまで高性能ではないようである。
「それじゃあ、強い人用のもあるんですね? 今度触ってみたいんですけど……」
「それは……無理なんだよ。申し訳ないが、法律で製造も所持も禁止されている」
(なんで?!)
申し訳なさそうに断る大公だが、はっきり言って意味が分からなかった。
ステータスを確認できる道具が、所持も製造も禁止されている。それも弱い人用ではなく、強い人用の者だけが。
どうしてそんなことになっているのか、さっぱりわからない話だった。
「これは元々、余計な争いを避けるために製造されたのだよ。戦闘能力を数値化できれば、争うまでもなく優劣がはっきりするだろう? それに個人の能力が具体的になれば管理も簡単になるし、編成の参考にもなる。よって製造された当時は何かと期待されていたのだが……」
能力を数値化すれば、優劣がはっきりする。優劣がはっきりすれば、余計な争いは避けられる。
理想は素晴らしいが、そう簡単な話ではなかったようである。
「結果的に争いが助長された。この装置によって、余計な争いやトラブルが頻発したんだよ。大差があるのならともかく、僅差なら認めたくないだろう? そして大差があるのなら、最初から計測する必要がない」
(なるほど……些細な差でも優劣がついてしまうから、マウントの取り合いになったんだな)
学歴社会のような話になってしまったが、言いたいことはわかる。
同等だと思っている相手から『お前は俺以下だな』と言われてしまえば、腹も立つだろう。
しかもそれが客観的な根拠のある数字による比較なら、マウントもさらに激しくなるはずだ。
「もっと言えば……これで計測できるのは数値化できる能力だけなのだよ。腕力や足の速さのような身体的な能力や潜在的なエナジーの量がわかる程度なのだ」
(それってただの身体測定なのでは……。あとエナジーってなんだろう)
ややがっかりする話だが、極めて分かりやすい話だった。
よく能力値をAとかBとか10とか100とか、レベルなどで表している。
これがゲームや漫画の話なら、だいたいこんなものだ、で納得できる。
だが優劣はわかっても具体的ではない。
筋力Aってどれぐらいで、速さ10とはどれぐらいなのか。筋力Bよりは強いだろうし、速さ5よりは早いのだろう。だがやはり、具体的でもなんでもなかった。
具体的な数値とは『単位』が不可欠なのである。
例えば握力や重量挙げなどならkgで表し、足の速さは100mや5000mをどれだけの時間で走破したのかで表す。つまりmやhなどだ。
ボール投げや円盤投げ、やり投げなどはmで表すが、これが棒高跳びや幅跳びのmと同じに考えていいのかと言えば少し違う。投げる力と遠くへ飛ぶ力なのだから、本質的に別である。
つまりアカネや狐太郎が想像するような、『筋力A 防御B 速度C』だとか『攻撃10 魔法10 耐久10』と言った単位の存在しない測定結果などありえないのだ。
筋力Aはベンチプレス100kgを持ち上げられる程度、速さ10は百メートルを十秒で走れる程度、というのなら最初からそう書けばいいのである。
「へ~~この世界って、レベルがないんだ」
「アカネ……レベルって何よレベルって。そんなものあるわけないじゃない」
(お前たちの世界にはあったけどな)
アカネに呆れているクツロだが、狐太郎にとっては皮肉な言葉である。
「まあそもそも、力の優劣が分かったからと言って戦いが収まるわけがない。相手が話にならないほど強いなら、計測するまでもなく明らかだ。一人で勝てないなら二人で襲い掛かるだけだし、正面から勝てないなら背中から刺す。人間なんて、そんなものだろうに」
(まあ確かに……正面からならクツロ達に勝てないモンスターが、何度も俺を拐ったりしてたしな)
「これを作った製作者は頭がよかったのだろうが、すべての人間が頭がいいと勘違いしていたのだろう。まあとにかく、濁したほうがいいことはある。今では強者を測る物は禁止され、病気などの検査に使われている。あくまでも結果論だが、想定よりもいい使われ方だと思うね」
さて、改めて計測である。
この水晶に何かをすれば、狐太郎の能力がわかるのだろう。
「気を悪くしないで欲しい、あくまでも確認だ」
「どうすればいいんですか?」
「体液を触れさせればいい。一番正確に計測できるのは血液だが、この際手汗でも問題ないだろう」
(雑だな……)
要は手を当てれば計測してくれるということだろう。
狐太郎は恐る恐る、水晶に掌を当てた。
しばらくすると水晶の中に、意味の分からない文字の羅列が並んだ。
古いアルファベットや、甲骨文字のように複雑な字だった。
(……正直、少しは期待していたりして)
ササゲ曰く、狐太郎には何の才能もないとのこと。
逆淘汰が行われ続けた結果、モンスターパラダイスの世界の住人は、普通の人間同様に劣化しているらしい。
どれだけ鍛えても、一切強くなれないとか。
とはいえ、それを実際に計測したわけではない。
もしかしたら案外、秘めた才能でもあるのかもしれない。
(俺が強くなれるんなら、それが一番だしなあ……)
はかない期待をしていると、計測結果をみたリァンが驚いていた。
「信じられません……こんな数値、ありえない!」
目を皿のようにして、水晶に書かれている文字を確認している。
見間違いではないかと、何度も何度も字を目で追っていた。
「普通では考えられません!」
「ほう、そんなに低いのか?」
(なんだろう、この流れに既視感が……)
どうやら狐太郎の数値は、とてもおかしかったらしい。
「はい! そこらの子供以下です!」
「そこまでか」
「これで健康だというのは、信じられないことです……」
どうやら狐太郎の潜在能力は、ありえないほど低かったらしい。
「ぶふっ」
「何笑ってるのよアカネ!」
「ご、ごめんなさい! 別にご主人様を笑ったわけじゃなくて……なんかシチュエーション的に……」
「失礼ね!」
思わずアカネは噴き出して、それをクツロが怒っている。
アカネも狐太郎をバカにしたわけではないのだが、結果としてはどう見ても狐太郎をバカにしている。
(俺の能力値が低すぎて、現地の人に驚かれた……)
なお狐太郎はとても傷ついている。ちょっと期待していた自分が馬鹿みたいだった。
(小型犬の成犬を見て、これで大人なのかと驚くようなものか……。まあわかり切ってはいたけども、実際に弱いと言われるとショックだな……)
これで狐太郎が一生、これっぽっちも強くなれないことが判明した。
この世界の基準では、狐太郎は健康を疑われるほど弱いらしい。
「こんなに弱いお人が……私たちのために戦ってくださるなんて! なんて高潔で勇敢なのでしょう!」
なお、リァンは感動していた。
狐太郎が弱いことは最初から分かっていたので、幻滅は特にしなかったらしい。
多分強かったら強かったで、『これだけ強くなるためにどれだけの鍛錬を……その力を私たちのために使っていただけるだなんて!』とか言っていたはずである。
「ずいぶん前向きなお嬢様ね」
「ササゲ。お前の言いたいこともわかるが、そう見当違いでもあるまい。このお二人にとってはご主人様がカセイを守っていることだけが重要で、他のことはさして重要ではないのだろう」
リァンに呆れるササゲだが、コゴエは特に何も思っていなかった。
実際のところ、強いのに弱いふりをしているよりは、弱いなりに頑張っている者の方が好感度は高いだろう。
「氷の精霊よ、貴方の言う通りだ。Aランクモンスターを討伐してくれるだけで、カセイの誰も文句は言えない。第一この森で、中途半端な実力が何の役に立つというのか。狐太郎君がすこしばかり強かったとしても、何の意味もないだろう」
大公も公女も、驚きはしたがそれだけだった。
全員が分かっていたことを確認しただけなので、狐太郎が嫌な気分になっただけだった。
(俺が嫌な気分になったことに何の意味が……)
果たして狐太郎を傷つけてまで、確認するべきことだったのだろうか。狐太郎には何もわからない。
「気を悪くさせてしまったのなら申し訳ない。しかし私は大公、それなりの責任と義務がある。私自ら現地へ視察に赴いたのに、当事者が口頭で言っていることをうのみにするわけにはいかないのだよ」
(真面目で立派な人だ……ただその真面目さが恨めしい)
少々気さくだが、要点は抑えている。
仰々しく礼儀作法に則って行動して、肝心の確認作業がおろそかになるよりはよほどいいのだろう。
ただ、狐太郎には優しくないというだけで。
「君に護衛が必要であることは確認できた。であれば今度は……君に隷属しているモンスターの実力を見せてもらうよ」
狐太郎の背後に控えている、四体のモンスター。
彼女たちに期待の視線を向けて、大公は席を立つ。
「新しいAランクハンターの実力、見せてもらおうか」
※
さて。
非常に今更だが、狐太郎のモンスターたちは護衛ができていない。四体で一人を守る、と言うことができないのだ。
であれば、護衛の対象が三人に増えれば、もう完全にキャパシティーをオーバーする。
狐太郎一行に大公ジューガーと公女リァンがついて行けば、三人がまとめて死ぬ可能性もあった。
それを解決するべく、大公は抜山隊と白眉隊に声をかけたのである。
抜山隊のガイセイがいればAランクの一体は倒せるし、最精鋭である白眉隊ならば道中の護衛も万全。
大量の頼もしい仲間とともに、狐太郎たちは森へ入ったのである。
(ますます俺が要らないような……いや、俺の試験なんだけれども)
現在、狐太郎は白眉隊に守られていた。
四体もすぐわきにいるのだが、あくまでも護衛をしているのは白眉隊である。
大量に出現するBランクのモンスターや、Cランクモンスターの奇襲。
それらに対して、白眉隊は余すことなく、危うげなく迎撃していた。
一応は抜山隊の隊員もいるのだが、彼らは大公の前なのに気を抜いていた。
中にはあくびをしている者さえいた。
「ふぁあ~~」
なお、それは隊長のガイセイも同じである。
「なあ狐太郎、実は頼みがあるんだけどよ」
「な、なんですか?」
あくびをしていたと思ったら、いきなり話が切り替わった。
クツロと同じぐらい大きいガイセイは、この場で二番目ぐらいに背が低い狐太郎に話しかけてくる。
わざわざ猫背になっているが、それでもかなり大きい。
「この間お前が五体倒して、俺は一体しか倒してないだろう?」
「え、ええ……そうらしいですね」
「カセイでツケてもらってたらかさんじまってよ。Aランク一体の報酬じゃ足りなくなっちまってたんだよ」
(Aランクの報酬って、そうとう高いんじゃないのか?! どんだけ借金してるんだ……)
ツケ、つまり借金。
手持ちの現金がないので、ある時の後払い。
ある意味信用取引なのだが、目の前の男の場合はただ遊びたいだけ遊んでいるだけなのだろう。
「だからよ、Aランクが何体か出てきたら、一体は俺に倒させてくれねえか?」
(働いて借金を返すという良心はあるのか……)
あまりにも無茶苦茶な要求だった。
限りなくAランクハンターに近い男にしてみれば、Aランクモンスターの一体なら現金程度にしか思えないのだろう。
だが他の面々にしてみれば、あまりにも危機感や緊張感に欠ける発言だった。
ガイセイ同様にAランクを倒した四体をして、同じことを言えるとは思えなかった。
「ねえクツロ。あのガイセイ、そんなに強かったの?」
「そうだ、ササゲ……。奴は一人でAランクを一体倒していた……しかも、終わった後も割と余裕だった」
「うわぁ……」
Aランクモンスターを一人で倒せる無茶なハンターに、悪魔も大鬼も閉口する。
「ガイセイ、今回は狐太郎君の試験なんだ。趣旨に反する行動は控えてくれ」
「ジョーの旦那よ、殺生なことを言わないでくれや。今溜めてるツケを返さねえと、抜山隊はカセイで酒も飲めねえんだよ」
(抜山隊を相手に商売をしている人は大変だろうなあ……めちゃくちゃ強い上に行動もめちゃくちゃで、借金を返す能力もあるからな……)
白眉隊のジョーが狐太郎に助け舟を出すが、ガイセイも中々ひかなかった。
彼にとって、部下と一緒に酒を飲めないのは大問題なのだろう。
「はっはっは! ガイセイ君、君のことは陳情されているよ。ただでさえ重い税金を課されているカセイの商家を、これ以上困らせてはいけない。借金に関しては、私が立て替えておこう」
「いやっほ~~! 流石大公様、話が分かるぜ!」
「安心したまえ、君の給料から天引きしておく。全部返しきるまでは、カセイで酒の一滴も呑めないと思いたまえ」
「それじゃあ同じじゃねえか! 勘弁してくれよ大公様!」
(これが債権整理か……)
異世界にきても借金の概念はさほど変わらないらしい。
奇妙な一致に対して、狐太郎はどうでもいいと思っていた。
「ま~しょうがねえか、しばらくは狐太郎にたかるか。あと二体も狩れば、返せる程度のツケだしな」
(俺に奢らせるのは確定なんだ……)
ある意味では一番Aランクハンターらしい振る舞いに、リァンは感動のまなざしを向けていた。
「さすがは前線基地最強のハンター! アッカ様の後継者と目される、抜山隊のガイセイ様ですね!」
(今の話のどこに褒める要素が?)
狐太郎とは対極に位置するガイセイへ、リァンは同じ感情を抱いていた。
それに対して、狐太郎は呆れてしまう。
「あのさ~~リァン様。もしかしてこの前線基地のハンターなら、誰でもいいの?」
「もちろんです! どなたに対しても、嫁ぎたいと思っています!」
一切恥じることなしと、リァンはアカネに答えていた。
それは狐太郎たち以外にとっては普通のことらしく、誰も驚いていなかった。
「お父様の許可さえいただければ、隊長様方だけではなく、一般の隊員の方でも求婚をお受けしますとも!」
「えええ~~?」
信じられない、と言わんばかりに周囲を見るアカネ。
そこには両極端な、白眉隊と抜山隊が見えた。
「白眉隊の人ならわかるけど、一灯隊とか抜山隊の人とも結婚できちゃうの~~? 私が人間だったら無理だな~~」
(何めちゃくちゃ失礼なことを言ってんのコイツ)
「ぎりぎり蛍雪隊かな? お爺ちゃんばっかりだけど、いい人だったし」
(限度を知らないな、アカネ……)
如何に種族が違うとはいえ、アカネの上半身はほとんど美少女である。
その美少女から『お爺さんより無理』と言われた抜山隊隊員は、微妙に拗ねた顔になっていた。
「もちろんです!」
その雰囲気をぬぐうのは、やはりリァンだった。
「アカネさんは、カセイを見たことはありませんか?」
「うん、行ったことない」
「それではいつかいらしてください。父が治めるカセイは、本当に素晴らしい街なのです!」
誇らしげに語るのは、前線基地が守っている都市。
何時かは彼女が引き継ぐかもしれない、カセイと言う街のことだった。
「そのカセイで暮らす人々が、モンスターの脅威に怯えずにいられるのは……前線基地で働くハンターの皆さんが命を賭して戦っていらっしゃるからなのです! AランクであれBランクであれ、ハンターの皆さんに体をささげることは、私にとって本懐なのですよ!」
「……そっか~~。リァン様にとって、ここのハンターはみんなスーパーヒーローなんだね」
「何を言っているのかはわかりませんが、たぶんあっていると思います!」
別に驚愕の新事実と言うわけではない。
ただ知っている事実の受け止め方が、彼女と狐太郎で違うということだろう。
(まあ、それでも『だれでもいい』に変わりはないけども……周りの人は嬉しそうだな)
狐太郎が改めて周囲を見ると、白眉隊も抜山隊も微妙に照れていた。
彼女がAランクのハンター以外と結婚することはありえないので、実現されることはない嫁入り宣言。だが嘘偽りのない言葉ではあった。
彼女は心底から、この場のハンターたちを尊敬し、敬愛している。
日々強大なモンスターを狩り続ける、勇敢なハンターたちを称賛しているのだ。
(俺も悪い気はしないな……少し大げさだけれども、感謝されるってのもいいもんだ)
アカネの言うとおりである。
守るべき人が近くにいない、会ったこともないというだけで、前線基地の討伐隊は全員がスーパーヒーローである。
街に迫る大怪獣を、街にたどり着く前に倒す。
実感はわかないが、誰かの幸せを守っているのだ。
「ふふふ……!」
(それを狙って、大公様は連れてきたのかもな)
嬉しそうに笑っている大公の思惑通り、白眉隊も抜山隊も士気が上がっている。
狐太郎でさえ、ここで働く意義のようなものを感じていた。
(しかしまあ、安定感が半端じゃないなこれ)
今更だが、ここはシュバルツバルトの内部である。
この世界でもぶっちぎりの危険地帯を奥へ奥へと進んでいるのに、狐太郎はこれっぽっちも不安を抱いていなかった。
大公を守るための布陣なので当たり前だが、50人以上のとんでもない大所帯なので、守られているという実感があり余っている。
(この森で現れる大量のBランクモンスター……を、質量ともに上回るハンターが迎え撃つ。俺達だけとは、完全に別のゲームだなあ)
狐太郎は相対的に背が低いので、背が高く武装している集団に囲まれていると、周りの状況が判別できない。
しかしそれでも注意してみれば、外部にいる白眉隊や抜山隊が、音もなく現れるモンスターを音もなく斬り殺していた。
ふと頭上の木々を見てみれば、襲い掛かってくるモンスターたちが空中で迎撃、撃墜されていく。
(完全に流れ作業だな、これ……熟練ゲーマーのシューティングゲームみたいになってる……いや、全員熟練のハンターなんだけども)
普段は一人と4体で入っていた森が、50人で入るとこんなに楽で安全。
やはりマンパワーはすべてを解決する。
(まあ通常の三倍の戦力だもんな……むしろこれぐらい楽で当たり前か……)
心なしか、抜山隊の面々が狐太郎やその脇にいる四体を見ている気がする。
時折ではあるが、たまにではあるが、白眉隊も四体を意識している気もする。
抜山隊と白眉隊でBランクは対応しきれるのだから、脅威となるのはAランクモンスターだけ。
それを四体が相手をしてくれると確定しているので、彼らも気が楽なのかもしれない。
「う~~ん、私たちやることないなあ……新しい仲間が増えたら、こんな感じになるのかな~~」
「それはないんじゃないかしら? 今回は大公様をお守りするためにこれだけの人数が一緒だけど、流石にご主人様だけを守るためだけには、これだけの精鋭を用意できないでしょう?」
「そっか~~」
(俺は普段からこれぐらい楽でも文句は言わないんだが……現実は辛いなあ)
アカネとクツロの話を聞いて、狐太郎はやや落ち込む。
期間限定の心強い仲間というのも、正直残酷な話であろう。
もちろん、同行が期間限定という意味なのだが。
「隊長! お気を付けください! 前方からAランクのモンスターが接近中です!」
索敵を担当していた白眉隊の先行班が、血相を変えて報告してきた。
それとほぼ同時に、広大な森の木々が、振動によって揺れ始める。
(ラードーンの時と同じだな……)
狐太郎の脳裏に、ラードーンと遭遇した恐怖が蘇る。
狐太郎は他のAランクモンスターを知らないので、どうしてもそれが基準になっていた。
だがしかし、その恐怖は狐太郎だけではない。
先ほどまでは笑顔でさえあった大公やリァンも、表情に緊張が走る。
「任せていいんだよな?」
ガイセイは貴人の前に立ち、最後の守りとしての位置を決めていた。
最悪の場合、彼が相手をするのだろう。
「誰に言っているのかしらね、ガイセイ。私たち四体がそろっているのなら、Aランクの一体敵じゃないわ」
「四体がかりで一体かよ! この間みたいに、髪型変えたらどうだ?」
「……うるさいわね」
ガイセイと言い争いをしながらも、クツロはゆっくりと前に進み始めた。
「ねえジョー様。もちろんだけど、私たちのご主人様を任せていいのよね?」
「もちろんだ、ササゲ嬢。我等一丸となって、狐太郎君をお守りする。大公様とリァン様同様の扱いをするので、信頼して欲しい」
「律義で誠実ねえ、呪いがいがなさそうだわ」
それに続く形で、ササゲも前に出る。
「行ってくるね、ご主人様!」
「必ずや戦果を挙げてみせます」
「あ、ああ……みんな頑張ってくれ」
もちろん、アカネとコゴエも同じだった。
四体は抜山隊と白眉隊の連合からゆっくりとはずれて、戦闘態勢を取りつつ横にならぶ。
「行くわよ」
クツロの声と共に、四体はショクギョウ技の準備をした。
その姿は、ジョーやガイセイも見たことがないものだった。
「な、なんと……見ただけでわかるぞ、あの武具は超一級品ばかりだ!」
「凄いです……人間の武器をモンスターが使っているのではなく、モンスターのためにあつらえられた最高級の武具だなんて!」
目の肥えている大公やリァンでさえ感嘆した。
白眉隊の着ている武具が陳腐に見えるほど、四体の武装は荘厳だったのである。
(……もう、誰も俺のこと見てねえし)
これから始まる大決戦、それを前にして狐太郎は微妙に傷ついていた。
(俺は弱すぎて驚かれて、四体は武装しただけで感心されて……もう比べるのも馬鹿々々しい……)




