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天丼

 世の中の物語には、嫌われているモンスターをあえて己の配下として連れまわし、それへ憎悪や嫌悪、軽蔑を向ける者へ怒る物語が存在する。


 種族が原因で嫌われる、というのはあんまりよくないことであろう。


 しかしながら、首輪とリードをつけて、ライオンを街中で散歩させればどう思われるだろうか。

 普通に嫌悪されるし憎悪されるだろう、飼い主が。一切擁護の余地がない。


(ブゥ君もそうだけど、悪魔使いってのは他の人に嫌われることも含めて、対価と言えるんだろうなあ)


 アパレが一つの国を乗っ取った時の話を聞いて、セキトもササゲもうんうんと頷いていた。

 悪魔というのは、嫌われることはともかく、舐められることは極めて嫌う生物である。

 人間からすれば悪質極まりない性質を持っているのだが、それは突き詰めれば当人たちの希望でもあるのだ。


 その悪魔を連れて歩く以上は、周囲に配慮するべきであろう。

 ササゲを連れて歩かない、という選択肢が狐太郎にない以上、カセイの見物というのはあんまりできないことだった。


 だが高いところから見下ろす、ということぐらいはできる。

 大公は狐太郎たちが復帰の挨拶をするために戻ってきたため、カセイの都市が一望できるバルコニーへ案内していた。


「どんな街であれ、人が集まるのならいい街だと私は思っている。特に多くの人々が集まるここは、前線基地さえ考えなければ本当にいい街だと思っているよ」


 それを見下ろしながら、大公は誇らしげだった。

 狐太郎たちが戦ってきた理由である、人々の行きかう街、カセイ。

 シュバルツバルトの近くに有る、という一点を除けば、王都にも負けぬ賑わいを見せる街だった。

 それこそ、高い税金を払ってでも住みたい、そういう街なのだろう。


「いつか……君にこの街を見せたいと想っていた。夢がかなってよかったよ」

「その……光栄です」


 大公と並んで街を見下ろす狐太郎は、その光景にいまいち実感がもてなかった。

 雑多な大都市を見て、これが全部自分の守っているもの、と言われても反応に困る。


「ふっ……ともかく、君が復帰を表明してくれて、正直助かっている。ガイセイやホワイト君は成長しているが、まだまだ安心できなくてね」

「そう、なんですか?」

「うむ。つい先日遂に、カームオーシャンとラードーンを、一人で一体ずつ撃破した」

「ええっ?!」


 驚き、慄く狐太郎。

 彼は既に、あの森に巣食うAランク上位モンスターの、全種類を撃破し終えている。

 正しくは彼のモンスターが戦って倒したのだが、だからこそその脅威を聞かされていた。


「あの二体を、力づくで殺したんですか?」

「うむ。君たちからすれば、悪魔の力を借りて倒せる相手だが、この国では力づくで倒すしか手段がなくてね。だからこそ、あの二人もその域に達したのだが」


 カームオーシャンもラードーンも、ササゲがいなければ倒すことが極端に難しくなる相手だ。

 技の相性、能力の性質が戦闘に大きく作用する狐太郎のモンスターたちは、だからこそ得手不得手が著しい。


 そしてガイセイとホワイトは、ともにからめ手を持たぬ純粋なアタッカーである。

 その二人が勝ったということは、油田の如き毒沼と、いくらでも再生する多頭竜を、死ぬまで殴り続けたということだった。

 それこそが本来のAランクハンターなのだとは知っているが、正直驚きを隠せない。


「だが?」

「うむ……翌日、二人とも倒れたそうだ」


 思えば、狐太郎のモンスターもそうだった。

 初めてAランクモンスターを討伐したときは、タイカン技を発動させたこともあって、寝込んでしまっていた。

 あの時は狐太郎を置き去りにした関係で、大急ぎで戦ったことも関係している。だがいずれにせよ、強大な力を発現させることは、その力の持ち主にも負担なのだ。

 初めて発揮したのなら、なおさらのことである。


「その日は大騒ぎをして、酒を飲みまくってから寝たそうだが、翌日ベッドから起き上がれなくなって、今日にいたるらしい」

「酒が原因だったのでは」

「私もそう思う。大人しく寝ていれば、そこまで引きずらずに済んだだろう。だが……考えてもみたまえ、Aランク上位モンスターだよ? それを単独で撃破したのだよ?」


 Aランクハンターを目指して、一心に鍛えてきた二人。

 長い戦いの果て、それを遂に成し遂げた。もはや二人に、狩れぬモンスターは存在しない。


「そりゃあ酒だって飲むだろう」


 もしも己にその力があれば。

 ナタのように、自らAランクハンターの力を発揮できれば。

 娘と同じように願っていた彼は、夢をかなえた二人を咎められなかった。


「私だって……同じようにするさ」

「そうですね」


 その辺りは、最初から英雄の力、魔王の力を持ってこの世界に来た狐太郎たちには、あんまり共感できないことである。

 もちろん気持ちはわかる、わかるのだが、完全に同調することはできなかった。


「まあとにかくだ、彼らはついにAランクハンターに限りなく近い力を示したが、まだまだ安定感が足りない。君たちのように、一体が無理をしても三体で補える、というふうにすることができないからね」


 シュバルツバルトの恐ろしいところは、上位以外のAランクモンスターががんがん湧くことだろう。

 一度大量にくればしばらく沈静化するが、それでも下位や中位のAランクモンスターが現れれば、そのまま壊滅しかねない。


「蝶花君を一度希望の地へ送ろうかとも思ったが……いや、慎重になってよかった」

「なんのことですか?」

「気にしなくていいとも。とにかく彼女も含めて、基地へ戻ってくれるのなら、本当にありがたく思っている」


 大公は、狐太郎の小さな手を取った。

 体格差があるので、まるで子供と握手をしているようである。


「……」


 大公は、羨望を禁じえない。

 手勢を率いて、自らあの死地に赴き、民の安寧を守る。

 まさに貴人ではないか。


 この彼が、弱いままに再び死地へ向かう。

 その選択こそが、既に英雄のそれである。


「大公閣下?」

「……」


 狐太郎が、その幼く見える顔で大公の顔色を窺っている。

 それに対して返答をしようとするが、内心での葛藤がそれを許さない。


 死の間際で、彼は四体に謝ろうとした。

 だがその寸前まで、大公にも謝ろうとしていたのだ。


 謝るのは、自分であるべきだ。

 この国の民を守るのは、この国の人間であるべきなのに。


「……狐太郎君、ありがとう」

「い、いえ、私は、その……私は戦いませんから。戦うのは、四体やブゥ君で……」

「それでも、だ。君がいてくれて、本当によかった」


 大公は、飾らずに感謝を重ねる。

 ガイセイが何時か言っていたように、ハンターだからと言って、この街で暮らす人々へ偉ぶって振舞うことは品のいいことではない。

 だがだからこそ、彼の苦労を知っている大公が、誰よりも労わねばならなかった。


「頑張ってくれたまえ」

「はい、お任せを」


 英雄が帰ってきた。

 壮健には程遠い姿の彼に、大公はやはり信頼を置いていた。



 蝶花を加えた一行が前線基地に戻ると、迎えてくれたのはシャインとジョー、そして麒麟だった。

 やはり話に聞いていた通り、ホワイトとガイセイは倒れて動けないらしい。


「よく戻ってきてくれたね、狐太郎君。君が復帰してくれたことも嬉しいが、まず無事な顔が見れたことが嬉しい。君の見舞いにもいかなかった、私の不義理を許してほしい」

「ジョーさん……そんなことないですよ、ここはいつも忙しいですからね」


 狐太郎の主観ではそうでもないのだが、ジョーの主観からすれば狐太郎の復帰は奇跡に近い。

 なにせ狐太郎が死の間際になる瞬間を見たうえで、意識が戻らないままにカセイへ向かうところを見送ったのだ。

 それっきり会っていないのだから、自分の足で歩いていることさえ驚愕することなのかもしれない。


「アカネちゃんたち……良かったわね、ご主人様が元気になって」

「……はい!」


 シャインがアカネに近寄り、その手を取っていた。

 シャインもやはり狐太郎の復帰を見ていない者である、だからこそあの瀕死が鮮烈になっているのだろう。

 アカネもそれを思い出したのか、思わず涙ぐんでいる。

 他の三体も同様で、あの時の心境がフラッシュバックしているようだった。


「あのね、麒麟。私ガイセイ隊長とホワイトさんが、倒れてしまったって聞いたのだけど」

「そうなんです。二人とも勝ちはしたんですが、相当無理をしたみたいで……まだベッドから起きれないんです」

「まあ大変! それじゃあ私は、そっちに行くわね」

「戻ってきて早々に申し訳ありませんが、お願いします……」


 ホワイトはともかく、ガイセイまで倒れるというのは大概である。

 しかも数日起きられないのだから、よほど限界まで絞り切ったのだろう。


「それじゃあ私もお見舞いに……」


 なんだかんだ言って、ガイセイもホワイトも、狐太郎の最期を看取ろうとしてくれていた。

 結局助かったわけだが、その時の恩義は忘れていない。

 クツロがそれをお見舞いに行こうとするのは、至極当然のことだった。それは他の面々も同様で、むしろ行かない理由が見つからない程である。


「……それなんですが、ガイセイ隊長は、その……皆さんが帰ってくると聞いて、絶対に見舞いに来させるなとおっしゃっていまして」


 苦笑いを浮かべる麒麟は、申し訳なさそうに申し出を断っていた。


「皆さんの厚意は嬉しいのですが……その、勝った時にめちゃくちゃ大喜びしていたので、翌日の消耗に心が耐えられなかったようで……」


 やった、ついにAランク上位を単独で倒したぞ。

 浮かれに浮かれた二人は、それはもう大いに騒いだ。

 翌日立ち上がれなかったことに誰よりもショックを受けたのは、その二人だったのであろう。

 そのギャップが、心を大いに追い詰めていたのだ。


「その……恰好が悪いとか恰好がいいとか、茶化せないぐらい沈んでいるんです……みっともないので、狐太郎さんやブゥさん、他の方々には見られたくないと」

「そ、そうなの……」


 何分、狐太郎たちは割としょっちゅうAランク上位を倒していた。

 もちろん単独で見れば、ホワイトやガイセイの方が数段強いのだろう。

 だが狐太郎の抱える総力で考えれば、ホワイトもガイセイも大きく劣っている。


 特に悪魔の力を結集させたブゥとは、一段か二段は差があったのだ。

 それに耐えられていない様子である。


(ホワイト君はともかく、ガイセイまで……)


 お見舞いをしたい気持ちは、狐太郎にもある。

 だが拒絶している二人の気持ちもわかるので、一行は取り合えずお見舞いを延期するのだった。



 さて、森への侵入である。

 蝶花と別れた狐太郎一行は、久しぶりに死地であるシュバルツバルトへ突入した。

 相変わらず、森自体にはなんの変化もない。ごく普通の、何の変哲もない森である。

 ホワイトが探索した各地の魔境に比べれば、あまりにも凡庸と言っていいだろう。


(しかし……増えたもんだなあ)


 書面上の狐太郎は、あくまでも個人としてハンターをしている。

 純粋にこの国の人間と言えるのはブゥだけであり、他の者は亜人かモンスターばかりだった。

 もちろんそれを言えば、狐太郎こそが亜人(がいこくじん)なのだが。

 

 まあそんなことは些細であろう。

 既に狐太郎の周囲には、もはやハンターの隊に劣らぬ編成が出来上がっていた。

 いいや、ここまでの戦力を抱えている隊など、シュバルツバルトの討伐隊にも在籍していまい。


(改めて……安心感が違う)


 もちろん、最大戦力が四体の魔王であることに、一切の変わりはない。

 悪魔使いであるブゥをして、魔王ササゲから力を受けなければ、Aランク下位を倒せるかどうかであろう。(もちろんそれでも、破格の実力者ではあるのだが)

 Aランク下位の鵺、サカモは、非戦闘員なので森に入ることはない。

 

 だがそれでも、単純に人数が増えていた。

 狐太郎の周囲には、死をも恐れぬ大量の悪魔がついている。

 Bランク上位であるセキトとアパレは既にブゥと合体しているが、Bランク中位が十体、Bランク下位が二十五体。よく考えなくても、無茶苦茶な戦力であろう。


 なにせジョーやリゥイたちでさえ、Bランク中位より少し強い程度なのだ。

 それだけの戦力が一兵士として、狐太郎の周囲を護衛しているのである。

 見た目は禍々しいが、それでも数の信頼感が違った。


「敵襲、敵襲! 前方から、Aランク下位モンスター、クレイモアが接近しております!」


 そしてさらに外側には、斥候を担当しているネゴロ十勇士がいた。

 戦闘能力は蛍雪隊の一般隊員と大差がないものの、この恐ろしい森で偵察を担当する心強い味方である。

 危機を察知してくれる、事前に教えてくれる、というだけでも安心感は著しい。

 

 前方から慌てて戻ってきたその十勇士を、悪魔の防御陣形の中にかくまう。

 四体の魔王はまだその時ではないと判断して、ショクギョウ技を使う体勢に入った。

 それに混じる形で、ブゥも方天戟を構える。


「さて……クレイモアとは面倒ね。でもいい試金石になるわ」


 悪魔が主戦力となっているからか、ササゲが音頭を取っていた。

 全体に向けて、激励を行う。


「ご主人様の復帰戦、鮮やかな勝利で飾るわよ」


 森の中の影が、ゆっくりとうごめいた。

 狐太郎たちを包囲する形で、Aランクモンスターが率いる群れが姿を現した。


「……く、クレイモアか」


 Aランク下位モンスター、クレイモア。

 狼のような姿をしている、巨大なモンスターである。

 牙を肥大化させたがゆえに滅亡したというサーベルタイガーよりも、さらに巨大な牙を備えた巨大肉食獣。

 尋常ならざる大きさの牙を十分に扱えるであろう巨大な顎を、最大に広げて威嚇してきた。


 そしてそのクレイモアに従う形で、傘下であるBランクのモンスターたちも現れた。

 奇しくも、狐太郎たちと同じように、混成のモンスター軍団である。


「タイラントタイガーと同じく、複数のモンスターを従えるモンスター……か」


 もちろん、最も恐ろしいモンスターは、従えているクレイモアだろう。この一体だけでも、Bランクハンターにほぼ勝ち目はなくなる。

 仮に一灯隊や白眉隊が遭遇すれば、撤退を余儀なくされるだろう。もちろんそれで逃げ切れるのだから、彼らもこの森のハンターと言えるのだろうが。


 つまりは、一体だけならそこまで脅威ではない。

 そのモンスターの狩りの成功率を上げているのは、他でもない傘下のモンスターたちだ。


 Bランク中位モンスター、スパルタンボア。

 硬い頭蓋骨をもち、横に列をなして、牙を槍のように向ける、並列歩兵のような怪物である。

 それが周囲を包囲しており、逃げる隙間はほとんどない。


 それに加えてBランク下位モンスター、ホッピングランサーがこちらを狙っている。

 足の長い大型のネズミの姿をしたホッピングランサーは、スパルタンボアの背に乗る個体もいれば、その前や後ろを固める個体もいる。

 スパルタンボアを戦車とするのなら、その随伴歩兵と言ったところだろう。

 だがBランク下位モンスターが、尋常の歩兵であるわけもない。圧倒的な包囲網を形成する、脅威の軽装歩兵。

 その実力は、単独でも熟練のハンターを葬るほどである。


「く、くぅ……」


 当然、狐太郎など一撃で殺せるだろう。

 今更ながら、少し後悔する。この森は、Aランク上位云々を抜きにしても地獄だと。

 狐太郎は、今更ながらこの森の水準に戦慄した。


「ギフトスロット、ダブルデビル」


 しかしながら、彼には頼もしい仲間が大勢いる。

 ホワイトやガイセイがそうであるように、この森に来てから成長を続けていた、大公が真っ先に推薦した最高戦力。

 悪魔使い、ブゥ・ルゥ。

 身に宿した二体の大悪魔、Bランク上位モンスターの力を、惜しみなく発揮していた。


「ホステレリィ」


 地面から、大量の棘がそそり立った。

 Bランク上位二体分の力が、包囲していたはずのモンスターたちを縫い留める。

 通常なら、すべてのモンスターを同時に攻撃したであろうが、しかし今はスパルタンボアだけに集中していた。


「……流石に死なないか。でも、これで十分ですね」

「ええ、十分よ。そのまま縫い留めておきなさい」


 傷を負っていないクレイモアを含めて、モンスター軍団はいきなり動揺していた。

 狐太郎が率いるモンスター軍団の恐ろしさを理解したうえで、自分たちの方が上だと確信していた。

 Bランク中位の数で圧倒しているので、そのまま圧殺できるはずだった。

 だが、それは一瞬で瓦解していた。ただ一人分の戦力で、戦力の過半が動きを縛られていたのである。


「狐太郎様、そのままお下がりください。ネゴロの者たちと一緒に、どうかご観戦を」

「我等アパレ様の配下が、全力でお守りいたします」


 残ったBランクは、下位が大量にいるだけ。

 もちろん脅威には他ならないが、こちらには自由になるBランクの悪魔が大量に残っている。

 下位だけではなく、中位も混じっている。その戦力差は、完全に逆転していた。


 屈強な大男の姿をした、多くの悪魔たちが、その腕を変形させる。

 精霊と同様に、エナジーで構築された肉体そのものが、武器へと変化していくのだ。


 遮二無二襲い掛かってくる大きな鼠、ホッピングランサー。

 その過半はBランク中位に位置する悪魔が複数をまとめて仕留め、その残りもBランク下位の悪魔たち複数で当たることで、あっさりと殲滅されていく。


(……戦力になる兵士ってのは、ありがたいもんだな)


 まさに、質を伴った数だった。

 今まで白眉隊や抜山隊、一灯隊が持っていた、通常戦力。

 それを狐太郎たちは、アパレの加入によってようやく得たのである。

 それはアパレ本人の加入による、ブゥ個人の強化より大きかったのかもしれない。


 狐太郎のすぐそばには、この戦闘にまったく首を突っ込めないネゴロ十勇士がいる。

 彼らもまた悪魔に守られているが、その悪魔たちを頼もしく思っているようだった。


(少し強い相手をブゥ君がまとめて足止めし、それに劣る雑魚はアパレの配下が倒す。やっぱり悪魔たちは、仲間にすると心強いなあ……)


 仲間にした方法が余りにもひどかった気もするが、サカモと違って死を恐れぬ悪魔の軍勢は、しっかりと壁の役割を果たしていたのである。


「じゃあ行くよ……ショクギョウ技、ドラゴンチャージ!」


 狐太郎を守ることに、一切の憂いがなくなった四体。

 彼女たちはこの場で最強の敵であるクレイモアへ、果敢に攻撃を開始する。

 狐太郎が守られているのであれば、Aランク下位如きに魔王の姿をさらす必要などない。

 しっかりと時間をかけて、丁寧に叩き潰すだけだった。


 騎士の姿になったアカネが、一番槍としてクレイモアに突撃する。

 まともにダメージが通っているわけではないが、その屈強な下半身による突撃は、ラードーンさえも押し込む。

 ましてやクレイモアが、その突撃に踏みとどまれるはずもない。


「だりゃああああ!」


 一旦懐に飛び込んでしまえば、長い牙も大きい顎も脅威ではない。

 前足の爪で引き裂こうとするが、彼女の体を守る鎧はこの世界の技術を大きく超えている。

 踏ん張って、全体重を込めて、しっかりと力のこもった一撃ならまだしも。

 押されながらの苦し紛れでは、ひっかき傷さえ残すことはできない。


「シュゾク技、鬼炎万丈。ショクギョウ技、拳骨魂……」


 その間に、並走するクツロは順調にバフを重ねていた。

 最初の一撃から最大威力が出せるアカネと違って、クツロはしっかりとバフを重ねる必要がある。

 だがそれは、その分強力な攻撃が繰り出せるということだった。


「シュゾク技、鬼拳一逝!」


 大物を押し続けたアカネが力尽きる刹那、強化を済ませたクツロの拳が、代わってクレイモアの胴体を捉える。

 もちろん一撃で倒れるわけもなく、クレイモアは反撃を試みる。


「ショクギョウ技、鬼拳二逝!」


 だが、最初から一撃で倒す気などない。

 クツロの流れるような連続攻撃に、体勢の整わないクレイモアはなすすべもない。


「三逝! 四逝! 五逝! 六逝! 七逝! 八逝! 九逝! 鬼拳全逝!」


 怒涛の猛攻は、確実にダメージを蓄積させていく。

 だが格下からの攻撃である、致命傷には程遠い。

 なんのこれしきと、連続攻撃の終わりに反撃を行う。

 

「ショクギョウ技、ドラゴンカタパルト!」


 だが、息を整えたアカネが再度攻撃する。

 上空へ打ち上げるような攻撃を不意にもらい、再びクレイモアは反撃不能になる。


 天も地もわからなくなってもがくクレイモアは、自分の落ちる先に雪が積もっていることに気が付いたかどうか。


「ショクギョウ技……厳冬一割、石突凍滝!」


 巨大な氷の柱が、先ほどまでとは比較にならない威力でクレイモアに突き刺さる。

 十分に温度が下がったところでの、渾身の大技。それを食らえば、流石に大ダメージは免れない。

 コゴエの一撃を食らって、ようやくクレイモアは血反吐を吐いた。


 だが、まだ死なない。

 この程度で死ぬのなら、Aランクに列されることはない。

 なおも意気の衰えぬクレイモアは、モンスターを従えるモンスターとして、最後まで戦う意思を目に宿していた。


「ショクギョウ技、月曜日の悪魔」


 しかし、その体から力が抜ける。

 己でもわかるほどに、持てる力が下がっていた。


 時間経過を必要とする代わりに、相手の全能力値を下げる技、月曜日の悪魔。

 呪詛師の悪魔にしか使えない強力な弱体化技を受ければ、既に大ダメージを負っていたクレイモアなど一たまりもない。


「ショクギョウ技、電光雪華……御神渡り!」

「ショクギョウ技、鬼斧侵攻!」

「ショクギョウ技、スピアラッシュ!」


 とどめをさすべく、畳みかける攻撃。

 恐るべき怪物であるはずのクレイモアを、明らかに小さいモンスター三体が追い込んでいく。


 だが、それでも死なない。まだ死なない。

 Aランクのモンスターは、そう簡単に死ぬことはない。


「シュゾク技、時代を笑う悪魔」


 ああ、しかし。

 ササゲの即死攻撃が通ってしまうほどには、弱り切っていた。


 強大だったはずのAランクモンスター、伝説のモンスター。英雄ならざるものでは太刀打ちできぬ怪物は、ついに力尽きていた。

 何もできないまま、なにができるのかもわからぬまま、その生涯を終えたのである。


「お、終わったのか……」


 だがそれも無理のないこと、この狐太郎こそが、他でもない英雄なのだから。

 たかが下位如きが英雄に挑めば、こうなって当然であろう。


「いえ、まだ終わってませんよ。まだ生きてますから、こいつら」

「あ、ああ、そうだったね」


 静かになったことで気を抜いていた狐太郎へ、ブゥは真面目に抗議していた。

 彼が拘束しているBランク中位モンスターの群れは、身動きが取れないだけでまだ健在なのである。

 Bランク中位の悪魔がさっきから一体ずつ片づけているが、同じ格のモンスターの中では悪魔は攻撃力が低く、まだ処理に時間がかかりそうだった。


 とはいえ、アカネたちが戻ってくればすぐ終わるだろう。

 包囲していたはずがあっさりと処理された、スパルタンボアたちの心境や如何に。

 狩りをしていたはずが、狩られていた。その現実を受けいれる知能は、ある方がいいのかないほうがいいのか。


(はあ……でもありがたいもんだ)


 遠回りをした気もするが、当初の願いはかなっている。

 これなら今後も、安定して森に入れるだろう。

 変な話だが、ダークマターの攻撃で死にかけたのは、森の外の話であるし。


(これなら、あの四人がきても平気だな……むしろ仕事がなくて、楽なぐらいか)


 改めて、狐太郎は素人であった。

 この森に巣食う、大量のモンスターの存在を忘却していた。

 これだけ血が流れていれば、どれだけモンスターを寄せるのかも分からないというのに。


 直ぐ近くにネゴロ十勇士がいるということは、逆に言って周囲の捜査が不十分であるということ。

 つまり今この瞬間、Cランクモンスターに対して、狐太郎たちは無防備に近かった。


 木の上から、その彼を狙う影が大量にあった。

 その名はファングラビット、肉食性の兎である。


「……!」


 その姿に気付いたのは、当然ながらネゴロ十勇士の一人であった。

 既に樹上から突撃を仕掛けている群れに対して、彼は考えるよりも先に行動していた。


「危ない!」

「え?」


 棒立ちしていた狐太郎に、組み付き、押し倒し、我が身を盾にしようとする。

 その体へ、大量の兎が牙をむこうとして……。



 数日後。

 一灯隊はキンカクたちとダッキを連れて、カセイにたどり着いていた。

 最前線での軍務を終えて戻ってきた娘や精鋭を迎える、彼の顔は曇っている。


「よく戻ってきてくれた。皆が無事で嬉しい」


 前線基地においては際立った戦力ではないものの、それでも十分に戦力として役割を果たしてきた一灯隊。

 彼らが最高級の装備を着て帰ってきたことを、大公は安堵とともに喜んでいる。

 だがその一方で、憂いがあることも事実だった。


「それからダッキ……今回は森の中へ入るそうだが」

「ええ! その通り! わたしがちゃんと見て、お父様に報告しますわ!」

「いいことだ、体験してくるといい。だが……少しだけ、ここで待ってほしい。一緒に森へ向かう人間が、もうすぐ来るはずだからな」


 カセイは王都に次ぐ都である。

 だからこそ遊ぶ場所も多いので、待つことに不満はない。

 しかし一灯隊もキンカクたちも、大公が誰を呼んだのかわからないのだ。


「知っての通り、君たちがいない間に、狐太郎君は一度ダークマターによって瀕死の重体に陥った。療養した後に、先日復帰してもらったのだが……」


 大公は、深くため息をついた。


「護衛の者に庇われて押し倒された時、頭を強く打ってしまったらしい」


 ダッキの疑念を晴らすはずが、なお深まらせるようなことが起きている。

 狐太郎の名誉を想って、大公はその不運を嘆いていた。

 なお、庇ったネゴロ十勇士は、特に怪我もなかったらしい。


「なあんだ、情けないの」


 やはりと言うべきか、ダッキはいらないことを言った。

 他の面々も少なからずそう思っていたことだが、口にするのはよろしくあるまい。


「あんぎゃあああ!」


 情けない声を上げて、見苦しい振る舞いをするダッキ。

 もちろんリァンが締め上げている、物理的に。

 森へ入る前、今この瞬間、彼女は死への恐怖を味わっていた。


 そのダッキを気にすることなく、大公は話を進める。


「君たちがいない間に、前線基地の戦力は大幅に上がっている。だが狐太郎君の安全を想えば、まだ安心はできないようだ」


 ブゥを含めた主力、ネゴロ十勇士による斥候、悪魔たちの歩兵。

 それとは別の役割をもつ、期待の新星。鍛錬を重ねていた彼らへ、大公は招集をかけたのだ。


「少し尚早だが……あの四人を呼んだ。彼らなら、開いている穴を埋められるだろう」


 ついに、狐太郎の護衛が、全員揃おうとしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] カセイを前線基地・駐屯地にして もっと離れた所に町を作り直す事考えんとなあってぐらい 地価高騰、壁外住居(スラム等)増えすぎてそうだよなあ
[一言] ダッキちゃんは思慮に欠けすぎてる... 名前の元ネタさんなら、そのへんもっと上手くやるぞ!
[一言] >ついに、狐太郎の護衛が、全員揃おうとしていた。 クラウドラインの孫「えっ!自分、単独で森に突っ込むの確定なんですか!?」 まあ、最初から狐さんの天敵はCランクなんで学生の4人が来れば守…
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