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お天道さまは見ている

 内政に関わる物語では、よく教育について言及する。

 教育は国家の柱である、だとか、あらゆる民に教育を、とか。

 実際その通りではあるのだが、問題なのは『教育を受ける側』であろう。


 教育を受けられないなんて、なんてかわいそうなんだ、という考え方も正しいと言えば正しい。

 しかし教育を受けている者が、全員『教育を受けられるなんて俺は幸せだなあ』と思っているだろうか。

 流石にそれはあるまい。

 むしろ教育がハードすぎて逃げ出してしまう、というのもよくある話であろう。


 これに、矛盾は一切ない。

 読み書きそろばんという基本中の基本さえ、憶えるのはとても難しい。

 それを楽しめる人間の方が、よほど珍しいだろう。

 必要な教育は、だからこそ辛く厳しい。


 そして教える側の人間も、辛く厳しいし、時々虚しくなるのだった。


「いっそここで死んだほうが、国家安寧のためになるというもの……」


 斉天十二魔将のトップも、引退したAランクハンターも、一灯隊も。

 だれもがリァンの暴挙を止めかねていた。


「いだだだ!」


 リァンはその太くたくましい手で、従姉妹の顔を掴み、さらに持ち上げていた。

 おそらく、顔もそうだが首も痛いだろう。

 リァンは相当体を鍛えているので、腕力ならばそれなりのものだった。


「た、たすけてえええええ!」


 ダッキの声は、とても美しい。

 例え危うく死にかけている時でも、彼女の声だと分かる。

 それが悲痛な叫びであればあるほど、その情感も伝わるのだ。

 現在王宮の中で、彼女が助けを求める声が伝わっていたのだ。


 なので、誰も助けに来なかった。

 幼いころは甘やかしていた大王も『流石に今のままだとヤバい』という危機感があったので、放置の構えである。


 王女の優れた情報伝達能力によって、王女なら助けなくてもいいかなという雰囲気になっていたのだった。

 全体が看過すれば、それは犯罪ではなくなってしまう。ある意味、正しい政治と言えるだろう。


「なんで誰も助けてくれないの~~!」

「痛いですか、苦しいですか?」


 リァンは、一向に手を緩めない。


「狐太郎様は、もっとつらく苦しく、死ぬところだったのですよ?」


 もう説教というより、ただむかついているので痛めつけている、という印象が強い。


「その狐太郎様へ謝意を示すことなく、自分勝手な理由でなお働かせようとするなど……恥を知りなさい」


 この世界において、国家と個人の関係はより複雑さを増している。


 例えばアッカがちょっと『ああこの王宮ぶっ壊してぇ』と思ったら、実際にいつでも壊せてしまえる。

 もちろん王宮をぶっ壊したところで、アッカの財布が温まるわけでもないのだし、むしろ他のAランクハンターや大将軍が殺しに来るだけだ。


 だが、実行可能な個人がいる、ということ自体が既に『地雷』である。

 世の中の人間が、皆損得勘定をして行動するわけではない。


 そういう意味では、法律上の筋を通したうえで復讐をした、圧巻のアッカは相当にまともである。

 本人も言っているように、その場で消し炭にできる実力を持っているのだから、十五年待っただけでも相当に慈悲深い。


 潜在的な危険分子が国中に存在する都合、権力者は常に強者へ敬意を払わなければならない。

 そしてダッキは、それを軽く超えてきたわけで。


「その顔が資産ならば、没収することもいといません」


 没収ということは、奪った後に再利用できるということであろう。

 おそらくリァンには、再利用不能になってもいいという覚悟があると思われる。


「やめて、お姉様! もうやめて!」

「はあ……」


 このまま顔の資産価値を目減りさせてやろうかとも思ったが、流石にそこまでの重罪でもないだろうと客観的に判断する。

 このままでは、正義というよりも闇の正義である。一定数の支持は得られるだろうが、権力者としては如何なものか。


「仕方ありませんね」


 リァンはダッキを地面に下ろし、手を離した。


「ダッキ」

「く、首が、首が痛いよ……顔も痛いよ……」

「ダッキ」

「酷い、お姉様、酷い……女の子の顔に、こんな酷いことをするなんて……」

「話を聞け」


 ほっぺたをつねるリァン。

 もうちぎれてもいいや、という気合で頬をつねる。

 まるで工具を使っているかのように、一点へ力がこもっている。


「死んじゃう!」

「死ね」


 ダッキは忘れているのだろうか。目の前のリァンは親友であっても躊躇のない、恐るべき殺人鬼だということを。


「さっきから聞いていれば……自分のことばかり! 貴女に体面というものはないのですか! 敬われるように振舞いなさい!」


 建前だとか体裁を取り繕う大事さを語る、公女リァン。

 普通ならば失望してしまうところだが、それさえない王女を見ていると大事だと思ってしまう。

 やはり権力者は、それっぽく振舞って欲しいのだ。そっちの方が、まだマシである。


「なんで誰も助けてくれないの~~!」


 なおも自分の不遇を嘆くダッキ。

 周りには王族を守る斉天十二魔将が四人もいるのに、まるで案山子のように黙っている。


「わかりませんか、ダッキ。これは皆の心の形なのです」

「心の形?」

「もしかしたら後で怒られるかもしれないけど、それはそれとして貴女がどうなってもいい、という心の形です」


 為政者は、民衆の代弁者。

 それを地で行くリァンに、皆が心の中で拍手を送っていた。


「なんでよ~! 斉天十二魔将は、王族を守るのがお仕事なんでしょう?! ちゃんと仕事をしてよ!」


 なるほど、一理ある。

 確かに護衛対象が暴力を受けているのなら、助けるのが護衛の仕事だ。

 助けないのは、明らかに職務怠慢である。


「普段が普段だから、いざという時助けてもらえないのですよ」

「そんな~~!」


 十理ぐらいのマイナス分が蓄積されているので、一理あってもマイナス九理ぐらいにしかならない模様。

 

「大体ダッキ、貴女は王族の仕事をしているのですか? 自分は王族としての仕事をしていないのに、他人へ仕事を強いるのは傲慢どころではありませんよ」


 戦地から帰ってきた従姉妹からの熱い指摘。

 それを受けて、ダッキは笑った。


「ふっふっふ……」

「笑ってごまかさないの」


 今度は鼻をつまむリァン。

 ダッキはとても美しい鼻をしているのだが、それがちぎられそうである。


「でも、それを言うなら! あのシュバルツバルトってそんなに危険なの?!」


 根源的なことに突っ込みを入れ始めたダッキ。

 本来なら『何言ってんだコイツ』とぶん殴るところであったが、リァン達は控えていたキンカクたちの顔を観る。


「……キンカク様。もしかしてダッキが来たときは、一度も襲撃がなかったのでは?」

「言われてみればそうですねえ」


 ダッキは、一時期頻繁に前線基地へ赴いていた。

 しかし王族の持つ天運ゆえか、一度も襲撃されたことがないのである。


 一度も行ったことのない者が『そんなに危険なの?』というのと、何度も行っている者が『そんなに危険なの?』というのでは重みが違う。

 少なくとも、その疑問提起自体はとてもまともであった。


「それじゃあしょうがないですね……」


 ダッキはあの森に何度か行っているのに、一度も入ったことがない。一度もモンスターの姿を見ていない。

 それではあの森の恐怖などわからないし、そこを抑え込んでいる狐太郎を尊敬するはずもなかった。


「でしょ!」


 鬼の首を取ったような顔をしているダッキだが、今度は誰も文句を言わない。

 そういうことならば、一度体験してもらう他ないだろう。


「一度怖い思いをしてもらいましょう。ダッキ、次は護衛を連れたうえであの森に入ってもらいます。それで同じことが言えるのか、楽しみですね」

「言うもん! どうせ大したことないし!」


 今度の軽口には、誰も突っ込みを入れなかった。

 なにせ彼女はこれから、どう考えても死ぬようなところに、ピクニック気分で赴くのだ。

 それはもう『落差』が今から楽しみである。


 普通なら『やめましょうよ、危ないですよ』というべきであろう。

 しかし誰もが『腕の一本ぐらい持っていかれないだろうか』とちょっと期待していた。



 さて、狐太郎である。

 静かな湖畔の森の陰で暮らす彼は、退屈を満喫していた。

 流石に飽きてきたのだが、何分『有給』がたまっているので、のんびり過ごしていた。


 そのうえで、さてどうしたものかと思っている。

 なにがどうしたものかと言えば。


「本日は私がご一緒させていただきます」


 想定通りのことが、完璧に起こっていたことだろう。


(……やりづれ~~)


 彼は寝るときに、都度フーマの綺麗どころが派遣されていた。

 もちろん夜戦を想定したものであり、そもそも彼女たちは本職なのだが、本題はそこではない。

 もしもその気なら、それこそ一晩で関係が終わる人にお願いしている。


 現在フーマもネゴロも、まとめて狐太郎の配下である。しかもかなり忠誠心は重い。

 当時のドタバタや、ネゴロやフーマがろくでもない生活を送っていたことを想えば、狐太郎や大公に対して忠義を誓う気持ちもわからないでもない。


 だがだからこそやりにくい、というのも察していただきたいところである。

 しかしだからと言って、彼女たちを追いだすこともできないのだ。

 というか、今までは追い出していた。だが今は、そうできない理由がある。


 端的に言えば、狐太郎が倒れたからだ。

 如何に原因がはっきりしているとはいえ、狐太郎が死にかけたことは事実である。

 その狐太郎が今後些細な理由で、この世界の住人にとっては脅威たりえない理由によって、倒れないとは誰にも言い切れないのだ。

 もちろん狐太郎も、それは重々承知である。まさか周りの全員が平気なのに、自分だけ倒れるとは思っていなかった。


(なんちゃって病弱じゃなかったんだなあ……)


 なまじ、日常生活に支障がなかったため、狐太郎の中で警戒心が下がっていたのだろう。

 加えていえば、前線基地の面々が、全員超人ではなかったことも大きい。

 この世界の住人と格差があると言っても、あくまでも潜在能力的な意味であって、鍛えていない一般人とは大差がないと思っていたのだ。

 だが実際には、環境適応能力一つとっても、大きな差が存在していた。


(……っていうかコゴエも、おかしいと思ったんならすぐに服を着せてくれれば良かったのに)


 本人には絶対言えないことだが、ついそう思ってしまう。

 それを言い出せば、寝るときもこの服を着ておけばよかったのに、ということになってしまうわけで。


(俺がいつ倒れてもおかしくないから、フーマの人が常に控えている、ってのはわかるけども……)


 病人として寝ている時は、あんまり気にしていなかった。

 なにせ看護的な意味で世話になっているのである、気にしていたら何もできなかったわけで。

 この世界には先進的な医療器具もないため、なんでも人力である。恥ずかしがる方が恥ずかしいようなことも、狐太郎はとっくに体験していた。


 だが『元気』になったあとは話が違う。

 いつでも手を出していいという女性が、すぐそばに控えているのだ。

 正直期待もしてしまうので、中々寝にくい。


 しかも、恋心ゼロ、忠誠心マックスである。

 物凄く偏ったメンタリティーをしているため、ますますやりにくい。


(ホワイトが究極ちゃんに言い寄られてむかついたと言っていたけども、人によるんだなあ)


 もしも自分が究極のモンスターを拾っていたら、どうしていただろうか。

 ホワイトは正真正銘自立した男だったので、物凄くぞんざいに扱っていた。

 文章としてはおかしい気もするが、情報を知っていれば正しかったと思う。

 だが狐太郎は、あんがいコロっと行っていたかもしれない。

 真実を知った後で究極のモンスターが悲しむかもしれないと知ったうえで、流されてしまったかもしれない。


(そう考えると、あの四体で良かったんだろうなあ……)


 四体は違う生き物であるという自覚があるので、狐太郎へ性的に興味を持っていない。

 仮に狐太郎が求めたら、当人たちが良く言うように『イヤ』と言って断ってくる安心感がある。

 相手が嫌がってくる、という根拠があると、それはそれで安心できるのだ。

 その理由が『違う生物だから』というのも、なお安心要素が高い。顔が好みじゃないとか、言われたら傷つく。


(まあとにかく……どうなんだろうなあ)


 一応形だけとはいえ、狐太郎にはダッキという婚約者もどきがいる。

 形だけ、というものが曲者だ。ありえない、とは誰にも言い切れないのである。

 少なくとも『無礼千万、ひっとらえろ』という話にはなっていない。


(失礼じゃないかねえ……)


 ダッキは宝目当てで狐太郎に接近しているが、それでも一応は婚約者である。

 その婚約者を差し置いて、他の女性に手を出すのは、彼のモラルにおいて悪だった。


 というか、仮にダッキが『形だけの婚約だから、他の男の人とも寝るわよ』とかいう話をしていたら、物凄く嫌な気分になる。

 それこそ何があっても婚約破棄だろう。


 ダッキが別の男性を好きになって、その男性と結婚するので婚約は破棄します、というのなら全然オッケーだ。むしろ、そうなってほしいと思っている。

 だが自分と結婚するつもりなのに、別の男性と寝る、というのは如何なものか。


 結婚観は人それぞれ。あるいは世界や国家、時代によっても大きく異なるだろう。

 もしかしたらこの世界では、不倫という考え自体ないのかもしれない。


 いろいろな事情があって、価値観があるのだろう。

 だがそれでも、狐太郎は手を出すことに忌避感があった。


(自分はやっていいけど、相手はやっちゃダメってのは……まあ無しだな。それになあ、そんなことでもめごと起こしたら、いよいよあの四体に見捨てられかねん)


 ふと、アカネやクツロが、多くの男を侍らせて悦に浸っている状況を想像する。

 しかもその男同士で、喧嘩が起きている状況を。

 物凄く、嫌な状況である。度を超えていれば縁を切るだろうし、それにササゲやコゴエも賛同してくれそうだった。

 

(まあ合意だな……合意がなくちゃダメだ……)

 

 うとうとする中で、狐太郎は一つの答えを出していた。


(……あいつらに恥じぬ生き方だ。それが俺の指針だろう)



 翌朝のことである。

 狐太郎は朝食の席で、話を切り出していた。


「ここしばらくぐーたらさせてもらったけども、流石にそろそろ答えを出そうと思ってる」


 狐太郎と一緒に食事をしているのは、やはり四体の魔王である。

 彼女たちは狐太郎が話題を切り出したことに対して、さほど驚いていなかった。

 そろそろくるだろう、そう思っていたのだ。


「この仕事を、途中で抜けるのか、最後までやり通すのか」


 思えば、この話もかなり前に何度もしていた。

 だがなあなあで、つい先日まで、いつ死んでもおかしくない場所に常駐していた。

 そして実際に、死にかけてしまった。


 以前までと違って、狐太郎には二つの選択肢がある。

 この、以前までと違って、というのは、それこそ大公から許可されているという意味だ。


 今までは大公との関係を反故にするような選択しかなかったのだが、今は大公との関係を維持したまま引退できる。

 そこに、なんの不都合もない。


「ちゃんと、話がしたい」


 この場で一番死にそうなのは、間違いなく狐太郎である。

 その彼がこうして切り出した時点で、四体もある種の覚悟を決めていた。


「それは……私たちの意見を聞きたいという意味ですか?」

「ああ、もちろんだ。正直に言うが……俺は任期中は、あそこにいるべきだと思っている」


 もしもこの場にサカモやクラウドラインの坊やがいれば、どう思っただろうか。

 それこそ、愚かだ、バカだ、と言うだろう。実際狐太郎も、それを認めるところである。

 だからこそ狐太郎は、自分の愚かしさに呆れていた。自分の愚かさを嘆く姿は、まさに愚か者である。

 自分の愚かさに気付き、しかし改めていないのだから、救いようなどどこにもない。


「だけどまあ……実際に戦うのはみんなだ。俺じゃない。それに俺自身、みんなに止めて欲しいとも思っている。みんなを言い訳にしたいわけだ……情けない」


 自嘲する狐太郎だが、誰もそれを笑えない。

 矛盾した話だが、ここで狐太郎が『誰が何と言ってもやめる、絶対にあの森へ行かない』と言ったら、それはそれで失望しただろう。

 気持ちはわかるし、行ってほしくないとは思っている。だが狐太郎自身がそういうのは、少し違うのだ。

 やはり、愚かなことである。誰にどう思われても、逃げるべき時はあるというのに。


「だけども……まずは話がしたい。このことをどう思っているのか、みんなと話がしたいんだ」


 だが、話し合うことは愚か者なりの知恵であろう。

 たとえその結果に何の影響も及ぼさなかったとしても、当事者たちには意味があることだ。


「話をしよう……気持ちを知りたいんじゃない、話すこと自体がしたいんだ」


 相手の意思を尊重するには、まず聞かなければ始まらない。

 意思を伝え合うことこそが、今回の件で狐太郎が選んだ選択方法だった。


「多分、俺が嫌だと言っても、行こうと言っても、みんなはそれを尊重してくれると思う。どっちを選んでも、大差のない結果になると思う。でも……話がしたいんだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] ダッキちゃんの顔を掴んで持ち上げる「○斗の拳」の○オウのようなリァン公女と それをチベットスナギツネのような顔で眺める斉天十二魔将……なんて酷い絵面なんだッ!! カセイ崩壊の原因…もしかし…
[一言] 狐太郎とダッキの意識の差よ…
[一言] 更新お疲れ様です。 けっこう重要な局面っぽいですね…あそこで任期中は戦い続けるのか、それとももう止めるか、どういった話し合いが行われるのか楽しみですね。
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