自分で蒔いた種
実戦を重ねることで強くなるというのは、ゲームで言うところのプレイヤースキルである。
基本的な能力値を上げるのであれば、マラソンしたり筋トレしたり、各スキルの練習をしたほうが早い。
サッカー選手が試合だけしているわけではないのと、まったく同じ理屈である。ドリブルの練習とかリフティングの練習とかシュートの練習とか、個別の練習のために時間を作ったほうが絶対に上達が早い。
とまあ、当たり前の話だけしてもむなしいだろう。
しばらく前線基地を離れていた一灯隊は、最初こそ東方戦線のあちこちを移動していたものの、中頃を過ぎると訓練ばかりに没頭していた。
大公と大王の送り込んだ精鋭部隊が、僻地であろうと現れる。その事実が敵味方に伝われば、戦場の鎮静化は早かった。
まず戦線の士気が上がった。草の根の運動が実を結び、各地の兵士たちは奮起したのである。これに次いで、国内の諸侯が慌てた。東方戦線へ、大急ぎで兵力を派遣し始める。
その流れによって、敵対国家もしり込みした。傷を負ったのは同じであるし、付け入るスキがなくなってしまえば攻め込めるわけもない。
何よりも、末端の士気が下がっている。
無理もないだろう、ちょっと小さい基地へ威力偵察に行ったら、敵国の近衛兵がお出迎えである。
もしもこれで敵の重要拠点に攻め込んだら、どんな化物が待ち構えているのやら。
士気の低下というのは、意外とバカにできない。
士気が低下した兵士は、使い物にならなくなるからだ。
具体的に言うと、働く意欲のない者を働かせるぐらい難しい。
しかも、その士気の低下が具体的な事実によるものであれば、あっという間に戦線全体へ伝播する。それは情報封鎖でも防ぎきれないことだ。
なにせ将官と違って、兵士たちは口が軽いのである。その上人数も多いのだから、まさに防ぎようがなかった。
かくて、東方戦線は急速に膠着していった。
一対一の殴り合いならば、膠着状態は悪手である。
しかし国と国の殺し合いならば、むしろお互いに手が出せなくなるぐらいがちょうどいい。
互いに殴る準備をし続ける冷戦の時代とはよく言うが、真っ赤に燃えて殺し合うよりは相対的にマシであろう。
「そういうことで、私たちもいよいよお役御免ですね。元より私たちは広告塔の意味が強かったのですが、それも達成できたようです」
一灯隊の隊長はリゥイであり、誰もがその指示に従っている。
それはリァンも同じだが、大公の代弁者としての役割もある。
それもこれも彼女が『指示には従うが、説明はする』というスタンスを貫いているからだろう。
そうでなければ、一灯隊の指揮系統が狂っていたところである。
彼女は現状を説明し、一灯隊の任務が終わったことを伝えていた。
「確かに私どもは強いですが、救援を求められても即座にたどり着けるわけではありません。各地に戦力が補充されれば救援を求める必要もないのですし、私共が居座るよりも意味があるでしょう」
「では俺達も、前線基地に戻るということで?」
「ええ。戦力が整ったうえで私たちが居座ると、別の問題が発生しかねません」
公女リァン、斉天十二魔将。
これらビッグネームは、大公や大王の本気が窺えるだろう。
それによって、最少人数でありながら、国内も国外も大きく動いた。
だがそれは、決していいことばかりではない。
「……具体的には、どうなんですか?」
戦勝ムードと言っていい雰囲気の一灯隊に、冷や水を浴びせる緊張した声色。
それを聞いて、副隊長であるグァンはあえて聞いていた。
「狭い視野で考えれば、私たちがこれ以上ここにいると『反攻するのではないか』と相手国に思われてしまいます。そうなれば、いよいよ敵が大戦力を差し向けてきかねません。それはいよいよ逆効果です」
ここに一灯隊が来たのは、突き詰めればそんなに強くないからである。
もしもガイセイが率いる抜山隊が来ていれば、それこそ敵国の大将軍が動きかねなかった。
だがこのままリァン達が留まれば、結果として同じことになってしまう。
「狭い視野? 敵国全体の動き、大将軍が動くことが小さいのですか?」
「場合によっては、他の国が動きかねないのです」
リァンの懸念は、まさに戦略的なものだった。
もしもこの国が東へ国境を広げれば、東側の国も困るが他の国も困るのである。
加えて東側の国も、自国の領土を切り取られるよりは、借りを作ることになったとしても、他国へ救援を要請したほうがマシと考えるかもしれない。
「今回私たちがここから下がれば、あくまでも臨時の処置と考えて、緊張もほぐれるでしょう。ですが残れば、暴走を誘発しかねません」
「気を使いますねえ……面倒な」
ヂャンが思わず愚痴を言った。
ここで『いいじゃないですか、戦争しましょうよ』と言わないのは、彼に功名心がないからだった。
彼は正に本心で、面倒だと思っているだけで、反対意見があるわけではない。
「確かに外交とは面倒なものです。ですが……面倒程度で実際に戦争をせずに済むのなら、其方の方がマシでしょう」
ヂャンは、リァンの説明に納得していた。
確かに面倒な思いをする程度で人が死なないのなら、それは必要な面倒であろう。
少なくとも、積極的に戦争を誘発させようとするよりは、よほど理性的である。
「相手も悪戯に戦争を望むことはないはずです……それを私が言うのも、正直どうかとは思いますが」
頭がいい人間の発言をしておきながら、そもそも東方戦線に火をつけたのは彼女であるともいえる。
彼女の自虐は、まさに彼女なりの後悔であろう。
「気にすることないですよ、公女様。貴女が殺してなくても、俺が殺していました」
「……ありがとうございます」
リァンの自虐を、一灯隊は笑わない。
一灯隊の理屈で言えば、死んで当然の人間を『戦略的判断』で生かす方が不正義だった。
誰もが認めていることであるが、彼女の処断は正義だったのである。それが行き過ぎたものであったかどうかだけが、意見の分かれるところである。
「本来であれば、このままカセイに戻るべきでしょう。ですが私たちは一旦王都に向かいます」
「それは構いませんが、なんでまた」
「大王陛下が、皆様に感謝を示したいとのことで」
一灯隊は斉天十二魔将の三人と共に、戦場でリァンを守ってきた。
それによって東方戦線は持ち直したので、大公へではなく一灯隊へ直々に褒美を与えることになったのである。
おそらく、キンカクたちからの進言もあったのだろう。
「うぅ……大公様もそうですが、大王様も俺達のことをしっかり見てくださっていたんですね……!」
東方戦線でも真面目に働いてきたのに、一灯隊の名が上がることはなかった。
リァンや十二魔将がビッグネーム過ぎたので、結局順当な結果なのではあるが。
だが影の功労者のままにしておけば、それこそ日陰で腐ってしまう。
下の人間に認知を強制することはできないが、上の者はしっかりと見て評価しなければならなかった。
実際、一灯隊は結構気にしていた。
皆が皆、大王から褒美をもらえることに喜んでいた。
「今回の論功行賞は、極めて正式なものです。そのため皆さんには……」
大公はよく、書面上は、という言葉を使う。
しかし今回の場合は書面上ではなく、正式に儀礼をおこなうものだ。
もちろん大変堅苦しい儀式だが、だからこそ一灯隊に対して心を配っていることを示すことになる。
一灯隊だって面倒だが、大王だって面倒なのだ。
その大王が忙しい中、時間を割いてくれるのだから、一灯隊も喜んで窮屈な想いをするだろう。
だがそれには、一つだけ問題があった。
貴族の生まれではなく孤児院の育ちであること、というのはまったく重要ではない。
普通なら問題だが、彼らは大公直属のBランクハンターである。彼らに対して『生まれや育ちが悪い』というのは、彼らを認めた大公への侮辱である。
Aランクハンターほどではないにしても、Bランクハンターも相応の『身分』なのだ。
では何が問題なのか。決まっている、彼らの恰好だった。
白眉隊と違って、一灯隊は正式な鎧など持っていない。
よって、それをあつらえる必要があった。
「儀礼に出ても恥ずかしくない、正式な軍隊の鎧を着ていただきます。もちろん、大王様からの好意であり、皆さんが支払う必要はありません」
要は服が汚いので着替えろということだった。
今まで粗末な武器や防具で戦ってきた彼らにとって、一気に武装が向上したということになる。
もっともすぎる話なので、誰も悪い気がしなかった。
「……ここに来る前からちゃんとした装備にしておけば、俺達の名前も上がっていたんだろうか」
「隊長、きっと同じです。気にしないでください」
今更後悔しても遅いことだが、リゥイは身なりが汚いままだったことを後悔していた。
とはいえ、グァンが言うように、意味のない仮定でしかないのだが。
「それから、王都である方が、久しぶりに皆さんに会いたいと」
「……王都に知り合いなんていませんけど」
「アッカ様です」
圧巻のアッカ。
既に引退して久しいが、長くカセイを守っていた守護神の如き男である。
ガイセイ程ではないにしても、一灯隊も彼を慕っていたのだ。
会えると聞けば、本来嬉しいはずである。
「……アッカ様か」
しかし、一灯隊はアッカが何をしたのか知っている。
彼は無辜の民の暮らす街を、まったく私的な動機で消し飛ばしたのだ。
一灯隊の基準でも、彼が自分の『家族』を殺す程度なら許容どころか推奨しただろうが、流石に領民を巻き込むのはいただけなかった。
知っていただけに、実行に移されたと聞いた時は悲しかった。
尊敬している人の凶行を止められないというのは、なんとも歯がゆいものである。
一灯隊の面々は、素直に喜ぶことができずにいた。
「……お会いになるのは、辛いですか」
会いたくないのならば、無理に会うことはない。
リァンは一灯隊へ、あえてそれを問うていた。
リァンの基準から言えば、合法であり許可を取っている時点で、拒否をしたハクチュウ伯爵の落ち度だと思っている。
彼が行動の根拠にした法律を否定することは、彼女の血統そのものを否定することになるので、仕方がないのだ。
とはいえ、それは彼女の理屈。
自分の考え方が絶対ではなく、一灯隊の認識が狂っているとも思っていないので、会わないことにも賛成するつもりだった。
「いえ、会います! やはりアレは間違っていたと、かつての部下として言わせていただきます! なあみんな!」
リゥイは『こうあるべき』という姿勢を貫く男である。
彼は一切含みなく、アッカへ文句を言うことを進言していた。
一灯隊の面々もそれに倣う。とにかく文句ぐらいは、言ってやりたかったのだ。
さて、そのアッカであるが……。
※
「はあ……赤ん坊ってのは、なんでこう元気なんだろうねえ。爺にはしんどい相手だよ」
現在アッカの周りには、たくさんの赤ん坊がいた。
託児所を開いたわけではなく、全員彼の子供である。
老いてなお豪傑である彼は、嫁たちとの私生活に悩んでいた一方で、やることはちゃんとやっていた。
逆に言うとそれぐらいしかやることがなかったので、時折ふらりと旅行に行ってしまうのだが。
流石に子供が生まれると、そういうことも控えていた。
物凄く太く強い指で、この上なく繊細な赤ん坊たちの体を支えて、遊んでやっていた。
もちろん周囲には乳母たちもいるのだが、やはり嫁たちと一緒にいるのがしんどいので、こうして子供と接するという仕事をしていたのである。
「まあ俺が元気だから子供が生まれたんだけどな……っておい!」
自分で自分に突っ込みを入れるアッカ。
乳母たちは微妙に笑っているが、もちろん彼の下ネタが面白かったからではない。
単に物凄い豪傑が、物凄くありふれた悩みで苦しんでいるところが、とても面白かったからである。
「ギャグもキレが悪いぜ……これも歳なのか……」
己の衰えを嘆きつつ、しかし未来にあふれた赤ん坊たちに対しては、羨望などかけらもない。
あくまでも己の子、希望のある日々を過ごすであろう子として、慈愛だけがある目で見ていた。
そうでもなければ、自分から子供たちの世話など買って出まい。
「アッカ~~!」
どんどんどん、と足を踏み鳴らして、王宮の内部にある子供部屋に入ってきたのは、子供と呼べないほど成長した女性だった。
あるいは、美女と言っていいのかもしれない。ただ、その所作を除いてだが。
少なくとも、足を踏み鳴らすなど、淑女のすることではあるまい。
「またかよ……」
入ってきた彼女に対して、アッカは呆れかえっていた。
赤ん坊というのを相手にするのは大変だが、大きな子供の相手も大変である。
「あのな、ダッキ。俺はカセイにはいかねえって何度も言ってるだろうが。他の誰かに連れて行ってもらえよ」
「それはもういいの! そっちはもう終わっちゃったの!」
第一王女、ダッキ。
しばらくカセイに行かない間に、すっかり成長していた彼女は、今まで通りに我儘を言っていた。
「キンカクたちが戻ってくるから、そっちと行くから!」
「じゃあいいじゃねえか」
「よくない! あの狐太郎が、勝手に引退しちゃうかもしれないの!」
狐太郎が引退しても、そこまで不都合はない。
引退する理由には十分であるし、既に後任が育っているからだ。
それに玉手箱の処分に関しても、それなりの口実が建っている。
だが問題に思っている女性が、ここに一人いるのだ。
本来なら自分一人で独占するはずだった玉手箱が、国家のものになりかねない。
それを極めて私的な理由で嫌がっている彼女は、不満をぶちまけにアッカのところへ来たのだ。
「別にいいだろ、元から無理させてたらしいしよ」
「よくない!」
さて、学びに遅いということはないだろう。いつだって、学びたいと思った時が学び時である。
しかし教育には、遅い、というものがあるのかもしれない。
少なくとも第一王女であるダッキは、未だに躾が行き届いていなかった。
「成長した私のお色気で、絶対に引退を踏みとどまらせてみせるんだから!」
(品がねえなあ)
なお、下品な冗談を良く言うアッカをして、品がないと呆れられていた模様。
 




