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 鵺であるサカモは、比較的ゆっくりと野道を走っていた。

 なにせAランク下位モンスターである、速く走ろうと思えば風のように速く走れる。

 だがそれをした場合、背に乗せているホーチョーを含めた者を、地面に落としてしまう。

 なるべく揺れないように配慮しつつ、彼女は起伏のある道を走っていた。


「ねえサカモ、もうちょっと速くしてよ!」

「てやんでえ! 人様の背中に乗せてもらって、何偉そうにぶっこいてるんでい! 打ち上げられた魚みてえに腐ってやがったくせに、なにを今更慌ててやがる!」


 気が逸りはじめたアカネを、ホーチョーは怒鳴りつける。

 確かにさっきまでうじうじしていたのに、今更焦って怒鳴るなど不条理だった。


「……最初から自分の足で走ればよかった」

「その場合、カセイに入れなかっただろうがな」


 現状に不満を持つアカネだが、コゴエが冷淡に否定した。

 なんだかんだ言って、四体とも高度な文明で文化的な生活をしていたのである。

 門番から『入るな』と言われたら無理に押し通そうとはしないのだ。


 通行許可書が一枚しかない関係上、彼女だけ先行することになんの意味もない。


「もう……」

「ちょっとぐらいお行儀良くしなさい、これから大都会に行くのよ? もしも粗相をしたら、大公様にもご主人様にもご迷惑がかかるって、わかってるの?」


 前線基地は閉鎖的な社会であり、だからこそ逆に誰もが彼女たちのことを恐れつつも尊敬している。

 しかしそれは前線基地の話であって、直ぐ近くにあるカセイではそんなことがない。

 なにせ彼女たちはこれから初めて向かうのだ、そこで有名だったら逆に問題である。


「ふふふ……皆調子が戻ってきたじゃないの」


 クツロは思わず笑ってしまった。

 アカネが馬鹿なことを言って、それをコゴエが諫めて、ササゲがさらにバカにする。

 なんとも普段通りで、安心してしまうのだ。


「普段の調子だと困るって話をしてるんだけど、わかってるの?」

「まったくだ、お前には危機感がない。皆が皆、ご主人様のように許してくださるとは限らないのだぞ」

「そ、そうね、ごめんなさい」


 改めて、クツロも気を引き締める。

 このまま無警戒に突っ込んで、いつも通りに歩いていたら、それこそ衝突が起きてしまうだろう。

 見舞いに来たのに喧嘩をするとか、何をしに来たのかわからなくなってしまう。


「おおっ、見えてきやがった。あそこが王都に次ぐ大都市、カセイだ!」


 馬とは比較にならない速さで進むサカモは、あっさりとカセイの前にたどり着いていた。

 カセイを知るホーチョーは、指さして喜ぶ。


「いや~~Aランクモンスターの背に乗って凱旋とは、あっしも大物になったもんだ」

「ホーチョーさん、それはいいんですけどそろそろ止まりますよ」

「あん?」

「このまま近づいたら、それこそ石投げられちゃいますから」

「それもそうだな」


 サカモは鵺であり、キメラである。

 この近辺には生息していないAランクモンスターであり、人間からすれば脅威の敵だろう。

 それが接近すれば、それこそ大騒ぎになるに違いない。

 その場合、通行許可証を見せる暇があるのか疑問だった。


 走り出したときにゆっくりと加速したように、止まるときもゆっくりと減速していくサカモ。

 背中に乗せた面々が揺れないように配慮して、長い距離を使って十分に減速していく。


「なんで急に止まれないの?! 車なの?!」


 それに文句を言うアカネ。


「あのですね……急に止まるとですね……」

「いいわ、サカモ。貴女が弁解することなんて、何にもないわ」


 文句を言うアカネを、クツロが殴った。


「な、何で怒るの!」

「貴女……本当にお弁当作りだけ進歩していたのね。基本的なことが分かってないわ」

「わかってるよ! テクニックが足りないんでしょう!」

「……本当に基本的なことが分かってないわね」


 テクニック、というのを腕力のような数値だと勘違いしているアカネ。そんな彼女に、クツロは呆れていた。

 テクニックがあれば急に曲がっても揺れないし、テクニックがあれば急に止まっても転ばないし、テクニックがあれば急に走り出しても振動がないと思い込んでいる。

 実際には、大分違う。基本的に揺れない走り方とは、急に曲がらず急に加減速しないことである。


「貴女、車の免許取らないほうがいいわよ」


 もう取り様がない状況ではあるのだが、それでもクツロは交通安全のための提言をしていた。


「ま、まあ落ち着いて! もうちょっとで止まりますので、どうぞ荷物を下ろしてくださいな」


 自分の背中の上で魔王がケンカし始めたことによって、サカモは危機感を感じていた。急いで減速するという、文章にすると少しおかしく感じる行動に移った。


 そしてまだ少し歩く距離で、一旦止まって下ろすと人型に変化した。

 流石に三体に分裂することはないが、それでも大幅に弱くなったように見える。


「アレが、カセイ……」


 人型になったうえで荷物を背負いなおしているサカモを待つ間、改めて四体はカセイを見た。

 かなり距離はあるが、それでも大きい都市だと分かる。

 巨大な城壁が見えており、それは威圧感をもって四体を迎えていた。


 自分たちが守っていた都市を初めて見た彼女たちは、一種の感動を覚える。

 そこは彼女たちがかつて暮らしていた、人間の都市に少し似ていたのだ。

 人間が自分たちの街を守るために高い壁を作るというのは、この世界でも共通のことなのかもしれない。


「よし! じゃあ行こう!」


 だがそんなことに感動している場合ではない。

 もしもここに狐太郎がいれば、それこそ感動を分かち合っていたかもしれない。

 だがここには、その狐太郎がいない。その彼こそが、カセイに来た目的なのだ。


 腐っていた自分たちを叱咤したくなるほど、今更のように四体は勇んで進み始めた。

 その姿を後ろから見ている、サカモとホーチョーは、その背中を見て安堵する。

 やはり彼女たちは、ここに来るべきだったのだ。



 カセイは平野に立てられた都市である。

 最初は小さな宿場町だったというのも納得で、近くに大きな山も河も湖もない。

 特に何もないところに人が集まっていって、結果的に大きくなってしまったそうだが、納得の地形だった。


 ここだけを切り取ってみれば、なんでここまで大きな都市になるのかわからない。

 おそらく国家全体の地図でも持ってこなければ、ここに大きな都市が建ったことを説明できまい。


 カセイは大きな商業都市であるが、当然いくつかの区画に分かれている。

 中心、中央部には荘厳な城があり、そこには都市の行政を担う部署が集中している。

 当然ながら大公はここで生活し、職務をこなしている。狐太郎もそこにいるので、四体もそこに行かなければならない。


 しかし当然ながら、そんな簡単にたどり着ける場所ではない。

 もちろん四体は許可証を持っているのだが、だからこそ正規ルートを通らなければならない。


「面倒だね」

「セキュリティってのは、面倒なものよ? その分ご主人様の安全が保たれていると思いなさい」


 まずカセイの城壁の外には、門から離れた場所に貧民街がある。

 有事の際には危険だが、その分家賃や物価が安い区画であり、そこには一灯隊の本部であるトウエンも存在している。

 だが当然ながら、そこを通る必要はない。


 普通の場合は、いくつかある大きな門を通って内部へ入る。

 商業都市ということで、出入りは多い。多少は検査のようなことをするので、結果的に長く待つこともしばしばだった。


 だがそれは、普通の人間、普通の人々の話である。

 当然ながらVIPと呼ばれる人たちは、専用の『正門』を通る。

 そこは配置されている兵が多いことに加えて、検査にも十分な時間を費やすが、通れる人間が最初から限られているため、結果的に待ち時間が短いのだ。


 もちろん四体は、そこを通る許可をもらっている。

 それも、通行許可証の中でも最上位に位置する、ボディチェックが一切不要な真のVIP専用のものだった。


「ふむ……確かに! ご提示、感謝いたします!」


 通常の場合、国賓や王族でもなければ発行されることはなく、当然モンスターたちが持っているのはおかしいことだ。

 だがそれでも、それを渡すとすんなり許可が下りていた。もちろん、一切ボディチェックは受けていない。

 怪しまれることさえ、まったくなかったほどだ。


「……あのさ、普通こういうのって『なんでモンスターがこんなものを持っているんだ?!』とか『確認をするので少々お待ちください!』とか『偽造したな、悪魔め!』とかになるんじゃないの?」


 実際のところ、その正門の前で待っていた『普通のVIP』たちからは、アカネたちは不審に見られていた。

 なんで周囲の兵士たちは、あのモンスター共を追い出さないのかと、不思議がっていたほどである。


「事前に大公様が通達していたからに決まっているでしょうが」


 心底から呆れかえっているクツロが、アカネの疑問に答えていた。


「こういう許可証はパーティーや結婚式の招待状と同じで、誰に発行したのか、受付にあたるところにも伝わっているのよ! 特にこんな最上級の許可証なんて、最初から厳重に言い含めるなんて当たり前でしょうが!」


 クツロの言う通りであった。

 実際のところアカネの考えたトラブルは、アカネでも思いつくような起こりえるトラブルである。


 だからこそ大公は、自ら赴いて『モンスターたちに最上級の許可証を発行したから、素通しするように』と申し付けてある。

 兵士たちはエリートなので、その指示に従っていた。問題が起こった場合、それこそ全員に責任問題が生じるだろう。


「ここのセキュリティについて考えるよりも、早くご主人様のところへ行きましょう!」

「そうだね!」


「では、ご案内します! どうぞ、こちらへ!」


 やはり事前に配備されていたらしく、案内をするための兵士たちが一行の前に現れた。

 ある意味当然だが、白眉隊に勝るとも劣らぬ、精強な兵士であることが分かる。

 その彼らは、感情を表に出さないように、一行を案内し始めた。


「……いやあ、アカネちゃんは流石に肝が据わってるなあ」


 なお、同行するホーチョーをして、ここまでのVIP扱いは初めてである。

 その状況でありながら能天気なアカネには、感心さえしていた。


「失礼ながら申し上げておきますが……私どもの誘導から逸れないようにお願いします。勝手な動きをすると処罰の対象になってしまいますので……私どもも、及ばずながら実力を行使することになってしまいます」

「ええ、わかってるわ。気にしないでちょうだい、何かあったら私たちで止めるわ」

「……恐縮です」


 アカネの言動に警戒した兵士は、一応釘を刺していた。

 その声には、やや緊張が窺える。

 特に悪魔であるササゲには、格別の警戒をしていた。

 当たり前である。


「現在狐太郎様は、城の一室でお休みです。その警護には、ブゥ・ルゥ伯爵が就いておりますので、どうぞご安心を」

「それは安心ねえ」


 先導する兵士たちは、当然ながら行き先に大量の悪魔がいることを知っている。

 その悪魔たちが全員Bランクであり、アパレとセキトに至ってはBランク上位であると知っている。

 当然ながら、暴れだせば城もカセイも壊滅するであろう戦力だ。


 だがその悪魔たちでさえ、自分についてきているササゲからすれば臣下でしかない。

 また、アカネもクツロもコゴエも、同等の強さを持っているという。

 その事実を知っているからこそ、大いに緊張していた。


 だからこそ、大公は彼女たちに最高の待遇を与えている。

 ある意味では、納得だろう。そうでもなければ、モンスターに直接許可証など発行しまい。


 受付から入って、一旦外に出る。

 そこは城壁にぐるりと囲まれていて、日差しは届きにくい。

 しかし空を見上げれば、狭い空がしっかりと見えていた。


 石で舗装された道を進んでいくと、そこには多くの『穴』が開いていた。

 おそらく有事の際への備えであり、兵士が入ってきたときはそこから攻撃が飛び出てくるのだろう。


 観光地ではなく、まさに城。

 防衛を想定した拠点を歩く一行は、物珍しさを感じていなかった。


「どうしたのよ、アカネ。急に黙って」

「……そろそろご主人様に会えるんだなって思ったら……緊張しちゃって」


 やはり思うのは、病床の主である。

 ホーチョーの発破もあってここまで来たが、しかし怒っていないという保証はない。

 もちろんホーチョーがとりなしてくれるだろうし、狐太郎の人柄を考えれば許してくれるだろうとも察せる。


 しかしだとしても、彼に怒られに行く、という意識は抜けていなかった。

 もちろん怒られること自体は納得しているが、それでも怒られるのは辛いことだった。


「怒られるのは、普段と違って貴女だけじゃないわ」

「クツロ……」

「私たち全員が、怒られるのよ。だから、まあ……顔を上げなさい」


 クツロもササゲもコゴエも。同じように緊張する。


 どれだけ実力差があっても、どれだけ対等に近い関係でも。

 大切に思っている人から、叱られるのは辛いことだった。


 だがそれでも、会いたいのだ。

 それだって、嘘でもなんでもない。


「……」


 その話を聞いている兵士たちは、また別の緊張をしていた。

 彼らが良く知る、普段から守っている城。

 その奥へ進んでいくと、瘴気のようなものを感じた。


 鼻が異臭を感じた、と言ってもいい。

 シュバルツバルトから離れているここには、普段ないはずの気配。

 すなわち、モンスターの群れの気配。

 関わってはいけないモンスターの代名詞、邪悪なる悪魔の群れに近づいていたのだ。


「お待ちしておりました、魔王様」


 エリートである兵士たちも納得する、盤石の防衛体制だった。

 邪悪なる悪魔たちが、敬意を持って四体を迎えている。

 この先に守られている者がどれだけ重要であっても、このおぞましい群れを超えて暗殺しようとする者はいないだろう。

 それぐらいに、この場にいる戦力は強大だった。


「私どもは、ここまでです! ここで待機しておりますので、お帰りの際にはお声掛けください!」


 兵士たちは、そこで立ち止まった。

 もとよりここから先は悪魔たちが守る区画なのであり、彼らであっても入ることは許されていない。

 しかしそれを抜きにしても、たとえ大公から入るように命令されていたとしても、踏み込む勇気はわかなかった。

 それほどの死地に、魔王たちとホーチョー、サカモたちは入っていく。


(……これだけのモンスターを従えているとは、Aランクハンターとは恐ろしいものだ)


 この悪魔の群れに身を投じていくだけで、兵士たちは感嘆し畏怖する。

 これが日常的な光景だというのなら、Aランクハンターの日常とは地獄絵図なのだろう。


 きっと、楽園から程遠いに違いない。


 ややずれているようで、しかし正しい。

 だが口にすれば否定されるであろうことを、彼らは考えていた。


祝、総合評価7000pt突破!

今後も応援をお願いします。

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― 新着の感想 ―
>「なんで急に止まれないの?! 車なの?!」 ……アカネ?……ちょっと待て、そこからなのか……!!??嘘だろ信じられねえ……!!怖え、怖えよ…………!!!ご主人様を殺す気か……!!? ……いやさ、…
[一言] 更新お疲れ様です。 アカネの走りが危険な理由がわかりますね… 急加減速や急カーブなまじできてしまうためにその危険性を把握しにくいと…
[一言] 悪魔軍団は狐太郎の警護任務が終わったらブゥの領地に帰る予定だろうけど、近隣の貴族とか生きた心地しないだろうなあ。 ササゲの魔王化が出来なくなってもBクラス悪魔2体が率いる軍団2つとか、下手な…
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